Chapter: 第40話(18)『俺は、独占欲と執着心は強いが、だからこそお前に対して寛容でありたいと思っている。〈浮気〉を大目に見たのも、そのためだ。鷹津の件で塞ぎ込んでいたお前が、たまたま目の前に現れた高校生のおかげで気が晴れた。それだけの話だ。それ以外の面倒臭い話は、俺や秋慈に任せておけばいい』「……そう言われると、ぼくはどうしようもない人間だと思えてくる。別に、立派な人間だったつもりはないけど」『いいじゃねーか。どうしようもない人間で。三世代の男たちのオンナでありながら、極道どもの面倒を見て、有り余る愛情を気に入った男たちに分け与えて、クリニックの切り盛りをして。ひれ伏したくなるほど、どうしようもない人間だ』 話しながら興が乗ってきたのか、賢吾がくっくと笑い声を洩らしている。ひどい言われようだが、すっかり毒気を抜かれた和彦も、唇の端にちらりと笑みを浮かべる。 そんな、どうしようもない人間をオンナにして、大事にしているのだから、賢吾もまた、どうしようもない人間なのだ。そう思ったら笑うしかなかった。『まあ、しっかり美味いものを食わせてもらってこい』 賢吾に背を押されたことにいくらか安堵して、吐息交じりに和彦は応じた。**** 伊勢崎龍造との食事会は、火曜日の夜に設けられた。 クリニックを閉めた和彦は、いつものように長嶺組の迎えの車に乗り込み、途中で、御堂が乗る第一遊撃隊の車と合流する。 あくまで建前は、個人的な食事会に招待されたというもので、長嶺組も第一遊撃隊も護衛はいつも通り――と和彦は聞かされていた。 店の駐車場に降り立ち、風の冷たさに首を竦める。午後に入ってから曇り空が広がり、急激に冷え込んできた。「――こんなに寒くなるなら、伊勢崎さんの誘いに乗るんじゃなかったよ」 隣に停めた車から降りた御堂が、秀麗な顔にうんざりとした表情を浮かべてこぼす。黒のスーツを身につけているせいか、印象的な灰色がかった髪が引き立ち、御堂の存在をより特別なものに見せている。 対する和彦は、仕事を終えたばかりで着替える時間もなかったため、ありふれたシャツにパンツ
Last Updated: 2026-07-21
Chapter: 第40話(17) 賢吾の言葉に歓喜したわけではない。しかし和彦の体が示した反応は、そう取られてもおかしくはないものだった。淫らに蠕動する内奥が、高ぶる一方の逞しい欲望をきつく締め付けながら、粘膜と襞をまとわりつかせる。 腕を掴まれ引っ張られた和彦は上体を起こし、背後から逞しい両腕に抱き締められる。両足の間に片手が差し込まれ、濡れた欲望を手荒く掴まれて扱かれていた。「あっ、もう、無理だ――……」 内奥を突かれ、執拗な愛撫を与えられているうちに、泣きそうになりながら和彦は小さく喘ぎ声をこぼす。 和彦の欲望が何度目かの高ぶりを示し始めたと知り、賢吾が吐息とともに呟いた。「ああ……、最高だ、和彦」** すぐ耳元で携帯電話が鳴っていた。 まるで深い水の底から引き上げられるように、意識が覚醒していくのを感じながら、和彦は枕の下をまさぐる。 電話に出ると同時に目を開けると、カーテンの隙間からわずかに光が差し込んでいる。まだ日は落ちていないようだった。『よく寝られたか?』 起きてすぐに聞くには刺激的ともいえるバリトンに、一瞬眩暈に襲われた。和彦は声を発しようとして、軽く咳き込む。寝る前に加湿器を入れておくのを忘れていた。『もしかして風邪を引いたのか――』「違う、部屋が少し乾燥しているだけだ。……それより、筋肉痛がひどくなった気がする」 非難がましくぼそりと呟くと、電話の向こうから微かに笑い声が聞こえてくる。どうやら賢吾の機嫌のよさはまだ持続しているようだ。『起こして悪かったが、また寝る前に、ダイニングに行ってメシを食え。笠野に言って、準備させておいた。俺が搾り取った分、またしっかりと精をつけてもらわないといけないからな』 起き抜けに自分は何を聞かされているのだろうと、和彦は絶句する。『……和彦?』「呆れてるんだ。あんた、組長だろ。威厳とか、そういうものを大事にしないと。いい歳なんだし」『お前にだけだ。俺がこういうことを言えるのは』
