地味令嬢と蔑まれた私、実は天才魔導具師でした

地味令嬢と蔑まれた私、実は天才魔導具師でした

last updateLast Updated : 2025-06-16
By:  黒兎みかづきCompleted
Language: Japanese
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Synopsis

泣ける

ハッピーエンド

異世界ファンタジー

いじめ

おとなしい子

裏切り

初恋

ざまぁ

アリアは侯爵令嬢でありながら、地味な容姿と魔導具制作という令嬢らしからぬ趣味のせいで周囲から蔑まれていた。 家族からも虐げられて不遇な日々を送っている。 婚約者の王子からも嫌われて、とうとう婚約破棄を突きつけられた。 「お前のような地味でつまらない女は、俺の隣にはふさわしくない!」 実家から勘当されたアリアは、身一つで隣国へと旅立つ。 隣国は高度に発達した魔導技術の国。 そこでアリアの運命を変える出会いが待っていた。

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Chapter 1

1:裏切りの夜

僕の名前は月島律。突然だが僕には好きな人がいる。

名前は日高すずちゃん。僕の同級生で、隣のクラスの女の子。

艶のあるストレートな黒髪に、陶器のような白い肌。長い睫毛に縁取られた目はくりくりで、女の子らしい華奢な身体。程よく筋肉のついたすらっとした長い手足。きっとその制服に隠れたくびれは簡単に掴めるほど細いに違いない。

さらに彼女は成績も良くて、もちろん性格に難もない。そして運動神経も良い。

誰から見ても善人だと思うであろうすずちゃんは、学級委員長に選ばれるくらいに人望もある子だった。

聡明で友人や先生にも頼られている場面もよく目撃するし、困っている人を見たら助けずにはいられない性分。

そんな日高すずちゃんを産んだご両親を、僕は人生で最も尊敬している。

(あ、すずちゃんの声がする)

今も少し遠くで、すずちゃんが友達と廊下で談笑している声が耳に入ってきた。

小柄の割には凛として大人びた顔をしている彼女だが、笑う時は鈴を転がしたかのように笑う。

このギャップに何度心臓を撃ち抜かれては生還しただろうか。

相変わらず今日も天使。女神。どんな言葉でも言い表せないほどに尊い存在。常時スポットライトを浴びているかのように、すずちゃんはいつ見掛けても神々しく見えるのだ。

(仰げば尊死・・・)

あぁ、昨日よりも今日の方が好き。

日々、この恋心は進化中である。

恍惚とした表情で今日も今日とて彼女を観察していると、後ろから勢いよく頭を叩かれた。「暴力反対!」と文句を告げると、さらに追い討ちをかけるように一発。

容赦なく攻撃を繰り出す奴は、目を半開きにさせて僕を見ていた。

「りっちゃん、流石にガン見しすぎだって」

「止めないで桔平。今必死に心のメモリーに録画してるんだから」

「怖いわ。仲良くなる以前に怖がられても知らないからな」

突然友人に対して暴力を振るようなこの男の名前は佐野桔平。

僕の好きな人を知っている唯一の人間だ。

せっかく人が至福の時間を過ごしていたと言うのに、桔平は「ストーカーかよ」と邪魔をしてくる。

「僕をその辺のストーカーと一緒にしないでくれる?そんな生ぬるい気持ちじゃないんだけど」

「犯罪者を超える気持ちも中々ヤバいと思うけどな」

言っておくが、もちろんストーカーではない。常にどこにいるか目を光らせているけれども、ストーカーでは断じてない。

まだ家の場所だって知らないし、文房具とか私物を盗んだ事はない。

つまり僕は恋する健気な男子高校生だ。

今のところ彼女に対して卑しい目で見たことなんて、一回たりともない、はず。

「あのさぁ、りっちゃん」

こんなに純粋にすずちゃんを想っている僕に対して、呆れた表情で桔平はため息を吐く。

全国の恋する青少年に失礼な顔をしている奴は、けろっと思うがままに口を開くのだ。

「いい加減、好きならアタックしろよ」

ハイ出た。彼女がいる奴は簡単にそんなことが言えるんだよ。

「むむむむむ無理!!!!いきなりそんなこと出来るわけないじゃん!!!!」

僕は勢いよく首を横に振った。

「もう片思いして1年半?くらいだろ」

「1年と98日!」

「分かった分かった。でもさ、そんだけ長い間片思いしてんだからさ」

───せめて友達くらいになったら?

