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第5話

Auteur: 朝八夜八
ほどなくして、早奈恵の病室のドアが押し開かれた。

志樹が紗也子の車椅子を押し、静々と入室してくる。

「早奈恵!いい加減にしなさいよ!どこまで私のものを奪えば気が済むの!」

早奈恵は顔を向けることさえせず、冷淡に言い放った。

「言い直させて。あれは母のものよ。竹内夫人が奪い取ったものを、あなたが恥ずかしげもなく自分のものだと言い張っているだけ。

それから、その指にはまっている指輪も私のものよ。さっさと外して持ち主に返しなさい」

「なっ……!」

先ほど病室で志樹から、指輪は彼が用意したものではないと聞かされたばかりだった。

図星を突かれた紗也子は逆上し、サイドテーブルにあったガラスのグラスを掴むなり、早奈恵を目がけて叩きつけた。

あまりの勢いに志樹すら反応が遅れ、伸ばした手が空を切る。

幸いにもグラスはベッドの柵に当たり、耳障りな音を立てて粉々に砕け散った。

父から告げられた言葉を思い出し、紗也子は悔しさに目を真っ赤に染めた。

「……竹内家の娘としての居場所まで、私から奪うつもりなのね」

堰を切ったように、大粒の涙が次々と頬を伝い落ちる。

志樹は彼女のこんな姿を見たことがなく、胸を締め付けられるような思いで、車椅子の傍らに跪いた。

その手を車椅子の背に添えるに留め、それ以上は自らを律するように、決して踏み込もうとはしなかった。

紗也子は志樹の肩に顔を埋め、声を上げて泣きじゃくった。

「志樹……私はもう、何もなくなっちゃった。あなたまで、いつか私を置いていってしまうの?」

彼は慈しむように彼女の涙を拭い、静かに言い聞かせた。

「紗也子、俺はお前から一生離れない。約束だ」

それから早奈恵の方へ向き直ると、ポケットからあの指輪を取り出し、冷徹な表情で告げた。

「紗也子が無理に奪ったわけじゃない。きつくて指から抜けなくなって、一時的に預かっていただけだ。そんなに人を傷つけるような物言いをすべきじゃない」

一時的に預かって?

早奈恵の胸の奥に、苦い感情が広がった。

「疲れたわ。休みたいから、出ていって」

無事な方の左手で布団を引き上げ、頭まで潜り込もうとしたが、その手を乱暴に掴み止められた。

志樹の怒りに満ちた眼差しを真っ向から受け、早奈恵の赤く腫れた目元を見た彼は、一瞬だけ怯んだ。

「……笹井社長、まだ何か御用?」

「紗也子に謝るんだ」

早奈恵は、自分の耳を疑った。

「……なんですって?」

「紗也子に謝れ。お前がした無礼の数々を」

志樹は掴んだ手首をさらに強く締め付けた。その力は、白皙の肌に赤黒い跡が浮き出るほどだった。

早奈恵は激痛に顔を歪めたが、この二人の前でだけは決して弱音を吐くまいと唇を噛んだ。

「お断りよ……私は、何一つ間違ったことなんてしていない!」

すべてを手にしているのは紗也子のほうだ。

両親の愛も、志樹も。

あの「まことの縁」の指輪でさえも。

結局、最初から最後まで、何も持っていないのは自分だけだった。

おかしい。

とうに諦めたはずなのに、胸の奥が張り裂けそうに痛む。

必死に振り解こうとするが、万力のような力に阻まれ、逃れることができない。

二人が無言で睨み合っていた、その時――

地底から不気味な地鳴りが響き渡った。

遠雷のような、あるいは重戦車が通り過ぎるような、腹に響く轟音。

次の瞬間、病院の廊下から悲鳴が上がった。

「地震だ!逃げろ!」

叫び声と同時に、建物全体が狂ったように揺れ始めた。

「志樹!」

激震に襲われ、紗也子の車椅子が制御を失い、凄まじい速さで壁に向かって滑り出していく。

「紗也子!」

志樹は即座に早奈恵の手を放すと、弾かれたように駆け出し、身を挺して車椅子の前に立ちはだかった。

車椅子の鋭い突起が彼の胸を切り裂き、白いシャツに二筋の鮮血が滲む。

それでも彼は、紗也子をしっかりと腕の中に抱きとめた。

「志樹!怪我をしてるわ!」

恐ろしさに目をつぶっていた彼女は、目を開けるなり血に染まった彼の胸元を見て悲鳴を上げた。

「気にするな。すぐにここを離れるぞ。さもなくば生き埋めだ」

志樹は片手で壁を支え、もう片方の腕で紗也子を抱きかかえた。失血による眩暈を必死で堪えている。

数歩進んだところで、何かに気づいたように勢いよく振り返った。

そこには、砕け散ったガラスの破片の上に倒れ込んだ早奈恵の姿があった。

破片が肉に深く食い込み、首筋からは一筋の血が滴っている。

紗也子は志樹の視線に気づくと、必死で彼の首にしがみつき、震える声で懇願した。

「志樹、怖い……!お願い、早く連れて行って!」

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