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浮気した彼に、破産のプレゼントを​

浮気した彼に、破産のプレゼントを​

By:  バブちゃん​Completed
Language: Japanese
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大親友の実の兄・連城公生(れんじょう きみお)と、お酒の勢いで一夜を共にしてから、私は彼の誰にも言えない恋人になった。 ​ 人目を忍ぶ関係のまま8年が過ぎた頃、実家から無理やり見合いを勧められた。 ​ 「公生、実家から最後通告を突きつけられたの。今年中に必ず結婚しなさいって」 ​ 彼は動かしていた手を止め、私の額にそっと口づけを落とした。 ​ 返ってきたのは、いつもの「もう少し待ってくれ」という言葉だ。 ​ ところが、何気なくスマホを眺めている私は、新人社員の戸松リナ(とまつ りな)のSNS投稿を目にした。 ​ そこにあるのは、彼女と公生の婚姻届の写真だ。 ​ 添えられた言葉は【社長なんて、余裕でゲットしちゃった】。 ​ 私が8年間求めても手に入らなかった人を、彼女はわずか3ヶ月で手に入れた。 ​ 胸にこみ上げる苦い思いを力ずくで抑え込み、「いいね」を押した。 ​ そして、コメントを残した。 ​ 【おめでとう。末永くお幸せに】 ​ その後、私は実家が用意した挙式の日取りを承諾した。 ​ すると突然、スマホが鳴り響いた。 ​ 公生の声が、これまでに聞いたことがないほど慌てている。 ​ 「彩芽、誤解しないでくれ。友達とゲームをして負けたから、罰ゲームでリナと籍を入れることになっただけで……」 ​ 私はその言葉を遮った。 ​ 「公生、私、結婚するの」 ​

