Share

第190話

Author: 青葉凛
「律くん……!わざと困らせようとしたんじゃないの。治療を受けたくないわけじゃないわ……でも、本当に痛くて……先生たちの顔を見るだけで怖くなるの。治療中は死んだ方がマシだと思うくらい、痛くてたまらないのよ……!

今までは律くんのために頑張ってきたけど、もう限界なの!お願い、もうリハビリなんてさせないで。一生車椅子でもいい、歩けなくなっても構わないから……!」

文香はボロボロと涙をこぼし、泣き叫んだ。その取り乱し方は異常で、ここ最近の治療がどれほど過酷だったかを物語っていた。

惨めな姿で縋り付いてくる彼女を前に、律は内心うんざりしきっていた。だが、どうしても怒りをぶつけることができない。彼女が味わっている肉体的な苦痛は、紛れもない事実なのだ。

二度と自分の足で歩けないかもしれないという絶望。それが一人の女性の心をどれほど深く傷ずけるか。その原因を作ったのが他でもない自分である以上、頭ごなしに怒鳴りつけることなどできるはずがなかった。

「……分かった。今日のリハビリは休みにしよう。まずは顔の傷を手当てするぞ。絶対に痛いことはさせないと約束する」

律は苛立ちを心の奥底へ押し込み、で
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる   第566話

    だが先日、夫が一度戻った際に「母さんは颯馬の能力を高く評価し、可愛がっている。俺たちのことも受け入れる気があるようだ」と手応えを感じていたため、今回ようやく重い腰を上げたのである。この帰国が吉と出るか凶と出るかは分からない。だが、志保にはどうしても叶えたい悲願があった。それは夫である宏に「あの女」――戸籍上の正妻・朱美と、きっちりと離婚させることだ。宏と朱美は、何年も別居状態にあるとはいえ、未だに完全に縁が切れておらず、法律上は依然として夫婦のままである。志保は長年、海外で宏と何不自由ない裕福な生活を送ってきたが、「拝島宏の妻」という正式な肩書きだけは手に入れられずにいた。彼女にとって「名分」がないという事実は、常に心の奥底に刺さるトゲだったのだ。だからこそ、今回志津と直接対面し、自分を「颯馬の母親」として、そして何より「拝島の人間」として正式に認めてもらい、戸籍上の妻の座を強奪するつもりだった。それなのに、意を決して戻ってきた矢先に、まさか肝心の息子がこんな真似をしでかすとは思いもよらなかった。「会社を継ぎたくない」――その言葉は、志保にとって何よりも予想外だった。彼女の目から見て、颯馬は昔から向上心も野心も備えた人間だったはずだ。そんな我が子が、本来自分のものになるはずの莫大な利権と地位を、やすやすと得体の知れないよそ者に譲り渡すなんて、到底信じられなかった。しかし、志保の思考の着地点は、結局のところ盲目的な息子への溺愛でしかなかった。颯馬がそう言うのであれば、そこには必ず確固たる理由があるはずだ。彼女はどんな結果になろうとも、絶対に息子の味方をするつもりでいた。誰よりも優秀で賢い我が子が、何の考えもなしに莫大な権力を手放すわけがない。この一見不可解な決断の裏にも、きっと凡人には思いつかないような深い企みと、したたかな計算が隠されているに違いない――志保はそう、自分にとって都合良く解釈し切っていた。「母さん。大人たちの事情に僕から口出しするつもりはない。だから、僕の考えも尊重してほしいんだ」颯馬は両親と伯父を見据え、真摯なトーンで語りかけた。「僕がこうして身を引いているのは、すべて拝島の家にとってそれが最善の道だと信じているからだ。さっきも言った通り、今の僕にはグループを率いるだけの力がない。それに

