Chapter: エピローグ:香の鍵“香りとは檻である”かの詩人がその言葉を呟いたとき、そこにはどんな思いが込められていたのか。もう抜け出せない絶望感からか、あるいは自我を失くすほどの甘美な悦びに酔いしれてか。香りは時として人の心を捕らえる。そして一度囚われると、決して逃れることはできない――鍵を手に入れさえしなければ。果たして詩人は、その先の人生で鍵を得ることはできたのだろうか。春の始まり。2DKの簡素な集合住宅の一室で、情事にふける若い男女の声が響く。若い――と言っても、20代半ば。8年の年月を経て、成熟した大人の体となった、香織と拓海だった。長年スポーツに勤しんでいた拓海の体はすっかり引き締まり、盛り上がった筋肉にぷつぷつと汗が浮き上がっている。一方、香織の体は女性らしい丸みを帯び、柔らかで形の良い乳房も熟れた果実のような膨らみとなっていた。拓海が、香織のポツッと硬くなった乳首にキスをすると、彼女は「ひゃうっ……」と可愛らしい声を上げてのけ反る。その反応に興奮したのか、拓海はますます情熱的に香織の乳首を吸い上げる。「拓海……もうっ、相変わらず赤ちゃんみたいなことする……」「へへ、男の本能ってやつかな。目の前にあると、吸いたくてたまらなくなる」「私達に赤ちゃんができても、同じことするつもりなの?」そ
Last Updated: 2025-07-27
Chapter: 第18話:決戦と解放夏の日差しを浴びながら、香織は彩花と再び観客席に座っていた。しかし学園のグラウンドではない。より広く、青々とした芝生が広がる区営のグラウンドだった。学園のサッカー部が最も注力していた、「夏の試合」が今から始まろうとしていた。春の終わりのあの日、退学した瀬野らから誘われた時は、まったく行く気にもなれなかったこの試合。まさか自ら望んで観戦することになろうとは、香織自身も思ってもみなかった。いまフィールドに堂々と立つのは、例の試合結果からレギュラーに選ばれた拓海だ。そして彩花が応援していた新入部員もレギュラー入りし、今は拓海の味方として隣で肩を並べていた。香織は彼の汗と土の匂いを想像し、心で祈った。試合開始のホイッスルが鳴り、拓海は動き出す。相手チームは強豪で、序盤から圧倒的な攻勢を仕掛けてきた。拓海の動きにはまだぎこちなさが残り、ボールを奪われるたびに観客席からため息が漏れる。(拓海、頑張って……!)祈るように、香織は心の中で叫んだ。試合の開始前、コーチは拓海にこう戦略を伝えていた。「相手は前線が強い。拓海、お前は中盤で守備を固めつつ、隙を見たら一気に前へ出ろ。チームの逆転はタイミングが命だ」観客には圧されているように見えたが、拓海はほぼコーチの指示通り中盤で守備に徹し、相手の猛攻を食い止めていた。
Last Updated: 2025-07-26
Chapter: 第17話:幸せで神聖な営み香織と拓海は、直に肌と肌を重ねながら、舌と舌を絡めあいながら、強く求めあった。あの体育館の裏で、瀬野から無理矢理唇を奪われ、口腔を犯されたときとは全然違う。激しいだけでなく、優しさが込もった求め合うキス。どれほど長く重なっていただろうか。やがて唇を離し、互いに見つめ合う。「香織……この先に進んでもいい? 初めてで、うまくできるかわからないけど……」彼の真面目な言葉に、再び香織は頬を赤らめながら、こくんと頷く。だがその時、拓海が動きを止め、慌てたように呟いた。「待てよ……僕、アレ持ってない。まずいよね?」香織が目を上げると、拓海が困った顔でこちらを見ている。彼女がキョトンとする中、彼は「何か……ないかな」と言いながら物置の隅を見回す。ふと、古い棚の埃っぽい角に拓海は目を留めた。そこには、誰かが捨てたらしい未開封のゴムのパッケージが転がっていた。それを拾い上げ、驚いた声を上げる。「何だこれ……こんなとこに置いてあるなんて……一体、誰が?」香織も顔を赤らめながら呟く。「誰かが……使わなかったのかしら。でも、封が切れてないなら……」
Last Updated: 2025-07-25
Chapter: 第16話:もっと近くにテスト試合の前日、香織は図書室で彩花と話していた。彩花は頬を染め、興奮気味に切り出した。「香織、聞いて! サッカー部の新入部員に、めっちゃかっこいい子がいるの! 明日のテスト試合、絶対応援したいんだけど……一人じゃ恥ずかしくて。ね、付き合ってよ!」香織の心臓がドキンと鳴った。拓海も出る試合だ――彼の試練を近くで見たいが、内緒の恋愛は守らねば。香織は微笑み、彩花の熱意に押される形で答えた。「ふふ、そこまで言うなら付き合うわ。応援、楽しそうね」彩花が目を輝かせ、抱きつく。「やった! 香織と一緒なら、絶対楽しいよ!」香織自身も心の中では楽しみすぎて叫び出したい衝動に駆られながら、努めて冷静なお嬢様を装った。試合当日、香織は彩花と共に観客席に座った。夏の陽射しがグラウンドを照らし、拓海の姿が遠くに見える。彼は緊張した顔でフィールドに立ち、補欠ゆえの不慣れな動きが目立つ。「やっぱりあの新入部員、かっこいい!」彩花がそう興奮して叫ぶ中、香織は拓海の匂いを想像し、心で応援した。試合は拓海のチームが劣勢だった。ライバルの新入部員がドリブルで突破し、ゴールをキメる。守備で追われるばかりの拓海に
Last Updated: 2025-07-24
