LOGIN花霞地方裁判所桜都支部。 ごく普通の裁判所――のはずですが。 そこに勤める判事補、司 法子はちょっと変わった人物。 緑色のショートヘアに赤いカラコン。 出勤も退勤もパンクファッション、まるでライブハウス帰りのよう。 けれど、法服をまとって椅子に座るとき―― 彼女は一転、真剣な眼差しで事件と向き合い、証拠を読み、心を見抜き、誰よりも人に寄り添う判決を下す。 そんな“Funky裁判官”のもとに配属されたのが、国内最高峰・東帝大学を主席で卒業した才女、東條 菊乃。 几帳面で真面目なお嬢様は、法子に振り回されっぱなし。 しかし、その奔放さの裏にある“人を救いたい”真摯な心に触れ、少しずつ彼女自身の価値観も揺らいでいく――。
View More法子「――はいっ、ここまで読んでくれてありがとねっ☆ 『法廷にはコーヒーとプリンを』これにて閉廷しまーす!」菊乃「判事っ! あとがきでまで“閉廷”を叫ぶなど、前代未聞でございます! せめて“ありがとうございました”にしてくださいませ!」 法子「じゃあ、“閉廷ありがとうございました〜☆”」菊乃「組み合わせがめちゃくちゃですのよ!」 法子「でもさぁ、ちゃんと最後は“プリン・エトワール”でしめられたでしょ? おキクさんだって、頬ゆるんでたじゃん?」菊乃「ゆ、緩んでなどおりませんっ! あれは……プリンの質を確認するために真剣な表情をしただけで……!」法子「読者のみんな、聞いた? “真剣にプリンを味わう”って、なんかすごくお嬢様らしいでしょ☆」菊乃「判事っ! 勝手に変換しないでくださいまし!」 法子「あ、そういえばさ。おキクさん、“何度でも一緒に”って言ってくれたじゃん? あれ録音してあるから、次の裁判で流してもいい?」菊乃「ななななっ……!? 録音!? そんなものを証拠品のように扱わないでくださいませぇぇ!」 法子「え〜? でも“判事のいじわるぅぅぅ!”って叫んだのも、いい感じに録れてるよ☆」菊乃「も、もはや辱めでございますわ……! どうかお慈悲を……!」 法子「はいはい、冗談冗談。……でもさ、第二部がもしあるなら――またプリン食べながら騒ごうねっ☆」菊乃「はぁ……結局最後まで、食べ物でまとめるのですか……。ですが……皆さま、もし次がございましたら、そのときもどうか温かく見守っていただけますと幸いでございます……(深々と一礼)」 法子「よしっ! それじゃあ最後にみんなで復唱しよっか! “甘味の過剰摂取には 気をつけましょう☆”」菊乃「そんなあとがきの締め、聞いたことがございませんわぁぁぁっ!」
花霞地方裁判所桜都支部・小法廷。 ばさり。黒い法服の裾を翻し、判事・司 法子が入廷した。「令和15年(ワ)第311号、都市再開発差止請求事件――開廷しまーす☆」「判事っ! 開廷の宣言を遊ばないでくださいませっ。不謹慎でございますわ!」 書記官・東條菊乃が思わず声を上げる。 年明け最初の法廷。 満席の傍聴席から笑いが漏れ、空気が少し和らいだ。 原告はスターロード商店街の小規模店舗と住民たち。 代理人は高梨悠一。 被告は桜都市と花霞州、そして外資系デベロッパー、ネクサス・シティ・デベロップメント。 代理人は白川真理子。 冷静沈着な大手事務所の弁護士だ。 第1回口頭弁論。 高梨が熱の入った言葉で訴える。「スターロード商店街は半世紀以上、暮らしを支えてきました。八百屋も書店も喫茶店も――顔を合わせ、支え合う場所です。再開発でそれを奪うのは、取り返しのつかない損失です!」 白川が資料から目を上げる。「歴史は尊い。しかし現実をご覧ください。老朽化、空き店舗、利用者の減少。このままでは“廃墟”です。再開発は未来へ生き抜くための必然です」 高梨は食い下がる。「古いものを壊すだけで未来は生まれません。記憶や心を置き去りにして――それを真の未来と呼べますか!」 白川は淡々と返す。「情緒では都市は守れません。必要なのは合理性と効率。新しい施設、道路、雇用――それが目的です」 法子が短く釘を刺す。「双方、感情に流されず論点を整理してね。