تسجيل الدخول何事もなく、2週間ほどの未来の滞在期間が過ぎ、未来は本国へ帰った。夏休みももうすぐ終わる。9月から、遥貴は小学生最後の学年になる。 8月下旬のある日、未来のスマートフォンに健斗から電話がかかってきた。電話が来るのは珍しい。明け方の5時だった。時差があるので、健斗のいるイギリスでは夜の8時だ。まだ寝ていた未来が何とか電話に出ると、切羽詰まった健斗の声が耳を貫いた。「未来、大変だ!遥貴がいなくなった!どうしよう、誘拐されたのだろうか?ああ、独りにしなけりゃよかった。家から近い友達の所に行くからと、自転車で出かけたんだよ。」「健斗、落ち着け。いなくなったって、どういうことだ?友達の家には確認したのか?」未来が問うと、健斗は泣きそうな声で説明した。「友達の家からは夕方5時過ぎに出たそうなんだ。6時になっても帰ってこないから連絡した。それから探しに出かけたが、道の途中に遥貴の自転車が止めてあったんだ。そこで連れ去られたとしか考えられない!」「それで、警察には連絡したのか?」「したよ。今も探してくれている。だが、もしかしたら、もうそっちに向かっているんじゃないかと思って。」未来は、やっと状況が飲み込めて来た。きっとそうだ。遥貴は我が国の誰かに連れ去られ、おそらく飛行機で我が国に向かっているに違いない。まだしばらくは到着しないだろうから、これから着陸する飛行機を当たれば、あるいは探し当てることができるかもしれない。「分かった。俺がこっちで探してみる。連絡を待っていろ!」そう言って、未来は電話を切った。こうしちゃいられない。未来はすぐに飛び起きて支度をし、家を飛び出した。
食事が終わり、未来は遥貴の部屋に行った。この3年の間に何をして、どこへ行って、どんな事を感じたのか。さっきははにかんでいたものの、やはりまだ小学生。遥貴は未来に写真を見せたり、作った工作を見せたりしながら、いろいろと語ってくれた。背は伸びても、やはり子供だと、未来はベッドに並んで腰かけ、時々遥貴の頭を撫でながら思っていた。「ああ、俺にも子供がいたらなあ。遥貴みたいな子供が。」最後にそう言って遥貴の頭をなでなですると、遥貴は真面目な顔で、「じゃあ、僕はこれから未来の子になろうか?」と言った。未来は、この顔で俺の子はないだろう、と内心で思いながら、遥貴の優しさに顔をほころばせた。 遥貴にお休みを言ってから、未来は健斗に尋ねた。「遥貴はさ、自分の出生の事情、どこまで知ってるんだ?」健斗は一瞬沈黙した後、「クローンだって事は、言ってないんだ。」と言った。「じゃあ、どこかに母親がいると思っているのか?」未来が言うと、健斗はただ頷いた。「そうか。まあ、クローンという話はしにくいか。だけど、そのうち母親に会いたいとか、考えたりするだろうよ。」未来が言うと、「未来さ、お前、上手く話してやってくれないかな?」健斗がそんな事を言い出した。「は?俺が?そんな大事な事、他人が話していいのかよ。」未来が驚いて言うと、「他人の方が話しやすいというか、遥貴が聞きやすいかなと思ってさ。いや、ただの他人じゃだめだけど、未来ならいいんじゃないか、と。」健斗が変な事を言う。「そうかぁ?たまにしか会わないような、俺がか?」未来は怪訝そうに言った。「だってさ、未来は頭がいいし、なにしろ、遥貴が大好きな相手だしさ。」そう言われて、未来は悪い気がしなかった。「分かったよ。滞在中に何とか話してみるよ。」と、つい請け合ってしまった。 未来と遥貴はいろいろなところへ出かけた。時にはロンドンまで行って買い物をしたり、映画を見たりした。ハリーポッターの映画に出てくる場所を巡ったり、2階建てバスにも乗った。ある時は近くに釣りに出かけた。その時、静かな場所で、親2人もいないところで、例の話を切り出した。「遥貴はさ、自分がどうやって生まれたのか、知りたいか?」未来がぽつりと言うと、遥貴は未来の横顔を凝視した。「未来は、知ってるの?僕が生まれた時の事を。」遥貴が問う
