All Chapters of クズ夫との決別、新しい人生へ: Chapter 1 - Chapter 9

9 Chapters

第1話

夫である獅堂宗介(しどう そうすけ)が初恋の女に未練を残していると知って以来、私は娘の結衣(ゆい)に、彼のことを「宗介おじさん」と呼ぶよう言い聞かせるようになった。結衣が学校で足首を捻挫した日の夜。真夜中に宗介のスマートフォンが鳴った。電話の向こうでは桜井玲奈(さくらい れな)が泣きじゃくっていた。娘の凛(りん)が悪夢にうなされ、お父さんが欲しいと泣き叫んでやまないらしい。宗介は一言も残さず家を出て行った。私は結衣の赤く腫れた足首に氷嚢を当てながら、「宗介おじさんに、さよならって言うのよ」と耳元で囁いた。宗介は結衣の運動会に参加すると約束していた。しかし、またしても玲奈から電話がかかってきた。凛には二人三脚を一緒に走る父親がいないのだと、彼女はむせび泣いていた。宗介は少しの躊躇もなく、私たちを残して立ち去った。私は結衣に自分のスマートフォンを持たせ、担任の先生にこう伝えるよう促した。「宗介おじさんは来られなくなった、って」その度に、結衣は戸惑いを見せた。なぜ母親がこんなことをさせるのか、幼い彼女には理解できなかったのだ。しかしある日、宗介はようやく自分がどれほど私たちを蔑ろにしてきたかに気がついた。結衣のピアノの発表会の日、彼は仕事をすべて投げ打ち、今度こそ絶対に欠席しないと誓ったのだ。結衣が他の子供たちと一緒に舞台裏で待機している時のことだ。宗介のスマートフォンが着信を知らせた。玲奈からだった。通話越しに何を言っているのかは聞こえなかったが、容易に想像はついた。凛が泣いている。凛が彼を必要としている。凛には父親がいないからだ。通話を終えた宗介が戻ってきた。しかし、彼が言い訳を口にするより先に、舞台の上から結衣の声が響き渡った。「いいよ、宗介おじさん。彼女のところに行ってあげて。お母さんが見ててくれるから、私はもう平気だよ」マイク越しに放たれた結衣の言葉は、会場の隅々にまで響き渡った。周囲の保護者たちが振り返り、一斉に宗介へ視線を向ける。ヒソヒソとした囁き声が波のように広がった。宗介は凍りついた。私も息を呑み、その場に立ち尽くしていた。宗介の心がもはやこの家族にないと悟ってからの28日間。彼が玲奈のために私たちを置き去りにする度、私は結衣に彼のことを「宗介おじさん」と呼ばせてきた。それは、価値のない男のために涙を流
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第2話

優勝トロフィーを掲げた結衣の写真を、宗介に送る気にはなれなかった。どうせ一瞥もくれないだろうと、痛いほどわかっていたからだ。娘を連れて足早に帰宅し、すぐさま荷造りに取り掛かる。遠く離れた実家のある西央(せいおう)市へのフライトを手配している最中、スマートフォンが震えた。玲奈からの動画メッセージだった。再生すると、子供向けの出し物大会の様子が映し出される。ステージに立った凛が、帽子からウサギのぬいぐるみを取り出す手品を披露しようとして、無惨にもぬいぐるみを引き裂いてしまっていた。もちろん、入賞などしていない。だが動画の後半には、手にしたアイスクリームを頬張りながら、玲奈と宗介、そして凛の三人が顔を見合わせて笑い転げる姿が収められていた。どこからどう見ても、幸せな家族の風景だ。動画には、こんな一文が添えられていた。【負けちゃったけど、家族が一緒ならへっちゃらだよね】以前の私なら、即座に嫌味の一つでも叩きつけていただろう。だが今は違う。傍らで玩具を黙々と整理する結衣の背中を見つめていると、怒りよりも深い虚無感が勝った。今更そんなことをして、一体何になるというのか。静かにチャット画面を閉じ、明後日の西央市行きフライトを二名分予約する。確定ボタンをタップした、まさにその瞬間。玄関の扉が開き、宗介が姿を現した。その手には、白い百合の花束が握られている。私と結衣は、思わず目を丸くした。この男は昔から花を嫌っていた。「金の無駄だ」と吐き捨て、共に過ごした数年間のうち、花束などただの一度も買ってくれたことがない。誕生日も、結婚記念日も。当然、娘である結衣でさえ父親から花をもらった経験など皆無だった。それなのに、なぜ今になって百合などを?私と結衣は、信じられないものを見るように顔を見合わせた。宗介はゆっくりとリビングに足を踏み入れる。しかし、床に広げられたままのスーツケースを目に留めた途端、その表情が強張った。「……コンテストの後で凛が落ち込んでてな。少し長めに付き合ってやったんだ。その帰り道、たまたま花屋の前を通ったらお前たちのことを思い出してさ。柄じゃないが、買ってきた」言い訳がましく並べ立てながら、宗介は荷物に視線を落とす。「旅行の準備か?」「……まあ、そんなところ」首を横に振りかけ、曖昧に頷いてみせる。
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第3話

