Chapter: 第116話 見たことない姿 「いや、だって、まだあなたとは──」 どう答えていいのかわからず、私はテンパってしまう。 「また俺から逃げる気か──?」 「そんな、つもりじゃ……」 「心配するな。もうお前の気持ちを無視するようなことは言わない。ただもうこんな遅い時間にお前を一人で帰らせたくないだけだ。だから着替えたら、ちゃんとここに戻ってこい。一人で帰るなよ」 「──え?」 あ、あぁーそういうことかー! やだ! 戻ってきてほしいって、この場所にってことじゃない! 恥ずかしい! 何私勘違いしちゃってるの!? 彼にはこんな恥ずかしいことバレてはいないだろうけど、そんな風に考えた自分に赤面してしまう。 「──どした。なんでそんな顔を抑えてる」 「えっ!?」 私はあまりの恥ずかしさにその赤面を隠したくて両手で顔を覆っていた。 「なんでも、ないわ!」 「そうか……」 「ちゃんと戻ってくるから心配しないで!」 私はその顔を見られないように、彼に背を向けて着替えに行った。 あぁ~もうしっかりしないと! 私は気合を入れ気持ちを切り替え、それから着替え終わった後、一弥さんの元へと戻る。 すると、そこでは一弥さんが関係者らしき人に頭を下げていた。 初めて見るその姿に私は少し戸惑いながら近づいていく。 すると、「よろしくお願いします」と、その人に何かをお願いするために頭を下げていたのだとわかった。 私が近づいていくと一弥さんが気付く。 「すまない。あと一人声かけておきたい人がいるから、ここで待っててくれるか」 「わかった」 その人との話が終わり一弥さんはまた別の場所へと移動していく。 私は言われた通りその場で彼を見送ると「杏華さん。お疲れ様です」と、さっき一弥さんが話していた関係者の人から声をかけられる。 「あっ、お疲れ様です」 「杏華さんって、桐生さんとはお知り合いになられて長いんですか?」 「えっ!? ど、どうしてですか!?」 いきなりそんな具体的な答えづらいことを聞かれて思わず動揺してしまう。 「いや、以前の桐生さんとは別人のように変わったなぁと思って」 「彼をそんな以前からご存知なんですか?」 「はい。仕事で付き合いがあったんですけど、まさか自ら頭を下げてまで、あなたの仕事を
Last Updated: 2026-07-20
Chapter: 第115話 驚きの言葉さっきまであんなに苛立っていた一弥さんが撮影している私を見つめて、見たことのない穏やかな優しい表情で見つめている。じゃあ、撮影中に一瞬目に入った彼が、私を見て笑顔になっていたのも、私の見間違いじゃなかったんだ──。彼の視線の先には撮影をしている私と子供しかいなかった。だとすれば、そんな姿を見て彼は微笑んでいた……?そのことがなんだか心強くて嬉しくなる。私のことを目を逸らさずにずっと見つめていることも、そしてそんな私を見て微笑むなんてことも、今までの彼にはあり得ないことで。ただそれだけで私はより一層嬉しくて撮影を楽しめていた。彼に見つめてもらえることが、私にこんなに力を与えてくれるなんて思わなかった。もしかしたら私は心のどこかでそんな自分にもなりたかったのかもしれない。彼に見つめてもらえるようなそんな女性にきっと本当はなりたかった。今の私はこのモデルの仕事をしていることで自分自身も輝けるということも大きいけれど、それと同時に彼に私を見つめてもらえることも、私がモデルとして頑張れる力を更に強くしてくれるような、そんな気がした。「杏華さん。今日は本当にありがとうございました! 急遽撮影していただけて本当に助かりました!」すると撮影スタッフさんが声をかけてくる。「いえ。とんでもないです。こちらこそこんな素敵なお仕事させていただきありがとうございました。私自身、今回の撮影は自分でぜひやってみたいと思った仕事なので嬉しかったです」「正直ここまでクオリティ高い撮影出来ると思ってませんでした。