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第六話——翠と再会

مؤلف: 桜庭結愛
last update تاريخ النشر: 2025-11-21 18:49:56

あれから数日間、私は変わらず毎日翠の病室に顔を出している。二人で来ていたお見舞いも、いつの間にか一人になった。きっと二人で話せるように気を遣ってくれているのだろう。蓮の優しさに触れるたび、心に針が刺さったような、痛くて温かい感覚が胸に広がる。

病室の外では黒い雲が広がり、水滴が地面を打ち付ける音がしていた。外の景色を見ていると、私の心と重なり胸が締め付けられる。窓の隙間から、生ぬるい風と湿った土の匂いが入り込んできた。病室にいる翠に視線を移すと、眩しい笑顔で迎え入れられる。翠の笑顔を見ていると、天気も心も同じように晴れていくように思えた。

「陽菜、何かあったの?」

「ん?どうして?」

「ちょっと疲れた顔してる」

「んー……まぁちょっと嫌なことがあったって感じかな」

ベッドのそばに膝を立てて、腕を枕のようにして顎を預ける。そんな体勢で翠の顔を見上げていると、揺れるような視線をこちらに向けられた。翠の曇った顔を見たくなくて、少し微笑んで咄嗟に言葉を濁してしまう。翠は眉を顰め、顎に手を当てて何かを考えていた。

「無理してない?」

「え?」

「雰囲気かな。いつもと違う気がするんだよね」

「……」

確かに今日の私は良い気分ではなかった。隠しているつもりだったが、翠にはバレていたらしい。ちょっとした変化にも気づくほど私のことを見てくれている、という気がして、自然と口角が上がってしまう。翠がベッドの上で体勢を変えた拍子に軋んだ音で、現実に引き戻された。一度悩みを忘れよう、と改めて気を引き締め直し、翠に向き直る。翠との時間は明るい空気を保ちたかった。

「大丈夫だよ。確かに嫌なことはあったかもだけど、翠の顔を見たら全部忘れちゃった」

私の言葉を受け入れられなかったのか、不安そうな表情は変わらなかった。それでも穏やかな笑みを向けてくれる。その表情で私の口角も自然と緩んだ。

しばらく翠の顔を見つめていると、突然腕がこちらに伸びてきた。思わず体が跳ねてしまい、顔をシーツに向ける。すると頭にそっと温もりが伝わった。そのまま私の頭を撫でると、柔らかい声で言葉をこぼす。

「なんか、陽菜って甘やかしたくなるんだよね」

「……え?」

驚いた。翠が事故に遭う前も同じ会話をしたことがある。記憶が戻ったのかも、という期待は、翠の一言で消えていった。

「事故の前も思ってたのかな。なんか、守ってあげたくなる感じ」

「分かんない、けど……」

心臓の激しい音が鳴り止まない。鼓動が直接頭に響いているみたいに鮮明に聞こえてきた。バレないように、ベッドに顔を伏せる。頭から湯気が出ていないか余計な心配をした。

手の温もりに安心したのか、唐突に眠気が襲ってきた。目が閉じそうなのを耐えていると、寝ていいよ、という声が聞こえてくる。その言葉に耐えていた瞼を閉じてしまう。

おやすみ。―― その言葉を最後に、意識が静かに遠のいていった。

徐々に機械音が大きくなった。私はそこで目を覚ます。

「あれ、寝ちゃってた?」

「うん。ぐっすり」

「今何時?」

時計を見るとすでに面会時間終了ギリギリの時間だった。

「もうこんな時間。また来るね」

「うん。またね」

最後に翠と微笑みを交わし、病室を後にする。会話はいつもよりも少なかったのに、私の心は温もりで満たされていた。喜びや楽しさとはまた違う、不思議な幸福感に包まれ、足取りも心も、ふわふわと軽くなったまま自宅へ向かう。