Chapter: 第15話:“おっぱい”の魔法数日後、香織は庭園のベンチで拓海を待っていた。夏の陽射しが薔薇の香りを濃くし、彼女の胸は微かな緊張で高鳴っていた。テスト試合を目前に控え、拓海が日に日に押しつぶされそうになっていることを、香織も感じ取っていた。(拓海の頑張りを、ただ待つだけじゃ足りない。私が彼を支えなきゃ……)拓海が現れた。汗で濡れた体操服が小太りな体に貼り付き、疲れ切った顔に無理やり笑みを浮かべている。香織を見つけ、ベンチに腰を下ろした。「香織……今日もこうして会えて、嬉しいよ……」“嬉しい”と言いながらも、彼の声は力なく、汗と土の匂いが濃密に漂う。香織は水筒を差し出し、穏やかに尋ねた。「練習、きつかったでしょ? テスト試合、近づいてるものね」拓海は苦笑し、俯いた。「うん……コーチに『今のお前じゃ無理だ』って言われてさ。ライバル連中も僕のことバカにして……僕、ほんとにレギュラーなんてなれるのかな……」彼の弱音と、匂い――汗と土、疲れ果てて決意が揺らぐようなニュアンス――が、彼女の心を揺さぶる。言葉だけでは足りない。もっと近くで、彼を支えたい。「拓海……ちょっと、こっちに来て」香織は立ち上がり、拓海の手を引い
Last Updated: 2025-07-23
Chapter: 第14話:友情と試練「彩花、私……恋人が出来ちゃった」ある日の昼休み、学園のカフェスペースの隅で、二人だけで昼食を取っている最中だった。香織の突然の告白に彩花は目を丸くし、持っていたサンドイッチをポロリと床に落とす。「あーっ! 最後に残しておいたタマゴサンドが……!」「わ、大丈夫!?」「うぅっ……埃まみれ……大丈夫じゃないよ! もったいない……」恨みがましい目で彩花は香織を見る。落としたのは自分なのに、香織のせいだとでも言いたげだ。「まさか……今日二人でご飯行こうって言ったのも、それを言うためだったの?」「いや、そういうわけ……でも、あるのかな……」たどたどしく答えながら、「あ、お詫びにこれ食べる?」と言って、弁当箱の中のふっくらとした卵焼きを箸で彩花に差し出す香織。「食べるっ」と言い、彩花は直接食いついた。まるで池に撒かれたエサを頬張るコイのように。「ん~、おいしい! 香織の家の卵焼き、最高~!」「良かった。実は今朝、自分で焼いてみたの」「へぇ、メイドさんが作ってくれたんじゃないんだ!」
Last Updated: 2025-07-22
Chapter: 第53羽:サンマと酸素カニューラ(下)タナベは複数の看護師を伴って病室に戻るや否や、すぐにアズサの容態を確認した。心拍が急激に低下し、呼吸もほとんど止まっていた。 「心拍停止! 心臓マッサージ開始!」 即座に言い、自らアズサの胸に手を当て、力強く圧迫を始めた。病室は一瞬で緊迫した空気に包まれた。キヨミは壁際に立ち尽くし、息を飲んでその光景を見つめていた。タナベの腕が上下するたび、アズサの体がわずかに揺れる。モニターの警告音が容赦なく部屋に響き渡る。 「アズサ……逝かないで……お願い……」 キヨミはアズサの耳元で、繰り返し呼びかけた。声が震える。タナベは汗を浮かべながらも、必死に心臓マッサージを続けていた。 「フカミさん、頑張って! 戻ってきて!」 しかしアズサの心拍は一向に回復しない。モニターの波形が平坦になり、警告音は高く、鋭く鳴り続ける。 午前2時半をわずかに過ぎたころ。 タナベ医師はゆっくりと手を止め、静かに息を吐いた。 「……死亡を確認します。午前2時32分」 病室に重い沈黙が落ちた。 キヨミは膝から崩れ落ち、ベッドの横にうずくまった。哀しいのに涙が出ない。サイボーグだからか? と考える。やはり感情が欠落しているのかもしれない。あるいは深い絶望の中で、何も考えられなくなっているのか。 ただ、どうしても言わずにはいられないことがあり、キヨミは口を開いた。 「私のせいかもしれません」 「どうしてそう思うんですか?」 点滴などの処理は看護師らに任せながら、タナベが尋ねる。怒る風でも、慰める風でもなく、ただの質問だった。キヨミは震える声で返した。 「実は彼女、12時を過ぎたあたりに一度だけ意識が戻ったんです……そのとき私が、ナースコールを押さなかったから」 タナベは神妙な顔でうなずいた後、静かに説明する。 「なるほど……重体の患者様が亡くなる直前で一時的に回復されるということは、時々あります。きっとフカミさんは、大切なあなたにお別れを伝えたかったのでしょう」 キヨミの目を見つめ、穏やかだがはっきりとした声で続けた。 「脳の腫れが悪化し、脳圧が上昇した結果、呼吸中枢が機能しなくなっていました。そのまま意識が戻ることなく亡くなっていた可能性の方が高いのに、最期にあなたとお話しできたことは奇跡です」 タナベもプロの医師だ。下手に慰めようとして根拠のないことを言ったわ
Last Updated: 2026-06-28
Chapter: 第52羽:サンマと酸素カニューラ(中)アズサの瞼がゆっくりと開いた瞬間、キヨミの心臓が激しく跳ね上がった。「アズサ……?」キヨミはその名を呼ぶ。“ユキ”ではなく、学生時代から深い関係にあった相手の名を。呼ばれた彼女は顔をキヨミの方へ向けつつも、瞳はまだ焦点が定まらない様子だ。酸素カニューラが鼻に繋がれ、点滴の管が何本も腕に刺さったまま、彼女は弱々しく唇を動かした。「……キヨミ?」ほとんど息のような、かすかな声。キヨミは立ち上がってナースコールを押そうとしたが、一瞬だけ|躊躇《ちゅうちょ》した。タナベ医師は確かに“何か問題があればすぐにナースコールを押しください”と言っていた。だが、これは“問題”ではないはず。意識が戻ったのは喜ばしいことだ。もちろん、こじつけだとは自分でも分かっている。ただタナベは、短時間だけ一人で付き添っても構わないとも言っていた。点滴の交換準備の少しの間だけだ。キヨミは深呼吸をし、アズサの手を握った。「キヨミだよ。ちゃんとここにいる。ユキはアズサだったんだね。もう目覚めないかと思ってた」アズサの唇がわずかに緩んだ。