月日が流れ、遥貴が12歳になった。未来は、ここ3年ほどご無沙汰していたが、久しぶりに尊人たちに会いに出かけた。夏の休暇である。 飛行機でロンドンに到着し、そこから電車とバスで北上し、途中からは追跡などを逃れるため、徒歩で向かった。しばらく歩くと一面の畑。見渡す限り誰もいない状態がずっと続く。これなら、後を付けられているという心配もなかった。ロンドンには明け方着いたのに、尊人たちの家に到着したのは夕暮れ時だった。 家の玄関が見えてくると、玄関のドアが開いた。そう、いつもこのパターンなのだ。未来が到着するのを首を長くして待っている遥貴が、窓から外を眺めていて、未来を見つけると家から飛び出して来て出迎えてくれるのだ。たまにしか会えないので、小さい頃は毎回初対面のように人見知りされたが、小学校に上がる頃からは未来を覚えていてくれて、いつも飛びついて歓迎してくれるようになった。滞在中は遊んでくれるので、遥貴は未来の事が大好きだった。今回は3年ぶり。いつも大きくなった遥貴に驚く未来だが、今回はどれほど大きくなったかとワクワクしていた。そして、玄関から飛び出してくると思った遥貴は、なかなか飛び出して来ない。未来はどんどん進んで、もうすぐ着いてしまうという所で、やっと遥貴が出てきた。 未来の足は、止まった。一瞬、尊人が出てきたのかと思った。だが、若く、表情があどけなく、これは、間違いなく遥貴だと思って、そして、この前会った時との変化に、驚いた。子供で、飛びついてきて抱っこしていた遥貴が、背が伸びてすっかり男になって、ちょっとはにかみながら、未来を見ている遥貴。「いらっしゃい。」そう、言った遥貴に、更にびっくり。声が低くなっている。甲高い声で「みらいー!」と叫びながら出てきた遥貴を思い出し、もうあの遥貴はいないのだと思って、そして、やはり尊人に声まで似ているのだと思って、もう、パニックだった。しばし声が出ない。 数秒間見つめ合ってから、やっと未来は口がきけるようになった。「遥貴、ずいぶん大きくなったな。俺は……びっくりしちゃったよ。」「そりゃそうだよ。ずっと来てくれなかったから。」遥貴は夕陽に照らされて、顔が赤く目がキラキラしていた。未来は、その顔をずっと見ていたいと思った。 が、そうもいかなかった。玄関から、健斗が顔を出したのだ。「未来!よく来たな。入れよ
未来は本国へ戻り、自衛官から外務省の官僚に転身した。首相は交代し、もう未来の顔を知る人物ではなくなった。与党は、国王がいなくなった今、この国を大統領制にしようという方向で動き出していた。憲法を変えるわけだから、そう簡単ではないが、世論も少しずつその方向へ動いていた。しかし、国王制を復活させたいという王制復権党という新たな政党ができ、少しずつ力を付けていった。 未来は、2~3年に一度、尊人達の元へ遊びに行った。彼らはロンドン郊外の田園都市に居を移し、畑仕事や酪農を細々とやって生計を立てていた。ほぼ自給自足のような生活だった。尊人のクローンベイビーは遥貴(はるき)と名付けられ、すくすくと育っていた。12歳まではなんとか隠しておかなくては、と未来は思っていた。帝王教育は12歳までには始めなければ手遅れになると言われている。13歳になってしまえば、遥貴を狙う者もいなくなるだろうと思っていた。 王制復権党の主張は、尊人を解放し、元通りに王制を復活させようというものだった。しかし、尊人が国王を辞めたがっていた事は多くの国民の知るところとなっているので、そう言った意味では、世論はこの政党にほとんど理解を示していなかった。だが、王制復権党の主張が変わってきた事を、未来は敏感に感じ取っていた。かの党は、「尊人様」ではなく「王家の血を引くお方」を再び国王に、と言い始めたのだ。一般的には尊人の姉たちの子供の事か、もしくは瑠璃子のいとこの子供辺りかと思われていた。だが、実はそこに男の子はいない。今は女王も認められているが、この政党は元々女王制度には反対していた議員が多く、未来はそこが引っかかっていた。女王でも良いから国王制を、と訴え始めたのか、それとも……遥貴を見つけたか。そもそも、クローンの話を持ち掛けたのが、この政党に関係する誰かではなかったか、と未来は睨んでいる。上手く逃げたから良かったが、そうでなければ今頃遥貴はこの国に連れて来られ、国王候補として担ぎ上げられていたかもしれない。 そうして大統領制にするか、王制を復活させるか、世論が定まらぬまま歳月は流れた。首相が更に代替わりした頃、国内の景気が悪化し、ついこの間まで人手不足だと言って外国人労働者を盛んに登用していたのがウソのように、今度は就職難。若者が職に就けないという不況が始まったのだった。好景気と不景気は繰り返すもの