「ただいまー」

普段はすぐ返答があるため、不思議に思いながらリビングへ向かうと、賑やかな声が聞こえてきた。

「ただいま」

もう一度声をかけながら、扉を開けると、思わず驚いてしまうような光景が目の前に広がっていた。

「え!……なんで蓮が?」

「あ、おかえり」

平然と言ってのける蓮を横目に、彼の前にいる私の両親に目を向ける。

「お買い物中に蓮くんを見かけたから、夕食一緒にどうかって誘ったの」

お母さんが告げた言葉に、お父さんと蓮は頷く。

「まぁたまにはいいじゃないか。お父さんも息子ができたみたいで嬉しいぞ」

「別にいいんだけど……。教えてくれたらもっと早く帰ってきたのに」

「俺のことは気にしなくていい」

「私が気にしちゃうの」

「陽菜、とりあえず座りなさい。お父さんお腹空いちゃったよ」

そう促され、渋々蓮の隣に腰を下ろす。隣を見るととても幸せそうな顔をした蓮がいたので、これ以上口を挟むのはやめておこう、と思った。

当たり前のようにお母さんが作ってくれたご飯は美味しかった。それでもいつもと違う環境に落ち着かないでいると、お母さんから声をかけられた。

「そういえば、陽菜。こんなに遅いの珍しいわね。」

「あー……ちょっと寝ちゃってて」

あはは、と少し照れつつも正直に答えると、「あらまぁ」と微笑みをこちらに向けられる。

「大丈夫か?」

「え?なにが?」

「いや、疲れてるのかと思って」

「ぜ〜んぜん大丈夫」

「そうか。何かあったら言えよ」

「ありがと」

バレたのかと思いドキッとしたが、なんとか誤魔化せたようだ。瑞樹家は察しがいいのか、とどこか客観視している。二人といると安心して感情が表に出てしまうのだろう。もう少し平然を装う必要がありそうだ。

食卓を囲む時間は、夢のように過ぎていった。母の手料理の温かさと一時の安らぎを抱えて、その日はすぐ眠りについた。

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  • 「おはよう」って云いたい   あとがき

     最後までご覧いただき、本当にありがとうございました。 当初は十万字ほどで終える予定だったこの物語ですが、気づけば想像以上に長い作品となっていました。ここまで読み進めてくださった皆さまには、感謝の気持ちでいっぱいです。 初めての執筆ということもあり、書き方に悩んだり、思うように筆が進まなくなったりした時期もありました。それでも、応援の言葉に何度も背中を押していただき、最後まで書き切ることができました。本当にありがとうございました。 少しだけ、この物語についてお話しさせてください。 私はこの作品を書き始めた時、結末を決めていませんでした。大まかな流れだけを考え、あとは登場人物たちの感情に寄り添いながら書き進めていこうと思っていたからです。 ですが、物語を書いていくうちに、私はどの登場人物のことも大好きになっていました。だからこそ、何度も結末に悩みました。考えるたびに違う答えに辿り着くこともありました。 今回の結末は、その中の一つです。 もしかすると、読んでくださった皆さまの中には「別の結末が見たかった」と感じた方もいるかもしれません。でも、それもまた一つの答えなのだと思っています。 もしこの物語の続きを、あるいは別の未来を、皆さまが心の中で思い描いてくださるなら、作者としてこれ以上嬉しいことはありません。 そして、この作品に登場したキャラクターたちを少しでも好きになっていただけていたら幸いです。私にとって彼らは、いつの間にか我が子のように愛おしい存在になっていました。 長くなってしまいましたが、改めて、ここまで読んでくださったすべての方へ心から感謝を申し上げます。 また別の物語でお会いできることを願っています。

