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この想いをゴーカートのスピードにリンクさせて――15

*** 四人で過ごした楽しい週末を終え、いつもの日常を送っていた橋本は、一番最後の客になる榊を黒塗りのハイヤーに乗せて、マンションに向かっていた。「恭介、明日の朝もいつもどおりでいいんだな?」「はい。変わりなくお願いします」 どこか生ぬるい返事の声に橋本は違和感を覚え、ルームミラーで背後を確認すると、スマホを見ている榊の顔色が、どこか憂いを帯びていた。「…………なにか心配事でもあるのか?」 橋本がルームミラーから前方に視線を移して声をかけたら、「あ……、ぅ、どうしよう」なんて、榊らしくない歯切れの悪い返答をされた。「俺がかかわることで恭介が混乱するなら、心配事について聞かなかったことにする」 白黒ハッキリさせたい性格の橋本だからこその言葉を聞き、榊は顎に手を当てて、暫し黙り込む。「橋本さんは四人で出かけて以来、宮本さんと逢ってますか?」 妙な沈黙のあとに告げられたセリフに、橋本はチラッと背後を見てからすぐに答える。「平日は余程なにかなきゃ滅多に逢わない。お互い仕事が忙しいことがわかっているし、俺も夜は遅いしな」「宮本さんが、どこかに出かけていることは聞いてますか?」「出張の話は聞いていないが……」「出張じゃなくて、う~ん。どうしよう」 ふたたび繰り返された『どうしよう』の言葉と宮本についての質問に、橋本の頭の中で自動的に整理がなされた。困惑する榊の態度を見ているからこそ、思いつく言葉があった。「雅輝がどこぞで浮気している、決定的な現場の情報でも仕入れたとか?」 つとめて明るく言いながらルームミラーで榊の顔を見つめると、鳶色の瞳を大きく見開き、唇をきゅっと引き結ぶという態度を目の当たりにした。「こういう嫌な予感ってのは、どうしても当てちまうんだよな。それで雅輝のヤツは、どこで浮気してるんだ?」「浮気と決まったわけじゃないですって。きちんと確かめないと!」「だが俺は、アイツがどこかにでかけている話をいっさい聞いていないし、アプリでのやり取りでもやっていない。恋人の俺に内緒で誰かと逢っている時点で、浮気じゃないかと疑うのが普通だろ」 この話を聞くまで、橋本はいつもどおりの日常を送っていた。だから当然、宮本も同じだと思っていた。毎日かわされるアプリのメッセージも、なにげないことを打ち込んだ後に、互いの気持ちを書き込み、おやすみなさ
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この想いをゴーカートのスピードにリンクさせて――16

「この間、四人で出かけたゴーカート場です」「ということは、相手は佐々木さんだな」 宮本をじっと見つめた、尊敬を含む佐々木のまなざしを思い出す。サーキット場で自分よりも速く走ることのできる宮本に憧れているうちに、それが恋心に変わることは容易に想像ついた。 あの四人の中で一番おっとりしているように見えたのに、実際は鮮やかなドライビングテクニックで他を圧倒、サーキット場にいる者すべてを魅了した宮本を橋本は思い出す。(俺のインプを鮮やかに運転する雅輝に憧れた結果、そういう関係になった俺だから、気持ちが痛いくらいにわかっちまう)「和臣の職場の近くに、ゴーカート場があるでしょ。先週の火曜日と金曜日にデコトラを駐車場で見かけたって、さっきもメッセージがあって」 本日は火曜日。それでわざわざ榊に、和臣がメッセージを打ち込んだのだろう。一度ならず二度三度、同じ場所でデコトラを見かけたら普通じゃないことくらい、誰にでもわかる。「俺に黙って、アイツはなにをしてるんだろうな……」「真面目な宮本さんは、橋本さんを裏切ることをする人じゃないですって」「そんなの、おまえに言われなくてもわかってる!」 声を荒らげたが、運転にはそれを出さぬように、ぎゅっとハンドルを握りしめた。あと少しで、榊の住むマンションに到着する。「和臣のヤツ、今日は残業したみたいで、さっき帰ってきたそうなんです。