荷造りの疲労がピークに達し、深夜になってようやく私はベッドに倒れ込んだ。スマートフォンが短く震えた。宗介からのメッセージだった。数枚の写真が添付されている。玲奈と凛が、結衣の人形と一緒に写っていた。凛は新しい親友でも見つけたかのように、その人形をきつく抱きしめている。【凛が人形をすごく気に入ってな。玲奈がお前に礼を言ってくれってさ】真夜中。自分の夫が別の女と一緒にいて、あろうことかその女は夫を通して私に礼を言わせているのだ。無力な笑いが漏れた。もはや怒りすら湧いてこない。今更腹を立てたところで、何になるというのか。私は静かに文字を打ち込んだ。【どういたしまして。でも、別に玲奈に譲ったわけじゃないわ。それに、その人形は結衣が一番大切にしている誕生日プレゼントよ。妹みたいに可愛がってた。あなたと一緒にお茶会ごっこをするって、ずっと待ってたんだから。早く返してね】送信ボタンをタップし、スマートフォンの電源を切って眠りについた。あのメッセージを読んだ宗介がどんな顔をするかなど、知ったことではない。翌朝、宗介は早くに帰宅した。朝の8時。彼にしてはひどく珍しいことだった。リビングに入り、上着を脱ごうとした彼の手が止まる。床に並べられたスーツケースを見て、不審そうに眉をひそめた。「旅行にそんなに荷物がいるのか?」結衣の着替えを手伝っていた私は、顔を上げずに答えた。「少し遠くへ行くから」宗介が結衣を見ると、娘はこくりと頷いた。それで安心したのか、彼は上着をソファに放り投げ、ポケットから「アドベンチャー・パーク」の入場券を三枚取り出した。宗介は自慢げにチケットを掲げてみせた。まるで立派なトロフィーでも見せびらかすかのように。「俺が結衣を遊園地に連れて行かないからって、ずっと怒ってたんだろ?今日のチケットを買ってきた。三人で行こう」耳を疑った。一ヶ月近くも放置しておいて、今頃になって思い出したというのか。今朝、電源を入れたスマートフォンに届いていた未読メッセージの山を思い出した。ああ、なるほど。罪滅ぼしのつもりね。何も言わず、黙々と結衣の着替えを続けた。しかし、結衣は目を輝かせていた。私を見上げ、期待に満ちた声で訴えかける。「お母さん、行きたい」私が微笑み、頷こうとしたその時だった。宗介が気まずそうに付け加
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第4話

一時間前。玲奈は宗介の袖口をきつく握りしめ、いじらしく涙をこぼした。「宗介、どうしよう?凛が40度も熱を出して、体が火みたいに熱いの。私、怖くて……」ベッドに横たわる凛は、額に冷たいタオルを乗せられ、弱々しい声でぐずっている。その小さな頬は異常なほど赤く染まっていた。宗介は青ざめた顔で凛の手を握りしめたまま、私に電話をかけた。通話がつながるなり、早口でまくし立てる。「仁奈、結衣に謝っておいてくれないか?凛が急に高熱を出したんだ。40度もある。今から病院へ連れて行かなきゃならない。3時までにそっちに行けるかわからないんだ。もし俺がいなかったら、先に帰っててくれ。結衣には本当にごめんって……」そして、一方的に電話を切った。いつものように。釈明は私に押し付け、結衣には失望だけを押し付ける。私たちがいつまでも都合よく待っていると高を括っているのだ。たった一言謝れば、結衣の瞳にまた光が戻ると思い込んでいる。医師は手早く凛を診察し終えた。「ただのウイルス性の風邪ですね。心配いりません。水分をしっかり取らせて安静にしていれば、明日には熱も下がるでしょう」医師は解熱剤の処方箋を宗介に手渡す。宗介はあからさまに安堵の息を吐き、スマートフォンを確認した。時刻は午後2時27分。約束の3時まで、あと33分。今すぐ病院を出れば、「アドベンチャー・パーク」での待ち合わせに間に合う。病室を後にしようと踵を返す。その時、玲奈が宗介の腕を掴んだ。「宗介、どこへ行くの?」「今日は仁奈と結衣をアドベンチャー・パークに連れて行く約束なんだ」玲奈の瞳が瞬時に赤く潤んだ。「でも、凛はまだこんなに熱があるのに」「医者はただの風邪だと言ってたじゃないか」「ただの風邪ですって?宗介、風邪から髄膜炎になることだってあるのよ。もし脳が腫れたらどうするの?今夜痙攣でも起こしたら?」玲奈の頬を涙が伝う。「宗介、私は女手一つなのよ。あの人はもう極道の世界で死んでしまったのよ!他に頼れる人なんて誰もいない。私一人じゃ、どうしていいかわからないわ……」これまでは、玲奈の涙が常に効果抜群だった。宗介は私と結衣を後回しにし、決まってこう口にしたものだ。「玲奈が不憫だと思わないのか。お前には俺がいるが、あいつには誰もいないんだ。仁奈、もっと理解
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第5話

