Chapter: 34話-5 月明かりの幸せ。月は今まで見た中で一番美しく、その輝きは穏やかな海面に降り注ぎ、波一つ一つを宝石のように煌かせ、遠くの水平線まで光の絨毯を広げていく。そして足元の岩場に咲く美しき花々は、月光を浴して白く輝き、まるで星々が地上に舞い降りたかのよう。と、美しき光景に心を奪われた時だった。後ろからエルバートに優しく包み込まれる。「ご、ご主人さま?」「今宵、お前とこのように美しき月を見られて本当に良かった」「はい。ご主人さま、月、綺麗ですね」「海も花も月の光で輝いています」こうしてしばらくの間、エルバートに包まれたまま月を眺め、やがてエルバートが手を離すと互いに向き合う。「ご主人さまにお伝えしたきことがあります。聞いて下さいますか?」「あぁ」「ご主人さまが家にご婚約の手紙を届けて下さらなければ、きっとこのような幸せな未来は訪れず、こんなに美しい月も見られなかったと思います」「だからご主人さま、ありがとうございます」「愛しております」(ご主人さまに、この感謝の想いが、愛がちゃんと伝わっただろうか――――)「フェリシア」「は、はい」「私もお前を愛している」「だからもう一度、あの時のように名前で呼んでくれないか?」あの時とは恐らく、初めての夜のことだろう。フェリシアは意を決し、エルバートを見つめる。「…………エルさま」月光の下で名を呼んだ瞬間、エルバートの唇が優しく触れる。とても温かいキスだった。エルバートが唇を離すと穏やかな笑みを零し、フェリシアも優しく微笑む。その後、フェリシアはエルバートと並んで浜辺の流木に座る。すると、どちらからともなく、自然に寄りかかり、肩が触れ合う。そして。(ご主人さまの、この暖かな温もりを、ずっと、ずっと、感じていたい――)と、心の中で思いながら、海を見つめた。どれだけそうしていただろう。フェリシアは昇る日の光で目を覚ました。いつの間にか眠
Last Updated: 2025-07-30
Chapter: 34話-4 月明かりの幸せ。「あの、ご主人さま? 魔は?」フェリシアは戸惑いながら問いかける。「やはりそう解釈したか。騙した形になってすまない」「私が婚約の手紙を出さなければ、こうしてお前とは出会えなかった」「だから同じように手紙でお前を呼び出すことにした」「お前とここの別荘で今宵、月を見ながら過ごしたくて」(だからいつもと違うお洒落な軍服を着ていたのね)フェリシアが心の中で納得すると、エルバートはフェリシアを離し、近くの別荘に目線を向ける。フェリシアもまた別荘を見ると、朧げではあるが、3歳まで両親と暮らしていた家と同じくらいの大きさの別荘があった。フェリシアは思わず涙する。「フェリシア、その」「もうっ」「ほんとうにすまなかった」「いえ、違うのです。生まれ育った家に帰れたようで嬉しくて……」「そうか」エルバートは安堵したようで、こちらをじっと見つめる。「フェリシア、ビーフシチューを作ってくれないか?」「はい、喜んで」フェリシアは承諾し微笑む。するとクォーツの馬車が遠ざかっていくのが見えた。フェリシアはエルバートとしばしの間馬車を見つめ、やがて馬車が完全に見えなくなると、フェリシアはエルバートと共に別荘まで歩いていく。そして、すぐさま温かみのある厨房でビーフシチューを作り始め、しばらくして完成した赤ワイン煮込みのビーフシチューを居間の木製の椅子に座るエルバートにお出しし、その隣の椅子に座る。すると窓から海が見えることに気づき、横長の机に並んだ状態で座ったまま、窓から時々海を見ながらそれぞれビーフシチューをスプーンですくって食べる。「やはり、お前のビーフシチューは美味いな」「あ、ありがとうございます」「だが、食べさせてくれたらもっと美味く感じるだろうな」(ま、まさか、ご主人さまが、あーんをご所望されるだなんて!)「わ、分かりました。では……」フェリシアはビーフシチューをスプーンで一口
Last Updated: 2025-07-29
Chapter: 34話-3 月明かりの幸せ。エルバートはユリシーズの封を解き、手紙を取り出し開く。エルバート帝爵、フェリシア嬢、この度はご結婚おめでとうございます。私はハロルドと共に牢を出て貧しい領土に追放され、その地の長と兵士として日々懸命に働いております。私共の命があるのはあなた方のおかげです。これからもおふたりの幸せを心より願っております。読み終わると、フェリシアの両目が潤む。「ユリシーズ殿下、ハロルド様と前を向かれていて良かった」「そうだな」エルバートはユリシーズの手紙をテーブルに置き、ローゼの封を解き、手紙を取り出し開ける。フェリシア、エルバート帝爵様とのご結婚おめでとう。あなたのおかげで毎日有意義に暮らせているわ。