Chapter: 別々の新しい人生「あれ?彩花?」 アイツと別れてから、五年の月日が流れた。 会社を辞めてから抜け殻のようになった私を心配して、主人が猫を二匹もらってきた。 「俺達には子供はいないから、代わりにでもなれば……」 そう言って渡された小さな命。 その子達のおかげで、私は少しずつ日常を取り戻していった。 近所のスーパーでパートをしている私に、ある日、懐かしい人物が声をかけてきた。 「小田切!どうしたの?」 品出しの手を止めて振り向くと、小田切はベビー用品を手にしていた。 「え!小田切、もしかして!」 私が笑うと、 「違う違う!これは三島のお祝いだよ!」 と叫ばれた。 『三島』という名前に、心臓がドキリと跳ねる。 「お前が辞めたあと、あいつかなり荒れてたんだよ。それで今は、ウチの営業所にいる」 そう言われ、胸の奥がざわついた。 「まあ、何度か離婚の危機もあったみたいだけどな。奥さんが必死に立て直して、やっと今年パパになったんだ」 小田切はそう言って笑った。 「そっか……」 小さく呟く。 「なあ……お前が会社辞めたのって……」 小田切が言いかけた言葉を、私は遮った。 「ほら!お祝い包んでもらうんでしょう?」 背中を押して、話題を逸らす。 小田切は少し黙ってから言った。 「なあ彩花。お前はこれで良かったのか?」 私は笑顔を返した。 「ねえ、小田切。私にも可愛い子供がいるの」
Última actualización: 2026-03-23
Chapter: 本当の別離「じゃあね」 私は玄関で先に靴を履き、アイツに別れを告げた。 アイツとは、この部屋で別れようと決めていた。 私が先に部屋を出て、そのあとでアイツが出る。 それが、私の最後のケジメだった。 ずっと黙っていたアイツが、握手を求めて差し出した私の手首を掴み、強く抱き寄せた。 「このまま……二人でどこかへ逃げましょう」 そう言われて、私は首を横に振る。 「もう、これで本当に最後だよ」 真っ直ぐに見つめて言うと、アイツの瞳から涙が溢れて落ちていく。 頬を伝う涙を拭ってあげたくなった。 でも私は拳を握り締め、必死に笑顔を作った。 「じゃあね。バイバイ」 背中を向けた瞬間、アイツが後ろから強く抱き締める。 「そんな顔されたら……手放せない」 その言葉に、涙が溢れて止まらなくなった。 それでも私は、アイツの腕をそっと解いた。 「健人……愛してる」 震える声で、言葉を続ける。 「でも──愛してるから……さよなら」 そう言って、私はドアを飛び出した。 閉まりかけたドアの向こうで、アイツが崩れ落ちる姿が見えた。 本当は── 引き返したかった。 震える身体を、強く抱き締めたかった。 でも、私達にはそれぞれ待っている人がいる。 それは、変えられない事実だった。 涙を拭い、私は足早に駅へ向かう。 電車の乗り継ぎでアイツと鉢合わせしないよう、わざと遠回りをして帰った。 帰り道
Última actualización: 2026-03-22
Chapter: 魔法が消えるまで……久しぶりに重ねた肌は熱くて、このまま互いの熱で燃え尽き、灰になれたらいいのに……と思った。アイツの、私を求める熱が嬉しかった。もう、二度と誰かをこんなふうに愛せないだろう。抱かれる幸せも、女に生まれた喜びも……全部、アイツが教えてくれた。何度も肌を重ね、私は初めて、私を抱き締めて眠るアイツの寝顔を見た。長くて綺麗な睫毛に触れると、ぴくりと瞼が動く。触れ合うアイツの肌はどこも瑞々しくて、自分の老いた肌とは明らかに違っていた。こんな私を、どうしてこんなにも求めてくれるのか――分からなかった。もう少しだけ遅く生まれていたら。もう少しだけ早く出会えていたら。どうにもならない想いばかりが浮かんで、胸が痛くなる。タラレバを思ったところで、現実は何も変わらない。だったら、残された時間を大切に過ごそうと決めた。朝起きて近くの漁港へご飯を食べに行き、朝市で食材を買う。昼は二人でキッチンに並び、料理をした。すべてを忘れて、普通の恋人のような時間を過ごした。買い物をすると、すぐ荷物を持ってくれるところ。別々の物を買うと、人の買った物が気になって食べたがるところ。手を繋いで歩きたがるところ。初めて知るアイツの姿が愛しくて、私はその全部を胸に刻み続けた。「彩花」そう呼ぶ声が好きだと思った。差し出す大きな手も。風に揺れる漆黒の髪も。笑うと細くなる目も。全部、全部――大好きだった。そう思う時間が積み重なるほど、別れの時は近付いてくる。夜の帳が下り、夕飯を終えた私達は、ダブルベッドに腰掛けて窓の外を眺めていた。海辺に近いこのマンションからは、毎週土曜日に打ち上がる花火がよく見える。「綺麗……」ぽつりと呟く私を見つめて、アイツは「うん……」
Última actualización: 2026-03-21
