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ストロングベリー
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Romans de ストロングベリー

おいしいじかん

おいしいじかん

転職を機に新しい街へ越してきた透は偶然見つけたカフェバーに足を踏み入れる。 「いらっしゃいませ」――低く囁く声に、胸の奥が微かに疼いた。 カウンターに立つのは、青い瞳を持つ美しい男・ヒューゴ。 初対面のはずなのに、どこか懐かしいその眼差しに透の心は静かに熱を帯びていく。 なぜ、こんなにも惹かれてしまうのか。 そして彼はなぜ、透のすべてを見透かすように微笑むのか。 気づけば、またその店の扉を開けている。 ただ、彼の姿を、声を、そこに流れる空気を求めて。
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Chapter: よい夢を
秋も深まった11月。その夜は、ヒューゴの誕生日を2人きりで祝い、シャンパンが無くなるのを待ちかねたように、ベッドになだれ込んだ。いつもにも増して、長くとろけるような愛撫を与えられ、この後に起こることを期待しておれの身体はじくじくと熱くなる。毎週末の逢瀬のごとに乳首を蹂躙され、その射精を伴わない長い絶頂の最中にヒューゴは1本2本と指を増やしておれの内側に強烈な快楽を教えていった。覚悟していたよりも早くに慣れていく自分の身体が怖かったが、それにも増して喜びが大きかった。乳首から脳がどろどろに溶けるほどの快感を与えながら、ヒューゴはおれのものをぬるりと咥え、後ろにも指をそっと挿入する。2本目の指が入ってきた瞬間、少しだけ射精してしまう。「なんて身体してんの」「おまえの、せい、だろッ」もっと、とねだったのはおれだが。「才能だと思うけどね」ぜえぜえと全身で呼吸を整えるおれを尻目に、ヒューゴはからかうような笑顔で横臥し、余裕綽々だ。「苦しい?少し休憩する?」口ではそう言いながら、覆いかぶさってくる。「続けて……」「うん。透の身体も、僕を待ってるみたいだ」再びつるりと指が入れられ、またぞくぞくと電流が腰に走る。気持ちいい場所すべてを同時に責め立てられ、何がなんだか分からない状態に、目を閉じてただ身を任せる。「透。こっちを見て」目を開けると、荒い呼吸で上体を微かに上下させながら見下ろしている鋭い瞳とぶつかった。おれの足は大きく広げられ、尻にはヒューゴの脛が差し込まれている。絶対に足を閉じることも伸ばすこともできないようにしておいて、ヒューゴはぐいと自分のそそり立ったものを掴み、先端をおれの方へ向ける。雄々しく輝く瞳に見据えられ、ぞくりとする。「おれの中、ヒューで満たして」そう言った瞬間に内部を広げていたヒューゴの指がずるりと引き抜かれ、衝撃に悲鳴を上げてしまう。「うあ、あ、」間髪入れ
Dernière mise à jour: 2025-09-13
Chapter: いっしょにいこうよ