Last Updated: 2026-07-21
Chapter: 第40話(16)「少し動かすぞ」「い、やだ……。まだ、痛い――」 和彦の拒絶は案の定無視され、綿棒をわずかずつだが出し入れされる。和彦は立て続けに切迫した声を上げ、腰をもじつかせる。そんな和彦の様子から感じるものがあったのか、ふいに賢吾が、小さな口から再び綿棒を引き抜いた。その瞬間、和彦自身も異変に気づき、上擦った声を上げる。 賢吾の見ている前で、わずかに漏らしていた。 これまでのつき合いで、賢吾の厄介な#癖__へき__#は薄々とながら気づいていた。全身を戦慄かせながら和彦が賢吾の様子をうかがうと、口元に薄い笑みを浮かべて、食い入るように濡れた下腹部を見つめていた。「――また、いいか?」 静かな歓喜を滲ませた声で問われ、和彦は顔を背ける。たった一つの返事しか求めていないのは、いつものことだ。 息を吐き出すと同時に、綿棒を押し込まれて苦痛の声を洩らす。無理な行為に及んでいるという自覚はあるのか、賢吾は時間をかけて小さな口を犯しながら、和彦の体の強張りを解こうとするかのように、ささやかな愛撫を加えてくる。 小刻みに震える内腿にてのひらを這わせ、膝に唇を押し当て、ときには柔らかな膨らみを優しく指で揉みしだき、思い出したように綿棒を繊細に蠢かし――。 痛みと異物感に、否応なく和彦は順応させられていく。そうしないと、いつまで経っても苦痛から逃れられず、和彦の反応の変化を待ち望み、一心に見つめてくる賢吾に応えられないのだ。「ふっ……、んんっ、はあっ、はあっ、はっ……ん」 我ながら度し難いと、和彦は震えを帯びた吐息をこぼす。こんなひどいことをしてくる男を喜ばせたいと思うなんて、と。 和彦が欲情に濡れた眼差しを向けると、賢吾はスッと目を細めた。「やっぱりな。俺の与える痛みに、もう馴染み始めてるだろ。性質が悪いが、だからこそ――大事で可愛い、俺のオンナだ」 囁かれた言葉に、全身に快美さが駆け抜ける。綿棒が一層深く押し込まれたが、口を突いて出たのは苦痛の声ではなく、尾を引く甘い呻き声だった。 もっと聞かせろと言わんばかりに綿棒が出し入れ
Last Updated: 2026-07-20
Chapter: 第40話(15) その瞬間がやってくるのだと、和彦はわずかに肩を震わせる。すると賢吾は、その肩先に軽く唇を押し当ててから体を離し、ベッドを下り部屋を出て行く気配がした。何をしているのかと、振り返って確認する勇気はなかった。「後ろ姿を見るだけで、緊張しているとわかる」 すぐに戻ってきた賢吾に、そう声をかけられる。少しだけ言い返したくなり、苦労して寝返りを打った和彦だったが、後悔するとともに、目のやり場に困ることになる。賢吾が悠々と見せつけてくる裸体は、圧倒されるような力強さをまだ漲らせていたからだ。 賢吾が浴室から持ってきたバスタオルを、腰の下に敷かれる。どういうことかと視線で問いかけると、ニヤリと笑い返された。「多分、漏らすぞ」 数瞬の間を置いてから和彦は、賢吾の言葉を理解した。 腰を引きずるようにしてベッドから下りようとして賢吾に易々と押さえつけられ、力の入らない両足を大きく広げられる。 綿棒を個包装したビニールを歯で破る賢吾を、半ば畏怖しながら和彦は見上げる。よほど強張った顔をしていたらしく、賢吾が苦笑いを浮かべた。「そう、悲壮な顔をするな。何も、取って食おうというわけじゃねーんだから」「……似たような、ものだ」「そうか?」 とぼけた調子で応じた賢吾がいきなり両足の間に顔を埋める。「あっ、またっ……」 燃えそうに熱い口腔に欲望を含まれ、きつく吸引される。