ログイン人生初のアルバイトで、憧れのアイスクリーム店の店員として働くことになった小瀧南緒(こたきなお)。 しかし、そこで小瀧の指導係になったのは、やる気なし・面倒くさがり・しかも超意地悪な同い年の佐伯澄人(さえきすみと)だった。 お互いにいがみ合いながらも、佐伯は何だかんだと仕事を教えてくれて、勤務初日から距離も近くて……? 好きな子にだけ押しが強めの口悪ダウナー攻め×翻弄されまくりの愛され平凡受けの物語。
もっと見る大学生になって初めて挑戦するアルバイトは、小さい頃から大好きだったアイスクリームショップの店員だった。
海外風のポップな内装。アイスケースには、カラフルで何十種類ものアイスが並んでいる。
接客は明るく、家族とでも友達とでも、アイスを食べるならこの店一択――と言っていいほど馴染みのある店だ。
まさか、自分がこの店で働けるなんて、少し夢みたいだった。今日はその初日。緊張と期待で、朝からずっと胸が高鳴っている。
「
「店長の佐藤です。こちらこそ今日から宜しくね!」
佐藤店長の名札には、金の星が三つ光っていて、社員としても仕事が出来る人なんだと分かる。明るいし、ハキハキしているし、佇まいも堂々としている。しっかり教育してくれそうな雰囲気に、俺は背筋がピンと伸びる思いがした。
副店長やバイザーにも挨拶を済ませ、店長に案内されながら、従業員向けの休憩スペースに案内された。
店長と向かい合って座り、オリエンテーションとして綴られたファイルを読み合わせながら、大まかな説明を受けた。
すると、休憩室のドアが開いて、一人の男性が入ってきた。勤怠を記録する機械にスマホのQRコードをかざす。店長は俺につられたように顔を上げると、その男性の姿を見て微笑んだ。
「ああ、ちょうどいい所に。佐伯くん、ちょっとこっちに来てくれる?」
「はい」
声をかけられた「佐伯」という男性は、出勤したばかりのようで、上着姿のまま足をとめた。
「小瀧くん、アルバイトリーダーの
第一印象は、正直いって抜群だった。
整った顔立ちに、すっとした長身。ダークアッシュの髪はセンターパートで軽くセットされている。涼しげな目元で、誰がどう見てもイケメン。
友達から『あの店舗って顔採用あるらしいよ』と聞いたことがけれど、確かにその噂は本当だったと思うほどだった。
「佐伯くん、こちらが新しく入った、
店長にそう紹介されて、俺は軽く会釈する。
「あ……えっと、小瀧です。宜しくお願いします」
目の前にいる俺を見下ろして、腕を組んだまま顔をじっと見つめられた。
「えー、マジすか。教えるのめんどくさ……俺、やりたくないんですけど」
さっきまでのクールな雰囲気はどこへやら、あくびをかみ殺しながら、あからさまに面倒そうに頭をかいた。
そのだらしない態度にぎょっとして、思わず固まる。
信じられない。店長の前で、その態度ってアリなのか?
「でも、佐伯くんと小瀧くんは同い年だから。話も合うと思うよ?」
店長が苦笑いしながら、なんとか場をおさめようとしてくれる。
同い年で、バイトリーダーってことは、高校生の時から働いてるのか……?