Chapter: 偽りの夫婦独身の頃から勤めていた職場の最終日は、あっけないほど静かに終わった。送別会の類はすべて断った私は、アイツとの待ち合わせ場所へ急いだ。元々その日は、奥さんが学生時代の友人のハワイ挙式に出席するため、前日から留守にしているらしい。アイツは前から、私と旅行に行こうとリゾートマンションの宿泊を手配していたのだという。「さよなら旅行になっちゃいましたね」そう言って、彼は悲しそうに笑った。電車を乗り継ぎ、ようやく宿泊先のリゾートマンションに到着する。マンションなので受付もフロントもなく、アイツは持っていた鍵で部屋のドアを開けた。そして振り返り、「彩花はちょっと待ってて」と言うと、先に中へ入っていく。「五分経ったら入って!」そう言い残して、ドアを閉めた。キッチンの灯りが漏れ、バタバタと走り回る影が見える。(何してるんだか……)苦笑いしているうちに五分が過ぎ、私は玄関のドアを開けた。すると――「彩花、おかえり」アイツが笑顔で迎えてくれた。「お風呂にする? ご飯にする?それとも俺にする?」努めて明るく、ふざけた調子で言うアイツ。その気持ちが胸に刺さり、涙がこみ上げる。「健人……」そう呟いた瞬間、涙が溢れた。「え? 何? どうした? 彩花?」突然泣き出した私に、アイツは慌てている。私は靴も脱ぎきらないまま、彼に抱きついた。「健人がいい!」思わず叫んでしまう。するとアイツは、くしゃくしゃの笑顔を浮かべて言った。「ネタだったのに……」そう呟きながら、私を抱きしめた。唇が重なり、ゆっくりと抱き合う。「今から明後日の昼まで、俺達は夫婦だよ」そう言って、彼の額が私の額にそっと触れる。
Última actualización: 2026-03-20
Chapter: 最初で最後の旅行その日、私は部長に退職届を提出した。アイツと別れるには、離れるしかないと分かっていたからだ。あの日以来、アイツの奥さんが泣いている姿は見ていない。「きちんとするから……バレないようにするから……」縋るように言われ、結局、有耶無耶にされてしまった。それでも私は、アイツとの逢瀬だけは避け続けた。会社で会えば挨拶を交わす。まるで出会った頃に戻ったような関係。違うのは──書類を渡す時、指先が触れるだけで泣きたくなってしまう、この厄介な気持ちだった。そんなある日。緊急事態で残業していると、「鮫島サン、ラストですよ。サーバー切りたいんですけど」懐かしい言葉に、涙が込み上げてくる。必死に堪えて、「あ!今終わらせる。遅くまでお疲れ様」そう言って微笑むと、アイツは私の腕を掴み、スマホでどこかへ連絡を入れ始めた。「あ、俺。うん。今朝話した通り、夕飯外で食べて帰るから」そう言われ、慌てて見上げると、「じゃあ、帰りましょうか」そう言って歩き出した。駅に着いても、乗り換えても、アイツは手を離さない。「ホテルに行かなくて良いですから。飯くらいは付き合って下さいよ」そう言われ、私は小さく頷いた。「会社……なんで辞めるの?」ぽつりと呟かれ、ハッとして顔を上げる。泣きそうなアイツの顔に、胸が痛くなる。「俺のせい?俺が好きになったから?しつこく追い回すから?」歩きながら言われ、私は首を横に振り続けた。「私が……健人を好きになったから……」涙を堪えながら、必死に笑顔を作る。「だったら!」「私じゃ……私じゃ、あなたの遺伝子を残せない……」一粒の涙が、頬を伝って落ちた。「そんなの要らない!」強
Última actualización: 2026-03-19
Chapter: 別離その日から、私は残業をしないよう、仕事を定時きっかりに切り上げるようにした。アイツとも、偶然でも会わないように時間をずらす。何か察したのだろう。二週間が過ぎた頃だった。会議が終わり、会議室の片付けをしていると、突然ドアが閉まり、鍵の掛かる音がした。ハッとして振り向くと、アイツが立っていた。「何で避けるの? 俺、何かした?」そう聞かれて、私は震える手を悟られないよう、手にしていたトレイをテーブルに置いた。(ダメだ……。まだ、こんなにもアイツが好きだ……)胸を締め付ける痛みに、ゆっくりと深呼吸をする。「ねぇ! 黙っていたら分からないじゃないか!」アイツの手が、私の手首を掴み上げた。見上げたアイツの、切なそうな顔。一度は自分の気持ちにケリをつけたはずなのに……脆くも崩れ落ちそうになる。「もう……止めよう」ぽつりと呟いた私に、アイツは目を見開いた。「何で?」肩を掴まれて問われる。「お互い、家で待つ人が居るじゃない……」絞り出すように言うと、「離婚すれば良いの?」そう返され、私は首を横に振った。恋人関係とは違う。結婚したら、簡単に離婚なんて出来ない。お互いに、それは分かっている。分かっているからこそ、今の関係を選んだのに……。「奥さん、泣いてたよ」ぽつりと呟くと、「彩花は俺と別れて平気なの?」そう言われ、泣きそうになる。「そんな事、聞かないで……」涙が溢れ出した私を、アイツはゆっくりと抱き締めた。身体に馴染んだ体温。覚えてしまった体臭《におい》。それが、私の身体を熱くさせる。どれほどアイツを求めているのか。どれほど深く愛してしまったのか。
Última actualización: 2026-03-18
Chapter: 第九十八話:蛇一族の光と闇あの日から、猫柳家と狗飼家は神蛇家について徹底的に調べ始めた。祐巳一族の血を引く祐里さんの協力もあり、なぜ今、神蛇家が蛇一族の代表となっているのか——その全貌が少しずつ明らかになっていった。本来、蛇一族の長を務めていたのは祐巳一族だった。祐巳一族は古くから神に仕え、人々の病を癒す研究を続けてきた一族だ。その功績から、長きにわたり蛇一族の頂点に立っていたらしい。だが、時代が変わるにつれ、一族の中には祐巳一族の“研究だけに生きる姿勢”に不満を抱く者たちが現れ始めた。利権に関わろうとしない祐巳一族を愚かだと笑い、強い野心と私利私欲を抱いた者たちだった。祐巳一族は彼らに警告した。『神のご意向に反する行いをするのなら、一族から追放する』と。だが彼らは結託し、祐巳一族が自分たちに呪いをかけ、反逆を強いたかのような偽りの文書を作り上げた。長い時間をかけ、少しずつ嘘を積み重ね——それを“真実”へと変えていったのだ。「これって……」思わず呟いた僕に、来人が横から資料を覗き込む。