あなたは私の誇りよ。ラン、あなたの母もきっと喜んでいると思うわ。これからも頑張りなさいね。「これまでの謝罪もなしか」「良いんです、幸せに暮らせているのならそれで」「そうか、強くなったな」エルバートに頭をぽんと優しく叩かれ、フェリシアは微笑んだ。* * *そして、春が終わりを迎える日。エルバートをいつも通り玄関で待ち続けるも帰って来ない。隣のリリーシャに「エルバート様を驚かせましょう」と提案され、せっかく淡い色調の優雅なドレスを着てお洒落をしたのにこれでは意味がない。「フェリシア様、もうじき帰られますよ、きっと」「そうですね」リリーシャに言葉を返したその時。警備を兼ねながら庭の手入れをしていたクォーツが玄関から駆け入って来る。「只今、アルカディア宮殿の使いの者から手紙が」クォーツに手紙を差し出され受け取ると、その場で封を切って手紙を取り出し開く。至急、アルカディア宮殿付近の花海岸まで来て欲しい。手紙にはそのことだけが記されていた。(ご主人さまが手紙で助けを求めるということはよほどのこと)ルークス皇帝を乗っ取った魔よりも強い魔が現れ、窮地に立たされているとしか思えない。「クォーツさん、今からご
Last Updated: 2025-07-28
Chapter: 34話-2 月明かりの幸せ。* * *新婚5日目の早朝――廊下を駆ける足音が響く。「ご主人さま!」フェリシアはあるものを手に持ち、居間にいるエルバートまで駆けていくと、エルバートがこちらを見る。「フェリシア、どうした?」「先程廊下でディアムさんから頂きました」フェリシアは手に持っているものを差し出す。するとエルバートは受け取り、その一面を見る。「私達のパレードの様子が書かれた新聞か。完成したのだな」「まだ勤めまで時間がある。ここで共に見よう」「は、はい」返事をし、エルバートとソファーに並んで座るとエルバートが新聞を広げる。新聞には、自分とエルバートの姿がまるで絵画のように美しく愛に満ちた雰囲気で描かれていた。それだけに留まらず、『アルカディア皇国を救ったエルバート帝爵様と祓い姫のフェリシア嬢、壮大かつ幸せなパレードを披露! 世界をも超える祝福に涙!』との事が書かれており、嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになる。「あ、あのご主人さま、ずっと気になっていたことが……」「なんだ?」「この結婚指輪は金でなくても大丈夫なのですか?」「あぁ、本来、貴族の結婚指輪は銀より価値の高い金で作るのが普通だ」「しかし、お前が私の髪の色が好きだと言ってくれた。それに応える為、金を銀に変えたのだ」(ご主人さま、わたしの為に……。嬉しいけれど……)「金を銀に変えたら貴族の指輪ではなくなるのでは……?」「あぁ、その通りだ。だから銀を使わず金に銀を混ぜて私の髪色に近いシルバーになるように特注で作ってくれとデザインを聞かれた時に頼み、出来たのがこの指輪だ」「そして、ダイヤも普通は輪の上に乗せるのだが、それだと引っ掛けたりして仕事にならない。よって指輪の中に埋め込むデザインにした」「それで満月のような形になったのですね」フェリシアは納得し、ふとエルバードから目線をずらすと、テーブルに置かれた2通の手紙に気づく。
Last Updated: 2025-07-27
Chapter: 34話-1 月明かりの幸せ。* * *幸せなど訪れない。ましてや愛されることなどないと思っていた。けれど――――。「フェリシア、こちらを見ろ」フェリシアは玄関の外の扉前で頭を上げる。するとエルバートは優しく微笑み、早朝から手作りした昼食のサンドイッチが入った包みを受け取る。けれどそれだけに留まらず。頬に手をそっと触れられ、とろけるような甘い口づけをされた。その上、ディアム、リリーシャ、ラズール、クォーツに暖かな微笑みで見守られ、フェリシアは恥ずかしさでいっぱいになる。エルバートの唇が離れると、フェリシアは少し怒気を帯びた目でエルバートを見つめた。「も、もうっ! ご主人さま、朝からこんなところでっ」「夜だったら良いのか?」フェリシアは昨日の初めての夜のことを、抱き枕にされながら眠りに落ちていたことを思い返し、ますます顔が熱くなる。するとエルバートはふっと和やかな顔で笑い、昼食の包みを鞄の中に入れる。「では行ってくる」「行ってらっしゃいませ」微笑むと、エルバートに頭を優しくぽんされた。エルバートの瞳から愛されているのが伝わってくる。ご婚約の手紙を受け入れるしかなく、エルバートに尽すことを心に強く誓った日を懐かしいとさえ思う。(わたしは今、こうして、愛に、幸せに包まれている)* * *その晩のことだった。エルバートは朝とはまるで違い、不機嫌な顔でディアムを連れて帰ってきた。理由を聞きたいけれど、とても聞ける雰囲気では…………。「フェリシア様、大丈夫ですよ」「昼食が妻の手作り、しかもハムとチーズ、鹿の干し肉、ゆで卵、レタス、トマトを挟んだサンドイッチでさすが新婚さんは違うと、カイやシルヴィオ、メイド達に冷やかされただけですから」ディアムがスラスラと説明すると、エルバートがディアムに冷ややかな殺気を放つ。「いつものことですからどうかお気になさらず」ディアムが笑顔でフェリシアに向けて言うと、エルバートは
