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ギシッと微かにベッドを軋ませながら覆い被さってきた賢吾が、無遠慮に和彦の顔を覗き込んでくる。
「――先生は、精神状態がわかりやすいな」 芝居がかったような優しい表情で賢吾が言い、対照的に和彦は、不機嫌な表情で応じた。「人が調子が悪いと言っているのに、ズカズカとベッドの上まで乗り上がってくるな」「自分のオンナの体調を気にして、何が悪い?」 悪びれることのない賢吾の言葉に、さらに和彦の気分は滅入る。ふいっと顔を背け、ブランケットでしっかり口元まで隠す。「……仕事はしっかりやっている。今日は、死なせるなと言われている患者の治療もしたし、ヤク中のガキの口に活性炭も放り込んできた」「まずくて堪らないらしいな、活性炭ってのは。――普通は水に溶いて胃に直接流し込むものらしいが」「まずいからといって死にはしない。いい教訓だろ。薬で一時気持ちよくなったところで、あとがつらいって」「うちの組に出「たまたま用があってここに立ち寄ったら、ちょうど先生が来ていると教えられたんだ。だったら、俺たちが送っていこうと。ああ、途中でどこかで昼飯を食おう。少し早いが、混み合って待たされるよりいい」 一方的に話しながら南郷が片手を差し出し、廊下に出るよう促してくる。やけに微笑ましい表情でこちらを見ている藤倉の前であまり邪険な態度も取れず、やむなく和彦は従った。 不本意だが並んで歩きながらエレベーターホールへと向かう。和彦としては、南郷と会話を交わすつもりはなく、黙ってエレベーターを待っていると、隣で南郷はスマートフォンを操作しながら話しかけてきた。 「さて、どこでメシを食おうか。せっかくだ。いい店がいいな。フレンチでも中華でも、寿司でもいい。とにかく美味いものが食いたい」 突きつけられたスマートフォンの画面には、さまざまな飲食店を紹介するサイトが表示されている。ちらりと一瞥した和彦は、うんざりしながら応じた。 「……ぼくは、昼は手軽に済ませたいです。ですから、わざわざ南郷さんに送ってもらわなくても――」 「たまたま用があって、というのは方便だ。あんたに話したいことがあったから、総本部まで足を運んだ。なんと言われようが、送っていく」 和彦は露骨に顔をしかめて見せたが、対照的に南郷は、歯を剥き出すようにして笑った。和彦が逆らえないと確信している、傲慢さに満ちた表情だ。** ステーキの厚みにありありと不満を見せながら、南郷は意外なほど器用にナイフとフォークを扱い、肉を切り分けていく。和彦は、南郷と同じテーブルについて食事をしている状況に内心うんざりしながら、フォークにパスタを巻きつけた。 「遠慮しなくてよかったんだぜ、先生。あんたに金を使うのは惜しくないんだから、もっと高い店をリクエストしてもらってもよかった」 芝居がかった動作で南郷がぐるりと周囲を見回す。落ち着かないほど広々として見通しのいいファミリーレストランは、南郷のような〈職業〉の男にとっては、落ち着かないのかもしれない。仕切りの側に座りたがっていたが、あいにく、すでに店内は混み始めていたため、南郷の希望は通らなかった。 「自分の分は自分で払います。――それで
**** クリニックが休みの土日は、和彦の体が空くのを待ちかねていたように、一気に予定が埋まる。一応、伺いを立てられはするが、和彦個人に予定があることは滅多にないため、都合が悪いとも言えない。口ごもっているうちに、押し切られてしまうという感じだ。 もう少し要領よくならなければいけないという自省は、これまでに何度も繰り返してきたが、自分でも進歩しているとはまったく思っていなかった。 男たちの事情に振り回されるという点では、ある意味、和彦にとっての日常が完全に戻ったともいえるだろうが、あまりに前向きすぎる考えかもしれない。 テーブルについているのが自分一人となり、軽くため息をついた和彦はすっかり凝った自分の肩を揉む。イスの背もたれに体を預けようとしたところで、背後から声をかけられた。 「お疲れ様でした、佐伯先生」 和彦は反射的に姿勢を戻して、おそるおそる振り返る。