執拗に嬲られ、内奥を擦られて勃ち上がることを強要され続けた和彦のものは、まさに賢吾の言葉通り、『精液が一滴も出ない』という状態だった。 愛撫による快感はすでに苦痛に近く、唇で欲望を扱かれながら和彦は、呻き声を洩らして身をくねらせる。 先端を硬くした舌先で弄られ、ピクンと腰を跳ねさせる。顔を上げた賢吾が、じっとこちらを見つめてくる。寸前までの軽口は、おそらく和彦を怯えさせないためのささやかな気遣いだったのだろうが、今はもう、射竦めてくるような眼差しを隠そうともしない。 さきほどの言葉とは裏腹に、まさに今から、和彦のすべてを食らおうとしているようだ。「――逃げたいなら、逃
Last Updated: 2026-07-20
Chapter: 第40話(14)『わたしも同席するけど、夕食を一緒にとりたいと言っている人がいる。まあ、伊勢崎組の組長……伊勢崎さんのことなんだけど。少し前に話しただろう。伊勢崎さんが、ぜひ君も食事に誘いたいと言っていたと。あちらのスケジュールが流動的なので、わたしもどうしたものかと困っていたが、ようやく確定してね。それで肝心の君の予定はどうかと』 御堂にそう言われたことは覚えているが、まさか本当に自分と会うつもりだったとは、和彦は思ってもいなかった。正直なところ、龍造との再会は避けたいという気持ちがあったのだ。もちろんそれは、和彦自身が抱える後ろめたさのせいだ。 伊勢崎玲の若く凛々しい顔を思い返すと、甘く苦しい感覚が胸に広がる。自分がそんな感覚に陥ることすら、玲の父親である龍造は快く思わないだろう。 普通の父親とは、きっとそういうもののはずだ。『佐伯くん?』「あっ、はいっ……。あの、賢吾さんには、このことは――」『もちろん、今さっき連絡して、相談させてもらった。君と賢吾には、余韻に浸っているところに不粋な電話をして申し訳ないと思うよ。こうも慌ただしい状況になったのは伊勢崎さんのせいなのに、本人は気楽に頼み事をしてくるから。おかげでわたしは、賢吾の不機嫌そうな声を聞かされるハメになった。それでも、許可はくれたけどね』 和彦の行動は、賢吾による判断が基準となる。その賢吾が許可をしたということで、おのずと返事は決まる。「……でしたら、ぼくのほうは問題ありません」『人や組織同士、面倒な事情は絡んではいるけど、揉めているわけではないんだから、君は気にせず顔を出せばいい。賢吾の機嫌を損ねたくない伊勢崎さんは、君の機嫌も損ねたくない。それなりに紳士的に振る舞ってくれるよ」 御堂の説明からして、やはり食事を共にするのは三人だけらしい。 総和会の第一遊撃隊隊長と、北辰連合会という組織の大幹部でもある伊勢崎組長という顔ぶれに挟まれ、食事をする自分の姿を想像して、料理の味などわかるのだろうかと今から不安になる。 何より不安を駆り立てるのは、龍造が玲の父親という点なのだが。 食
Last Updated: 2026-07-20
Chapter: 第40話(13)** 昼過ぎに自宅マンションに戻った和彦は、抱え持った袋をダイニングのテーブルに置き、ほうっ、と息を吐く。 昨日は、賢吾の誕生日を祝うはずが、その賢吾に靴を買ってもらい、さらには家具店で見かけたルームランプを、和彦の意見も聞かずに注文してしまった。明日には組員の手によって、寝室に運び込まれているだろう。 自分の誕生日ではないかと錯覚しそうなほど至れり尽くせりだったが、和彦だけでなく賢吾も楽しんでいるように見え、抗議など野暮なことができるはずもなかった。そう、とにかく楽しかったのだ。 もらうばかりでは申し訳ないと、和彦もささやかながら何か買ってプレゼントしたいと提案したものの、賢吾が首を横に振り続けた。 デートができただけで十分だと殊勝なことを口にしていたが、そのときすでに賢吾の中に企みはあったのかもしれない。 結果として和彦は、賢吾にきちんと誕生日プレゼントを渡せた――というより、奪われた。