LOGIN夢を諦め、家賃すら払えず深夜の倉庫バイトの極貧生活を送る、新人デザイナー・澪。 ある日、偶然出会ったのは、業界を支配する冷徹CEO・久世怜司だった。 澪の隠れた才能を見抜いた彼は、強引に彼女を自分の元へ引き寄せる。 「お前の才能は、俺が独占する」 華やかなファッション業界の裏で渦巻く嫉妬と策略。傷つきながらも輝きを増す澪に、怜司は狂おしいほどの独占欲と溺愛を募らせていく。 「君は、俺が選んだ唯一の存在だ」 才能と恋が火花を散らす、極上のシンデレラ・ラブストーリー。
View Moreここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。 本作は、351.8Kという長編になりました。そんな長い話を最後まで読んでいただいてうれしいです。 最初は、貧しい工房でひとり服を作っていた澪が、怜司に見いだされ、奪われた線を取り戻していく物語でした。 第一章では、才能を見つけられること。 第二章では、怜生を抱えながら、それでも愛だけに戻らないこと。 そして第三章では、母の影を越え、誰かに守られるだけではなく、自分の名前で立つこと。 書き始めた頃は、「貧乏デザイナーが圧倒的な男に見つけられ、囲い込まれる話」でした。けれど、書いていくうちに、澪はただ囲われるだけの女ではいられなくなりました。 彼女は自分で立つことを選びました。 自分の名前で仕事をし、自分の傷も愛も服に変えて、最後には怜司の方が澪の場所へ来る。 その成長を書けたことが、個人的にはとても楽しかったです。 そしてこの作品では、クリエイターの狂気のようなものをかなり入れられた気がしています。 美しいものを作りたい。 認められたい。 でも、誰かの商品にはなりたくない。 愛している人がいても、自分の手だけは離したくない。 私自身もクリエイターの端くれとして、澪が服に向かう時の切実さや、作る人間のわがまま、飢え、執着を書くのは、とても楽しい時間でした。 怜司もまた、ただ澪を守る男ではなく、最後には澪の才能にかしずく男になったと思います。 強い男が、強い女を所有するのではなく、その場所へ行く。 その変化を書けたことも、この物語の大きな報酬でした。 苦しい場面も、甘い場面も、華やかな舞台も、小さな家族の時間も、最後まで一緒に歩いていただけていたら幸いです。 澪と怜司、そして怜生の物語を見届けてくださって、本当にありがとうございました。 少しでも「読んでよかった」と思っていただけたなら、とても嬉しいです。 もし気に入っていただければ、別作品もぜひ読んでいただけると嬉しいです。
その夜。 怜司は私より少し先に家へ戻り、怜生を見てくれていた。 家に帰ると、怜生はソファの上で絵本を抱えたまま眠っていた。 リビングには小さな灯りだけがついている。 テーブルの上には、怜生が描いた絵と、途中まで開いたままの契約書。 アトリエから持ち帰った布片が、椅子の背にかかっていた。 仕事と家族が、同じ部屋に混ざっている。 昔の私なら、それを散らかっていると思ったかもしれない。 今は、違った。 これが、私の生活だった。 「寝たばかりだ」 怜司が小さな声で言った。 「本を読んでくれたんですか」 「三冊」 「多いですね」 「一冊で寝ると言ったのに、約束を破られた」 私は笑いをこらえながら、怜生の髪を撫でた。 「怜生は交渉が上手ですから」 「誰に似たんだ」 「あなたでは?」 「お前だろう」 怜司が怜生を抱き上げ、寝室へ運んでいく。 大きな腕に小さな身体が預けられる。 その光景を見るたびに、まだ少しだけ不思議になる。 この人を失うかもしれないと思った夜があった。 怜生に、父親の声をもう聞かせられないかもしれないと思った朝があった。 けれど今、怜司はここにいる。 少し不器用に毛布を直し、寝顔を見て、音を立てないように扉を閉める。 「父親の顔ですね」 私が言うと、怜司は眉を寄せた。 「変か」 「いいえ」 私は首を振った。 「好きです」 怜司の動きが止まった。 言ってから、自分でも少し驚いた。 でも、取り消す気にはならなかった。 怜司はゆっくり近づいてくる。 「今のは、仕事の評価か」 「男としての感想です」 怜司が低く笑った。 次の瞬間、背中から腕が回った。 私は窓際に立ったまま、怜司の胸元へ引き寄せられる。 強くはない。 でも、逃がす気もない。 「澪」 耳元で名前を呼ばれる。 アトリエでは、白川。 契約書の前では、代表。 家では、澪。 その呼び分けだけで、私の中の境界がゆっくりほどけていく。 「今日もよく働いた」 「褒め方が上司です」 「なら、男として褒める」 怜司の唇が、首筋に触れた。