にこやかな表情の藤倉が立っていた。気配すら感じられなかったため、同じ部屋にいることをすっかり忘れていた。 速やかに和彦の側に歩み寄ってきた藤倉が、テーブルの上に広げられた書類をまとめ始める。 「初の顔合わせはいかがでしたか?」 藤倉の問いかけに、力ない笑みでまず応える。 「……驚きました。まさか、こんな大事になっているなんて」 「そう身構えないでください。佐伯先生の負担を極力減らすために、集めた者たちですから。彼らが中心となって、新しいクリニックに関する作業のすべてを請け負います。先生は要望を伝えるだけでけっこうです」 はあ、と気の抜けた返事をした和彦は、慌てて口元に手をやる。込み上げてきた苦々しさを、そのまま本音として口に出していた。 「皆さん、フロント企業のマネジメントとかもされているそうですね。顔を合わせた場所がここでなければ、本当に、一般の企業に勤めるマネージャーの方たちだと疑いもしなかったと思います」 「実際、マネージャーではありますよ。総和会のために働いている、という前提がつきますが。佐伯先生にとっても馴染み深いコンサルタントもそうです。今は、荒っぽい手口だけでは稼げませんからね。依頼があ
「えっ……」 「打算だけで言ってるんじゃない。オヤジの養子になっても、同じ姓にはなる。だがそれは違う。俺とお前とで結びつくことに意味がある。――……お前と一緒になりたいんだ」 賢吾の言葉をじっくりと噛み締め、理解していく。確かにこれは、紛うことのない求愛だ。 呆然とする和彦の唇を、賢吾が優しく啄んでくる。半ば条件反射のように口づけに応えながら和彦の胸に広がるのは、喜びよりも戸惑いだった。自分に佐伯の姓が捨てられるだろうかというより、佐伯家が捨てさせてくれるだろうかと真っ先に思ったからだ。 長嶺組や総和会と深く関わっていると知りながら、電話越しに話した俊哉は怯んではいなかった。だからといって和彦と絶縁するつもりがあるようにも感じられなかった。俊哉は、無策のまま行動に出る愚かな人間ではない。 長嶺の男たちに何かを仕掛けるつもりなのだとしたら――。 和彦はヒヤリとするような恐怖を感じ、つい賢吾に問いかけた。 「……もし、ぼくがあんたの養子になったとしたら、佐伯家から恨まれるとは考えないのか?」 「俺が、佐伯家に挨拶に出向いたほうがいいってことか。息子さんをくださいと……」 「冗談を言ってるんじゃなくて、佐伯の姓を捨てたぼくはきっと、長嶺の家にとっても、組にとっても、厄介者になる」 「お前のことを最初に調べたときに、なかなか面倒な存在だとは感じた。それでも俺は手を出して、オンナにした。逃げ出さないよう、いろいろ策を講じてな。厄介だなんだと考える時期は、とっくに過ぎたってことだ。お前は物騒な男と組織の事情に首まで浸かって、立派にこちら側の人間になった。佐伯家のほうが、お前を厄介者として放り出してくれねーかと、正直願っている」 ひどい言われようだが、腹は立たなかった。和彦自身、そう都合よくなってくれないだろうかと、頭の片隅では考えていた。 「――今はまだ答えられない。事情が変わる、かもしれないし……」 「変わりそうな心当たりが?」 「……わからない。でも、あれこれ考えてしまう。あんただって、この先事情が変わるかもしれないし」 賢吾がふっと眼差しを和らげた。 「それは、俺の心変わりを心配してるのか?」
思わず呼びかけて、逞しい背にぐっと爪を立てる。賢吾は驚いたように軽く目を見開いたあと、惚れ惚れするような鋭い笑みを浮かべた。 「性質の悪いオンナだ。まだ、俺を骨抜きにする気か」 「……な、に……?」 突然、賢吾にきつく抱き締められたかと思うと、上体を起こされた。 胡坐をかいた賢吾の腰の上に、繋がったまま跨る。自らの重みで一層深く欲望を呑み込み、背をしならせて和彦は仰け反ったが、賢吾にしっかりと抱き寄せられる。 「ひっくり返るなよ」 笑いを含んだ声で賢吾が言う。下から突き上げられる圧迫感に和彦は慎重に息を吐き出し、抗議の意味を込めて、もう一度背に爪を立てた。すかさず腰を動かされ、内奥で欲望が蠢く。 