تسجيل الدخول私――中川瑞希(なかがわ みずき)が、婚約者の北村晃(きたむら あきら)の車で初めてネックレスを見つけたとき、彼の母親がわざわざ電話をかけてきて、こう説明した。 「瑞希ちゃん、晃のことを誤解してるわ。あのネックレスは、私がうっかり置き忘れただけなの」 2度目に映画の半券を2枚見つけたときは、彼の親友がグループチャットですぐにこう説明してきた。 【瑞希さん、考えすぎですって。映画のチケットは、俺が晃に頼んで買ってもらったんです】 3度目も、4度目も……それ以降も、何か見つけるたびに、必ず誰かが彼の代わりに説明した。 そして9度目。私はシートの隙間から1本の口紅を拾い上げ、彼の目の前に突きつけた。 「この口紅、誰のもの?」 ハンドルを握る晃の手が、ほんの一瞬こわばった。だが、すぐに何事もなかったかのように電話をかけた。 「車に口紅が落ちてたんだけど、誰のかわかる?」 電話の向こうから聞こえてきたのは、実の弟・中川颯太(なかがわ そうた)と、颯太の妻であり、私の親友でもある中川朋美(なかがわ ともみ)の声だった。 「晃さん?ああ、口紅、晃さんの車に置き忘れてたんだ。どうりで朋美がいくら探しても見つからないわけだ。 それより姉ちゃん、また晃さんを疑ってるの?この前みんなで集まったとき、何て言ったか覚えてるだろ。次もこんなふうに疑うなら、いっそ結婚なんてやめたほうがいいって言っただろ」 電話口で、朋美も続けた。 「そうだよ、瑞希。晃さんがどれだけ瑞希を大事にしてくれてるか、分かってるでしょ。最近の瑞希、さすがに疑いすぎだよ」 電話が切れると、晃は何も悪くないと言わんばかりに私を見た。 「これで納得しただろ?もう俺を疑うのはやめてくれよ。 これで9度目だぞ、瑞希。次もまた俺を疑うようなら、式はもう……」 私はふっと笑い、彼の言葉を遮った。 「そうね。じゃあ、やめましょう。結婚式は中止にする」 晃は知らない。あの口紅は、浮気相手のものでも、朋美のものでもなかった。 私が自分で買い、わざと車に置いておいたものだ。 彼の浮気をかばうために、みんながどんな嘘をつくのか確かめたかったからだ。
عرض المزيد「ごめん……俺のせいで、俺たちの子は助からなかった」晃は床に額がつくほど深く頭を下げた。「本当にごめん、瑞希。俺は最低だった……もう一度だけ、やり直す機会をくれないか。今度こそ、お前をちゃんと大事にするから」夕日が病室に差し込み、ひざまずく晃を照らしていた。その姿を見ているうちに、初めて彼と言葉を交わした日のことがふとよみがえった。あの日も、晃は病室のベッドにいた。明るく振る舞ってはいたけれど、その目はもう何もかも諦めているように見えた。晃は私の手を取り、穏やかな声で言った。「中川先生、無理しなくていいですよ。治らなくても、先生のせいじゃありませんから」あの頃の私は、海外での医療支援を終えて帰国したばかりだった。まだ若く、自信だけは誰にも負けないつもりでいた。私は笑って言い切った。「いいえ、必ず治します。私に任せてください」けれど、晃の心臓病は想像していた以上に厄介だった。何度も容体が急変し、検査値にも異常が続いた。そのたびに、本当に手術を成功させられるのか、自信が揺らいでいった。私自身も心が折れそうになっていた頃、死を覚悟していたはずの晃が、くだらない冗談を言って私を笑わせてくれた。夕日に照らされた晃の笑顔を見た瞬間、この人を絶対に死なせたくないと思った。私はもう一度気持ちを立て直し、手術に臨んだ。そして、手術は無事に終わった。晃が意識を取り戻した日、私たちは強く抱き合った。あの頃の私たちは、これからもずっと支え合っていけると信じていた。