LOGIN俺は冒険者じゃない、ギルドの調査員だ。 地味で、胃に悪くて、割に合わない仕事ばかり。 だが、その裏にはいつも人間の欲と秘密がある。 見なかったことにできれば楽だった。 けれど、気づいてしまった以上、放ってはおけない。 これは、冒険者じゃない俺が、冒険より厄介な事件に首を突っ込む話だ。 泣けるか笑えるかは知らんが――まぁ、付き合ってくれ。
View More「おらぁ、もういっちょ!」
「グギィィィ」
逃げ惑う魔物を、後ろから容赦なく切り捨てる。
情けなんてかけている場合じゃない。
「お前、逃げんなっ」
全力で投げた石ころが、ガツンッ! とゴブリンの側頭部を打ち抜く。
「ギャッ!」
「はぁ、キリがねぇ」
一体、何匹いるんだか。
反対側は、ナックが踏ん張ってるからいいとして……。
え? 何やってるかって?
どっかの馬鹿な冒険者のせいで、絶賛、山の中をゴブリンと大運動会中だ。
定時は過ぎてんだけどな。
このまま帰ったら、ゴブリンじゃなくて、俺の首が飛びかねない。
だったら、やるしかないだろ?
「こなクソォ~!」
ヤケクソ気味に森の中を疾走中、異様な光が目に入った。
近寄ってみれば、ひしゃげた金属の残骸だった。
「魔道具か?」
証拠は確保。
何かは知らん。
今は、それどころじゃねぇ。
あとで調べりゃいいだろう。
「チッ! まだ、いた」
……こりゃ、徹夜だな。
◇ ◆ ◇
「あぁ~、眠ぃ、胃が痛ぇ」
よりにもよって、朝っぱらからだ。
冒険者の英雄様が魔物をぶっ倒す裏で、誰が後始末してると思う?
そう、俺。
ギルド所属の調査員だ。
冒険者に依頼を出したり、冒険者がやらかした後の尻拭いが、俺の仕事。
つい先日も魔物の群れのボスを先に排除しちまうもんだから、雑魚は逃げるわ、逃げる。
近隣に被害が出る前に運動会よろしく、山の中を駆け回ってたところだ。
つまり――事件が片付くころ、俺の胃はだいたい死んでる。
もうちょい考えて討伐してくれ……ほんとに。
なんで、そんなことしてるのかって?
話すと長いわりには、大したことないから手短にするぞ?
人生ってのは思ったよりも短い。
二度目の人生ともなれば、なおさらだ。
この世界に産まれ落ち、あっという間に二十年経った。
前世? まぁ社会人やって、気がついたらこっちの世界でガキになってた。
ありがちな話だろ。
しかも拾ってくれたのが霧の魔女。
世間じゃ恐れられてるらしいが、俺からすれば忘れっぽい母ちゃんだ。
……飯はまともに作れないし、古臭い口調でのじゃのじゃ言うし。
まともに母親かって聞かれると、返答に困るけど。
そんなこんなで育てられた俺は、気がつきゃ冒険者になって、最年少で中級までいって、怪我で引退したことになっている。
今はギルドの調査員。
ようするに裏方だ。
冒険者に夢見てるやつらからしたら、地味で退屈に見えるかもしれない。
だが俺からすれば、これが案外ちょうどいい。
事件の裏側が、ちょいとばかし見える気がするしな。
……さて、今日も石橋を叩いて壊して、自分で架ける仕事の始まりだ。
背負い袋をあさって、飯を取り出す。 テッタの唐揚げは土産だから……これしかないか。 黒パンを片手に、辺りを見渡す。 この辺も変わってねぇなあ。 見渡す限り、森、森、森……まぁ、全部、緑色だ。 とはいえ、木は木でも、実はみんな結構違うもんだ。 それを目印に進んでるんだけどな。 方向感でいえば、実家の場所はすぐわかる。 なんでかって? 魔力感知をして、こんなに離れていてもわかるほど、馬鹿デカイ魔力がある方向に向かえば――だいたい家に辿り着く。 な、簡単だろ。 さてと、ミミズちゃんは居なくなったようだ。 遠くで地竜の鳴き声が聞こえたが、こっちには来ないだろう。 あいつらは知性がある。 わかっているから、魔女の縄張りには入って来ない。 ……身の程をわきまえてるんだよな。 魔鳥の鳴き声も、もう聞こえない。 ……このまま行くか。 辺りはすっかり日も落ち、夜の森が近づいてくる。 夜は魔物も活発になり、危険だ。 この辺りまで来ると、もう魔物界の強者がゴロゴロしてる危険地帯。 上級冒険者のパーティーを、即座に壊滅に追い込むような魔物だらけだ。 伝承に登場するような魔狼の遠吠えが響く。 異様にデカイ影が横切り、見上げれば大きな飛竜が夜空を舞っていた。 視線を戻し辺りを見渡せば、一見、幻想的にも見える美しい光――だがその正体は幻魔の類だ。 ……伝説のオンパレードだな。 例外はあるが、知性のある魔物ほど俺に襲いかかって来ない。 なんでだろうな。 魔女の知り合いだからなのか……それは不明だ。 だが、何か報復を恐れているような、そんな感じがする。 知性があると言えばドラゴンだが……あいつらは魔物なのか、別の生物なのかは、いま
報告を終えると、俺は自由の身になった。 自由最高っ!! これでやっと、ゆっくり寝れるぜ。 でもおかしいよな。 ゆっくり寝るために、仕事してるんじゃねぇっての。 そんなことを心の奥でぼやきつつ、テッタの食堂へ足を向ける。 もう昼飯食って、寝るに限る。 そんでもって翌日。 俺は晴れて休日を手に入れた。 なんと十日も。 課長からすれば、それに値する働きだったのだろう。 だが、よくよく考えてみると、霧の森から命懸けで任務をこなして帰った報酬が、休み十日分ってどうなんだ? 冒険者なら金貨の山を抱えて帰ってる案件だぞ、これ。 傭兵なら一週間は酒と女で豪遊だ。 俺? 布団と枕が豪遊先ってわけだ。 なので俺は決めた。 休日初日。 俺は旅に出ることにした。 別に本気で各地を回る気じゃない。 ただの帰省だ。 課長に許可をもらい、十日で帰る予定。 仲間に挨拶を済ませて、いざ実家へ。 南門をくぐり、街道を進む。 夏の匂いが濃くなってきて、草木は青々と茂り、道端には小さな花が揺れていた。 ……前に帰ったのは三年前か。 母ちゃん、ちゃんと飯食ってんのかな。 それだけが心配だ。 俺がいなくなった途端、味付けなしの素材をワイルドにむさぼってる生活に戻ってなきゃいいが……。 ……ネギとしめじは庭で採れるだろ。あとは……。 ああ、母ちゃんがまともに食う食事ってな、なぜか蒸し鶏なんだよ。 初めて作った時にな、妙に気に入ったらしくて、そればっか食うんだ。 ……味覚が変わってなきゃいいけどな。 服も……洗濯してるよな? またカビだらけになってたら、俺、発狂する自信があるぞ。
馬を預けて通りを進む。 あちこちで片付けや消火が続いていて、街全体が疲れ切ってるのがわかる。 けれど、不思議とみんなの顔は晴れやかだった。 ギルドの前で、笑顔満点のカエデとテッタが大きく手を振っているのが見えた。 元気そうでなによりだ。 酒場の前では、渋い二人。 ジョナスとゼットが俺の顔を見て頷いた。 ……二人ともサンキュー。助かったよ。 食堂の前で立ち話していたタマ婆さんとハクユウがこちらに気づくと、よくやったとばかりに静かに頷いた。 その様子に、俺も手を上げて応じる。 ……こっちも、随分助けられたしな。「アルさん、おかえりなさい」 「アル兄、おかえり。今、朝飯作ってくるからな。中で待ってろ!」 「おう、ただいまだな」 ありがてぇ、ありがてぇ……。「課長が、アルさんが戻ったら……報告書、書かせておけって」 「……はいはい。やりますよ」 ◇ ◆ ◇ テッタの用意してくれた朝食を片手に、報告書を書き殴る。「アルさん、結局コレル神父ってどこに行ったんですかね?」 カエデが首を傾げながら、聞いてきた。 ……ああ、そうか。 森でコンニチハしたの、こいつらは知らないんだったな。「コレル神父か。あいつな、俺を追ってきて『鍵返せ~』って騒いでたんだが……魔物に連れてかれちまったよ」 柔らか~く、カエデにはそう伝えた。 カエデは「うわぁ……」と引いた顔をしていたが、まぁ事実をそのまま伝えたら卒倒しかねない。 これくらいで正解だろう。「カエデ、受付はいいのか?」 「う~ん、たぶん二、三日は皆さん来
