彼から「入籍はまた今度にしよう」と告げられた時、私はちょうどスプーンを手に取ったところだった。「次は必ず行くから」江成湊(えなり みなと)は箸を置き、まるで「今日はいい天気だね」とでも言うように、あっけらかんと言い放った。私はスープを一口すすり、飲み込んでから答えた。「わかったわ」彼はちらりと私を見た。うつむいておかずに箸を伸ばしかけ、もう一度、私の顔を窺い見るように視線を上げた。「怒った?」私は再びスープを口に運び、淡々な声で言った。 「怒ってないわよ」結婚式を挙げてから半年、入籍の延期はこれで十七回目だ。彼は約束を破ることに慣れきっていた。そして私も、期待を裏切られることに慣れきってしまった。私はゆっくりとスープをきれいに飲み干した。その間、彼は二度と箸を動かすことはなかった。最後の一口を飲み終え、私が食器を片付けようと立ち上がった時。 彼の横を通り過ぎようとした瞬間、手首をガシッと掴まれた。「凜(りん)、来週の月曜こそ、絶対に行くから。 どうせ結婚式は済ませてるんだ。数日くらい遅れたって変わらないだろう?心配するな、次は絶対にすっぽかさない」私は彼に掴まれた手首を見つめて、それから彼の顔を見て、ふっと微笑んだ。「ええ、分かったわ」この半年間で、彼は「来週」と9回言い、「絶対に」と13回誓い、「心配するな」と16回も口にしてきた。それでも結局、婚姻届が提出されることはなかった。そして来週も、婚姻届を出すことはないだろう。なぜなら今度ばかりは、私の方が約束をすっぽかすのだから。……スマホが震えた。事務所の人事担当からのメッセージだった。 【退職のこと、江成先生はご存じなんですか?】スマホを手に部屋を出ると、湊はまだダイニングテーブルに座っていた。彼は妙な顔つきで私を見つめ、しばらくためらった後、探るように口を開いた。「今回は……どうして理由を聞かないんだ?」人事への返信を済ませてから、私はようやく湊に少し視線を向けた。 「無意味だから」文字通り、何の意味もないからだ。初めて婚姻届を出しに行くと約束した日、彼の愛弟子である小野寺桜(おのでら さくら)が「お腹が痛い」と言い出した。私は市役所の前のベンチで、朝から夕暮れまで待ち
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