目覚めて最初に視界に入ったのはヒューゴの首元だ。エアコンが効きすぎた部屋で温かいものに包まれての目覚め、やっぱり最高。身じろぎすると、「起きた……?」とヒューゴの声がじんわり染み、その甘さに思わず目をギュッと閉じてしまった。金色の獣はふっと笑っておれの耳を唇でくすぐる。ああ、もうそれだけで……「まだ残ってる……?」「ちょっと怖い、自分が」「でも、すごく気持ちよさそうだったよ」「うん」おれが即答すると、「good boy」とヒューゴはおれのこめかみに軽く口付ける。「じゃあ……まだ夕方までたっぷり時間はあるし」ヒューゴはおれの胸に顔を埋め、初めて、手を下半身へ伸ばした。乳首をゆっくり舌で弾かれながら、掴んだ手で上下に扱かれると、すぐにおれはよく知る感覚に襲われる。ヒューゴは動きを止めて、ジッとおれを見ると、「どうする?」と低く囁く。その声があまりに色っぽくて、おれは我慢できずに、はやく、とねだるしかなかった。ヒューゴはおれの瞼にキスをして「きれいだよ、透」と言ってくれる。身体がまた仰け反って、ビクビク跳ねる。あ、出る……その瞬間、ヒューゴはおれのをギュッと掴んで射精を止めてしまう。でも、絶頂間はそのままで……さらに乳首に歯を立てられ、また強烈な快感がやってくる。それでも手を離してくれず。何度も追い詰めれて、その度にいかせてくれと懇願した。なのに、このもどかしくて気が狂いそうな感じもすごく良くて。終わりたくない。もっとおれを壊して欲しい。ヒューゴはそんな状態をまるで百も承知かのように、懇願を聞き入れてくれず、吸って、擦って、止めて、口付けて……おれのアタマとカラダを強引にコントロールする。おれは絶頂手前の永遠に続く快楽の中でヒューゴのそれに手を伸ばした。「透、僕はいいから&h
Dernière mise à jour: 2025-09-13
Chapter: I’m Yours
ヒューゴは後ろ手に部屋のドアを閉めると、おれを玄関の壁に押さえつけて、貪るようなキスをしてきた。「ようやく2人きりになれた」耳元で熱く囁かれたせいでその場で座り込んでしまいそうなり、「嬉しい反応してくれるね」と笑われた。「昨日……おれになんかしただろ」ただでさえ8月半ばの熱帯夜なのに、キスで余計に体温が上がり額に汗が流れる。それさえもヒューゴは舐め取ってしまったが。「とにかくシャワー浴びよう。暑い」腕を掴んでおれを引き起こすと、すぐにヒューゴはおれのシャツを脱がせ始めた。全く同意だ。湿度が高いせいで、バーで付いたタバコの煙や酒の甘ったるい匂いが汗と共に纏わりついたまま取れていない。このまま寝るのなんて論外で、部屋に入るのも気が引ける。温度の低いシャワーで落ち着き、寝支度を済ませたおれたちは、並んでベッドヘッドに背をもたせかける。ヒューゴはタブレットを持ち、なにか検索している。まだ寝るつもりはないようだ。おれの方も、昼間に精力を使い果たした上に、いつもより強いアルコールが入っているにも関わらず、気が高ぶっているのかまだ眠気は遠くに居る。生来の夜型らしく、油断するとすぐに昼夜逆転してしまう。今回然り、いつも長期休暇の最初には、早寝早起きを誓うんだけど、守れた試しがない。一人でリビングに移動し映画を観るなり飲みなおす手もあったが、せっかくだからこのままヒューゴの傍に居ることにした。夏季休暇が終われば、一緒に眠れる夜は週末だけになってしまうから。「なに?」ヒューゴが含み笑いをしながら、こっちを向いた。「ん?」「ずっとこっち見てるから」あ、そうだったか。「見ておかないと、あと5日で夏季休暇が終わるから」「かわいいこと言うよね、たまに」ヒューゴはこめかみに軽くキスをして、またタブレットに向き直った。おれは、ナイトテーブルの上に置いてあった携帯に充電ケーブルを挿しながら、「そう言えば」と切り出す。
Dernière mise à jour: 2025-09-13
Chapter: Honey, Did You Go?