裁判は討論会じゃないよ」 主張が出揃た。「――第1回口頭弁論はこれで終結にします。次回、第2回期日に判決を言い渡します」 菊乃はペンを止め、法子の横顔を見る。 飄々とした表情。 だが、その目にはかすかな迷いが揺れていた。 法廷を出ると、庁舎前は記者の波。 フラッシュが瞬く。「今回の行方は? 」「判決の方向性は? 」「あっ、暴走した書記官だ! 」 質問が矢継ぎ早に飛ぶ。 菊乃は固まり、顔が真っ赤になる。「あわわわ……わ、わたくしが……発言する……こと……」 そのとき、法子が割って入り、軽く笑った。「判決はまだでしょ〜。ね、もうちょっと空気わきまえてくれないかなっ☆」 一瞬、記者が静まる。法子は菊乃の腕を取り、人垣を抜けて走った。「は、判事っ!? 走るのですかっ!」「質問攻めだも
年の瀬。12月30日。 桜都市の商店街は、買い出しの人々でにぎわっていた。 東條菊乃は日傘をたたみ、ためらいなくカフェ・ロッソの扉を押した。 カウンターに着くなり、マスターの西園寺に目当ての品を注文する。「本年最後の……ご褒美ですわ」 目当ては期間限定スイーツ。 艶やかに盛られた苺のミルフィーユ仕立てが、白い皿に映えていた。 一口。 サクサクのパイ生地、甘酸っぱい苺、ふんわりクリーム。 至福の甘みが広がり、菊乃の頬がゆるむ。「……んっ。これは……しあわせ、でございますわ……」 ふっと笑みが漏れる。 普段とは違う柔らかな表情だった。 カラン。 扉のベルが鳴り、店の空気が一変する。「よう、ロックスター! 今日も一段とイカしてるじゃねぇか」 マスター・西園寺慎の声に、客が一斉に振り返る。 革ジャンにフリフリのミニスカ。 カラフルなニーハイ、そして大きめサングラス。 鼻歌まじりに現れたのは――花霞地方裁判所桜都支部、判事、司 法子。 菊乃はフォークを落とし、目を剥いた。「は、判事っ! なんですかその珍妙な格好は! 今は令和の時代ですのよ!」「おばけプリンと、地獄のコーヒーちょうだい☆」 本人は悪びれず、カウンター席に腰を下ろした。「……了解、了解」 西園寺は肩をすくめて注文を受ける。「おや、おキクさん、奇遇だねぇ! 今日は年末特別コスだよっ☆」「コスではございません! 羞恥心という言葉を存じないのですかっ!」 菊乃が顔を真っ赤にして立ち上がる。 その姿に、法子は楽しそうに笑った。「まったく、お前は変わらねえな」 西園寺がカップを磨きながら言う。「昔、バンド組んでた頃も、似たようなこと言ってた奴がいたっけ」「やめろって!」 法子が慌てて制止するが、マスターの口は止まらない。「お嬢様は知ってるか? ノリコは昔、インディーズで絶大な人気だったんだぜ。ライブは満員、雑誌の特集に深夜番組。バンド名は――」「言うなってば!」 法子は顔を真っ赤にして手を伸ばすが、小柄な腕はカウンターの中の西園寺に届かない。 その名はあっさり告げられた。「――爆裂!ぷりん倶楽部……通称、ばくぷり」「ぷ、ぷりんくらぶ……!? 判事が――人気バンド……? ちょっと意味が分からないですわ――ご説明を!」 菊乃はカウンターに手を
花霞地方裁判所桜都支部・執務室。 机の上には訴訟記録の山。 横には空になったプリンカップと缶コーヒーが転がっている。 法子は朝から独り言をこぼし、書類をめくっては閉じ、ペンを落としてはため息をつく。「……どっちに寄っても、誰かが泣く」 ぼそりと漏れた声に、菊乃は息を呑む。 いつも軽口ばかりの法子が、珍しく背中を丸めていた。「判事……お加減が悪いのであれば、少しお休みを」「いや、大丈夫。おキクさん。ただ……条文と違って、人の最期はその行間からこぼれ落ちるんだよね」 菊乃は迷った末、机上の空き缶をそっと片付ける。「契約の拘束力は重んじるべき。ですが……本人の“もう十分”という意思を無視するのは、わたくしも違うと感じます」 法子はまだ開けてないプリンカップを指先で弾いた。「プリンだって揺れても芯は残る。判決も、そうあるべきなんだ」 菊乃は返す言葉を失い、ただ横顔を見つめる。