LOGIN西暦・二一〇〇年。記念すべき二十二世紀に、人類は新しいテクノロジーを手にしていた。 それは、高次元に干渉して過去の情報を観測。そこから絶滅生物のDNA情報を入手し、古生物を現代に復活させるというもの。 こうして、現代に復活した古生物を愉しむ世界初の水族館、「カンブリアン・アクアリウム」が東京にオープンした。 これは、そんな「カンブリアン・アクアリウム」で働く女性たちの物語――。
View More「あのじろー! あのじろー!」
もみあげの長い、ショートカットの幼い少女が、水槽を悠然と泳ぐアノマロカリスを見て、歓声を上げる。
右ヒレに薄紫のタグを付けたアノマロカリス、「あのじろう」は、カンブリアン・アクアリウムの人気者だった。
カンブリアン・アクアリウム。カンブリア生物を蘇らせた、水族館である。
西暦二一〇〇年、人類は画期的なテクノロジーを手に入れた。
量子を通し、高次元を観測することで、過去の地球の絶滅動植物のDNA情報を入手。それを元に、古生物を再現することに成功。
この技術は古生物学だけではなく、考古学や歴史学、犯罪捜査などにも、大きな波紋を与えた。
あのじろうがお気に入りな少女は、今はそんな小難しい話はつゆ知らず、「大人になったら、カンブリアン・アクアリウムで働きたい!」と、将来の夢に心躍らせるのであった。
◆ ◆ ◆カンブリアン・アクアリウム入社式。
若者たちが、希望に顔を輝かせる……。とは限らず、中年も少なからずいた。
西暦二一三○年。新卒主義は、とっくの昔に終わりを告げ、より働き方に幅ができた時代。
長いもみあげと、ショートカットが特徴的な女性、
(あのじろうと一緒に、仕事したい!)、その思いを胸に短大を卒業し、こうして、館長のスピーチに耳を傾けている。
まりんが、あのじろうと初めて会った日から、十五年の歳月が流れていたが、あのじろうはアノマロカリス長寿世界一位で、ギネスブックに載ったばかり。
案内課を志望した、まりん。明日の配属辞令を、心待ちにするのであった。
入社式終了。
「よーっす! まりん! お互い、ピカピカの一年生だな!」
気さくにまりんに声をかけてくる、ベリーショートの活発そうな女性、
「あくあちゃん! うん、うん! もー、楽しみでしょうがないよ!」
Vサインで返す。社員寮でも、同室だ。
「記念にどう、これから?」
飲み物を傾ける仕草をする、あくあ。
「うん、飲もう、飲もう!」
こうして、近所の居酒屋に向かう二人であった。
◆ ◆ ◆ 翌日。(えー……)
配属辞令を受け取り、内心変な声を上げるあくあ。
彼女の希望は、まりんと同じ案内課であったが、企画課に配属されてしまった。
(やった!)
一方まりんは、希望通り案内課に配属され、ほっと一安心。
「あ~……。まりんと同じ職場が良かったなー」
それぞれの部署へ向かうすがら、ぼやくあくあ。
「まーまー。異動の機会、きっとあるから!」
頭を撫でて、慰めるまりん。
「ここが企画課か。じゃ、また」
職場に入っていく、あくあ。
まりんはもう少し歩き、案内課の前に行く。
(よーし、やるぞー!)
