ログイン門開きて、其は来たる── 幼少期に両親を【敷島】なる特務機関によって殺され、天涯孤独の身の上となった"私"は、"日ノ本の裏御三家"と呼ばれる巨大な一族に保護され、それまでの名前と人生の全てを捨てて、新たに"御陵奏"という名前を貰う。 やがて成長し、15歳になった私は裏御三家に属する巫女として認可され、日本を脅かす超常的存在・まつろわぬ神々の調査と、彼らの復活を未然に防ぐ役割を託されることとなる。 調査のため赴いた、海と山に面した町・此岸町。足を踏み入れた先は、地獄と呼ぶことすら生温いほどに悍ましい場所だった。 夕闇に蠢く種々の異形、排他的な町民、大日本帝国の復活を目論み暗躍する怨敵、特務機関【敷島】。そのような脅威に晒されながらも、裏御三家への恩義に報いるべく懸命に調査を進める私だったが── 果たして【敷島】はこの忌まわしい土地で何をしようとしているのか。そして、異形や町民たちが畏怖し、信仰している天津甕星とは何者なのか。 これより始まるは、過酷な運命という名の荒波に翻弄されながらも懸命に抗う、一人の少女の物語。
もっと見る──いざや参らん、君がもとへ
──いざや来たらん、門を開きて ──千の屍を築きし者よ ──万の血河を成したる者よ ──君が願いを聞き届けん ──君が思いを受け止めん ──万有を禊ぎ、楽土を望むか ──穢れを禊ぎ、浄土を望むか ──君がため、我、地のおもての星とならん ──君がため、我、天に昇らん ──憂世を絶ち、現世を禊ぎ、 ──然して君が末葉と、御国を照らさん ──千代に八千代に、永久に ◇◆◇◆◇ 本来ならば、普段と何も変わらない穏やかな日常を過ごす筈でした。 父が宮司を、母が巫女長をしている実家の神社に奇妙な来訪者が訪れたのは、五歳になったばかりの冬のある日……まだ、肌寒い夜明け前のことでした。 「──おはよう、可愛らしいお嬢さん? 宮司は今、此方にいらっしゃるだろうか?」 国旗掲揚をしている、巫女装束に身を包んだ母をぼんやりと眺めていると、子連れの若い男性が突然私に声を掛けてきました。 ダークグレーのスーツの上から黒い外套を羽織り、やや唾が広い黒い帽子を目深に被ったその出で立ちは、まるで映画に出てくるマフィアの首領のようでしたが、一方で容姿は如何にも優男と言った感じの端麗なる風貌で、物腰や態度も紳士的で穏やかな、何処か奇妙で不思議な雰囲気を纏う方でした。 ですが、私が心惹かれたのは彼ではなく、彼と付かず離れずの距離を維持して傍らに静かに佇む、白の和服姿の小さな少女でした。 年は私と同じくらい……いえ、ほんの少し相手の方が年上でしょうか。背丈は私とそう変わりませんが、背中まで伸ばした艶やかな黒髪を白い和紙で結わえており、色白で華奢な見た目も相まってまるでお人形さんのようです。 年齢が年齢ですので、当然まだまだあどけなさが色濃いのですが、それを差し引いても非常に綺麗な顔立ちをしていました。可愛らしさと美しさを絶妙な加減で上手く両立しており、恐らくこれ以上に整った容貌の人はこの世に二人と居ないだろう……そう思わせるだけの美貌を、その少女は幼くして既に有していたのです。 何よりも魅力的だったのは、少女の瞳です。左の瞳は髪と同じく澄んだ黒色でしたが、右の瞳は綺麗な翡翠色をしていました。 義眼でしょうか。それとも、先天的なオッドアイでしょうか。何れにせよ、そのちぐはぐな両の瞳が、彼女の魅力をより引き立てていました。 「ふふっ……おはよう御座います。良き朝に御座いますね」 私の視線に気付いたのか、少女は柔和な笑みを湛えつつ、小鳥の囀りを彷彿とさせる透き通った声で、丁寧にお辞儀をしながら挨拶をしてきます。所作の一つ一つが様になっており、何時までも見ていたい……そんな気持ちに駆られました。 「あっ……!」 私と対峙している二人組に気付いたのか、国旗掲揚を終えた母が緋袴の裾を軽くたくし上げ、早足で此方へと駆け寄ってきます。彼らも母に気付いたようで、くるりと母の方へと向き直ると、 「おはよう御座います、巫女長殿。宮司からご連絡を受けて参りました、御陵《みささぎ》家の本家当主をしております、御陵 宗一《そういち》と申します。