杏華さんはこちらの望む世界観を想像以上期待以上のものを作ってくださって本当に素敵な作品にしていただき感謝しています」「うわ~そんなこと言っていただけてすごく嬉しいです。私もこれからはこういうお仕事もたくさんやっていきたいと思いますので、どんな小さなことでも困った時でも、いつでも声かけてくださいね」「ありがとうございます! ぜひまたお願いします!」嬉しい言葉を聞いてホッとする。自分の行動が誰かの力になれることや、そんな自分が届けたことを喜んでもらえて満足してもらえる。そんな嬉しさまで感じられるなんて思ってなかった。この仕事は外見も美しくなれて輝くことが出来る。それと同時に中身も頑張る力や満たされる気持ちをもらえたりもする。ふとしたきっかけで飛び込んだ世
Last Updated: 2026-07-19
Chapter: 第114話 奪われる視線と心【一弥side】杏華を車に乗せてからも俺の苛立ちはしばらく収まることはなかった。だから俺は杏華の変化に気付くことが出来なかった──。ただ杏華に一ミリもあの男の存在を知ってほしくなかったし、一秒も考えさせたくはなかった。だから杏華が「気になる」という言葉を口にしたとき、俺は咄嗟にあの男のことだと思った。それで俺はまた余計な一言を口にしてしまったんだ……。ただあいつのことを考えてほしくなかった。ただそれだけなのに、今までと同じように俺はその言葉が杏華にどう伝わるかなんて考えもせずに、思ったままの言葉を投げつけてしまった。その瞬間、杏華の空気が一気に変わり、悲しそうな表情をしたと思ったら、すぐに強い眼差しで俺を見る。そしてそのあと杏華から出た言葉を聞いたことで、ようやく俺はその自分の間違いに気付いた。杏華はあの男じゃなく、俺が気になるのだと呟いた。それに気付いた瞬間、俺はハッとし取り繕うも、杏華の心はすでに俺から離れていた──。どうして俺は何も考えず口にしてしまうのか。結局は俺はその言葉で杏華を疑ってしまっていたのだと気付いた。確かに杏華はあの男に何も必要以上の反応をしていなかった。それどころか誰だかわからない状況で、きっと杏華にとってはただぶつかっただけの相手だったのだろう。そうだとわかっていたくせに、ただ俺が一方的に感情的になったことで、こんなにも怒らせてしまった……。今のは全部俺が悪い。そう思って言葉にしても当然杏華にその言葉は届かない。勢いよく車から飛び出していった杏華を俺は止められることが出来なかった。感情任せに言葉にしてしまったと自分で気付いていただけに、そのあとスタジオに行くのに、俺は少し躊躇してしまっていた。俺は杏華のそばにいると、いつもこんな状況にさせてしまう。ただ今はあいつの成長していく姿を、あいつが変わっていく姿を、誰よりもそばで見続けていきたい。そう思ってるだけなのに──。俺は少し冷静になり、そのことを改めてまた思い出す。今はあいつが決めて選んだ仕事を見届けるのが今の俺の役目だろ。そう思いながらスタジオに入り、すでに始まっている杏華の撮影している場所へと足を進めていく。そこに広がっている光景に俺は目を奪われた。小さな女の子と共に美しい花畑で笑顔で撮影している杏華のその姿に、俺は息を呑んだ。楽
Last Updated: 2026-07-18
Chapter: 第113話 独占欲【一弥side】俺は駐車場に行くまでのほんの少しの時間も、あいつの行動が一分一秒気になって仕方なくて、気付けば杏華に電話をしていた。すると急にあいつが電話越しにおかしな反応になり始める。悲鳴のような声が聞こえたと思ったら、そのうち男の声まで聞こえてくる。どういうことだ! 杏華何があったんだ!俺は、必死に電話越しに杏華に呼びかける。そのうち杏華は俺の電話に応えなくなって、俺は急いで引き返し杏華がいるであろう場所まで駆けつけた。すると、そこでまさかの光景が飛び込んで来た。