تسجيل الدخول大地の中で複雑な感情が渦巻いた。凪が立ち去ろうとしたその時、彼は低く声を上げた。「中島グループのプロジェクトは二宮グループの方で契約する。代わりにここの備品は好きに持っていけ。だが、目に留まったもの全部持っていくのはやめろ!」最後にそう吐き捨てると、大地は踵を返した。そして秘書に命じて、渉との契約書を隠させた。凪は鼻で笑った。「まるで強盗扱いね」こっちはやるべきことをしているだけなのに。……12時ちょうど。葵が慌てて社長室に駆け込んできた。「お父さん、大変!お姉さんが使われていないパソコン30台と、最新のプリンターも全部持ち出したわ。最上階のデスクセットもほとんどなくなった。それだけじゃない、会議室の引き戸まで外していったのよ!」なんのつもりだ!大地はガタッと立ち上がり、葵と一緒に社長室を出たところで、ちょうど明里と出くわした。二人の殺気立った様子に驚いた明里は、光生の件がバレたと勘違いし、思わず目を逸らした。「大地、まさか……」「お姉さんときたら、ここの引き戸すら持ち出したんだよ!お母さん、説明してる時間はないの。急いで止めに行かなきゃならないんだから!」葵が怒りを隠さずに言った。明里は胸をなでおろして、道を開けた。しかし二人が大慌てで凪を追って上の階へ行くのを見て、やはり安心できず後を追った。三人が最上階まで辿り着くと、引き戸はすでに全部外されていた。凪は業者に向かって丁寧に指示を出している。「レールとローラーも一緒に外しておいてください、扉だけあっても意味はないですから」大地は怒りで呼吸が苦しくなった。彼は震えが止まらない指で、凪を指して言った。「好きに持って行っていいとは言ったが、限度があるだろ!金になるならなんでもやるのか?ミツキホールディングスはそんなに金がないのか?扉まで外して行くなんて!」凪は声の方へ振り返った。そして、心細そうにうつむく明里の姿を捉えた。ちょうどいい。凪は顔に笑みを浮かべ、含みのある視線で明里の方を見つめた。「仕方がないじゃない。ミツキホールディングスの業績があまり良くないわ。資金が足りないから、その原因を突き止めて解決したいところだけど……」明里はさっと顔を上げると、自分を睨んでいる凪の目と目が合い、背筋が凍った
「ダメ!大地に言っちゃダメよ!」バレたら、自分と葵は、きっと家を追い出される……明里は慌てて凪に歩み寄り、必死に言葉を紡いだ。「お願い、もう少しだけ時間をちょうだい。金ならなんとか用意するわ。秘密さえ守ってくれるなら……もう凪に逆らったりしないわ!」凪は明里を冷めた目で見ると、手にしていた書類を彼女に見せつけるように整理した後、何も言わずに席を立った。「期待しておくわね」凪の足取りは軽やかだった。テーブルに並んだ豪華な料理など、目にも留めなかった。残された明里は、テーブルを叩くと、わめき散らした。「よくもあんなことを!この私を脅すなんて。しかも私を家政婦扱いして……」もう二度と凪の顔を見たくなかった。だが、どうすることもできない。明里は料理の皿を地面に叩きつけると、金を工面するために、弟の光生に電話をかけた。光生は相変わらずふてぶてしい態度だった。「12億はもう使ったよ。姉ちゃんは二宮グループの社長夫人なんだから、グループの金を使っても返済なんて必要ないだろう?」明里は怒りで声を荒らげた。「返済する必要はあるに決まってるでしょ!穴埋めできないなら、刑務所行きよ!」「刑務所?脅さないでくれよ。今まで好きなようにグループの金を使えたのに、今さらどうして……」「全部凪のせいよ!ミツキホールディングスを任された凪は、古い帳簿を掘り出してあなたがやっていたことを知ったの。12億を出せないなら、逮捕されるわよ!」凪のせいで屈辱を味わった明里は、乱暴に電話を切った。電話を切られた光生は、拳を震わせ、その目に殺意を宿した。「あの凪って女……俺の邪魔をするつもりなら、ただじゃ済まないからな!」12億など、用意できるはずもなかった。なら、凪も道連れだ。……翌日。凪は二宮グループへ直行し、使える機材を全部集めて、ミツキホールディングスへ運ぼうとした。気の利いた泉はすぐに引越し業者を手配し、速やかに梱包作業が始まった。グループ内がざわついた。「なんでわざわざ機材を持ち出すんだ?」「ミツキホールディングスは従業員も、備品も全部なくなったから、結局、本社から持ち出すしかなかったってわけさ」噂は大地の耳にも届いた。子会社に備品を持ち出すだと?あの潰れかけのところに?激昂