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Chapter 1

第1話 ​

大親友の実の兄・連城公生(れんじょう きみお)と、お酒の勢いで一夜を共にしてから、私は彼の誰にも言えない恋人になった。

人目を忍ぶ関係のまま8年が過ぎた頃、実家から無理やり見合いを勧められた。

「公生、実家から最後通告を突きつけられたの。今年中に必ず結婚しなさいって」

彼は動かしていた手を止め、私の額にそっと口づけを落とした。

返ってきたのは、いつもの「もう少し待ってくれ」という言葉だ。

ところが、何気なくスマホを眺めている私は、新人社員の戸松リナ(とまつ りな)のSNS投稿を目にした。

そこにあるのは、彼女と公生の婚姻届の写真だ。

添えられた言葉は【社長なんて、余裕でゲットしちゃった】。

私が8年間求めても手に入らなかった人を、彼女はわずか3ヶ月で手に入れた。

胸にこみ上げる苦い思いを力ずくで抑え込み、「いいね」を押した。

そして、コメントを残した。

【おめでとう。末永くお幸せに】

その後、私は実家が用意した挙式の日取りを承諾した。

すると突然、スマホが鳴り響いた。

公生の声が、これまでに聞いたことがないほど慌てている。

「彩芽、誤解しないでくれ。友達とゲームをして負けたから、罰ゲームでリナと籍を入れることになっただけで……」

私はその言葉を遮った。

「公生、私、結婚するの」

電話の向こうで、一瞬の沈黙が流れた。

やがて、苛立ちを隠そうともしない公生の声が響き、その周囲からは女の子の甘ったるい笑い声が混じって聞こえてきた。

「またその話か。

そんなに結婚に焦ってるのか?うちの会社は今、資金繰りが厳しくて破綻寸前なんだ。頼むからこれ以上邪魔しないでくれ」

私はスマホを握りしめ、夜風の中に立ち尽くしている。メリハリのない声で淡々と話した。

「邪魔なんかしてないわ。本当に結婚するのよ」

彼は鼻で笑った。まるで途方もない冗談でも聞いたかのように。

「君の周りには、いい仲になれそうな男一人いないじゃないか。結婚相手なんているはずがない」

私が久木山一弘(くきやま かずひろ)の名前を口にしようとした、その時だ。

公生は向こうで急いで電話を切ろうとした。

「切るぞ。別の電話が入ったんだ。籍を入れたのは本当にただの罰ゲームだから、変な勘違いはするな」

ツーツーと無機質な音が響いた。

通話が切れたスマホの画面を見つめる私の指先は、かじかんだように冷たくなっている。

8年だ。

彼はいつも、「変な勘違いはするな」という言葉で片付けてきた。

翌日、私はプロにデザインしてもらった結婚式の招待状を両手にいっぱい抱えて会社へ向かった。

オフィスは朝から騒がしく、リナは大勢の社員に囲まれて、顔を真っ赤にしている。

「リナちゃん、すごすぎるよ!あのクールな連城社長を、たった3ヶ月で落としちゃうなんて!」

「これからは社長夫人だね。これからもよろしく頼むよ!」

リナは両手で顔を覆い、照れ笑いを浮かべている。その声はオフィス全体にちょうどよく響く大きさだ。

「皆さんが思っているようなことじゃないですよ。ゲームに負けて籍を入れただけなんです。内緒にしてくださいね」

私は心の中で嘲笑った。

SNSで世界中に発信しておいて、今さら内緒も何もないだろう。

彼女は目ざとく私の手元にある招待状を見つけると、ハイヒールをコツコツと鳴らしながら駆け寄り、私の腕に縋りついて揺さぶった。

「先輩!それ、私と社長の結婚式の招待状ですか?社長から用意するように言われたのでしょう?ありがとうございます。お疲れ様です!」

私が「違う」と言おうとしたその瞬間。

彼女は私の手から招待状をひったくるように奪い取り、宛名を確かめながら同僚たちに配り始めた。

「皆さん、見てください!社長がわざわざデザイナーに依頼して作ってもらった、とても可愛い封筒です!」

周囲は口々に賞賛の言葉を交わし、社長のロマンチックな気配りを褒めちぎった。

ちょうどその時、公生がエレベーターから姿を現した。

周囲が一斉に「社長、ご招待ありがとうございます!」と冷やかすように声を上げた。

リナは恥ずかしそうに上目遣いで彼を見つめ、すっかり恋する乙女の表情を浮かべている。

公生は一瞬呆気に取られたものの、すぐに口元を緩め、微笑みを浮かべて応じた。

「ああ、ぜひ来てくれ」

「その招待状は、私のものです」

私が声を上げた瞬間、オフィス全体が水を打ったように静まり返った。

全員の視線が一斉に私の顔に突き刺さった。

公生の顔が瞬時に引きつり、その瞳には焦りの色が混じった。

「若草彩芽(わかくさ あやめ)、ここは会社だ。君がわがままを言っていい場所じゃない」

「わがままなんて言っていません」

私は顔を上げ、彼の視線を真正面から受け止めた。

「それは私の結婚式の招待状です。来週の土曜日に結婚しますから」

彼の顔は墨のように真っ黒になり、大股で私に歩み寄ると、歯を食いしばりながら声を潜めた。

「そこまでして俺を追い詰める気か?」

傍らにいる誰かが、くすくすと鼻で笑った。

「若草さん、付き合っている彼氏の姿さえ見たことないのに、誰と結婚するんですか?もしかして、リナちゃんが社長と結婚したのが羨ましくて、頭がおかしくなったんじゃないでしょうね」

