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第4話

Author: 莉里
透真の言葉は、一つひとつが真摯で、切実で、少しの迷いも感じられなかった。

危うく信じてしまいそうになるほどに。

けれど、今朝見たあの映像が脳裏をよぎった瞬間、胸に込み上げたのは、ただ皮肉な思いだけだった。

透真の自分への愛は、きっと偽りではない。それなのに、どうして彼が、ここまで自分を傷つけられるのだろう。

千春は静かに涙を流し、顔の半分を枕へ埋めた。意識は次第に遠のき、そのまま眠りへと落ちていった。

次に目を覚ました時、時計の針は深夜零時を回っていた。

隣へ手を伸ばすと、ベッドは冷え切っていて、透真はいない。千春はぼんやりと身を起こし、喉の渇きを覚えてコップを手に部屋を出た。

だが寝室を出た時、隣の書斎から、軋むような音が断続的に聞こえてくる。

扉はわずかに開いていた。

足音を殺して近づいた千春は、その隙間から中を見てしまう。

書斎のデスクの上で、二人の身体が絡み合っていた。

照明に照らされた美夏の肌は雪のように白く、頬を赤く染め、熱い吐息を漏らしながら、指先で机の縁を何度も掻きむしっている。

「透真さん……千春さん、生理痛で苦しんでるんでしょう……?一緒にいてあげなくていいの?どうしてまた私と――」

「黙れ!」

透真は声を潜めて制した。しかし、その手も身体も止まることはなかった。

千春は固まった。

何の前触れもなく視界に飛び込んできたその光景は、重たい鉄の塊を胸へ叩きつけられたようだった。息を吸うたび、胸が裂けそうに痛む。

――美夏のことがそんなに好きなの?