「実際、祐巳一族の断罪については、当時から疑問視されていたらしいのよ」母さんの言葉に、僕と来人は顔を見合わせた。「蛇一族以外の十二家紋は、“真偽を確認してから”と言っていたらしい。……でも、神蛇を名乗る一族が、他の十二家紋の意見を無視して、一方的に祐巳一族を根絶やしにしたそうだ」苦々しい表情で呟いた狗飼家当主の言葉に、僕と来人は溜め息をこぼすしかなかった。遠い過去の争いは、現代になった今もなお、生き残った者たちを苦しめ続けている——。竜ヶ峰や祐里おじさんの気持ちを思うと、胸が痛んだ。いつの時代も、利権争いに巻き込まれて苦しむのは、何の罪もない人たちだ。納得なんて、できるわけがない。資料によれば、祐巳一族は研究さえできれば利権には興味を示さない一族だったらしい。利権を求める者同士が争うだけならま
Última actualización: 2026-05-07
Chapter: 第九十七話:閑話休題~兄、竜ヶ峰綾人の苦悩⑤~祐希が失踪して二月《ふたつき》が経過した頃、狗飼家の縄張りに瘴気溜まりが頻発するようになった。その瘴気が瘴気を引き寄せるように広がり、あちこちで瘴気溜まりが発生し始めた。まさか祐希が……。胸がざわつく中、今度は静が怪我をしている姿を見掛けるようになった。嫌な予感がした。再び神蛇に祐希が狙われているのではないか——そう思い、静に詰め寄った。しかし静は、「今はまだ、何も言えない」としか答えなかった。それ以上は何も聞けず、不安と焦りを抱えたまま、俺は竜ヶ峰家の縄張りに現れる瘴気溜まりを祓うことで精一杯だった。このまま何も知らされず、取り返しのつかないことになってしまうのではないか——そんな恐怖が、じわじわと胸の奥に広がっていた。──そんなある日、猫柳家から一本の電話が入った。祐希が、意識不明の重体だという知らせだった。親父と共に駆け付けた病室には、青白い顔をした祐希が眠っていた──。あれから半年の月日が流れた。祐希は目を覚まし、十三家紋の裁きを受けない代わりに、霊山に籠もることになった。静は迷うことなく祐希についていくと言い、親父とお袋に伴われて霊山へ向かった。時折届く便りには、祐希との穏やかな日常が綴られている。……こうなるなら、最初から二人を認めてやれば良かった。今さらながら、そんな後悔が胸をよぎった。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、祐希から短い便りが届いた。「遠回りしたからこそ、静に辿り着いたんだと思うよ。だから兄さんは、自分を責めないでね」なぁ、祐希、静。俺は、お前たち二人が幸せであることを、心から祈っている。
Última actualización: 2026-05-06
Chapter: 第九十六話:閑話休題~兄、竜ヶ峰綾人の苦悩④~結婚式の招待状を見て、静がブチ切れた。「祐希がいるのに、どういうことだ!」怒り狂う静を宥め、俺は祐希に連絡を入れた。祐希は落ち着いた様子で「偽装結婚だ」と話してくれたが……あいつの性格だ。春菜さんに対する嫌味や皮肉が、悪意として受け取られなければいいが。——その不安は、一年後に的中した。猫柳春菜さんが心を患い、離婚したと風の噂で聞いた。「そもそも、祐希がいるのに結婚するからそうなるんだ」静はそう言い捨てたが、俺は祐希のせいで春菜さんが追い詰められてしまったことに、胸を痛めていた。それでも、祐希は帰ってくる気配がない。電話をかけると、祐希は淡々と言った。「来人は春菜じゃなくて、僕を選んだんだ」……俺の知る狗飼来人は、どこか脆さを抱えた男だった。自分の妻が心を病んで、本当に平気でいられるのだろうか——。その答えは、間もなくやってきた。猫柳春菜の訃報だった。葬儀に伺ったが門前払いで、祐希が原因だと思われているのは明らかだった。やはり……祐希が、追い込んでしまったのか。それでも祐希は戻らず、半年が過ぎた頃——ようやく、祐希が帰ってきた。傷ついていたであろうあいつを、温かく迎えてやるべきだった。美津にも「良いですか。何があっても、祐希さんを叱ってはいけませんよ」と釘を刺されていたし、わかっていた。わかっていたのに——いつも通りの飄々とした祐希の顔を見た瞬間、積もっていた感情が一気に溢れ出した。美津の制止も耳に入らないまま言い争いになり、気づいたときには俺は祐希の頬を叩いていた。「祐希様!」静が慌てて割って入り、揉み合う中で、祐希は涙を浮かべて叫んだ。「兄さんなんか、大嫌いだ!」そのまま家を飛び出した祐希は——母親と共に、姿を消した。
Última actualización: 2026-05-02
Chapter: 第九十六話:閑話休題~兄、竜ヶ峰綾人の苦悩③~そんな中、俺に縁談の話が舞い込んできた。「え? 兄さんに縁談?」祐希が唇を尖らせる。見合い写真を覗き込み、「え……こんな地味な人が兄さんの相手?」露骨に不満を口にした。見合い当日、祐希は当然のようについてきた。だが、見合い相手の美津は、とても利発な女性だった。祐希の嫌味にも動じず、にこやかに受け流す。そして気付けば──結婚する頃には、祐希が「姉さん」と呼ぶほど信頼されていた。ある時、美津に聞いてみた。「祐希さん、最初はずいぶん辛辣でしたよね」そう言うと、美津は小さく笑った。「綾人さんが大好きなんですよ。だから、最初は警戒していたんだと思います」「……警戒?」「えぇ。でも、私の気持ちに気付いてからは、優しくなりましたよ」「美津の気持ち?」「はい。私、綾人さんのこと、ずっと好きでしたから」そう言って微笑む美津に、思わず顔が熱くなる。