リナの目が瞬時に赤くなり、唇を噛みしめながら言葉を紡いだ。

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第1話 ​
大親友の実の兄・連城公生(れんじょう きみお)と、お酒の勢いで一夜を共にしてから、私は彼の誰にも言えない恋人になった。​人目を忍ぶ関係のまま8年が過ぎた頃、実家から無理やり見合いを勧められた。​「公生、実家から最後通告を突きつけられたの。今年中に必ず結婚しなさいって」​彼は動かしていた手を止め、私の額にそっと口づけを落とした。​返ってきたのは、いつもの「もう少し待ってくれ」という言葉だ。​ところが、何気なくスマホを眺めている私は、新人社員の戸松リナ(とまつ りな)のSNS投稿を目にした。​そこにあるのは、彼女と公生の婚姻届の写真だ。​添えられた言葉は【社長なんて、余裕でゲットしちゃった】。​私が8年間求めても手に入らなかった人を、彼女はわずか3ヶ月で手に入れた。​胸にこみ上げる苦い思いを力ずくで抑え込み、「いいね」を押した。​そして、コメントを残した。​【おめでとう。末永くお幸せに】​その後、私は実家が用意した挙式の日取りを承諾した。​すると突然、スマホが鳴り響いた。​公生の声が、これまでに聞いたことがないほど慌てている。​「彩芽、誤解しないでくれ。友達とゲームをして負けたから、罰ゲームでリナと籍を入れることになっただけで……」​私はその言葉を遮った。​「公生、私、結婚するの」​電話の向こうで、一瞬の沈黙が流れた。​やがて、苛立ちを隠そうともしない公生の声が響き、その周囲からは女の子の甘ったるい笑い声が混じって聞こえてきた。​「またその話か。​そんなに結婚に焦ってるのか?うちの会社は今、資金繰りが厳しくて破綻寸前なんだ。頼むからこれ以上邪魔しないでくれ」​私はスマホを握りしめ、夜風の中に立ち尽くしている。メリハリのない声で淡々と話した。​「邪魔なんかしてないわ。本当に結婚するのよ」​彼は鼻で笑った。まるで途方もない冗談でも聞いたかのように。​「君の周りには、いい仲になれそうな男一人いないじゃないか。結婚相手なんているはずがない」​私が久木山一弘(くきやま かずひろ)の名前を口にしようとした、その時だ。​公生は向こうで急いで電話を切ろうとした。​「切るぞ。別の電話が入ったんだ。籍を入れたのは本当にただの罰ゲームだから、変な勘違いはするな」​ツーツーと無機
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第2話 ​
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第3話 ​
流れるように公生の立ち上げたばかりのベンチャー企業に入社し、一番下っ端の社員として泥臭く働き始めた。​最初は「恋愛関係を公表しないのは、君がコネで出世したと周囲に言われないためだ」と言われ、私は待った。​自分の実力でマーケティング部のトップに上り詰めた時、今度は「つむぎとの親友関係にヒビが入るかもしれないから」と言われ、私はまた待った。​いつかはきっと、妻として迎えてくれると信じて疑わなかった。​けれど、リナの投稿にあったあの婚姻届を見るまで、目を覚ますことができなかった。​彼は結婚したくなかったわけではない。​ただ、私と結婚したくなかっただけなのだ。​車を走らせ、公生と五年間同棲していたマンションへ戻った。​退職の手続きには数日かかるが、まずは自分の荷物をまとめて出ていくことにした。​スーツケースを引き出し、クローゼットを開けると、彼の服が大半を占めている。​以前、私は彼の服があまりにも地味すぎると言って、明るい色のパーカーを勧めたことがあった。その時彼は、「俺は社長なんだから、落ち着きが必要だ」と拒んだ。​それなのに今、クローゼットの最も目立つ場所には、流行りのストリートブランドの、鮮やかな色のパーカーが何着も掛けられている。​変わるのが嫌だったわけではない。​ただ、私のために変わりたくなかっただけだ。​自分の服を一枚一枚丁寧に畳んでスーツケースに詰めていると、背後で鍵の回る音がした。​公生が入ってきて、開けられたスーツケースを見るなり、不快そうに眉をひそめた。​「リナとは本当に何でもないんだ。いい加減、怒るのをやめてくれないか?」​彼は歩み寄り、私の手を握ろうとした。​「籍を入れたのはやりすぎだった。今日の午後にでも、彼女と役所に行って離婚届を出してくる。​久木山グループとの契約書さえ交わして、会社が落ち着いたら、俺たちの関係を公表するから。な?」​私は口を開き、「別れよう」と言いかけようとした。​すると彼は突然私の言葉を遮り、周囲を見回した。​「そうだ、M区のあのマンションの鍵、どこに置いた?」​「ナイトテーブルの一番下の引き出しよ」​私は一瞬ためらったが、それでも尋ねずにはいられなかった。​「資金繰りのために、あのマンションを売るの?」​彼は一瞬呆気に取
