Mag-log in「ほほぅ、これはお若い」 グランディール町長として訪問したぼくを見て、開口一番彼はそう言った。「ええ、よく言われます」 ぼくは町長の仮面をつけて微笑む。「しかし、出来たばかり、ランクもついていない町で、スピティのトラトーレとデレカート二大商会と取引されているとは」「町民のおかげです」「なるほど、町長に忠実な町民がいるということですか」「ええ」 忠実な町民。 町に住む人のことをどう思っているのか。 苦虫を千匹は噛み潰したいところだけど、町長の仮面は優秀で、そんなぼくの内心を見事に覆い隠している。「うらやましい限りで」「おや、デスポタ町長はそうではないと?」 ファヤンス現町長、デスポタ・ティランノは、ぼくを尊重するようで見下しているのが見え見えの態度で言う。「そうなんですよ、お若いクレー町長にはまだお分かりにはなりませんでしょうが」「町長の先輩であるデスポタ町長をそこまで悩ませる町民がいるとは」「町民ではなく、町民たち、ですよ」 デスポタ町長は苦笑い。その顔をしたいのぼくなんですけど。「教育し直してやらなければ」「教育、ですか」「そう。町のために役立つという意識を植え付けてやらねば」「なるほど。そういう方法があるんですね」 感心した声で言うと、デスポタはにっこりと醜悪に微笑んだ。「ええ、いずれクレー町長も必要になるかも知れない」 ぼくは心の中で拳をぐっと握りしめながら、穏やかに頷いた。 ◇ ◇ ◇ 工房で一人絵付をしていたクイネは、微かな音に気付いて顔をあげた。 微かに……叩く音。ノック? 絵付け中は誰も来るなと町長ですら寄せ付けるなと言いおいてあるのに。 嫌な仕事を無理やりやらされている不快感をその相手にぶつけてやろうと、クイネはドアを開けた。 ……ん?「おま……!」「シッ」 ドアの隙間から滑り込んで後ろ手に閉めた男は、すぐにクイネの口に掌を当てた。 真剣な目で、無言のジェスチャーをする。 ……ポルティア!(なぜ……お前が、ここに) ポルティアは鍵がかかったのを確認して、工房の真ん中まで来ると、そこでようやく口を押える手を離した。「助けに来たぞ」「本気で……? 食堂の親父として?」「ああ」 だけど、この町は町長の方針で出入りが厳しい。そんな中にどう入って来たかは
「ピェツって聞いたことないな」 ポトリーはレベルが低いとはいえ「陶器作り」のスキル持ちで陶器を作るのも好き。なのに知らない?「クイネは知ってるのか?」「そりゃ知ってるよ。本人は知らないけど、実物の飾り皿を見たことが一回だけある。そりゃあ素晴らしい絵付けをするんだ。クイネ・コシネーロの名がついているってだけで値段が十倍にも百倍にも跳ね上がる。贋作も多いけど、本物を見たことがある人間なら一発で贋作って見分けるほど印象的な……、そう、胸を打つ絵付けだ」「シエルとデザイナーとしてどっちが上だ?」「芸術家だな。方向性が違うから比較はできない。シエルは実用性を兼ね備えるが、クイネは芸術だ。触れてはいけないものだとすら思わせる」「ほお」「でも本人がやりたいのは料理なんだなあ」「ああ。自分の知らないところに渡ってそこで褒められるより、目の前で食べてもらって美味しいって言ってもらえる方が好きだと言い切っていた」「精霊とか神様とか言うのは理不尽だなあ……」 ポトリーが溜息をついた。「そのレベルの半分でもいい、おれにあればなあ……」「多分彼も同じことを思っているよ。貴方の半分ほど陶器への情熱があれば、とね」 本当世の中ままならない。「でもピェツって言う窯師は聞いたことないな。まだ若いのか?」「十七歳らしい」「若いな。二年前に発覚して、ファヤンスが厳重に隠してるってところか」「多分このメッセージからして、成人してから町を出たことが一度もない可能性があるな。助けてほしい、そのメッセージが詰まってる」「十七歳の若人をどんな扱いしてるんだ、ファヤンスは」「どっちにしても、ファヤンスには町を出たい町民が大勢いるのは確かだね」 五十通の手紙、大きく「はい」と書かれた紙を見る。「ああ。だけど、それが分かったからってどうなるんだ?」「もらうんだよ」「へ?」 先に話を通していたアパルやサージュは平然としていたけど、それ以外の町民はぽかんと口を開けていた。「もらうって……町をか?」「町って言うか町民ね」 ニッと笑うぼくに、正気かと言う顔を見せる皆々様。 大丈夫。正気です。「ファヤンスを出たい町民がいて、新しい町民が欲しいぼくらがいる。反対すするのはファヤンスって「町」だけだ」「いやそりゃ詭弁だろ」「うん分かってる。でも、今の状況で町
