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クリスマスラプソディ8

Autor: 相沢蒼依
last update Fecha de publicación: 2026-04-22 00:00:35

☆ ⌒Y⌒Y⌒Y⌒

「やっぱり陽さんは男前で、カッコよかったっス!」

 予約しているレストランに行く道中、ずっとこんな感じで自分を持ち上げる宮本に、橋本は心底うんざりしていた。

「おまえ、もう少しテンション下げろよ。これから行くところは、厳粛な雰囲気のある店なんだぞ」

「絶対に駄目だと思ってたのが、陽さんのお蔭であっさり認められたのが嬉しくて、はしゃがずにはいられないんですって」

 なにを言っても、こりゃダメだなと思った矢先だった。向かい側からやってくる人物とバッチリ目が合う。声をかけようとした瞬間に、見慣れたイケメンから先に声をかけられた。

「橋本さん?」

 黒のコートの下にスリーピーススーツを格好良く着こなしたその人物と、今の自分の恰好を必然的に比べてしまい、内心落ち込むしかない。

「恭介?」

 レストランの店先で、タイミングよく鉢合わせになる。

「恭介もしかして、この店を予約しているのか? 予約しても、一年先からしか空いてないらしいのに

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  • BL小説短編集    第二章:傷の音4

    *** 数日ぶりに訪れた九条さんの家は、この間と違う空気をまとっていた。 扉の奥から出てきた彼は相変わらず綺麗で、いつもどおりの穏やかな微笑みを浮かべる。けれどその笑みが妙に遠く見えたのは、気のせいだろうか――あの夜の親密さが、今日は薄い膜の向こうに閉じ込められているみたいに感じる。「芹沢くんお疲れさま。外は暑かっただろう? 中へどうぞ」 玄関からリビングに通されるまでの数メートルが、やけに長く感じる。 前回来たときは、こんなふうじゃなかった。あの夜のぬくもり――指先すれすれの熱は、今はもう空気のどこにも残っていない。ただ、サンダルウッドの香りだけが微かに漂う。 九条さんはすぐにピアノの前に立ち、背を向けたまま、いつもの軽やかな調子で話す。「この前の調律、すごく良かった。低音、まるでピアノが生まれ変わったみたいだった」 「ありがとうございます……でも、もしまたなにかあれば遠慮なく」 そこまで言うと、彼がこちらを振り返った。 笑っていた。でもその目には、前とは違う曇りがある。まるで、あの夜のことを全部“なかったこと”にしようとしているような――。「芹沢くんも本番前とか、緊張するのだろうか?」 「あ、はい。たまに」 「そう。僕もね……そういう夜は、音のないところに行きたくなる」 その言葉は、あの夜の「眠れない夜」の話と似ていた。だが、明らかに温度が違う。あの夜は脆く、触れれば崩れそうなほど近く感じたのに、今はどこか他人行儀で、心をなぞるだけの言葉に思えた。(……あれは、夢だったのだろうか) 手のひらに、あの日のコーヒーカップの感触が残っている気がするのに。俺の中では、まだ終わっていないのに。「九条さんは……あの夜のこと、覚えてますか?」 意を決して口にした瞬間、鍵盤に触れている九条さんの指がふと止まった。けれど、すぐに動き出す。鍵盤の上を軽くなぞるように。微かな単音が、部屋の静寂に溶ける。「覚えてるよ。でもあれはちょっとだけ、夜が深かったせいだね……」 まるで自分に言い聞かせるみたいに、やわらかく。だが確かに、距離を置く声だった。「僕としては、変に気を遣わせたくない。仕事の相手に、ね――」 そう言って九条さんは笑う。どこまでもやさしい顔。そのやさしさで拒まれるのが、なぜか一番堪えた。胸の奥で、なにかが軋むような痛みを感じる。