信じられないような気持ちで眉間に皺を寄せると、佐伯はポケットに手を突っ込んだまま言う。
「へぇ……同い年ってことは大学二年? アンタ、どこ大?」
「明成大ですけど……」
「はっ、Fランじゃん」
背も、頭も、まとめて上から踏みつけられるような言い方に、さすがに口が半開きになる。
店長は軽く苦笑いしつつ、「大丈夫、仕事はできる子だから!」とだけ言って、その場を離れていった。
佐伯は俺をちらっと一瞥しただけで、表情ひとつ変えない。
第一印象の“かっこいい”なんて、もう頭から吹き飛んでいた。
冷たい。無関心。面倒くさそう。
こいつが俺の指導係? 本気で嫌なんだけど。
「で、名前なんだっけ?」
「えっと……小瀧です。よろしくお願いします」
「あー、もうマジでやだ。無理そ。とりあえず同じことは二回言わないから、メモ取って」
……なんでお前は二回も名前を聞くくせに、俺にそんなことが言えるんだ。
加えて、完全にやる気ゼロの声に、逆に火がついた。
こうなったら、一言一句、全部メモしてやる。
負けっぱなしで初日を終えるなんて、絶対に嫌だった。
分かりやすく動揺して、俺と指輪を交互に見て、頭を抱える。「一日中、それ付けたまま過ごしてた。 歯磨いて、着替えて、車で俺の隣に座って、普通に喋って、笑って」「……じゃあさ、IKEA行ったのも……?」「逆に聞くけど。何のために行ったと思ってた?」「え、えっと……普通に、デート……?」 内心でため息をついて、その額を小突かずにはいられなかった。「ほんとバカ。同棲の下見以外に、何があるんだよ」 小瀧の瞳が、ゆっくりと潤んでいく。「……ねえ、佐伯。ちゃんと……言葉で、伝えてほしいんだけど」 潤んだ大きな瞳で、真正面から見つめられる。 逃げ場のない視線だった。 理屈も計算も一切通じない、感情だけの要求。 それを拒めるほど、俺は冷酷じゃない。「……分かった」 短く答えて、床に片膝をつく。 視線を向けると、小瀧の呼吸が一瞬止まったのが分かった。 ベッドに腰掛ける小瀧の手を取り、指輪を嵌めた薬指に、静かに唇を落とす。 誓いは、演出じゃない。 必要な言葉を、必要なだけ使う場だ。「俺の人生をかけて、全てを捧げてでも。南緒を幸せにするって誓う。南緒なしの人生は考えられない。……ずっと、俺の隣で笑っててほしい」 言い切る前から、小瀧の涙腺は決壊していた。 溜めていた涙が、堰を切ったように零れ落ちる。「俺の家に、灯りをともして待っててくれるって言ったじゃん。だから、大学を出るまで、ここで一緒に暮らそう。卒業して、ある程度仕事したら……フランスに来て。俺と、結婚してほしい」 当然、頷くと思っていた。 けれど最初に返ってきたのは、不安に塗れた言葉だった。「……ねぇ、本当に……お、俺でいいの……? うるさいし、バカだし……っ。お釣りの計算できないし、カップラーメンもレンジで温めちゃうし……」 自覚は、あるらしい。 少なくなる出し方の計算が出来ずに、財布に溜まり続ける小銭。 カップラーメンを作る時、お湯がないからと水を入れて電子レンジに突っ込んで、飛び散った青い閃光にパニックを起こしていたこともあった。「いいよ。そういうの、俺の人生と無縁すぎて、逆に面白いし」 理解不能な行動を、平然と繰り出してくる。 怒りながらも、どこかで楽しんでいる自分がいるのも事実だった。 あり得ないことが、あり得る。 小瀧はいつも、それ
「し、新婚旅行? 待って、何の話? 飛躍しすぎじゃない?」「は? どうせそのうち行くに決まってんだから、飛躍はしてないだろ」 小瀧が盛大に咽せた。咳き込みながら目尻に涙を溜め、非難の色を隠しもしない視線を向けてくる。 なぜそんな反応になるのかが分からない。 行くことが前提の話をしただけだ。予定の確認ですらない。事実の提示だ。「そ、そういうのってさぁ、ロマンチックなレストランとか予約して、プロポーズして、指輪嵌めてから二人で考える事だから! てか、フランスの人ってめちゃくちゃ熱烈なプロポーズとかするもんなんじゃないの? この前テレビで見たもん、見てるこっちが恥ずかしくなるようなあっちぃ事言ってんの!」 情報量が多い。 しかも論点が散らかっている。さすがFラン。 ロマンチック、レストラン、テレビ、フランス人。 どれも意思決定には不要な要素だ。