俺は自宅の庭で頭のおかしい聖職者から、これまた有難くもないイカレた説教を聞かされ、うんざりしながら庭を後にした。 森を抜ければ、外はすっかり夜明け前の景色だった。 冷たい空気が肺にしみて、やけに生きてる実感がある。 ……徹夜で死闘のあとに実感なんざ、いらねぇんだけどな。 儀式の余波も気になるところだが――「守りは任せろ」とか言ってたんだから、任せてもバチは当たらないだろう。 それでも、やっぱり気になってしまうのが俺の悪いところだ。 そうぼやきつつ、馬を繋いである場所へと足を向けた。「おっ! ちゃんと待ってるじゃねぇか」 この馬は賢い。 それはもう、ナックよりは賢いんじゃないかと思うくらいには賢い。 たてがみを軽く撫でてから、その背に跨る。「んじゃ、帰るか」 朝日を横目に、ペテルを目指して馬を飛ばす。 街の輪郭がぼんやりと見え始めた頃――異変に気づいた。 城門前に、やけにでかい影がいる。 ……おかしいな。 残業で徹夜して、出張に行って帰ってきたら、後処理が待ってました――そんな気分だ。 ◇ ◆ ◇ 城門前のデカい影。 近くまで来るとよくわかる。 鈍重そうに動くその巨体は、朝焼けの光に照らされてもなお異様だった。 皮膚はまだらに裂け、肉塊のように膨れあがり、まるで人間の手足や胴体を無理やり繋ぎ合わせたかのような……。 吐き気が込み上げる。 見間違いようがない。 おそらく、儀式の余波で生まれた化け物――フレッシュゴーレム。 吐き気をこらえながら、俺は身体強化した目で遠巻きに観察する。 城門は固く閉ざされたまま。 門の前での戦
陽が落ちた廃村の全体を、ざっと見回す。 家はどれも朽ちてはいるが、焼け跡や血痕は見当たらない。 魔物に襲われて、滅んだ感じじゃなさそうだ。 ……雰囲気だけは、最高に不気味だな。 ナックの足跡は、村の奥の小屋へと続いている。 小屋の前に立ち、呼吸を整える。 聴覚を強化――息遣いは、ない。「おいナック、死んでねぇよな」 ゆっくりと扉を押し開け、中を覗き込む。 誰もいない。
倉庫の中は、まるで三すくみの絵図だった。 俺と警備隊、そして向かい合うムーンフェイドとデーモン。 デーモンはまだ自分の体を確かめるのに夢中だ。 指を一本ずつ曲げ伸ばし、首をこきりと傾け、肩を鳴らす――新品の肉体試運転中ってやつだ。 一方ムーンフェイドは違った。 あいつはもう、確実にこっちに狙いを定めている。 生気のない目が、まるで獲物を見据える獣みたいに。 格好よく登場したつもりだが、さてどうしたものか。 いや、どうもしようがない。
ギルドを出て真っ先に向かったのは道具屋。 扉を開けると、相変わらず渋い声が飛んできた。「また来たのかい」 「まあな。ちょっと追加でな。で、匂い消しと痺れ草、あるか?」 「あるよ……なんだ、ゴブリンか?」 さすがタマ婆。 伊達に年季は食ってねぇ。 俺の買う道具を見りゃ、相手が何かだいたい察してしまう。 この街でそういう芸当ができるのは、この婆さんくらいだろう。 代金を置くと、タマ婆が小さく鼻を鳴らした。
胃がきゅっと縮む音が、自分で聞こえた気がした。 先頭の一匹が鼻を鳴らした瞬間、地面が揺れた。 ドドドッと一直線、丸太みたいな胴体が突っ込んでくる。「っとと!」 ほいっと身をひねって避ける。 掠める風圧で背中が熱くなる。 柵どころか、家一軒くらい簡単に持っていきそうな勢いだな、これ。 振り返る間もなく、二匹目が蹄を掻き鳴らす。 完全に突進モード。 ……匂いじゃねぇ。こいつら、こっちを見て狙ってやがる。「夜行性じゃなかったのかよっ!」 昼間からギラついた目で狙ってくるワイルドボアなんざ、教本に載せたら赤点食らうレベルのイレギュラーだ。 二匹目の突進も、ギリギリで