LOGIN元婚約者・進藤律(しんどう りつ)に7年も尽くしたけれど、結局彼は私の義理の妹が大好きだった。彼は婚約を破棄させるために、私の顔でだらしない写真を合成して、それを街中にばら撒いた。 運転中にそのことを知った母は、動揺のあまり事故を起こしてしまった。 絶望の淵にいた私を救ってくれたのは、幼なじみの清原朔(きよはら さく)だった。彼は取り乱す私の代わりに、必死で医師を手配し、母のそばで一晩中付き添ってくれた。 それでも1週間後、母は息を引き取ってしまった。
View More朔は取り憑かれたようになっていた。そのまま、その場に跪いて頭を地面に打ちつけ始めた。硬いコンクリートにぶつかり、彼の額からは血が滲み出してきた。誰もいない殺風景な砂浜で、顔を血で染めた朔の姿は異常なまでに恐ろしかった。しかし、私の心は少しも動かなかった。彼が私にしてきたことの重さを考えれば、これくらいは当然の報いだと思えた。かつて、彼を殺して自分も死のうと思っていた。当時の私は、失うものが、何一つ残っていないと考えていたから。いっそ死ぬことで楽になれるのではないかと感じていたのだ。だが、彼のために自分の命を投げ出すなど馬鹿げていると思い直した。今の私には、そんな考えを抱くことは一切なかった。心の中には、大切な人がいるからだ。辰也が車にもたれて私を待っていた。彼は何も聞かず、ただ静かに私を抱きしめた。彼の行動に感謝の気持ちが溢れた。今、私が最も必要としていたのはその温もりだったから。朔の自殺を知ったのは、3年後、私と辰也の結婚式の時だった。辰也は私を心配したが、私は驚きこそしたものの、それ以上の感情は湧かなかった。あのプライドの高い朔が自ら命を絶つとは。発見されたときには遺体が酷く腐敗していたという話だった。それだけはまったく予想外だった。そして辰也には知ってもらいたいことがある。朔の生死よりも、目の前のこの幸せな式のほうが私には重要だということを。彼はこの日のために、随分前から入念に準備を進めてくれていた。ウェディングドレスも、私がずっと憧れていたデザインそのものだ。床の絨毯さえも、私の理想に合わせてカスタマイズされたものだった。ゲストを出迎える大きなウェディングフォトのパネルも、彼が婚約フォトをもとに手描きしてくれたものだ。彼は毎日少しずつ、筆を入れて完成させていた。集中して一時間描くときもあれば、たった何分かで切り上げるときもあった。そんな彼を見ているうちに、私は居ても立っても居られなくなり、隙を見てはこっそり筆を加えたこともあった。というのも、彼はいつもリハビリとして私に絵筆を握ってほしいと伝えていた。きちんと医者と相談して、私の手が回復できるように頑張ってくれた。しかし、私の中にはどうしても乗り越えられない心の壁があった。手のひらに残る消えない傷跡
「暮葉!」聞き覚えのある声が、不意に耳に飛び込んできた。振り返ると、朔が駆けてきていて、私は思わず言葉を失った。朔は怒っていて、私が辰也と一緒にいることが許せないようだった。朔は無防備な辰也をいきなり蹴り飛ばし、彼は無様に地面へと倒れ込んだ。私は急いで朔を強く突き飛ばし、辰也に駆け寄った。自分が突き飛ばされるとは思ってもみなかったのだろう。朔はそのまま浜辺でバランスを崩した。彼は驚愕に目を見開き、私を呼んだ。「暮葉、まさか、あいつのために俺を突き飛ばすなんて」そんな朔には構わず、私は辰也を慎重に抱え起こした。「辰也さん、大丈夫ですか?どこか怪我しましたか?」「俺は平気ですよ、咲和さん。彼は誰ですか?」「ただの知り合いですよ」私が「ただの知り合い」と朔を紹介した瞬間、朔は逆上して手をあげようとした。何も悪くないのに蹴られた辰也を見て、私も我慢できなかった。私はそのまま、朔の頬をビンタした。朔の頬に、真っ赤な手の跡が浮かび上がった。突然のことで気が動転したのか、朔は呆然と立ち尽くした。「辰也さん、先に車へ戻っててくれませんか?」「うん、分かりました。もし何かあったらすぐに呼んでください。迎えに行きますからね」朔の様子を見た辰也は、私が彼と二人きりになるのを心配しているようだった。