Last Updated: 2025-07-26
Chapter: 33話-5 花嫁の誓い。「軍師長、ついに結婚したんですねー」「冷酷な鬼神のエルバートが結婚か。信じられないな」ふたりの言葉に続き、近づいて来たゼインとクランドールにまでも。「私も同感です。エルバート様、無事にご結婚出来て良かったですね」「全くだ。ほんとに結婚出来て良かったな」フェリシアは恐る恐るエルバートの顔を見る。するとエルバートは冷酷な表情をなんとか堪えていた。「エルバートよ、散々な言われようだな」ルークス皇帝がエルバートに声をかけ、側近と共に近づいてくる。「フェリシア嬢、ご結婚、おめでとう」側近があえて本当の父のように挨拶し、エルバートの表情が更に危うくなる。「あ、ありがとうございます」フェリシアが返すとルークス皇帝は、ふっ、と笑う。「ルークス皇帝、何が可笑しいのですか?」「エルバートよ、すまない。だが、本日はほんとうにめでたい」「我が本日この場に立つことが出来たのはお前達ふたりのおかげだ。感謝する」「そして、エルバート、フェリシア、おめでとう」「これからもふたり力を合わせ、光の道を歩んで行かれよ」フェリシアとエルバートは涙を堪えながら静かに頷いた。* * *その日の夜。ふたり用の部屋からバルコニーへ出て、月を見つめる。互いにお風呂は済ませたものの、エルバートの銀色の長髪は微かに濡れており、いつもよりも色香が増している。対して自分はただただ恥ずかしい。「フェリシア、疲れていないか?」「大丈夫です」「本当か?」フェリシアはこくんと頷く。するとエルバートは顔を近づけてくる。フェリシアもまた顔を近づけ、唇が優しく触れ合う。エルバートに髪を掻き分けられ、初めての深く長いキスが降り注がれる。倒れそうになるとエルバートが唇を離し、体を支えられる。「ここではやはり大丈夫ではないな」エルバートにお姫様抱っこをされ、フェリシアはエルバートに抱きつく。そして優しく部屋のベッドに座らされ
Last Updated: 2025-07-23
Chapter: 16話-2 望む世界。* * *「……ここが、あやつの世界――あの男の掌の上か」宮殿の中層、凍てつくような冷気に包まれた大理石の回廊で、シャイン皇帝は静かに呟いた。周囲を包み込むのは、死と昏迷の気配。あの傲慢な男が作り上げた、歪な異空間だ。「陛下」背後から名を呼ぶ声に振り返れば、自身の影とも言うべき側近、その傍らにはラズエラ、そしてカイスとソフィラが、自身を守るようにして控えていた。どうやら、この4名と共にこの忌まわしい閉鎖空間へ招かれたらしい。側近が不意に目を閉じ、周囲を探り始める。「騎士団は最下層にて、出現した怪異と交戦中とのこと。……激しい攻防が続いております」「そうか」シャイン皇帝は短く答えると、視線をカイスへと移した。「ルファルは……、上層か」「はい。間違いございません。ルファル様の気配が、上層より色濃く漂っております」カイスは表情一つ変えず、淡々と報告する。ならば、リリシアはすでに奴の手中にあるということか。その事実に、胸の奥で静かな怒りが燃え上がる。突如、空気が震えた。「――っ! シャイン皇帝、お下がり下さいませ」ソフィラの鋭い声が響くと同時に、空間が歪み、回廊の闇から巨大なイーグルの怪異が音もなく現れた。「きゃあっ!」ラズエラが悲鳴を上げて身を竦ませると、その動揺に呼応するように足元の床が大きく揺れ出した。シャイン皇帝はすぐさま、ラズエラの肩に手を乗せる。「ラズエラよ、気を静めよ。これまで陰で己の心を整える修行を積んできたそなたならば、この程度の乱れ、鎮められよう」「……はい」シャイン皇帝の言葉に、ラズエラは深く息を吐く。すると震えは瞬く間に収束し、周囲の狂乱も沈静化した。「イーグルの怪異、だと……? 既にルファル様達が消滅させたはずでは?」カイスが訝しげに眉をひそめる。シャイン皇帝はその悍ましき怪
Last Updated: 2026-07-18
