LOGIN「次の演習からは、武器の使用も許可する」
訓練場に教官の声が響き、森の空気が張り詰める。 総合演算実技に向けた非公式のチーム訓練──クロたち六人は、個々の武器を手に立っていた。 カイは拳に馴染んだ演算強化グローブを装着し、パチンと指を鳴らす。小さな火花が走る。 サクラは黒扇を静かに開く。波紋のように、周囲の空気が整っていく。 フィアは無駄なく細剣を抜き、刃に氷の演算が重なる。剣先が揺れるたび、空気が凍る。 ミナは火導管のスイッチを入れると、両腕から赤い魔紋が浮かび上がる。 レインは無言で、大地に演算杖を突き立てた。地面が脈打ち、刻印が地脈を巡る。 この学園では、武器は基本的に自分自身の演算で生成するものだ。 生徒一人ひとりに宿る演算パターンと属性を解析し、それに最適化された演算媒体。 つまり武器を、自らの力で作り出す。外部から与えられるものではなく、自分と向き合い、構築し、鍛えあげていくのが魔術士としての基礎なのだ。 だからこそ、彼だけが異質だった。 「……え、俺、武器なんか持ってないんだけど?」 クロが言うと、フィアがあきれたように眉を下げる。 「次の演習から武器の使用が許可されたでしょ」 「俺でも聞いてたぞ?」とカイが笑いながら拳を鳴らす。 クロは小さくうなだれた。 (マジか……完全に出遅れた) だが、もう時間はない。 「個別演習を開始する。チームは自由に組め」 最初に一歩を踏み出したのは──サクラ。 「フィアさん、手合わせ願います。私も……変わりたいから」 フィアは少しだけ目を細めた。 「……いいわ。来なさい」 「ちょっと待った!」 ミナが元気よく割り込む。「私も混ぜて!」 「えぇ……二人相手?」とフィアが肩を落とすが、その目は笑っていた。 その傍らで、レインがクロに声をかけた。 「お前の本質が見たい」 レインがクロを見据えた。 「なら、俺はクロのサポートだな!」 カイが肩を叩き、ニカッと笑った。 「──演習、開始!」 フィアの構築した氷陣が、静かに展開されていく。 地面を這うようにして、冷気が広がっていく。 「行くよサクラ!」 ミナが先行して突進し、拳で氷壁を砕く。その瞬間、フィアの細剣が光を裂いた。 「ッ──!」 サクラが扇を広げ、風を纏わせた。 氷の軌道をズラし、ミナに再接近の隙を作る。 「いける!」 しかし、フィアの動きは止まらない。 彼女は氷柱を逆手に取り、踏み台とすることで空中へと舞い上がった。 「上か──!」 サクラの風が上空を巻き込むが、フィアは氷の結界を身体に纏いながら急降下する。 着地の瞬間、氷霧が爆ぜ、周囲一帯が視界を奪われた。 「見えない……けど、動く!」 ミナが勘と気配で前に出る。拳を構えたその瞬間、フィアの剣が霧の中から突き出された。 「っ、サクラ、今!」 「風撃!」 風圧が横から叩きつけ、フィアの剣が逸れる。 その間に、ミナが拳をねじ込む──しかし、直前でフィアが後ろに跳ぶ。 「見えない中でも、意思の連携がある……」 フィアの目が、サクラとミナの動きを正確に捉えていた。 「面白い。けど、まだ届かない」 氷を収束させ、四方から小型の氷刃がサクラたちを狙う。 サクラが風で偏差をかけ、ミナが砕いて進む──ぎりぎりの連携。 「もう一歩!」 ミナが叫びながら飛び込むが、その直前──フィアの氷剣が、真正面から振り抜かれた。 「っ!」 防げない。そう思った瞬間。 剣は──寸前で止まった。 「……惜しかったわね」 氷の剣が霧とともに溶け、フィアが息をついた。 フィールドの別サイド 最初に揺れたのは、大地だった。 レインが一瞬、指先を立てる。 直後、クロとカイの足元から地面が盛り上がり、円状の岩が彼らを包囲する。 「動けなくなる前に抜けるぞ!」 カイが咄嗟に跳躍し、クロも遅れて追いかけるが──空中で足場を失った瞬間、岩柱が上へと突き上がった。 「っ、うわッ!」 「クロ!」 カイが拳で砕きながら接近するが、レインはまったく動かない。 代わりに、地面そのものが彼の意志を示すように動いていた。 「これ、完全に地形制圧じゃねぇか……!」 クロが歯を食いしばる。 「なら……突破するしかねぇ!」 右手に電流を集中させ、指先から一条の光を走らせる。 「閃雷刀!」 弧を描いた電撃が、地面に沿って蛇行しながらレインへ突き進む。 が──直前で土塊が立ち上がり、雷撃は吸収されたように消失した。 「くっそ、通らない!」「クロ、仕切り直すぞ!」 