腫れた顔の中で、その微笑みは痛々しくも美しかった。アズサの指はまだ冷たく、力も弱かったが、確かに生きている温もりがある。キヨミは失っていた9年間を思いながら、アズサの左手にもう片方の手も添え、包み込んだ。「キヨミ……ごめんね」アズサが最初に口にしたのは謝罪の言葉だった。「……私、キヨミに“書く”ことを禁じて、あなたを傷つけて……それなのにユキとして傍にいたなんて」声は弱々しく、途切れ途切れだった。キヨミは首を振り、アズサの額にそっと自分の額を寄せた。「謝らないで。アズサが生きていてくれて、それだけで十分だよ」アズサの目から涙が一筋こぼれた。キヨミはそれを親指で優しく拭う。「アズサ」キヨミは彼女の頰に唇を寄せ、軽くキスをした。腫れた部分を避け、優しく、優しく。アズサも弱々しく微笑み、唇を近づけてきた。二人の唇が触れ合う。最初はただ触れるだけの、優しいキス。そこからアズサの唇がわずかに開き、キヨミの口の中に舌を侵入させてくる。甘く湿った互いの吐息が混ざり合いながら、舌を絡め合った。「ん……」アズサの喉から小さな吐息が漏れる。呼吸が苦しくなったのだろうか。一旦、唇と唇を離して互いに見つめ合った。「キス、久しぶりだね」ポツリと呟くよう
Last Updated: 2026-06-23
Chapter: 第51羽:サンマと酸素カニューラ(上)事件から6日目となった。キヨミはまたアパートのベッドで横になり、ただ天井を見つめている。 時刻は――まだ夜中の10時か。それでも体は疲れて果てて睡眠を求めているような気がする。一方で思考は堂々巡りを繰り返し、どれだけ目を閉じても眠りは訪れなかった。 昨夜会って以来、テラダからはLINEも無い。無月経であることを打ち明けて関係にひびが入ったのは間違いなく、その関係をどうすれば修復できるのか。そもそも、その必要があるのか否か。 キヨミも恋していたのは間違いないが、テラダから連絡が来ない以上、こちらから送る言葉は何もなかった。「どうか捨てないで」と懇願しろとでも? 「浅ましい女」と思われるだけだ。 “私にプロポーズしたのはマコトでしょ。だから、マコトがリードして見せて。ちゃんと私に相応しい男だってこと、証明して” よくあんなセリフが言えたものだ。仕方ない、テラダといるときの自分は“アカリ”なのだ。笑顔が明るく、妖艶で、自信に満ち溢れた娼婦。 実際は|寡黙《かもく》で、表情の乏しい陰キャ。無月経であることを差し引いたとしても、そもそも一般男性が結婚相手に選ぶような人間ではなかった。 ただ、そんなことでキヨミは自己嫌悪に陥ったりはしない。自分の性格を嫌ったところで今さら生き方は変えられないし、合わない人間とは無理して付き合う必要もない。テラダに関しては正直なところ、「もうどうでもいい」と思い始めているような気がした。 あんなにピュアな男性と付き合ったことは今まで無かったから。ただの物珍しさを「妙な魅力」と履き違え、一時的にハマっていただけなのかもしれない。そう考えると、このまま自然消滅するのも別に悪くない気はしている。 と同時に、一日でそこまで“冷めて”しまえる自分にも驚いていた。 テラダが放出したものだって、まだ少し膣内に残っているような気がするのに。ぴゅっ、ぷぴゅっ、と、その日に用を足している最中でも漏れ出していくのを感じた。ただ、どうせ命が結実することはない。キヨミにとっては無意味な、ただの体液に過ぎない。 (やはり私は、感情の無いサイボーグなのだろうか) アズサの呪いは、まだ解けていないのかもしれない。 アズサ――昼間にまた、彼女の見舞いにも行った。相変わらず意識は戻らず、腫れた顔は前日よりさらに青白く見えた。キヨミはベッドの横で彼女の手を握
Last Updated: 2026-06-15
Chapter: 第50羽:オムライスとエレベーター(下)【2019年10月】東京都・世田谷区 キヨミは自宅のアパートの風呂に浸かっていた。ほんの数時間前までテラダに抱かれていたことが、もう遠い昔の出来事のように思えた。湯船の中で膝を抱え、ぼんやりと白いタイルの壁を見つめる。体はまだ熱を持っていたが、心は妙に冷えていた。 “ご、ごめん……考えさせてくれないかな……?” テラダはホテルでそう言った。 “決して、子供ができない女性とは結婚できないって言ってるんじゃないんだ……ただ混乱してしまって” 必死に否定しようとする彼の言葉は、かえって本音を浮き彫りにしていた。彼のたどたどしい微笑みや視線の泳ぎ方からも、それが痛いほど伝わってきた。 つくづく嘘の下手な男だ。 キヨミは湯船の中で小さく息を吐く。テラダの言葉の後に、自分が紡いだ言葉を思い出した。 “ずっと黙っててごめんなさい。マコトに中出しを許したのも、自分がこういう体だってわかってたから。でも、誰でも受け入れてたわけではないことは信じて。マコトだけだから” テラダは、“アカリ……アカリさん”と|掠《かす》れた声で彼女を抱きしめたが、それ以上の行為はなかった。シャワーを浴び、服を着て、互いにホテルを出た。 “また、会ってくれる?” そう|訊《たず》ねたキヨミに、彼は、 “も、もちろんだよ……” と答えたものの、声は明らかにぎこちなかった。 子供が成せないという事実は、それほどまでに重いのだろうか。 無月経の体。これが風俗嬢としての最大の武器だった。生理の心配がなく、いつでも働ける。けれど普通の恋愛にとっては、やはり決定的な欠点でしかない。勘違いしていたのは自分だった。求婚されて、何を舞い上がっていたのだろう。 キヨミは湯船から上がって体を拭き、風呂場から出てバスタオルを体に巻くと、冷蔵庫を開けた。キンキンに冷えたデカビタCのペットボトルを取り出し、一気飲みする。強めの炭酸が喉をチクチクと刺激するが、鬱々とした気持ちは少しだけ浄化されるような気がした。 バスタオル姿のまま、気分転換に図書館から借りてきたタカナシカツヤの小説を読み始めた。 決してアズサのことを書いたという確証があるわけでもないが、少なくともそれがアズサとカツヤの関係性を知る上でのヒントになるのではと感じていた。 ※ 【2011年8月~2