夢のような3連休だった。透は明日から出社で、しかも長引いた出張のせいで業務が溜まっているらしい。食事を用意しておくからと、どんなに遅くなっても店に寄るよう約束させ、僕はしぶしぶ透を家に送り届けた。マンション前に車を停めて、少しだけキスを交わす。今までで、一番帰したくない夜だった。エントランスに消える透を見届け、その足でクリスの店へ向かった。透と連絡がとれなくなってからの僕を親身になって心配してくれていたから、突然平日に店を訪れた僕を見るなり、クリスは不安気な顔を作った。「ダイジョウブ?」「ああ。心配かけた。透が、戻ってきたよ」音信不通事件の理由を説明し終わると、クリスの顔に安堵が広がる。「怪我がなくて本当によかった」僕も深く頷いた。「それとは別に……とりあえず一番良いシャンパンを」注文と僕の顔を見て、この古い友人はすぐに思い当たったようだ。今夜ばかりはポーカーフェイスではいられない。「まさか!全部話せよ!」と僕につられたのか満面の笑みだ。クリスは上機嫌になり、踊るような滑らかさでシャンパンをグラスに注ぎカウンターから出てくると隣に腰掛けた。今夜は友人として共に飲んでくれるのだろう。僕はスツールの上で軽く居住まいを正した。クリスはだれよりも早く、僕と透のことを知る権利がある。「合鍵を交換して……キスをした。信じられないだろ?透から告白してくれたんだ」「おめでとう。心から」クリスの祝辞に合わせて僕らはそれぞれのシャンパングラスを掲げた。一口飲んで、それがありえないほど良いものだとわかった。尋ねても頑なにボトルを見せてくれないが。「まさかヴィンテージか?」「できたての恋人のために半分残しておきなよ」「あまり驚かないんだな」「トールがあんたに好意を寄せているのなんて、一目瞭然だったでしょ」「そこまで自惚れちゃいねえよ」「おでこにキスされただけで耳ま
Dernière mise à jour: 2025-09-12
Chapter: 嵐に溶け合う
遠くで雷鳴が聞こえる。小雨になったものの、不安定な大気は続いているようだ。台風でも来ているのかもしれない。ベッドでごろごろと寛いでいたが一度起き上がり、寝室の窓のブラインドを全開にした。山の斜面に建っているマンションは周辺では一番高さがあり、窓からは、空も市街地も見渡すことができる。それに気付いたヒューゴが、リビングで灯していた小さなキャンドルだけを残して照明を落とし、「雷鑑賞か」と言いながら寝室にやってくると、おれの隣で肘を立てて頭を支えながら横臥する。「あ、光った」細い閃光が空から地上に突き刺さる。ヒューゴは、仰向けのまま窓の外を見ているおれの頭を撫でてくれる。髪をすくうように往復する指先が心地良い。しばらく無言のまま、雷光でフラッシュのように白む空を眺める。頭からじんわりと伝わる温もりに癒されながら。「疲れてる?」「いや、とてつもなくリラックスしてるよ。まだ休みはあるし、おまえが傍にいるし」髪をすくうヒューゴの手に自分の手を重ね、長く筋張った指を撫でた。「透」とヒューゴは小さくおれの名前を呼んだ。「少しだけ、触れてもいい……?」そう耳元で囁かれ、一瞬でカッと身体が熱くなってしまい思わず目を瞑ると、ヒューゴはゆっくりおれに覆いかぶさってきた。腰が触れ、背中に戦慄が走る。「言っただろ、なにをしてもいいって」「少しずつ、ね」ヒューゴは腕をついておれを見下ろしたままで微動だにしない。窓から雷光が差し込み、青い瞳の奥がシルバーに輝く。吸い込まれそう。「透はとてもきれいだ」「全部おまえのだよ」おれがそうささやくと、ヒューゴは照れたように優しく微笑みキスをしてくれる。でもすぐに離れてしまい、おれは広い背中に腕を回して引き寄せた。遠慮と情熱のそれぞれを持て余して悩むヒューゴは魅力的だ。どうにでも好きなようにできると知っているのに。軽く口を開くと熱い舌がおれの舌を絡め取る。今夜のキスは、いつもより柔らかく、
Dernière mise à jour: 2025-09-04