  • 「おはよう」って云いたい   エピローグ〜後編〜

    「何で蓮もいるの?」 翠は不満そうに唇を尖らせた。 私たちは学校終わりに駅前のカフェに来ていた。二人ではなく、三人で。「二人で行かせるわけないだろ」「独占欲強いと嫌われるよ?」 翠は目を細めて蓮に視線を向ける。蓮は余裕そうな笑みを浮かべていた。「まぁまぁ」 私は笑って翠と蓮の間に入る。いつもは大人っぽい翠が、何だか子どもみたいで思わず笑ってしまった。「翠にも子どもっぽいところあるんだね」「もう、陽菜まで……」 揶揄うような笑みを浮かべて、翠の肩をつつく。翠は苦笑を浮かべてため息をついた。「もういいや。早く注文しよう」 翠は諦めたように肩を落とし、店員を呼んだ。「待って! まだ決まってない」 私は焦ってメニュー表に目を向ける。翠がその様子を微笑んで見守っていた。店員がこちらに近づいてくる。焦る気持ちでメニューが頭に入ってこなかった。「えっとー……」 店員が目の前に来て、翠が注文をする。そこで不思議なことに気づいた。「あれ?」「どうしたの?」 そう。翠がたくさん注文をしていたのだ。「全種類頼んでみんなでシェアすればいいよ。蓮もいることだし」「そっか!」 翠の優しさに心が温かくなる。そこで蓮がクスッと笑った。「なに、蓮」「いや、お前ら親子みたいだよな」「なっ!」 私は頬を膨らませて言う。「また子ども扱いしたでしょ!」「ちげーよ」 蓮は少し顔を逸らした。そして肩を揺らしながら笑っている。「もう!」「可愛いからつい、からかっちゃうんでしょ?」「え」 翠の言葉に私は目を見開く。蓮を見ると恥ずかしそうに頬をかいていた。「まぁな」 私は照れて顔が赤くなる。両手で頬を包んだ。「嫌だったらやめるよ」 そう言って蓮が申し訳なさそうにこちらを見る。そんな表情を見て胸がチクッとした。「大丈夫! 嫌じゃない」「ほんとか?」「ほんと!」 顔をぐいっと近づけて否定する。蓮は目を見開いたがす

  • 「おはよう」って云いたい   エピローグ〜前編〜

    「おはよう、陽菜」「おはよー」 私は、毎朝翠と登校することにした。初めは蓮も一緒に行くと言っていたのだが、いつまでも図書委員の仕事をサボるのは良くないため、頑張って説得した。「眠いね」「本当だ。目が眠そう」 目を擦っている私を見て、隣で翠がクスッと笑う。翠はというと、全然眠そうではなく、何なら元気だ。「運動部だから違うのかな……」「何が?」 ハッと翠の方を見る。全部口に出てしまっていた。「運動部だから体が丈夫なのかなって」「あぁ、そういうことね」 あはは、とさっきよりも大きな声で笑うと、翠は自分の体を見た。私は恥ずかしくて顔を逸らす。 すると、グイッと思いっきり体を引かれた。「わぁ!」 私の左横をものすごいスピードで車が通る。車の風で髪が靡いた。「危なかった……」 隣で翠が安心したように、息をつく。「ごめん。ありがとう」「いえいえ」 翠が守ってくれていなかったらと考えると身震いをしてしまう。「ほら、こっちおいで」 そう言って道路とは反対側に私を移動させる。さりげない配慮に心が温かくなった。「そうだ」 翠は思い出したように、手をパチンと鳴らす。私は首を傾げた。「駅前のカフェ行こうよ」 その言葉に私の心はざわついた。あの日、翠が事故にあった日に行こうとしてたところだからだ。考えていると、左から翠に覗き込まれる。「ダメ?」「ダメじゃない!」 翠の潤んだ瞳のせいで勢いよく答えてしまった。翠はクスッと笑って微笑む。「じゃあ放課後行こっか」 ざわついていたはずの心も翠の笑顔一つで落ち着いてしまう。私はいつまでもこの笑顔を大切にしたいと思った。

  • 「おはよう」って云いたい   第五十二話——結末

     私は目をこすりながら走って蓮のところに向かっていた。蓮は先ほどと同じ花壇の前にいた。花の前に立っている蓮はいつもよりも大人びて見えた。「蓮!」「陽菜?」 私は肩を上下しながら膝に手をつく。蓮は目を見開いていた。「早くないか?」「蓮に言いたいことがあって……」 私は大きく深呼吸をして呼吸を整える。私が話そうとすると、先に蓮が口を開いた。「あ……」 蓮は頬をかきながら視線を逸らす。私は不思議に思い首を傾げた。「俺、邪魔だよな。悪い」「え?」 何に対して謝っているのか分からなくてさらに首を傾げる。蓮は下唇を噛んでいた。「帰った方がいいよな。待ってるとか言ってごめん」「……」 焦ったようにどんどん言葉にする蓮を見て、私は一つの可能性に辿り着いた。「あのさ……」「あーそうだった。俺用事があるから帰らないと」 話そうとすると私の言葉を遮って蓮がつぶやく。蓮は帰ろうと荷物を準備し始めた。 ――やっぱりそうだ。 私は確信に至ると蓮の肩を掴んで、言葉をこぼした。「蓮聞いて、あのね」「……」 蓮はついに下を向いてしまった。きっとこの先の言葉を聞きたくないのだろう。珍しく蓮が動揺している。安心させるように、優しい声音で言葉を紡いだ。「蓮……」 蓮の肩がビクッと震える。私は蓮の肩に触れている手に力を入れた。一度深呼吸をして告げる。「私、翠とは付き合わないよ」「……え?」 蓮は顔を上げる。目を丸くし、何度か瞬きを繰り返した。私は優しく微笑む。「私の話聞いてくれる?」「……分かった」 そして、私たちは花壇の近くにあるベンチに並んで座った。どうやって話を切り込もうか迷っていると、蓮が言葉をこぼす。「なんで、付き合わなかったんだ?」「まず、翠と話したこと話してもいい?」「……あぁ」♢♢♢ 私はひとしきり翠の病室で泣いた。ベッドの横でしゃがんで目を擦っていると、翠がハンカチを差し出してくれる。「ごめん、翠……」 私は涙