三々五々、伝令鳥たちが帰ってきた。 五十羽近い伝令鳥は、ほとんどが濃い桃色だ。 普通、伝令鳥は赤いが、この桃色の伝令鳥は宣伝用。だから宣伝鳥と呼ばれている。町が町民に送ったり、商会が商品の案内を送ったりするのに使われる。鳥を放つ人間が出した条件……その条件に当てはまる人間の所に飛ぶ。商会とか大店とかがよく持っていて、大体は新しい顧客探しに商品に興味があってある程度以上の金がある人間を探して辿り着く。今回はトラトーレとデレカートに頼んで、宣伝鳥を貸してもらった。この二大商会は当然いい宣伝鳥を持っているので、ファヤンス在住で新しい町に行きたいという望みを持った人間の所に飛んで行ったはずだ。 Dランクくらいの町だと、町民引き抜きには過敏になる。人数が減ればそれだけランクダウンが大きいから。特に町の看板を引き抜かれるとランク外になりかねない。だから他の住みやすい町に行かれたりすると困るので、他の町の情報を町民に入れないこともある。 クイネと言う人もそのパターンだろう。 レベル9000の「陶器絵付け」は陶器の町には絶対必要。陶器の町、と言う売り出し方をしていながらDランクなのは厳しい。名産があるならせめてCが欲しいところ。ファヤンスがクイネに仕事を強制させているのも、早くランクアップしたいからだろう。 ちなみに町ランクは町ランク鑑定のスキルを持っている人間が見れる。ヴァローレも見れて、グランディールを見てもらったことがあったけどその時は「まだランク外」と言われてちょっとショックだった思い出。原因は町民数と言われて、何処か町民をないがしろにしている町からゲットすると決めていたその時に、ファヤンスの町から人を招きたいというポルティアの提案に乗ることにした。ポトリーを追い出してクイネを出さない町、陶器の町と言うのにDランクと言うのは何が問題がある町、と言うことになる。で、クイネへの伝令鳥を飛ばすついでに宣伝鳥で町を出たい人に送ったんだけど……。「鳥が辿り着いた以外にも町を出たい人間はいそうだな、これは」 宣伝鳥が持ち帰った返事……と言っても町を出てウチに来ないかと言う問いにイエスかノーかだけを書く返事で、イエスの数が異様に多い。これだけ町を出たいという人がいるなんてどういう町なんだファヤンス。「サージュ、ファヤンスの……」「もう集めた」「早
「誰も、クイネさんを見捨てるなんて言ってないよ」 ポルティアは顔をあげた。目が見開かれている。「ただ、彼を町に迎えるにはちょっと騒動が起こるだろうな、とは思っている」 しゅん、とポルティアの肩が落ちる。「町には食堂がないから、才能のある料理人は欲しい」「町長……」「言ったらまずいことだってのは分かっている。でも言わせてくれ。スキルだけがその人の才能じゃない。才能の一つではあるだろうけど、努力して身に着けた技術はスキル以上に素晴らしいものだと、ぼくは思う。陶器絵付けだけをやって生きていけるのに、料理を学び、覚え、それで生きていきたいと思う、それの何処が悪いのか。むしろ、スキル以外を才能と見做さず、本人の望みを無視して町の稼ぎを第一とする、ファヤンスが罰を受けるべきなんだ」「町長!」「ファヤンスに喧嘩を売る気か?」 アパルの悲鳴交じりの声と、サージュの平坦な声。「まさか」 ぼくは町長の仮面をつけたままにっこりと微笑んだ。「スカウトするだけだよ、片っ端からね」「は?」 ◇ ◇ ◇ それから二日後。 たくさんの鳥がグランディールからファヤンスへ向けて飛び立った。「金の無駄遣いって言わないか?」 鳥の影を目で追いながら、サージュが呆れたように言う。「ぼくがいいって言ったらいいんだよ」「そうなんだがな」「あ、ごめん。