「それに……」くすりと笑いながら続けた。「小林さんに近付きたくて、綾人さんを利用しようとしていた女性たちを、祐希さんが全部追い払っていたんですよ」その言葉に、俺は言葉を失った。守っていたつもりだった。だが──守られていたのは、俺の方だったのかもしれない。「仲の良い、素敵なご兄弟ですよね」美津の優しい笑顔に、俺は何度救われただろう。穏やかな日々が続いた。 やがて子供が生まれ、祐希はそれはそれは可愛がってくれた。ある日、祐希がぽつりと呟いた。「僕は、子供は望めないと思うから……父さんに孫を抱かせてくれて、ありがとう」美津に向けられたその言葉の意味を、この時の俺は理解できなかった。やがて祐希は、狗飼来人と出会い——恋に落ちた。その時、俺はようやく、あの言葉の意味を知った。祐希が狗飼家に住み着くようになると、静の落ち込み方は尋常ではなかった。幸せそうに並んで歩く祐希の背を、静はただ──黙って見つめていた。その後ろ姿には、言葉にできないほどの悲壮感が滲んでいた。俺は、このまま静が祐希を諦め、別の誰かと結婚してくれることを願った。実際、神社の跡取りでもない静には、娘しかいない神社からいくつもの縁談が来ていた。だが、静はその全てに目も通さず断っていた。何度「諦めろ」と言っても、首を縦に振ることはなかった。祐希が狗飼来人と付き合って八年目──狗飼来人と猫柳春菜の結婚式の招待
Última actualización: 2026-04-27
Chapter: 第九十七話:閑話休題~兄、竜ヶ峰綾人の苦悩②~中学に入学してから、長期休暇で帰省する度に、祐希から笑顔が消えていった。 あれは中学二年の夏。真夏だというのに長袖のタートルネックを着ていた祐希に違和感を覚え、風呂場に乗り込んで——俺は絶句した。見なかったことにするには、あまりにも衝撃的だった。俺はすぐに親父に相談し、祐希を転校させた。すると今度は、神蛇家が祐希を養子に欲しいと言ってきた。その名を聞いた瞬間、祐希の目が揺れた。──あいつの傷は、神蛇にある。そう確信した。だが母さんは、そんな祐希を神蛇家に預けると言い出し、親父と衝突を繰り返した。祐希は、そんな両親の姿に静かに心を痛めていた。(兄の俺が言うのもなんだけど、優しい良い子なんだよ……祐希は) 母さんが祐希を使って神蛇家に復讐しようとしていると親父から聞き、俺は祐希を守ると決めた。親父が祐希を全寮制の学校に入れた理由も分かる。だが、その選択が祐希をさらに傷つけたのも事実だった。そんなある日、小林が声を掛けてきた。「祐希の護衛をさせてくれないか?」思わず首を傾げる。「護衛って……」苦笑する俺を、小林は真っ直ぐに見つめ返した。その日を境に、小林が怪我をしている姿を見かけるようになった。そして──怪我が増えるほどに、あいつは“神蛇に対抗する力”を求めるように、神道へと沈んでいった。
Última actualización: 2026-04-23
Chapter: 第九十六話:閑話休題~兄、竜ヶ峰綾人の苦悩①~俺には、五つ年下の弟がいる。弟は母親に似て容姿が美しく、天使のように愛らしい純粋無垢な子だった。そんな祐希に邪な感情を持つ輩が近付かないよう、俺はありとあらゆる手段で排除してきた。そんな俺をブラコンだと馬鹿にする輩が多い中、「綾人は、本当に弟が可愛いんだね」唯一、親友の静《せい》だけは、俺の行動を否定しなかった。静は名前の通り物静かで穏やかな性格だ。男五人兄弟の下から二番目だからか、出会った頃から妙に落ち着いていた。誰に対しても優しく、その穏やかな性格から女子からの人気も凄まじかった。そんな静と仲良くなったのは、席替えで隣になったのがきっかけだった。神社の跡取り息子である俺に対しても偏見のない、フラットな態度に、俺は自然と心を許していった。いつしか無二の親友となった静を、我が家に招いたのが運の尽きだった。俺は、静なら弟もいるし大丈夫だろうと祐希を紹介した。祐希は俺の親友を紹介されるのが嬉しかったらしく、いつも以上に可愛らしい笑顔で「はじめまして。竜ヶ峰祐希です」と、光り輝くような笑顔で挨拶した。その瞬間、静が固まった。ピクリとも動かず、瞬きすら忘れているようだった。そんな静を心配した天使の祐希が、首を傾げて「あの……?」と、無反応の静を上目遣いで見上げた。(あぁ……今日も、うちの祐希《天使》が可愛い……!)なんて感動していると、突然、静が祐希の両手を掴み「好きです! 結婚して下さい!」と言い出した。祐希はその勢いに驚いたらしく「怖い~~~!」とギャン泣き。俺はすぐさま祐希を隠すように抱き締め「静、お前は祐希に近付くな!!」と叫んだ。今思えば、これが運命の出会いというやつだったのだろう。静は中学でも高校でも、それはそれはモテた。しかし、どんなに女子が告白しようが
Última actualización: 2026-04-22