  • 「おはよう」って云いたい   第五十一話——最初で最後の告白

    ♢♢♢ 私たちは病室の扉の前で二人の会話を聞いていた。 ――陽菜に勝ちたかっただけなのに! 大きく音を立てて扉が開く。それと同時に美咲が出てきてぶつかりそうになった。「あ……」 美咲は私に鋭い視線を向ける。私はかける言葉が見つからず、下唇を噛んだ。震える手で拳を握る。美咲は私の肩にわざとぶつかって走り去っていった。「大丈夫か?」 よろめいた体を蓮が支えてくれる。私の体の力は完全に抜けていて、立っているのがやっとだった。蓮は走り去っていった美咲の後ろ姿を目で追っていた。「まぁそうなるよな」「うん……」 私たちの間に沈黙が流れる。私は蓮と視線を合わせずに言葉を探していた。静寂の中に足音が響いて、翠の病室の中に消えて行く。少しして、隣から大きく息を吸う音が聞こえた。視線をそちらに向けると、蓮が目を瞑って胸の辺りに手を当てている。私の心がざわざわする。すると蓮の目がゆっくりと開いて、瞳に私の心配そうな表情が映った。「なぁ陽菜。少し二人で話さねーか?」 その言葉に頷いて私たちは病院の中庭に来た。 「ここ初めてきたかも」「そうだな」 ベンチに囲まれた花壇には、赤と黄の花が咲いている。小さいけど確かな存在感に目を奪われた。花に背を向けてベンチに並んで座る。沈黙に心のざわめきが大きくなるが、爽やかな外の風がそれを和らげた。「病院来るの懐かしいな」 そうだ。今来ている病院は、翠が事故にあった時、長い間お世話になった病院だった。「覚えてるか?翠が目覚めたときのこと」「うん。覚えてる」 あの時の世界が真っ黒になった感覚は今でも忘れられない。思い出すだけで指先が震えて、息が詰まる。そっと触れられた蓮の手からも震えが伝わった。「あの時俺、絶対陽菜のそばから離れないって誓ったんだ」「……うん」 蓮の声がいつもよりも低くて、真剣な話だと察する。「出来ることなら俺が一番近くで陽菜を支えていたいって思った」 蓮に視線を向けると、どこか遠くを見つめているようだった。私は足元に視線を落とす。「陽菜、別れよう」「え」

