ゲーム『Shadow of the Colossus』の終盤も示唆に富んでいる。主人公の行動の結果が即座に示されず、廃墟となった神殿だけが静かに物語る。プレイヤーは達成感よりむしろ虚無感を抱き、その感情こそが物語の本質だったと後から気付かされる。余韻とは、体験した直後より時間を経た後に強く感じるものなのだ。
ストーリーテリングにおける誤謬の使い方について知りたいなら、『The Art of Narrative Fallacies』というブログが面白いよ。主人公の視点で語られる物語が、いかに観客を欺くかを分析している。
特に『Fight Club』のナレーターが記憶を改ざんする手法や、『アンフェア』のトリックが詳しく解説されている。物語の信憑性を崩しながらも、むしろその破綻が観客を引き込む逆説的な効果に焦点を当てているのが新鮮だった。
最近のゲーム『Inscryption』のメタ構造も、プレイヤーを陥れるために意図的に矛盾を散りばめている点が興味深い。こうしたリソースは、創作の幅を広げるヒントになるね。