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第5話

Author: フカモリ
真琴は由美が帰国したのを気にして、揺さぶりの手口を変えてきただけだと思っていた。

まさか、本当に離婚の許可を取り付け、秘密保持契約書まで準備し、挙句の果てにはここ数日で役所へ問い合わせまでしたとは。

信行は、この事態が面白くなってきたと感じる。

そして、離婚を口実に、彼女がどんな法外な要求を吹っかけてくるのか、この目で見てみたいとさえ思う。

その言葉を聞き、真琴は目の前の男が信じられなくなる。

信行の心の中で、自分が一体どれほど下劣な人間だと思われているのか、想像もつかない。

話にならない。この人とは、もう話にならない。

彼が自分に抱く偏見は、一生変えられないだろう。

もういい。

もう、どうでもいい。

やがて、真琴は彼を見つめ、力なく告げる。

「そう思うなら、それでいいです。それで、ご都合はいつがよろしいですか。手続きに行きましょう」

真琴があっさりと認めたことに、信行の顔から笑みがすっと消える。

そして、ただ冷ややかに真琴を見つめる。

自分を見て何も言わない彼に、真琴は続ける。

「休んでいてください。時間ができたら、知らせていただければ結構です」

そう言って、真琴は振り返り、ドアへ向かう。

右手を上げてドアを開けようとした瞬間、手首を突然掴まれた。

反応する間もなく、信行にぐいと引き戻され、彼の目の前に投げ出される。

よろめきながらも体勢を立て直し、信行を見上げる。

こうして引き戻され、本来なら腹が立つはずだったが、炎の中から自分を抱き出してくれた時のことを思い出すと、その怒りも霧散してしまう。

掴まれて赤くなった手首をさすりながら、尋ねる。

「まだ何か御用ですか?」

ずっと考えていた。何度も、何度も。

どうしてこうなってしまったのか。信行がどうして自分をこんなにも嫌うのか、真琴には分からなかった。

真琴は平然と佇んでいる。信行は両手をズボンのポケットに戻すと、顔をそむけて呆れたように笑った。

一頻り笑った後、再び顔を戻し、真琴を見下ろして言う。

「どこのどいつだ?俺に恥をかかせるだけの度胸があるやつは」

「……」

真琴は黙り込む。

そう言うなら、自分だって一体いくつ恥をかかされてきたことか。

真琴が何も言わないので、信行はテーブルに近づき、腰をかがめてタバコとライターを手に取り、また一本火をつける。

窓際に立つ。

煙がゆらゆらと彼の周りに広がる。その背中はまっすぐで、脚は長く、後頭部の形さえも人より美しい。

そんな信行に、真琴はなすすべもなかった。

彼の背中を見つめながら、再び口を開く。

「あなたに逆らうような度胸のある人なんていません。あなたも分かっているでしょう。さっきのは、そっちの言葉に合わせただけです。考えすぎないでください。いつ時間があれば、手続きに行きましょう。でないと、お義母様が毎日見張っていて、あなたもストレスでしょうから」

浮気されたのは彼女の方なのに。傷ついているのは自分なのに。それでも、信行を慰めなければならない。

やはり、先に恋に落ちた方が、負けなのだ。

真琴が再び手続きの話を口にすると、信行は背を向けたまま応えない。その背中が、ひどく冷ややかに見えた。

信行が無視を決め込むのを見て、真琴もそれ以上は何も言わず、黙ってドアを開ける。すると、ちょうど美雲がドアをノックしようとしているところだった。

「お義母様」

驚いて、思わず声が出た。

美雲は部屋の中をちらりと見てから、再び真琴に向き直って尋ねる。

「信行と喧嘩でもしてるの?あの子にいじめられたの?」

真琴は微笑む。

「お義母様、喧嘩なんてしていませんよ」

美雲は疑わしげな顔をする。

「喧嘩してないなら、ドアを開けて何をしようとしてたの?」

真琴は答える。

「お水をいただきに行こうと」

「そうなの。じゃあ、先に行ってきなさい」

義母の許しを得て、真琴は部屋を出て、右に曲がって階下へ降りて行った。

美雲は、険しい顔で部屋に入る。

その時、信行もすでに振り返っており、気だるそうな顔で母を見て言った。

「母さん、いっそのこと、この部屋で寝たらどうだ?24時間、俺とあいつを見張ってろよ」

美雲は手を伸ばし、彼の腕の肉を力一杯つねる。

「信行、ふざけるのもいい加減にしなさい。真琴ちゃんはもう十分に我慢して、あなたに合わせているのよ。少しは感謝の気持ちを持ちなさい。

真琴ちゃんは生身の人間なの。彼女にも考えがあるし、悲しむことだってある。あなたが毎日家に帰らず、彼女に冷たくするなんて、どうしろって言うの?他の人からどう見られると思ってるの?もし本当に真琴ちゃんを追い出してしまったら、後で後悔することになるわよ」

