Chapter: 5.ねえ先輩。この距離感に騙されちゃってもいいですか? コンビニから刈谷の足で約7分、6棟横一列に並ぶメゾネットタイプのアパートに到着した。 先輩のおうちは向かって一番左端。「みて、この長方形だけで作られた連なるメゾネット。たまらんよなあ。」 「玄関のドアも窓も、綺麗に6棟とも同じ面積の長方形ですね!」「さすが数学ヲタク同士。話が分かって助かります。」「ふふ。」 もしかして先輩、長方形という図形だけでここに住むことを選んだ?かくいう私も今住んでいるアパートを選んだの、円形の窓に釣られてですね? その割りに円周率はそこまで言えなかったりする。 先輩と1階のリビングでソファに座り、アイスを半分こする。 マーブル模様にするには半分ずつ、それぞれのカップに入れないといけないのにね。先輩はなぜだか私に食べさせてくるのだ。 しょうがないなあ。餌付け体験させてあげますよ。 「ほい、どうぞ。」「ほ、ほい、ありがとうございます!」 ほいほい憂先輩のバニラアイスに釣られて自分の口が自然と開いてしまう。充電式センサーが反応して、口があーんって。ぱくりって。 今さら関節キスにドギマギする余裕もなく、憂先輩のバカで可愛いロボットになれそう。 私が無感情でバニラとチョコのセッションを堪能していれば、憂先輩がじっと私を見てくる。「なあ、俺にはやってくれへんの?」「え?」「チョコ、あーんしてくれへんの?」 「あ、ああっ忘れてました!!」 食い意地が張っているのよ私。って理屈で表面上を繕って、ずっと先輩にあーん。が出来ずにいたんです。頭の中では白状しました。 「は、はい、せんぱい。」 きゅっと心臓を固めて木の木目が可愛いスプーンで、先輩にあーんをする指が揺れるから、動揺は繕えそうにない。 「待って、爽ちゃん、指ついとる。」 「へッ、」 先輩が、私が差し出したスプーンからチョコを食べて。それからスプーンを持つ手首をつかまれる。「ここ、垂れそう」 私の指から垂れそうなチョコに反し、ゆっくりとした動きの憂先輩。まつ毛が長いし、前髪が夜でもさらさらしているのが狡い。 私の人差し指につくチョコを、舌先で舐めてから、じゅっと吸われて。ドクターフィッシュより遥かにえげつない。 思わず肩がびくっと上がって。先輩がゆっくりと上目遣いで私をしっぽりと見るのだ。 そんな狂おしく
Last Updated: 2026-07-20
Chapter: 4.ねえ先輩。ギャップ慣れするにはどうしたらいいですか?「爽ちゃん!」「わっ!」 腕をがっしり痛いくらいにつかまれて。刈谷は間一髪も二髪もまぬがれたのだ。あわて果てた憂先輩によって。「大丈夫?!」「っ、せ、んぱい……」 またブワッと涙が溢れかけるも、憂先輩はなんでか、つかんでいた腕を持ち上げたまま反対の腕で私の身体をがっちり抱きとめている。 あっれーー……? 恥ずかしすぎて、涙、どっかいった。 憂先輩は軽々と私を持ち上げるように、階段の上へと引き戻す。 どうしたことか、それからそのまま先輩ったら、私を後ろから抱きしめてきたからもう大パニック。「爽ちゃん、俺最低や。」「へ?」「勝手に爽ちゃんのこと、知らん女の子に見てしもた。」 「……え?」「六神君と関係を持っとる女の子なんやって。勝手に決めつけて、ごめんなあ。」「ええっ?! べ、べつにそんなことで謝らなくたって!」「あかん……。爽ちゃんが違う女の子に見えてしもうたら、俺、なんかこう」 「こう?」 憂先輩が、後ろから私の顔先で、「なんかこう」の形を手で作ろうとする。でもその手はWhy?の形に変化した。「続きの言葉が上手く出てこん。」 なんですかそれ。「でもな?六神君と爽ちゃんが付きおうとる思うたら、色んな感情がうずまいてん」 「い、色んな感情?」 「ぐるぐるした、ぐわんぐわんしたやつ。」「なんだか、ひ、ひどく抽象的ですね。。」「あ、俺を馬鹿にしとる。」「し、してません!」 それより恥ずかしい! 階段下りゆく人々がさめざめと見ています! いたたまれない視線なのに、憂先輩の声が耳元で響くから、私の心臓は温まってしまう。 