言葉は時に鋭利な刃物になる。

僕はぐさりと音を立てるように突かれた。

「桔平、君は僕の味方?それとも敵?」

「強いて言うなら傍観者」

「辛辣だ。無慈悲だ。悪魔だ」

「お前は俺と敵になりたいの?」

片思い歴1年と98日。未だに僕は心の中では“すずちゃん”と呼んでいるが、実際に声に出したことはない。いつも「日高さん」と声に出す時は苗字呼びだ。

そう、僕はこんなにも恋い焦がれた毎日を送っているのに、実はすずちゃんとは話したことも顔も合わせたこともないのだ。

友人どころか知り合いでもない。シンプルに言えば“隣のクラスの同級生”である。

「流石に付き合いたいとは思ってるんだろ?」

「つっ付き合う、そっ、僕なんかが、烏滸がましいっ・・・!」

「お前は純情な男子高校生かよ。純情通り越してムッツリじゃんお前」

だって、いざすずちゃんに話し掛けようと思っても緊張して言葉が出てこないのだ。すれ違う時なんて動悸がするし、彼女の教室の前を通るだけでも心臓が高鳴る。

他の女子には難なく話し掛けらるのに、どうして好きな子の前じゃ上手く行かないのだろうか。上手くいくコツを何度もネットやSNSで検索したのにも関わらず、実行する段階にすら至っていない。