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第4話 ​
一弘はその時、長い間黙り込んでいた。けれど、最後には頷いてくれた。​今思えば、当時の私は本当に救いようがないほどバカだった。​食事を終えると、仕事の引き継ぎ資料を整理するために書斎にこもった。ふと、スマホが小さく震えた。​公生からのメッセージだ。​【遅くなるから、先に休んでてくれ】​その言葉を見つめながら、彼のトークルームごとそのまま消去した。​整理が一段落した頃には、夜の十時を過ぎていた。お風呂を済ませてベッドに横たわり、何気なくSNSを開いた。​タイムラインの一番上に表示されているのは、30分前にリナが投稿した近況だ。​写真の背景は、まぎれもなくM区のマンションのリビングだ。公生は数人の男友達と肩を組みながらじゃんけんに興じており、テーブルの上には空いた酒瓶が山ほど転がっている。​添えられた言葉は【みんなの前でミルク飲むかって聞かれちゃった。もう子供じゃないのに】。​その下のコメント欄はひたすら冷やかす声で溢れ返り、【社長、甘やかしすぎ!】【ラブラブだね!】といった言葉が並んでいる。​私は画面をほんの少し見つめてから、静かにアプリを閉じた。​悲しみも、怒りも湧いてこなかった。​8年間の恋心は、同僚たちが私を「泥棒猫」と呼んだのを彼が黙って見ていたあの瞬間に、もう跡形もなく燃え尽きていたのだ。​突然、ラインの通知が飛び込んできた。​一弘からだ。​【明日、時間は取れそうかな?ドレスショップから、仕立ててたウェディングドレスの直しが終わったって連絡があったんだ。よければ合わせてみない?】​私は【分かった】と返事をした。​翌朝、一弘は早朝から車で迎えに来てくれた。母は嬉しそうに私を送り出し、彼の好物のお菓子を二箱も手渡してくれた。​車内での私は、少し気恥ずかしさを感じながら頭をかき、彼に話を切り出した。​「久木山グループとの契約書、私のせいで待たせちゃってごめんね。実は新しい会社に移る予定なの。そこでの最初の案件にしたくて」​彼はちらりとこちらに視線を向け、優しく微笑んだ。​「いっそのこと、僕の会社に来ないか?」​「仕事と私生活は分けておきたいの」​私も笑って返した。​ドレスショップに到着すると、店員がすぐに満面の笑みで迎えてくれた。その腕には、美しいマーメイドラインのウ
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第5話 ​
一弘は視線を落とし、優しく私を見つめながらスマホを返してくれた。その瞳には、私の意向をうかがう思いやりが溢れている。​私はスマホを受け取ると、まるで面識のない取引先の相手に挨拶でもするかのような、ひどく冷淡な声で言った。​「連城さん、結婚式の招待状は秘書を通じてお送りします。ぜひ戸松さんとご一緒にお越しください」​「頭がおかしくなったのか?」​公生の声は震えている。​「久木山と出会ってまだどれくらいだ?あいつがどんな男か分かってるのか?そんなに簡単に結婚してしまうなんて!」​私は思わず吹き出しそうになった。​――出会ってどれくらい、だって?​一弘とは28年もの長い時間を共にしてきた。彼、公生と出会ってからは、まだわずか8年に過ぎないのに。​「簡単に」人を選んだのは、一体どちらの方だろう。​「彼とは幼馴染で、親も親友です」​一呼吸置いて、続けた。​「連城さんと出会うよりも20年も前から知り合いです」​受話器の向こうから激しい息遣いが聞こえてきた。公生はその言葉に、まるでその場に縫い付けられたかのように絶句した。​これ以上彼に言葉を返す隙を与えず、そのまま通話を切った。