Last Updated: 2026-06-10
Chapter: 第49羽:オムライスとエレベーター(中)テラダマコトはキヨミの前に立ち、緊張で肩を強張らせていた。白い肌が、間接照明の下でわずかに汗ばんでいる。彼は震える指でキヨミのジャケットに手をかけ、ゆっくりと肩から滑り落とした。 「マコト、もっと大胆にしていいよ」 キヨミが囁くと、テラダはごくりと唾を飲み込んだ。次に彼はキヨミのブラウスに手をかけたが、ボタンを外す指先が何度ももつれる。ようやく全てのボタンを外し終えると、下に着ていた白いブラが露わになった。 ハァ、ハァ……テラダの息が上がる。キヨミも少しだけ自分の顔が紅潮していることに気づいた。キスしたい、舌を絡ませ合いたい。そう思うが、ぐっと|堪《こら》える。今はテラダにリードさせると決めたのだ。 テラダは、しかしそこで固まった。次に何をすればいいのか、ブラを外すべきか、スカートを脱がすべきか、迷っている様子がはっきりとわかった。 キヨミは優しく微笑み、彼の手を取った。少しだけならフォローしてあげてもいいだろう。ほんの少しだけ。 「マコト、まず触ってよ。私のおっぱい」 テラダの瞳が大きく見開かれた。彼は唾を飲み込みながら、震える手でキヨミの胸に触れた。ブラ越しに、柔らかな膨らみをそっと包み込むように。 「あ……柔らかい……」 彼の声は|掠《かす》れていた。キヨミは彼の手を自分の胸に押しつけ、さらに導く。 「もっと強くてもいいよ。感じて、私の体を」 テラダは勇気を出したように、ブラの上から親指で乳首の位置を探り、優しく円を描くように刺激した。キヨミの体がびくりと震える。 「ん……っ、そう、上手っ」 その言葉に励まされたのか、テラダは徐々に大胆になっていった。彼はキヨミの背中に回り、ブラのホックを外した。露わになった胸を両手で包み、優しく揉みしだく。時折、乳首を指で摘まみ、軽く引っ張る。 「あっ……マコト……」 キヨミの声も甘く掠れる。テラダは興奮を抑えきれず、キヨミの首筋に唇を寄せ、熱い吐息を吹きかけた。 前戯はたどたどしかったが、キヨミの優しい導きによって徐々に熱を帯びていった。テラダはキヨミのスカートを下ろし、ショーツに指をかけ、ゆっくりと脱がせた。キヨミも彼のベルトを外し、ズボンと下着を一緒に下ろす。 やがてテラダが上半身に身に付けていたシャツを脱げば、ついに二人は裸になった。 テラダの白い体が照明の下で淡く輝いている。彼
Last Updated: 2026-06-06
Chapter: 第48羽:オムライスとエレベーター(上)「まずはせっかくレストランに来たんだから、食事を楽しみましょう」 キヨミは穏やかに微笑んで言った。テラダマコトは一瞬、ぽかんとした表情を浮かべたが、「あ、そ、そうだよね……」とやや苦笑しながらメニューを手に取る。 危ういところだった。いきなり事件の話やらプロポーズの話やらを切り出せば、テラダはきっとパニックを起こしていただろう。彼はそういう男だ。純粋で、真面目で、でも極端に緊張しやすい。 それで料理の味が台無しになるのは避けたかった。食べているときくらいは心穏やかでいたいものだ。 二人が注文したのはこの店の定番メニューだ。運ばれてきたのは、薄く焼かれた卵がチキンライスをふんわり包むオムライス。王道のスタイルであり、ノスタルジックな昭和タイプとも言える。 スプーンを入れると、薄い卵の中から熱々のチキンライスがこぼれ落ちる。チキンライスの味付けは薄口ながらもコクがあり、タマネギと鶏肉の甘みがじんわりと染み出していた。そこにケチャップで軽く味にメリハリがついて、懐かしい味わいに仕上げられている。 「美味しい」 一口ごとにほっとするような味わいが広がり、キヨミは思わず小さく呟いた。テラダも頷きながら、一口ずつ丁寧に味わっている。 ただ彼はスプーンを動かす手つきもぎこちなく、時折キヨミの顔を盗み見る。白い頰がわずかに紅潮しているのが照明の下でよくわかった。 「……実はこのお店、小さい頃、母親によく連れてこられたんだ」 不意にテラダが昔話をする。 「へぇ、テラダさんのお母さんって何歳くらい?」 「もう……亡くなったよ」 キヨミは一瞬、ピタリとスプーンを持つ手を止める。 「そう、ごめんなさい」 「謝らないで。もうずいぶん昔……僕が小2ぐらいの頃だったかな。くも膜下出血で突然倒れて、そのまま。お酒とかよく飲む人だったみたいだから」 初めて聞く話だった。そもそも彼が家族のことを話すこと自体、これが初めてかもしれない。 「うちは父親と、祖父と、男ばかり3人で暮らしてる。祖母も僕が生まれる前からもういなかったみたいで。男ばっかりさ。だから学校でも、女子とどう接していいのかわからなかった。高校は男子校だったし、今アルバイトしてる先も、あえて女性がいないところを選んだんだ」 「もしかして女性が怖かったの?」 テラダはぎこちなく微笑む。 「そうかも……
Last Updated: 2026-06-03
