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第6話

Author: キラキラ猫
湊は引き出しを開け、薬のシートを破って抗アレルギー薬を飲み込んだ。

「ただのアレルギーだ」

湊の首の痕を見た時、ついに息子にも彼女ができ、ただ家に連れてくるのが気恥ずかしいだけなのだと期待していたのだ。

まさか、ただのアレルギーだったとは。

九条夫人はがっくりと肩を落とした。

「そういえば、玲奈ちゃんが会社でインターンしたいって言ってるの。

なんとかならない?」

「正規のルートで応募させろ。面接に通れば採用する」

九条夫人は不満げに眉を寄せ、愚痴をこぼした。

「玲奈ちゃんは名門大学卒よ?たかがインターンくらい、少しは融通を利かせなさいよ」

湊は気だるげに瞼を持ち上げた。

「却下だ」

玲奈は容姿も良く、家柄も釣り合っている。何より、数年も前から湊に想いを寄せているのだ。

一体どこが不満なのか。

九条夫人は湊をじっと見つめるうちに、ある疑念が頭をもたげ、思わず声を張り上げた。

「湊、あなたまさか……男が好きなの?」

「……」

湊は疲れたように眉間を揉み、苛立ちを抑えながら答えた。

「俺だって、女と付き合ったことくらいある」

九条夫人が安堵の息を吐きかけたその時、湊が追い打ちをかけるように付け加えた。

「そういうのって遺伝するらしいぞ。

もしそうなら、責めるべきなのは俺じゃなくて親父だろ」

九条夫人は言葉を詰まらせた。

なんて屁理屈を!

怒るに怒れず、かといって反論もできず、九条夫人は行き場のない拳を振り上げたような気分になった。

これ以上ここにいては、寿命が縮まるだけだ。

九条夫人はさっさと食器を片付け、部屋を出て行った。

翌日。

湊は従姉である工藤恵(くどう めぐみ)に頼まれ、彼女の息子の迎えに来ていた。

車を止め、外に降り立った瞬間、周囲の保護者たちの視線が一斉に彼に注がれた。

高級SUVの傍らに立つだけで、優雅かつ冷ややかなオーラを放つその姿は、どこにいても人目を引く。

近くで芸能人の撮影でもあるのかと囁く声さえ聞こえてきた。

肝心の甥っ子は現れず、代わりに顔を真っ赤にして恥じらう幼稚園の保育士がやってきた。

「あの、工藤悠斗(くどう ゆうと)くんの保護者の方ですか?実はお友達と少しトラブルになりまして……」

湊はサングラスを外し、保育士の後について園内へと入った。

園内、白いワンピースを着た小さな女の子が地面に座り込み、肩を震わせて泣いている。

白磁のような腕には、細かい引っかき傷ができている。

その横に、甥の悠斗が立っていた。

丸々とした顔には、傲慢な色が浮かんでいる。

「結衣!僕が遊んでやるって言ってるんだぞ、ありがたく思えよ!