陽菜は新しい車に乗り換え、運転の練習だと言って、凪を自分の住むシェアハウスへ連れて行った。車でも40分はかかる距離だった。凪が車を降りると、そこには窮屈そうな建物が立ち並び、日当たりも悪かった。陽菜について薄暗い路地を入り、シェアハウスの入り口を抜けて、陽菜の狭い部屋へ入った。すると男の入居者がキッチンへ歩いてきて、二人が目に入った途端、いやらしい目線を向けてきた。凪はゾッとして、鳥肌が立った。凪は、「ダメ。別の場所へ引っ越しなさい!」と言って、陽菜の手首を強く握りしめた。陽菜が何かを言い返す前に、凪は引越し業者に連絡を取り始めた。凪はミツキホールディングスの近くにあるワンルームの物件に、そのまま陽菜を連れて行った。陽菜は、南向きで掃き出し窓がついた綺麗なワンルームを見渡した。「こ、こんなところ、本当に私が……」「杏奈の友人として。それに何より、あなたの安全のためよ。だから受け取って」凪は部屋の鍵を陽菜の手に押しつけると、彼女に断る暇も与えず、さっさと車へ戻った。車に戻ると、後部座席にある封筒を確認した。そこには光生が12億を横領した証拠が入っている。光生。明里の弟なのだ。凪はアクセルを踏み、そのまま二宮家へ直行した。移動中、陽菜から感謝のメッセージが届いた。凪はそれに返信して、新しい家で安心して暮らすよう伝え、続けてミツキホールディングスの今週の改善点について打ち合わせをした。用件が終わる頃、ちょうど二宮家に到着した。家に入ると、使用人が恭しく凪へ挨拶をした。「凪様、旦那様と葵様は、まだお戻りではございません。奥様だけがいらっしゃいます」「ちょうどよかった。明里さんの手料理、久しぶりに食べたいわ」凪は微笑みながらダイニングへ向かい、持っている書類を脇に置いて座った。明里が使用人から話を聞き、眉をひそめた。「あの生意気な小娘!私を家政婦とでも思っているの!?」明里は怒りを覚えながら1階へ降りた。何かを言いかける前に、凪が指先で封筒を軽く叩いた。「弟さん、ミツキホールディングスで経理をしていたみたいね。彼の金の使い道について、食事の間にじっくり話したいわ。もし今日話せなくても、他の日に、お父さんが家にいる時に話してもいいけど」それを聞いた瞬間、明里の目に宿っ
凪は心の中で答えを出していたが、それを陽菜に詳しく教えることは控えた。「入籍済みの夫婦だから、彼も私には酷いことはしないわ」「え、えぇーっ!」陽菜は勢いよく食いついてきた。「私の憧れの人が、今の上司と夫婦だなんて!夢を見ているみたいですね。今度握手してもらうことってできますか?本当に尊敬していたんです!」凪は苦笑いした。空の代わりに約束することもできず、機会があれば伝えてみるとだけ答えた。陽菜は飛び上がるほど喜んだ。午後の仕事でも、陽菜は興奮気味に働き、3人分の仕事を驚異的な速さで片付けた。今日の騒ぎもあり、凪はみんなにしっかり休むようにと声をかけ、全員を定時より早く退社させた。凪が会社の外に出ると、目の前にはヘルメットを被り、原付バイクに跨った陽菜の姿があった。しかも、あちこち塗装が剥げている中古のやつだった。陽菜は、凪がエントランスで動かずにいるのを見て、凪の車に何か問題があったのだと勘違いした。「車が動かないなら、駅まで送りましょうか?」「……」凪は言葉を飲み込んだ。自分が一番に認めている社員が、毎日原付バイクで通勤しているなんて……ミツキホールディングスを支えるメンバーは、会社の看板を背負っているようなものなのだ。そう思い至った凪は、そのまま陽菜のヘルメットを取り上げて尋ねた。「免許はある?」「大学の時に取りましたけど、それがどうし……え?」