  • BL小説短編集    第二章:傷の音3

    *** 芹沢くんが帰ったあとの部屋には、静寂の中に彼の痕跡がいくつも息づいていた。 ドアの閉まる控えめな音。足音。カップがテーブルに置かれる乾いた響き――どれもすでに聞こえない音なのに、耳の奥でずっと反響する。まるで彼がこの空間に刻んだぬくもりが、夜の帳に溶けきれずに漂っているように。 調律を終えたピアノは、驚くほど素直に鳴る。さっき試した低音も、ただ静かに、だが確かにそこにあった――とても優しい音だった。 あれは偶然の癖なんかじゃない。無意識の、もっと深いところから滲んだ音。芹沢くんの指がそれを選んだ。彼自身がまだ知らないままに。(彼の音には、温度がある――) 冷静で真面目で、まっすぐすぎるくらいの青年。なのにピアノを調律する指先は、まるで誰かを救おうとするような音を引き出す。自分では気づかないまま、誰かの心をそっと包むような音を。 そんな音に触れたのは、いつぶりだろう。誰かの奏でるものでも、自分の演奏でもない。ただひとつの音が胸の奥にじんわりと染みて、深いキズの輪郭をなぞるような感触。 ピアノの鍵盤と同じモノクロの世界で生きる僕に、鮮やかな色彩を与えてくれるなんて。(……ズルいな、あれは――あんな音を持ちながら、僕の心に無造作に触れた。本人はきっと、気づいていないくせに)「まさに、魔性の男と表現したらいいかもな」 口に出して呟き、苦笑する。 弱いところなんて、見せるつもりはなかった。あんな言葉を、本当は言うべきじゃなかったというのに。“誰かが僕を抱きしめてくれたら”――なんて馬鹿みたいだ。今さらそんなことを思っても、どうにもならないのに。 でも彼は目を逸らしただけで、笑わなかった。なにかを悟ったような顔で、ただ静かに黙っていて。問い返さず、騒がず、逃げもせず――ただ、そこにいてくれた。(……だからだ)“司”と呼んでほしかった。誰でもないこの名前で、ステージの外の自分を見てほしかった。「ピアニスト・九条司」という虚飾を脱いだ、本当の僕の姿を。きっと彼なら、気づいてくれると思ってしまったから。 指先にカップの縁に触れたときのぬくもりが、まだ残っている気がする。ほんの僅かに、触れかけただけの熱。直接彼に触れられなかったからこそ、余計にその感触が心に焼きつく。(陽――) 彼の名前を、声に出さず心の中で呼んでみる。その響きは、彼の音

  • BL小説短編集    第二章:傷の音2

    *** 調律を終えてからも、なぜか九条さんは「もう少しここにいてくれ」と俺を引き留めた。 断る理由も見つからず、俺はソファに腰を下ろして、コーヒーカップを手に持つ。カーテンの隙間から夜が忍び込むことで、部屋全体がほのかに温度を落としたような気がした。 九条さんは黒いグランドピアノの前に佇み、鍵盤には触れず、ただ楽器そのものをじっと見つめる。その姿は、コンサートの一瞬を切り取ったかのようだった。 完璧な輪郭、静かな佇まい。きっと彼のファンなら、このまま時が止まってもいいと願うだろう。「芹沢くん……眠れない夜ってあるだろうか?」 九条さんはピアノから窓の外の闇に目を向け、ぽつりと呟く。「眠れない夜ですか?」 「ああ。誰にも逢いたくないのに、ひとりでいるのも怖いみたいな夜」 彼は振り返らずに続ける。九条さんの声には、僅かな濁りがあった。音に敏感な職業ゆえに、そんな些細なことにも気づいてしまう。「僕には昔、そういう夜がずっと続いたときがあった。音を出しても、音じゃないものにしか聞こえなかった」 その言葉に、胸の奥が締めつけられるような感覚が走った。耳が捉えた九条さんの声には、普段の艶やかさとは異なる、どこか脆い響きがある。彼の完璧な仮面の裏に、確かに“キズ”があることを感じさせた。「……なにがあったんですか?」 自分でも驚くほど自然に、言葉が口をついて出た。九条さんは短く笑い、ゆっくりと振り返る。細く切れ長の瞳に、夜の光が映り込む。頬に浮かぶ儚い影。整った顔立ちにふと滲む虚無感が、俺の息を止めた。「よくあることだよ。人を信じすぎたとか、音に縋り過ぎたとか……ね。少し前までは、それすらも“美談”にしてごまかした」 彼の声は軽く、だがどこか自嘲的だった。(彼の奏でるピアノの音と、漂ってくるこの雰囲気……そこに深いキズがあるって、ハッキリとわかってしまった) 安易に声をかけられず、俺は押し黙った。九条さんは瞼を伏せ、まるで自分の言葉を反芻するように静かに続ける。「でももう、語るほどのことでもない。ただ、たまに思うんだ。あのとき、誰かが僕を抱きしめてくれたら――って」 一瞬俺に「抱きしめてほしい」と言っているように聞こえた。いや、違う。俺が勝手にそう思っただけ。 そのことを意識した途端に急に恥ずかしくなり、心臓が速く脈を打って、コーヒーカッ