面倒なことさせたの、怒ってる?」「いいや?」 サージュは首を横に振る。「この町が町として認められるのに必要なのは町民で、普通の手段であればまず人間が集まらない。どこかの町から大規模にスカウトしない限り、Eランク以下、村クラスとして認識されてしまう。どんなにいい家具や陶器を作ってもな」 だから、とサージュは続ける。「強硬手段に移らなければならないと思っていたこのタイミングで、町長があんなことを言い出すとは思わなかったが……」「ならいいでしょ」「いいんだ、いいんだが」 サージュは眉間のしわに人差し指を当てる。「上手くいくかどうか試して見なきゃだけど、試す価値はあるでしょ?」「そうだな」 諦めたように溜息をつき、サージュは空を見た。「上手く届くといいんだが」 クイネは妙な夢を見て目覚めた。 懐かしい友人の夢だ。食堂の親父になりたいという夢を真面目に聞いてく
「呼びたい知り合いがいるんだが、いいか?」 ポルティアがそう切り出したのが、新入り二人が町に馴染んできた二日後だった。「知り合い? どんな人?」「スピティと繋がりのあるファヤンスの町に住んでるんだが」「ファヤンス?」 次の陶器をどう作ろうかと考えていたポトリーが反応した。「知ってるのか? ファヤンスを」「知ってるも何も。おれの出身はそこ。陶器の町、Dランク、違う?」「いや、合ってる。ポトリーはスキル「陶器作り」だろう? なんでこんなところに?」「レベル低いって追い出されたんだよ。上限は1000だから低上限でもない。伸びしろがないって言われて、追放ー」 ポトリーは冗談めかしてパッと手を開いた。「だけど、デレカートに詫びの飾り皿を送ったって聞いたぞ。それはポトリー作だろう? 低いって言われるレベルが作って納得する男じゃないぞデレカートは」「シエルが絵の指導してくれたんだよ。クレー町長も陶土の崖を作ってくれた。同じ皿だったらいい陶土で綺麗な絵が焼き付けられている方が値は上がる。で、ファヤンスの誰かさんがどうして移住したいと?」「町のスキル第一主義に合わないんだと」「スキル第一主義って……ほとんどの町がそうだろう」 エアヴァクセンをはじめとして、ほとんどの町が町民をスキルで決めている以上、スキル第一主義になってしまうのも仕方ない。で、そこから弾き飛ばされる人間も少なくない。シエルのような別の才能を持っている人間、ぼくのようなレベルで測れないスキルがそうやって取りこぼされ、グランディールに集まっている。「あいつはかなり才能のある料理人なんだが、スキルが「陶器絵付け」でな、しかも9000近いと来た。当然絵付けの仕事しかやらせてもらえない。絵じゃなくて料理をしたいといつもいつもそればかりだよ」「なんでポルティアがそんな奴のこと知ってんだ? 9000レベルだったらそもそも町から出してもらえないだろう」「デレカート氏の依頼を受けて、彼の執務机に飾る飾り皿を見て欲しいと頼まれてファヤンスに行ってな、その時知り合った。何か妙に気に入られてな、泊まってけって言われたんだ。その時に、手料理をごちそうしてくれてな……。それが非常に美味かったんで、料理のスキルも持ってるのかって聞いたらこっちは自分の趣味でつい夢中になって楽しくってって盛り上がって、……でも自
「じゃあ、水路が出来るようにと念じてくれ」「ああ、やっぱり」 ナーヤーはこの町の法則に気付いたらしく、すぐに目を閉じて集中する。「念じてくれと言われても」「この町にポルティアの家は出来ただろ?」「ああ……おっそろしく高級なのが」「「そんな家を持てればいい」って一度として思ったことはないって言える?」「言えない……無理だと諦めた夢だけど……」「それと同じ。この町に水路があるといいなって考えるんだ。あとはシエルのアイディアとぼくのスキルが完成させてくれる」「…………」 ポルティアはしばらく眉間にしわ寄せてこめかみを指で押さえていたけれど、目を閉じて集中の体勢に入った。 ヴァリエは最初から分かってます大丈夫な笑みで手を組んで念じている。 そして、ぼくも集中する。 シエルが空を見上げ、叫ぶ。「ヴァダー!」「おう!」 