カイが前に出て、レインの新たな岩槍を拳で叩き潰す。土の波が彼らを分断するが、クロは食らいつく。 足元から雷光を走らせ、演算を重ねる。だが、思考の同期が追いつかず、術式が崩れ始めていた。 《警告。演算負荷が限界を超過。補助構築を開始します》 脳内にゼロの声が響く。 次の瞬間──クロの右腕に、雷の紋章が刻まれた金属製のブレイサーが生成された。 青白い光が迸り、装置が展開する。 「……俺に合う武器なんて、ないと思ってたのに──」 演算が一気に安定する。 「これなら……いける!」 「雷式・連鎖展開(リンクバースト)!」 クロの掌から走る雷が杭に沿ってレインを襲う。だが── 「地層反転」 レインは地面ごと姿勢を変え、攻撃を受け流す。 「こいつ……スキがねえ……!」 カイが隙を突いて踏み込む。 「今度は外さねえ!」 グローブの拳がレインの防御を打ち砕こうと迫るが、土の壁が生まれる。 「防壁──重奏」 音を立てて土が分厚く積層する。拳がのめり込んだ。 それでもカイが叫ぶ。 「クロ、見せてみろよ、お前の力!」 クロは叫ぶように演算する。 「雷式・斬撃変換──雷刃!」 演算展開装置が刃の形に変わり、雷が剣となる。クロがそれを握る。 「これが……俺の形だっ!」 刃が放たれた。一瞬、空気が止まる。 レインの演算壁を貫く寸前で──終了の合図が鳴った。 【訓練後・夕暮れ】 広場に夕陽が差し込む。 ミナは息を切らしながら地面に倒れこみ、サクラも座り込む。 フィアがふと呟いた。 「少しは……まともになったじゃない」 「ありがとうございます。でも……まだまだです」 「焦らないこと。戦いは、間で決まるものよ」 レインがクロに歩み寄る。 「未完成でも、戦える。意志があれば」 カイはクロの右腕を指差し、笑う。 「それ、カッコついてきたじゃねえか。雷の剣ってのが、またお前らしいわ」 クロは無言でその武器を見つめた。 演算装置の光が、まだ微かに灯っている。 (これが、俺とゼロで作った答えだ) 「ゼロ。……これ、俺、使いこなせるかな」 《お前ならできる。まだ、演算余地は99.7%残っているが》 「……期待しすぎだっての」 だが、表情は自然と笑っていた。 俺は、ここから変わっていく。それから五年が経った。《ニューエラ・アカデミー》は、世界中に20の分校を持つまでに成長していた。卒業生は5000人を超え、彼らは社会の様々な場所で活躍している。異常演算者への差別は完全に消え、共存が当たり前の世界になっていた。そして――クロとサクラには、4歳になる娘がいた。名前は、アイリ。風属性の魔術を使える、元気な女の子だった。「パパ、見て!」アイリが小さな風の渦を作る。「おお、すごいな」クロが褒める。「上手になったな」「ママが教えてくれたの」アイリが誇らしげに言う。サクラが微笑む。「この子、才能あるわ」「そうだな」クロも嬉しそうだ。二人の家は、アカデミーの近くにあった。毎日、教師として働き、夜は家族と過ごす。そんな平和な日々が続いていた。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ある休日、12人全員が集まることになった。場所は、最初に約束の海に来たビーチ。「久しぶりだな、みんな」クロが仲間たちに声をかける。「ああ、久しぶり」カイが笑う。ジンも微笑んでいる。「みんな、元気そうだな」ミナとフィアは、親友同士で話している。「最近、忙しくてさ」「わかるわ。私も」レイン、レオ、リア、マルクも談笑している。「久しぶりの休みだ」「楽しもうぜ」アイリは、他の子供たちと遊んでいた。そう、他の仲間たちにも子供ができていたのだ。ジンとフィアの息子。
《ニューエラ・アカデミー》開校から三年が経った。学院は今や、世界中から注目される存在となっていた。卒業生は1000人を超え、彼らは社会の様々な場所で活躍している。「信じられないな」クロが校長室で書類を見ながら呟く。「三年で、ここまで大きくなるなんて」「君たちの努力の賜物だ」ルーク司令官が訪問し、そう言った。「いや、みんなのおかげです」クロが謙遜する。「先生方、生徒たち、支援者の皆さん」「すべての人の協力があったから」ルークが微笑む。「謙虚だな、相変わらず」「それで、今日はどうされたんですか?」「実は――」ルークが真剣な表情になる。「君たちに、新たな提案がある」「提案?」「世界各地に、《ニューエラ・アカデミー》の分校を作らないか」その言葉に、クロは驚いた。「分校……ですか?」「ああ。ヨーロッパ、アジア、アメリカ」「世界中に、この教育を広めたい」「でも、俺たちだけでは……」「大丈夫だ」ルークが安心させる。「各地のWAU支部が協力してくれる」「そして、君たちの卒業生が教師になる」クロが考え込む。確かに、素晴らしい提案だった。しかし、責任も大きい。「みんなに相談してみます」クロが答える。「わかった。返事を待っている」ルークが去った後、クロは仲間たちを集めた。「分校か……」ジンが考え込む。「やりがいはあるな」「でも、大変だぞ」カイが心配する。「俺たち、各地
