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第3話

Author: 森崎駆
電話の向こうが一瞬静まり返り、それからさらに高慢な笑い声が響いた。

「ハハハハ!だったら最初からそうすればよかったのに」

僕は雪乃の言葉を遮った。

「ただし条件があります。この診察の様子を、ネットで生配信させてもらいます」

電話の向こうの笑い声が、ぴたりと止んだ。

「……配信?」

彼女の声が冷たくなる。

「あなた、今やネット中の嫌われ者よ。わざわざもっと叩かれたいっていうの?」

僕は窓の外を眺めながら、ゆっくりと口角を上げた。

「何百万人もの前で、渋谷家に頭を下げて診療します。それこそ、君が望んでいたことじゃないですか。

それに、これはちょうどいい機会です。僕自身、公の場で名誉を挽回させてもらいます」

雪乃はしばらく黙っていた。やがて、楽しそうに鼻で笑う。

「あなたって、本当に扱いやすい犬ね。いいわ。そこまで恥をかきたいなら、好きにさせてあげる」

「ただし」

僕はそこで言葉を切った。

「配信のことは、智史さんには絶対に知らせないでください。彼は患者です。大勢に見られていると知れば、動揺して容体に影響が出るかもしれませんし、万が一のことがあっても、僕は責任を負えません」

雪乃は深く考えることもなく、あっさりと承諾した。

翌朝。

雪乃が指定した診察場所である、市民病院の最上階にある特別病棟へと向かった。

入口には、見覚えのあるふたりの姿があった。

50代前半くらいの男女が、ひとりずつ立っていた。

男は長身で、チャコールグレーのカシミアコートを身につけている。女はネイビーのトレンチコートを着て、上品な佇まいをしていた。

「あなたが、平山一希さん?」

渋谷奈美枝(しぶや なみえ)が、穏やかな口調で尋ねる。

僕は頷いた。

「ええ、そうです」

彼女は僕を上から下まで一瞥し、小さく頷いた。

「智史の母です。あなたのお噂はかねがね伺っています。

平山先生。智史は幼い頃から、私たちが手塩にかけて育てた子です。今日お呼びしたのは、私たちの誠意をお見せするためなんです」

彼女はバッグから名刺を取り出し、僕に差し出した。

けれど、僕は受け取らなかった。

それでも彼女は、特に気を悪くした様子もなかった。

「智史を治してくださるなら、名誉もお金も、すべてこちらで用意します。病院を解雇された件も、私の力でなかったことにしてみせます。

それに、渋谷グループが全国の医療業界に持つ人脈も、今後は好きなだけお使いください。これが、渋谷家の誠意です」

僕は彼女を一瞥した。残念ながら、彼女が挙げたものは、どれも僕には必要のないものばかりだ。

「奥様。僕は今日、診察をしに来ただけです。それは診てからの話にしましょう」

母の目に一瞬の動揺が走ったが、すぐに落ち着きを取り戻した。

傍らの父、渋谷正輝(しぶや まさき)が、僕のその言葉を聞いて軽く咳払いをする。その眼差しは、母ほど穏やかではなかった。

「平山君、妻が言ったことは、あくまで妻個人の考えだ。俺はこう考えている。智史を治してくれるなら、渋谷家としても、君を悪いようにはしない」

彼はそこで一度言葉を切った。

「だが、今の君の評判はもう地に落ちている。今日の配信も、君自身が望んだことだ。これが君に残された最後のチャンスだと思え。

治せなければ、もう医者としてやっていくことはできないだろう」

僕はその場に立ったまま、まっすぐに彼の目を見つめ返した。

「そもそもですが、治るかどうかは、診てみないと分かりません」

そう言うと、彼の脇を通り抜け、扉を開けて病室へと入る。

父はわずかに眉をひそめ、何かを考えているようだった。

それから、母とともに後に続いて入ってきた。

ふたりは部屋に入ると、それ以上は何も言わず、静かに部屋の隅の椅子に腰を下ろした。

一方、雪乃はソファに座り、りんごの皮を剥いていた。彼女は僕にちらりと視線を向けたあと、エアコンの吹き出し口に目を向け、さらにベッドサイドの置物へと視線を走らせた。

どうやら、そのあたりにカメラを仕込んでいるらしい。

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