1年半後、未来は休暇を取り、尊人と健斗の元へ遊びにやってきた。出迎えは要らないといってあり、懐かしいかつての我が家へ直接訪れた。「やあ!来たぞ。」玄関を開けて入っていくと、尊人がキッチンで料理をしていた。「未来!お帰り!元気か?」尊人が嬉しそうに振り返った。未来は笑顔でうんうんと頷く。「健斗は?」未来が問うと、尊人は奥の部屋だと指さす。未来が奥の方へ入っていくと、健斗が振り返った。「おう!未来、よく来たな。」そう言って振り返った健斗の腕には、なんと赤ん坊が抱かれていた。1歳くらいだろうか。もうすっかり髪の毛も生えていて、指をしゃぶっていたが、未来を見ると、指を口から出して未来を指さし、あーだのうーだの言っている。「か、可愛い!」未来は思わず言った。だって、これはまさしく、尊人にそっくりだ。尊人をそのまま小さくしたような、愛らしい円らな瞳。だが、次の瞬間、未来は凍り付いた。尊人が子供を産んだわけはない。まさか尊人が女子に産ませたわけでもあるまい。「どう、したんだよ、この子。まさか……クローン?」自分で言いながら、未来は心臓がバクバクした。健斗は悪びれもせず、「そうなんだ。尊人のクローンベイビーだ。」と言った。「どうやって?そんな金、あるわけないだろう?」未来が言うと、「それがさ、研究段階だからって、お金はかからなかったんだ。」健斗が言う。「それ、その情報はどこから仕入れたんだよ?」「うん、最近引っ越してきた本国から来た人で、うちの生徒さん。子供が欲しいなら、良い方法がありますよって教えてくれたんだ。2人目は俺のクローンを作ればいいって。親切な人だよな。」未来は青くなった。深刻な顔をした未来を、健斗は不思議そうに見ていたが、やがて、「俺……何かまずったか?おい、未来、何かまずいのか?」何か得体のしれない怖さに、健斗もまた青くなって未来に詰め寄った。「いや、分からない。お前たちに子供ができて、育てていくのは悪い事じゃない。だが……。」未来は途中で言葉を切り、考え込んだ。国に尊人の居場所がバレたのだろうか。いや、今や我が国は国王制を廃止したのだ。今更尊人の子孫が生まれたところで、何の関係もないはずだ。だとしたら、誰が尊人の子孫を欲しがるだろうか。もしかしたら、国王制を存続させたい右翼政党かもしれない。「健斗、これは可能
健斗は、尊人の寝室に入って来た。ベッドに腰かけていた尊人は、少しずれて健斗の座る場所を作った。健斗は未来の仕事を引き継ぎ、忍者教室で忍術を教えていた。未来よりも向いているかもしれない。健斗は面白いキャラクターでありながら、身体能力は抜群で、生徒たちの心を掴むのが非常に上手いのだった。そうして、教えるのと鍛えるのとを毎日の日課にしていた。今日もレッスンの後にトレーニングをし、疲れた体をお風呂で癒し、今、尊人のベッドに座ったのである。「健斗、今日もお疲れ様。」尊人が微笑んで言うと、健斗も微笑んで、尊人の頭に手を当てた。そして、その手を肩に滑らせ、ぎゅっと抱き寄せる。尊人は健斗の肩に寄りかかった。そうしてしばらく2人は黙って座っていた。 ここで、健斗が行ってしまうのが常だった。健斗はいつものように、お休みと言って立ち上がろうとした。だが今日は、尊人がそれを引き留めた。健斗のパジャマの裾を引っ張ったのだ。健斗は黙って立ち上がるのをやめ、尊人の顔を見た。尊人は上目づかいでちらっと健斗の顔を見たが、うつむいてしまう。「ん?どうした?」そう言いながら、健斗はにやけるのを我慢するのがやっとだった。少し尊人の方を向いて座り直し、両手で尊人を抱きしめる。背中に回した手にちょっと力を込めてぎゅっとすると、尊人は健斗のパジャマをほんの少し握った。「今日はいいんだね?」健斗はそう言うと、体を一旦離し、そっと口づけた。あの日の言葉通り、尊人は毎日はキスをさせてくれない。拒否されるとショックなので、尊人が合図を送らない限り、健斗はキスしようとはしないようにしていた。最初は本当に1週間に1度くらいだったので、寂しいとは思っていたが、何しろ何年もできずにいたのだから、1週間くらいは待てるぞと自分に言い聞かせ、我慢していた。だが、だんだんとキスも大胆になっていき、一度のキスが長くなり、回数も3日に1回くらいに増えていた。 ひとしきりキスをして、部屋を出ようとする健斗を、またもや尊人が引き留めた。「俺だって、この先がある事くらい……知っている。」尊人がそう言ったので、健斗は驚いて目を見開いた。尊人が、パジャマのボタンを外し始めた。健斗は焦った。ベッドから飛びのいて、そして、ひざまずいた。「待て、ダメだ。」尊人の足元にひざまずき、健斗はそう言った。尊人は手を止め、じっと健斗を見