  • BL小説短編集   第二章:傷の音

    しばらくすると九条さんは隣室のソファに身を預け、壁越しにこちらを眺めた。濃い睫毛の奥から放たれる視線は、俺の動きを音のように捉えているみたいに感じた。 それでも集中して調律したことで、ピアノの音は淀みなく、理想に近いバランスを保たれた。作業がうまくいったことに安堵のため息をつき、工具を布で包もうとしたとき――。「ねえ、芹沢くん」 静かだが芯のある声に、俺は反射的に振り返る。九条さんはソファで脚を組み、肘を背もたれに乗せたまま、こちらを見ている。 スポットライトのような陽光が彼の整った顔を照らし、瞳の奥に琥珀色の光が揺れた。俺の心の奥を覗き込むような、柔らかくも鋭い視線だった。「君の左手側の低音……本当にほんの少しだけ、響きを残すように調律してるだろう?」 「えっ?」 そんな意図はしていない……はず。俺はどの鍵盤にも均等に冷静に、誤差なく調律した。「そうか。わざとじゃないのなら、それは君の癖だ。あの音だけ、僅かに余韻が長く続く」 九条さんは言いきって、調律の終えたピアノに近づいていくと、椅子に腰かける。そして間を置かずに、低音域を撫でるように鍵盤を叩いた。 その指先から奏でられたものは深く、濡れたような音が空気を震わせる。まるで夜の海の底から届くような、静かで重い旋律。胸の最奥をそっと撫でられるような感覚に酔いしれ、俺は思わず息を止めた。「うん、とても優しい音だ。なにも身にまとっていない心を、優しく包み込むような――」 彼の言葉で、胸の内が異様にざわめく。俺は意識して、音を整えてきたつもりだった。どの鍵盤にも偏りなく、プロとして完璧に仕上げたはず。なのに九条さんの耳は、俺の無意識の感情さえも拾い上げてしまうらしい。「俺は……そんなつもりじゃ」 「否定しなくていい」 九条さんは鍵盤から目を離さず、ふっと微笑む。「僕、この音が好きだ。君の指が残した、君だけの痕跡だから」 その声は静かで、どこか熱を孕んでいた。俺の心の隙間を埋めるように、甘く響く。思わず喉の奥が詰まり、言葉を失う。「ねえ芹沢くん。君ってさ、言葉にしない感情を、指に預けてるだろう?」 笑うでもなく、詰るでもない。九条さんはフラットな口調で訊ねた。俺はハンマーを握りしめ、視線をピアノに落とす。なぜか、彼の目を見返すことができない。「あの……勝手なことを言って、すみませ