勇んで中に入り、挨拶。
「雁州まりんです! 本日付けで、案内課に配属となりました! よろしくお願いしましゅ!」
噛んだ。耳まで真っ赤になるまりん。職場に、笑いが起こる。
こうして、彼女は鮮烈なデビューを果たしたのであった。
笑いが収まると、ほかの新入社員ともども、先輩方の自己紹介を受ける。
「
ロングヘアをバレッタでアップにした女性が、優しく微笑む。さっき、まりんの失敗を笑わなかった一人だ。
「はい! よろしくお願いしましゅ!」
また噛んだ。再び笑いが起こる。しかし、奏は今回も、まりんを笑い者にしなかった。
優しい先輩だ。まりんは、その優しさに、心がいっぱいになる。
変な挨拶をしてしまった事を皆に謝罪して、奏に言われ更衣室に入ると、「雁州」と書かれたロッカーに、白基調の真新しい制服と、ネームプレートが入っていた。
さっそく着替え、プレートを首から下げると、気が引き締まる。
「うんうん、似合ってる、似合ってる」
奏に褒められると、照れくさくて頬を染めてしまう。
「じゃ、行こうか」
本館へ向かう、奏とまりん。こうして、まりんの新たな生活が始まった。
「あのじろうくんも、なんとついに、二十五歳になりましたー! ギネスブックを、また更新です!」 客から、盛大な拍手が送られる。 あのじろう生誕二十五周年&カンブリアン・アクアリウム開設二十周年のお盆イベント。 入場者には缶バッジが配られ、すでに着けている客も少なくない。 五年前のお盆イベント以来、缶バッジ無料配布は、恒例になっていた。 盛り上がる、アノマロカリス水槽を担当するのは、雁州まりん。 すっかりベテランの風格が出てきて、だいぶ大人っぽくなった。 奈良奏は、コリンズ不在につき、イギリス人団体客の、案内中。 織田らいあは、お盆で久々に大盛況となったエディアカラ別館で、接客に大忙し。普段は、マイペースにやっている。 五年前、絶滅展を成功させた春木あくあと、缶バッジ&「あのじろうが大人になるまで」企画を成功させた波部里愛は、その後もヒット企画をいくつか出し、完全に出世コースに乗った。 また、あくあは約束通り、エディアカラ企画をヒットさせ、らいあと奏との約束を果たした。 ◆ ◆ ◆ そして、翌春。「雁州まりんです。あなたの指導役を務めます。よろしくね」 眼前の人物に、微笑む。未来のベテランを育てるべく、新人研修を行うまりんであった――。
「あのじろうを、通常水槽に戻そうと思うのですが、いかがでしょうか?」 絶滅展・二日目もたけなわの頃、医療課の石田課長から、飼育課の課長に、メッセージが届いた。 その場にいるスタッフの意見を募る、飼育課課長。 満場一致で、賛成であった。 その旨返答すると、さっそく社内報を飛ばす。 しかし、現在皆仕事中。あのじろう帰還の報が広まるのは、終礼後であった。「あのじろうが、帰ってきますよ!」 社内報を見たあくあが、声を上げる。 企画課一同、社内報を見る。「おお! こりゃ、お祝いせにゃいかんな!」「お祝いパネル、作りましょうよ!」「よし! 悪いがみんな、残業だ!」 ノリノリで資材課に突撃し、「おかえり! あのじろう!」パネルの制作に取り掛かる、企画課職員たち。 絵の上手いスタッフがあのじろうを描き、ペンキが乾くのを待つ。 ペンキが乾くと、続いて字の上手いスタッフが、「おかえり! あのじろう!」と書く。 そして、どこに設置するかという話になるが……。「正面に、堂々と置きたいですよね」「かといって、絶滅展の邪魔になっちゃ、だめでしょう」 考えててもまとまらないので、パネルを手に、アクアリウム正面に行こうという話になった。「ここ、そそりますよねー」 あくあが、正面ゲート上部を指差す。「だなあ。ここが一番、見栄えがする」 課長も同意だ。「おい、昇降車借りてこい! あそこにつけるぞ!」 免許を持つスタッフが施設課に、ひとっ走りする。 一同、そわそわ待っていると、昇降車がやって来た。「オーライ! オーライ! ……ストップ!」 運転手を誘導し、位置を定める。ドリルでパネルに穴を開け、針金でしっかり固定する。「いいぞー! 完成だー!」 「おおー!」と、拳を突き上げる一同。 館長許可を得ていない企画だが、事後承諾でなんとかするつもりだ。怒られたら、そのときは土下座でも何でもして、パネルを守ろうと誓う課長であった。 ◆ ◆ ◆ 少し時間は遡り、他課職員たちは。「おお~……!」 薄紫のタグを付けたあのじろうが、悠然と泳いでいる! もう、変な泳ぎ方はしていない。 それを、感動しながら眺める一同。「ううっ……! 良かったね……! 良かったね……!」 感極まって、泣き出してしまったまりんの肩を、優しく叩く奏。「いつまでも見てい