杏華が誰だかわからない男に抱き抱えられている。なんだその手は! 杏華に触るな! 今すぐ離れろ!俺の中でいくつもの怒りの感情が込み上げてきて、今にも声に出そうになった。俺は急いでそこに駆けつけ、杏華に触れているその汚い男の手を勢いよく引きはがし、自分の方へそのまま思いっきり引き寄せ抱き留める。杏華に何をやっているのかと尋ねるも、杏華は気の抜けた顔で状況がわからないような反応をする。知らない男にそんな抱き締められてて、どうしてこの状況がわからない!なんでこいつはこんなに無防備で危機感がないんだ!簡単に男に身体を触らせていることも、それを平然と何も感じていないことにも腹が立った。そしてその男を鋭く睨みつけると、そいつは平然とした顔で笑っている。その姿が俺を煽っているようで、更に怒りが増す。するとその男をよく見てみると……。あいつだ──。神崎龍我。杏華と一番関わってほしくない男だった。その男がまさかもう杏華とすでに出会い、あんなに密着させ触れ合い見つめ合っている。その状況に苛立ちが収まらなかったが、俺は必死に冷静を保ちその男に話しかける。だがその男はただ杏華が気になったから名前を聞いていただけだと、ほざきやがる。唯一安心したのは、杏華はこの男が誰だか気付いていないようだった。俺はこの男の名前を口に出すのも嫌で、杏華の名前も絶対教えたくなかった。一秒でも早くこの場を離れたかった。だけど、そこから立ち去るとき、あの男の余裕そうな笑みがどうも心に引っかかった。嫌な予感がしてならない。あんな男に目をつけられたら杏華が一体どうなってしまうのか──。あんなに危機感ない状態であの男に迫られたら、杏華は単純だからコロッといってしまう。そんな状況は絶対に避けたか
Last Updated: 2026-07-17
Chapter: 第112話 制御出来ない心【一弥side】どうしていつもこうなってしまうんだ。あの日俺はあいつを大切にすると心に強く誓ったはずなのに──。自分で自分の心も言葉も行動も、すべて上手くコントロール出来ない。だけど、なんとなく自分の中で嫌な予感はしていた。スタジオであの神崎とかいう男が隣にいることを騒ぎ出したとき、杏華はその存在を知らないようでホッとした。なぜならその男は、どうやら世間では名を馳せている有名な俳優らしく、女に相当ウケがいいいビジュアルや才能があるみたいだったからだ。その男の情報を調べていくうち、どんどんと嫌悪感が増す。女はとっかえひっかえ、後腐れない付き合いを好み、共演した女は必ず落とす。今まで本気になった女もいなければ、結婚なども考える気などない自由奔放な男だ。同じ男として苛立ちしかなかった。もしそんな男が、杏華と出会ってしまったら……と思うと、変な焦りが生まれてしまう。だからどんな小さな可能性も火種も杏華に与えたくなかった。知らないのなら一生こんな男知らなくていい。頭の片隅に置くことも許したくない。そんなこと考えすぎだと思えばそれで済まされるが、俺は念のため杏華に一切関わるなと釘を刺した。だけど他人事だと思っている杏華は適当な反応で返してきた。その時点で俺はもっとあいつに強くその危機感を伝えておけばよかったのだろうか。いや、でもそれはただ俺がそう感じてしまっているだけで、あいつは何も知らないことだ。無駄にそいつの存在を強調させることで、杏華に意識させるのも嫌だった。だから、そのあと、あの男の撮影を見学したいと言い出した時、一瞬焦ってしまった。よく聞けばその男じゃなく、同じタイミングで撮影モデルを探していた話だった。他のモデル誰もが、何の得にもならないその面倒そうな撮影を引き受けようとしなかったのに、杏華は子供の撮影はこれから自分には必要なのだと、目をキラキラ輝かせて俺に伝えてきた。そんな杏華に俺は一瞬戸惑った。そんなにも杏華の中で、ちゃんと母親としての自覚を持ち、それでいてモデルとしてのこの先のことも考えていること。俺が気付かない間に、杏華はどんどんこの状況で、意欲やいろんな想いを大きくさせていた。俺がその仕事を了承すると、ぱぁっと顔を明るくし満面の笑顔になる。それほど杏華にとって子供のことが大きい存在で大切に思っているの