小さい身体がすっぽり、先輩の大きな手のひらに収まっている感覚。これが俗にいう『親指姫』の気持ちかもしれない。 親指に姫をつけるだけで愛おしくなる。昔の人のタイトルセンスを尊敬するな。 肩に乗っていた先輩の頭がふわりと浮いて、先輩の髪の毛がさらりと私の頬を撫でる。 やっと解放してくれた先輩。心が安心とちょっぴりの心残りを感じているから憂李月の温度が憎い。「六神君には、れっきとした彼女がいてですね。超有名なストーリーなんですよ?」 「さっき六神君から事情聞いた。でもそのストーリー、ほんまに有名?俺、知らんかってん。」 そりゃあ先輩、他人に興味ないだろうし。 私がそのまま
Last Updated: 2026-07-19
Chapter: 3.ねえ先輩。先輩の機嫌をとるにはどうしたらいいですか? 久々の飲み会でお酒よりも人に酔ってしまったのかフラフラする。こんなに大人数の中で気を遣って遣われて、たった数時間のことでも気苦労が絶えなかった。 「刈谷さん!二次会行く?」 嬉々として水樹さんに言われるも、心労がそのまま顔に出ちゃっていたのか。 「刈谷さん、大丈夫?顔色悪いかも。」「ええと。ちょっとだけ、疲れちゃいました。」 コンビニ前の明かりだけで、顔色を読み取ってくれた水樹さんに感謝すべき? でも今日はちょっとだけ二次会という未開の地が気になるのも事実でして。 なんせ憂先輩が古馬都さんとだいぶ前の方を歩いていて。「憂も二次会に付き合わせて部長の相手させてやろう。」という誰かの声が聞こえてくる。 今日は人数多いし、憂先輩も連行されちゃうかもしれない。 「あんま無理しない方がいいよ?別に今の世の中飲み会なんて強制じゃないんだから。」 「あ、ありがとうございます。」 水樹さんの厚意に反して、「行きたいです!」とも言えず、そのまま「お言葉に甘えて帰ります。」と伝えてしまった私。 その頃にはもう先輩の姿は見えず。私は水樹さんたちの前でお辞儀をして。そのまま角を曲がって駅の方へと向かった。 もっと自分のはっきりとした意思を頭の中で即座に固めたいし、その固めた丸いやつをポーンて相手とキャッチボールできる勢いで投げたいのに。 刈谷が固めた丸いやつはドロ団子だから、すぐに壊れちゃうんだよね。 飲み屋が続く道を歩いて行けば、犬は棒に当たるし、刈谷はどこかで見たことのある背中に差し当たった。 憂先輩に近いほどの背丈、広い背中に黒い髪。 接待だったのか、向こうの方にいるビジネスマンに頭を下げている。「むがみん?」「……は、刈谷?」「なになに、孤高の接待?」「ソロの芋づる式接待。」 今の今まで醸し出していたデキるビジネスマンの風貌はどちらへ?私を見た瞬間、急に気怠げに肩を落とすんだから。 横浜支部の同期である彼は|六神《むがみ》君。通称むがみん。 最近同じ同期である|実来春風《みらいはるか》ちゃん(通称ぱるるん)という女の子と、付き合って別れて、そしてまた付き合い始めたのだ。 今どきの彼氏彼女はリユース方式なの? 「え、刈谷は?もしかして歓迎されてない歓迎会とか?」 「うるさいなー。宇宙人は好かれもしな
Last Updated: 2026-07-18
Chapter: 2.ねえ先輩。冷淡冷徹無表情の発信源ってどこですか?「|憂《すぐる》さん、さすがに飲んでないだけあって全然酔ってないなあ。」「水樹さん、お持ち帰り狙ってました?」 「皆狙ってるって!」「|朋政《ともまさ》派の水樹さん、いずこへ?」 飲み会が終わって外に出れば、前を歩く憂先輩の背中を見て、水樹さんと白河さんがそんなことを言った。 先輩は私の以外、お酒は飲んでいなかったようで、確かに体幹がしっかりしている。 あれ? 先輩、私の前でふにゃってたアレ。なんだったんです? そんな憂先輩のスマートな背中。たぶん、目視のメジャーでは刈谷1.25分くらいの背丈?183か4あたりかなあ。 モデル体型の憂先輩に率先して並びに行く一人の影。 バレッタで髪をハーフアップに留めた|古馬都《こばと》さんが、憂先輩のお隣をキープする。 