Chapter: 第116章(最終話):永遠の絆*遥花【2026年1月】冬の陽射しは冷たく、墓地の石碑に白い影を落としていた。香澄の墓前には、家族みんなが揃っていた。悠真、蓮、菖蒲、そして私。今日は香澄の四十九日。去年の11月、彼女は静かに息を引き取った。墓石には「遠藤香澄」と刻まれている。香澄と反町家の関係は、香澄が亡くなる前からすでに切れていた。ネットブロード社がステアリンググループに対して起こしたハッキング攻撃は、すべて香澄の独断として責任を押し付けられる形となった。元夫であり、社長の創業者であった反町信弘氏は植物人間状態。それに代わり、会社の重役や幹部達、それに反町家の血縁者たちが徒党を組んで、香澄社長を追い出した。酷い話だが、香澄自身も死期が近かったとあって、マスコミなどの取材に煩わされることもなかった。ユナイトコーポレーションの買収の話も凍結され、ネットブロード社は今、再編に追われているが、もはや香澄とは無関係な話だ。ある意味では、香澄自身が望んだ通りの結末だったのかもしれない。彼女らしい、見事な幕引きだ。世間は、反町香澄なんて最初から存在しなかったかのように動き始めている。けれど私たちだけは――あの日、病室で最後に交わしたキスと抱擁の感触は、今も私の肌に残っている。菖蒲が小さな花束を墓前に置いた。彼女はもう10歳。去年のドラマが大ヒットして、天才子役としてますますオファーも増えて忙しくなっているのに、今日は撮影を休んで来てくれた。「香澄さん……お元気? 菖蒲、ちゃんと大きくなってるよ。ママとパパと、お兄ちゃんと、みんなで頑張ってるからね」菖蒲の声は少し震えていた。蓮は黙って菖蒲の肩を抱いた。蓮の『Phantom Guard』は警察のサイバー捜査に正式採用され、彼はもう「天才少年プログラマー」として有名人になり始めている。悠真は私の手を握っていた。総帥就任から数ヶ月、ステアリンググループは安定を取り戻した。社長令嬢である阿左美さんも蘇った霊視の力で手腕を振るいつつ、ユナイトコーポレーションの株価も回復傾向にある。「散々苦労かけさせられたが……ある意味では、お前のお陰で成長できたとも言える。ライバルとして、元友人として、お前を失って俺も辛く思っているよ、香澄……できればまた、若い頃の武勇伝でも語り合いたかったな」悠真の声は静かだった。私は彼の肩に頭を預けた。「カッコつけてるけど、昨日の
Last Updated: 2026-02-28
Chapter: 第115章:私を恨んで*香澄私の手は、遥花の細い首に絡まっていた。指先に、彼女の脈が伝わる。温かくて、速くて、生きている証。なのに、私はその脈を止めようとしていた。 「わかったわ、遥花……ありがとう。それなら私の手で、殺してあげる」 声は震えていた。自分の声なのに、どこか遠くから聞こえるようだった。sophilaの冷徹さも、過去の香澄の優しさも、もう混ざり合って一つの私になっているはずなのに、今この瞬間だけは、どちらでもない何かだった。 遥花の瞳が、驚きと悲しみで揺れる。彼女は抵抗しない。ただ、私を見つめている。その目が、私の心を抉る。 「……香澄……?」 彼女の声が、かすれる。首を絞める力が、徐々に強くなる。息が詰まる音がする。遥花の顔が、赤くなる。涙が、一筋、頬を伝う。 その涙を見た瞬間、何かが弾けた。 ――できない。 手から力が抜けた。指が、勝手に離れる。遥花は大きく咳き込み、ベッドに倒れ込んだ。彼女の胸が激しく上下する。息を吸うたび、喉が鳴る。 私は、自分の手を呆然と見つめた。 「ごめんね……」 声が、震えた。涙が、ぽろぽろと落ちる。遥花は咳をしながら、私を見上げた。首に赤い痕が残っている。それを見ただけで、また胸が裂けそうになる。 「遥花……ごめん」 私は、彼女の体を抱き寄せた。遥花はまだ息を荒げながら、私の胸に顔を埋めた。 「香澄……」 「遥花を殺すなんて、できない。あなたに生きていてほしいから。私はあなたと共に生きられない。それならせめて、一生私のことを想って、ずっと引きずったまま生きていて欲しいと思うの。ごめんね、それが私のワガママ」 遥花の肩が、震えた。彼女は、私の胸に顔を押しつけて、泣きじゃくった。 「そんな……そんなワガママ、許さない……」 「許さなくていい。でも、私の願いはこれだけなの。遥花が、私を忘れずにいてくれること。蓮と菖蒲が大きくなって、私のことを話してくれること。悠真が、遥花を支え続けてくれること」 私は、遥花の髪を撫でた。彼女の涙が、私の病衣を濡らす。 「遥花……最後に、ひとつだけお願い」 遥花は、顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃの顔が、愛おしい。 「なに……?」 「私を抱いて。最後に、一度だけ……」 遥花の目が、揺れた。でも、すぐに頷いた。 「うん……」 私
Last Updated: 2026-02-27
Chapter: 第114章:残された時間*遥花【2025年11月】 病院の個室は静かで、白いカーテンが柔らかい陽射しを遮っていた。香澄はベッドに横たわり、点滴のチューブが腕に繋がれている。顔色はまだ青白いが、目だけは昔のままの優しさを取り戻していた。 私はベッドの脇に座り、香澄の手を握っていた。彼女の指は細くて冷たい。でも、握り返してくれる力が、確かにあった。 「遥花……ありがとう。来てくれて」 香澄の声は弱々しかったが、穏やかだった。私は微笑んで、首を振った。 「ありがとうはこっちよ。戻ってきてくれて」 香澄は小さく笑った。目尻に、涙が溜まる。 「戻れたのは、遥花のおかげ。蓮の作ったアプリがなかったら……私はまだ、sophilaのままでいた」 蓮のアプリ。あの子の執念が、封印を解いた。統合の瞬間、香澄の体が震え、過去の香澄とsophilaが一つになった。あのときの衝撃で、腫瘍が一気に悪化した。