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last update publish date: 2026-06-21 12:06:58

「なるほど。単なる数字の戦いではなく、サンクチュアリの価値を信じてもらうための対話が必要ということですね」

 小夜子もうなずいた。

「これは私たちにとって、最も得意な戦い方です。お客様との信頼こそがサンクチュアリの真価なのですから」

 隼人はリストを軽く確認した後、小夜子と翔吾を順に見た。

「よし。投資ファンドや大口の取引先への説得は、俺と小夜子で手分けして回ろう。翔吾、お前は個人株主へのアプローチの指揮をとってくれ」

「承知しました。手紙やダイレクトメールの送付手配を急ぎます」

「頼んだぞ」

 翔吾の返答に、小夜子は確かな手応えを感じていた。

 会議を終えて、小夜子がバックオフィスの廊下を歩いていた時のことだ。

 角を曲がろうとした彼女の耳に、聞き慣れた声が飛び込んできた。

「おいメガネ! ちょっと待てよ!」

 声の主は、ルームサービスと清掃を担当する実加だ

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  • 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く   420

    「パレードが始まります。こちらのベンチへ」 翔吾が案内したのは、パレードルートの終盤にあたる少し奥まったエリアのベンチだった。  日陰になっており肌寒いが、人通りが少なく視界が開けている。「こんなとこでちゃんと見えるのか?」 実加が疑わしげに尋ねる。「パレードのフロートは高さが5メートル以上あります。エントランス付近は人口密度が高く、理玖くんの視線では大人の背中しか見えません。ここはルートのカーブに位置するため、フロート――パレードの車が旋回する際にキャラクターがこちらを向く確率が最も高いポイントです」 翔吾が持参したブランケットをベンチに敷いて、2人を座らせる。 数分後、遠くから音楽が近づいてきて、巨大なフロートが姿を現した。  翔吾の計算通り、カーブを曲がる際にキャラクターたちが、ベンチに座る理玖の目の前で大きく手を振った。 キャラクターたちも小さな子供相手なので、特にサービス精神を発揮してくれたようだ。「わあ! こっちみてる!」 理玖が飛び上がった。何度も大きく手を振り返している。「すげえじゃん、理玖! こんなの普通じゃ見られねえよ。メガネ、お前マジで優秀だな!」 実加が興奮気味に翔吾の肩をバンバンと叩いた。  翔吾は少しだけ姿勢を崩しながら、満足げに口角を上げた。「事前準備とデータ分析の勝利です」 パレードのきらびやかな光と音楽が、冬の夕暮れ空に溶けていく。  翔吾は立ち尽くしたまま、2人の背中を見守っていた。◇ すっかり日が落ちた後、3人は帰路に就いた。 最寄り駅へ向かう帰りの電車内は、規則正しく揺れている。  暖房が効いた車内は、遊び疲れた乗客たちの微かな寝息と、レールの継ぎ目を刻む単調な振動音に包まれていた。 3人はロングシートに並んで座った。  理玖は靴を脱いで、実加の膝の上に頭を乗せて深い眠りに落ちている。  小さな手には、園内で買った星型のステッキが

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     翔吾の頭の中には、園内の三次元マップとアトラクションの稼働状況、ゲストの動線データが完全にインプットされている。(混雑する園内において、幼児の体力メーターは最も重要なリソースだ) 無駄な移動や待機時間は、疲労による不機嫌という最悪のバッドエンドを引き起こす。 司令塔としての翔吾の役割は、実加と理玖の体力消費を最小限に抑えつつ、最大限のエンターテインメントを提供することにある。 まあ要するに、上手に園内を回って目一杯楽しもうということであった。「まずはコーヒーカップです。現在の待ち時間は5分。移動にかかる時間は3分。行きましょう」 翔吾が先導し、人混みを縫うように進んだ。 ベビーカーの集団や、キャラクターの帽子を被った学生グループを的確に回避していく。  予告通り、ほとんど待つことなくコーヒーカップに乗り込むことができた。 翔吾は理玖の隣に座り、安全バーを下ろす。向かいには実加が座った。 楽しげな音楽と共に、カップが回り始めた。  中央の円盤を回せば回転速度が上がる仕組みだ。「よーし、回すぞ!」 実加が腕まくりをして円盤を全力で回し始めた。 コーヒーカップが猛烈な勢いでスピンし、遠心力が体を外側へ押し付ける。「あはははは! はやい、はやい!」 理玖は大喜びだ。「おいおい、メガネ! 目ぇ回ってんじゃないのか?」 実加の楽しげな声が、風を切る音に混じって届く。「この程度の角速度と求心加速度であれば、三半規管への影響は許容範囲内です。ですが理玖くんの体格を考慮すると、これ以上の回転は……あわわわ」「固いこと言うなよ! もっと回すぜ!」「きゃあははは!」 2人の弾むような笑い声が、翔吾の耳を震わせる。 景色が猛スピードで流れていく中、翔吾の視界は目の前の2人だけに固定されていた。  実加の髪が遠心力で広がって、理玖が満面の笑みでしがみついている。  2人ともとても楽しそうだ。 半ば目