  • BL小説短編集   第一章:沈黙の鍵盤

    俺が調律師になって数年――これまでに何人ものピアニストと仕事をしてきたが、「九条司」という名はどこか別格だった。 超絶技巧を誇る演奏家としての才能。若くして世界に名を轟かせた経歴。そしてなにより、人を惹きつけて離さない“なにか”を持っているという評判。噂では、彼の演奏を一度でも聴けば、誰もが心を奪われ、もう戻ってこられなくなるという。 男女問わず惹きつけるその魅力が、時にトラブルを招くとも囁かれた。最近のコンサートのドタキャンも、そんな噂の一端かもしれない。理由は明かされていないが、ホールで調律したピアノが使われない可能性を考えると、胸がざわつく。「魔性の男なんて、大げさだろ」と思っていた。だが初対面の夜から数日経った今も、俺の頭の中から彼の姿が離れない。夢の中でさえ、あの虚ろで深淵な瞳がこちらを覗き込んでくる。まるで、俺の心の隙間を覗き込むように。(……くだらない) 調律師として、そんなことに気を取られてはいけない。 頭を振って雑念を追い払い、九条さんの自宅兼スタジオの呼び鈴を押した。今日から本格的なリハーサルが始まる。ホールとは異なる、彼の“私室”での調律が、本日の仕事だった。 緊張しながら待っていると、目の前のドアが開いた瞬間、ふわりと甘い香りが鼻を掠めた。サンダルウッドとどこか花のような、つかみどころのない香り。リラクゼーション効果のあるその気配だけで、少しだけ肩の力が抜けていく。「……芹沢くん、いらっしゃい」 薄い笑みを浮かべた九条さんが、ドアの向こうに立っていた。白いリネンのシャツは首元が少し開き、陽光に透けて肌の輪郭がほのかに浮かぶ。 目に映る様子はこの空間そのものを、彼が演出しているかのよう。天井の高い部屋。壁一面に並ぶ古びた楽譜。窓から差し込む光を受けた黒いグランドピアノの存在感は、圧倒的だった。「君が来ると部屋が静かになる。不思議だね」 そう言った九条さんは少年のようはにかんで、床に座り込む。そして自身の膝を抱えるような格好で、俺の手元をじっと見つめた。その視線は、俺の指先が奏でる音を目で追いかけるみたいに。「すみません……作業の邪魔です」 「邪魔をしているつもりはない。観察してるだけ」 彼の声は低く、どこか楽しげに俺の耳に届く。「君の指の動き、好きだよ。まるでピアノを愛撫してるみたいだ」 「うっ!」 その

  • BL小説短編集   貴方の心に棲むもの プロローグ

     誰もいない夜のコンサートホールは、まるで呼吸をやめたように静まり返っている。 照明の落ちた客席は闇に沈みこみ、舞台の上にぽつんと置かれたグランドピアノだけがスポットライトに浮かびあがる。その黒い艶面はまるで深海の暗さを湛え、ホールの空気すら飲み込んでしまいそうだ。 俺は最後の鍵盤に指を置いたまま、そっと息をついた。弦の余韻が消え、代わりに自分の心臓の鼓動が静けさを叩く。 調律は順調で音の狂いもない。だが、なぜだろう。どこか物足りなさが残る。いいようのない、なにかが欠けている気がする。そう、それは音の奥にある、“体温”のようなものが。(このグランドピアノは、想像以上に曲者だな――) 持っていたハンマーを指先で弄びながら、考えに耽っていると。「……完璧だね」 背後から響いた艶のある低い声に、心臓が跳ねた。反射的に振り返ると、舞台袖にひとりの男が立っている。 白いシャツに黒のパンツ。ありふれた格好のはずなのに、その姿はまるで絵画のように非現実的で、輪郭がほんの少しだけ現実から浮いているように見えた。 ピアニストらしい長くしなやかな指が舞台の闇を切り裂くように動き、緩やかな仕草で髪をかき上げる。その一瞬、スポットライトが彼の瞳に反射し、琥珀のような光が揺れた。 九条司――。 俺が言葉を発するより早く、彼はピアノの前に歩み寄り、軽やかに腰を下ろす。そして、唐突に音を奏ではじめた。 聞いたことのない旋律が、ホールを包み込む。一音一音が心の奥をそっと叩くように、彼の指先から紡がれる調べは鋭くも柔らかく、確かな感情を孕んでいる。 それは熱くも冷たくもない、だが確かに痛みの記憶を呼び起こすような響きに、息をすることさえ忘れた。俺の意識は、ただ彼の指先とその音に囚われる。 演奏が終わると九条さんは鍵盤から手を離さず、ゆっくりと俺の方へ顔を傾けた。「なるほど……この音は、君が整えたんだね」 その声は、耳の奥に直接触れるように甘く響いた。なぜか頬が熱くなるのを感じ、俺は慌てて視線を落とす。「君、名前は?」「芹沢……芹沢陽です」「芹沢くんか。いい調律師だ。でもこのピアノにはまだ、君の“なにか”が足りない気がする。どうしてだろうね?」 その言葉は、俺の心の隙間を正確に突いたものだった。九条さんの瞳はどこか虚ろで、同時に底知れぬ深さを湛える。 触れて

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