Last Updated: 2026-07-16
Chapter: 第111話 憧れる愛離婚してからは彼への気持ちは消し去ったはずなのに、どうして私は彼に信じてもらえないことが、こんなにショックなのだろう。彼が信じてくれなくて辛かったから別れの道を選んだはずで、とうにその期待は捨てたはずなのに……。病院で偶然知ってしまった彼の内に秘めた想いが、そんな私の決意を鈍らせる。彼に期待なんてしちゃいけない。信じたら裏切られる。そんなことわかっているはずなのに──。そんな気持ちを抱えながらも、私はそのあと気持ちを切り替え撮影に挑む。撮影現場は、可愛らしい女の子と親子の撮影だった。撮影を始めようとすると、その女の子は初めての撮影らしくモジモジして、お母さんの後ろに隠れている。「すいません。この子大勢の人いるの見たら恥ずかしくなっちゃったみたいで」お母さんが申し訳なさそうに謝る。「いえ。確かにこんなにたくさんの人ビックリしちゃいますよね」お母さんに答えたあと、私はその女の子の前でしゃがみ込む。「こんにちは。お名前なんていうの?」そして、その女の子の目線に合わせて話しかける。「えっと……桜……」その女の子は恥ずかしそうに答える。「桜ちゃんか~。可愛いお名前だね。たくさんの人の前は恥ずかしいかな……?」コクリとその女の子は小さく頷く。「実はお姉ちゃんも、たくさんの人がいると恥ずかしくなっちゃうんだ」「お姉ちゃんも……?」「うん。桜ちゃんそのお洋服とっても似合ってて可愛いから、一緒にお姉ちゃんとお写真撮ってもらわない?」「一緒に……?」「そう。お姉ちゃんも素敵なお洋服着せてもらったから、桜ちゃんと一緒にお写真撮ってほしいなぁって。もし桜ちゃんが一緒にいてくれたら勇気が出て恥ずかしくなくなると思うんだ。もしよかったら、お姉ちゃん頑張れるように桜ちゃん一緒にいてくれないかな~?」私の言葉にその女の子は、ちょっと表情が明るくなる。「──いいよ」
Last Updated: 2026-07-15
Chapter: 353.巡る運命⑪「ごめんなさい……」 あたしはその場で立ち止まって、俯いたまま慧さんに告げる。すると、少し前まで歩いていた慧さんが振り返って。「え? どした? 依那」逆にそんなあたしに心配そうに声をかけてくれる。「慧さんのお母さんだなんて知らなくて、あたし……」知らないとはいえ、あんな無神経に会わせてしまったこと。あたしの母親代わりだなんていって紹介してしまったこと。そんな中で、慧さんにお付き合いの挨拶をさせてしまったこと。今起きたすべてのことに申し訳なく思えて、泣きそうになる。「フッ。なんで、依那が泣きそうになってんの」そして、泣きそうになるのを堪えてたあたしを、傍まで近づいた慧さんが顔を覗き込み、そんなあたしを見て優しく笑う。「だって、何から謝ったらいいか……」いろんな想いは溢れてくるのに、どう言葉にすればいいのかわからない。何から謝ればいいかわからない。「いや、違うから。オレは依那をそんな悲しませたくて言ったんじゃない」「だって……」「でもまぁ、そっか、こんなタイミングで依那はいきなりそんなこと聞かされたらそう思っちゃうよな」あたしを覗き込んだ慧さんは、変わらず優しく微笑む。「依那」あたしの名前を呼んで、そんなあたしの手を握る慧さん。「家に帰って、ゆっくり話しようか」「はい……」「ん」そう返事したあたしの手を、慧さんはちゃんと繋いで、隣に並んでまた歩き始める。慧さんのが絶対苦しいはずなのに、どうしてこんなにこの人は優しいんだろう。関係ないあたしが泣いちゃダメだとわかっているのに、慧さんの辛さを考えると、胸が痛んで涙が出てしまう。こんな状況なのに、あたしを包み込んでくれる慧さんが優しすぎて涙が出てしまう。そんなあたしの手をしっかり握って引っ張って歩いてくれる慧さんは、ホントに頼もしくて。そして、その手からは、慧さんの気持ちが伝わってきそうな、優しさの中に少し強さがあるような……。だけど、なんだかその繋ぎ合っている手から、慧さんの隣にいていいんだよと言ってくれてるようで。慧さんとしっかり手を繋いで、今隣で歩けていることに、嬉しさで心が温かくなった。