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    「では、是非お願いします。次は夢の国の遊園地などいかがですか?」「夢の国ぃ? あそこ、理玖くらい小さい子じゃアトラクション乗れないだろ」 夢の国は東京近郊にある大型テーマパークで、大人が楽しむためのアトラクションが多数揃っている。「乗れるものもありますよ。情報収集はお任せください。最大限に効率化したアトラクション巡りをしましょう」 実加は再び笑った。「効率化って! 要は楽しめばいいんだ。あそこはキャラクターもいるし、パレードもある。歩いているだけで楽しいだろ」「いけません。入園するからには効率化を意識しないでどうするんですか。理玖くんが乗れるアトラクションに狙いを定めて、完璧なマニュアルを作ってみせます」「はいはい。よろしく頼むわ、センセイ」 いつもの軽口の応酬だ。 翔吾は眠る理玖の横顔を眺めながら、来たるべき当日のプランを考え始めた。◇ それから3週間後の休日のこと。 空には雲1つない冬晴れが広がっていた。 海からの冷たい風が吹き付ける埋立地に、その巨大なテーマパークは存在していた。 夢の国と称されるその場所は、エントランスをくぐった瞬間から、キャラメルポップコーンの甘い香りと、パレードの陽気な音色が空間を満たしている。 入場ゲートを抜けた実加と理玖は、目の前にそびえ立つ巨大な城を見て歓声を上げた。「すげえ! でっかいお城だな、理玖!」「おしろ!」 はしゃぐ親子を連れて、翔吾はワゴンの売店に立ち寄った。 実加には赤の水玉模様がついた黒耳のカチューシャを、自分用に魔法使いの帽子カチューシャを買った。「りくの! りくのは!?」 耳を生やした実加と翔吾を見て、理玖が飛び跳ねている。「耳カチューシャの子供用はないんですよ。だから君にはこれを」 翔吾はぬいぐるみ型のリュックサックを買って、理玖に背負わせてやった。「わあ!」 理玖

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     継母は翔吾を積極的にいじめたわけではなかったが、疎んでいた。 家族で出かける時は、翔吾だけ置いてけぼりになったものだ。 翔吾も自分の立場を自覚していたから、父と継母、異母弟妹を恨んだことはない。連れて行って欲しいと、ワガママを言ったこともない。 けれど寂しさだけはいつもあった。 居場所のない思いは常に彼を蝕んで、一人ぼっちでいることが多かった。(あの時の寂しさが……今はどこに行ってしまったんだろう) 長らく彼を苦しめた孤独が、いつの間にかすっかり消え去っている。 当時を思い出そうとしても、もう思い出せないほどに記憶が遠ざかっていた。 肩にかかる理玖の重みは温かく、隣を歩く実加の存在が心強い。 寂しさは彼らに追い出されて、今は優しさと温かさだけが彼の心を占めている。(僕は2人に救われたんだ) その思いは、すとんと心に落ちた。 心の中に温かな灯火が灯ったような気持ちだった。 それが嬉しくて、翔吾はそっと微笑んだ。◇「動物園、楽しかったな」 帰りの電車の中で、眠ってしまった理玖を抱きながら実加が笑った。「動物園なんぞガキの頃以来だったが、大人も案外楽しめるもんだ」「最近の動物園は展示に工夫をしていますからね。昔のようにただ檻の中に入れるだけではなく、できるだけ自然な姿を見せるようにしている」「あー、確かに。ヒョウのコーナーで木登り用の木があったのは面白かった。ヒョウは木登りが上手いわ」「理玖くんも夢中になっていましたね」 2人は顔を見合わせて笑う。「ありがとな、メガネ。付き合ってくれて」 実加が理玖の髪を撫でながら言う。「理玖も大喜びだった。肩車してもらったりさ。ウチだけじゃこんなに喜ばなかったはずだよ。お前のおかげだ」「い、いえ…