Chapter: 16話-1 望む世界。* * *闇に落ちていく感覚は、永遠に続くかと思われた。だが、どれ程そうしていたのだろう。視界を覆っていた闇がすうっと晴れ、気づけばリリシアは、見たこともない壮麗な宮殿の玉座の間に立っていた。チリン――。静寂の中、鈴の音が響く。震える足で振り返った先――玉座には窓から差し込む月光を纏(まと)ったかのような白銀に輝いている長い髪をたなびかせた青年、世異(せい)が足を組んで座していた。この世のものとは思えぬ程整った、冷酷なまでに美しい容姿。氷のように冷徹な瞳。その圧倒的な威圧感に、ぞくりと、背筋に冷たいものが走る。リリシアは震える体を必死に抑えながら、小さく息を吐いた。ここが世異の宮殿だったのだと理解すると同時に、月姫となったことで分かってしまう。あれは、絶対的な「怪異」の気配だと。この御方に抗い、逆らうことは、許されないのだと。その奥底から溢れ出るのは、生きとし生けるもの全てを拒絶するような、圧倒的なまでの威圧感だった。「……お前が月姫となるこの時を、永い永い刻(とき)をかけて待ちわびていた」世異は静かにそう告げた。その声には、人間には計り知れない歳月が滲んでいた。「これまで私は長い時を孤独に生きてきたが、月姫に至る者は皆無だった。だがお前は、呪いに呑まれることもなく、自ら解き放った。私が求めていた唯一無二の光……月姫よ」世異は玉座から身を乗り出し、氷のような冷徹な瞳でリリシアを射抜いた。その視線に射すくめられ、リリシアは一歩も動けなくなる。「――リリシア。私の花嫁となれ」頭が真っ白になった。断らなければ。――断らなくてはならないのに、恐怖が喉を締め上げ、声が出ない。もし拒絶したら、この御方は何をするのか。そう思うだけで、指先が氷のように冷えていく。「ここには財(ざい)も、力も、人の望む全てがある。特別に、お前の望むものも全て与えよう。……何が欲しい?」リリシアは首を横に振りながら、声を絞り出した。「何も、要りません」「そうか。では、お前が花嫁となれば、ラルファル達の命は助けてやろう」「っ……!」心の中を見透かされたことに、息が止まりそうになる。これまで、自分ひとりが犠牲になればいいと、そうして生きてきた。けれど、大切な人達の命を盾に取られては――それでも幸せになることを諦めたくない。「……お断り、しま
Last Updated: 2026-07-16
Chapter: 15話-6 月の姫。* * *清廉なる神々しい光を纏ったドラゴンが、イーグルの怪異の醜悪な胸部――その核心ごと貫いた。凄まじい衝撃と共にイーグルの怪異は形を失い、光の粒子となって霧散する。それはまるで、長きにわたる穢(けが)れが天へと還っていくかのようだった。やがて光が収まるのと同時に、リリシアの体から温かな光が溢れ出し、体がふわりと宙へ浮かび上がる。ルファル達が息を呑んで見上げる中、リリシアは導かれるまま、空中でまるで寝ているかのような姿勢を取った。纏(まと)っていたはずの傷ついたドレスは、降り積もったばかりの雪のように白く、柔らかな月の純白なドレスへと姿を変えていく。背中から広がった純白の翼は、一瞬で無数の羽となって天へと舞い散り、ヴェールのような柔らかな光の布へと形を変えた。後ろ髪の一部が繊細に編み込まれ、その両側からは、まるで天界の衣が翼のように優雅に広がっている。ただその姿に心奪われ、綺麗だ、美しいと瞳で語るかのような表情で見つめ続けるアルベルト、エルシー、ハノ、リゼル、テオ。その体勢でゆっくりと光に包まれたまま地へと降りゆくリリシアをルファルが駆け寄り、受け止めた。そして、地へと降ろされる。「ルファル様……わたし、一体……?」リリシアの瞳が困惑に揺れる。するとルファルは穏やかな表情を浮かべた。「……ようやく、呪いが解け、月姫となれたようだな」サァッと風が吹き、互いの髪が揺れる。10年もの間、暗く、冷たい絶望の淵に囚われ続けてきた日々。それが今、解き放たれたのだ。わたしが、月姫に……。互いを確かめ合うように歩み寄り、抱きしめ合う。けれど至福の瞬間は、長くは続かなかった。足元の地面が、まるで世界が引き裂かれるかのように激しく震え始めた。* * *フェリカディア宮殿、皇帝の間。その玉座に座すシャイン皇帝は、冷徹なまでの静けさを纏ったまま、ただ天を見据えていた。
Last Updated: 2026-07-13