Last Updated: 2026-07-19
Chapter: 352.巡る運命⑩そんな慧さんが気になって、隣を歩きながら慧さんを見つめていると……。「ハハッ……。まさか本当にそうだったとはな……」慧さんが少し視線を落としながら、なんだか悲しそうに笑ってそんな言葉を呟く。「え……? どうしたんですか? 慧さん……」あたしがそう聞き返すと、慧さんは。「うん……」あたしの問いかけに微妙な反応を示す。何か多分、慧さんの中で思ってることがあるのは違いなくて。だけど、それを自分の中で考え込んでいるような、そんな感じに見えてしまう。あたしはそんな慧さんを感じ取りつつ、それ以上何も聞けなくて、そのまま慧さんの隣を歩く。そんな時間がどれくらい続いただろう。何分もそんな沈黙が続いて、あたしはただひたすら慧さんが話始めるのを待っていた。「あの人……。あの女将さん……」すると、ようやく口を開いた慧さん。そしてその言葉はなぜか女将さんの名前。「はい……」「母親だった……」「え……? 母親って……?」慧さんのその言葉にあたしは、立ち止まって聞き返す。「オレを昔捨てた母親だよ……」「えっ……? 嘘……。あの、女将さんが……、慧さんの、お母さん……?」えっ、そんなことってある……? まさかの女将さんが慧さんのお母さんだなんて……。「母親のことはなんとなくしか正直覚えてなかったんだ。あの頃の記憶は曖昧というか……自分の中であまり思い出したくない記憶になってたから……。だけど不思議なもんだよな。なんとなくわかっちゃうんだよ、そういうの……」「慧さん……」「最初は特に気付かなかった。でも、ふと笑った時の表情とか、やっぱ面影あんだよな……」慧さんはどこから気付いてたんだろう……。どんな気持ちであの時あの場にいたんだろう……。そんな気持ちの中、慧さんはそれを隠して、ちゃんと挨拶までしてくれたってこと……?慧さん、一切なんの動揺もしてなかった。それどころかいつものように余裕があって……。だけど、そんな慧さんが唯一気弱になってしまうのは、ご両親の話になる時で……。そんな原因かもしれないお母さんが、女将さんで……、その人が目の前にいて、それであたしが感謝までしてる存在として紹介して挨拶するだなんて……。どうしよう、そんな辛い想いさせてただなんて……。言葉にならないほどの後悔と切なさと辛さで、胸が苦しくなる。
Last Updated: 2026-07-18
Chapter: 351.巡る運命⑨「依那。少し歩いて帰ろうか」それからお店を出て、慧さんがそう声をかける。「はい」慧さんの隣に並んで歩きながら、あたしも返事を返す。「慧さん。今日は一緒に来てもらってありがとうございました」「ん」慧さんが微笑みながら返事をしてくれる。「二人に慧さんのこと、紹介出来てよかったです」「うん」「あんなに女将さんも感動してくれるなんて思ってなかったです。帰り際に、ホント涙ぐんで、慧さん紹介したこと、すごい喜んでくれてました」「そう……なんだ……」「はい。女将さんと知り合ってから、あんな女将さん初めて見たんで、ちよっとビックリしたんですけど」 女将さんは、どちらかといえば、いつも明るくて、感情的になるとこはもちろん見たことがなかった。女将さん、あんなにこども食堂に思い入れあったんだなぁ。でも、それほど思い入れあるのって、どうしてだろう。何か理由あったりするのかな……?