  • 義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる   第565話

    颯馬はすでに拝島グループの中枢に入り込み、いくつもの重要案件を任されている。極端な話、ここで会社を乗っ取る計画を降りたとしても、そのポジションとプロジェクトの報酬さえあれば、颯馬はこの国で十分に豊かな生活を送っていけるのだ。だが、正人はどうだ?彼には本当に「何もない」。すべてを失い、丸腰なのは自分だけである。こんな結末になるなど、正人は夢にも思っていなかった。当初の計画が完全に狂い、どうすればいいのか分からない。正人とて、自身の能力の無さは痛いほど自覚している。今更自分が会社に出向いたところで、重要な業務など任されるはずがないし、誰一人として認めてはくれないだろう。だからこそ、正人に残された唯一の生存手段は、颯馬たち親子との関係を保ち、彼らの計画にしがみつくことしかなかったのだ。重苦しい沈黙が降りた室内で、宏が再び口を開いた。「颯馬。父さんがお前をこうして呼び戻したのは、何よりもグループのトップに立たせるためだ。お前にはそれだけの価値があるし、拝島家で会社を継げるのは、今はお前しかいないんだぞ」宏は諭すような口調で、真っ直ぐに息子を見つめる。「それに、正人伯父さんとは約束している。お前が実権を握り次第、相応の株式を譲渡するとね。この約束を反故にすることは許されない。伯父さんがここまで必死に動いているのも、すべては拝島一家の未来を思ってのことだ。だから、お前がここで手を引く理由などどこにもないんだ」父親として、宏はどうしても息子に玉座を掴ませたかった。その傍らで、正人も先ほどの怒りを引っ込め、すがりつくような、それでいて切実な声で口を挟んだ。「一時の感情に流されるな、颯馬。冷静になって考えてみろ」正人は探るような目で颯馬を見た。「あいつが今、俺たち親族を不当に扱わず、良い顔をしている理由が分かるか?母さん――おばあちゃんがまだご健在だからだ。あいつは母さんの目を欺き、期待を裏切らないために、恩情あるフリをしているに過ぎん」正人の言葉には、律への根深い不信感と憎しみがこもっていた。「だがな、もし母さんが倒れたらどうなる?いつか本当に亡くなって、あいつの頭上から重石が消えたら、あいつが今のまま俺たちを養ってくれると本気で思っているのか?違うね。必ず手のひらを返して、俺たちをゴミのように追い出すに決まってる

  • 義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる   第564話

    颯馬は、まるで憧れの英雄を語るような熱を帯びた声で言った。「だから、父さんたちの見方は偏見にとらわれすぎです。無理に会社を奪い返す必要なんてどこにもない。おばあちゃんだって、ただの情でグループを任せたわけじゃないんです。あそこまで頭の切れる人が、力のない人間にあんな大役を任せるはずがないじゃないですか」颯馬は真っ直ぐに父の目を見つめ返した。「もう無駄な心配をして、裏でコソコソ焦るのはやめてください。何より、今の拝島グループは律兄さんのおかげでどんどん業績を伸ばしているし、僕たち親族のことも誰一人として不当に扱ったりしていません。十分な恩恵を受けているのに、これ以上、一体何を不満に思う必要があるんですか?」颯馬は、なんとか彼らの頑なな心を解きほぐし、律を認めさせたいと心底願っているようだった。少なくとも帰国して以来、彼自身は律から冷遇されたことなど一度もなく、むしろ律が常に拝島家全体のために粉骨砕身している姿しか見ていなかったからだ。「お前って奴は……本当に、どうかしてるぞ!」正人はついに激昂し、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。「あのよそ者に、一体どんな口車に乗せられた!?とんだ洗脳を受けやがって!これが拝島の家にとってどれだけ重要な局面に直面しているか、誰が本当の身内か、それすら区別できなくなったのか!」正人は怒りに打ち震えながら、ひどく歯がゆそうな、そして憎々しげな目で颯馬を睨みつけた。自分が手駒として送り込んだはずの颯馬が、これほどあっさりと律の側に取り込まれてしまうなど、思いもよらなかったのだ。「まあまあ兄貴、少し落ち着いてくれ」見かねた宏が、慌てて正人を宥めにかかった。焦りのあまり完全に我を忘れ、余裕を失っている兄を落ち着かせる必要があった。「何も今すぐ結論を出す必要はない。時間をかけてゆっくり話し合おうじゃないか。そのために、こうして身内水入らずで集まったんだろう?そう熱くならないでくれ」「颯馬があんな寝言を並べているのに、落ち着いていられるわけがないだろうが!」宏の言葉を、正人は怒号で真っ向から叩き斬った。「俺がここまで声を荒らげているのは、誰あろう拝島一族のためだぞ!そもそも、親族の反対を押し切って颯馬を会社にねじ込んだのはこの俺じゃないか!」正人は荒い息を吐きながら、ギリギリ