付き合うなんて以前の問題。そもそも彼女にとって僕は知り合いの枠にも入っていない。ただの同級生。それ以上でも以下でもない。

あんなに初詣にも2年生になる前にも神社で神様に「同じクラスになれますように!」って頼み込んだのに。

同じクラスメイトの称号を持つ男達にですら嫉妬してしまうのだ。

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1:裏切りの夜
 きらびやかなシャンデリアが煌めき、優雅な音楽が流れる王宮の夜会。色とりどりのドレスを纏った令嬢たちが、将来有望な貴公子たちと談笑に花を咲かせている。 しかし、その華やかな輪から少し離れた壁際に、ひっそりと佇む一人の少女がいた。 アリア・フォン・クライネルト侯爵令嬢。 彼女は高位貴族の娘でありながら、派手さのない濃紺のドレスに身を包みんでいた。豊かな栗色の髪も控えめにまとめているだけで、まるで夜会の背景に溶け込んでいるかのよう。 周囲の華やかな令嬢たちとは対照的に、彼女に声をかける者は誰もいない。向けられるのは好奇と嘲りを含んだ視線ばかり。(また、陰口を叩かれているわね……地味だとか、侯爵家の出来損ないだとか) アリアは小さくため息をついた。そんな陰口にはもう慣れっこだった。彼女の趣味は令嬢らしい刺繍でもなく、詩作でもなく、ましてや流行のダンスでもない。 古い書物を読み解き、屋敷の隅の物置同然の部屋で、がらくたにしか見えない金属片や歯車をいじくり回す「魔導具の研究と製作」。そんなものは淑女の嗜みではないと実の両親や兄弟からも疎まれて、社交界では奇異の目で見られていた。 不意に会場の音楽が止み、ざわめきが静まった。中央に立つのはこの国の第一王子であり、アリアの婚約者であるエドワードだった。金色の髪を輝かせ、自信に満ちた笑みを浮かべた彼は、朗々と声を張り上げた。「皆、静粛に! 本日は、我が人生における大きな決断を報告させてもらう!」 視線が一斉にエドワード王子に集まる。アリアもまた、胸騒ぎを覚えながら彼を見つめた。エドワードはアリアを一瞥すると、挑戦的な笑みを浮かべ、隣に寄り添う愛らしい令嬢の肩を抱いた。清楚な白のドレスを纏い、勝ち誇ったような笑みを浮かべているのは男爵令嬢のメアリー・ド・ロシュフォールだった。「俺は、アリア・フォン・クライネルトとの婚約を破棄し、新たに、ここにいるメアリー・フォン・ロシュフォール嬢を婚約者として迎えることを宣言する!」 一瞬の静寂の後、会場は大きな驚きの声とそしてすぐにヒソヒソとした噂話に包まれる。エドワードはアリアに向き直り、冷酷な声で言い放った。「アリア、君のような地味で取り柄のない女は、次期国王の妃にふさわしくない。俺の隣には、美しく聡明で、愛らしくも華やかなメアリー嬢こそが相応しい! 私は真実の愛を見
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2:絶望
 震える足でなんとかクライネルト侯爵家の馬車に乗り込んだ。屋敷へと戻ったアリアを待ち受けていたのは、慰めの言葉ではなく父であるクライネルト侯爵の怒声だった。「この役立たずめが! 王子殿下から婚約を破棄されるとは、クライネルト家の顔に泥を塗りおって!」 母である侯爵夫人も、扇で顔を隠しながらも冷たい視線をアリアに向ける。「まあ、この子の地味で陰気な性格と、淑女らしからぬ鉄くずいじりの趣味では、王子殿下に見限られるのも当然ですわ。これでようやく、この厄介者をお払い箱にできますわね」 実の親からの言葉は、夜会での屈辱よりも深くアリアの心を抉った。幼い頃から魔導具に興味を示したアリアは、両親から「そんなものは女のすることではない」「家の恥だ」と罵られ、大切な道具や書物を取り上げられ、時には物置部屋に閉じ込められた。常に「出来損ない」のレッテルを貼られてきた。 王立学院に通う年頃になり、優秀な成績を修めるようになっても扱いは変わらなかった。 むしろ兄や弟よりも成績が良かったために、嫉妬からより酷い折檻を受けるようになる。 アリアは学生の頃から各種の魔導具の修復を得意としていた。そのため教授に連れられて首都や王国各地のインフラを支える魔導具を見学していた。最初は見学だけだったが、いつしかメンテナンスまで担うようになっていたのである。 アリアは独自に開発した効率的なメンテナンスを行ったものの、功績はほとんど評価されなかった。便利な駒のような扱いを受けただけだ。 彼女はそれでもいいと思っていた。大好きな魔導具に触れられていれば、評価など関係ない。それにメンテナンスは人々の暮らしを支える素晴らしい仕事。そう思えば誇りを持てた。 そうしてアリアは評価されないままに仕事に励み、侯爵家の唯一の女子として王子との婚約を決められた。 侯爵家にとって、アリアは王家との繋がりを保つための道具でしかなかった。 エドワード王子の愛を得られず、婚約破棄まで宣言された。道具が役に立たなくなった今、彼女はもはや不要な存在なのだ。侯爵家から王家への正式な抗議など、望めるはずもなかった。「お前のような娘は、もはやクライネルト家の者ではない! 荷物をまとめて、明日の朝日が昇るまでに出ていくがいい!」 事実上の勘当宣告。涙も出なかった。ただ、胸の奥が冷たく凍りついていくのを感じるだけだ