Chapter: 最終話:私……鳩村こずえは、貴腐人になりました!『カラーン……カラーン……』教会の鐘の音が、澄んだ空に響き渡る。舞い散るフラワーシャワーの中を、私は麗さんと並んで歩いていた。──あの日。婚約式のあと、私たちはホテルのスイートルームで、一年分の距離を埋めるように、たくさん話をした。麗さんは、私と別れてから不眠症が再発して、眠れない日々を過ごしていたと話してくれた。その夜は、たくさん話して――まるで今まで眠れなかった時間を取り戻すかのように、麗さんは静かに眠りに落ちた。私は、そっと目の下のクマに触れる。出会った頃を思い出しながら、小さく囁いた。「また……一緒に月日を重ねていきましょうね」そして、そっと唇にキスを落とす。胸がきゅっと締め付けられる。──やっぱり、私は麗さんが好きなんだ。婚約式のあと、私たちは前のマンションよりもセキュリティの厳しい、コンシェルジュ付きのマンションへ引っ越した。それは、野宮会長の指示だった。そして──もう一つの変化。「本日より、Reiko Nomiyaの支配人を務めます。鳩村麗です」な、な、な、なんと!女性だらけの職場に、麗さんが支配人として転属してきたのだ。人事は──「借りは返してもらうって、言ったわよね?」という、麗子さんの一声で決定。新居は職場のすぐ近く。なぜか、野宮会長と麗子さんが夕飯を食べに来る日々まで始まってしまった。仕事終わりにブライダルエステを受けて帰り、夕食は麗さん担当。──あの日以来、貴生さんには会っていない。麗子さんの話では、アメリカで転居手続きをしているらしい。慌ただしい毎日が過ぎていき──そして私は、麗さんとの結婚式の日を迎えた。貴生さんからは欠席の返事。その
Última actualización: 2026-04-10
Chapter: 第七十七話:閑話休題皆様、ご無沙汰しております。覚えていますか?私は、木野ちゃんの元同僚にして──腐女子トリオの一人、安川正恵です。え?エンディング間際に、なんでお前が出てくるんだって?分かります、分かりますよ!知りたいですよね?婚約式後の、あの二人のこと──!……でも、その前に言わせてください!私たち、会場に着いてまず何に驚いたと思います?招待状は――「野宮貴生 木野こずえ」だったのよ?それが、式場に着いたら──「鳩村麗 木野こずえ」になってるじゃない!!この衝撃、分かります!?当然、木野ちゃんに詰め寄りましたよ。そしたら、あの子、頬を赤らめてこう言うの。「実は……前に話していた彼って……麗さんなの」……は?じゃあ何?絶倫ヤバ男って──鳩村課長だったわけ!?あの、一見優しそうで「僕は性欲なんてありません」みたいな顔してるくせに……中身、野獣!?ちょっと待ってよ、そのギャップ!!最高か!!そりゃあ、ひーちゃんも白目剥くわよ!でもね。鳩村課長の隣に立ってる木野ちゃん──本当に、幸せそうだった。お互いを見つめる視線がね、もう……完全に恋人同士で。なんで相手が入れ替わってたのか──なんて、そんな野暮な話は、誰もしなかった。きっと。野宮本部長は、全部分かってて身を引いたのよ。……何それ。全然俺様じゃないじゃない。むしろ──良い男すぎるでしょ。なんて、私とひーちゃんはシャンパン片手に、二人の婚約式を見守っていたわ。木野ちゃん。おめでとう。──幸せになってね。
Última actualización: 2026-04-09
Chapter: 第七十六話:再会と、これからマッサージ、フルメイク、ヘアアレンジ。すべてを整えられ、麗子さんが選んでくれた真っ白なワンピースに着替えた。ミニブーケを手渡されて――まるで結婚式みたいだ、と思いながら控え室へ向かう。ドアを開けた、その先にいたのは――貴生さんじゃなかった。短く切り揃えられた、色素の薄い髪。タキシード姿の――麗さん。息を呑んだ私に気付き、ゆっくりと振り向く。「こずえちゃん、久しぶり」ずっと……聞きたかった声。視界が涙でぼやけていく。「どうしてここに……? それより、その髪と服……どうしたの?」震える声で問いかけると、麗さんは柔らかく微笑んだ。「全部、片付けてきた」静かに、でもはっきりと。「僕は裸一貫だけど……それでも、こずえちゃんはついて来てくれる?」不安を滲ませながら、そっと覗き込む。「でも……貴生さんは?」「貴生が……僕に、こずえちゃんを託した」その一言で──涙が溢れた。貴生さんは、気付いていたんだ。私の中に残っていた、麗さんへの想いに。ブーケで顔を隠す私を、麗さんが優しく抱き締める。懐かしい匂い。ずっと、好きだった人。「こずえちゃん……やっぱり、僕じゃなくて貴生がいい?」不安そうな声に、私は強く抱き返した。「私……最低なんです。貴生さんを傷付けたのに……今、こうして麗さんが来てくれたことが……嬉しいなんて」その言葉を、唇で止められる。「僕がヘタレだったから、ごめん」「違います……!」首を振る。「私こそ……一方的に別れを告げて、ごめんなさい」「何言ってるんだよ。僕のために、辛い選択をしてくれたんだろ?」頬に触れる手が、あたたかい。見つめ合う。麗さ
Última actualización: 2026-04-08
Chapter: 第七十五話:別れ side 貴生ドアが閉まり、こずえの姿が見えなくなった。込み上げる感情を押し殺すように、両頬を叩く。 「よし」小さく呟き、顔を上げた。スマホには、麗が“ざんばら髪で到着した”という連絡が入っている。……その姿を見られなかったのが、少しだけ惜しいと思った。メイク室からは、こずえとスタッフたちの明るい笑い声が聞こえてくる。ドアを一度だけ見つめて、呟いた。 「じゃあな、こずえ。幸せになれよ」踵を返し、歩き出す。向かう先は、駐車場。──伏兵は去るのみ、ってな。そう思った、その時。 「貴生!」今は一番聞きたくない声に、思わず舌打ちが出た。振り返ると、身なりを整えられた麗が立っている。 (ババア……そのまま出させろよ)心の中で毒づきながら、口元に笑みを浮かべる。 「よぉ」余裕を装う。麗は駆け寄ってきた。 「貴生……何から何まで――」その言葉を、指で遮る。 「それ以上言ったら、ぶっ飛ばす」低く告げる。 「別に、お前のためじゃねぇ」戸惑う麗を見て、ぽつりと続けた。 「俺の前だと、あいつ……笑わないんだよ」胸ぐらを掴み、顔を引き寄せる。 「いいか。次にこずえを泣かせたら――アメリカに連れてくからな」そう言って手を離した。乱れたタキシードを整えながら、背を向ける。 「分かったら、行ってこいよ」一瞬だけ、声が揺れた。 「こずえを笑わせられるのは……悔しいけど、お前だけだ」 「貴生!」呼び止められる。だが振り返らない。 「勝者が敗者にかける言葉なんか、ねぇよ」軽く手を振り、そのまま歩き出す。駐