一日たりとも、一瞬たりとも、こうして彼女を抱かずにはいられないほどに……

千春は視線を逸らした。もう水を飲む気力すら残っていなかった。足元がおぼつかないまま、寝室へ戻っていく。

それから30分ほどして、部屋のドアが静かに開いた。

シャワーを浴び終えた透真がベッドへ潜り込み、後ろから彼女を抱き寄せる。

「千春……安心して、俺がついてるから、もう痛くないよ」

千春は何も答えなかった。

目を閉じ、眠っているふりをする。

けれど、閉じた瞼の奥から溢れた涙は頬を伝い、こめかみを静かに濡らしていった。

透真は彼女が眠っていると思い込み、手で優しく彼女の下腹部をさすり続ける。

その指先の熱が伝わるたび、千春の身体から力が吸い取られていくようで、残るのは、終わりのない苦しみだけだった。

心の中で、彼女は何度も何度も繰り返す。

――あと13日。

あと13日我慢すれば、透真とは二度と関わらなくていい。

……

千春が生理で体調が優れない数日間、透真はすべての仕事を後回しにし、つきっきりで彼女の面倒を見た。

ようやく千春の体調が戻ると、名残惜しそうに家を出て、溜まっていた仕事を片づけるため会社へ向かっていく。

透真を見送ったあと、千春も本人確認書類などをバッグへ入れ、口座を解約するために銀行へ足を運んだ。

窓口の職員に解約の理由を聞かれた時、千春は淡々と答えた。

「あと10日ほどで、私はこの世界からいなくなります。だから、その前に手続きを済ませておきたいんです」

職員は一瞬言葉を失った。きっと余命を宣告された患者だと思ったのだろう。その目には、深い同情が浮かんでいた。

そして、必要な手続きを進めた。

その後、千春はSNSのアカウントなども全部削除した。一通り手続きを終えると、ようやく小さく息を吐いた。その唇には、久しぶりに安堵の笑みが浮かぶ。

もうすぐ、この世界から「伊賀崎千春」という存在は消える。

そうなったら、透真はもう二度と、彼女を見つけることはできない。

……

千春は、ゆっくりと家まで歩いて帰ることにした。道すがら母校の高校の前を通りかかる。色あせた校舎の塀を目にした瞬間、足がぴたりと止まった。

しばらく立ち尽くしたあと、彼女は静かに校門をくぐる。

一歩足を踏み入れた途端、青春の日々の記憶が、堰を切ったようによみがえってきた。

グラウンドで、持久走で息を切らす彼女の手を引いて走っていた透真。

図書館で、彼女が眠ったふりをしている隙に、そっとキスを落とした透真。

そして、教室の窓辺から、お菓子を差し入れてくれた透真。

至る所に、透真との思い出が残っている。

やがて彼女は、中庭に立つ一本の桜の前で足を止めた。

あの頃は肩ほどの高さしかなかった苗木が、今では青々と枝葉を広げる美しい木へと成長している。

それを見上げた瞬間、千春の目に涙が滲んだ。

16歳の誕生日。

透真は彼女にサプライズを用意しようと、校舎のブレーカーを落とし、誰にも見つからないよう手を引いて外へ連れ出した。

そして、この木の下で誕生日プレゼントを渡し、彼女の大好きなバラを贈り、照れくさそうにバースデーソングを歌ってくれた。

最後に、手紙の入った小さなガラス瓶を土へ埋めた。

「何を書いたの?」

そう尋ねると、彼は笑いながら鼻先をそっと彼女の鼻に触れさせた。

「秘密。二人とも80歳になって、髪が真っ白になったらさ。その時にまた一緒にここへ来て、この手紙を読もう」

あの頃の二人は、思いもしなかった。

自分たちが、白髪になるまでともに歩むことは、もう叶わないのだと。

千春はしゃがみ込み、手元にある小石を使って少しずつ土を掘り返していく。

10数分かけて掘り進め、ようやく密封されたガラス瓶を取り出した。

中の紙はすっかり色褪せていたが、その筆跡は間違いなく透真のものだった。

【80歳の伊賀崎透真へ

こんにちは。俺は17歳の伊賀崎透真。

この手紙を読んでいる君の隣には、きっと千春がいるよね。もしかしたら、子どもや孫たちも一緒かもしれない。

17歳から80歳まで、ずっと千春だけを愛し続けてくれて、本当にありがとう。初心を忘れず、一生彼女を大切にしてくれた君を、俺は誇りに思う。

『人の心は移ろいやすい』なんて言うけれど、俺が千春を愛する気持ちだけは、永遠に変わらない。

どうか千春に伝えてほしい。

この人生が終わっても、来世も、その次の人生も、さらにその先も――俺はずっと千春と一緒にいたい。

透真と千春は、これから先も、ずっと、ずっと愛し合っていくんだ】

一文字ずつ読み進めるたび、そこに綴られた真っ直ぐな想いが胸に突き刺さる。視界は涙で滲み、胸の奥が締めつけられるように痛んだ。

その時、ポケットのスマホが鳴り響く。

画面には、美夏の名前。

出たくなくて一度は切ったものの、相手は何度もしつこくかけ直してくる。

千春は、相手の目的をなんとなく察した。震える指で、通話ボタンを押す。

そして、予感が的中した。

スピーカーの向こうから、激しく何かがぶつかり合う音と、艶めいた吐息が流れ込んでくる。

「……っ、透真さん。私のことなんて、愛してないって言ってたくせに……どうしてまた私を抱くの?そんなに欲求不満なの?」

透真は答えない。

聞こえてくるのは、必死に押し殺した荒い息遣いだけ。

それでも美夏は食い下がる。答えてもらうまで、決して諦めないと言わんばかりに。

「私の体が……欲しいんでしょ?千春さんより、あなたが何を求めてるのか、私の方がわかってる……そうでしょ?

もう私なしじゃ生きていられないんでしょ?一日でも私を抱かないと我慢できない……そうだよね?」

問い詰められた透真は、ついに逃げ場を失った。そして、低くかすれた声で答える。

「……そうだ!俺はお前の体が欲しい、お前を抱かずにはいられないんだ!」

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