山里の台所が物語の中心に据えられているって、聞いただけで胸が温かくなる。僕が覚えている『tengu no daidokoro』の原作は、里に伝わる古い炊事場を舞台に、人と山の精霊である天狗たちの食文化が交差する話だ。主人公は若い料理人で、都会から戻ってきた理由は失われた家業の再興。台所のかまどには不思議な札が残され、そこから天狗たちの気配が立ちのぼる。最初は奇妙な足跡や風の音程度だったのに、やがて料理の材料が勝手に集まったり、夜中に誰かが包丁を研いでいる音が聞こえたりするようになる。
物語を読み返すたびに、僕は台所の片隅に立つあの一人の若者を思い出す。『tengu no daidokoro』は派手な大立ち回りよりも、日常の細部に宿る変化を丁寧に描いている。その中心には、料理を通して自分の居場所や過去と向き合う若い主人公がいる。彼(または彼女)が包丁を握るたびに、技術だけでなく記憶や感情が重なり合い、物語の核となる成長譚が展開していくのがたまらなく好きだ。