Última actualización: 2026-04-07
Chapter: 第七十四話:婚約式いよいよ、婚約式の日になった。 この一ヶ月、私は実家で過ごし、家族とゆっくり向き合ってきた。 そして──前日の夜。 「ねぇ、こずえ……もし、あんたに他に好きな人がいるなら、無理に結婚しなくていいからね」 突然、母にそう言われた。 「え?」 「人の気持ちってね、頭で考えるようにはいかないものなのよ」 思わず、苦笑いがこぼれる。 「こずえ。お父さんもお母さんも、あんたの幸せが一番だからね」 ……その意味が、よく分からなかった。 貴生さんとは、送迎の時に少し会話をするくらいで、以前のような恋人らしい空気はなかった。 あの日――初めてすべてを受け入れたのに。 赤ちゃんは出来なかった。 月のものが来て、ほっとしてしまった自分に、戸惑う。 覚悟を決めたはずなのに。 そう思っていると、貴生さんがぽつりと聞いた。 「こずえ……どうだった?」 「すみません……今、来てます」 「そうか……」 その時の、少しだけ寂しそうな笑顔が、頭から離れない。 ──貴生さんが、消えてしまう気がした。それでも、婚約式の準備は進んでいく。そして迎えた当日。朝早く、貴生さんが迎えに来て、私たちは会場へ向かった。流れを確認しながら車は到着し、すでに麗子さんやスタッフの方々が待っていた。そのまま控え室へ案内される。私は、この日のために用意された白いワンピースに着替える予定だった。 「準備が出来たら迎えに来るわ。少しここで待っててね」そう言って麗子さんが出ていく。 ──二人きり。あの日以来の静かな時間に、少しだけ緊張していると。後ろから、抱き締められた。 「こずえ……婚約指輪、預かってもいいか?」突然の言葉に、振り返る。 「婚約式のセレモニーで、みんなの前でつけるらしい」
Última actualización: 2026-04-06
Chapter: 第七十三話:託された想い side 麗会場に到着すると、まるで僕が来るのを分かっていたかのように、麗子さんが立っていた。「来たわね、麗。こっちよ。ついて来なさい」歩き出す背中に声をかける。「その前に……こずえちゃんは?」「慌てないの。まだ控え室で支度中よ。ほら、あんたもこっち。そんな頭で行くつもり?」言われて、ぐっと息を飲んだ。連れて行かれた控え室には、おじい様がいた。「麗、よく来たな。しかし……これは野宮家を敵に回すことになる。それでも構わんのか?」厳しい眼差し。僕は両手を強く握り締めた。「こずえちゃんを取り戻せるなら、裸一貫からやり直す覚悟で来ました」そう言うと、おじい様はにやりと笑った。「よく言った。お前が覚悟を決めるのを待っていた。麗子、あとは頼む」そう言い残して、部屋を出て行く。すると麗子さんが、パン、と手を叩いた。「さぁ!一気に仕上げるわよ!」その声を合図に、どこからともなく現れた女性陣に囲まれ、半ば強引に椅子に座らされる。「我らが木野ちゃんの王子様を、綺麗に仕上げるわよ!」「おー!」気合いの入った声に、思わず苦笑がこぼれた。髪を整えられ、フェイスマッサージを施される。「麗……あんた、クマ酷すぎ!」そのままメイクまでされてしまった。手際よく動く彼女たちが、口々に言う。「もう……木野ちゃんを泣かせないで下さいね」「次泣かせたら、貴生様に連絡して即アメリカ送りにしますから!」「絶対に幸せにしてあげて下さいね!」激励(?)を浴びながら、最後に麗子さんが差し出した。「これは、貴生からよ」白いタキシード。僕はそれを抱き締め、涙をこぼした。「僕に……これを着る資格があるんでしょうか」思わず漏れた言葉に、麗子さんは腕を組んだまま、じっと僕を見る。「甘
Última actualización: 2026-04-05
Chapter: 最終話:幸せな未来へと続く道え? 親バカが過ぎるのでは……って?そんなことないのよ。実は我が家の美少年と美少女、すでに婚約の打診が殺到しているの。まぁ、政略結婚的な意味合いもあるのだろうけど……、旦那様のゴホッ……有り余る色気を引き継いだ我が息子の魔性っぷりに、私は今から心配が絶えないの。そんな中、再び部屋のドアがノックされ「レミリア様、ご準備はよろしいでしょうか?」侍女の声が響いた。その瞬間、あんなに弱気だったレミリア様の背筋が伸びて、瞳に凛とした光が宿る。「準備、出来ていましてよ」一歩、前へと踏み出した。その姿は、どんな宝石よりも美しい。「きれい……」思わずもれたのであろうリリアナの言葉に、レミリア様がニッコリ微笑んだ。「ありがとう、最高の褒め言葉だわ!」そう言うと、真っ直ぐ前に歩き出した。ドアが開き、レミリア様が新しい人生へと向かう背中を私たちは見送った。すると「レミリア」ふと、旦那様がレミリア様の背中に声を掛けた。振り向いたレミリア様に「安心して、前だけを向いて歩け。お前の後ろには、必ず俺たちがいる」そう言って微笑んだ。その瞬間、レミリア様の瞳に涙が込み上げてきたが、彼女は上を向いて涙を止めると、キュッと唇を引き締めて前を向いて歩き出した。一見華やかな王宮だが、その先は茨の多い道だろう。行く手はクリフォード殿下が守るだろう。だから私たち家族は、レミリア様の背中を支え続ける。でも私は、あの細い背中が悲しみに震えないようにと祈った。すると私の手に、そっと旦那様の手が触れた。「大丈夫だ。レミリアなら、どんな環境でも自分の手で幸せを掴むはずだ」「そうですね」微笑み返した私の腰を抱き寄せ、旦那様が額にキスを落とした。「さぁ、私たちも行きましょうか」そう言ってレオナルドの手を取り、反対側はリリアナを抱いた旦那様と手を繋いで歩き出した。◆◇◆◇結婚式は、それはそれは素晴らしい結婚式だった。街中、お祝いムードで賑わい、紙吹