「……バカじゃないか、いい歳した男の〈初めて〉なんて」 そう呟いた和彦だが、口調には苦々しさだけではなく、恥じらいも含まれている。昨夜、自分がさんざん乱れた挙げ句に、どんな失態を演じたか、よく覚えているが故だ。 賢吾からは、失態ではなく痴態だと、ニヤニヤしながら言われ、何も言い返せなかった。悔しいことに。 和彦はダッフルコートを脱ぐと、少しの間ぼんやりとその場に立ち尽くしていたが、ふと我に返る。体の内側がまだ熱を発しており、急に喉の渇きを覚えた。 ふらふらとキッチンに入り、冷蔵庫を開ける。気の利く組員によって、冷蔵庫には和彦が持て余さない程度の食料が補充されており、しっかりベーコンもあった。賢吾が余計なことを言ったのではないかと勘繰りながら、オレンジジュースの紙パックを取り出す。 グラスに注いだオレンジジュースを一気に飲み干し、なんとか人心地ついた和彦は着替えを済ませる。少し横になろうとベッドに潜り込みかけて、あることを思い出した。 放置もできず、またふらふらと、今度は書斎へと向かう。賢吾と出かけている間は必要ないからと、携帯電話を置いていったのだ。 確認をして
Last Updated: 2026-07-20
Chapter: -148- 薄い肩をぎゅっと掴みながら、思わずこんなことを口にしていた。「俺は、お前が引きこもりをやめたら、反対に今度は、俺がお前を部屋に閉じ込めるようになるかもしれないな」 啓太郎の率直な言葉に裕貴は目を丸くしてから、次の瞬間には、からかうように頬を突いてきた。咄嗟に自分の発言を後悔したが、もう遅い。 裕貴が目を輝かせながら、伏せた啓太郎の顔を下から覗き込んできた。「――啓太郎ってもしかして、独占欲が強い?」 「お前、何聞いてくるんだ……」 「だって今の言葉、おれを外に出したくないってことだよね。お前を、俺だけのものにしたい、って告白じゃないの?」 「……どういう耳をしてるんだ。お前の耳は」 裕貴の両耳を引っ張りながら、機嫌が悪くなったふりをして誤魔化そうとしたが、じっと見つめてくる裕貴の眼差しには勝てなかった。「おれが可愛いから、外でふらふらされると、心配でたまらないんだろ」 冗談のつもりで裕貴は言ったのかもしれないが、否定できない。啓太郎は大きくため息をつくと、裕貴の両頬をてのひらで包んでから、髪に唇を押し当てる。「お前はなんだか、しっかりしてるようで、危なっかしい」 「少なくとも、啓太郎よりしっかりしてると思うけど」 「そういう意味じゃない。お前が本気になったら、お前を甘やかしたい奴はゴロゴロと出現するんだろうな。そしてお前は、甘え上手だから――」 「誰かれかまわず、ついていきそう?」 ひどい言い方だと自覚しつつも、啓太郎は肯定する。一方の裕貴は、怒るどころか、機嫌よさそうに声を洩らして笑った。「大丈夫だよ。おれの人見知りは筋金入りだから、引きこもりをやめたとしても、簡単に誰かと仲良くなったりしない。それに、浮気はしない性質なんだよ。こう見えてもおれ、けっこう一筋だよ」 その発言は反則だ。啓太郎はあっさり裕貴に翻弄されてしまう。 裕貴をしっかりと両手で抱き締めると、ぼやくようにこう洩らしていた。「……俺は、恋愛にはのめり込めないタイプだと思っていたんだけどなあ……」 「好きすぎて困る?」 「うん、と答えたら、俺たちは立派なバカップルだぞ」 「えー、いままでだって、その片鱗あったじゃん」 体を離した啓太郎は、裕貴の顔を真剣な表情で覗き込む。「そうか?」 「自覚なかったの」 顔をしかめた啓太郎に対して、裕貴は笑いな
Last Updated: 2026-07-20