(この方は……立ち止まって崩れるのではない。迷いながらも進んでおられるのですわ) ――朝の光が差し込む廊下。 法子は黒法服を腕にかけ、窓ガラスに映る自分をじっと見ていた。 張りのない隈の浮いた顔で、口角を上げてつぶやく。「おキクさん、どう? 今日の顔、五割増しくらいで“冷徹裁判官”に見えるでしょ?」「……とても、そうは見えませんわ」「だよねぇ〜。疲れてるのバレバレか」 無理に明るく振る舞う姿に、菊乃は小さく眉を寄せた。「判事……少し、屋上へ参りましょう。風に当たって、一服されては?」 法子は目を瞬かせ、笑いを含んだ吐息をもらした。「ふふっ。おキクさんが誘うなんて、珍しいね」 ――朝の風が冷たい屋上。 法子は黒法服を脇に置き、ポケットからハイライトを取り出す。「屋上で吸う一本は格別なんだよ」 火をつけ、一口。白い煙が流れていく。 菊乃もマルボロ・メンソール・ライトに火をつける。「誘ったわたくしが言うのも妙ですが、連日連夜の徹夜、多量の喫煙、不規則な食事……お体を壊されては困りますわ――けれど、本日は特別に見逃して差し上げます」 菊乃の声は、いつもより少しだけ柔らかかった。「ありがと。じゃあ、この一本で気持ちを切り替えるよ」 煙を吐き、目を細める法子の横顔には、人の尊厳に踏み込む覚悟が滲んでいた。(この方は……どんな迷いを抱えても、前を
桜都市、スターロード商店街。 法子の地元で、夏祭りの提灯が灯っていた。 東條菊乃は浴衣姿で歩く。 傍らには日傘と荷物を持つ執事の老紳士。(……屋台をひと回りしてから帰りましょうか) そう思った矢先。 「へいらっしゃ〜い! 早く買わないと“焼きすぎ有罪”だよっ!」 聞き覚えのある声。 顔を向けると、革ジャンに浴衣帯を巻き付けた人物。 花霞地裁の判事、司 法子であった。 西園寺の出店している屋台で、焼きそばを焼いている。 「は、判事ぃっ!? な、何をしておられますのっ!」 驚愕した菊乃は駆け寄り、声を張り上げる。 「アルバイトは規則違反です
法廷の扉が開き、黒法服がばさりと鳴った。「令和15年(ワ)第145号、結婚式キャンセル料減額請求事件。同じく第162号、準備費用返還請求事件。――併合して審理するよ!」 軽すぎる声に、当事者も代理人も一斉に目を丸くする。 花霞地方裁判所桜都支部・判事、司 法子。 いつも通りの登場だった。「判事っ、“するよ”ではなく“いたします”です!」 書記官・東條菊乃の鋭い声が飛ぶ。 当事者、美咲と拓也は互いに視線を逸らし、弁護士たちも手を止めた。 ――場はすでに修羅場の予感に包まれていた。 一週間前。 第2号法廷。事件A――結婚式キャンセル料減額請求事件。 原告:藤堂美咲(26
ばさり。 法服の裾を鳴らし、判事・司 法子が裁判長席に腰を下ろした。 「令和15年(ワ)第102号、境界確認等《きょうかいかくにんとう》請求事件――開廷しまーす!」 法子の明るすぎる声に、当事者と代理人が目を丸くする。 書記官・東條菊乃が条件反射のように後方の法子を振り返った。 「司法の場で“しまーす”は不適切ですわっ!」 法子は菊乃にウインクを飛ばし、ファイルを開いた。 菊乃の胸に冷たい汗がにじむ。──一週間前。桜都簡易裁判所・調停室。 令和15年(ノ)第58号、境界確認等調停申立事件。 午前10時。 法子は昭和レトロなチェック柄ジャケット
ばさり。 黒法服の裾を鳴らし、裁判官が入廷する。 「令和15年(少コ)第34号、家賃請求事件――開廷しまーす!」 明るすぎる声に、原告も被告も目を丸くした。 書記官・東條菊乃は即座に立ち上がり、裁判長席を振り返った。 「司法の場で“まーす”は不適切ですわ!」「条文に書いてなければノーカンでしょ?」 裁判官――司 法子は涼しい顔。 法廷の空気は、張りつめと苦笑の狭間で揺れた。 任官三年目。 まだ“補”の肩書きはあるが、この桜都《おうと》支部では一人前扱いだ。 地方の人手不足ゆえの特例を、法子は楽しんでいるようにも見えた。 三時間前。 桜