私は小さく首を振って、大丈夫だと伝えると、彼はようやくゆっくりと去っていった。「暮葉、あれは誰だ。二人はどういう関係なんだ」朔は、すこし鼻声になっていた。「あなたに関係ないことだわ。もう用がないなら行かせて」辰也を先に行かせたのは、巻き込んでほしくなかったからだ。それに、朔の執念深さはよく知っている。何より、彼と関わりたくないのが本心だった。私が歩き出すと、朔は腕を掴んできた。反射的に嫌悪感を覚えて腕を振り払った。手が離れた瞬間、彼の顔色がみるみるうちに悪くなった。その時ふとよく見ると、朔は以前より随分と痩せこけていた。まるで、別人みたいだ。いつも清潔感のあった顔にも、無精髭が生えていた。私が戸惑っていると、彼は口を開いた。「暮葉、以前は全部俺が悪かった。もう間違いには気づいたんだ。やり直すチャンスをもらえないか?晴香なら、ちゃんと罰を与えておいた。彼女を痛い目に遭
涙が溢れてしまい、今の私はきっと間抜けな顔をしていると思う。「喜んでくれると嬉しいですよ。咲和さんに楽しんでほしかったからです」辰也はそう言って、恥ずかしそうに耳を赤くしながら視線を逸らした。海辺に着くと、彼は私に先に休むよう言い、荷物を取りにその場を離れた。私は促されるまま、用意されていた椅子に腰を下ろした。ここの景色は本当に彼が言った通り綺麗で、気温も心地よかった。暗くなっていた私の気持ちも、すっと明るくなった気がした。遠くから、カルトンと画材を抱えた彼がゆっくりとこちらに向かってきているのが見えた。手伝おうと歩み寄ると、「絵具が少し漏れていて、スカートを汚してしまいますよ」と彼が止めた。私は海に行くと知って新しいスカートを買ったのだ。「急にどうしました?今日は海を描くつもりですか?」「いや。海よりもずっと美しいモデルを描きます」見渡す限りの浜辺には、私たち二人以外誰もいなかった。彼が私を見つめ、「今日一日、俺のモデルになってくれませんか。今の咲和さんがとても美しく見えます」と聞いた。「でも、うまくポーズがとれるか分かりません。昔、絵のモデルをした時も、先生に『向いていない』と言われたんです」自分でも不思議なほど、思ったことをそのまま口に出していた。出会ってからまだ間もないのに、彼の前ではなぜか警戒心が薄れるのだ。さらに、自分の気持ちまで素直に言葉にできていた。彼に心を許し、頼っているのだと改めて実感した。「大丈夫です。そこに座っているだけで十分素敵ですよ。少し顔を俺の方に向けてくれませんか。そう、その角度です完璧ですね。疲れたら動いていいですよ、輪郭を覚えましたから」彼の導くまま、私は言われるがままに体を動かした。モデルというのは長時間同じポーズを強いる退屈な仕事だと思っていた。でも彼は、少しでも私の疲れを感じ取るとすぐに休憩を提案してくれた。見渡す限りの水平線を眺めながらポーズを取り、全く苦にならなかった。あっという間に時間が過ぎ、彼は満足げに筆を置いて私に完成した絵を見せてくれた。彼の筆致は確かで、輪郭の捉え方から色彩のバランスに至るまで見事だった。特に素晴らしかったのは人物の表情で、画の中の自分が今にも動き出しそうなほど生き生きと描かれていた。
「暮葉!聞いた?あの晴香さんっていう悪い女に、ついに天罰が下ったわ!清原家が隠し持ってる地下室に監禁されて、もう半分死んでいる人間みたいになってるんだって。それに、あなたのあのクズのお父さんも朔さんを訪ねてから行方不明らしいの。彼の『いい奥さん』は警察すら呼ばなかったんだって……朔さんがまとめて処分して、足まで折ったっていう話よ。私に言わせれば、家族揃ってそこに放り込めばよかったのに!あなたのお父さんだって、あれほど『俺たちが本物の家族だ』って言ってたじゃない?まあ、あの一家全員ろくでもないわ。朔さんのそのやり方は一線を超えてるかもしれないけど、あの人たちの当然の報いね」友人が再び彼らの名前を口にするのを聞いて、私はそれほど驚いていなかった。私にとって、晴香も父も、とっくの昔に「家族」として認識していなかった。だからこそ、彼らの行く末になどまったく興味がなかった。あの人たちだって、私を傷つけたことなどとっくに忘れているだろう。