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3:かすかな希望
 自室に戻り、わずかな私物を鞄に詰めながら、アリアはこれまでの人生を思った。誰からも愛されず、理解されず、ただ息を潜めるように生きてきた。 唯一、心の慰めだったのは、古い文献を読み解き、誰も見向きもしないような壊れた魔導具に触れてその構造を理解し、時に新たな命を吹き込むことだけだった。それすらも、家族からは奇行と見なされ、罰せられる対象だったが。(もう、ここには私の居場所はない……どこへ行けばいいのかしら) 絶望がアリアを包み込もうとしたその時、控えめなノックの音が響いた。「アリアお嬢様、マーサでございます」 入ってきたのは、アリアが幼い頃から世話をしてくれている老メイドのマーサだった。彼女だけは、アリアの趣味を頭ごなしに否定せず、時折こっそりと古い道具や書物を差し入れてくれる、唯一の味方だった。 マーサはアリアのやつれた顔と荷物を見ると、悲しそうに眉を寄せたが、すぐに毅然とした表情で口を開いた。「お嬢様、全て聞きました。……旦那様と奥様のお言葉は、あまりにも酷すぎます」 マーサはアリアの手をそっと握った。その温かさに、アリアの瞳から涙がぽろぽろと零れ落ちる。堪えていたけれど、これ以上は無理だった。「マーサ……私、もう……」「お嬢様、気をしっかりお持ちください。こんなところで終わってしまうようなお方ではございませんでしょう?」 マーサは小さな革袋と一通の手紙をアリアに差し出した。「これは、私からのささやかな餞別《せんべつ》でございます。この手紙は隣国ヴァルハイトにいる、私の遠縁の者への紹介状。彼女は、ヴァルハイトの首都で小さな宿屋を営んでおります。しばらくは、そこでお世話になるとよろしいでしょう」「ヴァルハイト……隣国へ?」 アリアは驚いて顔を上げた。「はい。ヴァルハイトは、魔導技術の研究が盛んな国だと聞いております。お嬢様のその素晴らしい才能は、この国では理解されませんでしたが、ヴァルハイトならば……きっと、道が開けるはずです」 マーサの言葉は、暗闇の中に差し込んだ一筋の光のように感じられた。 魔導技術が盛んな国。そこならば、自分の知識や技術が、誰かの役に立つかもしれない。いや、役に立たなくとも、ただ自分の好きなことに打ち込める場所があるかもしれない。「マーサ……ありがとう……本当に、ありがとう」 アリアは震える声で礼を言っ
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4:隣国ヴァルトハイト
 クライネルト侯爵家を後にしてから数日、アリアはひたすら東を目指して歩き続けていた。 馬車に乗るだけのお金の余裕はない。節約のためにずっと歩いていった。 隣国まではきちんと街道が通っている。治安もそう悪くない。けれどアリアにとっては初めての長旅。支えてくれる従者もおらず、心細さや疲労に何度もくじけそうになった。しかし、マーサが持たせてくれた路銀と、彼女の温かい言葉を思い出すたび、アリアは自分を奮い立たせた。(ヴァルハイトへ行けば、何かが変わるかもしれない……ううん、変えるのよ。絶対に) そしてついに、アリアは隣国ヴァルハイトの国境を越えた。 母国とは明らかに異なる、活気に満ちた空気が彼女を迎える。街道沿いの町々では、風変わりな機械や、自動で動く人形のようなものが当たり前のように人々の生活に溶け込んでおり、アリアの目は自然と輝きを増した。魔導技術がこれほどまでに日常に浸透している国を見るのは初めてだった。 さらに数日後、アリアはヴァルハイトの首都、エルツハイムに到着した。 石畳の道を行き交う人々は皆、生き生きとした表情をしており、街のあちこちから聞こえてくるのは、新しい発明や魔導具に関する議論の声。馬車に混じって、蒸気機関で動く乗り物や、見たこともない仕掛けの運搬装置が動いている。その光景は、これまでのアリアの世界観を根底から覆すものだった。(すごい……なんて活気に満ちた街なの!) マーサから預かった紹介状に記された住所を頼りに、アリアは「木漏れ日亭」という名の宿屋にたどり着いた。こぢんまりとしているが、手入れの行き届いた清潔な宿で、窓からは明るい光が差し込んでいる。「ごめんくださいまし」 おそるおそる声をかけると、奥から恰幅の良い、人の好さそうな女主人が顔を出した。「はいはい、どちら様ですかな? あら、可愛らしいお客さんだね」「あの、私、アリア・フォン・クライネルトと申します。マーサという方からの紹介状を……」 アリアが紹介状を差し出すと、女主人は「まあ!」と声を上げ、ぱっと顔を輝かせた。「マーサ叔母様から! ああ、あなたがアリア様ね! よく来たねえ、遠いところ大変だったでしょう。ささ、中へお入り」 女主人はエルマと名乗り、マーサの遠縁にあたる人物だった。彼女はアリアを温かく迎え入れ、旅の疲れを気遣ってすぐに部屋へと案内してくれた。