自分の会社よりも早く営業が終わってるのに、デコトラが駐車場に停まっていて、ゴーカートのお店はまだ電気がついていたって――」「つっ!」 まだマンション前じゃないのに、思わずブレーキを踏んでしまった。 とっくに営業時間が終わってるサーキット場で、誰もいないことをいいことに、よからぬことをしている可能性がゼロではない。宮本が襲われているかもしれない現実に、橋本の呼吸が勝手に乱れた。 走ること以外は、からっきしダメな宮本の緊急事態に、全身から冷や汗が滲み出る。「橋本さん、大丈夫ですか?」「あっ、すまない。こんなところで停まっちまって」「俺ここで降りますので、宮本さんのもとへ向かってください!」「恭介……」 運転席から振り返ると、榊はドアを開けて外に出るところだった。素早い身のこなしに内心感謝しながら、橋本は微笑みかける。「恭介いろいろサンキューな! いつか埋め合わせするから」「それ
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この想いをゴーカートのスピードにリンクさせて――17

*** 街中とは対照的に、しんと静まり返るサーキット場周辺。橋本は宮本のデコトラの隣に沿うように、黒塗りのハイヤーを停めた。エンジンを切って運転席から降りたつと、ゴーカートを走らせる音が耳に聞こえる。「数台走ってるんじゃないな、一台のみか……」 その場で目を閉じ、ゴーカートのエンジン音を改めて確かめてみた。アクセルのオンオフのタイミングや、癖などをそこから探してみる。(たぶん、雅輝が走ってる感じじゃない。アクセルをオンにしたときの加減に、荒々しさがある) 橋本は目を開けながらゴーカートが走行しているサーキット場に、颯爽と足を進ませた。煌々と灯りの点る場所に導かれるように近づくと、見慣れた横顔が目に留まる。 タブレットを片手に、真剣なまなざしでそれを見つめる恋人の姿を目の当たりにして、どっと安堵した。宮本が襲われてなくて、本当に良かったと思わずにはいられない。 靴音をたてないように背後から宮本に近づき、右腕を大きく振りかぶって、後頭部を思いっきり叩いてやった。バコンっ!(☆_@;)☆ \(`-´メ)「いった~……」 宮本はタブレットを持っていない手で、橋本に叩かれたところを撫で擦りながら、怖々と振り返った。自分の背後に立ちつくす橋本の存在を認識した途端に、目を見開いて息を飲み、肩を竦めながら強ばる。「雅輝、こんなところで、なにやってんだよ?」「…………よよよよよ陽さんっ!?」「とっとと答えろ。なにしてるのか聞いてんだぞ、このクソガキ!」 わざと怒っ風を装った橋本の演技に、まんまと騙された宮本は震えあがり、タブレットを胸に抱きしめたまま、じりじり後退りした。「あ、あわわわっ!」「狼狽えるようなことを、ここでしていたのかよ?」「してないしてない! いたって真面目に、佐々木くんの走りをここで見てただけ!」 橋本が一歩近づくと宮本が三歩退るので、当然距離は縮まらない。どんどん開いていくばかりだった。「雅輝が言ったとおりに、真面目に走りを見ていただけなら、どうして俺から逃げるんだ? やましいことをしていないっていうのに!」「だって陽さんの顔が怖くて…むぅ」 退いていた宮本の足が、不意に止まった。橋本としては近づきたかったが、宮本の動きに合わせて進んでいた足を止める。この微妙な距離感こそが、不器用なふたりの間柄を示しているように、橋本は
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この想いをゴーカートのスピードにリンクさせて――18