二日後の朝。 MIO SHIRAKAWAのアトリエでは、海外誌の公開ページが大きなモニターに映されていた。 セラフィナ・ヴァルデ。 彼女は、銀色の古い劇場の中央に立っていた。 肩から流れるMIOのドレスは、母の影をまとわせるためのものではない。 影を踏んで、自分の顔で光を受けるための服だった。 見出しには、英語とフランス語で同じ意味の言葉が並んでいる。 新しい悲恋の女神。 そして、その下に小さく、けれど確かに刻まれていた。 MIO SHIRAKAWA. 「昨日から問い合わせが止まりません」 ノアが言った。 「表紙だけじゃないです。評論家が、ルミナス・ガラの本番動画をまた拾い直してます。『セラフィナは母の神話をなぞらず、新しい神話になった』って」 ミナが横で頭を抱えた。 「嬉しいです。嬉しいですけど、注文フォームを見たくないです」 「見なさい」 梢さんが淡々と言う。 「現実はフォームに出る」 「梢さん、名言みたいに言わないでください」 そのやり取りを聞きながら、私は画面の中のセラフィナを見ていた。 綺麗だと思った。 でも、それだけではない。 あの服は、私一人のものではもうなかった。 セラフィナが着て、観客が見て、評論家が言葉を与え、市場が欲しがる。 そうやって、私の手を離れても、まだ生きている。 その時、怜司のノートパソコンに通知が入った。 「レオーネ・ヴァルカからだ」 アトリエの空気が、少しだけ引き締まる。 怜司がメールを開いた。 本文は短かった。 『私の舞台は、いいものを生んだ』 それだけだった。 勝った、とは書いていない。 負けた、とも書いていない。 あまりにもレオーネらしい言い方だった。 私を祝福しているようで、舞台そのものは自分のものだと言っている。 でも、その一文の奥に、あの男の愉悦が見えた。 制御できないものを見た時の、あの楽しそうな目。 「上から目線で、腹が立ちますね」 私が言うと、怜司が薄く笑った。 「分かりやすい褒め言葉よりは信用できる」 「そうですか?」 「あの男が退屈していない」 怜司の声は冷静だった。 けれど、わずかに警戒も残っている。 レオーネは消えた敵ではない。 舞台を閉じた後
翌日の午後。 MIO SHIRAKAWAのアトリエには、ルクソリアからの正式書類が届いていた。 差出人は、東雲綾乃。 件名は、次季協業ラインに関する基本合意書。 怜司は向かいの席で内容を確認し、私は作業台の端に立ったまま、最後のページに置かれた署名を見つめていた。 東雲綾乃。 かつてその名前は、私にとって、怜司の隣にいる女の名前だった。 完璧な家柄、完璧な立場、完璧な指輪。 私には持てないものを、全部持っている人。 けれど今、その名前は違う意味を持っていた。 ルクソリアを背負う経営者。 怜司を手放し、会社を選び、その選択を敗北にしなかった女。 「条件は悪くない」 怜司が言った。 「悪くない、ですか」 「かなりいい。MIOの独立性を明文化している。ルクソリア側の広報資料にも、白川澪の名前を主体として出す条項がある」 「綾乃さんが?」 「あいつは安い支援をしない」 怜司の声には、かつて妻だった人への労わりと情があった。 けれど、それは私を不安にさせるものではなかった。 それが少しだけ嬉しかった。 誰かを悪者にして得た幸福ではない。 それぞれが自分の席を選び直したあとに、ここへ届いた書類だった。 「白川」 怜司がペンを置く。 「最終判断はお前だ」 「分かっています」 「綾乃への遠慮で受けるな。俺への遠慮で断るな」 その言い方が、あまりにも怜司らしくて、私は小さく笑った。 「厳しい参謀ですね」 「代表が情で契約を結ぶなら止める」 「では、仕事として受けます」 私がそう言った時、ノアが入口から顔を出した。 「白川さん、オンライン会議つながりました。相手、アーク・ブレイズの一ノ瀬さんです」 画面の向こうで、一ノ瀬蓮が軽く手を上げた。 以前と同じ、少し力の抜けた笑み。 けれど、その後ろに見える会議室は、日本ではなく、どこかの展示会場の控室らしかった。 「澪さん、久しぶり」 「一ノ瀬さん。お忙しいところすみません」 「忙しい人に忙しいって言われると、返しに困るな」 彼は笑って、画面の横に資料を出した。 「ルクソリアとMIOの協業の件、外部窓口として一件だけ相談を受けた。アーク・ブレイズの名前は前に出さない。けど、市場の見え方だけ確認しておきたくて」