Chapter: 15話-5 月の姫。* * *天へと続く果てなき階段の頂きへ登りきった先で、リリシアは思わず息を呑んだ。そこは、空と地の境界が曖昧な、幻想的な天界のような場所だった。ひらひらと白銀の雪が冷たい夜風に乗って舞い、足元に広がるのは、天空をそのまま映し出したかのような静謐(せいひつ)なる水鏡の地。その水面に点在する緑の大地を5名の影が駆け抜けている。紛れもない、あの人達の姿だった。エルシーの弾むような足取り。アルベルトの華やかな身のこなし。テオの荒々しい闘気。リゼルの静かなる風。そして、ハノの流麗な駆け足。その頭上には、空を覆い尽くす程の巨大なイーグルの怪異が翼を広げて君臨し、禍々しい影を落としている。まるで雲の上を駆けるようにして必死に立ち回る彼らの姿に、胸が締め付けられた。けれど――。隣にいるルファルの、凍える程に冷たい空気に触れながらも感じる確かな温もりに、リリシアは救われる。この方がいれば、どんな呪いもイーグルの怪異さえも恐れることはない。「ルファル!」「リリシアちゃん!」緑の大地を疾駆するハノとエルシーが、リリシアとルファルを見つけて叫んだ。アルベルト、そしてリゼルとテオも熾烈な戦いの合間にこちらを一瞬振り返った。「チッ、ようやくお出ましかよ」「良かった」テオが毒づき、リゼルが静かに安堵の言葉を零す。直後、張り詰めた空気を切り裂くように、アルベルトの切迫した声が響いた。「まずい! ルファル、リリシア!」イーグルの怪異がリリシア達の方を向き、邪気の満月を作り出し、隕石のようにルファルとリリシアへ放つ。けれど、ルファルは眉ひとつ動かさず、瞬時に結界を張ってそれを跳ね飛ばした。その横顔は、夜を纏ったかのように静かで冷たく、そして息を呑む程に凛として美しい。空で爆発音が響き渡る。だが、イーグルの怪異はするりと攻撃を回避した。するとアルベルトが、空のイーグルの怪異を鋭く指差す。「ルファル、奴が避けたおかげでようやく見つけ出したぞ! 奴の弱点は、胸部にある心だ!」心――。その言葉に、胸の奥がちくりと痛んだ。もしかしたら、このイーグルも、ほんの少し前までの自分と同じように、闇に支配され、救いを求めているのではないだろうか。「そうか。ならば、アルベルト、エルシー、ハノ、リゼル、テオ。イーグルの動きを封じろ。そこで私はリリシアと共に討つ
Last Updated: 2026-07-12
Chapter: 15話-4 月の姫。リリシアを縛り付けていた冷たい茨が、解けていく。(いいの……? 本当に、ルファル様の元へ戻ってもいいの……?)あんなにも、この世から自分の存在そのものを消し去ってしまえばいいと願ったはずだった。けれど、心の奥底で、小さな灯火(ともしび)が震えている。……本当は、消えたくない。貴方の元へ帰りたいと、切に願っている。わたし、ルファル様との、約束を果たしたい。最後の一片が解けた瞬間、リリシアの瞳に光の世界が戻ってきた。そこには、ただ真っ直ぐにリリシアを見つめる、愛しき人がいた。「……ルファル、様」「リリシア、戻ったようだな……良かった……」ルファルの腕が、迷いなくリリシアを強く抱き締める。彼の体温が、リリシアの凍てついていた心に流れ込んでくる。 ぽろりと、涙が頬を伝った。(ああ、夢じゃないんだ……わたし、本当に戻って来れたんだ……)「リリシア。おかえり」(玄関先でルファル様のお帰りを待つはずが、逆になってしまったけれど)「……ただいま、ルファル様」その言葉を紡いだ途端、約束を果たした安心感と張り詰めていた糸が切れた安堵で、嗚咽が漏れる。「っ……ルファル様……わたし、貴方を、傷つけて……っ、ごめんなさい、ごめんなさい……うわああああぁぁ……!」嗚咽が止まらない。自分のせいで負わせた傷が、申し訳なくて。貴方の命を奪うことさえ厭(いと)わなかった自分が、恐ろしくて。大粒の涙が、ルファルの肩を濡らしていく。ルファルは何も言わず、切なげな瞳を伏せ、ただ、体を震わせて泣きじゃくるリリシアを抱き締め続けた。やがて呼吸が落ち着くと、ルファルは長く美しい指先で、目元の涙をそっと拭った。「落ち着いたか」「……はい。戦場だというのに、情けない姿を……申し訳……」「もういい。謝るな」ルファルは、その涼やかな瞳を少しだけ細め、リリシアの身体を労(いたわ)るように見つめた。「この体の傷は、お前を救う為に刻んだものだ。気にする必要はない」「ルファル様……」ルファルの視線が、遥か高みへと続く、天へ繋がる階段へと向く。「あちらの階段は……?」「……イーグルの怪異へと通じる道だ。エルシー、アルベルト、テオ、リゼルがすでに討伐に入っている」「ハノ様は?」「お前が泣いている間に天の階段からハノの気配を感じた。ユエリアと一戦を交え、今は4名
Last Updated: 2026-07-11