​一弘は私の後ろに佇み、鏡越しに私の瞳をじっと見つめている。その声は限りなく優しい。​「後悔はないか?」​私は首を横に振り、彼の方をしっかりと振り返って、真剣な表情で告げた。​「ごめんなさい、こんなに長い間、一弘を待たせてしまって」​彼はそっと手を伸ばし、私の目尻からいつの間にか溢れ落ちていた涙を、優しく拭ってくれた。​そして、愛おしさを堪えながら穏やかに微笑んだ。​「待っててよかった」​その日の夜、公生から何度も着信があったが、私は一切応じなかった。​ただ、届いたメッセージには一度だけ目を通した。​最初は、お酒の勢いに任せたような、きつい詰問の言葉が並んでいた。​【彩芽、電話に出ろ】​【一体何を企んでるんだ?】​【そんなに結婚に焦ってるのか?】​けれど30分も経つと、その文面は急に弱々しいものへと変わった。​【彩芽、すまない。今日は飲みすぎて、まともな口が利けなかった。​リナとは本当に何もないんだ。明日の一番にでも、役所へ行って離婚の手続きをしてくる。​どうか早まらないでくれ。結婚
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第6話 ​
「先輩、聞きましたわ。ご結婚されるんですね。おめでとうございます!」​彼女は距離を詰め、声を潜めて探るような口調で言った。​「先輩、久木山社長とは……本当なんですか?まさか、その……」​言葉は濁されたが、その表情ははっきりと「お金で雇ったお芝居じゃないですよね」と話している。​私は何も答えず、カバンからスマホを取り出し、彼女の目の前で一弘とのやり取りの画面を開いて見せた。​一番新しいメッセージは、今朝一弘から届いたものだ。​【ドレスの直しが終わった。明日、また合わせに行こう。朝食には、君の大好きな隣町の店のおにぎりを買ってきた】​画面を上に遡ると、彼が送ってくれた結婚式場の内装写真や、手書きのタイムスケジュール、さらには引き出物のサンプル写真まで、いくつもの候補が並んでおり、私の意見を求めていた。​どれも彼が心を込めて式の準備をしてくれた証拠だ。​リナの顔色が明らかに変わり、引きつった笑みを浮かべた。​「わぁ……久木山社長って、本当にこまめな方なんですね」​私はスマホをしまい、彼女をまっすぐに見つめながら、突然問いかけた。​「連城社長との離婚手続きは、もう済ませたの?」​彼女の笑みは、一瞬にして凍りついた。​「そ、それは……今日、これから行く予定なんです」​彼女はたどたどしく言葉を紡いだ。​「社長からも今朝早くに言われました。ただの罰ゲームだったんだから、本気にするなって」​私は小さく頷き、それ以上は何も言わなかった。​会社を出る時、8年間過ごしたオフィスビルを一度だけ見上げた。​18階にある、公生がいる社長室には明かりが灯っている。​彼はガラス窓の前に立ち、下にいる私をじっと見つめている。​距離が遠すぎて、彼がどんな顔をしているのかまでは分からない。​けれど私は、ただの元上司に別れを告げるかのように、小さく一度だけ手を振ると、振り返ることなくその場を去った。​その後の1週間は、目が回るほどの忙しさだ。​新しい会社への入社準備、久木山グループとの共同案件の引き継ぎ、そして結婚式の段取り。3つの用事が一度に押し寄せ、毎日の睡眠時間は5時間にも満たない。​一弘の忙しさは、私以上だ。​久木山グループのあるプロジェクトは今まさに正念場を迎えており、毎日いくつもの会議をこな
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第7話 ​
つむぎの怒りは凄まじく、かつて公生のスマホを二台も叩き割ったことがあるほどだ。​私は事の顛末を、彼女に手短に打ち明けた。​電話の向こう側は、丸々30秒ほど沈黙に包まれた。​やがて響いたつむぎの声は、氷を浴びせられたかのように凍りついている。​「つまり、お兄ちゃんは新人社員と罰ゲームで籍を入れた上に、あなたたちの結婚後の新居になる予定だった家に、その女を住まわせたってこと?」​「ええ」​「それに、社員全員の前で彩芽との関係を認めなかったの?」​「うん」​「おまけに、彩芽が頭を下げて手に入れた共同事業を、その新人社員に譲れと言ったのね?」​「そうよ」​受話器から、つむぎが深く息を吸い込む音が聞こえた。