Chapter: 純粋な欲望
ヒューゴは夜明け頃に焚き火を起こしたようで、おれは半覚醒の中まどろみながら、時折目覚めては、チェアで寛いでいるその姿を見ていた。渓谷に細く降り注ぐ朝日の中にいるヒューゴは、怖いくらいに美しかった。朝日に光る川の小波と、光の届かない暗い岩間の両方をそのまま身に纏うように鋭く暗く輝いている。水の精霊の化身だと言われても納得しそうなほど、人知を超えた魅力がある。まったく、どこにいても絵になる男だな。いつまでも鑑賞していたいが、今は教会で宗教画を眺めているのではなく、河原でキャンプ中だ。日差しが強くなる前に起床せねば。朝食は、昨夜のBBQで残しておいたステーキ肉を使ったホットサンドウィッチだった。コーヒーはヒューゴがアルミのボトルに入れて、川の水で冷やしてくれていた。天然のアイスコーヒーだ。「今日は何する?」サンドウィッチを頬張るおれにヒューゴが尋ねてくる。肉とチーズの他に缶詰のベイクドビーンズが入っていて、それがなんとも言えないアウトドア風味を出している。最高に美味い。「ゴーグル買ってきたから、水の中で魚を見たい。予定はそれだけ」「魚を獲ってみるのは?」「釣具買ってきたの?」「いや、手掴み。僕のやり方が日本の魚に通用するか試したい」「面白そうだな」「捕れたらお昼は魚を食べよう」朝食を食べ終えたおれたちは河に入り、膝より低い水位でゴツゴツと岩が突き出た浅瀬へ、そーっと移動する。料理のできないおれにとっては、生の魚を触ることからもう初めてだ。「あっ」少し大きな声を出してしまい、ヒューゴにシーっと注意される。ビャッと足元で素早く動くものが岩の下へ潜り込んだんだ。「岩の下に手を入れて、魚に触れたら、腹側をそっと何度か撫でる。魚が動かなくなるから、そこを両手で掴む。やってみて」魚の影が入り込んだ岩の下にゆっくり両手を入れて探る。手に、ぬるりとして張りがあるものが触る。ヒューゴに教わった通りに腹をくすぐるように撫でると、たしかに魚の動きが止まった。いまだ!と両手で
Dernière mise à jour: 2025-09-03
世界で最も難解なアルゴリズム

世界で最も難解なアルゴリズム

部下に恋をするなんて、あるはずがなかった。 それなのに、彼のまっすぐな眼差しに、無防備な笑顔に、心が、身体が、抗えず揺れていく。 IT企業の技術責任者・音川は、冷静沈着にして論理的思考の持ち主。 ヨーロッパの血を引く美貌と、仕事に対する誠実さで周囲を魅了するが、社内恋愛などもってのほかの堅物。孤高の男だった。 そんな彼の理性の均衡が、一人の部下——泉によって静かに崩れていく。 屈託のない素直さと、理屈では測れない鬼才を併せ持つ稀有な存在で—— 彼の笑顔に、沈黙に、音川は揺らぐ心を止められない。
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Chapter: # エピローグ
音川の仕事部屋にコーヒーを持って行った泉は、パソコンに向かう恋人の口元に笑みが浮かんでいるのを見て、(よほど仕事が楽しくて仕方がないんだな)と理解したが、それは思い違いだった。確かに最近の音川は泉が入手した暗号データの解読に取り憑かれていたが、それはこれが、長年苦しめられてきた自アプリの不正改ざんについてのヒントがそこにあるからだけではない。 この、自分に明るい未来を与えてくれるであろうデータは、泉が身を挺して手に入れたものだからだ。 彼が、右も左も分からない環境で独り、どれほど苦心していたか……どれほど勇気のいることだったか、想像に難くない。 すべて、音川の過去の傷を慮ったためだ。 その——とっくに愛されていたのだという事実が、音川の胸を焦がす。 ゆえに、暗号化解読中の音川には常に微笑が浮かんでいた。 実際、解読作業が楽しいのは間違いない。しかし、さすがにニンマリと笑いながらでは、まるで映画に出てくるハッカーだ。