「あっ……」 賢吾の両手に尻の肉を鷲掴みにされたが、痛みが心地よくて、和彦は自らゆっくりと腰を揺らしていた。 室内に、粘膜同士が擦れ合う音と、和彦の掠れた喘ぎ声、そして賢吾の荒い息遣いが響く。ときおり、和彦が爪先で布団を蹴る音も。 「――和彦」 ふいに名を呼ばれて伏せていた顔を上げる。唇を塞がれて余裕なく舌を絡め合いながら、和彦は堪え切れずに、賢吾の引き締まった下腹部に欲望を擦りつける。中からの刺激で再び身を起こし、先端から悦びのしずくを垂らしていた。 「んんっ」 繋がっている部分を強く指の腹で擦られて、和彦の背筋が痺れた。ここで舌を解いて唇を離すと、大きく息を吸い込む。内奥でふてぶてしく息づく欲望をきつく締め付けると、耳元で賢吾が低く呻き声を洩らした。体の内で感じる大蛇の分身はドクドクと脈打ち、限界が近いのだとわかる。 和彦は、強い衝動に促されるように、大蛇の巨体の一部が彫られた肩にじわじわと歯を立てた。身じろいだ賢吾に腰を掴まれて内奥を突き上げられる。 「……俺は、度し難いほど、独占欲と執着心が強い」 突然の賢吾の言葉に、息を喘がせながら和彦は笑ってしまう。 「よく知っているつもりだ」 「だから、お前を今以上にどうやって雁字搦めにして、逃げ出さないようにするか考える。――俺が、先生を養子にするというのは、最善で最強の手段だと思っている」 汗で濡れた後ろ髪を
欲望を一度口腔から出した賢吾が、自分の愛撫の成果を満足げに見つめている。決して慣れることのない激しい羞恥に襲われ、和彦は慌てて足を閉じようとしたが、ピシャリと内腿を平手で叩かれた挙げ句、弱みを指先に捉えられた。 「オンナらしく、俺に可愛がられてトロトロになった場所をしっかりと見せろ」 的確に蠢く指に弱みを弄られ、上擦った声を洩らす。和彦の欲望は、賢吾の唾液で濡れそぼっただけではなく、見つめられることによって、先端から透明なしずくを滴らせていた。 弱みから指が離れ、強すぎる刺激から解放されて一瞬ほっとしたが、すぐにまた身を竦めることになる。流れ込んだ唾液とも汗ともつかないものによって湿った内奥の入り口を、指の腹で優しく撫でられた。 「――ここも、トロトロにしてやろう」 官能的な声での囁きに、それだけで感じてしまう。和彦は、すっかり乱れた賢吾の髪をぎこちなく撫でていると、ちらりと笑みを浮かべた賢吾が、内腿に顔を寄せる。叩かれてうっすらと赤くなった部分にそっと舌先が這わされた。 寸前までとは打って変わった優しい愛撫だった。内腿に繰り返し唇が押し当てられ、思い出したように柔らかく肌を吸われながら、内奥の入り口を絶えず指の腹でくすぐられ――。 和彦は身を委ねながら控えめに声を上げ、賢吾の愛撫に蕩けていく。ただ、すでにもう快感に対して貪欲になっており、少しだけ強い刺激を求めて自分の欲望に片手を伸ばそうとする。しかし、あっさりと賢吾に払いのけられた。 「ダメだ。お前を感じさせるのは、今は俺の役目だ」 「意地が悪いっ……」 「人聞きが悪い。俺ほど優しい男はいないだろ」 ふざけた口調ではあるが、賢吾の眼差しは真剣だった。 膝裏を掴まれて両足をしっかりと抱え上げられる。再び賢吾が顔を埋めたかと思うと、次の瞬間、和彦は目も眩むような快美さを味わうことになる。賢吾の舌が触れたのは、内奥の入り口だった。 「賢吾っ」 咄嗟に名を呼ぶが、あとの言葉が続かない。やめてほしいという気持ちを裏切って、与えられる淫らな愛撫を体は喜々として受け入れている。とてつもない羞恥と罪悪感を刺激されながら、鼻にかかった甘えるような呻き声が洩れていた。
