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第一章 第8話 不快極まる来訪者

مؤلف: 輪廻
last update تاريخ النشر: 2026-01-09 20:21:08

清さんの先導の下、御陵本家の屋敷の最奥……宗一さんの執務室へと私は案内されました。

調査任務を担当する巫女と、調査任務を依頼する依頼人とが予め顔合わせをする……それが、一族の決まりでした。赤紙で召集されましたので、危険性・緊急性の高い依頼内容なのは確定しているのですが……果たして依頼人は、どのような方なのでしょうか。

どんな依頼内容で、どんな危険性を孕んでいるのか。そのようなことを考えながら、私は清さんの小さな手をそっと握り返し、一緒に執務室まで歩を進めました。

「──お兄さま。奏ちゃんをお連れしました」

「……ご苦労。入れ……奏も一緒に、な」

宗一さんの許可を得て、清さんは執務室の扉を開けます。

扉が開かれた、その先には──実に不愉快な男が、宗一さんと対峙する形で佇んでいました。高級スーツをだらしなく着込み、ぶくぶくと醜く肥えた初老の男。肌は脂でぬらぬらと光沢を放ち、如何にも何も考えてなさそうなポカンとした顔の、喩えるならば、打ち上げられた河豚《フグ》のような奇怪にして面妖なその男はある意味、現代日本国に於いて注目の的となっている存在と言えました。

日本国内閣総理大臣・因幡《いなば》 経家《つねいえ》。自称・保守政治家の売国奴。政権与党たる自由保守党の総裁。今だけ金だけ自分だけを地でゆく、どうしようもないろくでなしにして、腐敗した日本政界の象徴。

清さんも私も、困惑を隠せませんでした。赤紙の内容は、まさか因幡からの依頼関連のものなのだろうか、と。

ですが、それは杞憂でした。

「お兄さま……まさか、今回のご依頼は……」

「……いや、清。因幡総理は先刻、アポもなしに我が屋敷へと押し掛けてきた、云わば招かれざる客だよ。依頼人は今も、応接室でお待ちだ。聞くところによると因幡総理に、順番を譲るよう脅されたそうだ」

宗一さんの答えを聞き、安堵する清さんと私……それとは対照的に、因幡はかなり不服そうでした。

「御陵本家の当主ともあろうお方が、そのような笑えない冗談を口になさるとは……ご当主さまも重々承知かとは存じますが、物事には優先順位がある。故に、個人の依頼よりも、日本国という船の舵取りをしている私の方が優先順位が高いと、そう判断したまでであります」

ねっとりとした口調で、さも当然かのようにそう嘯く因幡に対し、宗一さんの反応は実に冷ややかでした。

「お言葉ですが──優先するか否か。この場に於いてそれを決めるのは、総理ではなくこの私・御陵 宗一だ。郷に入れば郷に従え……裏御三家の敷地内で、身勝手な振る舞いは慎んで頂こう。ここでは、日本国の憲法は通用しない」

ギロリと鋭い目付きで因幡の膨れ上がった顔を一瞥すると、宗一さんは執務室の机の上に置いてあった書類を手に取りながら、因幡に問いました。

「……で? 依頼人を脅して順番を譲ってもらい、無理矢理この部屋まで乗り込んで来たのです。さぞ、緊急性の高いご依頼なのでしょうね? 内閣総理大臣殿?」

「……まぁ、ご当主さまの仰る通りです。実は──」

次の瞬間、俄には信じられないような言葉が、因幡の口から飛び出しました。

「──本日から一年ほど、巫女や覡を調査任務に出さないようにして頂きたく。それから、任務中の巫女や覡も直ちに、遂行中の任務を中止して撤収させて頂きたい」

宗一さんの瞳の奥に薄らと、冷たい殺意が宿ります。そんなことなど露知らず、因幡は相も変わらずねっとりとした口調で言葉を続けました。

「裏御三家の方々が、粉骨砕身の働きをして下さっているお陰で今の日本国が安泰であることは承知の上。然しながら、殉職者も多いと聞き及んでおります。ご当主さまにおかれましてはさぞ、心を痛めておられることでしょう」

それで、我が子のように可愛がってきた巫女たちの犠牲を、ほんの少しでも減らせるのなら、結構なことではないか。·······の活動も、この二、三年は然程活発ではないので、調査任務の頻度を減らしてもさして問題にはなるまい。

部屋の隅に佇む、私や清さんの頭から爪先、丁寧に手入れされた黒髪の毛先……その一本一本に至るまで、三白眼気味の細い目でねっとりと観察しながら、因幡は自信満々な様子でそう言いました。