「さっ佐々木さん、頭を上げてくれませんか。俺はふたりが逢っていても、ヤキモチなんて全然妬きませんよ。雅輝のバカは、走ることしか頭にないんですから! 参ったなぁ、もう!」 所々上擦った声で弁解した時点で、橋本の嘘はバレバレだった。営業スマイルもかなり崩れているような感じなのも、頬の緊張感で伝わってくる。「陽さんあのね……」「ただな、佐々木さんに頼まれたからって、俺に隠し事をしてほしくなかった」 ギリギリ聞きとれる声量で橋本が本音をポロリした途端に、離れていた宮本が駆け寄り、タブレットを小脇に抱えて橋本の利き手を掴んだ。「ごめんね、陽さん。心配して、ここまでわざわざ来てくれたんだよね?」「べ、別に。おまえの心配なんて、してなかったけどな。場所がここだった時点で、走ることに夢中になってんだろうなぁと思っただけだ」「それでも来てくれたんだよね? こんな夜遅くで、明日も仕事があるというのに」 橋本を掴んでいる、宮本の手の力が強められる。痛いくらいに握りしめられたそれに、文句でも言って抗いたいのに、宮本が傍に来てくれたという事実が嬉しくて、されるがままでいてしまった。「雅輝が楽しそうに走ってる姿を、拝んでやろうと思っただけ。それだけだ……」「雅輝さんは僕が頼んでも、走ってくれなかったんです」 ふたりの会話に割って入った佐々木が、意外なことを告げた。「雅輝が走っていないだと?」 信じ難い佐々木のセリフで、穴が開くほど凝視した橋本の視線に、宮本は照れくさそうな顔を見せる。「雅輝、どうして走っていないんだ? 走ることが好きなおまえが走っていないなんて、腹の具合が悪いとか、そんな理由しかないだろ」「橋本さんは本当に、雅輝さんが走らない理由がわからないんですか?」 橋本が宮本に問いかけたというのに、なぜだか佐々木が先に口を開いた。「コイツが走らない理由は……」「どうして、すぐに答えられないんですか?」 橋本に鋭いまなざしを飛ばす佐々木に、反論はおろか、そのほかの返答もできなかった。すると宮本は掴んでいる橋本の手を解放し、ふたりに背中を向ける。素早い行動に宮本の表情がどんな感じなのか、まったくわからなかった。「雅輝?」 答えられないことに嫌気がさして、手を放されたと思った橋本が、距離をとった宮本を掴もうとしたときだった。「すみません。ちょっとト
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この想いをゴーカートのスピードにリンクさせて――19

 宮本が消えた途端にキツい口調で言われたことは、橋本の胸に突き刺さるように響いた。「雅輝の才能……。アイツの走りについては、本人にまかせていることですので、俺がひとりじめしているつもりはないですけど」 ありきたりの言葉をやっと告げるのが、橋本としては精一杯だった。「橋本さんが雅輝さんに走れと言えば、彼はきっと走ってくれるハズなんです。頼んでみてもらえないでしょうか?」「それは――」 恋人の頼みなら、どんなことでも叶えそうな宮本の性格を見切った佐々木のセリフは、橋本の口を重たいものにした。「だってもったいないでしょ! あれだけ速く走れる才能を持っているのに、隠してしまうんですから。代われるものなら、雅輝さんになりたいくらいです」「……誰だって、アイツにはなれません。雅輝の才能は確かにすごいものですが、恋人の俺が強制してやらせるものじゃない!」 佐々木の言葉の熱意に当てられたせいで、橋本も思わず声を荒らげてしまった。周りが静かすぎるせいで、橋本の声は遠くまで響き渡った。「雅輝は……アイツは自分の車を持っていません。走り屋からすでに足を洗ってるんです。理由は聞いてません。アイツが話してくれるまで、俺はいつまでも待つつもりでいるので」 橋本は自分を落ち着かせようと、徐々に声をいつもどおりに戻しつつ、頭の中で宮本の笑顔を思い出した。どこか照れた表情で橋本を見つめて嬉しそうに微笑む宮本の笑顔は、橋本の精神安定剤になっていた。「話したくないワケがあるということなんですね?」「たぶん。走るキッカケが失恋から立ち直るためだったし、そこから走り屋を辞めるとなると、やっぱり深い事情があると思う」 三笠山で見た、羨望のまなざしで宮本を見つめる大勢のギャラリーを思い出した。自分の車で峠を走っていないのにもかかわらず、走り屋のチームやギャラリーから神格化されている宮本の姿は、橋本の目には奇異に映った。 その理由は普段見ている、のほほんとした宮本が崇め奉られてる存在として扱われていることに、違和感があったせいだと思い至ったのだが。(自分のことをモブキャラレベルと称している宮本にとって、神格化されるのは恥ずかしいことに繋がるから嫌がっている……。なんていうくらいの感情なら、俺に話をしてくれるだろうし) 橋本が顎に手を当てて考え込んでいると、背後からエンジンの音が聞