けれど、私は決して彼らを許さない。過去の記憶は、夜になるといつも私を苦しめるのだ。どうして家族だった彼らが、あんなふうになってしまったのかと、よく考えることがあった。昔、父は酒ばかり飲んでいた。酔うといつも「お前のお母さんもお前も心底大嫌いだ」と私に吐き捨てたものだ。だから、母が亡くなった時でさえ、彼は涙を落とさなかった。たぶん彼にとって、晴香こそ本物の家族だったのだろう。そして私は、最初から彼に愛されていなかったのだ。そんな時、辰也から電話が来た。私は深く息を吸い込み、応答ボタンを押した。いつからだろう。彼の着信が一日の中で一番の楽しみになったのは。あの穏やかな声を聴いているだけで、心が静かになるのだ。「咲和さん、今なにしていますか?この前行った遊園地の写真、現像できたんです。手元にあるから、もしよかったら見てくれませんか?」私は、彼の行動に言葉を失った。以前に、「アルバムを作りたいのに自分の写真が全然なくて……」と彼の前で言っていたことがある。彼はそれを覚えていて、わざわざ現像までしてくれたのだ。胸に込み上げるものがあった。私は素直に、「見たいです」と返事した。そう伝えると、電話の向こうで彼が嬉しそうに笑ったのがわかった。「よかったです!じゃあ、このあと
彼が瞼を閉じる直前、その口は晴香の名前を呼んでいた。どうしてこれほど彼女を愛しているのか、私には理解できなかった。何年も前のあるパーティーのことをふと思い出した。私の頭上のシャンデリアが落ちてきた時、彼は迷わず命がけで私をかばった。私はその時から信じて疑わなかった。彼こそが本物の愛をくれる相手だと。人間の愛なんて、いつ変わってもおかしくなかった。最初から偽りだった愛は、なおさら信用できないものなのだ。朔が入院したその数日間、私は一度も見舞いに行かなかった。退院の日、彼は朝から家にいて、私を抱きしめて謝ってきた。「暮葉、病院に来てくれなかったのは、俺が事故で晴香をかばった
翌朝、私は朔に起こされ、「サプライズがあるから、一緒に見に行こう」と言われた。期待はしていなかったけれど、ついていくことにした。彼がまだこの芝居を続けたいのなら、付き合ってやるまでだ。ある邸宅の前に到着すると、まさにこの邸宅が、私のために準備されたサプライズだったらしい。彼は私を連れて建物内を回り、部屋の一つひとつについて熱心に説明を始めた。「暮葉、ここには庭が二つあるんだ。将来はここに、お前が好きな薔薇をいっぱいに植えようと思う。子供部屋も完璧だよ。青とピンクで用意したから、男の子と女の子のどちらが生まれても大丈夫だ。それから、庭に大きな桜の木も植えたんだ。俺たち
愛する人を守りたい一心で、私を何度も欺き、踏みにじったのか。「まったく、どこまで晴香さんのために尽くせば気が済むんだ。彼女がちょっと体調を崩しただけでわざわざ医者を雇い、金がなければ送金し、泣けば駆けつけ、笑えばお前の方が喜ぶ。あの時も、晴香さんを救うために暮葉さんのお母さんから心臓を奪い、遺骨まで捨てた。遺骨が残ってたら幽霊となって晴香さんに害を及ぼすことが怖かったんだろ?暮葉さんは今も知らないだろう。ずっと大切にしていたその墓の下が、中身のない空っぽの穴だということを」朔は眉をひそめ、窓の外を見つめた。「俺は犯した罪を認める。代償は何でも払おう。幽霊となって俺を苦しませ
周囲のみんなは羨望の眼差しを私に向け、私のことを「世界一幸せな女だ」と語り合った。私は笑顔で祝福を受けながら、隅の方で朔が晴香のそばにかがみ込み、その足を自分の膝の上に乗せて優しく揉んでいるのを目にした。彼の瞳には心配と、隠しきれない愛情が滲んでいた。「もうこんなにきついドレスを着るな。ヒールも高いし、踵が真っ赤じゃないか?」その目は愛しさで溢れており、他の人など目にも入っていないようだった。晴香は恥ずかしそうに唇を噛み、甘えるように呟いた。「でも、この方が綺麗に見えるから」朔は微笑み、目を細めて言った。「俺からすれば、君はどんな姿でも最高に綺麗だよ」私は自分の身に
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