此方は私の妹で巫女の清《きよ》と言います。どうぞ、よしなに」 「初めまして、巫女長さま。宗一の妹の、御陵 清と申します。どうぞ、宜しくお願いしますね」 無表情の男──宗一さんとは対照的に、少女──清さんはにこっと笑いながら、先刻私にしたように母にも優雅にお辞儀をしました。 「あ、えっと、貴方がたが……その……うちの主人が仰っていた……日ノ本の……」 「えぇ、まぁ。"日ノ本の裏御三家"と、巷では呼ばれておりますが……そんな、大層なものでもありませんよ。少しばかり古い歴史を持つ、巫の一族に過ぎません」 「いえ……まさか、本当に私どもの依頼を引き受けて下さるとは……ああ、感謝してもしきれません……!」 少し興奮した様子の母……こんな母を見るのは、生まれて初めてのことです。目をきらきらと輝かせ、頬をほんのりと紅潮させているその様はさながら、推しのアイドルを目の前にしたファンのようでした。 「あー……巫女長殿? そろそろ、中に入らせて頂いても? ここで呑気に立ち話をしていては、忌々しい【敷島】の手の者たちに話を聞かれる恐れもありましょう。貴方がたが先代より譲り受け、そして秘蔵している"高天原《たかまがはら》計画"──それに関する資料を、彼らは喉から手が出るほど欲しております」 宗一さんの一声で母は我に返ったのか、慌てて宗一さんを宮司──父が待っているであろう、社務所内へと案内します。私も着いていこうとしたのですが、母がやんわりと、けれどもはっきりと私に対し、拒絶の意を示しました。 「……ごめんね、亜也子《あやこ》。今から、お父さんとお母さんは宗一さんと、大事なお話があるの。亜也子にも聞かれてはいけないような、大事な……大事なお話よ」 何時になく真剣な面持ちの母……嫌だとは、とても言えませんでした。大好きな母に、嫌われたくなかったから。怒られたくなかったから。 だから私は、大人しく言うことを聞くことにしました。 「……うん、分かった。お母さんたちのお話が終わるまで、外で遊んでいるね」 「ありがとう……良い子ね、亜也子。なるべく、早く終わるようにするから……それまで大人しく、良い子にして待っていてね?」 母は少しだけ表情を和らげると、私の額にそっとキスをしてくれました。 そんな私たちの様子を見ていたのか、宗一さんの後に続こうとしていた清さんが歩みを止め、とことこと私たちの元へと歩み寄ってくると、私たちにとって意外とも思える提案をしてきました。 「あの、巫女長さま? 私で宜しければ、亜也子ちゃんの話し相手を務めさせて頂きますが、如何ですか?」 清さんの提案に、母は目を丸くしました。清さんは満開の花を思わせるような笑顔を見せつつ、続けてこう言いました。 「亜也子ちゃんを独り、外で遊ばせるのは危険だと思いまして。【敷島】の手の者が、亜也子ちゃんを狙わないとも限りません。彼らは何処にでもいて、何処にもいない蜃気楼のようなもの。気が付いた時には懐にいる、というのは充分有り得る事態です」 その点、まだ幼い自分は【敷島】の構成員たちに面が割れていないので、私と遊んでいても裏御三家の人間だとは気付かれないし、流石の【敷島】の構成員たちも、目標とは全くの無関係の人間を巻き込むことは血と脳漿を撒き散らし、痙攣を繰り返す周防の遺体に対し、秋津は静かに哀悼の意を捧げた。遺体の胸と額には銃弾による穴が穿たれ、今も尚じわじわと血が溢れ出しているのが確認出来る。 数秒ほどすると、周防の動きは完全に止まった。「──特務一佐殿」 秋津の背後──射干玉の闇の中より、若い士官が姿を現したかと思うと、切れのある動きで敬礼する。 秋津はくるりと向き直ると、士官の顔を見つめ、白い歯を見せてニヤッと嗤う。その双眸には一切の光がなく、底なしの沼を想起させた。「──金城 剛彦の実力を甘く見たようだね、貴官は。お陰で替えのきかない尊い命が、複数喪われた」「……はっ。申し訳、御座いません……」 士官は、秋津率いる実働部隊の参謀の一人であった。普段は香々星神社の神主として潜入しており、氏子総代の一人に成り済ました古参の参謀と共に、宮司の平坂 守、並びに禰宜の鬼塚 優の動向を監視していた。