Chapter: 15話-3 月の姫。* * *リリシアは、意識の底へ、底へと沈んでいく。冷たい茨が全身を絡め取り、自分という存在を締め上げていくようだ。――救いたい。ただそれだけを願ってきた。生まれ育った家も、お父さまも、お母さまも。そして何より、わたしの唯一の光であったお姉さまを。けれど、どれほど手を伸ばしても、そこには温もりなど存在してなどなかった。日々積み重ねてきた努力も、祈りも。全ては最初から、無意味な、独りよがりな願いに過ぎなかったのだ。両親の愛情は、初めからユエリアという光にしか向けられていなかった。――わたしは、この世から消えることだけを望まれていた。存在すること自体が、汚れ。この胸を締め付ける呪いさえも、わたしを家から追い出す為の都合の良い口実に過ぎなかった。ルファル様も、いずれはラズエラ様と結ばれる身。以前、わたしを好きだと、どんなに過酷な運命であっても変えてみせる、必ず花嫁にしてみせると、と約束して下さった。けれど――そんな言葉はあまりに遠い夢物語に過ぎない。ラズエラ様と婚約なされた時点で最初から無理に決まっていた。わたしのような者が幸せになれるはずなどなかったのだ。幸せになれないのなら、いっそ。この世から、わたしという存在の全てを、この闇に溶かして消し去ってしまえばいい。月が煌々と輝く夜、花畑が広がる草原の緩やかな斜面の頂きで、リリシアは自らを消し去る為の邪気の結界を張った。誰も寄せ付けない、拒絶の檻。どろりとした邪気が、リリシア自身の身体を毒のように少しずつ蝕んでいく。「リリシア、やめろ」聞き慣れた、凛とした声が響いた。ルファルが、迷いのない足取りで、一歩、また一歩と近づいてくる。はぁ、はぁ、と荒くなる息。心が苦しい、痛い。痛くてたまらない。それでも、この拒絶の檻だけは誰にも破らせない。「……嫌っ……来ないで!!」リリシアは拒絶の想いを込めて、結界を極限まで強めた。――けれど。パリィ、ン。硬質な音を立てて、リリシアの全てだったはずの結界が、突き抜けたルファルの体によって紙屑のように一瞬で砕け散る。呆然とするリリシアの身体をルファルが強引に引き寄せ、その腕の中に隠すようにして抱き締めた。無詠唱で放たれる月の魔術が、周囲の澱んだ邪気を霧散させていく。その光はあまりに眩しく、けれど同時に、リリシアが放つ凄まじ
Last Updated: 2026-07-09
Chapter: 12話-5 幸せな偽の花嫁。* * *幸せな婚礼の儀がつつがなく執り行われ、シルヴィアはハドリーに導かれるまま、宮殿のバルコニーへと移る。視界に飛び込んできたのは、夢の続きをそのまま色彩に写し取ったかのような、あまりに鮮やかな光景だった。傍らに立つ皇帝と皇后が、慈愛に満ちた眼差しをふたりへと注ぐ。「おめでとう、ハドリー。そしてシルヴィア、我が皇国へようこそ。……今日からそなたは、我の娘だ」重厚な皇帝の祝辞に続き、皇后もまた、春の陽だまりのような微笑みを浮かべた。「末永く、幸せにおなりなさい。あなた達は、この国の希望の光なのですから」ふたりが皇宮前広場を見下ろす手すり際へ歩み出ると、地鳴りのような大歓声が天を突いた。視界の限りを埋め尽くす民衆が、新しい皇太子夫妻を祝福し、熱狂の中で手を振っている。(ああ、皆が笑っている……)これ程までに、自分を祝福してくれている。かつての自分を拒絶し、蔑む者など、ここには誰一人としていないのだ。ただ、純粋な祝福の熱だけがそこにあった。胸の奥から熱いものがせり上がり、シルヴィアの両目から大粒の涙が溢れ出した。それは悲しみではなく、あまりに眩い幸福に触れたゆえの雫だった。その後、色とりどりの花々に彩られた、荘厳な大階段へと移動する。ハドリーが恭しく差し出した掌に、シルヴィアは震える指先をそっと重ねた。皇帝と皇后が静かに見守る中、ふたりはゆっくりと一段ずつ、未来を確かめるように降りていく。柔らかな光を吸い込んで煌めくドレスの裾が、波のように優雅に流れる。「シルヴィア様、本当におめでとうございます」「殿下、どうかお幸せに」「ルファル……。ゆめゆめ、その手を離すな」「シルヴィア……心から、おめでとう」階段の傍らから親愛に満ちた眼差しを向けるベル、リゼル、フェリクス、フィオン……そんな愛する者達の声に背を押されるようにして、ふたりは宮殿の外へと踏み出した。
Last Updated: 2026-03-28
Chapter: 12話-4 幸せな偽の花嫁。秋の夜が、静かに明けた。運命の朝が、訪れた。リンテアル宮殿の礼拝堂。その後方にある重厚な双扉が、衛兵の手によって厳かに、左右同時へと押し開かれた。高く穿たれた大きな窓から差し込む秋の陽光は、まるで神の祝福がこぼれ落ちたかのように、聖域を神聖な輝きで満たしている。豪華な装飾が施された内装に、高らかに響き渡るパイプオルガンの音色。その旋律に導かれるように、聖なる純白のドレスに身を包んだシルヴィアと白の正礼装を纏ったハドリーが、光の中へと同時に足を一歩踏み出した。列席した招待客や貴族達が一斉に立ち上がり、どよめきにも似た感嘆の吐息が漏れる。本来、この皇国の習わしでは、新郎は祭壇で花嫁を待つものだ。