七月も二週目に入り、いよいよ絶滅展の準備も大詰め。企画課は、目の回るような忙しさだった。(確かに、これアタシ中心で回してたら、アタシ潰れてたかも……) 冷静に自分が見られるようになった今、あくあはそう思うのであった。 一方、案内課の話。 トークショーの解説は、まりんでも奏でもらいあでもなく、かなりのベテランに決まった。 三人は残念であったが、この大掛かりなイベント、確かに自分の身に余ったろうとも思う。 担当者は通常業務を外れ、絶滅展の内容を頭に叩き込んでいる。 絶滅に関するアンケートは、すでに厳選してまとめられ、教授からの回答を得ている。さすがに、ぶっつけ本番ではやらない。ただ、教授も担当案内員も、「初めて知りました」という体で、イベントを進めることになっている。 担当は、子供にわかりにくそうなところは、事前に入念にチェックし、いかに噛み砕いて説明するかを、シミュレート。 こうして、瞬く間に七月二十日、夏休み突入前日。「いよいよだね」「うん」 絶滅展の巨大パネル設置作業を、仕事帰りに眺めながら、感慨にふけるまりんとあくあ。そして、先輩トリオ。「ここまできたんだなあ……」 あくあがつぶやく。各課の事前準備は、間に合った。あとは、当日の進行を必死に頑張るだけだ。「いつまでも見てたいのはわかるけど、御飯終わっちゃうよ? 帰りましょ」 里愛に促され、寮へ向かう一同であった。 ◆ ◆ ◆「そういえばさ、まりん。謝っておきたいことがあって」 相部屋で、そう切り出すあくあに、きょとんと首を傾げる当人。「あのじろう騒ぎのときさ、力にならせろとか、環境は整えてやるとか大口叩いといて、結局何もできなくてさ。ごめん!」 深々と、頭を下げる。「ううん、気にしないで。その気持ちが、一番ありがたかったよ。私のこと、心の底から心配して、何かできないか必死に考えてくれてたんだなって」 微笑むまりん。「ありがとう」 同時にそう言い、強く握手する。 明日の決戦に備え、よく食べ、清潔にし、よく眠る寮生たちであった。 ◆ ◆ ◆「まずは、この質問から。エデンと呼ばれた時代の、エディアカラ生物が滅んでしまったのはなぜですか?」 らいあの質問だ。「いい質問ですね。エディアカラ生物が滅んでしまったのは、楽園過ぎたため動物が増えすぎて、海の状態が、非
「あのじろう、助かったって!」 夕食の席で、大型デバイスを見ていた寮生が、声を上げる。 一同がそちらを注視すると、「世界初! アノマロカリス がん摘出手術成功!」 というテロップと、この間の研究所の責任者と思しき人が、映っていた。「おお~!」 と、声を上げる一同。「……ただ、何ぶん高齢なため、術後の回復が思わしくなく、あのじろうの、体力と気力の勝負といったところです」 責任者の言葉に、盛り上がった場が、冷える。「大丈夫! あのじろうは、ぜってー元気になって帰ってくるって!」「うん」 まりんを励まそうとあくあが声を掛けるが、まりんの表情に、動揺の色はなかった。(強くなったな……) 心がじわりと熱くなる、あくあであった。 ◆ ◆ ◆「お疲れ様でした!」 案内課にて。 七月第一週、最終日の終礼が終わった。 まりんは、再任命後、立派にアノマロカリス水槽の案内役を務めあげ、第一関門クリア。 正式に、ソロの案内員を任されるのが、いつになるかはわからないが、希望を胸に抱くのであった。「あのじろうの続報、あれからないですね」 帰路立ち止まり、デバイスを見ながらつぶやくまりん。「知らせがないのは、いい知らせ!」 あくあが、まりんの肩に手を置く。「そうだね」 ちょっと切なそうに、微笑むまりん。「明日から、いつもの体制に戻る。気合い入れていこう」「はい!」 らいあが、話題を切り替える。「絶滅展の方は、どう?」 不意に、企画組の進捗が、気になったまりん。「課長曰く、順調だって。五月のデスマーチが保険だっていうのは、本当だったんですね」「うん」 あくあと里愛が、そんな会話をする。「ん?」 デバイスに新規通知が来たので、開くまりん。「本日、あのじろうが、研究所から当館に搬送されます。完全に健康になるまで、医療課での療養となりますが、危険な状態は脱しました」 新規の社内報に、そう書かれていた。「みなさん! 社内報見てください!」「……おおー!」 肩を組み合って、きゃっきゃと喜び合う五人。「やったな、雁州!」「はい!」 じんわりと、目頭が熱くなる。 医療課は部外者入室禁止につき、あのじろうの様子を見に行くことはできないが、うちの療養水槽で、ゆったり泳ぐ彼を想像するのであった。 ◆ ◆ ◆ 寮での