陽菜が言い終わる前に、凪は彼女の手を引いて近くのディーラーへ向かった。店には多くの高級車が並んでいた。凪はスタッフを呼び寄せ、陽菜に向かって言った。「好きな車種を、どれでも選んで」陽菜は驚愕し、値札を見て激しく首を横に振った。「とんでもないです。原付があるだけで十分だし、遠出ならタクシーを使いますから……」「会社支給の社用車だと思えばいいわ。私に呼ばれた時、いち早く向かうためにはこれくらいがちょうどいいでしょう?SUVがいいと思うんだけど、好みのものはある?」凪は陽菜を連れ、スタッフと共に車を見て回った。何千万という額を聞き、陽菜は目眩がした。一生縁がないような金額だ。それでも凪に急かされ、困り果てた陽菜は一番安価なビーエムダブリューを指さした。「これなら……」ここにある中で一番安いものだ。陽菜はガ
「すみません、署までご同行いただけますか?」警察の声に、凪はやっと我に返った。促されるまま、事情聴取に向かった。事の重大さに気づいた莉子は、慌てて口を開いた。「誰かに言わされたのです!明里さんですよ!凪を懲らしめろって吹き込まれて……カッとなって動いただけなのです。ちゃんと調べてください。私、刑務所なんて絶対に行きたくないです!」莉子の泣き叫ぶ声が、取調室の外にまで漏れ聞こえてきた。だが明里が裏で糸を引いていたという証拠がなく、莉子はひとまず暴行した仲間たちと一緒に拘置された。今後の取り調べを待つことになったのだ。莉子は泣くことしかできなかった。壁一枚隔てた場所で、莉子の供述を聞いていた凪の目つきが鋭くなる。明里も裏で絡んでいたというのか?自分を陥れるために莉子を駒として利用したのか、それとも……何か別の目的があるのか?考えを巡らせていると、陽菜からメッセージが届いた。【経理部の小林光生(こばやし こうき)って名前の経理のことですが、公費名目で、なんと3年間で12億を横領しました。これはただ事じゃないですよ】その名を聞いて、凪の瞳に一瞬、驚きが走った。陽菜に事情を説明しようとしたその時、空が凪の前にやってきた。「片付いたぞ。会社まで送ろう」「うん」凪はとっさに頷いた。空は隆と共に凪をミツキホールディングスまで送り届けた。去り際に、空は凪にキャットフードを忘れず受け取るように言い添えた。凪はエレベーターに乗った空に微笑んで手を振った。「ありがとうございます、気をつけて帰ってくださいね」「ああ」エレベーターのドアが閉まる。空を見送ると、凪は残った業務を片付けようと踵を返した。しかし、隣にいた陽菜がまだエレベーターの方を見て、ひどく落ち込んだ表情をしていることに気づいた。凪は不思議そうに尋ねた。「どうしたの?もしかして空さんを知ってるの?」「もちろんです!」陽菜が急に顔を上げ、目を輝かせた。「あの人、高校時代の憧れの先輩ですよ!成績優秀、イケメンで先生からも大人気でしたから!しかも人柄も最高だって評判で、悩んでいる同級生がいれば絶対に助けてくれるらしいです。OBとして学校に来てくれた時、声をかける勇気もなくて……本当にもったいなかったのですね……」陽菜は早口で空を褒
警察が数度問い詰めても、相手は何も吐こうとしなかった。そこで、凪が口を開いた。「今、あなたたちが壊した書類。あれにはミツキホールディングスの帳簿や資料だけでなく、二宮グループの極秘資料も混じっていました。あなたたちの行為は『営業秘密侵害』に該当します。背後で糸を引いている人間を白状しなければ、直ちに弁護士を通じて刑事告訴を行い、法的措置を取ります。刑務所の中に放り込まれますよ」言い終えると、さっきまで黙り込んでいたチンピラたちが、一斉に勢いよく顔を上げた。「刑務所!?そんなの、聞いてねえぞ!」「そんなのゴメンだ!」隆は息をのんだ――凪が先ほどまで穏やかに社員を慰めていたかと思えば、次の瞬間にはチンピラたちを圧倒するように言葉を投げかけるなんて。さすが、空が選んだ女だ。凪はそれ以上何も言わなかったけれど、彼女の言葉に怯え始めたチンピラたちはすぐに自分たちに指示した人間を警察に明かした。