泉は恋人の集中力の妨げにならぬよう、持ってきたコーヒーは自分で飲むことにして、ソファにどかりと座り出窓にカップを置いた。こうなっている時の音川の集中力は凄まじく、声をかければ返事は帰ってくるが空返事で、後で確認しても会話の内容は何も覚えていないことが多い。 泉自身にも思い当たる節があり、お互い様だから気にもならない。集中している場面であっても存在が邪魔にならない——むしろ、居てくれる方が心地が良いのは、特別なものだと泉は感じていた。 これが音川以外の人間であったなら、例え無言でその場に居るだけでも気が散ってしまうだろう。コーヒーを一口のみ、ほろ苦さに若干眉をひそめながら本棚に詰められている背表紙を眺める。どれを読もうかと選別してみるものの、結局はいつものように、ひときわ擦り切れた一冊を手に取る。 The code bookと題されたそれは音川が小学校に上がると同時に祖父から贈られたものらしく、裏表紙には著者のサインが入っていた。 初めて見た時、「こんなものを7歳から読んでたんですか」と驚きに目を見開いて音川に尋ねると、「このせいで俺は暗号世界の住人になったんだ」と自嘲気味に笑う。 泉がたまらなく好きな、少しの自虐と、照れが混ざった笑顔。あれから——音川は最高技術責任者として社に残ったが、大半の業務は泉が引き継いだ。重責を半分
Dernière mise à jour: 2026-01-23
Chapter: #43 とびら
寝室の扉を開いたのは泉だった。音川の手を握り、引き入れるように誘う。その遠慮がちながらも情熱の籠もった眼差しに音川の胸は激しく高鳴り、泉に触れる瞬間を待ち望む思いが募ってゆく。音川の手によって静かにベッドに横たえられると、親指が優しく頬を撫でる。腰を引き寄せられ、身体のラインがぴたりと重なった瞬間、泉は音川の男の熱さと硬さにはっと息を呑んだ。期待と不安が熱となり体の芯へと広がってゆく。「この時を、どれほど待ったか……」音川が呟く。その唇はゆっくりとじらすように泉の素肌を滑り降りてゆく。「……ん……どれ、くらい……?」「何ヶ月も。きみを押し倒して自分のものにしたいという衝動と、何ヶ月も闘い続けてきたんだ」音川は上体を起こしてわずかに頭を傾け、泉の頬に鼻先をすべらせながら、耳元でそっと息を吐いた。その声は低くかすれ、抑えきれない欲を滲ませている。泉の背筋をぞくりと震えが走った。胸の奥で、言葉にならない想いが膨れ上がる。音川はその一瞬の隙を見逃さず、唇で泉の首筋をゆっくりとなぞり始めた。肌に触れたその熱が、瞬く間に泉の全身を灼く。泉の指は無意識に音川の黒髪に絡みついた。髪を掻き抱くその感触に、音川もまた反応し、僅かに身を震わせる。泉の指先に呼応するように、欲望が頭をもたげる。音川の唇が泉の首の敏感な一点を探り当て、吸い上げる。泉の口から、抗いきれない吐息が漏れる——その響きは、寝室の空気を熱く揺らした。「おと、かわさん……」音川は頭を少し引き、泉を見下ろした。その瞳は欲望に濡れ、普段の冷静さはどこにもない。乱れた髪、わずかに開いた唇、荒く上下する胸——今にも理性が崩れそうなその姿はあまりに妖しく——泉は自分の中心が堅く痛いほどに張り詰めるのを感じた。彼をこうしたのは、自分だ—
Dernière mise à jour: 2026-01-18
Chapter: #42 What Love
泉の役職が正式に発表されたその日、祝杯を上げるために2人はヒューゴの店を訪れた。ちょうどバイトに入っていた高屋が「後でおれも合流していい?」とニコニコ顔でおしぼりとメニューを差し出してくる。もちろん大歓迎だった。「おすすめ、ある?」「ブルーチーズが好きならキツいのがあるよ。あと、ガトーショコラが1切れ」音川はどちらも即注文した。飲み物はお任せだ。高屋はすぐに踵を返してカウンターに戻り、ヒューゴが穏やかに微笑みながらオーダーを聞いている。軽く頷きながら、高屋に向けている眼差しは蕩けそうなほどに柔らかい。すぐに最初のカクテルが届き、泉と軽く乾杯する。