「依那は、あのお店のご夫婦と知り合ったのは、どういうきっかけだったんだ……?」すると、慧さんが隣から尋ねてくる。「あぁ。あたしが高校生くらいに父が偶然見つけたお店なんですけど。たまたま新しく出来たお店だったらしくて、最初の頃からの父が常連なんです。そのうち、家族みんなで行くようになってって感じですかね」「そう……。あの女将さん、依那の母親代わりみたいなもんだったって言ってたけど。向こうには子供も本当にいないって……?」「あっ、はい。そうみたいです。夫婦二人であーやってお店やっていけることで十分幸せだからって」「そう……。いないのか……」「はい。自分に子供がいない分、愛が足りていない子供たちに、少しでも自分たちが力になってあげたいって女将さん言ってました」「愛が足りない……ねぇ……」慧さんは、その話を聞いて一人ボソッと呟く。「依那さぁ。あの、女将さんの名前って、知ってる……?」「えっ? 名前ですか? えーっと、確か……、小夜子さんです」ん? 慧さん、なんで女将さんの名前なんか?「…………」「慧さん……?」名前を聞いてきたのに、なぜか慧さんは無反応でただ黙り込んでいる。なんか今日こんな慧さん多い気がするのは気のせいだろうか。あんまりこんな慧さん見たことないだけに、少し気にかかる。あたしと話してて、こんな風にボーッとして黙り込むこととか今まで一度もな
Last Updated: 2026-07-17
Chapter: 350.巡る運命⑧そして、一通りそれから食事をして、帰り際、慧さんが大将と最後に挨拶をしていると。「依那ちゃん。今日は来てくれてありがとう」女将さんが声をかけてきてくれた。「こちらこそ。美味しいお料理ごちそうさまでした」「まさか依那ちゃんがこんな嬉しいこと……。ホントに、彼を連れてきてくれて感謝するわ……」女将さんが、そう言って少し涙ぐみながら、あたしの手を取りギュッと握り締める。女将さん。子ども食堂、そんなに感激してくれてるのかな。確かに女将さん、子ども食堂にはすごく思い入れある感じしてたし、いつも子どもたちに親身になって向き合っていたもんな。最近ちょっと大変だってことは耳にしてたから、慧さんが力になってくれることで、女将さんも安心したのかもしれない。「子ども食堂。これからは慧さんが力になってくれるんでもう大丈夫ですよ」あたしはそう言って、笑顔で女将さんの手を握り返す。「あ……。えぇ……。そうね……。これからは、彼が力になってくれるということだものね……。フフ。最近、ちょっと涙もろくなってダメね。ちょっとしたことでもすぐ泣けてきちゃう」そういいながら、女将さんが少し涙ぐみながら微笑む。「それほど喜んでもらえて、あたしも嬉しいです。あたしも関われるように頑張りますね。あっ、でも、慧さんはちゃんと関わってくれるみたいなんで安心してください」「そう……。彼は関わってくれるのね……。なんだか夢みたいだわ……」女将さんがそれほど感動して喜んでくれてるのを見ると、あたしも嬉しくなる。さっき慧さんが更にもう少し詳しい話をしてくれて、それを少し聞いてただけでも、慧さんが考えている子ども食堂のプロジェクトは、とても画期的で、更に今以上充実した素敵なモノになるのだろうと、あたしも聞いててワクワクした。慧さんが軽く話すだけで、そのすごさを感じるのに、これが正式な形になれば、更に素晴らしくなることが想像出来る。女将さん、慧さんの話すのを聞いてた時から、すでにウルウルしてたもんな。確かに、二人がメインで今までやってきた子ども食堂も、とても温かくて素敵なモノだったけど、きっと慧さんが加わることで、もっと手を広げたいこととか、もっと理想や望む状況に近い運営が出来ることになる。あたしもまさか、この出会いが、そんなきっかけに繋がるなんて思いもしなかったから、密かに女将さんと
Last Updated: 2026-07-16