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この想いをゴーカートのスピードにリンクさせて――20

「雅輝さん、ゴーカートに乗ってる?」 こちらに向かってきたゴーカートは、見たことのないものだった。運転席にいる宮本はヘルメットを外してにっこり微笑み、ふたり乗り用の空いてる席を左手で叩いた。「陽さん、乗ってください!」「えっ? なんだよ、突然……」 傍にいる佐々木の様子を横目で眺めると、あからさまにおもしろくなさそうな表情をしていた。(当然だろうな。雅輝の走りを一番近くで見たいと思っているせいで、思いっきり妬いているだろうし)「陽さんと一緒に走りたいと思って」「……俺はいいから、佐々木さんを乗せろよ」 佐々木の顔を窺いながら橋本が拒否ると、宮本はむくれて「嫌です!」とキッパリ断った。「橋本さん、気を遣わないでください。僕は雅輝さんの隣に並んではいけないレベルの、下手な運転しかできないので!」「や~、国内の大会に出てる佐々木さんが、下手なわけないじゃないですか……」 明らかに自分よりもドライビングテクニックが上であることがわかるため、橋本は必死になって持ちあげた。少しでもこの場の雰囲気を良くしようと試みても、佐々木の表情はぱっとしない。「雅輝さんには、いろいろ教えてもらうことばかりで、僕の走りがなっていなかったことがわかったんです」「雅輝から教えてもらってるだと?」 橋本としては説明下手の宮本が、佐々木にきちんと教えることができるなんて、奇跡だと思わずにはいられなかった。「佐々木さん、本当にアイツから指導を受けてるのか? だって使う言葉は『コーナーはこうやって、くるりんぱと曲がる』とか『こんな感じでよっ☆と攻める』なんていう、曖昧なニュアンスばかりで、難しさを極めているだろう」 橋本が唖然としながら説明した途端に、佐々木はお腹を抱えて笑い出す。「たっ、確かに雅輝さんの教えは言葉足らずのところがありますが、しっかりそれを考えれば、自ずと答えは出てきますよ」「マジかよ……」(雅輝の言葉を読み解くなんて、凡人には無理だったということなんだろうか) 口をあんぐりしたままゴーカートに乗ってる恋人に視線を飛ばしたら、待ちくたびれたのか、いそいそ降りてきて、橋本の腕を強引に掴み、乗っていたゴーカートへと連行する。「雅輝、いきなりなんだよ」「陽さんってば、佐々木くんと盛り上がっちゃって、すっごく嬉しそうだね」 宮本は内なる苛立ちを示すよ
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この想いをゴーカートのスピードにリンクさせて――21

「ンゲッ!」 あやまって舌を噛んでしまいそうになるゴーカートの挙動に驚き、他に捕まるところがないかを慌てて探している橋本をそのままに、宮本はサーキット場に入って行く。(コイツの容赦ない、クレイジーな運転でここを走るとか、口から内臓が飛び出るんじゃないだろうか……) 捕まるところが見当たらないため覚悟を決めて、自身のシートベルトを両手で掴み、目の前に迫るコーナーの先を見つめた。自分ならすでにブレーキを踏んで、スピードを落とすタイミングだというのに、宮本はアクセルを緩めることはなかった。「ンンンんっ!」 歯を食いしばるスピードでコーナーに侵入したせいで、否応なしに躰に重力がかかり、シートベルトを掴む両手がみるみるうちに汗ばんでいく。榊たち4人でレースをしたときとは明らかに違うスピードを、まざまざと体感した関係で、宮本がさらに進化したことがわかった。「まっ雅輝っ、ほどほ、どにっ! 楽しいこと、は…伝わってるから!」 ゴーカートの全国大会に出ている佐々木の走りを直接見て、宮本自身の走りを比較した結果、改良版の走りをこれでもかと見せつけられている気がしたので、注意を促すべくして伝えたというのに。「陽さんに俺が楽しく走ってることが伝わって、すっごく嬉しいっす!」 助手席の橋本を振り回すように、次々とコーナーを攻めまくる宮本相手に、なにを言っても通用しないことをすぐに理解した。