「これからは、公私共々よろしく」グラスを置いて、ひととき見つめ合った。「なあ泉。ここで高屋さんに話してもいいかな」ピタリと泉の手が止まった。「僕らのことですか?」「うん」「音川さんが気にしなければ……」「きみはどうなの?」「僕は、どこでだって拡声器で言って回りたいくらいですよ」めずらしく泉が口角を上げてニヤリと笑ってみせ、音川に悪戯心が芽生える。「お兄さーん。マイクある?」高屋がいるカウンターの方に向けて音川が声を上げた。「ねぇよ!スナックと一緒にすんな」突然、ヒューゴがシェーカーを振りながら荒っぽく返答したものだから、周りの客は一瞬ギョッとしてから笑いに湧いて、高屋は床に座り込んで肩を揺らしていた。後で聞いた話では、普段は接客アンドロイドを思わせるほど礼儀正しい彼が初めて粗野な言葉遣いをしたものだから、常連たちが度肝を抜かれたらしい。23時を過ぎると客が引けて、店じまいを終えた高屋が音川たちのテーブルに合流する。高屋は音川と泉を横並びに座り直させ、そして自分専用の銅製のカップを持ってきて乙川の向かいに座った。ヒューゴはカウンターでドリンクを用意しているようだった。客が捌けた店内で、シェーカーを振る音が小気味よく響く。それぞれ異なる行
Dernière mise à jour: 2026-01-17
Chapter: #41 これから
それは、泉の出向が正式に終了した日だった。東京から音川の元へ『帰宅』した泉は、音川同様に取りそこねていた夏季休暇を申請し、その期間に引越しを計画した。ついでに数ヶ月も不在にしていた実家に戻り、幾日かを親孝行に費やすことにした。音川はそんな泉に実家まで送ると申し出ておいて、まるでついでのように1通の封筒を差し出した。そこに「退職願」と書かれているのを見て、泉は青ざめた。「……どうして……」「理由は、個人的事情による退職。俺は、上司であり、管理職であり、君より年上だ。道理は明白だろう?君には、事後報告のほうがよかったかもしれないが……こういうことは、けじめとして、きちんと伝えるべきだと思った」音川の声は至極冷静で、当然のことのように述べる。反対に泉は震えそうになるのを押し殺しながら、両の拳を握りしめた。「でも、交際が社内規定に反するわけじゃない。上層部に言われたんですか? 」「いや。誰にも咎められていない。俺の倫理の問題だ。――俺は君の才能に惚れ込み、次のリーダーとして名指しした。その決断に私情は一切無いと言い切れる。しかし、恋愛関係にあることが知れれば、職務上の優遇や贔屓があったのではと誤解されてしまうかもしれない。そうなれば、きみの努力や才能が歪めて見られる。それだけはどうしても避けたいんだ」「そうやって、全部自分だけで決めて、自分だけ傷ついて、何でも一人で完結させようとするの、やめてくださいよ……」音川は伏せていた目を見開いた。思わぬ反発だった。自分が去ることは、どう考えても理にかなっているはずだ。泉の瞳は堅い意思を宿し、音川を静かに見つめていた。「僕たちが付き合ってることは、たしかに簡単なことじゃない。でも、だからってどちらかが犠牲になるのが当然なんて、おかしいです。――馬鹿げている」「……犠牲、というつもりはなかった。ただ……きみを守りたい。それだけだ」「守るなら、
Dernière mise à jour: 2026-01-16
Chapter: #40 夢ならば醒めないで
