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第7話

Author: 研ぎ澄ました斧
拓海は口元に冷ややかな笑みを浮かべて言った。「俺がどこで何をしようと、いちいちお前に報告しなきゃならないのか?」

その言葉に、陽葵は即座に激昂した。彼女は勢いよく立ち上がり、声を荒らげた。「何よ、その態度は!?こっちはまともに話してるのに、どうして――」

だが突然、その声がピタリと止まり、彼女の顔にハッとしたような驚きが浮かんだ。

拓海は嘲るように笑った。「どうした?思い出したか?」

陽葵の表情がこわばり、気まずそうに歪んだ。

彼女は確かに思い出したのだ。そのセリフは半月前、彼女自身が彼に向けて言い放った言葉と、全く同じだったのだから。

半月前のことだ。その日は珍しく週末が休みで、拓海は豪華な手料理を準備していた。夕食を済ませたら、家族三人で郊外へドライブに出かける予定だった。

しかし、箸をつける間もなく、陽葵のスマホに悠冬からの着信が入った。

「うっかり足を切って怪我をしました」という悠冬の言葉を聞いた途端、陽葵は血相を変え、慌ててバッグをひっつかんで家を飛び出そうとした。

当然、拓海は納得できず、「どこへ行くんだ」と問い詰めた。

だが、悠冬のことで頭がいっぱいで焦っていた陽葵は、しつこく聞かれることに苛立ち、吐き捨てるようにこう言い放った。「いい加減にしてよ!私がどこで何をしようと、いちいちあなたに報告しなきゃならないの?」

その言葉を投げつけると、彼女は乱暴にドアを閉めて出て行ってしまった。

取り残された拓海が、家の中でどれほど長い時間、呆然と立ち尽くしていたかも知らずに。

――場面は現在に戻る。

陽葵の顔に一瞬だけ罪悪感がよぎったが、それでも彼女は食い下がるように言った。「だとしても、前もって一言くらい言うべきでしょ。私、午後には帰ってきてたのに、あなたの姿が見当たらなかったのよ」

普段の拓海なら、娘を学校へ送り届けた後はすぐに帰宅し、家事をするか本を読んでいるかのどちらかだった。

しかし今日、早めに帰宅した陽葵が見たのは、朝食の食器が洗われないままテーブルに放置されている光景だった。それは、拓海が一日中家に帰っていなかったことを意味していた。

拓海は静かに首を横に振ると、テーブルへ歩み寄り、食器を片付けながら淡々と言った。「お前も、少しは自分で家事をするか、あるいは家政婦でも雇うことを覚えた方がいい」

陽葵は怪訝そうに眉をひそめた。「あなた、どういう意味よ?家にはあなたがいるじゃない」

拓海は食器をまとめる手をピタリと止め、ゆっくりと振り向いて彼女を見据えた。そして、真剣な声で言った。「俺は、家事をするためだけに生まれてきたとでも言うのか?」

その射抜くような鋭い眼差しに、陽葵の心臓がどくりと跳ねた。

何年もの間、夫が自分に向ける眼差しには、常に深い愛情と優しさが溢れていたのに。今の彼は、一体どうしてしまったというのか?

決定的な何かが、今まさに変わり始めている。

だが、その変化は目に見えず、触れることもできない。それが余計に、陽葵の心に得体の知れない焦りと不安を呼び起こした。

「そういう意味で言ったんじゃないわ」

陽葵は深呼吸をして、その動揺を無理やり振り払うように言った。「今日、会社に行ったら、悠冬は怪我をしているのに出社していたのよ。しかも、あなたにちゃんと説明したいって言ってたわ。だから、あなたもこれ以上――」

「俺の前で、あのクソ野郎の話をするな!」

彼女が言い終わる前に、拓海は手にしていた茶碗をガチャンと激しい音を立ててテーブルに叩きつけ、氷のように冷たい声で遮った。

これまで見たこともない夫の粗暴な態度に、陽葵の怒りも再び爆発した。彼女も負けじと冷徹な声を張り上げる。

「拓海、いい加減にして!根拠のない勝手な思い込みで、そこまで大げさに騒ぎ立てるなんてどうかしてるわ!悠冬はあなたに殴られたのに、ちっともあなたのことを責めてないのよ。

それなのにまだねちねちとしつこく突っかかって……自分がどれだけ理不尽で酷いことをしてるか分かってるの!?」

「俺がやりすぎだと?」

拓海はあまりの怒りに吹き出し、自分の胸を指差した。「ああそうかよ、俺がやりすぎなんだな。そんなにあいつが仕事もできて、気が利く男だって言うなら、あいつのところへ行けばいいだろ!俺は絶対に引き止めない。明日にでも離婚届を出してやるよ!」