Chapter: -147-「寒い……」 そう洩らして裕貴がドアの隙間から身を滑り込ませてくる。啓太郎はドアを閉めながら、率直に疑問を口にした。「お前、先に自分の部屋に戻らなかったのか」 「だって、おれの部屋寒いもん。電気がついてるの見えたから、啓太郎が帰ってきてるってわかったし、だったら、まっすぐこっちに寄ったほうがいいだろ? 部屋が暖かいんだから」 「……もう少し、可愛げのある言葉はないのか、お前……」 現金な裕貴に呆れながら、部屋へと上げる。ダッフルコートを脱ぎ、マフラーと手袋を外した裕貴は、すぐにコタツへと潜り込み、幸せそうな表情を浮かべる。その様子に、思わず啓太郎の口元は綻びそうになるが、寸前で堪えた。 裕貴を待ちながら、ずっと啓太郎を苛んでいた感情は、こんなことでは消えない。「実家のリフォームのことで出かけてたのか?」 キッチンに立って湯を沸かしながら問いかけると、隣の部屋から気の抜けたような声が返ってきた。「そうだよ……」 「お前一人で――そんなわけないか」 啓太郎の呟きが聞こえたわけではないだろうが、裕貴が言葉を続ける。「リフォーム会社の人に実家を見てもらって、それでいろいろ相談しながら見積りしてもらってたんだ。といっても、話してたのは兄さんばかりだけど。おれなんて、立ち合う必要ないんじゃないかな」 裕貴はわかって言っているのだろうかと、啓太郎は苛立ちを覚える。博人は、ただ裕貴と一緒の時間を過ごしたいがために、実家に呼んだのだ。 実家のリフォームというのは、いい理由だ。工事の進捗状態を確認するため、と言っては、何度も裕貴を呼び出せる。裕貴にしても、博人がいるのならさほど身構えることなく出かけられるはずだ。何より、実家に顔を出し続けることで、里心がつくかもしれない。 そうなることを啓太郎は恐れているが、行くなとも言えない。 コーヒーを入れたカップを手に隣の部屋に行くと、裕貴は仰向けで寝転がっていた。どうやら疲れたらしい。「メシは食ったのか?」 カップを置いてから、啓太郎もコタツに入る。「うん……。兄さんと食べてきた。――……懐かしかった。子供の頃、よく兄さんと行ってたレストランなんだ」 ぼんやりとした表情で話す裕貴だが、視線はまっすぐ天井に向けられている。何かを考え込んでいるようだ。「楽しかったか?」 啓太郎の問いかけに、やっと裕貴
Last Updated: 2026-07-15
Chapter: -146-**** 今日のシステム開発部の空気は少し浮き立っていた。もうダメだという思いを何度も味わってきたので、それを乗り越えてシステムが実用化されるのだから無理もない。 ただ、本当に喜べるのは、無事にシステムが起動できれば、の話なのだが。 モニターを眺めながら啓太郎は、到底浮かれた気分にはなれなかった。普段の自分なら、確かに上機嫌になっているかもしれないが、今は仕事よりもむしろ、プライベートのほうに危険を孕んでいる気がする。 啓太郎にとってのプライベートとはもちろん、裕貴のことだった。啓太郎にはどうしても、年が明けてからの裕貴は、心が揺れ続けているようにしか思えない。 心が揺れる原因は、兄や父親から、実家に戻るよう説得されたからではないかと推測していた。問題なのは、そのことに関して裕貴が、啓太郎に気持ちを明かしてくれないことにある。 心の揺れを悟られたくなくて、裕貴は自分に話してくれないのだろうか――。 こう考えるたびに、啓太郎の心は大きな不安に襲われるのだ。裏を返せば、それだけ啓太郎にとって裕貴は、生活に欠かせない、大事な存在になったということだ。 デスクに頬杖をつき、ため息をつく。 実家に帰るな、と裕貴に言いたかった。だが、そう言う権利が啓太郎にはない。少なくとも今の関係では。 ここでモニターを見て、今日中に済ませる予定だったテストが、なんの問題もなく完了していることを知る。さすがに、ここまできて問題が起こると困るが、順調すぎるのも、逆に怖い。 啓太郎は眉をひそめてモニターを凝視していたが、腕時計で時間を確認してから、たまらずパソコンの電源を落とす。 さすがにもう、今日はこれで帰ることにした。また何か起こったとき、いつ地獄のような日々に追い込まれるかわかったものではないので、実行に移すなら今しかない。 慌ただしく帰り支度をした啓太郎は、誰かに呼び止められる前に会社を飛び出す。さすがに今日はもう、会社から電話がかかってきたとしても、出る気はなかった。 SE失格だと、念仏のように口中で唱えながらの啓太郎の願いは叶えられたのか、マンションに戻るまで携帯電話が鳴ることはなく、無事に、裕貴の部屋の前に立つ。 呼吸を整えてインターホンを鳴らしたが、応答はなかった。啓太郎は、漠然とこの事態を予測していた。 裕貴は出かけていないかも