医師の診断は、残酷だった。 「脳腫瘍、末期です。手術はもう不可能。余命は……数週間から数ヶ月」 その言葉を聞いたとき、私は膝から崩れ落ちた。香澄はベッドの上で、静かに泣いていた。 でも、今は泣かない。泣いている暇はない。残された時間を、一緒に過ごすために。 「香澄……私たち、残された時間を一緒に過ごそう」 私は、香澄の額にそっとキスをした。彼女は目を閉じて、頷いた。 「うん……お願い」 ※ 病院の廊下で、蓮と菖蒲が待っていた。菖蒲はマネージャーの奥野さんと一緒に来ていて、今日は撮影の合間を縫って駆けつけた。 「ママ! 香澄さん、どう?」 菖蒲が駆け寄ってきて、私の腰に抱きつく。私は菖蒲を抱き上げて、頷いた。 「少し落ち着いたわ。ありがとう、来てくれて」 蓮はノートパソコンを抱えたまま、静かに言った。 「遥花……ステアリンググループの件、終わったよ」 私は目を丸くした。 「終わった……?」 蓮はパソコンを開いて、画面を見せてくれた。株価チャートが、急回復している。赤かった線が、緑に変わっていた。 「香澄さんのサーバーから抜き出した不正データ、全部公開した。ネットブロード社のハッキング証拠も、警察に提出した。ユナイトコーポレーションの買収計画は凍結。総帥に就任した悠真……父さんの采配もうまくいってる」 菖蒲が目を輝かせた。 「すごーい! ざあこお兄ちゃん、めっちゃカッコい
Last Updated: 2026-02-26
Chapter: 第113章:統合の瞬間*sophila頭が割れそうだった。 膝をついた瞬間、世界が音を失った。社長室の床が冷たくて、指先が震える。遥花の声が遠くから聞こえる。 「香澄……過去のあなたを、解放するわ。もう、恐れなくていい」 その言葉が、胸の奥に突き刺さった。次の瞬間、私の意識は体から引き剥がされた。暗闇の中に落ちていく。まるで深い井戸の底へ、ゆっくりと沈んでいくような感覚。 そこは真っ白な空間だった。どこまでも続く白い床と、白い天井。まるで病院の無菌室のようだ。 私は立っていた。黒いスーツを着た「反町香澄」――sophilaの私が。 そして、向かい側にもう一人の私がいた。白いワンピースを着た、遥花の恋人だった頃の、柔らかい笑顔の香澄。 二人の私が、静かに向き合っていた。 「……やっと、会えたね」“過去の香澄”が、優しく微笑んだ。私は、唇を歪めた。 「会いたくなんてなかった。私は弱い。すぐにあなたに頼ってしまう。だから……」“過去の香澄”は、静かに首を振った。 「あなたが私を封印したせいで、遥花は泣いたわ。私が、遥花を悲しませてしまった」 怒りか、悔しさか、自分でもわからない。 「違う、あなたじゃない! 遥花を悲しませたのは私のせい……私は、あなたを独占しようとしたの!」 しかし“過去の香澄”が否定する。 「あなたはただ、強くあろうとしただけ。弱いままじゃ、遥花を幸せにできない。隆一に作られた道具のままじゃ、彼女を傷つけるだけだと思った。だから、私を封印したんでしょ。強くなって、すべてを壊して、遥花を自由にしてあげようとしたんじゃない」“過去の香澄”がゆっくりと近づいてきた。彼女の瞳は、涙で濡れていた。 「違うわ。私は、ただ怖かったのよ。弱いままで、遥花に嫌われてしまうのが。遥花に、愛され続ける自信がなかった。だから、あなたを閉じ込めて、強がった。復讐なんて、ただの言い訳。本当は、遥花に触れたくて、抱きしめたくて、でも怖くて……」 白い空間に、私の声が反響する。頭痛が、再び激しくなる。腫瘍が、脳を締め付ける。“過去の香澄”は、悲しげに微笑んだ。 「もう、いいのよ。遥花が来てくれた。彼女は、私たちを愛してくれている。sophilaも、香澄も、全部愛してくれているって……抱きしめてくれた」 その瞬間、外の世界から、遥花の温かさが流れ込んできた。彼女の腕の感触、唇の柔ら
Last Updated: 2026-02-23
Chapter: 第112章:再会への旅*遥花朝の陽射しがカーテンの隙間から差し込む。リビングのテーブルに、蓮と菖蒲の朝食を並べながら、私は静かに息を吐いた。今日は香澄に会いに行くと決めた日。「ママ、どこか行くの?」菖蒲が目をこすりながらリビングに入ってきた。彼女の髪は寝癖で跳ねていて、いつものように可愛い。私は微笑んで、菖蒲の頭を撫でた。「うん、ちょっと用事でね。一人で出かけてくるわ」菖蒲の目が、大きく見開かれた。「え……一人で? また、帰ってこないつもり?」「心配しないで、夕方には帰るから」菖蒲は、唇を尖らせた。「ママ……絶対帰ってきてね。菖蒲、ママがいないと寂しいもん」その言葉に、胸が締め付けられた。菖蒲の小さな手が、私の服の裾を握る。私はしゃがんで、菖蒲を抱きしめた。「うん、絶対帰ってくる。菖蒲と蓮とパパと、一緒にいるよ」蓮が階段を降りてきた。ノートパソコンを抱えている。「遥花……僕のアプリで、香澄さんの位置は追えるよ。リアルタイムで。危なくなったら、すぐに連絡する」蓮の声は、落ち着いている。でも、目が少し赤い。私の決意を、止める気はないみたいだ。「ありがとう、蓮。頼りにしてるわ」悠真は、朝から会社に出かけていた。昨夜、すべてを話した。香澄に会いに行くこと。過去の香澄を救うために、一人で行きたいと。彼は悩んでいたようだが、もう私を止めることはしなかった。ただ、「気をつけて。帰ってきてくれ」とだけ言った。家を出た。菖蒲は玄関で手を振って、「ママ、絶対帰ってきてね!」と泣きながら叫ぶ。蓮は「アプリで追ってるから、大丈夫だよ」と静かに言いながら、私に笑顔を向けてくれた。電車の中で、過去の記憶が蘇る。香澄と出会った子供の頃。彼女はいつも明るくて、私の厳しい家庭環境を笑い飛ばしてくれた。香澄は、私の初めての友達……そして私が双子を身ごもってから、とても短い間だけど、共に暮らし、共に双子を育て、そして愛し合った、かけがえの無い家族だ。今、香澄は反町香澄として、私たちの敵になっている。でも、私は信じている。彼女の中には、まだ過去の香澄がいる。sophilaが封印した、優しい香澄が。東京駅に着き、ネットブロード社の本社へ向かうタクシーの中で、蓮からLINEが来た。「遥花、香澄さんの位置は最上階の社長室。アプリでリアルタイム追跡中。……でも、解放アプリを入れるには、香澄さんのデバイ