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5:博覧会
 いくつかのブースを巡った後、アリアはある一つの展示物の前で足を止めた。「小型魔力集積装置」と名付けられたその機械は、周囲の微弱な魔力を集めて動力に変換するという画期的なものだったが、どうにも効率が悪く、実用には程遠いようだった。開発者らしき若い男性が、首を捻りながら説明をしている。 アリアはしばらくその装置を熱心に観察していたが、ふと、その構造の非効率な点と、改善案が頭に浮かんだ。それは、彼女が古い文献で読んだ、古代文明の魔力循環システムの応用だった。(……この魔力経路、逆向きにした方が抵抗が少ないはず。それに、集積コイルの巻き方も、もっとこう……あ、でもそうすると安定性が……いいえ、それなら補助安定装置に微細な魔晶石を組み込めば……) アリアは夢中になるあまり、つい心の声が小さな呟きとなって口から漏れてしまっていた。周りに人がいることも忘れ、ただ目の前の装置とその改善点に意識を集中させていた。「――ほう、面白いことを言うな、お嬢さん」 不意に低く落ち着いた、しかしどこか威厳を感じさせる声がアリアのすぐ後ろから聞こえた。 はっと我に返ったアリアが慌てて振り返ると、そこには一人の長身の男性が立っていた。 年の頃は二十代後半だろうか。黒曜石のような艶やかな黒髪を短く整え、怜悧な光を宿す切れ長の青い瞳は、射るようにアリアを見つめている。仕立ての良い、しかし華美ではない上質な衣服を身に纏い、その立ち姿からは育ちの良さと、人を寄せ付けないような威圧感が漂っていた。 アリアは、その男性が誰であるかを知る由もなかったが、その圧倒的な存在感に息を呑んだ。 男性はアリアの呟きを聞いていたようで、興味深そうに眉を片方だけ上げ、再び口を開いた。「君は、あの集積装置のどこに問題があり、どうすれば改善できると思う?」 その言葉に、アリアは自分が無意識のうちに博覧会の展示品に対して批評めいたことを口走ってしまったことに気づいた。恥ずかしさと罪悪感で顔が赤くなる。「も、申し訳ございません! で、出過ぎたことを……!」 深々と頭を下げるアリアに、男性は静かに言葉を続けた。「いや、構わない。続けてくれ。君の考えを聞かせてほしい」 その声には有無を言わせぬ力があった。 アリアは戸惑いながらも、先ほど頭に浮かんだ改善案を、おそるおそる、しかし的確に説明し始める。それは
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6:公爵のいざない
「私はフリード・フォン・ヴァルハイト。もう一度聞こう。君は何者だ?」 フリード・フォン・ヴァルハイトと名乗った男性――ヴァルハイト公国の若き公爵その人であった――の問いに、アリアは答える言葉を持たない。名前であればもう答えた。それなのにこれ以上、何を聞こうというのか。 彼の纏う威厳と射るような青い瞳に見据えられ、アリアは身を縮こませそうになるのを必死でこらえた。(こ、公爵様……? どうしてこのような場所に……) アリアとて貴族の生まれである。隣国の公爵の名は知っていた。アリアが混乱していると、フリード公爵は先ほどの彼女の言葉を反芻するように小さく頷き、再び口を開いた。「アリア・フォン・クライネルト、か。君の見解は、あの小型魔力集積装置の開発者すら気づいていない核心を突いている。少し質問を変えようか。その知識、どこで得た?」 その声は静かだったが、有無を言わせぬ響きがあった。 アリアは一瞬ためらった。実家で虐げられてきた趣味のことなど、高貴な公爵に話して良いものだろうか。しかし、彼の真摯な眼差しは、アリアに嘘をつくことを許さないように思えた。「……古い文献を、個人的に……読んでおりました。古代の魔導技術に関するものが、好きで……」「ほう、古代魔導技術ときたか。それはまた、随分と難解な分野に興味があるのだな」 フリードは面白そうに口元を微かに緩めた。その表情に、アリアは少しだけ緊張が和らぐのを感じた。