彼は怒り狂っていた。これまで腹の底に溜め込み続けた怒りや屈辱の感情を、今この瞬間、すべて吐き出してしまいたかったのだ。

陽葵は目を大きく見開いた。「あ、あなた、また私に離婚なんて言うの?」

「言って悪いか?それとも、お前があの弟分と色目を使ってイチャついている反吐が出るような姿を、黙って見ていろとでも言うのか?」

拓海は氷のように冷たい視線を彼女に投げつけると、背を向けてキッチンへと歩き出した。

「ちょっと待って、はっきり言いなさいよ!」

陽葵は歯を食いしばり、駆け寄って彼の服の袖を掴んだ。「私と悠冬はやましいことなんて何もない!根も葉もないことで私を侮辱するなら、絶対に謝ってもらうからね。そうじゃなきゃ絶対に許さないんだから!」

「離せ!」だが拓海は微塵の躊躇もなく、彼女の手を乱暴に振り払った。

勢い余って床に尻餅をついた陽葵は、キッチンへ消えていく彼の背中を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。

「ママ、どうして床に座ってるの?」

部屋から出てきた乃愛が、不安げな様子で陽葵を見つめ、おずおずと尋ねた。

夫婦喧嘩で一番傷つくのは、いつだって子供だ。

陽葵は深く息を吸い込み、無理やり笑みを作って立ち上がった。「乃愛、なんでもないのよ!今ね、ママとパパでふざけてただけ」

その言葉を聞いて、乃愛は小さく頷いた。「ママ、パパと喧嘩しちゃダメだよ。パパは世界で一番いいパパなんだから!」

私だって、世界で最高のママなのに……

陽葵はやるせない悔しさに目頭を熱くし、鼻をすすると、歩み寄って娘の小さな手を握った。「乃愛、パパとママは少しお話をしてただけで、喧嘩なんてしてないのよ」

乃愛は少し躊躇した後、消え入りそうな声で尋ねた。「じゃあ……パパと離れ離れになっちゃうの?」

まだわずか6歳だったが、彼女はとても聡明で、大人の事情もそれなりに察していたのだ。

「そんなわけないでしょ」

その質問に対してだけは、陽葵は一切の迷いなく首を横に振った。そして、強い決意を込めて言いきる。「乃愛、ママとパパは絶対に離れたりしないわ。私たち家族は、ずっと、永遠に一緒に暮らすのよ!」

その言葉を聞いて、乃愛はようやく安心したように明るい笑顔を見せた。

「さあ、お部屋に行って宿題をやっちゃいなさい」

陽葵は娘のランドセルを手に取り、優しく微笑みかけた。

乃愛を部屋に落ち着かせてドアを閉めると、拓海はすでに食器を洗い終え、ベランダの手すりにもたれかかってタバコを吸っているのが見えた。

先ほどの娘とのやり取りを経て、陽葵の頭もすっかり冷静さを取り戻していた。

その瞳には夫への拗ねたような寂しさと、それ以上に彼が離れていってしまうことへの恐怖が入り混じっていた。背後から拓海に近づくと、そっと両腕を回して彼の腰を抱きしめ、か細い声で囁いた。

「ねえ、もう喧嘩はやめよう?乃愛も怖がってるわ」

拓海はしばらくの間、無言でタバコを吸い続け、やがて口を開いた。

「昨日も言ったはずだ。あいつをクビにして、一切の縁を切れと……お前にそれができるのか?」

陽葵はハッとした。彼がまたその条件を持ち出してくるとは思っておらず、途端に困惑の色を顔に浮かべた。

「ねえ、だからちゃんと説明したじゃない。私と悠冬の間には本当に何もないのよ、お願いだから誤解しないで。彼はすごく仕事ができるし、今の会社にとっても必要な人材なのよ……」

拓海は冷笑すると、自分の腰に回されていた陽葵の手をそっと外した。「できないならできないと認めろ。会社のためだなんてそんな言い訳を並べて……そんなことを言って、何になるんだ?」

そもそも、陽葵の経営する会社は億単位の規模を誇り、その後ろ盾には百億規模の巨大な高瀬グループが控えているのだ。入社してわずか3ヶ月のインターン生一人など、大した存在ではないはずだ。

陽葵は数秒の沈黙の後、絞り出すように言った。「怒らないで……分かった、約束する!これからは彼となるべく距離を置くようにする。でも、いきなりクビにするなんて、本当に無理よ……」

拓海は小さく首を横に振り、そのまま背を向けて部屋の中へと戻っていった。

距離を置くなんて、できるはずがない。本当にできるなら、とっくの昔にそうしているはずだ。

同じ時間を過ごすうちに、いつしか特別な情が芽生えていく男女の仲なんて、いくらでもある。いや、それどころか、お前はもうあいつに心を惹かれ始めているんじゃないのか?

そう考えた途端、拓海の胸の奥が、じわりと痛んだ。

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