宗介は病院を飛び出し、「アドベンチャー・パーク」へ向かって車を飛ばした。道路は酷く渋滞していた。車列が延々と続いている。宗介は関節が白くなるほど強くハンドルを握りしめた。スマートフォンを確認する。時刻は2時41分。約束の3時まで、あと19分。私に電話をかけた。応答はない。二度目も留守番電話。三度目は、着信拒否だった。宗介は、単に無視されているだけだと思い込もうとした。片手でハンドルを操りながら、メッセージを打ち込む。【仁奈、凛の熱はただの風邪だった。大したことない。今そっちに向かってる。お願いだ、帰らないでくれ。絶対に行くから。今度こそ、絶対にすっぽかさないと誓う】返信はない。結衣のスマートウォッチにもかけてみたが、電源が切られていた。心臓が早鐘を打ち、こめかみを冷や汗が伝う。昨夜の私の言葉が脳裏に蘇る。「少し遠くへ行くから」……あの時は、単に旅行のことだと思っていた。だが今になってようやく、私の声があまりにも静かで、すべてを終わらせる響きを帯びていたことに気がついた。宗介はアクセルを踏み込んだ。前方の信号は赤。時計を見る。2時44分。彼は構わず交差点へ突っ込んだ。配送トラックが彼を避けようと急ハンドルを切る。耳をつんざくようなクラクション。タイヤが軋む音。宗介の車は激しく後部を振られ、辛うじて体勢を立て直した。間一髪で消火栓に激突するところだった。彼は荒い息を吐いた。次の信号も赤だった。それも無視して突っ切った。さらに次も。三つ目の信号を越えた時、バックミラーにパトカーの赤色灯が映った。だが、宗介は止まらなかった。路地裏に車を滑り込ませてパトカーを振り切り、先を急いだ。スマートフォンが震える。玲奈からだ。【宗介、凛の熱がまた上がってきたの。震えが止まらないわ。お願い、戻ってきて】【もう40.4度もあるの。もし痙攣でも起こしたらどうしよう!】【お医者様はしっかり見てるようにって言うけど、私一人じゃ無理よ……】……続いて、熱で顔を真っ赤にし、うつろな目をした凛の写真が送られてきた。以前の宗介なら、すぐに引き返していただろう。だが今回ばかりは、写真に一瞥をくれただけで、玲奈の通知をオフにし、そのまま車を走らせ続けた。2時58分。宗助は「アドベンチャー・パーク」の駐車場に車を滑り込ませた。
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第6話