「……それで、我が一族の得られる利潤は何か」

書類に目を通し、因幡の醜く肥えた顔を極力見ないようにしつつ、宗一さんは底冷えのするような声で尋ねます。

「殉職者を減らせるだけでは、ご当主さまは物足りないと仰るのですか?」

「そんなもの、利潤でも何でもない。マイナスがゼロになるだけのこと。それに、調査任務を中止すれば、·······の上位神格が人知れず顕現する恐れも生じる。我ら一族の使命は、この美しき祖国、日本国を人類に対し敵対的な·······の上位神格から守護することです。到底、その依頼は容認出来ない」

「……では、受諾するための条件は?」

因幡の問いに対し、宗一さんは答えました。

「そう、ですね……貴方がた日本政府が、戦後より今日に至るまでずっと、その存在を秘匿している国家の特務機関、通称【敷島】に関する全ての情報。並びに、大東亜戦争末期、旧帝国陸海軍が推し進めた極秘プロジェクト……通称"高天原計画"に関する全ての情報を·····、各メディアに公表すること。それが出来るなら、受諾してあげますよ」

宗一さんの返答に、因幡は面食らった様子でした。特務機関【敷島】に、"高天原計画"……今日に至るまで、日本政府はその存在を秘匿してきました。況してや、因幡は日本国首相として何ら業績を残しておらず、したことと言えば無断で海外に補助金をばら撒くことくらい。物価高やガソリン代高騰に喘ぐ国民を見て見ぬふりし、今だけ金だけ自分だけという利己的姿勢を平然と見せ付けてきました。もしそのような状況下で【敷島】の存在と、"高天原計画"の存在を公表すればどうなるのか。その結果は、火を見るより明らかです。

権力に対する欲が非常に強く、総理の椅子に一日でも長く座っていたい因幡にとって、それは到底容認出来るものではありません。宗一さんは最初から、因幡の要求を蹴るつもりで話を聞き、その上で無理難題を彼に対して突き付けたのです。

「さぁ……返答や如何に? 因幡内閣総理大臣?」

「……えー、【敷島】なる特務機関、それから旧帝国陸海軍が推し進めたとされる"高天原計画"なる極秘プロジェクト、それらのフォークロア、都市伝説に付きましては、ご当主さまにも様々なお考えがあることは存じております」

「…………」

「然しながらですね、えー、日本政府と致しましては、特務機関【敷島】、それから"高天原計画"に付きましてご当主さまの先代、先々代とも熟議を重ねてきましてですね、そのような機関は存在しない、と。もし存在すれば、戦後民主主義の根幹を揺るがしかねないと。そう考えておりまして、私としてもこれまでの日本政府の従来の方針にですね、えー、則るべきであると、私は、そのように考える次第であります」

聞いているだけで頭が痛くなってくる、何とも酷い弁解です。十秒で言えることをわざわざ、こんな回りくどく言う必要はあるのか。思わず、そう言いたくなります。

それは、宗一さんとて同じだったようで、彼は書類に目を通すのを止めて、氷のような冷たい怒りを露わにしつつ、因幡の顔をギロリと睨め付けていました。

「──えー、ですから、先にも申し述べました通り、我々日本政府と致しましては……!?」

ねちねちと粘っこい言い回しを続けていた因幡が突然、胸を押さえて苦しみ始めました。宗一さんが夢見を用いて、彼の心臓を握り潰さんと鷲掴みにしていたのです。

その証拠に、因幡が苦しみ始めてから、宗一さんは一度も瞬きをしていませんでした。

「……実にくるくると、良く回る舌だ。お前の話を聞いていると心底、吐き気がするよ」

「ぐっ……!? がっ……がぁ……っ!?」

胸を押さえたままその場に崩れ落ち、無様にのたうち回る因幡を見下ろしながら、宗一さんは醒めた目で因幡の真意を暴露し始めました。

「……お前、嘘を吐いているよな? 俺たちに調査の中止と一年間の調査自粛を要求したのは、善意でも労いでも何でもない。自らがより長く、一日でも長く権力の座に居座りたいという純然たる悪意からだ」

それは今日に至るまで、何度も何度も日本国で、そして世界各地で当たり前のようにあったことです。未曾有の大災害や突然の戦争……要は、国家の存亡に関わる事象が起きると、それを大義名分として国民の信頼を失った愚鈍な政治家たちが権力の座に居座る。