それは、ベッドの中での行為と同じだったから――。『やめてくれ』など、橋本が拒否る言葉を出したときに見られる、宮本のSっ気。普段の優しい性格が一転したその姿は、いろんな意味で非常に厄介なものだった。自分だけがすぐ傍で見られるという、特別な姿だったから。「ひゃっほー☆」「うう、ぅうっくぅ…うっ!」 インプの動きとはまったく違うゴーカートの動きは、いつも以上に先が読めないため、橋本はすぐに根をあげてしまった。とは言え、途中下車できないのは当たり前なので、気を失わないようにサーキット場の道路ではなく、宮本の顔だけを見つめることにした。 子どものような、どこかあどけない表情でハンドルを操作する恋人の宮本を見ていれば、正気を保てると思った。それなのに――。「陽さんってば、俺の顔を見つめすぎですよ。そんなことされたら、もっと張りきっちゃうかも☆」「え……?」 宮本のセリフを聞いた瞬間、
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この想いをゴーカートのスピードにリンクさせて――22

☆☆☆「あーあ、ふたり乗りのゴーカートで車重があるはずなのに、また雅輝さんに記録を抜かされちゃいました」 助手席でヘルメットを外して、息絶えだえで動けないでいる橋本を尻目に、宮本はさっさとゴーカートを降りて、佐々木に向かい合った。「俺の走りは、大会向きじゃない。だから、気にしなくていいですって。佐々木くんはそのまま走ればいい」「気にするに決まっているでしょ! 雅輝さんのドラテクは、人を魅了するものがあるんです。あんな走りを大会でして、トップでゴールした日にゃ人気者間違いなし!!」「人気者……。そんなの興味ないよ」 まぶたを伏せて切なげに微笑む宮本の様子に、佐々木は首を傾げた。「雅輝さん?」「佐々木くんごめんね。俺の運転で陽さんが疲れちゃったみたいで、動けなくしちゃったんだ。背負って帰るから」「雅輝さんの走りをここで直接見ることができたんで、すっごく満足してます。遠慮なくゴーカートを置いていってください。僕が戻しておきます」「ありがとう。それじゃあね」 佐々木に背を向けて歩きだす大きな背中は、どこかしょんぼりしたように佐々木の目に映った。「陽さん帰りますよ。よいしょっと!」 橋本が返事をする前に助手席から軽々と抱え上げて、お姫様だっこをすると、二の腕の中で照れた恋人が躰を身動ぎさせる。「雅輝大丈夫だって。歩けるから下ろせよ」「暴れると危ないですって。俺の運転で三半規管が麻痺してるんですから、大人しくしていてください」 橋本の現状を突きつけたら、困惑の表情のまま固まる。言うことを聞いてくれたことに安心して、駐車場に向かって歩いた。「雅輝、俺を背負うと佐々木さんに言ったくせに、どうしてこの格好なんだ?」 あと少しで駐車場に到着する間際に告げられた橋本のセリフに、宮本はにっこり微笑んで答える。「背負うよりもこうして自分の両腕で、陽さんを感じていたいって思ったんだ」「だったら俺もなにかあったら、おまえのことをこうやって抱きあげて、雅輝を感じるからな。文句を言うなよ!」「陽さんにお姫様だっこされる俺の姿……。もう少し俺がイケメンだったら、陽さんの行動が映えるだろうに」 盛大にため息をついてから、橋本をハイヤーの横に下ろした。「誰かに見せつけるために、おまえを抱きあげるわけじゃねぇんだから、うだうだ言うな」 ふらつきを隠す感じでハ
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この想いをゴーカートのスピードにリンクさせて――23