けれどふたりは、対等な愛の証として、共に歩む道を選んだ。シルヴィアは中央の祭壇へと続く長い絨毯の道を見据え、一歩ずつ、ゆっくり進んでいく。その先に待つ、唯一無二の光――ハドリーに向かって。やがて、左肩にマントをかけ内側にタスキをかけた凛々しい立ち姿のハドリーが、視界に鮮明に映り込んだ。(やっと、お顔が見られた……)中央で歩みを止めた瞬間、ふたりの視線が深く絡み合う。ハドリーの端正な顔に、一瞬の驚きと、それを塗りつぶす程の深い慈しみが滲んだ。「……やっと会えた。綺麗だ、シルヴィア」「……殿下……っ」差し出されたハドリーの大きな掌。シルヴィアは込み上げる熱いものを懸命に堪え、震える指先をそっと重ねた。(……温かい)手袋越しにも伝わるハドリーの温もりが、胸の奥に澱(よど)んでいた不安を優しく溶かし、凪のような安らぎを運んでくる。腕を組むよりも密やかに、添えられた指先から伝わるのは、何よりも強固な絆だった。導くような、包み込むようなエスコート。凛とした姿勢でシルヴィアが歩む度、柔らかなピンクの長髪が流れ、聖姫の力に呼応するかのように、レースのロングベールが光を弾いて優雅な軌跡を描き、リボンの下に何
Last Updated: 2026-03-27
Chapter: 12話-3 幸せな偽の花嫁。* * * その夜、祝宴の喧騒を逃れ、シルヴィアはハドリーに導かれるようにして、月明かりが降り注ぐバルコニーへと抜け出した。 先程まで、華やかな光に満ちた広間でハドリーとダンスを披露した余韻が、熱が、未だに冷めず残っている。 「ようやく、ふたりきりになれたな」 夜風で僅かに翻るルファルの貴族衣装。月下に佇むその姿は、一幅の絵画のごとくあまりに美しく、シルヴィアは跳ねる鼓動を抑えることが出来ない。 それに傍らに立つルファルは先程までとはどこか違う気がした。 しばしの静寂に包まれた後、ルファルが決意を固めたかのように静かに口を開く。 「魔形の分身が帝都へ放たれたあの日、私は初めて己の動揺を知った。……そして、気付かされた。お前がもはや単なる『偽の花嫁』などではなく、私にとって代えがたい存在なのだと」 ハドリーは、逸らすことの出来ない真剣な眼差しでシルヴィアを見つめる。 「シルヴィア。世界の誰よりも、お前を愛している。……私の、真(まこと)の花嫁になってくれないか」 不意に溢れた愛の言葉と、あまりに切実な求婚。 視界が急激に潤み、熱いものが胸の奥からせり上がってくる。声を出そうとしても、零れるのは涙ばかりで言葉にならない。 けれど、この想いに応えたい一心で、シルヴィアはしがみつくようにハドリーを抱き締めた。 「はい……。私も、愛しております……殿下」 震える声で、けれど確かな意志を込めて応える。 するとそれを聞いたハドリーの腕に、いっそう強く抱き締められる。 まるで二度と離さぬと月に誓うかのように。 バルコニーに降り注ぐ月の光がふたりを優しく照らし出す。 夏の夜の、頬を撫でるような柔らかな風が、シルヴィアの髪飾りとハドリーの髪を結んだシルクのリボンを密やかに揺らしていた。 * * * そして、季節が移り変わり、秋。 婚礼の準備と聖姫や公爵令嬢としての教育に追われ、慌ただしい日々が過ぎていく。 最後にゆっくりと言葉を交わしたのは、あのプロポーズの夜のことだっただろうか。 シルヴィアがふと視線を向けた窓の外では、秋の澄み渡る月が、夜空を青白く、
Last Updated: 2026-03-26
Chapter: 12話-2 幸せな偽の花嫁。* * *邸宅に戻った夜、食事室には思い出の料理が並んだ。無事の帰還を喜ぶ護衛と使用人全員に温かく迎えられた後に心を込めて作った、かつて、ハドリーが初めて口にし、出立前にも食べた、あのチーズと共にパンと玉ねぎと鶏肉を焼いたものの上に薬草の花を散りばめた特別なシルヴィアの手料理。シルヴィアはハドリーと共にそれを食べる。「――美味しい。今宵の味はあの時よりもずっと温かく感じる。……約束、守れたな」低く、慈しみに満ちたハドリーの言葉が、そっとシルヴィアの心に触れる。すると、堰を切ったように瞳から大粒の涙が溢れ出した。「シルヴィア?」「取り乱してしまい、申し訳ありません……。ほっとして、嬉しくて涙がつい……」「……泣きたいだけ泣けばいい」ハドリーの深くて穏やかな、けれど決して揺るぎない眼差しがじっとシルヴィアを見つめる。「シルヴィア、お前がいてくれたからこそ、私は帰るべき場所を見失わずに済んだのだから。……もう、何処へも行きはしない。これからは、ずっとお前の傍にいよう」ハドリーの大きな手が、シルヴィアの頭を優しく包み込んだ。* * *3日という月日が瞬く間に流れ、陽光が穏やかに降り注ぐ午後のこと。皇帝の間では荘厳な静寂の中、ハドリーの受勲式、そしてシルヴィアの聖姫認定と令嬢式の儀が執り行われた。列席した皇后や公爵、伯爵といった貴顕(きけん)の方々の見守る視線が中央へと注がれる。豪奢な正装に身を包んだハドリーが恭しく頭を垂れると、皇帝の手から、眩い光を放つ黄金の大勲章がその胸元へと授けられた。続いて、フェリクス、フィオン、リゼルの3名も次々に進み出る。彼らの功績を称えるべく、銀の大勲章、騎士の称号、国に貢献した証の銅の勲章を順に下賜(かし)され、その他の騎士達も表彰され、広間には厳かな拍手の音が波紋のように広がっていった。その後、吐息ひとつ分の空白を経て、場が更なる緊張感に包まれる。凛