二人で魚の群れを見に海へ出かけ、冬にはスキーにも行った。神社では、これからも二人で元気に過ごせるよう願った。私は本気で、この人とならずっと一緒にいられると思っていた。「でも今、あなたを見ると、あのときのことしか浮かばない。私たちの子が苦しんでいたのに、あなたは何もせずに見ていた。そんなあなたを、今さらどうやって許せばいいの?晃……私、本気であなたとずっと一緒にいたかったんだよ」けれど、いつからか私たちは少しずつ噛み合わなくなっていった。見知らぬ女の影がちらつくようになり、喧嘩を重ねるたび、何年かけて築いてきたものが少しずつ崩れていった。どうしても耐えられなくなった日、私は以前二人で訪れた地元の神社へ、一人で向かった。
背中に激痛が走った瞬間、朋美は、以前瑞希に言われた言葉を思い出した。「颯太って、父さんに似て意外と冷たいところがあるの。好きなのは分かるけど、結婚はもう少し考えて」瑞希が、颯太との結婚を急ぐ自分を止めようとした理由も、今になってようやく分かった。「それでも颯太を選ぶなら、私は止めない。でも、これだけは覚えておいて。何があっても私は朋美の味方。相手が颯太でも、それは変わらないから」けれど当時の朋美には、それが自分を心配しての言葉だとは思えず、ただ結婚に反対されているようにしか聞こえなかった。親に捨てられ、施設で育った自分では、中川家に釣り合わないと思われているのだと。一度芽生えた疑いは消えず、朋美は少しずつ瑞希から離れていった。気づいたときには、もう引き返せないところまで来ていた。床に倒れ込んだ朋美は、背中の痛みに顔を歪めた。けれど、それ以上につらかったのは、瑞希の気持ちを踏みにじり、裏切ってしまったことだった。今さら謝ったところで、もう遅い。朋美はようやく、自分がどれほど瑞希を傷つけたのか思い知った。リビングが再び静まり返るなか、真由は晃のほうを振り返った。「晃、話を聞いて……」だが、さっきまでそこにいたはずの晃は、もういなかった。不安に駆られた真由は颯太を押しのけ、玄関へ駆け出した。ところが、玄関先で警察官たちと鉢合わせした。「傷害事件の通報を受けて来ました。被害者は暴行を受けたあとに流産したとのことで、当時の映像も提出されています」警察官が示したタブレットには、私が床に押さえつけられ、暴行を受ける様子が映っていた。家の防犯カメラに、その一部始終が残っていたのだ。「北村真由さん、中川颯太さん、中川朋美さんですね。署で詳しい事情を伺います。ご同行ください」三人は言葉を失った。まさか私が本当に警察へ通報するとは、思ってもいなかったのだろう。朋美と颯太も、これでもう私には許してもらえないと悟ったのだろう。三人はそのまま、警察官に連れられていった。……まさか、晃がこんなに早く私を見つけるとは思わなかった。青凪総合医療センターの201号室で休んでいると、病室のドアが開いた。入ってきたのは晃だった。ベッドの上の私を見るなり、晃はその場で立ち止まった。何か言お
「なあ、あの子、本当に晃さんの子なのか?真由、頼む。本当のことを言ってくれ」「だから何?私たちはとっくに終わってるでしょ。あの夜のことがあったからって、私と晃の間に入ってこないで」「親子鑑定をしたんだ。あの子は俺の子だった。俺はお前のために姉ちゃんまで裏切ったのに、今度は俺の子まで諦めろっていうのか?俺たち、6年も一緒にいただろ。頼む、真由。あの子まで俺から奪わないでくれ……」このやり取りだけで、二人がただの友人ではなかったことは十分に分かった。映像の最後には、颯太が真由の腕をつかみ、廊下の突き当たりにある備品庫へ強引に連れ込む姿が映っていた。二人とも、病室に残された赤ちゃんの泣き声すら耳に入っていなかった。泣き続けた赤ちゃんは呼吸が乱れ、危険な状態に陥っていた。