奏や金城たちが、新人の巫女、或いはアルバイトとして平坂に雇われたことを秋津に報せたのも彼と、秋津の信任厚い古参の参謀である。 如何せん才能はあるが、致命的に実戦経験が足りておらず、それ故に結果として上官たる秋津の命に従わず、秋津が想定した以上の犠牲者を出すという大失態を犯した。 秋津の言う通り、【彼岸】第五小隊の指揮官・金城の実力を過小評価したことによって。幾多もの死線を潜り抜けた古強者たちが、金城の手により殺されたのだ。 これは明確な軍規違反。上官たる秋津の命に背いたという事実は、決して消えることなどない。本来であれば軍法会議での処罰対象である。「──貴官の失態のお陰で、最小限の被害で裏御三家の手の者たちを無力化する最初で最後の機会を逸した。礼を言おう、面倒な手間を増やしてくれてありがとう、と」 辛くも難を逃れ、生き残った金城たちはまず間違いなく、増援を本家に要請する筈。この次はきっと、大規模な増援が来るぞ。煙草に火を点けながら、秋津は鋭い目付きで士官の顔を睨め付ける。「……お言葉ですが、特務一佐殿。裏御三家は現在、一枚岩では御座いません。御門本家が不和を齎し、巫女や覡を送り込むのにすら時間が掛かっております。金城たちが増援を要請したとて、必ずや御門の邪魔が入ることでしょう」「──それを、御堂と御陵が黙って見ているとでも? 御陵本家の若き当主は兎
身体を地面へと落とされるような強い衝撃と、鈍い痛みを感じ、【彼岸】第五小隊所属の三曹・周防 誠は意識を取り戻した。 「ここ、は……?」 自分は確か、鳴神山で落とし穴に嵌り、そして── ズキズキと鈍痛を発し続ける頭を軽く振りながら、周防は周囲に視線を配る。 どうやら今いる場所は、星降山の中腹に建立された、天津甕星を祀る神域・香々星之宮のようだ。先日、天津甕星との接触を試みるために護衛対象たる御陵 奏と共に訪れたので、建物の配置などに見覚えがある。 自分の直ぐ傍には、OLと思しきスーツ姿の若い女性や、その同僚と思われるスーツ姿の男性、そして見るからに胡散臭そうな格好の若い男女など複数名が手足を拘束された状態で横たえられており、それを囲むように小銃などで武装した黒ずくめの集団が、無表情のまま佇んでいた。 黒で統一された武装に隊員服。 特務機関【敷島】……間違いない、彼らだ。 もしや自分も、と確認してみると、傍らに横たえられた若者たちと同様手足を拘束されており、精々身を捩るか顔を動かすことしか出来ない状態であった。 よく見ると足を貫いていた杭は抜かれ、代わりに応急処置が施されている。どのみち、現状では身動きはまともに取れないので、大して意味はないのだが。 「──おや、お目覚めのようだね? 【彼岸】第五小隊所属の三曹・周防 誠君?」 ふと、穏やかな声が聞こえたかと思うと、仰向けの状態の周防の顔を、一人の若い男が覗き込んできた。 歳の頃は周防よりも上で、小隊長の金城よりは下だろうか。目付きこそ異様に鋭かったが、それを差し引けばかなりの美男子である。 何故、自分の名と所属を知っている……とは、不思議と疑問には思わなかった。【敷島】が、背乗りして香々星神社の関係者たちの中に紛れ込んでいると、事前に金城から知らされていたからだろうか。 「君には幾つか、訊きたいことがあってね──あぁ、勘違いしないでくれ給えよ。鳴神山地へ潜入している仲間の数を言えだとか、仲間の詳細な情報を吐けなどと言うつもりは微塵もない」 周防は微動だにせず、相手の顔を睨みつける。こいつは何を言っているのだろう、と。 そんな周防の胸中を読み取ったかの如く、相手は詩でも諳んじるかのように言葉を続ける。 「何を言っているのかよく分からない、そう言いたげだね