Última actualización: 2026-06-10
Chapter: 第六十三話:それからの未来あの日から、幾つもの月日が流れた。クリフォード殿下を中心に国は大きく変わり、私腹を肥やし悪事を働いていた貴族たちは次々と暴かれ、すべて罰せられた。女神アマンダを復活させ、クリフォード殿下を失脚させようとしていた黒幕がロイド侯爵一派だったことも判明した。そして──あの時、私とユリエル様がキスをした瞬間に発せられた浄化の光によって、アマンダは完全に消滅したらしい。国王陛下と王妃様、そして王族の方々も離宮から城に戻り、少しずつ国は本来の姿を取り戻していった。そして今日。ついにレミリア様が王宮へ嫁ぐ日を迎えた。「コンコン」部屋をノックすると、すぐに返事が返ってきた。ドアを開けた瞬間──「お義姉様!!」勢いよくレミリア様が抱きついてきた。「どうしたの?」「……私、きちんとした国母様になれるかしら?」いつもなら強気な瞳が、今日はどこか不安げに揺れている。私はそっとレミリア様の頬を両手で包んだ。「大丈夫です。レミリア様は、クリフォード殿下と共に腐敗した政治とずっと戦ってこられたでしょう?」「それは……お兄様とお義姉様が協力してくださったからですわ」珍しく弱気な声だった。「レミリア様。私も旦那様も、これからもずっとお二人を支えます。だから胸を張って、殿下の元へお嫁ぎください」「お義姉様……!」しがみつくように抱き着いてくるレミリア様の背中を撫でていると──「……いつまで抱きついている?」不機嫌そうな声が、すぐ隣から聞こえてきた。見上げると、口をへの字にした旦那様──いえ、今やこの国の宰相となったユリエル様が、私の腰をつかんでレミリア様から引きはがした。「ちょっと、お兄様! 少しくらいいいじゃありませんか!」「ダメだ。……ソフィアに触れていいのは、俺だけだ」しっかりと腰を抱いたまま言い切る旦那様に、私は深い溜め息をついた。私とユリエル様は、あの日の後すぐに結婚した。理由は……ユリエル様が私を離さなかったからだ。婚前交渉を責められたとき、彼は言ったのだ。「結婚すれば
Última actualización: 2026-06-09
Chapter: 第六十二話:平和な日常と……平和じゃない私「へぇ~、ユリエルって嫉妬深いタイプなんだね」キラキラした笑顔でそう言うクリフォード殿下は、ちらりと私に視線を向け、 「大変な男に捕まったね、ソフィアさん」と、さらりと微笑んだ。その瞬間──『バキッ』と、レミリア様の手元で何かが折れるような音がした。 ……が、私は聞こえなかったふりをした。 (いや~! 本当にこの兄妹、怖い……)心の中でガクブルしながら、笑うしかない私。そんな私をよそに、クリフォード殿下が 「そうだ! 一部の貴族から”救済の乙女と僕の縁談話”が出てるんだって」と、とんでもない爆弾を投下した。 「は?」 「え?」兄妹のハモりが完璧すぎて、逆に怖い。するとユリエル様が、 「それは無理だな。 ソフィアは──俺の子しか孕めない身体になったから」 と、サラリと言いやがりました。 (な……なんですと!?)思わずユリエル様を見上げる私をよそに、クリフォード殿下はわざとらしく肩をすくめ 「あぁ~残念。王家の子を産めないと、正妃も側妃も困るんだよねぇ」 と、オーバーな演技混じりで叫んだあと、 「……なぁ、お前もそう思うだろう? ロイド侯爵」ユリエル様が指を鳴らした瞬間、ドアが勢いよく開いた。外には腹の出た貴族たちがずらりと並んでいて、それが怖いのなんのって! (ちなみに貴婦人は、ドアが開いた瞬間のユリエル様の微笑みを受け、秒で失神していた。……なんなのこの人、マジで怖い)しかも外で盗み聞きしていた奴らは 「チッ……、最近までバカ王子だったくせに……!」と、好き勝手な悪態をつきながら逃げていくじゃない。 (私のことじゃないけど、胸糞悪い!)私が怒りに震えていると、クリフォード殿下は肩をすくめて笑った。 「あははは。本当に”捨て台詞”って言うやついるんだね」そんなクリフォード殿下に、 「悔しくないんですか?」私は拳を握りしめて呟いた。アイツら、平民の血と汗の上で贅沢しているくせに、よくもまぁ偉そうに……。そう思う
Última actualización: 2026-06-08