Last Updated: 2026-07-10
Chapter: -145- 啓太郎はエレベーターの中で、手にしたケーキの箱を持ち上げて、ため息をつく。せっかく裕貴のためにケーキを買ってきたが、無駄になったかもしれない。あの、裕貴を猫可愛がりしている博人が、手土産も持たずに裕貴の部屋を訪れるとは思えないのだ。 だからといって自分の部屋に持って帰るわけにもいかず、啓太郎は裕貴の部屋の前に立つ。深呼吸してから、インターホンを鳴らした。 少し間を置いてから、インターホン越しにドキリとするほど気だるげな裕貴の声がした。『――……どうかしたの?』 啓太郎はすぐに、裕貴が、自分の兄が引き返してきたと思っているのだと察した。「裕貴、俺だ。博人さんとは、下で会ったぞ。俺は、よくよくあの人と縁があるらしいな」 笑いながら話したが、インターホンの向こうから返事はない。急に啓太郎は心配になった。さきほど下で博人から聞かされた、実家に戻ってきてもらいたいという話が脳裏を過ぎったのだ。「……裕貴、大丈夫か?」 博人とケンカでもしたのではないかと心配になり、思わず啓太郎は呼びかける。『あっ、うん……。ちょっと待ってね、部屋片付けるから』 「片付けるって、お前――」 啓太郎は、裕貴の部屋が散らかっているところなど見たことがない。不思議に感じながらも、ドアを開けてもらうまでおとなしく待つしかなかった。 数分ほど待ってようやくドアが開けられると、裕貴は長袖のTシャツの上からカーディガンを羽織り、カーゴパンツという、いつもと変わらない服装をしていた。ただなんとなく、微妙な違和感を覚える。それは服装ではなく、裕貴自身から感じるものだ。「ごめんね、寒い中待たせて」 そう言って笑いかけてきた裕貴に促され玄関に入ると、啓太郎は無意識に裕貴に手を伸ばすが、さりげなく躱された。「いや、別にいいけど……、片付いたか?」 「まあね」 ダイニングに足を踏み入れると、一見して変わったところはない。あまりに啓太郎がじろじろとダイニングや隣の部屋を見ていたせいか、裕貴が眉をひそめる。「何?」 「お前が部屋を片付けるなんて言うから、てっきり博人さんとケンカして、手当たり次第にものを投げつけたのかと思ったんだ」 裕貴は微妙な表情を見せたあと、まるで啓太郎の視線を避けるように背を向けた。ほっそりとした背がなんだか頼りなく見え、啓太郎の胸の奥が不安でざわつく。もし
Last Updated: 2026-07-06
Chapter: -144-**** 上機嫌で車を降りた啓太郎の手には、ケーキ屋の箱があった。会社で話していた女性社員たちから、美味しいケーキ屋の情報を仕入れ、帰りに寄ってみたのだ。 買って帰ったケーキを見て、裕貴が嬉しそうな表情を浮かべるのを想像するだけで、啓太郎の足取りは軽くなる。たとえ、二日続けての徹夜明けだとしても。裕貴の顔を見て、裕貴が作ったメシを食う間ぐらいは、まだ目を開けていられる自信はあった。 しかし啓太郎の、睡眠不足による妙なテンションの高さと上機嫌は、長続きしなかった。 マンションのエントランスからこちらに向かって歩いてくる人物に気づいたからだ。見間違うはずもなく、それは博人だった。「あれは……」 思わず足を止め、無意識に啓太郎は眉をひそめていた。一方、マンションから出てきた博人は、啓太郎に向かってあくまで儀礼的に笑いかけてくる。