自分の涙がもう効かないと悟った瞬間、玲奈はピタリと泣き止んだ。乱れた顔を無造作に拭い、冷ややかに鼻で笑う。「ええ、そうよ。わざとやったわ!でも、他にどうしろって言うの?私は未亡人よ。郷田健三(ごうだ けんぞう)はもう死んだ。私が彼と結婚したのは愛なんかじゃない、力が欲しかったから!極道の妻になれば、身の安全も、金も、地位も手に入ると思った。でも、あの男は私に何も与えちゃくれなかった。ただ飼い殺しにされただけ。彼が死んだ時、私には何も残されていなかった。地位も、金も。ただ、あいつにそっくりな子供が一人だけ!」腕を組み、玲奈はふんぞり返った。「だから、あなたに目をつけたのよ。若くて、愚かで、思い通りに操りやすい男。私が失ったものをすべて取り戻してくれる手駒としてね」宗介は、まるで得体の知れない化け物でも見るかのように玲奈を凝視した。「じゃあ、全部嘘だったのか?墓前で泣き崩れていた未亡人の姿も?女手一つで凛を育てる苦労話も?」玲奈は嘲るように唇を歪めた。「嘘ですって?宗介、馬鹿なのはあなたの方よ。私が少し泣きつけば、あなたはヒーロー気取りで飛んできた。凛にはお父さんがいないと同情を引けば、喜んで父親ごっこに付き合ってくれた。騙される方が悪いのよ!」宗介の顔色は青ざめていた。「郷田に暴力を振るわれていたと言ったじゃないか。死んだ時も、何も残してくれなかったと」玲奈は悪びれずに肩をすくめた。「あの人は古い極道だったのよ。女に権力を持たせようとはしなかった。でも、暴力を振るうような残酷な男でもなかったわ。ただ私が退屈だっただけよ。私は刺激が欲しかった。お金が欲しかった。つべこべ言わずに、私にすべてを与えてくれる男が欲しかった。あなたはその条件にぴったりだったわ」宗介の拳が強く握りしめられた。玲奈はさらに勝ち誇ったように言葉を続ける。「仁奈は本当に扱いやすい女だったわね。私がわざと彼女を煽るようなSNSの投稿をしても、決して騒ぎ立てたりしなかった。私から一本電話を入れるだけで、あなたは彼女たちを放り出して私のところへ飛んできた。正直言って、あなたみたいな男によく今まで耐えてきたと感心するわ」宗介の体がビクッと震えた。玲奈は声を上げて笑った。「何?今さら罪悪感でも感じてるの?遅すぎるわよ。仁奈は今日
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第7話

宗介は夜通し車を飛ばして空港へ向かったが、西央市への始発便はすでに満席だった。彼は夜明けまでターミナルに座り込み、何十回も電話をかけ、何百件ものメッセージを送りつけてきた。【仁奈、俺が悪かった】【どこにいるんだ?会って話をさせてくれ】【結衣は無事か?】【お前たちを傷つけるつもりはなかったんだ】【頼む、電話に出てくれ】……そのどれ一つとして、私は目を通すことはなかった。西央市に降り立った時、結衣は眠っていた。私の肩に頭を預け、長い睫毛には涙の跡がこびりついている。ぐっすり眠る娘を抱きかかえて飛行機を降り、タクシーで母が遺した古い家へと向かった。静かな郊外に建つ、小さな平屋だ。決して豪華ではない。二つの寝室に、古びた揺り椅子が置かれた縁側があるだけ。外壁の塗装は剥げかけているが、ここは間違いなく私たちの確かな居場所だった。街灯に照らされた幹線道路を走り抜ける車内で、結衣が一度だけ目を覚まし、寝言のように呟いた。「お母さん、私たち、これからここに住むの?」結衣の髪をそっと撫でる。「ええ、当分はね。おばあちゃんのお家よ」結衣はこくりと頷き、私の腕の中へさらに深く身を縮めた。「新しいお家には、宗介おじさんはいないよね?」喉の奥が締め付けられた。「……いないわ。私たち二人だけよ」家に着き、スマートフォンの電源を入れる。着信履歴とメッセージの通知がなだれ込んできた。すべて宗介からだ。私は一度だけ無感情に画面を眺め、すべて一括で削除した。そして、彼の番号を着信拒否リストに入れた。洗面所から出てきた結衣は、私がメッセージを消去しているのを見て、しばらく静かに立ち尽くしていた。「お母さん、宗介おじさん、私たちを探してるの?」嘘はつかなかった。「そうね」結衣はパジャマの裾に視線を落とす。「……お家に、帰るの?」しゃがみ込み、結衣と目線を合わせた。「帰らないわ。約束したでしょう。もう戻らない」その言葉を聞いて、結衣はようやく安堵の息を吐いた。その夜、私は結衣をきつく抱きしめて眠りについた。彼女は夜中に二度、うなされて目を覚ました。その度に、まず私の手を探し求めた。私がまだ隣にいることを確認して、ようやく再び安心したように目を閉じるのだった。3日後。通りの突き当たりに黒いセダン
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第8話