揶揄気味に話しかけられ、賢吾を軽く睨みつけた和彦はふいっと顔を背ける。それを待っていたように、覆い被さってきた賢吾の唇が首筋に這わされた。付け根を強く吸い上げられ、ジンと胸が疼いた。わざと和彦に聞かせるように、濡れた音を立てて肌を吸われ、鮮やかな鬱血の跡を散らされる。 和彦は吐息をこぼして賢吾の首に両腕を回そうとしたが、すかさず肘を掴まれた。腕の内側を熱く濡れた舌で舐められてから、ゆっくりと歯を立てられる。賢吾から与えられる痛みは、肉の愉悦を伴っている。だから和彦は拒めない。それどころか――。 噛みつきやすい場所を探すように、賢吾が体のあちこちを甘噛みしてくる。和彦は息を弾ませ、従順に自分の体を差し出す。肌に残る噛み跡は、大蛇の化身のような男に所有されているという証だ。 「あうっ」 脇腹に強く噛みつかれて、さすがに呻き声を上げたとき、賢吾の手が両足の間に差し込まれ、いきなり欲望を掴まれた。和彦の欲望が身を起こして熱くなっていたことに、本人よりも先に賢吾は気づいていたのだ。 「噛まれて、感じたか?」 意地悪く賢吾に問われる。和彦はまた顔を背けたが、賢吾はそれで許すつもりはないらしく、わざわざ耳元に唇を寄せてきた。 「教えてくれ、和彦」 「……言わなくても、わかるだろっ……」 「わからねーな。俺は察しの悪い男だから」 ヌケヌケと、と思いながらも、和彦は言い返すことができなかった。耳朶にチクリと痛みが走り、賢吾の歯が立てられたのだとわかる。そこで、電流に似た強烈な疼きが背筋を駆け抜ける。掴まれた欲望をゆっくりと扱かれていた。 「はっ、あぁっ……」 身悶えながら和彦は浴衣の上から賢吾の逞しい体をまさぐり、もどかしく帯を解く。さっそく賢吾の素肌をまさぐり、背の刺青に触れる。 「千尋にも、こんなふうにしてやったか?」 「それは報告してもらえなかったのか」 「一応、俺と張り合いたいという部分も持ってるようだ。……一端の男だな、あいつも。お前が、男にした」 唇を塞がれ、口腔に舌をねじ込まれる。じっくりと粘膜を舐め回されてから、唾液を流し込まれ、舌先を擦りつけ合う。濃厚な口
外から男二人のにぎやかな話し声が聞こえてくる状況で、求められるまま、やむをえず舌を絡め合い、唾液を交わす。引き出された舌を痛いほど吸われると、たまらず和彦は鷹津の肩にすがりついていた。 ますます鷹津の腕の力が強くなり、和彦の中で奇妙な変化が起こっていた。鷹津のことがどうしようもなく嫌いで、嫌悪しているのに、そんな男にねじ伏せられるように口づけを交わしていると、高揚感に襲われ、体の奥深くから強引に官能を引き出される。 官能に形を借りた、サソリの毒かもしれないと、ふとそんな考えが脳裏を過る。鷹津の毒を注入され、体も心も侵されていくのだ。 思わず身じろごう
さすがの賢吾も、和彦の心を煩わせるものすべてを見通すことは不可能らしい。「……最初にぼくを狙って、あんなことをした人間が、どんな顔をして、そんなことを言うんだ」「俺はいい。俺は、許されるんだ」 さすがに図々しい発言だと思って和彦が顔を上げると、待っていたようなタイミングで唇を軽く吸われた。「先生を狙って自分のものにして――見事に、骨抜きにされたんだ。そんな哀れなヤクザを、愛情深い先生なら、たっぷり甘やかしてくれるだろ?」 本当に図々しいと思いながらも、和彦はつい笑みをこぼしてしまう。 自
** 別れ際、玄関で秦に抱き締められてから、和彦は部屋をあとにした。 エレベーターの中で、もう二度と秦と会わないということはおそらく不可能だろうなと、ぼんやりと考える。秘密を共有してしまったということもあるが、秦との間に確かな結びつきができたことを実感していたのだ。 賢吾や千尋、三田村との間で生まれた結びつき――縁と、同種だ。肉欲と切っても切れない縁で、それはすぐに、情へと変化する。さすがに和彦も、それぐらいは学習していた。 複雑になった事態と人間関係を、自分はどうするつもりなのか、考えたくなかった。体も心も、秦から与え
「不愉快どころか、やけに楽しそうでしたよ、秦さん。いい店を先生に紹介しないと、と張り切ってもいましたし」「ならいいんだ。あの人、職業柄なのか知らないけど、よく気をつかってくれるから。ぼくみたいな人間につき合って、迷惑をかけても悪いしな」 和彦が、長嶺父子のオンナであることは、すでに知られている事実だ。いまさら千尋と甘い会話とキスを交わしていたからといって、他人に喜んで報告するような悪趣味なまねを、秦がする必要もない。 和彦が心配していたのは、そんなことではなく、純粋に今言った通りのことだった。 大きく息を吐き出しながら、中島がマシンをゆっく