夜勤中、緊急オペの連絡が入った。私、相原莉都(あいはら りと)のもとに運ばれてきたのは、若い女性だった。夫との行為が激しすぎたせいで胎児に負担がかかり、大量出血を起こしていた。手術中、彼女は怖いからと、どうしても私と話したがった。「先生、結婚してるんですか?」私は小さく頷いただけで、何も言わなかった。「先生は知らないと思いますけど、うちの人、肌が触れていないと落ち着かないんです。私だけが落ち着かせてあげられるから、毎日どうしてもって求めてくるんですよ。正直、体はかなりきついです。でも嬉しいんです。だって、それだけあの人が私しか見てないってことじゃないですか。先生の旦那さんも、先生のことを強く求めてくれますか?」その言葉に、欲とはいちばん縁遠そうな顔が、ふと頭に浮かんだ。私はやはり何も答えなかった。手術が終わり、私は彼女を乗せたストレッチャーを押して、手術室の外へ向かった。「鳴海結愛(なるみ ゆあ)さんのご家族はいらっしゃいますか?」「俺です」その声を聞いた瞬間、私はその場で凍りついた。声の主は、「修行中だから、3年間はそういうことをしない」と言い続けていた、私の夫――鳴海英孝(なるみ ひでたか)だった。……「結愛、つらかったな」英孝はそう言って、結愛の額にそっと口づけた。あんなに必死で、あんなに大切そうに誰かを見つめる英孝を、私は一度も見たことがなかった。結愛が落ち着いたのを確かめてから、英孝はやっとこちらを向いた。手術帽とマスクで顔がほとんど隠れていたせいか、英孝は私に気づいていないようだった。胸元の名札にも目をやらないまま、英孝は焦った声で聞いてきた。「先生、赤ちゃんは無事なんですか?」喉がひどく乾いて、しばらく言葉が出なかった。そばにいた看護師が、私の代わりに答えた。「赤ちゃんはいま保育器で様子を見ています。このまま落ち着いていれば、数日後には退院できる見込みです」その言葉を聞いて、英孝はようやくほっと息をついた。彼はもう一度結愛に口づけると、申し訳なさそうに言った。「結愛、ごめんな。今回は全部、俺が悪かった」結愛は笑って首を横に振った。「そんなに責任を感じないでよ。あなたが私のこと好きすぎて、つい止まらなくなっちゃっただけなんだから。
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