ただなんとなくだが、いつもより機嫌がよさそうに感じた。対照的に、啓太郎の上機嫌は急速に萎んでいく。 マンション前で博人と向き合った啓太郎は頭を下げ、このとき、博人の手にある封筒に目を留めた。先日、ショウルームから裕貴が持ち帰っていたものと同じだ。「――リフォームの件で細かい部分を決めておきたかったんですよ」 啓太郎が何も言わないうちに、博人のほうからそう説明をしてくれる。そんなに物言いたげな顔をしていただろうかと、啓太郎は思わず自分の顔に触れていた。「そう、ですか……」 「本当は外に呼び出したかったんですが、手が離せないと裕貴に冷たく言われましたね。だからこうして出向いてきたわけです」 「株の取引で忙しいみたいですね。ここ何日か、パソコンの前から離れられないと言ってました」 啓太郎と博人は、示し合わせたようにマンションを見上げ、裕貴の部屋のほうに視線を向ける。 ふいに、博人が独りごちるように呟いた。「裕貴が学生の頃は、単なる小遣い稼ぎだと軽く考えて、注意しなかったんですが、今になって後悔してますよ」 「えっ?」 博人はこちらを見て、唇の端をわずかに上げた。「部屋から出なくても稼げる手段なんてものがあるから、裕貴は二年もの間、わたしと会おうとしなかったし、会わなくても困らなかった。……本当なら、裕貴がパソコンの前に座り続けるようなまねをしなくても、生活費なんてわたしが与えてやれるのに」 どこか口惜しげ
Last Updated: 2026-07-01
Chapter: -143- 感じやすい括れをいきなり擦ってやると、腰が震える。それをきっかけに裕貴はそっと目を細め、啓太郎の舌を温かな粘膜で包み込むようにして吸い始めた。 快感に対して順応が速い裕貴に、今は狂おしい気持ちを掻き立てられる。忘れたつもりにはなっていたが、こんなときに思い出すのだ。 裕貴に対して、快感を教え込んだ相手がいると――。 玄関に微かに濡れた音を響かせながら、差し出し合った舌を絡める。そうしながら裕貴のものを手荒く扱き立て、もう片方の手では、すでに硬く尖った胸の突起を指先で弄る。「……濡れてきた」 熱くなった裕貴のものの先端をくすぐり、啓太郎は低く囁く。裕貴は艶やかな笑みを浮かべて首をすくめた。「恥ずかしいよ、バカ」 もう一度、今度はしっとりと唇を重ねていると、ふいに部屋のほうから電話の音が鳴り響いた。ピクリと体を震わせた裕貴が、硬い声で言う。「兄さんだ……」 「部屋に着いたか、確認したいんだろ。電話に出るか?」 啓太郎は手を引こうとしたが、それを許さないように反対に裕貴を手を掴まれて引き戻される。ぶつけるように唇が割り込まされ、あっという間に裕貴の激しさに煽られる。 再び手を動かして裕貴のものに愛撫を加えながら、指先に心地いい胸の突起の感触を楽しむ。その間も、互いの唇と舌を貪り合っていた。 気がついたときには電話の音は止み、互いの荒い息遣いだけが玄関に響く。ふいに、思い出したように裕貴に問われた。「ねえ、おれがこの部屋からいなくなるの嫌?」 なぜ急にこんなことを聞いてくるのか、啓太郎には意味がわからなかった。濡れた先端を強く擦り上げると、短く悲鳴を上げて裕貴が顔を背ける。露わになった首筋に唇を這わせながら啓太郎が今度は問いかけた。「なんでそんなことを聞くんだ。お前まさか――」 本当に実家に帰るつもりでは、と心配したが、そうではなかった。顔を背けたまま裕貴が口元にちらりと笑みを浮かべる。「だってさ、ショウルームにいる間の啓太郎って、ずっと不安そうな顔してるんだもん。もしかして、おれが実家に帰ると思って心配してるのかなあって」 自覚がなかっただけに、啓太郎は激しくうろたえる。だが、裕貴の前でムキになるわけにもいかない。裕貴の余裕を失わせるため、愛撫を続けているものの括れを指の輪できつく締めつけた。「あうっ」 裕貴の足元が大きく乱
Last Updated: 2026-06-30