  • 義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる   第563話

    能力のない人間が、分不相応な権力を欲しがる。結局のところ問題の核心は、そこなのだ。どうして彼らは、己の器の小ささを自覚できないのか。祖母が手塩にかけて育て上げたこの拝島グループを、本気で守り、発展させたいという情熱は、彼らの中のどこにも存在しないのだろうか。「颯馬、お前……正気で言ってるのか!?」たまらず正人がバンッとテーブルを叩いて立ち上がった。その顔は怒りと焦りで朱に染まっている。「お前をあいつの懐に潜り込ませたのは、いずれ実権を奪って会社を継ぐためだろうが!俺がこの歳になって必死に動いているのは、誰のためだと思ってる!?お前たち若い世代のため、ひいては拝島家全体のためなんだぞ!」正人は身を乗り出し、捲し立てるように叫んだ。「あいつに何を吹き込まれた?それとも裏で何か取引でもしたのか!?お前を会社にねじ込むために、俺がどれだけ骨を折ったか分かっているのか。親族の連中がこぞって反対する中、俺だけがお前を全力で推してやったんだぞ!なのに……拝島の財産を、あの薄汚い『よそ者』にそっくりくれてやる気か!?いいか、あいつは拝島の血を一滴も引いちゃいない!お前の兄貴なんかじゃないんだ!」正人の怒鳴り声が室内に響く。颯馬が自分たちを裏切り、憎き律に丸め込まれたかのような態度が、正人には到底受け入れられなかったのだ。しかし、激高する伯父を前にしても、颯馬は静かな態度を崩さなかった。「伯父さん。僕たちが血の繋がった家族であることは分かっています。でも、それが一体何だと言うんですか?血が繋がっていなくても、一緒に生活して、共に拝島の看板を背負ってきたんです。僕は彼律兄さんを同じ家族だと思っています。どうしてそこまで彼を目の敵にして、陥れようとするのか……僕には本当に理解できないんです」「戯言を抜かすなッ!」正人は頭を抱え、苛立ちを爆発させた。「いいか、四の五の言わず何としても会社を取り戻せ!拝島グループは、拝島の血族が握るべきなんだ!どうしてもお前の手には負えないと言うなら、俺が後ろ盾になって経営を取り仕切ってやる。だが、どんな理由があろうと、絶対にあのよそ者の手には渡さん!お前、さては宏みたいに腰抜けになったのか!?」興奮のあまり支離滅裂になりながらも、正人はただひたすらに叫び続けた。律という「部外者」がグル