後ろから見る二人はお似合いで、水樹さんが課長代理らしからぬ舌打ちをした。 「古馬都相手じゃ勝ち目ねえな。」「水樹さん、舌打ちが夜のネオンに響いてます。」 憂先輩との出会いは、央海倉庫横浜支部に私が在籍していた時、先輩が出張で横浜支部にやってきたのがきっかけだった。 その頃先輩は神戸支部の経理部所属で、新システム移行に伴う合同研修が横浜支部であったのだ。 研修室で経理部参加者リストが資料と共に配られて、“憂李月”の名前を見た瞬間、すぐに思い出した。 日本数学オリンピックで5年連続銅賞の憂李月。 なんだか可愛い名前だし、サイトのインタビュー記事にも顔写真が載っていたからよく覚えていたのだ。 コミュ力に欠ける私は、その時だけコミュ力の神様が下りてきた。 彼の名前が載る座席のところに行って、無我夢中で話しかけた。「あの! 日本数学オリンピックで5年連続銅賞の、憂さんですよね?!」 5年連続で名前が載るなんて本当に尊いことだから。 あこがれの存在だったし、ただ必死に話しかけたんだ。 でも彼の性格なんて全く知らなかった私は、一瞬にして凍り付いた。 「ここは職場で研修中なので。プライベートで話しかけるのはやめてください。」 そう言って、冷たい温度と態度で突き放されて。 打たれ弱い私は、しゅんと気持ちが沈んでしまった。 なんで今日に限ってコミュ力の神が下りてきちゃったの?コミュ力の神を呪いかけましたよ。 研修の席に戻れば、システム管理部で同期の
Last Updated: 2026-07-17
Chapter: 1.ねえ先輩。爽ちゃん呼び、恥ずくないですか?「|刈谷《かりたに》さあん! 来期の予算申請、お願いしてもいいかな?!」「もちろん、いいですよ。」「ありがとう〜! 助かる〜!」 刈谷さん、横浜支部では数字の鬼って云われてたんだよね。と、眉を下げて笑う|白河《しらかわ》さんは、私の2個上の先輩だ。縮毛矯正で手に入れたというストレートヘアを揺らし、先輩が廊下の方へと小走りで向かう。『西の|憂《すぐる》がお目見えなすった!』 白河先輩が、その人物を一目見ようと、他の女性社員の背中で爪先立った。総務部課長代理、|憂《すぐる》|李月《りつき》30歳がこの経理部のある5階のフロアにやって来たのだ。 冷淡冷徹、無表情。自分の仕事は自分の仕事、他人の仕事は他人の仕事。終わらないあなたの仕事を自分に頼まれても、それはどう足掻いてもあなたの仕事。終われるように予定を組まなかったあなたが悪いのだと、昔先輩に楯突いたことがあるのだそう。 感情をあらわにすることなく一掃する冷めたグレーの瞳。色素の薄い髪からは、ほろほろと雪の結晶が落ちてきそう。今憂先輩は、防災設備の点検で、フロアごとに消防署職員との検査に立ち会っているらしい。「総務の懇親会も送別会も歓迎会も来なかったんでしょ?」「絶対無理だって! 合同歓迎会じゃ来ないでしょ!」 秋晴れもいい後期の人事異動。私、|刈谷《かりたに》|爽《そう》27歳は、この度、|央海倉庫《おうみそうこ》横浜支部から東京本部の経理部に異動となった。今日は、総務、人事、経理部合同での歓迎会があるのだ。大勢人が集まる場所はとっても苦手だけれど、主役の立場なので出席しなければならない。同期だけなら気兼ねなく楽しめるのに、ビジネスオンリーの飲み会は信じられないほど億劫。私の心の壁は、なかなか他人には剥がせない。 廊下から聞こえてくるのは、憂先輩と女性社員たちの声。恐らく今日の歓迎会のお誘いなのだろう。冷淡冷徹な憂先輩は、社交の場であっても出ないものは出ない。徹底している。「あ、あの憂さん! 今日の合同歓迎会って、いらっしゃいます? 私達、歓迎会の幹事でして! 一応確認をとっているんです!」「い、一応ね!」 少しの間があって。場が凍りついたように静まるのを感じた。 そして事務的に返す、先輩の冷たい声。 「ちょっと、待って。確認します。」 女性社員の間に広がる
Last Updated: 2026-07-14