「うわ、めんどくせ……俺がそういう事すんの好きじゃねぇって分かるだろ、普通」 感情を盛り上げる儀式に価値を感じないのは、今に始まったことじゃない。 それを「普通」と言っていいかは知らないが、少なくとも小瀧は理解しているはずだと思っていた。「佐伯の好き嫌いなんか聞いてねーし! あー、もう。とにかく、佐伯は順序がおかしいってば」 順序。 その単語が出てきた時点で、また小瀧基準の話かと思った。「いつか妻にしてくれるんですよね?」と聞いてきたのは向こうだ。 だから「パスポートを作れ」と言った。「嫁に貰ってやってもいい」とも言った。 指輪も受け取った。 そして、今も身につけている。 それでも足りないらしい。 レストランという舞台装置と、感情過多な台詞と、外野から仕入れた「フランス人像」が揃って、ようやく正しい順序になるようだ。 理解はできないが、把握はした。 頭の出来は良くないのに、そういう余計な情報だけは記憶に残る。その選別基準の歪さが、少しだけ興味深かった。 こちらは合意と事実で進める。向こうは雰囲気と感情で納得したい。 噛み合わない理由を考えるのは無駄。そう結論づけて、俺は家に帰った。*** 上着をハンガーにかけ、ベッドに腰を下ろした瞬間だった。 小瀧は迷いも躊躇もなく、当然の動作みたいに俺の脚に跨ってくる。 身体が崩れないように腰に手を添えると、小瀧
翌朝は、小瀧の反応を確認するため、いつもより少しだけ早く起きてコーヒーを飲んでいた。 待ち構える、というほど大袈裟でもないが、状況確認のための準備だ。 片手でスマホを操作していると、寝室から小瀧が出て来た。 左手の薬指には、当然のように婚約指輪を嵌めたまま。 ただ、想像していた反応がない。 歓声でも、抗議でも、何かしらのリアクションがあると思っていたが、それがない。 小瀧はそのまま洗面所へ行き、歯ブラシを咥え、寝癖頭のまま目を擦っている。 一瞬だけ、まさか気付いていないのか、という考えが頭を掠めた。しかし、流石にそれはないだろうと即座に否定する。それでも視線が外せず、無意識に凝視していた。 何も言わない理由は何だ。恥ずかしいのか? それとも、もう「パスポートを作れ」とも言われたし、「はいはい、指輪ね」と処理済みなのか。 大抵のことは予測の範囲内なのに、この沈黙だけは判断材料が足りなかった。 まあ、ノーリアクションでも別にいいか。話は早い方がいい。 お互い大学とバイトで時間は限られている。小瀧が了承している前提なら、今からIKEAに行って、最低限、同棲に必要なベッドだけは決めたい。「あと20分で出る」「はぁ!?鬼!恋人がお洒落する時間もくれないなんて!」「別にお洒落なんかしなくてもいいだろ、その顔面なら」 事実を言っただけなのに。 なぜか小瀧はそれを悪意として受け取ったらしく、「悪魔」だの何だの、歯ブラシを咥えたまま一方的に罵ってくる。 どこをどう誤解したのか分からない。 ただ単に、思っていることをそのまま口にしただけだ。 服装も髪型も関係ない。 俺から見れば小瀧は「普通に」整っている。 というか、変にお洒落なんかして欲しくないのが本音だった。 芸能人みたいに綺麗とか、可愛いとかではないにしろ、コイツには人の目を惹きつける華がある。 文句を垂れ流しながらも、結局俺のクローゼットからカーディガンを引っ張り出して黙って羽織っている。 さっきまで怒っていたくせに、この行動は変わらない。 こいつは俺の匂いというか、俺のものに包まれている状態が好きなんだろう。恋人になる前からそうだ。 俺の匂いを香水と勘違いして好きだのなんだの言ってきたこともあった。もはや習性だ。 そう考えると、人間という
俺を産んだ人の顔も、声もほとんど思い出せないのに。 異常だ。未熟だ。 それでも――永久に手に入れられないと分かっているから。 五歳の誕生日の夜に、それを突きつけられたから。 小瀧に、必死で母性と愛情を求めてしまう。「……は、ぁっ……奥、それ以上だめ……!」 涙声で言われても、止めることが出来ない。 熱くて、絡みついて、蕩けさせるような快感と、もう二度と手に入らない「何か」を埋めて欲しい衝動。 激しくは動かさずに、そっと小瀧の下腹部に触れながら、限界まで自身を奥へ奥へと沈める。 罪悪感を感じながらも、歯止めが効かない。「苦しいよな……ごめん、ごめん、南緒……っ」 毎回毎回、これの繰り返し。 