こればかりは「まちづくり」のスキルだけでは出来そうにないので、ヴァダーの「水操」と「合わせ」ることにした。 ばしゃばしゃっと水音が聞こえる。水音は遠くなったり近くなったりする。 本当、こういうことを考えるシエルと実行できるヴァダーがすごいよ。 空気の温度が少し下がった。 そして、上手く出来たという手ごたえが、ぼくに。「出来たぞ」 シエルが震える声で、終わりを告げた。 全員、ゆっくりと目を開ける。 そこには、前もって知らされていたぼくにも驚きの光景が広がっていた。 空を、水の道が蜘蛛の巣のように覆っている。 人の手に届くところから、ずっと高い場所まで。水汲み場の屋根から流れ出した水流は、八つの方向に分かれて町を万遍なく回って水汲み場へ戻ってくる。「……何だよ……何なんだよこれは……」 ポルティアが呟く。まあ知らされてなければびっくりの映像だよな。「さすがは町長」 ヴァリエが空を見上げて涙ぐんでいる。「このような奇跡を起こせるなんて……!」 奇跡じゃないです。ぼくとヴァダーのスキルを合わせてシエルが具体的にイメージした結果なんで。「すごーい! お水が空飛んでる!」「お家にも来てる!」 子供たちはワイワイと大喜び。「水遊びするのはいいけど、汚したらダメだぞ」 飲料水でもあるんだから。「遊んでいい場所はあるの?」「牧草地とかなら」 わーいと喜んで子供たちは牧草地へまっしぐら。
「おおお!」 デレカート商会長が目を丸くする。「これが、あの設計図の椅子とは……!」 今日はデレカート商会依頼の椅子を納入する日。 反応を見たくてシエルが来たがったけど、シエルは出てきちゃいけないというのでサージュとアパルの意見が一致した。 絶対に引き抜かれる、と。 シエルはいやいやグランディールが一番、何処へ行く気もないけれど評価は聞きたいと言っていたけど、デレカートもトラトーレも気に入ったデザイナーだと知れたら、最悪拉致監禁される可能性だってあると言われて引っ込んだ。いいデザイナーだけど押し付けられると途端にやる気をなくすタイプ。グランディールで好き放題やってた方が楽しいんだ
ぼくたちを迎えた門番が、少しして走って戻ってきた。「グランディールと言うのは町の名ですか」「小さいですが、町です。町長も印を持ってきています」「町長……」 サージュとアパルが視線でぼくを示し、ぼくはゆっくりと頷いた。 門番と目が合う。 緊張するな。悠然と、鷹揚に。「お若いですな」「新成人になってすぐ町を造られた傑物です」「このような家具を作れる町を造るとは、まさに傑物ですな」 門番がにっこりと微笑む。さっきまでの適当な態度とは大違いだ。「どちらのギルドに案内されますか」「申し訳ない」 門番は頭を下げた。「トラトーレ商会とデレカート商会が私の報告に興
アパルさんと一緒に光の輪に入った瞬間、なんていうか、浮遊感? があって、次の瞬間には森の拓けた場所にいた。 唖然としている、アパルさんを更に真面目にしたような人。「久しぶりだな、サージュ」 アパルさんが軽く手をあげて挨拶する。「アパル……本当にアパルなのか?」「ああ」「あの大きな浮遊物体は何なんだ? 君、あれに乗ってきたのか?」「ああ。グランディール。私たちの町だ」「町?」 不審そうにアパルさんを見て、そしてこっちに視線が移る。それで思い出したように、アパルさんはぼくの腰を押して自分の前に出した。「彼が町長。クレー・マークンだ」「随分と若い……いや幼いというか……」
「これで、町長はお兄ちゃん。名前もグランディールに決まった」 アナイナは満足そうに言って、みんなを見回した。「これから、どうする?」「住民を集めるんじゃないの?」「いや、必要なものがある」「えー?」 自分の考えを反対されるのに慣れていないアナイナが。割って入って来たアパルさんに口を尖らせる。「何よ」「町の売りだよ」「空飛ぶ町ってのじゃダメなの?」「そうじゃない。ただ空を飛ぶだけじゃ、町の売りにはならないんだ」「なんでー?」「だって、不便なところもあるだろう? 今のところ、下に降りるにはグランディールを下ろしてやらないといけないし、上り下りする時にいちいち動かさなければ