《ニューエラ・アカデミー》開校から一年が経った。 初期の生徒たち300人は、今や立派な異常演算者に成長していた。 そして、新たに400人の新入生を迎えることになった。 「すごい人数だな」 カイが新入生の名簿を見ながら言う。 「400人も」 「需要が高まってるんだ」 ジンが説明する。 「異常演算者への理解が深まり、正しい教育を受けたいという人が増えた」 「いいことだな」 クロが微笑む。 「俺たちの活動が、実を結んでる」 新入生歓迎式が開かれた。 壇上には、12人の教師だけでなく―― 1期生の代表として、ユウキとアカネも立っていた。 「新入生の皆さん、ようこそ」 ユウキがマイクを手に取る。 「僕は、1期生のユウキです」 「一年前、僕もここに入学しました」 ユウキが自分の経験を語る。 「最初は不安でした。本当に、異常演算を使いこなせるのかって」 「でも、先生方の丁寧な指導のおかげで、今ではこんなに成長できました」 ユウキが風の魔術を披露する。 美しい風の渦が、会場を包む。 新入生たちが感嘆の声を上げる。 「すごい……」 「僕たちも、あんなふうになれるのかな……」 アカネも続ける。 「私も、最初は自信がありませんでした」 「でも、仲間と一緒に頑張ることで、強くなれました」
《ニューエラ・アカデミー》が開校してから半年が経った。生徒たちは、目覚ましい成長を遂げていた。「すごい……」クロが訓練場で生徒たちの模擬戦を見ながら呟く。「半年前とは、別人みたいだ」ジンも頷く。「基礎がしっかりしてきた」「このまま成長すれば、立派な異常演算者になるだろう」訓練場では、二人の生徒が戦っていた。一人は、風属性のユウキという少年。もう一人は、炎属性のアカネという少女。「《風刃・連撃》!」ユウキが風の刃を連続で放つ。アカネが炎の壁で防御する。「《炎壁》!」しかし、風刃が炎壁を突破しそうになる。「まずい……」アカネが焦る。その時、アカネは授業で習ったことを思い出した。(ミナ先生が言ってた。防御が破られそうな時は、攻撃に転じろって)「《爆炎弾》!」アカネが攻撃に切り替える。炎の弾丸が、ユウキに向かって飛ぶ。「うわっ!」ユウキが慌てて回避する。その隙に、アカネが距離を詰める。「《炎拳》!」炎を纏った拳が、ユウキに命中した。「勝負あり!」審判役のカイが宣言する。「アカネの勝ちだ」「やった!」アカネが喜ぶ。「ありがとうございます、ミナ先生!」ミナが笑顔で親指を立てる。「よくやった」「でも、ユウキも悪くなかったぞ」カイがユウキに声をかける。「攻撃は完璧だった。ただ、相手の反撃を予想できなかった」「はい……」ユウキが悔しそうに言う。「次は、勝ちます」
開校式の朝。《ニューエラ・アカデミー》の校門前には、300人を超える新入生が集まっていた。年齢も経歴も様々。10代の若者から、30代の大人まで。すべてが、異常演算者として正しい教育を受けるために集まった。「すごい人数……」サクラが緊張した顔で言う。「みんな、私たちを見てる」「大丈夫だ」クロが励ます。「俺たちは、彼らの先輩だ」「胸を張っていこう」12人が壇上に上がると、大きな拍手が起こった。「ようこそ、《ニューエラ・アカデミー》へ」クロがマイクを手に取る。「僕の名前は、クロ・アーカディア」「この学院の教師の一人です」300人の視線が、一斉にクロに注がれる。「皆さんは、今日からここで学びます」「異常演算の使い方、制御の仕方、そして――」クロが一呼吸置く。「どう生きるべきか」「異常演算者として、社会とどう関わるべきか」「それを、僕たちが教えます」次に、ジンがマイクを受け取る。「僕は、ジン・カグラ」「クロと共に、この学院を運営しています」ジンが冷静に続ける。「この学院には、ルールが一つだけあります」「それは――仲間を大切にすること」「異常演算者は、一人では生きていけません」「仲間と助け合い、支え合う」「それが、僕たちの信念です」その言葉に、生徒たちが深く頷く。他のメンバーも、次々と自己紹介をしていく。カイの熱い挨拶。ミナの親しみやすい言葉。サクラの優しい笑顔。フィアの冷静な分析。レインの短いが