Chapter: 349.巡る運命⑦「なぁ? お前もこの人はタダモノじゃないって言ってたもんなぁ?」そう言って女将さんに声をかける大将。すると、女将さんがボーッとしている。「おい。どうした?」「……え? いえ、なんでもないわ……。えっとなんだったかしら……」すると女将さんがさっきとは違う反応。ん? 女将さんどうしたんだろう。「では、子ども食堂の件は、また改めて会社を通してお話させていただいてもよろしいでしょうか?」すると、慧さんが大将に仕事モードになって声をかける。「ええ。それはもちろん」「ありがとうございます。ではこれからよろしくお願いします」「こちらこそ」慧さんはそのあと大将に自分の名刺を渡し、スマートに話をまとめていった。慧さんがここに来てくれるだけで嬉しかったのに、まさか子ども食堂のことまでこんな話進んじゃうなんて、ビックリだ。ずっとあたしはここに来ていたのに気付けなかったことを、慧さんはいち早く気付いて、解決していく。それも慧さんだから出来ること。こんな風に慧さんは、どんな時でもちゃんとその状況を判断しながら、いろんな人の力になっていってるのかな。「慧さん。ありがとうございます」話が終わり、二人になった瞬間、慧さんにお礼を伝える。「ん。ちょうど、子ども食堂をプロデュースしたいって話が出ててさ。まさかオレもここでそんな話出来るとは思わなかったよ」「このお店が、慧さん関わってくれるなんて嬉しいです。実は何回かお手伝いしたこともあるんです」「子ども食堂を?」「はい。お手伝いしてるのも、子供たちと話せるのも楽しくて。料理の勉強にもなるし。それに何より、このお店と二人に恩返ししたくて」「そう」「だから、子ども食堂のスタッフとしても、これからが楽しみです」大切にしていた場所が、更に大切な人が関わって、きっともっとその大切が大きくなっていく。日常だったことが、慧さ
Last Updated: 2026-07-15
Chapter: 348.巡る運命⑥「それって詳しくお話聞かせてもらえたりするのかしら?」女将さんがそう慧さんに尋ねる。「慧さん?」何か思うことがあるのか、慧さんはその問いかけに気付かなかったのか、二人のやり取りをじっと見つめたまま返事がなかったので、あたしは思わず声をかける。「あぁ……。いや、すぐに承諾していただけたので、お互い信頼し合ってる関係なんだなと……」「あぁ~。それはそうね。依那ちゃんのことは昔から知ってるし、ずっと見守ってきた仲だもの。それに依那ちゃんも、子ども食堂のことでの私たちの想いとか現状まで、詳しく知ってくれているから、そんな依那ちゃんが信頼してるとこの社長さんなら、こちらとしても安心してお願い出来るんじゃないかと思って」そう言って女将さんは微笑む。「そう思っていただけたならよかったです」「そうね。二人の雰囲気からしてとても素敵で、すでにお互い信頼し合ってるんだなとわかったわ」「えっ、女将さん。そんなの見ててわかるもんなの!?」慧さんに返した言葉を聞いてあたしは思わず聞き返す。「長年こういう仕事をしていると詳しく聞かなくても、その人たちが纏う雰囲気とか表情で大体のことはわかるものよ」「へぇ~そうなんだ」じゃあ、女将さんたちにはあたしたちはどんな風に見えてたんだろう。どんな関係だと思ってるのかな……?「まさか依那ちゃんとこの社長さんだとは思ってなかったから、そこは驚いたけど、でも二人してここに来てくれることはそれなりに意味があるんじゃないかと思ってるのだけど違うかしら?」そう言いながら嬉しそうにフフッと笑う女将さん。「うわぁ~女将さんすごい」「だって依那ちゃんがこんな素敵な方連れてきてくれたの初めてだものね。いつもご家族で来てくれることはあっても、こんな風に一緒に来てくれるなんて思ってなかったら、私としてはとても嬉しく思ってるのよ」「そうなんです。実は…
Last Updated: 2026-07-14