Last Updated: 2026-03-21
Chapter: 12話-1 幸せな偽の花嫁。* * * そうしてひとしきりハドリーと抱擁を交わした後。 目覚めたベルに抱きすくめられると、シルヴィアの強張っていた肩からようやく、はらりと力が抜ける。 「シルヴィア様……! ご無事で、本当に良かった……っ」 傍らではすでに意識が戻ったリゼルやフィオン、フェリクス、そして副騎士長と生き残った騎士達が安堵の溜息をついている。 「おふたりであの魔形を……」 「シルヴィア、聖姫になれたんだね。とても綺麗だ」 リゼルとフィオンが感嘆な声を零す中、フェリクスも静かに口を開く。 「ハドリー。……お前がいてくれて良かった」 「宮殿に向かうぞ」 副騎士長の号令に、生き残った騎士達が慌ただしく帰り支度を始め、ハドリーは自分の馬をリゼルに託し、シルヴィアの馬車へと乗り込む。 やがて、揺れる馬車の中、ハドリーの横顔を見つめる内に、シルヴィアの視界は次第に霞んでいく。 心地良い揺れに身を委ねるうちに、吸い込まれるような深い微睡みがシルヴィアを優しく包み込んだ。 * * * 宮殿に辿り着いたのはその、2日目の夕暮れ時だった。 黄金色の残光が回廊を照らす中、軍の家族や宮殿に仕える者 等が列をなし、音もなく深々と頭を下げる。 そんな静かな歓迎を受け、シルヴィアはハドリーと共に宮殿入りをし、皇帝の間へと向かった。 玉座につく皇帝とその隣に座る皇后の階段の前に、ハドリーが騎士の礼を取り、リリシアも同じく跪く。 「ハドリー・リンテアル、只今帰還致しました。当最終部隊、並びに聖姫の御力を似て、国境のゲートは無事に閉じられ、厄災の刻は収まりました。……フェリクスの部隊はほぼ壊滅、多大なる犠牲を払う結果となりましたが」 「そうか」 ハドリーの報告に皇帝は深く頷く。 「よくやった、ハドリー。お前に皇国の行く末を託した私の目に狂いはなかった」 「……勿体なきお言葉にございます」 「先のことは知れぬが、これでしばし、この皇国も安泰であろう」 皇帝の低く、重みのある声に続き、皇后が柔らかな笑みを浮かべ、シルヴィアを見つめた。 「シルヴィア、貴女もよく務
Last Updated: 2026-03-20
Chapter: 11話-4 愛を知る。* * *月が――――。互いにそう思った直後だった。ハドリーの目の前で、シルヴィアの包み纏っていたドレスが音を立てて引き裂かれ、彼女の身体は凄まじい光の炎に呑み込まれた。「……っ!」抱き起こされていた温もりが、唐突に消える。シルヴィアの手も彼女の頬に触れていた手のひらの指先も無慈悲に引き剥がされた。ハドリーの身体は、力なく地面へと崩れ落ちる。――ハドリーよ、月には気をつけよ。シルヴィアの命が危うい。彼女を傍に置くと決めて数日。皇帝に急ぎ呼び出され、告げられたあの不吉な言葉が今、鮮明に脳裏をよぎる。シルヴィアが、死んだ……?絶望という名の暗い淵に沈みかけた、その時だった。「あ……、……う……」光り輝く炎の向こうから、消え入りそうな、けれど確かなシルヴィアの声が聞こえた。(シルヴィアは、まだ、生きている)ならば、私だけがここで終わる訳にはいかない。「シル、ヴィア……っ」ハドリーは身を焼くような光を厭わず、最後の一滴まで力を振り絞って立ち上がった。そして、荒れ狂う光の炎ごと、愛しい彼女を強く抱き締める。「まだ、死なれては困る。……お前は、正真正銘、私の花嫁となるのだから」* * *意識が遠のく苦しみの中で、シルヴィアはふと、ハドリーの自分を呼ぶ声と温もりを感じる。(殿……下……?)混濁する意識の底から、記憶の糸が手繰り寄せられる。――そうだ。期限の2日前。父が亡き母と共に、月の下で「聖姫」の力を封印したのだと、ハドリーから聞かされていた。だから、月明かりの日に聖姫の力が封印されたのであるならば、このまま月明かりを全身に浴びることで覚醒出来るかもしれない。シルヴィアは光の炎に身を焦がしながら、天に浮かぶ
Last Updated: 2026-03-07