たまたま通りかかった看護師が異変に気づき、すぐに処置をしたからこそ、どうにか助かったのだ。「颯太、真由……嘘だよね?これ、作り物なんだよね?」朋美はモニターの縁を両手でつかみ、声を震わせた。「答えてよ!瑞希が私を恨んで、でっち上げた映像なんでしょ!?」だが、颯太は口ごもるばかりで、否定の言葉を口にできなかった。まさか、あの場面まで防犯カメラに映っているとは思ってもいなかったのだ。しばらく黙り込んだあと、颯太はかすれた声で答えた。「……ごめん、朋美。作り物じゃないんだ」朋美の手が、ゆっくりとモニターから離れた。真由ははっとして颯太を振り返った。「なんで認めるのよ!黙ってればよかったでしょ!」取り乱した真由は、颯太の胸を何度も叩いた。颯太はしばらく黙って受けていたが、やがて真由の手首をつかんだ。「もうやめろ、真由!俺はお前のために、姉ちゃんまで裏切った。もうこれ以上、お前をかばうことはできない!」そう言うと、颯太は真由との過去をすべて打ち明けた。颯太と真由は、大学時代からの親友などではなかった。二人は大学時代に付き合い始め、6年間、恋人同士だった。だが、家柄が釣り合わないという理由で、真由の家族は二人の交際を認めなかった。そのうち4年間は、周囲に隠れて交際を続けていた。やがて颯太は大手法律事務所への入所が決まり、真由へのプロポーズを考えるようになった。ところがその矢先、真由は1000万円を手切れ金とし
【氏名:中川瑞希 妊娠週数:5週相当 診断名:流産】晃は、その一行から目を離せなかった。顔から血の気が引き、足元がふらついた。「姉ちゃん、妊娠してたのか……じゃあ、床にあった血は……」颯太も横から書類をのぞき込み、さっと青ざめた。その言葉を聞いた朋美も、その場に凍りついた。床に残った血の跡へ目を落とした途端、朋美の手が震え始めた。さっき自分が、何の罪もない赤ちゃんを殺してしまったのだと、ようやく気づいたのだろう。しかも、その赤ちゃんを失ったのは、親友であり、義姉でもある私だった。「わ、私もあのときは頭が真っ白で……赤ちゃんがいなくなったって聞いたら、誰だって冷静でいられないでしょ……」朋美は自分に言い聞かせるように続けた。「それに、妊娠してたなら、どうして黙ってたの?瑞希は医者なんだから、自分の体のことくらい分かってたはずでしょ。こんなことになるなんておかしいよ。この書類だって、私たちを騙すために作ったのかもしれないじゃない!」赤ちゃんの話が出た途端、真由は後ろめたそうに颯太をちらりと見た。そして、ぎこちなくうなずいた。「そうよ。中川先生は医者なんだから、自分の体のことなら気づいてたはずでしょ。とにかく今は、病院へ行って中川先生の様子を見よう」皆がリビングを出ようとした隙に、真由はそっとテーブルのUSBメモリへ手を伸ばした。だが、ようやく我に返った晃は、その動きを見逃さなかった。晃は以前、心停止を起こし、除細動を受けて一命を取り留めたことがある。あの処置が体に大きな負担をかけることは、晃も知っていた。床に残った血と診断書を前にして、さすがに嘘だとは思えなかったのだろう。それに晃は、私が何をされても黙って泣き寝入りするような人間ではないことも知っていた。あれだけ疑われ、傷つけられた私が、このまま何もしないはずがない。テーブルのUSBメモリを見て、ようやくその意味に気づいたのだろう。次の瞬間、晃は真由より先にUSBメモリをつかみ、パソコンに差し込んだ。「晃、やめて!」真由は顔色を変え、慌てて奪い返そうとした。だが、もう遅かった。颯太も何かを察したのか、これまで見たこともないほど取り乱した。「晃さん、それは見ないで!」USBメモリの中には、動画が1本だけ入っ