信行はつねられて顔をしかめ、母の手を振り払う。

「人をつねる癖はまだ治らないのか。自分の肉じゃないから、痛くも痒くもないってか?」

美雲は言う。

「痛くないなら、なんであなたをつねる必要があるのよ。警告しておくわ。由美と中途半端な関係でいるのはやめなさい。もしこれ以上真琴ちゃんに恥をかかせたら、内海家ごと路頭に迷わせてやるから」

信行は母親を見下ろす。

「真琴に化かされているんじゃない?」

「あなたが由美に化かされているのよ!こんなにいい嫁がいるのに、毎日あの由美と遊びほうけて。あなたの頭、どうかしてるんじゃないの?」

息子を罵りながら、美雲は彼の頭を指で突く。

信行が再び母の手を振り払った。その時、水を手に、真琴が階段を上がってくるのが見えた。

その足音に、美雲はさっと表情を変え、満面の笑みで振り返って部屋を出る。

「真琴ちゃん、お水、注ぎ終わったのね。じゃあ、早く部屋に入って寝なさい。明日も仕事があるんだから」

真琴が部屋に入るのを見届けてから、美雲はドアを閉めた。

一瞬にして、部屋にはまた二人だけが残される。信行は、まだつねられた腕をさすっている。

母親の監視が厳しいので、真琴は彼に尋ねるしかない。

「私はソファで寝ます。それでよろしいですか?」

信行は彼女を無視し、パジャマを手に洗面所へ向かう。

その背中を見送り、真琴は心身ともに疲れ果てる。

本来なら二人で向き合うべき問題なのに、彼はいつも部外者のように振る舞う。

信行がシャワーを浴びて出てくると、彼女は服を持って洗面所へ向かう。

シャワーを浴び終え、ついでに洗面所も消毒しておく。彼が夜中に使うかもしれないし、自分が使った後だと嫌がるかもしれないから。

用事を終えて寝室に戻ると、耳栓とアイマスクをつけ、薄い毛布をかぶってソファで眠りについた。

一日中歩き回って、もう彼と張り合う気力は残っていない。

デスクの方で、真琴が黙ってソファにうずくまるのを見て、信行は仕事の手を止め、顔を上げてそちらを見つめる。

「信行、今夜ご飯に帰ってくる?スープ作ったの」

「信行、今日の夕焼け、すごく綺麗だよ」

「信行、私のこと、好き?」

真琴の背中を見つめながら、多くの昔のことが蘇る。

お爺様のあの言葉がなかったら。彼女の秘密に気づかなければ。そして、あの日記帳を見てさえいなければ。信行も彼女の気持ちが本物だと信じたかもしれない。

……

その後の数日間、美雲はずっと帰らず、本当に芦原ヒルズに滞在し続ける。

信行はストレスが溜まり、真琴も精神的に追い詰められていた。

なぜなら、毎晩ソファから何度も転げ落ち、多くの場合、信行も実はその音で目を覚ましていたからだ。

彼女が落ちたことを知っている。

しかし、ただ冷ややかに傍観し、一言も声をかけない。

真琴も、彼の寝たふりを暴くことはしなかった。

ここまで冷え切った夫婦というのも、そうそういないだろう。

紗友里が出張から帰ってきて、食事に誘ってくれるまで、真琴はようやく一息つくことができた。

彼との状況を話すと、紗友里は歯がゆそうに言う。

「だからあの時、信行はダメだって言ったのに!彼と一緒になるなと言ったのに、真琴は聞かなかった。ほら、今、苦労してるでしょ。

あの時、もし克典兄ちゃんと一緒になれてたら、どれだけ良かったか…」

紗友里の言葉に、真琴はかすかに微笑む。

「人は壁にぶつかって初めて痛みが分かり、引き返すことを知るものよ」

あの時、信行は身を挺して彼女を火の海から抱き出してくれただけでなく、授業をさぼったり、壁を乗り越えたり、コンサートやビリヤードにも連れて行ってくれた。

信行は、真琴がこれまでしたくてもできなかった、あるいは考えもしなかった多くのことをさせてくれた。

彼女の若き日の美しく、深い思い出は、すべて信行と繋がっている。

そんな信行を、好きにならないはずがない。

彼も自分のことが好きだと、思っていた。

だからお爺様が、克典と信行のどちらが好きかと尋ねた時、彼女は迷わず信行を選んだ。

そこまで考えて、真琴は続ける。

「それに、私、克典さんが怖いの。小さい頃からずっと。お父さんより厳しいんだもの。会うたびに、遠くに隠れてたわ」

真琴が疲れ果てた様子なのを見て、紗友里は言う。

「信行兄ちゃんも本当に厚顔無恥よね。自分が遊びほうけてるくせに、真琴が外に男がいるなんて疑うなんて。やっぱり、自分がそういう人間だから、他人も同じように見えるのよ。