「差し支えなければ、もう少し君の話を聞かせてもらえないだろうか。場所を移そう。ここでの立ち話もなんだ」 公爵の言葉にアリアは戸惑った。一介の、それも今は宿無しに近い自分のような者が、公爵様と話をするなど許されるのだろうか。「で、ですが、私は……」「案ずるな。君のその知識に純粋な興味があるだけだ。それに、君のような才能が埋もれているのなら、それはヴァルハイトにとって損失だ」 そう言うと、フリード公爵はアリアに有無を言わせず、博覧会の会場を後にするよう促した。 会場の外れに停められていた、いかにも高価そうな馬車に案内される。丁寧なエスコートで乗車して、アリアは自分が置かれている状況がまるで夢のように感じられた。 馬車は静かに走り出し、やがて壮麗な公爵邸の門をくぐった。手入れの行き届いた広大な庭園と、宮殿かと見紛うほどの美しい建物に、アリアは息
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7:アリアの力
 それはアリアにとってあまりにも突然で、そして信じられないような申し出だった。虐げられ、誰にも認められなかった自分の知識と技術が、この国の高名な公爵に求められている。 喜びよりも先に、大きな戸惑いと不安がアリアの胸を占めた。「私に、そのような大役が務まるでしょうか……」「務まるかどうかは、やってみなければわかるまい。だが、私は君に賭けてみたいと思った。君の目だ。先ほどの集積装置を見ていた時の君の目は、真に魔導技術を愛し、その深淵を覗き込もうとする者の目をしていた」 フリード公爵の言葉はアリアの心の奥深くに眠っていた情熱を揺り動かした。魔導具に触れていたい。その謎を解き明かしたい。そして、もし自分の力が誰かの役に立つのなら――。(こんな機会は、もう二度とないかもしれない……) アリアは顔を上げ、決意を込めた眼差しでフリード公爵を見つめ返した。「……もし、公爵様がそれでもよろしければ……私のような者でよろしければ、喜んでお力添えさせて頂きたく存じます」 その答えを聞くと、フリード公爵は満足そうに頷いた。「良い返事だ。では、早速だが君に仕事場を用意しよう」 フリード公爵に案内されたのは、公爵邸の別棟にある広々とした工房だった。そこには、様々な種類の工具や素材、精密な測定機器などが完璧に揃えられており、隣接する部屋は膨大な資料や文献を収めた図書室になっていた。それは、アリアが夢にまで見たような環境だった。「ここを自由に使ってくれて構わない。必要なものがあれば遠慮なく申し出るといい。君の成果に期待している」 アリアはまるで子供のように目を輝かせ、工房の中を見回した。壁にかかった工具の一つ一つ、棚に並べられた素材の一つ一つが、彼女にとっては宝物のように見える。(本当に、私がここを使っていいの……?)「まずは、これを見てほしい」 フリード公爵が従者に命じて運ばせてきたのは、黒いビロードの布に包まれた、バスケッ
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8:羅針盤
 フリード公爵から託された「星詠みの羅針盤」。アリアは、その複雑怪奇な古代魔導具を前に、寝食も忘れるほど没頭した。 工房に籠もり、膨大な資料を読み漁り、羅針盤の微細な部品の一つ一つを拡大鏡で観察し、スケッチを繰り返す。彼女の頭の中は古代の術式、魔力の流れ、そして失われた技術への探求心で満たされていた。(この紋様は、古代エルダリア文明で使われていた魔力制御の記述に似ている……でも、一部が欠損しているわ。もしかすると、これは単なる装飾ではなく、術式そのものなのかもしれない) 幼い頃から培ってきた知識と天性の閃きを頼りに、羅針盤の謎を一つずつ解き明かしていく。 それはまるでパズルのピースを一つ一つ嵌めていくような、根気と集中力を要する作業だった。時には夜が白むまで作業に没頭し、気づけば工房の長椅子で気絶するように眠っていることもしばしばだった。 そんなアリアの様子をフリード公爵は静かに見守っていた。彼は時折工房を訪れ、アリアが作業に集中しているのを邪魔しないよう遠巻きにその姿を眺めていた。食事もろくに摂らずやつれていくアリアを案じて、侍女に命じて栄養のある食事や温かい飲み物を工房に届けさせた。「アリア嬢、少しは休息を取ったらどうだ。君が倒れてしまっては元も子もない」 ある日、フリードは声をかけた。アリアは羅針盤から顔を上げ、少し申し訳なさそうに微笑んだ。「申し訳ございません、公爵様。つい夢中になってしまって……でも、もう少しで、何かわかりそうなんです」 その瞳は疲れてはいたが、熱意に満ちて爛々と輝いていた。フリードは彼女の純粋な探究心と魔導具に対する真摯な愛情に、改めて感嘆の念を抱いた。 そして同時に。そのひたむきさに惹かれ始めている自分を感じた。(これほどまでに純粋に一つのことに打ち込める人間がいるとは……彼女は、私が今まで出会ったどの技術者とも違う) フリードとて魔導大国ヴァルハイトの公爵である。優秀な技術者は数多く見てきた。 けれどフリードはアリアがただ優秀なだけでなく、どこか脆く守ってや