翌朝、宗介の姿は消えていた。縁側に、一通の手紙が残されていた。【仁奈、頼む。俺たちの絆を捨てないでくれ。いつまででも待つ。どうかお願いだ】一読し、そのままゴミ箱へ放り捨てた。ベッドに腰掛けてトーストをかじっていた結衣が、ふと顔を上げた。「お母さん、どうしたの?何か書いてあった?」私は微笑んだ。「ううん、何でもないわ。ただのチラシよ」結衣もふわりと微笑み返した。宗介の元を去ってから、結衣が初めて見せた、心からの笑顔だった。……それからの1年で、多くの出来事があった。まず、玲奈の悪行がついに報いを受けた。病院の看護師が、玲奈が凛にシーフードスープを無理やり飲ませようとする様子を密かに動画で撮影していたのだ。そのデータは警察に提出され、玲奈は児童虐待の容疑で逮捕された。彼女は単なる事故だったと言い逃れようとした。だが、病院の防犯カメラの映像、看護師の証言、凛自身の言葉、そして玲奈と宗介のチャット履歴……そのすべてが決定的な証拠となった。「凛がパパに会いたがっている」「転んで怪我をした」「熱を出した」……そうやって宗介を私たちから引き離した一つ一つのメッセージには、残酷なほど正確なタイムスタンプが残されていた。宗介自身も証言台に立った。玲奈は実刑判決を受け、刑務所へと送られた。凛は彼女から引き離され、裁判所は遠方に住む玲奈の妹、つまり凛の叔母に親権を認めた。凛は叔母の顔を見た瞬間、すがりついて離れようとしなかったそうだ。あの子は決して悪者ではなかった。ただ、母親の身勝手な道具として利用されていたに過ぎないのだ。そして、私と結衣は西央市での新しい生活にすっかり馴染んでいた。古く小さな平屋は手入れが必要だったが、少しずつ私たちの城へと変えていった。リビングの壁は優しいクリーム色に塗り直し、結衣も小さな手で古いキッチンの戸棚にヤスリをかけてくれた。リサイクルショップで小さな丸テーブルを買い、二人で白く塗った。表面の傷やへこみの一つ一つが、今では私たち自身の新しい物語になっている。結衣が花を育てたいと言うので、前庭に1ダースの百合の球根を一緒に植えた。白い百合。あの日、宗介が買ってきたのと同じ花だ。だがこれは彼から与えられたものではなく、私たちの花だった。結衣は毎朝、学校へ行く前に眠い目をこすりなが
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第9話

宗介は、そう簡単には諦めなかった。最初は毎日何かしら送りつけてきた。洋服、限定物のフィギュア、新しい自転車、高価な学習用タブレット、ピアノ教室の月謝、サマーキャンプの参加券。受け取る気はなかったが、結衣がひどく真剣な顔で言ったのだ。「お母さん、これは宗介おじさんが私たちへのお詫びよ」その言葉に息を呑み、やがて頷いた。私たちは贈り物を受け取ったが、結衣が決して彼を「お父さん」と呼ぶことはなかった。面会に来るたび、結衣は礼儀正しくお辞儀をして、「こんにちは、宗介おじさん」とだけ挨拶した。その度に宗介の顔から血の気が引いたが、彼が結衣の呼び方を正そうとすることは決してなかった。もはや、彼にはそんな資格などないのだから。かつては、私と結衣が宗介の背中を追いかけていた。いつ家に帰ってくるのか。結衣と一緒に過ごす時間は作れないのか。私たちのことを本当に愛しているのかと、すがりつくように。今では完全に逆転していた。彼が必死に追いすがり、私たちが振り返ることはない。長期休みには旅行に出かけた。北の雪国で白銀の景色を眺め、南の海で波と戯れ、遠い異国の古城を巡った。宗介はどうやって旅程を嗅ぎつけたのか、常に一定の距離を保ちながら影のようについてきた。空港では数ゲート離れた席に座り、ホテルの朝食会場では二つ隣のテーブルに陣取る。結衣がスキーをする時は、転ぶのを恐れるように、はるか後方から見守っていた。一度だけ、結衣が派手に転んだことがあった。宗介は血相を変えて全速力で駆け寄ろうとした。しかし結衣は自力で立ち上がり、ウェアの雪を払いながら言い放った。「手伝わなくていいよ、宗介おじさん」宗介の差し出した手は、空中で惨めに凍りついた。彼に絞り出せたのは、「……偉いな、結衣」という一言だけだった。彼は、私たちの領域に踏み込まないことを学んだ。自らが招いたすべての後悔を、血の滲むような思いで飲み込む術を覚えたのだ。だが、だからといって私の心が再び彼に向くことはなかった。離婚から七ヶ月が過ぎた頃、私は新しい出会いに目を向け始めた。宗介が、私と他の男性が一緒にいるのを初めて目撃したのは、フレンチレストランでのことだった。相手は取引先の法律事務所の弁護士で、穏やかで思慮深く、話す時にまっすぐ相手の目を見る人だった。彼が私のステーキを切ってく
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