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第8話

Author: ほねちゃん
どれくらい時間が経ったのだろう、潮のように押し寄せる激痛を感じ、麻美は現実へと引き戻された。

そして朦朧とする意識の中で目を開けると、そこは病院で、看護師が慌ただしく緊急対応に追われていた。

「妊娠2ヶ月の患者さん、腹部への衝撃による大量出血で、至急輸血が必要です!でも院内の在庫は全て株主の指示で移送済みです……先生、どうしましょう?」

医師はすぐに決断し、その株主の元へ事情を説明するよう指示した。

「佐々木社長、病院の血液庫を全て押さえられていますね。こちらで交通事故に遭った妊婦さんが緊急輸血を必要としています。妊婦さんとお腹の子を助けるため、少しだけ調整できませんでしょうか?」

かすかに聞こえてくる看護師の声に、麻美は無意識のうちに激痛が走る下腹部を抱きしめた。

妊娠していたなんて。

その事実が頭の中で回り続ける間もなく、スピーカーからは慎也の冷酷な声が響いた。

「断る」

「ですが患者さんの容態は極めて深刻です。他の病院から取り寄せている時間など……」

「誰の病院だと思っている?莉子も緊急なんだ。万が一の事態は許されない。莉子の安全を優先しろ!」

慎也はその言葉を突きつけるように言ったあと、一方的に電話を切った。

医師が慌ててかけ直すが、繋がるはずもなく、呼び出し音すら鳴らなくなった。

一方、耳に聞こえたその会話に、麻美は心の底から凍りつくような寒さを感じた。

まだ平坦なままのお腹を見つめると、冷や汗が雫となってこぼれ落ち、まるで涙のように頬を伝った。

だが、泣く力すら残されておらず、麻美はただ絶望と共にゆっくりと目を閉じた。

どれほど経ったのか。昏睡から覚めた時、ベッドの傍らに看護師が立っていた。

「本当に残念ですが……お子さんを助けることはできませんでした」

麻美は無意識に、まだ平坦な下腹部を撫でた。

この子は、父親の手によって、見捨てられたのだ。

「まだお若いですから、きっとすぐにまた授かりますよ」看護師はそう慰めた。

しかし、麻美はただ軽く首を横に振った。

もう二度と、授かることはない。

永遠にないのだ。

「その……」と麻美はか細い声で尋ねた。「株主さんの、大切なお友達は……無事なんですね?」

看護師は気まずそうに顔を曇らせた。「ええ、回復に向かっています……あの女性は佐々木社長が何よりも大切に思われている方ですので」

「ええ、分かります」麻美は弱々しく微笑んだ。「本当に、大切にされている方なんでしょうね」

妻よりも。子供よりも、ずっと。

看護師が去った後、麻美はバッグから少し黄ばんだ減点表を取り出し、最後の行に書き足した。

【和田さんを優先し、子供を見捨てた。5点、減点】

これで終わり。合計100点、すべてなくなった。

ペンの先が紙を突き破った瞬間、彼女の胸の奥で何かがパシッとはじけたようだった。

家に戻る頃には、空はもうすっかり暗くなっていた。

麻美は迷わず書斎に向かい、一番下の引き出しからしまっておいた離婚協議書を取り出した。

そこに迷いなく自分の名前を書いた。その間、彼女は自分が思っていたよりもずっと落ち着いていた。

最後の手配として、その離婚届と100点すべてが刻まれた減点表を、慎也のデスクの上に置いた。

そして、荷物をまとめると彼女は玄関で立ち止まり、この3年間を過ごした場所を振り返った。

ダイニングテーブルには慎也が昨日飲み残した水、ソファにはいつもの黒いセーター、そして部屋には彼の愛用している香水が今もかすかに漂っていた。

麻美は静かに扉を閉め、振り返らず立ち去った。

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