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9:新しい生活
 その瞬間、くすんでいた羅針盤の表面に刻まれた古代の紋様が、淡い青白い光を放ち始めた。そして球体内部で眠っていた歯車が、かすかな音を立ててゆっくりと回転を始める。中央に据えられた水晶の針が微かに震えながら、北でも南でもないある一点を指し示した。 工房全体が神秘的な青い光と静謐な雰囲気に包まれる。「これは……!」 フリードは息を呑んだ。長年ただのガラクタだと思われていた古代の遺物が、今、目の前で再び命を吹き返したのだ。それは彼がこれまで目にしたどんな魔導具よりも美しく、そして力強い輝きを放っていた。「まだ完全ではありませんが、基本的な機能は回復したはずです。星々の配置と同期するには、もう少し調整が必要ですが……」 アリアは額の汗を拭いながら、安堵と達成感に満ちた表情で言った。 フリードは言葉を失っていた。アリアの才能は彼の想像を遥かに超えていた。「……素晴らしい。アリア嬢、君は本当に素晴らしい才能を持っている」 ようやく絞り出した言葉には、心からの称賛と隠しきれない興奮が込められていた。 アリアはフリードからの真っ直ぐな称賛の言葉に、頬を染めた。 実家では決して得られなかった、自分の努力と才能が認められたという確かな実感。それはアリアの心に温かい灯をともし、小さな自信の芽を育てていくようだった。(私でも……お役に立てたんだわ) フリードは光り輝く羅針盤と誇らしげなアリアの顔を交互に見つめながら、確信した。彼女がいれば、ヴァルハイトの魔導技術は新たな時代を迎えるだろう。そして自分自身もまた、彼女と共にいることで何か新しいものを見つけられるかもしれない、と。「アリア嬢、この羅針盤の完全な修復と解析を正式に依頼したい。それだけではない。私の収集している他の古代魔導具についても、君の力を借りたい。もちろん、それに見合うだけの待遇は約束する」 フリードの瞳にはアリアへの絶対的な信頼と、未来への期待が宿っていた。 アリアは彼の力強い言葉に、
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10:新しい生活2
「アリア様、また徹夜でございますか?お顔の色が優れませんわ」 食事の世話をしてくれる侍女のハンナが心配そうに声をかける。 彼女は最初こそ、どこからともなく現れた地味な少女が公爵様の工房を任されていることに戸惑いと若干の疑念を抱いていた。けれどアリアのひたむきな仕事ぶりと、時折見せる純粋な笑顔、そして何よりフリード公爵の彼女に対する深い信頼を目の当たりにするうち、今ではすっかりアリアの味方になっていた。「大丈夫よ、ハンナ。ありがとう。この部分の解析が終われば、少し休むわ」 アリアはそう言って微笑むが、その目は新たな発見への期待に輝いている。ハンナは小さくため息をつくしかなかった。 フリード公爵はそんなアリアの様子を日々見守っていた。多忙な公務の合間を縫っては工房を訪れ、アリアの研究の進捗に耳を傾けて、時には彼女が直面している難問に対して的確な助言を与えることもあった。 それは彼にとっても日々の政務や権力闘争から離れ、純粋な知的好奇心を満たすことができる貴重な時間となっていた。「この古代の灌漑システム、復元できれば我が国の乾燥地帯の農業生産性は飛躍的に向上するだろう。だが、魔力効率が悪すぎるのが難点だ」 ある晩のこと。フリードは工房で図面と格闘しているアリアに、熱い薬湯を差し入れながら声をかけた。「公爵様、ありがとうございます。……確かに、このままでは実用的ではありません。ですが見てください。この魔力循環経路に、先日修復した『微風の魔石』の原理を応用すれば、外部からの魔力供給を最小限に抑えつつ、内部で効率よく魔力を増幅できるかもしれません」 アリアは目を輝かせながら、新たなアイディアをフリードに語った。彼女の発想は常に柔軟で既存の知識にとらわれない。異なる分野の技術を巧みに組み合わせることに長けていた。「なるほど……『微風の魔石』の自己増幅機能か。確かに、それを応用すれば……」 フリードはアリアの説明に深く頷き、彼女の隣で図面を覗き込んだ。自然と二人の距離が近づく。 アリアはふと、フリード
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