休暇から戻った12人を、オブシディアン基地で盛大な歓迎が待っていた。「お帰りなさい!」ルーク司令官とエリス・ノヴァが出迎える。「ただいま戻りました」クロが笑顔で答える。「休暇は、どうだった?」「最高でした」サクラが嬉しそうに言う。「みんなで、たくさん思い出を作りました」ルークが満足そうに頷く。「それは良かった。では、早速だが――」「育成機関の件、どうするか決めたか?」「はい」クロが前に出る。「12人全員で、やらせていただきます」その言葉に、ルークが嬉しそうに微笑む。「そうか。嬉しいな」「では、さっそく準備を始めよう」会議室に移動し、詳細な打ち合わせが始まった。「まず、機関の名称だが――」ルークが資料を開く。「政府からの提案は《異常演算者育成アカデミー》だ」「うーん……」カイが首を傾げる。「堅苦しくないか?」「確かに」ミナも同意する。「もっと親しみやすい名前がいいわね」「なら……」ジンが提案する。「《ニューエラ・アカデミー》はどうだ?」「新時代の学院、という意味だ」「いいね!」サクラが目を輝かせる。「前向きで、希望がある感じ」全員が賛成し、名称が決定した。「次に、場所だが――」エリスが地図を表示する。「政府が用意した候補地が、3つある」画面に映し出されたのは、どれも広大な土地だった。「海沿いの土地、山間部の土地、都市部の土地」「どれがいいかな?」
「──昨日と同じ構え、だけど……」アルヴェンの目がわずかに細められる。朝霧がまだ草を濡らしている訓練場で、クロは構えていた。ブレイサーの雷紋が淡く光る。昨日完成したばかりの新術式──《雷迷陣》の試作型。今日は、それをぶっつけで試すつもりだった。(分岐ルートは三つ、起点は右脚、収束まで1.6秒──)「いきます!」クロが地を蹴った。雷の軌跡が、空中で枝分かれする。一条はアルヴェンの右肩を、もう一条は足元を。さらに一本は“回避先”と予測したポイントへ。(よし……逃げ場、塞いだ!)だが。「ふぅん、なるほど」次の瞬間、アルヴェンは重心を沈めると、最も狭い隙間を滑るように抜
《警告:演算残時間、あと2分30秒》 ゼロの声は冷静だったが、その意味は重い。 このままでは、戦い切る前に演算が尽きる── 「くっ……」 クロ・アーカディアは、わずかに汗ばむ額に手をやった。 だがその手は震えていない。むしろ静かで、冷えていた。 (焦るな。俺はもう、一人じゃない) 演習フィールドの岩場に、重圧が満ちていく。紅牙、翠嵐、白鋼――各チームの動きが明確になった。 「完全に……狙われてるな、俺たち」 「注目されるのは実力の証ってな」 カイが肩を鳴らす。 「構わない。包囲は、裏返せば殲滅の機会」 フィアの指示が即座に飛ぶ。 「カイ、前方でプレッシャーを。レインは
「──さあ、注目ッ! 本日より、総合演算実技の本戦が開始されるッ!」 甲高い放送がアリーナ全体に響く。 観客席には、教師陣に加え、上級生たちや外部関係者──さらに国家直属の魔導騎士団からも、数名の騎士団長クラスが視察に訪れていた。 演習の実力次第では、将来の推薦やスカウトにも繋がる一大イベント。空気は自然と引き締まり、ざわめきに熱気が混じる。 「出場するのは、1年生全4クラス! 各クラスから三チームずつ──合計で十二チームが参戦するッ!」 「まずは予選バトル! 全チームを四チームずつ、三つのブロックに分ける。そして──」 「各ブロックで行うのはロイヤルバトル形式! 全チ
「おいクロ。ちょっと放課後、屋上来い」 そう言ったのは、教科書すら持ってこないことで有名な担任教師だった。 アマギ・トウヤ。魔術理論担当、三十代半ば。 無精髭に、シャツは出しっぱなし。ネクタイは緩め、靴もスリッパ。 教壇に立っていても、なぜか常に眠そうで、授業は脱線しまくり。 けれど一部の教師たちは、彼を凄腕の演算魔術士だったと噂している。 「え、なんで俺……?」 「ああ。お前、演算制御が乱れる癖、まだ直ってねぇだろ」 「まぁ、正直……昨日も限界ギリギリでした」 「だと思ったよ。放課後付き合え。演算の補助感覚、叩き込んでやる」 クロは言葉を失った。担任のトウヤは、普段は口数