Last Updated: 2026-02-21
Chapter: 第111章:暴走と家族会議*蓮学校から帰ってきて、すぐに自分の部屋にこもった。ノートパソコンを開いて、『Phantom Guard』のコードをいじり始める。 sophila――反町香澄社長のサーバーに侵入して、彼女の秘密を探る。最新のバージョンで、今度こそ突破してやる。 「よし……ファイアウォールの抜け道、昨日見つけたやつを使って……」 キーボードを叩く。画面にデータが流れ込んでくる。機密ファイル、ログ……そして、変なフォルダを見つけた。「Sealed Memory」って名前。封印された記憶? なんだこれ。 パスワードがかかってるけど、僕のアプリでクラック。開くと、中に古いプログラムのコードがいっぱい。洗脳プログラム……? プログラムの製作者の名前を見ると、“ryuichi”と記載されている。sophila自身が作ったものではない。 ログを見ると、sophilaが自分の意思でプログラムを起動して、過去の香澄の人格を封印した記録が残ってる。 「香澄は、自分の意思で過去の自分を封印してた……? どうして?」 さらに深く掘ってみる。プログラムのコメントに、sophilaのメモみたいなものが残ってる。「弱い自分を閉じ込めれば、私は強くなれる。遥花を傷つけないために」。 ……遥花? ママのこと? sophilaは、ママを傷つけないために、過去の香澄を封印した? でも、今のsophilaはママを傷つけるようなことばっかりしてる。矛盾してる。 「もしかして、封印したせいで、sophila自身がおかしくなっちゃったのかも……」 頭を掻く。この洗脳プログラムは、元々人格を操るためのものだったようだ。“ryuichi”というのが誰かはよくわからないが、ともかく第三者が作ったプログラムをsophila自身がいじったら、予想外の結果になったのかも。弱い自分を封印したつもりが、逆に強すぎる人格が暴走し始めた……みたいな。 「sophilaを倒すんじゃなくて、過去の香澄を解放すれば……元の香澄に戻れるかも」 閃いた。アプリをさらに改良して、封印データを解除するハッキングコードを書く。プログラムの構造を解析して、逆の動作をするように。理論上は可能だ。でも、実際にやるには、香澄のスマホかパソコンに直接アクセスしないと……。 「まずは、家族に話さないと」 リビングへ降りる。菖蒲はソファでSwitchや
Last Updated: 2026-02-20
Chapter: 第14報:終幕の謝罪文<strong>2016年某月某日 編集済み</strong>半年ほどFacebookを不在にしておりました。不在の間に皆様から書き込まれたエントリに目を通すと「雲隠れでは」との指摘もあります。まさしく、その通りです。心配して電話をかけてくださった皆様。中にはLINEなどで厳しい言葉を投げかけられた方もいらっしゃいましたが、改めて身が引き締まる思いでした。本当にありがとうございました。事情をご存じでない方に向けて、改めてご説明いたします。実は私、クロカワテツヤは、半年前まで、シロカネマユラという高校時代の元恋人と不倫しておりました。誘ってきたのは彼女の方です。もちろん、それで私の罪が軽くなるとは思っておりません。私自身もシロカネさんをいいように利用し、彼女の心を弄んでしまったのだと思います。そのことを彼女自身に暴露されたのが、まさに半年前のこと。当時の私とシロカネさんの友人・知人、のべ1,300人以上の方の前に大変下品でお恥ずかしい写真を晒してしまいましたこと、今更ながら深くお詫び申し上げます。そちらの投稿は、現在すでにシロカネさんのアカウントごと削除されております。削除は私から依頼したものではありましたが、まさかアカウントごととは思いませんでした。以来、彼女とは一切連絡が取れておりません。もちろん、慰謝料を要求されればお支払いするつもりで、こちらから直接家を訪ねたりもしま
Last Updated: 2025-08-19
Chapter: 第13報:恋のアップデート10年前に俺を振ったマユラは、最後のメールに「あなたの幸せを願っている」と書いていた。その言葉は、ぜんぜんフェアじゃなかった。ヤツには新しい恋人がいる。俺には、マユラと別れて付き合える女なんていない。大学に行けば、新たな出会いはいくらでもある。けれどどんな女を見ても、そこにマユラの影を探してしまう。「女の恋は上書き保存」とはよく言ったものだ。男の恋など、いくら上書きしようとしてもムリだ。以前のデータの保護がどうやったって解除できず、新規インストールには失敗ばかり。男にとって恋なんて言えるのは、初恋の相手だけかもしれない。その後ユキノと出会ったのは恋じゃなかった。妹ができたような感覚が近い。やがて仲が深まるうち、「恋人」をすっとばして「妻」とフォルダをリネームしたにすぎない。いまだに俺の「恋人」フォルダには、マユラが存在していた。もう二度と開けてはいけないフォルダだ。永遠にアップデートされないまま、忘れ去られていくべきものだった。10年越しにそれがアップデートされたいま。状況は最悪でしかない。マユラと交わりながら妻の名を呼んでしまった俺は、ヤツのiPhoneで写真を撮られている。局部丸出しの恥ずかしい格好で。「これ、ぜんぶFacebookにアップするから」「やめてくれ……