小瀧はまさか、俺がそんな歪んだ気持ちで身体を打ちつけているなんて思いもしないだろう。「は、ぁっ……澄人、気持ちい……?」「うん。すげぇ気持ちいい。……安心する。もう少しこのままでも良い?」「ん……いいよ……」「南緒のことも、ちゃんと気持ち良くするから」 打ち明ける勇気もない。 ただただ、体の内側で腫れ上がって、破れそうに膨らんで。 自分がどんな顔をしているのかも分からない。 けど、小瀧はいつも、俺の心の奥を見透かすみたいに言うのだ。 「……澄人のこと、俺の身体で慰められるなら、嬉しい……」 小瀧に受け止めてもらえることで、満たされるのを繰り返していた。 ハグも、キスも、セックスも。どれも確かに愛情を伝えるための手段。 けれど今夜だけは、それよりもずっと明確に、「言葉」で伝えたいことがあった。「……愛してる」 多分、付き合ってから初めて口にした言葉だった。 ずっと言わなかったのは、言葉にしてしまえば、羽よりも軽くなって、どこかへ飛んでいってしまいそうな気がしていたからだ。「……うん、俺も……っ」 そう返す小瀧の顔が、驚くほど素直で、心から嬉しそうで。 体を震わせながら首元にしがみついて、すべてを預けてくる姿を見て、はっきりと思った。 ――ああ、やっぱり、一生離してやれない。 事が終わると、小瀧は俺の腕の中で力を抜き、ゆっくりと呼吸を整えていた。 背中に回した手で、一定のリズムで撫でる。 汗と体温と、混じり合った匂いが、まだはっきりと残っている。 小瀧は何も言わず、俺の胸に額を押しつけてきた
レジのお金を全部機械に入れて、表示された金額と同じになるよう手作業で数える、というものだった。「早くしてくんない? レジ金合わないと帰れないからね」「ご、ごめん……!」 大量のお札と小銭を数えるけれど、なかなか金額が合わない。どこで間違えているのかも、正直分かっていない。 二回目も合わせることが出来なくて、退勤時間をとっくに過ぎているのが申し訳なくなってきた。「……あの……やっぱり合わないから、手伝ってもらっていい?」 ムカつくけど、できるだけ低姿勢で丁寧に助けを求めてみた。 けど、佐伯はパイプ椅子で足を組んで座ったまま、スマホから視線だけを俺に移して言った。「無理。……簡
「じゃあ、次はクレープね。こっち来て」 促されるまま、鉄板の前に立つ。温かい鉄板からジュウッと小さな音がする。 佐伯はクレープの素がたっぷり入った銀色の入れ物を指差し、大きなお玉でそれを掬って見せた。「生地流して、広げて……鉄板回すのはこうやって」 手際よく、生地を丸く広げていく佐伯。あっという間にクレープの生地がまな板の上に完成し、パパッと手早く店のロゴ入りの包装紙を巻きつけて、俺の顔の前に突き出した。「食って」「え?」「いいから、一口食ってみて」 突然の言葉に狼狽えながら、俺は手を伸ばす。 でも、佐伯が根本をしっかり握っているので、つまりそのまま食べろってことだと理解し
まずはアイスの種類を覚えるように言われたけど、種類が多いし、似た名前もあって、頭の中はもうごちゃごちゃになっていた。 ケースの端から端までメモを取りながら、呪文のように長い商品名の略語を確認していく。 けれど、チョコレート味のコーナーに差し掛かると、さらに混乱した。 同じような色合いのパッケージ、違いはパッと見ただけじゃ全然わからない。「えっと……これがチョコチップで、これがダブルチョコ……?」「ちがうし。逆だし」「あ、ありがと。じゃあこっちがダブルで――」 俺がアイスを指差して振り返ると、佐伯はアイスのカップを補充しながら、鼻で笑うように言った。「小瀧って脳みそ何グラム?」
大学生になって初めて挑戦するアルバイトは、小さい頃から大好きだったアイスクリームショップの店員だった。 海外風のポップな内装。アイスケースには、カラフルで何十種類ものアイスが並んでいる。 接客は明るく、家族とでも友達とでも、アイスを食べるならこの店一択――と言っていいほど馴染みのある店だ。 まさか、自分がこの店で働けるなんて、少し夢みたいだった。今日はその初日。緊張と期待で、朝からずっと胸が高鳴っている。「小瀧です、宜しくお願いします」「店長の佐藤です。こちらこそ今日から宜しくね!」 佐藤店長の名札には、金の星が三つ光っていて、社員としても仕事が出来る人なんだと分か