私たち"日ノ本の裏御三家"が、·······に関する調査を止めれば、調査対象となる筈だった上位神格などが顕現し、その余波で未曾有の大災害が起こることが大いに予想されます。因幡の真の狙いは、それでした。大災害が起きれば、それを大義名分にして政権を延命出来るし、自分も総理を続けられる。

そんな、何処までも身勝手で醜い理由でした。大災害に見舞われる方の気持ちなど、微塵も考えていない。悲しいことですが、今の日本国はこんな利己的な人間の屑ばかり当選する、何処までも腐敗しきった国なのです。

表情こそほとんど変化していませんが、宗一さんは激しく怒り狂っていました。普段穏やかな宗一さんからは、全く想像が付きません。今の彼なら、平気で人を殺すんじゃないだろうか……そう思わせるだけの圧がありました。

そう……初めて会った時の、清治さんのような。周囲の空間が歪むレベルの、圧倒的なまでの殺意と害意。それが宗一さんの身から溢れ出していました。

「──お兄さま」

「──分かっている。殺しはしない。いや……殺すほどの価値もない、が適切か」

それ以上の因幡への追撃を止めると、宗一さんは足音一つ立てずに因幡の元へと歩み寄り、その胸ぐらを掴んで、彼への怒りと嫌悪感を隠そうともせず、吐き捨てるような調子で告げました。

「──失せろ。二度と、その顔を見せるな」

目論見は失敗に終わり、更には夢見で殺されかけた……因幡の下らないプライドは既に、ズタズタに引き裂かれていました。

「──どうぞ、お引き取り下さいませ。あ、帰り道にはお気を付け下さいね? 【敷島】の方々が何処に潜んでいるのか、当方にも分かりかねますので、ね?」

扉を開けながら、清さんが最上級の作り笑いを浮かべながら退室を促すと、招かれざる来訪者は情けない声を発しながら、執務室の外で待たされていた秘書にも目もくれず、ふらふらとその場から逃げてゆきました。

不快極まる来訪者・因幡 経家……彼の所為で余計に待たされてしまった哀れな依頼人と私が顔を合わせたのは、それから間もなくのことでした。

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    しかしながら、私たちのやるべきことは変わりません。悲観してばかりいたら、それこそ生きて帰ることなど出来ないでしょう。 私は星を司る神・天津甕星と接触を試みるため、和さんを連れて星降山へ……金剛さんたちは車で鳴神山の旧軍施設へと、日没後それぞれ出発しました。 旧軍施設が幾つも残されている鳴神山……神隠しが頻発しているそこで、特務機関【敷島】は何かしているに違いない。それこそが神隠しの正体であり、"高天原計画"の儀式であると私と金剛さんは考えていました。 そのため、金剛さんは私に対し、周防さんや鈴木さんと共に、星降山の調査と鳴神香々星奇譚の読み込みで多忙な私の代わりに、鳴神山の旧軍施設とその周辺を探ってこようと思うが如何、と提案してきたのでした。 甚だ危険な役目ではありますが、どうやら金剛さん的には、私には天津甕星との接触、それから彼の神格の正体を突き止めることに注力して欲しいようで、私は決して無理をしないと約束させた上で、彼の行動を容認する他ありませんでした。 星降山への入口までの道中、和さんは【敷島】の手の者に尾行されていないか、何度も何度も入念に後ろを警戒していました。少しでも足音のような物音が聞こえると、手にした小銃を躊躇なく、背後の暗闇へと向け、誰何する……それを繰り返しました。 護衛任務はこれで二度目だという和さん……まだまだ動きがぎこちなく、金剛さんが纏っているような、余裕綽々、泰然自若といった雰囲気は、残念ながら未だ持ち合わせていないようでした。 物音や周囲の暗闇に対して過度に警戒するその様は、見ていて少し不安になります。こんな時、金剛さんなら……と変に比較してしまうのは、私が彼に安心感を覚えてしまったが故なのでしょう。 和さんと共に、徒歩で香々星神社を出発してから凡そ二十分が経過した頃──天津甕星を祀る神域・香々星之宮へと通ずる、星降山の入り口が私たちの前にその姿を現しました。 薄暗い木々が周囲を覆い尽くし、鬱蒼とした山林を形成している中にポツンと、まるでそこだけ空間が丸ごと抉り取られたかのように入り口は開かれており、巨大な鳥居が存在をこれでもかと誇示する様は、見る者を容赦なく萎縮させます。 「うわ……何というか……雰囲気あるわね、ここ……」 和さんがごくりと、息を呑む音が耳に届きます。彼女はただただ、雰囲気に

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