Chapter: 第六十二話:平和な日常と……平和じゃない私「へぇ~、ユリエルって嫉妬深いタイプなんだね」キラキラした笑顔でそう言うクリフォード殿下は、ちらりと私に視線を向け、「大変な男に捕まったね、ソフィアさん」と、さらりと微笑んだ。その瞬間──『バキッ』と、レミリア様の手元で何かが折れるような音がした。……が、私は聞こえなかったふりをした。(いや~! 本当にこの兄妹、怖い……)心の中でガクブルしながら、笑うしかない私。そんな私をよそに、クリフォード殿下が「そうだ! 一部の貴族から”救済の乙女と僕の縁談話”が出てるんだって」と、とんでもない爆弾を投下した。「は?」「え?」兄妹のハモりが完璧すぎて、逆に怖い。するとユリエル様が、「それは無理だな。ソフィアは──俺の子しか孕めない身体になったから」と、サラリと言いやがりました。(な……なんですと!?)思わずユリエル様を見上げる私をよそに、クリフォード殿下はわざとらしく肩をすくめ「あぁ~残念。王家の子を産めないと、正妃も側妃も困るんだよねぇ」と、オーバーな演技混じりで叫んだあと、「……なぁ、お前もそう思うだろう?ロイド侯爵」ユリエル様が指を鳴らした瞬間、ドアが勢いよく開いた。外には腹の出た貴族たちがずらりと並んでいて、それが怖いのなんのって!(ちなみに貴婦人は、ドアが開いた瞬間のユリエル様の微笑みを受け、秒で失神していた。……なんなのこの人、マジで怖い)しかも外で盗み聞きしていた奴らは「チッ……、最近までバカ王子だったくせに……!」と、好き勝手な悪態をつきながら逃げていくじゃない。(私のことじゃないけど、胸糞悪い!)私が怒りに震えていると、クリフォード殿下は肩をすくめて笑った。「あははは。本当に”捨て台詞”って言うやついるんだね」そんなクリフォード殿下に、「悔しくないんですか?」私は拳を握りしめて呟いた。アイツら、平民の血と汗の上で贅沢しているくせに、よくもまぁ偉そうに……。そう思うと、腸が煮えくり返ってくる。
Última actualización: 2026-06-07
Chapter: 第六十一話:フェロモン魔人、宮殿を壊滅させる「……で、私たちに報告が遅れた、というわけね?」レミリア様は扇をパタンと閉じ、眉間に深いしわを寄せた。完全に怒っている。──そう、あの日。私が絶倫……ゴホッ、体力オバケのユリエル様に何度も気絶させられ、気づいたら 救出から丸一日 経っていた。私たちが発見されたのは、ロッテが消えたと報告しに来た侍女が、慌てて私の返事も待たずに寝室を開けてしまったからだった。(あれは本当に……顔から火が噴いた)「まったく……。殿下がどれほどご心配なさっていたか、分かっておりますの?」レミリア様にキッと睨まれ、私は縮こまったが──隣に座るユリエル様はというと、私の腰に腕を回したまま涼しい顔で「レミリア、妹なら少しは気を使ってほしかったな」と、のたまった。……は?なにその他人事みたいな顔。私がジト目で睨むと、頬にキスをしてくる始末。「ユリエル様! 今は控えてください!」奥歯を噛みしめて言うと、彼はあっさりこう返してきた。「甘い時間を邪魔されたんだ。これくらいは許してくれるだろう? ソフィア」──その瞬間。バタン、バタン、バタバタバタッ!侍女たちが一斉に失神して倒れていく。(えぇぇぇ!? 怖い!もしかしてこの人……フェロモンだけで男女を妊娠させられるんじゃ……?)私が震えていると、レミリア様が叫んだ。「お兄様!! その無駄にダダ漏れしているフェロモンをお控えなさいませ!執事も気合いで立っているだけですのよ!!」(やっぱり効くの!? ユリエル様のフェロモンって、男女どっちにも効くタイプなの!?)ドン引きしている私に、ユリエル様は耳元に顔を寄せて甘く囁く。「だって……ソフィアがレミリアばかり見てるのが悪いんだよ」顎クイと同時に、最大限の色気をまとった笑顔。『バタン』背後で執事がついに落ちた。(あぁ……南無。ユリエル様、あなたの存在は公害レベルです……)私は心の中で十字架を切りながら祈った。(神様……私は松永君の方が落
Última actualización: 2026-06-06
Chapter: 第六十話:前世と今世が重なる瞬間するとユリエル様が、そっと私の頬に触れ、熱い眼差しを向けてきた。「渡良瀬さん……」「松永……くん」この時だけは、どうしても”ユリエル様”とは呼べなかった。すると松永くんは、ふにゃりと笑い、「俺の腕の中に、渡良瀬さんがいる……。こんな良い夢、他にない……」そう呟きながら、ゆっくり顔を近づけてきた。「待って松永くん、これは夢じゃ──むぐっ」言い切る前に、強引に唇を塞がれた。前世と今世を通して、初めて”流されたキス”だった。重ねた手は強く握られ、その情熱に──私は初めて、“女に生まれた意味”を知った。***「うわぁぁぁ!」隣から素っ頓狂な声がして目を覚ますと、松永くん──いや、ユリエル様が、顔半分が真っ赤、半分が真っ青でベッドから落ちていた。「だ、大丈夫?」手を差し出すと、彼は下から慌てた顔で、「わ、渡良瀬さん! 服……服着てください!」そう言って、顔を両手で覆い隠して背中を向けた。「え? 今さら?」私が目を瞬かせると、「あれ、夢じゃ……なかったんですか……?」そう言いながら、今度は自分が全裸なことに気付いて慌てふためいている。バタバタと脱ぎ捨てた衣類を集める背中を、私は冷静に眺めていた。……こういう時、人がパニックだと、逆に自分は落ち着くのよね。「松永くん、とりあえず落ち着こうか?」声をかけた瞬間──彼は、なぜか私に土下座した(全裸のまま)。「えっと……それって、後悔してるってこと……?」恐る恐る聞くと、勢いよく首を横に振られた。「いくら夢だと思ったとはいえ、合意なしに……すみません!」あぁ……こういうところ、本当に松永くんだ。「合意なし、じゃないよ……」言った途端、今度は私が真っ赤になる。「え?」驚いた顔で、松永くんが目を瞬かせた。「今はユリエル様とソフィアとして、私たち恋人じゃない?それに……前世でも、私は松永くんのこと……好き、だったし……」うわ
Última actualización: 2026-06-05