​「今どこにいるの?すぐにそこへ行くわ」​30分後、つむぎは血相を変えてレストランに飛び込み、私の向かいの席に勢いよく腰を下ろした。​彼女は3秒ほど私をじっと見つめた後、突然目を赤くした。​「彩芽、本当にごめん!」​彼女は私の手を握りしめた。​「お兄ちゃんに代わって謝るわ」​私は首を振った。​「つむぎとは関係ないよ」​「関係あるよ。あの時、二人を引き合わせたりしなければ、彩芽がこんな……」​「つむぎ」​彼女の言葉を遮った。​「たとえもう一度人生をやり直すとしても、私はきっとまた彼を好きになるでしょ」​私が小さく微笑んだ。​「でも今度は、二度と8年もの時間を無駄にしたりはしない」​つむぎは目尻を拭いながら、ふと何かを思い出したように尋ねた。​「久木山さんとのこと……本当に覚悟はできてるの?」​私は頷いた。​「あの人は彩芽を大切にしてくれてるの?」​「ええ、とても」​「そっか……」​彼女は一瞬言葉に詰まり、「お兄ちゃんよりも?」という問いかけを飲み込んだ。​私は微笑みながら、スマホの画面に映る一弘からのメッセージを彼女に見せた。​彼女は数秒ほどそれを見つめた後、突然笑顔を見せた。​「よし、大親友の結婚相手として、この男を認めてあげよう。​彩芽の結婚式では絶対にブライズメイドをやるからね。誰にも文句は言わせないわ」​翌朝、公生がついに私の家まで押しかけてきた。​彼がチャイムを鳴らした時、私は朝食を終え、ちょうど式のためのメイク合わせに
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第8話 ​
公生を見つめながら、8年間見続けてきたはずのその顔が、今はまるで見知らぬ他人のように思えてならない。​「公生」​私の声はどこまでも静かだ。​「一弘は、12年間待っててくれたのよ。​12年という時間が、どういうものか分かるの?​私がまだ小学校6年生で、彼が中学3年生だった頃。廊下で私が転んだのを見て、彼はすぐに駆け寄って支えてくれた。その時から、彼は私のことを想ってくれてたの。​私が高校生で彼が大学生の時、彼は土日になると必ず学校まで様子を見に来てくれて、美味しいお菓子を差し入れてくれたり、苦手な数学を教えてくれたわ。​私が大学生になって彼が社会人になった時、彼は私の勉強の邪魔になりたくないからって、決して想いを口にしなかった。ただ母を通じて、恋愛よりも学業を優先するようにとだけ伝えてきたのよ。​そして、あなたの会社で過ごしたこの8年間、彼は私に付き合ってる人がいると分かってたから、決して邪魔をしなかった。​ただ、毎年私の誕生日になると、お花屋さんを通じて会社に花束を届けてくれた。送り主の欄には、古い友人よりとだけ書いてね」​公生の瞳をまっすぐに見据えた。​「それなのに、あなたはどうなの?私たちが付き合ってることさえ、周りの誰にも知られたくないってずっと言い張ってたじゃない」​公生の顔から、見る見るうちに血の気が引いていった。​彼の手は激しく震え、指輪の入った箱がパチリと音を立てて床に落ちた。​「彩芽、俺は……」​「時間です」​私は腕時計に目をやり、冷たい口調に戻した。​「もう仕事に行かなければいけません」​ドアを閉め、それに寄りかかって、深く息を吐き出した。​ドアの向こうから、涙に濡れた公生の声が漏れ聞こえてきた。​「彩芽、もう一度だけやり直させてくれ。頼むから……」​私は二度と、そのドアを開けなかった。​……​それからの半月間、公生はまるで狂ったかのように私を探し回った。​私が勤める新しい会社の前で先回りして待ち伏せを試みたが、警備員に阻止された。​彼からのメッセージは、【彩芽、俺が悪かった】から【一度落ち着いて話し合おう】、さらには【本当に俺を捨ててしまうのか】へと変わり、最後には【若草彩芽、きっと後悔するぞ】という言葉に至った。​そのすべてを、一通たりとも返
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第9話 ​