金剛さんたちが社務所へと戻ってきたのは、私が入浴と着替えを済ませて廊下へと出て、談話室で休憩中の和さんにちょうど声を掛けようとしたタイミングでした。 「──奏さま。只今、鳴神山より戻りました」 眉一つ動かさず、淡々と帰還を告げた金剛さん、それから鈴木さん……ですが二人とも心做しか表情が暗く、全身から噎せ返る様な血の匂いと硝煙の香りを漂わせています。 鳴神山で彼らが戦闘に巻き込まれたのは、素人の私から見ても一目瞭然でした。特に金剛さんは大量の返り血を浴びており、疲労の色が濃いように見受けられます。 「……やはり、特務機関【敷島】ですか」 私が尋ねると、金剛さんは小さく頷きながら、 「えぇ……何とか追撃を振り切って、此処まで戻ってくることが出来ました。紙一重、でしたがね……」 そこで──ふと、私は違和感を覚えました。 周防さんの姿が、何処にも見当たらないのです。 彼は金剛さんたちと共に、鳴神山へと赴きました。金剛さんたちが何とか無事に戻ったのであれば、彼もこの場に居なければ可笑しい筈。 それとなく目線で訊いてみるも、金剛さんたちは嫌そうな顔をして目を逸らします。まるで、彼のことを話題に挙げて欲しくないと言わんばかりに。 「────」 途轍もなく、嫌な予感がしました。風呂から出て間もないというのに身体が震え、冷や汗が背筋を伝います。 私の予想が正しければ、恐らく周防さんは── ──その時、私の思考を遮るように談話室の扉が開き、和さんがそこから顔を出しました。 「……和、か」 「し、小隊長殿……?」 夥しい程の返り血に塗れた金剛さんと鈴木さんを見て、和さんは表情を強ばらせます。 「そ、その血……何処かお怪我を……?」 「……いや、大したことはない。私に構うな」 少し煩わしそうに和さんの手を振り払うと、金剛さんは大きな溜息混じりに談話室へと入り、適当な椅子へとやや乱暴に腰掛けました。 「…………」 「小隊長殿……? 一体、鳴神山で何が……」 そこまで言いかけた和さんでしたが、直ぐに周防さんが見当たらないことに気が付いたようでした。 「……周防君は? 周防君は何処にいるんですか?」 声や身を小さく震わせながら、和さんは金剛さんと鈴木さんの顔を交互に見やりつつ問いを発します。何となく事情を察することが
私と和さんが、星降山から下山してから程なくして、鳴神山へと赴いていた金剛さんから、"現在帰投中"との連絡がありました。 戻るまで凡そ一時間程掛かるとのことでしたので、金剛さんたちが帰ってくるまでの空き時間に入浴を済ませてしまおうと思った私は、休憩中の和さんに声を掛けてから浴室へと向かいました。 後ろ髪を結わえていた和紙を取り、何時ものように緋袴を壁際のハンガーにかけて、白の小袖はクリーニングに出してもらう為に畳んでおき、襦袢は洗濯ネットに入れ、和装下着と共に洗濯籠へ……替えの巫女装束とバスタオルを用意して脱衣所の棚へと置くと、私は浴室へと足を踏み入れました。 蛇口を捻り、シャワーヘッドから噴き出した冷水が徐々にお湯へと変わってゆくのを指先で確認すると、私は頭から身体、髪の毛一本一本や手の指先や爪先に至るまで、お湯とシャンプー、それからボディーソープでくまなく身を清めます。 髪や身体を清め終えたら、洗面器にお湯を張り、そこに中性洗剤を入れて、今日一日中履いていた白足袋を浸けます。足袋を長持ちさせるには、二、三分ほどこうして浸した後に自分の手で揉み洗いすると良いと、清さんや御陵本家が管理するお社に務める巫女さんが言っていました。ですので私も、何時も入浴時にその日履いていた足袋を自分で洗うことにしていました。 そうして足袋も洗い終え、もう一度シャワーで髪や身体を軽く清めた私は、背中まで伸ばした後ろ髪が湯に浸らないようヘアゴムで一つに纏め、浴槽にゆっくりと身を浸しながら、浴室の天井を見つめて、ほっと一つ溜め息を吐きました。 脳裏を次々と、無数の言葉が駆け抜けてゆきます。巫女長さんや禰宜の鬼塚さん、依頼人にして宮司の平坂さん等と交わした何気ない日常会話から、鈴木さんと金剛さんから告げられた、特務機関【敷島】が神社関係者を背乗りしているという情報。 それから──天津甕星が、私との意思の疎通を試みる中で紡いだ、呪詛にも似た言葉の数々。 ──"我が成すべきは、只一つ。憂世を絶ち、天地を絶つ"。 ──"この世は辛く、残酷。人という種が存在する故。故に遍く生命を祓い浄め、人という獣が創りし全てをなかったことにする。それこそが我が悲願、我が誓い。この願いは、誓いは……何者にも邪魔立てさせぬ"。 ──"あぁ……憎い。憎くて憎くて、仕方がない"。
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