  • 義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる   第562話

    正人は苛立ちを隠せないように、バンッと膝を叩いた。「世間の連中は、ここ最近拝島家で続くゴタゴタを面白おかしく笑っている。だがな、一番滑稽なのは、拝島の血が一滴も入っていない『よそ者』に会社を牛耳らせていることだ!こんな馬鹿な話があっていいわけがない!」正人は身を乗り出し、食い入るように颯馬の目を見つめた。「母さんがお前を気に入って、関係がこれ以上なく良好な今、何としてでもこのチャンスをモノにしてくれ」語りかける声には、懇願にも似た必死さが滲んでいた。正人にとって、この計画が完遂し、約束の株が自分の手元に転がり込んでくるその日まで、片時も心が休まることはないのだ。颯馬は静かに、しかしはっきりとした口調で正人の言葉を遮った。「伯父さん、そのことなんですが……僕の中ではもう答えが出ているんです。僕には、グループのトップは務まりません」颯馬の口から出た予想外の言葉に、場の空気が凍りついた。怪訝な顔をする正人と宏をよそに、颯馬は淡々と続ける。「仮に今、実権を譲られたとしても僕には回しきれませんよ。目下進行中の重要プロジェクトは、すべて律兄さんが先頭に立って動かしているものです。僕の力量では到底太刀打ちできないし、口を挟む余地すらない。実力の差は歴然です」さらに颯馬は、まるで心から律を敬い、慕っているかのような言葉を紡いだ。「それに、仕事を通して分かったんです。律兄さんは、表向きは冷徹で人を寄せ付けないように見えるかもしれない。けれど、本当はすごく誠実な人です。僕に対しても一切手抜きせず、真っ直ぐに向き合ってくれている。このままいけば、いつか本当に彼自身の口から会社を譲ると言い出すんじゃないか……そう思えるほどに。だからこそ、僕にはあの人から会社を奪い取るような真似はできません」颯馬は少し困ったように微笑むと、説得するように二人を見つめた。「だから、これ以上僕に無理を言わないでください。今のポストで十分満足していますし、律兄さんは僕を正当に評価してくれていますから」「……本気で言っているのか?」呆然とする二人を前に、颯馬の『完璧な好青年』としての言葉はさらに続く。「おばあちゃんだってそうです。情に流されるような人じゃないし、能力を見極める目は誰よりも厳しい。そのおばあちゃんがグループの全権を律兄さんに委ねているのは

  • 義妹に溺れる彼を捨て、私は宿敵の妻となる   第561話

    これでようやく、本当に彼女を救える……!家族の説得に成功し、今また愛する女性の心を取り戻せた。まるで世界中のすべてが、自分たち二人のために見えない後押しをしてくれているような奇跡的な巡り合わせを感じた。もう絶対に、この手を離すものか。彼女を苦しめるあらゆる理不尽から、今度こそ自分が全力で盾となって守り抜くと、州は静かに、しかし強烈に誓ったのだった。一方、その頃。拝島グループの本社では、颯馬が着実に自らの地盤を固めつつあった。入社して以来、複数の主要プロジェクトに参画し、早くも中心的な役割を果たしている。裏にどんな思惑が潜んでいようと、その有能さは疑いようがなかった。海外で長年培ってきた専門知識と手腕は本物であり、だからこそ大役を任されているのだ。息子の社内での足場が固まったと見るや否や、父である宏は颯馬の母親を伴って海外から帰国した。今回の帰国の最大の目的は、兄の正人と合流し、今後のグループ体制について最終的な協議を行うことだ。颯馬が入社して十分な時間が経った今、そろそろ明確な結果を出さなければならない。どんな手を使ってでも颯馬に後継者の座を掴ませる必要があった。拝島の血を一滴も引いていない「よそ者」の律に、これ以上会社を牛耳らせておくわけには絶対にいかないのだ。宏の帰国を受け、正人たちはすぐさま密会の場を設けた。ここ最近、会社のあらゆる実権を律に掌握され、苛立ちと焦りで頭を抱えていた正人にとって、宏の帰国はまさに藁にもすがる思いだった。「宏、待ちくたびれたぞ!一体何度連絡したと思ってるんだ」顔を合わせるなり、正人は身を乗り出して捲し立てた。「例の件、そろそろ本腰を入れて進めるぞ。颯馬も会社に馴染んできただろうし、内部の事情ももう完全に把握した頃合いのはずだ」息継ぎもそこそこに、正人は期待に満ちた声で言葉を続ける。「それに最近、母さんの体調もすこぶる良くてな。颯馬が帰国してからというもの、毎日嬉しそうにしてるんだ。全部颯馬のおかげじゃないか。だからこそ、今があいつに会社を継がせる絶好のタイミングなんだよ。俺から母さんに直接掛け合ってみるつもりだ。颯馬をトップに据える話なら、絶対に乗ってくるはずだからな」正人がここまで鼻息を荒く急き立てるのには、明確な理由があった。颯馬が実権を握り次第、正

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status