あいつのどこがいいのよ?結婚してからこうなったわけじゃないのに、どうしてそんなに一途なの?」

真琴は責められて、穴があったら入りたい気持ちになる。

最後に、笑いながら言う。

「若すぎて、世間知らずだったの。あの男を変えられるって、本気で信じてたから」

紗友里は言う。

「思い知ったでしょ。現実にこっぴどく教えられたってわけね」

真琴は笑って何も言わない。

実は、信行は昔からあんな人だったわけじゃない。彼女と結婚してから、ああなってしまったんだ。

たぶん、自分が彼を満足させてあげられなかった。彼の幸せの邪魔をしていたのだろう。

真琴が黙って微笑んでいると、紗友里は彼女を慰める。

「まあ、あまり考えすぎないで。後で、外に連れて行って気分転換させてあげるから」

……

そして食事が終わると、紗友里は真琴をバーに連れて行った。

紗友里が賑やかに友人と挨拶するのを見て、真琴は疑わしげに尋ねる。

「これがあなたの言う方法?これが気分転換?」

紗友里は眉を上げる。

「そうよ。信行兄ちゃんは遊ぶのが好きで、家に帰らないんでしょ?なら、真琴も遊んで、家に帰らなければいいの。彼が冷静でいられるか、見てみましょうよ」

「……」

真琴は乾いた笑いを漏らす。

「彼の心の中での私の価値を、買いかぶりすぎよ」

紗友里は真琴を引っぱって座らせ、ジュースを一杯注ぐ。

「ごちゃごちゃ考えすぎないの。兄ちゃんのことは一旦忘れなきゃ。このままじゃ、あなたが鬱になっちゃうか心配よ」

紗友里が差し出したジュースを受け取り、真琴は何も言わない。

それに、紗友里が気晴らしに連れてきてくれた。あまり興を削ぐわけにもいかない。

だから、遊びたくなくても、真琴はずっと彼女に合わせていた。紗友里が何人かの男子大学生に彼女とジャンケンをするように言うと、真琴も試してみた。

不思議なもので、本当にあの嫌なことを一時的に忘れさせてくれた。

少し離れた場所で、別のグループが盛り上がっていると、突然誰かが真琴を見て言う。

「あれ、真琴と紗友里じゃないか?」

その一言で、すぐに他の者もそちらを見る。

「本当に真琴だ。彼女もバーに来るのか?良妻はもうやめたのか?」

「紗友里が連れてきたんだろうな」

「おいおい、まだ行くなよ。何枚か写真とビデオを撮らせてくれ」

男はそう言うと、スマートフォンを取り出して真琴に向けて撮影を始める。

「これぞ信行の奥さんだぜ。ついに反旗を翻して、演技はやめたってことか?」

「これは信行に見せてやらないとな」

そして、写真とビデオを撮り終えると、その男は一瞬のためらいもなく、すぐに信行に送信した。

……

芦原ヒルズ。

美雲の監視の下、信行は七時に帰宅していた。

書斎のデスクの前で、残業に追われている。

スマートフォンのLINE通知が連続で数回鳴るのを聞き、手を伸ばしてスマートフォンを手に取る。

相手から立て続けに十数件のメッセージが送られてきている。上の数枚の写真を開くと、その顔から一瞬で血の気が引いた。

こっちは日が暮れる前に帰ってきたというのに、あいつは外で羽を伸ばしているとはな。

写真が不鮮明だとでも思ったのか、相手は真琴のビデオまでいくつか送ってきた。彼女が男子大学生とジャンケンをしているビデオだ。

ぎこちなく、気まずそうに、しかし輝くような笑顔でいるのを見て、信行の顔色は想像に難くない。

男子大学生と遊ぶとは、真琴もなかなかいい度胸だ。

LINEを閉じ、直接真琴の電話番号にダイヤルする。

しかし、電話の向こうからは「申し訳ありません。おかけになった電話は電源が入っていないか、電波の届かない場所にあります。しばらくしてからおかけ直しください」というアナウンスが聞こえるだけだ。

その後、さらに二度かけたが、同じアナウンスが繰り返される。

「申し訳ありません。おかけになった電話は電源が入っていないか……」

アナウンスが終わる前に、信行はスマートフォンをデスクに叩きつけた。

一瞬にして、苛立ちがこみ上げ、仕事をする気も失せる。

立ち上がって窓際へ歩み寄る。庭の外は静まり返り、車が帰ってくる気配はない。

ポケットからタバコを探り出し、箱から一本抜き出して口にくわえ、俯いて火をつける。

深く吸い込み、重々しく煙を吐き出す。その吐息もまた重い。

どれくらいの時間、窓の前に立っていたのだろうか。あの白いセダンが庭に入ってくるのを見て、ようやく振り返ってその場を離れた。

階下。

真琴は車を降りると、服の匂いを嗅ぎ、バーの匂いがすることに気づくと、数回はたいてから家に入る。

早く帰りたかったのだが、紗友里が楽しそうに遊んでいたので、少し長居してしまった。

家に入ると、中は静まり返り、皆すでに休んでいるようだ。

真琴はそっと階段を上がり、ちょうど客室のドアを開けた時、信行の声がゆったりと聞こえてくる。

「どこに行っていた?なぜ電話に出なかった?」

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