「……雅輝、教えてくれ」「…………?」 黙ったまま、橋本に視線を注いだ宮本。自分に問いかける恋人の真剣なまなざしが、痛いくらいに刺さった。「おまえは自分が所持していた車を、デコトラに買い替えただろ。誰よりも三笠山を走り込んで、負けない走りを極めたっていうのに、走り屋を辞めることに、未練がなかったのかなと思ってさ」「全然なかったっす。むしろセブンを手放すことになって、ほっとしたところもあって」「ほっとした?」 橋本の質問に宮本はすぐさま答えると、それに呼応するように、ふたたび問いかけがなされた。「俺の走りがどんどん速くなっていくにつれて、チームメイトとの仲が離れていったんです。二つ名を付けられたことで、壁までできちゃって……」「白銀の流星なんて呼ばれて、崇め奉られていたもんな。俺としては、雅輝らしくない感じがする」「ほんとそれ。こっちとしては、いい迷惑でした。そんなことされるようなキャラじゃないのに」 橋本は背を預けていたハイヤーから躰を起こすと、鍵を開けてから、後部座席のドアを大きく開ける。目の前にいる宮本に対峙するように腰かけて、しっかり顔を見上げた。「店長さんは、おまえはチームの誇りだと熱く語っていたけどな」「チームに速く走れる車があれば、他のチームとバトルになったときの切り札になるし、自分たちのテクニックの向上にも繋がる。そのことは理解してるんだけど、なんていうか都合のいいメンバー扱いっていうか」「雅輝としては、チームに入ったばかりの頃のような感じで、自分を扱ってほしかったってところか」 宮本の足りない言葉を、橋本がうまく補う。優しさを伴うそつのないそれに、鼻の奥がツンとなった。見上げる橋本のまなざしは、どこまでも慈愛に満ちていて、思わず縋りつきたくなる。「だけどね、インプで走ること自体は、すっごく楽しいです。以前のようにひとりきりで走っているよりも楽しいのに、あの頃と同じように走れなくなったっす」「その原因は俺か?」「原因なんて言葉で、表現してほしくないですよ。俺の隣には陽さんが必要なんです」「雅輝……」「俺はチームの誰かのために走ってるんじゃない。陽さんの喜ぶ顔が見たくて走っているから。ただそれだけのために走ってる」 宮本は跪いて、橋本の上半身に両腕を回した。自分に優しい橋本を確かめるように、ぎゅっと抱きしめる。
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この想いをゴーカートのスピードにリンクさせて――24

橋本がハイヤーの後部座席に倒れ込んだことに宮本は驚き、慌てて顔をあげた。目を見開いて橋本を見つめたら、間髪おかずに柔らかいもので唇を塞がれる。「…………」 触れるだけで、それ以上のキスに進めない橋本を不思議に思って、宮本はみずから唇を外した。「陽さんどうしたの? ハイヤーでは絶対にしないって、いつも豪語してるのに」「そうなんだけどな……。でもこの瞬間だからこそ、雅輝にキスしてやりたいって思ったんだ」 そしていつものように、橋本は宮本の頭をぐちゃぐちゃに撫でまくった。「陽さん、どうして――」 宥めるようなそれらの行動に、宮本の頭の中で疑問符が浮かんだ。橋本にそんなことをされる覚えはないし、なにより黙ってサーキット場に数回通っていたことについて、もっと叱られてもいいくらいだと思った。「雅輝は走りで俺を魅了しながら、楽しませてくれるんだろ?」「むぅ? 俺はそれくらいしか、特技がないですから。ってか陽さん、俺に魅了されてるんですか?」「バカだな。しっかりハートを鷲掴みされてる。さっきだって、雅輝の顔ばかり見てた。すげぇカッコよかったぞ」「あ……、そぅなんだ」 目尻にシワが寄るように瞳を細めて、鈍感な宮本でも理解できるセリフで説明する橋本の言葉で、頬がぽっと熱をもった。「雅輝俺はさ――。俺はそういったもので、おまえを魅了し続けることができない。どこにでもいる、ただの男だから」「そんなことないって! 陽さんの存在そのものが、俺を惹きつけるんだ。ここでキスされて頭を撫でられたことも、こうしてお互いの気持ちをぶつけ合っていることすら、愛おしくてたまらない」(どうしたら陽さんの不安を解消できるんだろ。俺の語彙力じゃ納得するようなことは言えないし、行動で表現するにもできることが限られている。だからこそ俺は――)「雅輝……」「嫌だったら言って。すぐにやめるから」 そう言って顔を寄せた宮本に、橋本はとても小さな声で返事をする。「嫌なんて言うわけないだろ。愛してるんだ」 そんな橋本の想いに報いるように、宮本は熱い口づけをしたのだった。
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