音川は徐々に弛緩してゆく恋人の身体を支え起こし、唇は繋げたままで膝の上に座らせた。「ん……」合わせ目から泉がため息のような声を漏らす。自他共に認める甘党の音川だが、この唇や舌を越える甘い口当たりのものは知らなかった。このままでは抱き締め潰してしまうかもしれないと怖くなり、音川は無造作に立ち上がった。肩に頭をもたせかけて、完全に身体の力が抜けていた泉の身体が宙に浮き、驚きの声があがる。「ほら、ちゃんと掴まってて」ずかずかと部屋に踏み込んだ音川は、膝を突くと上体を倒し、泉の身体を布団へ寝かせた。首に両腕と腰回りに両足が巻きついたままのため、覆い被さる態勢だ。「もう落ちないよ」音川にそう言われて、自分の背中がすでに布団の上であることにようやく気付いた様子で慌てて身体を離す。音川は微動だにせず、泉を見下ろしていた。長く密着することは危険だと分かっていても、離れ難かった。しばらくそうしていると身体の下で泉がもぞりと身を捩り、硬い太ももが音川の下半身に触れる。これが限界だと音川はようやく身を引き剥がして隣の布団に仰向けに倒れ込んだ。部下に手を出すような人間じゃない、そう己を自己分析していたのは真実だったが、しかし、想いが募るにつれ、肉体的にも恐ろしいほどに泉に惹かれているのも事実だ。つい数十時間前の、泉の艶やかさが脳裏に蘇る。しばしの煩悶の後、音川は一際大きいため息をついた。これまでの自分なら、ここで布団を引き離してさっさと寝てしまっただろう。……紳士的な行動と言えなくもないが、今、それは正しい選択肢では無いはずだ。音川は枕元に置かれたスタンドライトの灯りを落とした。漆黒の闇が落ちる。しかし目を閉じても眠れる訳無く、自分の心臓の音に集中していたが、このまま無言で横たわったまま朝を迎えてしまったら心臓がオーバーヒートして燃え尽きるかもしれないと思い、口火を切った。「……喫茶店、もう高齢で週末にしか開けていないらしい」「音川さん家族が通っていたんですよね?」「うん。俺はもう数年ぶりになるかな」「最初にその話を聞いたとき、下町のタバコ臭い店を想像してしまいました」「価格的にはそうだろうな。大人になってから知ったが、このあたりの地主の道楽だってよ。ミックスジュースが絶品なんだ。俺の甘党の始まりは間違いなくそれ」「楽しみです。早く寝た
Dernière mise à jour: 2026-01-15
Chapter: #39 Home, Sweet Home
そうして、飛行機の予定時刻まで、ふたりはラウンジでゆっくりと会話を楽しむことにした。テーブルには、それぞれ好きなものをビュッフェから持ってきており、音川は一口サイズのケーキをいくつか、泉は数種類のコールドサラダに牛肉の煮込みと、アメリカンなセレクトだった。音川は泉の帰国便を自分と同じフライトに変更し、イーサンには「彼を連れて帰る」とだけメールで知らせておいた。彼が社に対して行ったことと同じような通達のみになるが、泉が残っても、イーサンに利用されるだけであると判断した。そもそも、本来の研修内容はすでに修了しており、会社間において実害は何もなければ、文句を言われる筋合いも無かった。「かわいいね」音川は塊肉をもぐもぐと頬張る恋人を見つめながら、そう呟いた。「リスみたいで、ですか」「ううん。きみが。可愛くてたまらない」「んぐ」泉は急いで水を飲み、むせそうになった呼吸を整える。「どうしたんです?急に……」「もう口をつぐんでおく必要がないのであれば、言いたい時に言う」「……それ、僕も同じことしていいですか?」音川はそう返され、視線を合わせたまま微かに首を傾げた。「俺に可愛い要素があるならな」「眼の前に甘いものを並べてニコニコしている音川さん、可愛い要素しかないです」今度は音川が声に詰まる番だった。「……ただの甘党です」泉がクスクスと笑い、「音川さんはかっこよくて可愛いです」とまっすぐに目を見つめたまま言うと、音川は小さく唸り声を上げて、後頭部に手をやった。その照れる様子がめずらしく、泉は目を細める。まもなくして、搭乗ゲートが開いたとアナウンスがあった。「そうだ」並んで機上の人となって幾時間も経たずに、音川は思いついたように、自分の左手首から腕時計を外すと、「俺だと思って持ってて」と泉の手首に巻き付けた。ブレスレットの留め具を抑える衝撃に少し顔を
Dernière mise à jour: 2025-12-19
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