Last Updated: 2025-08-17
Chapter: 第12報:愛しのレッグカットきしむベッドの音、悲鳴に近いあえぎ声。香水のニオイ、それに混じるオスとメスのクサさ。汗のしょっぱさに、唾液の甘さ。目に映るマユラの裸体、泣き出しそうな表情。肉と肉が擦れる感触と、体全体を包む熱気――否、熱は体の奥底からこみ上げてくる。俺とマユラの命を燃やし、溢れ、また外から内側を温める。五感すべてが、ヤツに釘付けになる。狂っている。俺もマユラも既におかしくなっている。いや、10年前からそうだ。どうしてこんな女を抱いたんだろう。「じつは俺さ、シロカネのことが気になってて」高校のころ、よく俺やマユラと一緒につるんでいた男友達に告げると、こう返された。「え……やめといたほうがいいんじゃねえの……」決してマユラは嫌われていたわけじゃない。誰とでも仲よく付き合えた。一緒にいて気兼ねしない女。しかしそれゆえに、深いところでつながりあえない存在。誰もがシロカネマユラの存在を知っていたが、誰もヤツの心の奥底の闇を知らないし、知ろうとしなかった。俺だけが興味を持った。そして知った。裸のマユラを。その股に刻まれた無数の傷、リストカットならぬレッグカットの跡を。見て率直に、キモチワルイと思った。自分でそんなところに傷をつくるなんて、アタマおかしいんじゃないか。けれ
Last Updated: 2025-08-15
Chapter: 第11報:ふたりだけのプリズン珍しいことに、空には雨雲ではなく星空が広がっている。この街で雨が降らない日もあると、ようやく証明された。思い返せば今までも、この街で雨が降らない日もあったろう。ただの曇りの日も、星が出ている日も。ちゃんと見上げず、気づかなかっただけでは。言葉に記したことが、いつも真実とは限らない。むしろ嘘だらけだ。俺が不倫したことも、そうだったらいいと思う。マユラなんて元カノ、最初から存在しなかった。そうであれば、気分だってどれほど晴れるか。マユラの家に着いてインターホンを押す。が、返事はない。Facebookのメッセージで行くと伝えておいたハズ。「既読」も確認した。仕方なく家の前で待つことにする。スマホはカバンにしまってある。見たくもない。ネットの炎上は激しさを増している。投稿の公開範囲が俺とマユラの知人のみの設定になっていたことと、俺が会社の人間とは誰とも「友達」になっていなかったのは救いだ。が、バレるのも時間の問題かもしれない。俺より交友関係の広いマユラの「友達」に、俺と仕事上で付き合いのある人間がいないという保証はない。このスキャンダルが表に出たらおおごとだ。ひょっとしたら、会社もクビになるかもしれない。プロジェクトが頓挫してブルーになっていたことが、ここまで波及するとは……改
Last Updated: 2025-08-13
Chapter: 第10報:終わりからの始まり「これで最後だ」というセリフを、いったい何度叫んだことだろう。「もう辞めよう」と言って突き放そうとするたび、マユラは俺にからみついてきた。逆にマユラからふりほどこうとするなら、今度は俺の方が放せなくなった。綱引きのようなセックス。疲労困憊で、文字通り精も根も尽きた。射精したのも何回だろう。ヤツと抱き合うと、下半身も思春期に戻ってしまう。妻とはいつも1回。2回以上はとてもできないのに。またも中央線の車内、脳みそが綿でくるまれたような眠気に、吊革を何度も手放しそうになった。アルコールも入っていないのに、周りの乗客にはタチの悪い酔っぱらいと思われたことだろう。辛うじて寝過ごさず中野駅のホームに降り立ったときも、フラフラでしばらくマトモに歩けなかった。ベンチに腰掛け、少しだけ休む。目を閉じると、マユラの肌色の肉体が――腹が、背中が、太股が、乳房が、そして毛で覆われた股間が、ぐるぐると回っていた。股間のものはヒリヒリと痛みながらも、また勃とうとしている。だめだ、だめだ。激しく頭を振り、睡魔と性欲を振り払う。立ち上がり、家路に戻る。途中、飯を何も食べてないことに気づき、駅前の通りの「なか卯」に寄る。出されたうどんの白さを見て、またマユラの肌を連想してしまい、慌ててかき込んだ。店を出て約10分、なんとかぶじマン
Last Updated: 2025-08-11
Chapter: 第9報:忘却のための射精「ひぁっ……ま、待って……ここでしたら、泡で染みちゃう……」湯船の中で俺と股間を重ね合わせながらも、マユラは抗議する。バカな心配だ。泡風呂の泡が浮いているのは水面だけ、中の湯に混じっていることはない。「だいじょうぶだよ、激しくしなければ。ちゃんと、気持ちいいだろ?」「う、うんっ……、き、きもちいい……」ヤツの甘えた声に、俺の股間のものがビクビクと反応し、硬度を増す。そのたびまた、ひゃあん、という声が響く。もっと深くつながりたい。「いったん、手を離すぞ」と、マユラの上体を支えるのを、ヤツの背後に延びた自身の両手に任せ、俺の腰を挟むようなポジションにあるマユの両足をつかむ。その二本を持ち上げ、俺の肩に載せる。「わわっ……ちょっ……何するの、怖いっ……あっ」おびえた声を出す一方で、さきほどより一層甘い声がマユラの喉の奥からもれる。俺の先端が、ズブ、と深く入ったのを感じる。ここほど広い
Last Updated: 2025-08-09