けれどその後、公生は私の身なりを垢抜けないと一蹴し、メイクを学ぶよう命じた。外回りの営業で会社の顔として恥ずかしくないように、と。​私は3年間必死にメイクを学び、不器用だった腕前は、今や美容系ユーチューバーとしても通用するほどに上達した。​すると今度は、メイクが濃すぎると不満を漏らし、落ち着きがないと言い出した。​今にして思えば、悪かったのは私ではなかった。​彼は最初から、私のことなどこれっぽっちも大切にしていなかったのだ。​メイクさんがリップの色を尋ねてきたので、私は迷わず鮮やかな真紅を選んだ。​かつて公生は、私が赤いリップを塗るのを好まなかった。派手すぎる、と。​けれど今日からはもう、彼が気に入るかどうかなど、気にする必要は全くないのだ。​式の前夜、見覚えのない番号から着信があった。​通話に出ると、相手はリナだ。​「先輩……」​彼女の声はおどおどしている。​「少しだけ、話を聞いてもらえますか?」​「ええ、どうぞ」​「あの、社長との……離婚届はまだ出しに行っていません。ここ数日、社長からずっと早く役所へ行こうって急かされているんですけど……」​彼女は一呼吸置いた。​「子供ができたんです」​私の手が一瞬、止まった。​「彼の?」​「はい」​リナの声には、どこか勝ち誇ったような響きが混じっている。​「もう1ヶ月を過ぎたところで、昨日分かったんです」​私はソファの背もたれに身を預け、思わず吹き出しそうになった。​罰ゲームでの入籍、結婚後の新居への入居、そして今度は妊娠だ。​あまりにも出来すぎていて、まるで最初から用意されていた台本のようだ。​「それで、私に何を言いたいの?」​「ただ……先輩には、知っておいてほしいと思いまして」​彼女はいかにも大人しい様子を装って言った。​「だって、先輩と社長は以前……」​「彼とは、もう何の関係もないわ」​彼女の言葉を遮った。​「それはあなたたち二人の問題よ。私に報告する必要はない」​電話の向こうで、一瞬の沈黙が流れた。リナはまさか私がこれほど冷淡な反応を示すとは思っていなかったのだろう。​「では……失礼します」​彼女はそのまま電話を切った。​私はスマホを置き、そっと目を閉じた。​胸には、さざ波ひと
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第10話 ​
「彩芽」​一弘は私の瞳をじっと見つめた。​「今日からはもう、君を待たせたりはしない。​君が行きたい場所へ、僕がどこまでも付き添う。​君がやりたいことを、僕は全力で支える。​誰かが君を傷つけようとするなら、僕が絶対に許さない」​会場内に割れんばかりの拍手が沸き起こった。​つむぎは、メイクが崩れるのも気にせず涙を流している。​私も笑みを浮かべながら、いつの間にか涙が溢れ落ちている。​式が中盤に差し掛かった頃、不意に入り口の方からざわめきが聞こえてきた。​公生が現れた。​彼は一人でそこに立ち、仕立ての良いスーツを身にまとい、手にはご祝儀を持っているが、その顔色は恐ろしいほど青ざめている。​つむぎが真っ先に気づき、大股で歩み寄って彼の行く手を阻んだ。​「お兄ちゃん、何しに来たの?」​「式のお祝いに来たんだ」​彼の声はひどくかすれている。​「俺はこれでもつむぎの兄で、彩芽の元彼だ。はなむけの言葉を贈るくらい、いいだろう?」​つむぎはなおも追い返そうとしたが、私は彼女に向かって静かに首を振った。​「通してあげて」​公生は私の前まで歩み寄ると、私が身にまとった純白のウェディングドレスを穴が開くほど見つめ、その喉仏を小さく上下させた。​「おめでとう」​彼は震える手でご祝儀を差し出した。​私はそれを受け取り、礼儀正しい笑みを浮かべた。​「ありがとう」​「二人きりで、少しだけ話せないか?」​彼は私の瞳をじっと見つめて懇願した。​一弘は私の隣に佇み、何も言わなかったけれど、ただ私の手を力強く握りしめてくれた。​少し考えた後、私が小さく頷いた。​「いいよ」​私たちは会場の外にあるテラスへと向かった。通り抜ける風の中から、公生がまとったお酒の匂いが微かに漂ってきた。​「お酒を飲んだの?」​私は尋ねた。​「少しだけ」​彼は手すりにもたれかかり、私を見つめた。​「勢いをつけたくて」​言葉を返さなかった。​「彩芽」​彼は突然一歩近づいてきた。その目は真っ赤に染まっている。​「俺にそんな資格がないことは分かってる。だけど、どうしても一度だけ確かめさせてほしいんだ……​もし、今ここで君にプロポーズしたら、まだ俺の妻になってくれるかい?」​私は彼
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