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    「ライオン、おっきかったね!」 ライオンの前を離れても、理玖はしばらく興奮気味だった。「おう、ライオンはかっこよかったな。さあ次へ行くぞ。動物園は他にも色んな動物がいるからな」「うん!」 その後は広大な園内を歩き回り、キリン、象、ペンギンと順調に巡回した。 獣の獣脂の匂い、干し草の匂い、水槽の塩素の匂い。エリアごとに変わる匂いが、動物園らしいワクワク感を高めてくれる。「あっ、キリンさん。首、すっごいながい」「あっち見てみろよ。象がいる。でかなあ」「お鼻、ながーい」 理玖も鼻をすんすんと動かして、色々な匂いをかいでいる。次の動物を見ては目を輝かせていた。◇ そうして動物園を2時間も歩き回ると、理玖の歩みがとても遅くなった。 足がもつれて、実加のコートの裾を握りしめて立ち止まる。 眉をぎゅっと寄せて、アヒルのように口元を突き出している。 疲れて不機嫌な表情だったが、それすらも実加には愛おしく見えた。「だっこ……」「おっ、電池切れか。しょうがねえな、おいで」 実加が屈み込もうとした瞬間、翔吾がスッと間に割って入った。「僕が肩車します」「え? いや、ウチが抱っこするよ。重いし」「実加さんはすでに荷物を持っています。重量の分散と移動効率の観点から、これがベストです。ほら、理玖くん」 翔吾は理玖の脇に手を入れて持ち上げ、自分の肩にまたがらせた。 理玖の小さな手が、翔吾の髪を掴んだ。「たかーい!」 それまでの疲れが吹き飛んだように、理玖は瞳を輝かせている。「視座が上がれば、遠くの展示も見やすくなります」 翔吾は理玖の太ももをしっかりと支えて、実加の方へ向き直った。「ついでに、そのトートバッグも貸してください」 翔吾は実加の肩から、水筒や着替えが入って膨らんだキ

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     けれど翔吾は歩み寄って実加の肩を軽く叩いた。「好きなだけ見せてあげればいいですよ。彼の知的好奇心を途中でやめさせる必要はありません」「でもよ、全部回りきれなくなるだろ。ライオン以外にもおもしれえ動物はいっぱいいるし」 実加としては、せっかく動物園に来たのだから、様々な生き物を理玖に見せてやりたいという親心だ。「全体の巡回率を下げても、特定の対象に対する深い観察時間を確保する方が、幼児の脳の発達には有益です。……それに見てください。あの個体は今、毛繕いの動作に入りました。ネコ科特有の舌の構造を観察する良い機会です」 翔吾は眼鏡を中指で押し上げ、ガラスの向こうの雄ライオンを指差した。「ライオンの舌には糸状乳頭という突起が密集しており、これがヤスリのような役割を果たして骨から肉を削ぎ落とします。現在行っている被毛の手入れにおいても、その構造が機能しているのがわかります。また、ライオンはネコ科ヒョウ亜科に分類され、群れであるプライドを形成する極めて特異な生態を……」 翔吾はスラスラと説明を続ける。動物園に行くと決めた日から、特にライオンは入念に調べてきたのだ。「はいはい、わかった! 長いわ! 理屈っぽいんだよ、お前は!」 実加が翔吾の背中をバシッと叩いた。 手袋越しでも、なかなかの衝撃が背中に響く。 が、翔吾は以前のようにつんのめったりしない。 実加に「鍛えろよ」と言われたのを気にして、こっそりと筋トレに励んでいたのだ。 その成果がしっかりと出て、翔吾は実加の力を受け流した。 実加は不思議そうに首を傾げた。「あれ? お前、体鍛えた? なんか急に体幹しっかりしてない?」「今はその話ではありません。……ライオンも理屈ではなく、生物学的な事実です」 翔吾は説明をさえぎられて、少しだけムッとした顔になった。 さらに言えば、実加のために体を鍛えていると知られるのは、照れくさくて仕方なかったからだ。 実加は翔吾の

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