  • 「おはよう」って云いたい   第五十話——目の前に君が現れることを願って。

    ♢♢♢ 俺は今どこにいるのだろう。俺の意識は暗い世界の中に閉じ込められてしまっていた。薄っすらと大切な人の声が聞こえてくる。でも、頭が痛くて目を開けることが出来ない。まるで、頭の中を直接鈍器で殴られているようだ。頭の痛みに耐えていると目の前に光が見えた。それに向かって歩く。光に触れたところで視界が暗転した。次の瞬間、ざわざわとした音が聞こえてくる。 ――なんだ? 「翠!早く行こ!」 ――これは、プール?「翠って案外ビビりだよな」 ――これは、三人でホラーを見てるのかな。「翠!これ食べてみて」 ――あ、陽菜があーんしてくれてる。「翠!ゲームしよ!」 ――これは、夢?「翠!大好き!」 ――っ。違う。これは…… 「翠!」「翠」 ――これは、俺の記憶だ。 事実に気づき、次から次へと映像が流れ込んできた。閉じた瞼の奥に涙が溜まる。温もりが頬を伝った感覚があったが、もう少し思い出に浸っていたかった。そこで、とある思い出が頭の中を流れて、思わず息を飲み込む。心が温かくなり、頬の筋肉が緩んだ。そして、小さい声が頭の中に響く。「私ね、おはようって言葉が一番大切なんだ」「そうなの?」 夜空を見上げた陽菜の横顔をじっと見つめる。どこか憂んだ表情の陽菜から目が離せなくなった。「どんなに憂鬱な朝でも、おはようって聞くだけで、やる気が出てくる気がするの」 少し微笑んだ陽菜の口元からは優しさが滲み出ていた。宝物を触るように大切に言葉を紡ぐ。「おはようって言われるだけで気持ちが晴れる気がするんだ。だからさ――」 そして、陽菜は大きく深呼吸をしてからゆっくりと俺の方を向いた。「これからも一番におはようって言ってくれる?」 そうだ。あの時俺は、これからも一番におはようを伝える存在になるって誓ったんだ。それなのに。それなのに……。  大きく息を吸えば、今度は川辺に腰掛けている陽菜の横顔が頭の中に流れてくる。「いつもありがとう。翠がおはようって言ってくれる

  • 「おはよう」って云いたい   第二十八話——苦い放課後

    今日から体育祭に向けてリレーの練習が始まったようだ。遅くなるから先に帰って良いと言われて、帰ろうと一人で下駄箱に向かう。 靴箱を開けると、久しぶりに丸められた紙が出てきた。大きなため息をついて無造作にそれを開く。目に入った文字に私は思わず声を出してしまった。 「え……」 以前は暴言だけだった紙にはっきりと「男たらし」と書かれている。 ――どういうことだろう? 私が話す男の人といえば

  • 「おはよう」って云いたい   第二十話——成長

     翌朝、扉を開けるといつも通り、二人が笑顔で私を出迎えた。「陽菜おはよう」「おはよう、陽菜」 先に蓮が私に挨拶をして、蓮の肩から顔を覗かせている翠がその後に続いた。いつも通りの翠に期待で胸を膨らませる。――そんな期待もすぐに弾かれることとなる。「陽菜、体調大丈夫?」「うん。昨日たくさん寝たから大丈夫だよ」「何かあったらすぐ言えよ」「ありがとう」 昨日、翠には体調が悪くて帰ると電話で伝えていた。翠も帰ると言ってくれたけれど、入院のこともあるし授業は出た方がいいと伝えると、渋々頷いてくれた。 胸を撫で下

  • 「おはよう」って云いたい   第十三話——ドキドキの一日

     海沿いを車で走って三十分のところにある旅館が今回宿泊する場所だ。二階建ての和風建築で、木造の茶色い床が私たちを出迎えてくれる。木特有の香りと温泉の匂いが混じり合って、自然豊かな香りが入り口から感じられた。 二階に上がり、適当に荷物を置いて窓に駆け寄る。窓から広い海を眺めることができた。窓を開けると潮の香りが風に乗って入り込んでくる。自然豊かな環境に心の奥から安らぐ気持ちが広がった。「海、綺麗に見えるよ!」「相変わらず楽しそうだな」 そう言いながら蓮は私の隣に立つ。先ほど見ていた時とは違い、夕陽に照らされ、海が琥珀色に輝いていた。「この海

  • 「おはよう」って云いたい   第七話——嬉しい知らせ

    今日も蓮と二人、同じ道を歩いて学校に向かう。最近は学校に行くのが少しだけ憂鬱だった。しかし蓮に悟られないように、いつも通りを装う。 下駄箱は男女で分けられており、女子の下駄箱の裏側が男子になっている。私は自分の下駄箱を開けて思わずため息をついた。 ――まただ。 丸められたプリントの切れ端や、悪口の書かれた白い紙。ここ数日、ゴミが入れられていたり教科書が隠されたりと小さな嫌がらせが続いている。原因はきっと、蓮との距離が近くなったことだ。 元々蓮は顔も良くて勉強もできる。だから人一倍モテるけれど、彼は告白されても冷たく突き放す。そのせいで女子に恨まれることも少なくなかった。そしてそ

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