なんで無視すんだよ!泣くなよ、みっともない!」

湊は眉をひそめ、大股で近づくと、喚き散らす甥の襟首を片手で掴み上げた。

「悠斗、何をしている」

湊の姿を見た瞬間、小太りの悠斗から威勢の良さが消え失せ、まるで借りてきた猫のように震え出す。

一人息子として甘やかされて育った悠斗が、唯一恐れているのがこの湊だ。

湊を怒らせれば、家ごと終わることを本能で悟っているのだ。

保育士の話を要約すると、ガキ大将の悠斗が結衣を遊びに誘って拒否され、その腹いせに結衣を突き飛ばして服を破いた、ということらしい。

湊は身を屈め、地面から結衣を抱き上げた。

涙に濡れた大きな瞳と目が合う。

その瞬間、湊の胸に不意に温かいものが込み上げた。

なぜか、妙に見覚えがある。そして、どこか懐かしい。

自然と、声のトーンも優しくなった。

「痛いか?病院へ連れて行ってやる?」

そして保育士に向き直る。

「この子の親に連絡を、治療費も慰謝料も、全てこちらが持つと伝えてくれ」

その時、風のように駆け込んできた遥は、娘を抱いているのが湊だということすら気づかなかった。

彼女の目には、泣いている娘の姿しか映っていなかったのだ。

結衣は誰に似たのか、感情を内に秘めるタイプだ。

大声で泣くこともなく、ただ大粒の涙をポロポロとこぼす。

その姿は、見る者の心を締め付けるほど痛々しい。

遥は湊の腕から結衣を奪い取るように抱きしめ、必死になだめた。

「結衣ちゃん、いい子ね、泣かないで。ママが来たからね」

結衣は遥の肩に顔を埋め、小さな腕を遥の首に回した。

遥は娘の腕の傷を見て、血の気が引いた。

結衣は他の子よりも免疫力が弱く、生まれつき血小板が少なく、血が止まりにくい体質だ。

一度怪我をすると、治るのに大変時間がかかる。

娘の怪我を目の当たりにし、遥の態度は強硬になった。彼女は保育士を鋭く見据えた。

「一体どういうことですか?ちゃんと説明してください!」

横にいた湊が口を開いた。

「悪いのはうちの悠斗だ。治療費も慰謝料も、全てこちらが持つ」

遥は背が高いが、以前より随分と痩せていた。

腕の中の結衣はまるでフランス人形のように華奢で、遥にしがみついている。

この子が彼女の娘か?どうりで、見覚えがあるわけだ。

だがそれとは別に、湊はこの子に対して不思議な縁を感じていた。

湊が結衣を見つめていることに気づき、遥の心臓が早鐘を打った。

まるで誰かに奪われるのを恐れるかのように、彼女は結衣を隠すように抱き直した。

顔を上げると、漆黒の深淵のような瞳と目が合った。

彫りの深い顔立ちに、冷徹さを湛えた瞳、一見冷酷で怖そうに見えるが、その実、細部まで整った美しい造形をしている。

娘をいじめた男の子は、湊の子供なのか?

いや、あの子の姓は工藤だ。

それとも、惚れた女の産んだ子なら、姓が違っても構わないほど溺愛しているというのか?

急に、胸が締め付けられるようだった。

遥の手は無意識に震えていたが、娘を守ろうとする怒りが勝った。

「賠償ですって?あの子が娘をいじめるのは、これが初めてじゃありませんよ。

娘の心の傷は深いんですよ!九条社長、どう落とし前をつけてくださるんですか?」

初めてではないだと?

隣で項垂れている甥を一瞥し、湊も甥の性格はよく知っている。

この状況なら、口で謝罪するより、まずは行動だ。

「車に乗れ、病院へ行くぞ」と遥に短く告げた。

遥が動こうとしないのを見て、湊はさらに促した。

「早くしろ!」

遥の腕の中で、結衣が泣き止み、荒い息を吐きながら顔を赤くしている。

遥も躊躇っている場合ではないと悟り、急いで湊の車に乗り込んだ。

病院に着くと、遥は一言も発さず、結衣を抱いて救急外来へと走った。

一通りの検査を終え、その手には、処方された薬の入った袋がいくつも提げられていた。

湊は後ろからついていき、支払いを済ませた。やはり、この子の体は相当弱いらしい。

会計の際、チラリとカルテが見えた。

【立花 結衣】

母親と同じ姓……

旦那は、婿に入ったのか?

悠斗も、まさかここまで事態が大きくなるとは思っていなかったようだ。

最初はただの遊びのつもりだったのだ。

結衣が泣き出したのも単なる甘え泣きだと思っていたが、本当に痛がっているのを見て、悠斗は自分のしたことを後悔し、青ざめている。

帰りの車中、赤信号で車が止まると、悠斗は助手席の後ろに座る遥と結衣に向かって謝った。

「ごめんなさい」

遥は顔を背け、何も言わなかった。

相手が子供だろうと、許せることではない。

湊にとって悠斗が大事なように、彼女にとっても娘はかけがえのない宝物なのだ。

遥がいつも注意を払って、結衣を大切に守ってきたのだ。

怪我はもちろん、泣かせることだってほとんどない。

娘の病状は、激しい感情の起伏を禁忌としている。

駆けつけた時の涙と腫れ上がった瞼を思い出し、遥の胸は張り裂けそうだった。

遥に取り合ってもらえず、悠斗は結衣の方を見た。

結衣は彼に向かってパチパチと瞬きをした。

彼女は本当に愛らしい。

雪細工のように白く、写真を公開すればキッズモデルのスカウトが殺到しそうな顔立ちだ。

その目鼻立ちには、どことなくハーフのような彫りの深さがある。

以前、遥も結衣の顔立ちを不思議に思ったことがあった。

そういえば、湊の母親は外国の血を引いていると湊が言っていた。

おそらく、結衣にもその隔世遺伝が現れたのだろう。

そのせいで、結衣の父親は外国人なのかと誤解されることも多かった。

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