しばらくすると、莉子が連行されてきた。莉子は警察に逆らえず、凪の前に押し出されると、目を赤くして叫んだ。「この馬鹿なチンピラたちを騙したからって、いい気にならないでよ!二宮グループの極秘資料が、ミツキホールディングスにあるはずがないでしょ?またでたらめなことを言っているわね!そもそも、この資料は全部私のものよ!私が誰かに頼んで壊そうが、私の自由でしょ!?」凪は眉をひそめて、淡々と言い放った。「馬鹿なのはあのチンピラたちかしら?もし莉子さんがチンピラたちと違って頭が切れているなら、会社の資料はその経営者に属することくらい、分かっていますよね?ミツキホールディングスの経営者は私になりました。クビになったはずのあなたには、会社の資料を処分する資格はないと思いますが?」凪はそう言うと、見下すような冷ややかな目で、莉子を見つめた。もし莉子が会社の金で遊んでいなければ……ミツキホールディングスがこれほどまでに没落することはなかったはずだ。追い詰められた莉子は、言い返す言葉がなくなったのか、地面に落ちているガラスの破片を握りしめ、凪に向かって突進した。「道連れにしてやるわ!」「危ない!」陽菜が慌てて凪に駆け寄った。凪は目を大きく見開いた。莉子が暴行に走るとは、予想外だった。鋭い破片が、凪の顔を狙っていた。
今回は文章はなく、写真だけだった。それは、眠っている渉の写真だった。男は後ろから直美を抱きしめ、腕の中にすっぽりと収めて、深く眠っていた。直美は恥じらうような笑顔を浮かべている。唇は腫れあがり、開いたネグリジェの襟元からは、キスマークがいくつも見えていた。昨夜、何があったかは言うまでもない。凪と渉は五年付き合って、一番深い関係には一度もならなかった。付き合い始めの頃、気持ちが抑えきれない渉は、凪を強く抱きしめてこう言った。「凪ちゃん、早く大人になって……」その後、渉はもうそんな風に凪を抱きしめることはなく、ただ、結婚してからにしようと、なだめるだけだった。凪はず
二宮凪(にのみや なぎ)はシルクのネグリジェを身にまとい、大きな窓の前に立っていた。外に広がる街の灯りをしばらく眺めた後、スマホを取り出して実家に電話をかけた。「例の縁談、受けるわ」電話の向こうは一瞬沈黙したが、すぐに凪の父親である二宮大地(にのみや だいち)の隠しきれない喜びの声が聞こえてきた。「凪ちゃん、いつ帰ってくるんだ?父さんが迎えに行くからな」久しく呼ばれていなかったその呼び方に、凪は思わず鼻の奥がツンとなった。「来週の月曜」それだけ言うと、凪は電話を切った。母が亡くなった途端、この男は待ちきれないとばかりに、愛人と娘を家に連れ戻ってきた。あの二人を憎
「渉、食事が冷めるぞ」悠斗はそう言うと、エビを一つ、凪のお皿に乗せてやった。悠斗がその場を収めてくれてはいたものの、食事は気まずい雰囲気のまま、お開きとなった。帰り際、渉は凪をバス停に置き去りにすると、何も言わずに車を走らせて行ってしまった。……そのことについて、凪は特に何も感じなかった。静かにホテルに戻ると、彼女から渉に連絡することはなかった。凪はテキパキと雑務を片付けて、Y市でのしがらみを一つ一つ断ち切っていった。時折、直美から送られてくるメッセージを開いた。トーク画面には、ここ数日、二人が何をしたのかが、細かく報告されていた。心の痛みが麻痺してくると、
名家に生まれた人間であれば、直美に染み付いた育ちの悪さは一目で見抜けるものだ。どんなに取り繕ったところで、無駄なことだった。静香は凪のことすら気に入らないのだから、直美のことなど好きになるはずもなかった。凪が現れると、静香の怒りは一気にそちらへ向かった。「自分の男もろくに繋ぎ止められないなんて、だらしないわね。あんな女を家に上げるなんて」渉は直美を背後にかばい、冷たく威圧するような声で言った。「直美は俺の友達だ。おばさん、言葉には気をつけて!」凪は初めて中島家に来たときのことを思い出した。あの頃は家に入る前から、渉に何度も念を押されたものだった。中島家の人たちと







