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夫の愛人と子を救った夜勤の緊急オペ

夫の愛人と子を救った夜勤の緊急オペ

Oleh:  椿Tamat
Bahasa: Japanese
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夜勤中、緊急オペの連絡が入った。 私、相原莉都(あいはら りと)のもとに運ばれてきたのは、若い女性だった。 夫との行為が激しすぎたせいで胎児に負担がかかり、大量出血を起こしていた。 手術中、彼女は怖いからと、どうしても私と話したがった。 「先生、結婚してるんですか?」 私は小さく頷いただけで、何も言わなかった。 「先生は知らないと思いますけど、うちの人、肌が触れていないと落ち着かないんです。私だけが落ち着かせてあげられるから、毎日どうしてもって求めてくるんですよ。 正直、体はかなりきついです。でも嬉しいんです。だって、それだけあの人が私しか見てないってことじゃないですか。 先生の旦那さんも、先生のことを強く求めてくれますか?」 その言葉に、欲とはいちばん縁遠そうな顔が、ふと頭に浮かんだ。 私はやはり何も答えなかった。 手術が終わり、私は彼女を乗せたストレッチャーを押して、手術室の外へ向かった。 「鳴海結愛(なるみ ゆあ)さんのご家族はいらっしゃいますか?」 「俺です」 その声を聞いた瞬間、私はその場で凍りついた。 声の主は、「修行中だから、3年間はそういうことをしない」と言い続けていた、私の夫――鳴海英孝(なるみ ひでたか)だった。

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第1話

夜勤中、緊急オペの連絡が入った。

私、相原莉都(あいはら りと)のもとに運ばれてきたのは、若い女性だった。

夫との行為が激しすぎたせいで胎児に負担がかかり、大量出血を起こしていた。

手術中、彼女は怖いからと、どうしても私と話したがった。

「先生、結婚してるんですか?」

私は小さく頷いただけで、何も言わなかった。

「先生は知らないと思いますけど、うちの人、肌が触れていないと落ち着かないんです。私だけが落ち着かせてあげられるから、毎日どうしてもって求めてくるんですよ。

正直、体はかなりきついです。でも嬉しいんです。だって、それだけあの人が私しか見てないってことじゃないですか。

先生の旦那さんも、先生のことを強く求めてくれますか?」

その言葉に、欲とはいちばん縁遠そうな顔が、ふと頭に浮かんだ。

私はやはり何も答えなかった。

手術が終わり、私は彼女を乗せたストレッチャーを押して、手術室の外へ向かった。

「鳴海結愛(なるみ ゆあ)さんのご家族はいらっしゃいますか?」

「俺です」

その声を聞いた瞬間、私はその場で凍りついた。

声の主は、「修行中だから、3年間はそういうことをしない」と言い続けていた、私の夫――鳴海英孝(なるみ ひでたか)だった。

……

「結愛、つらかったな」

英孝はそう言って、結愛の額にそっと口づけた。

あんなに必死で、あんなに大切そうに誰かを見つめる英孝を、私は一度も見たことがなかった。

結愛が落ち着いたのを確かめてから、英孝はやっとこちらを向いた。

手術帽とマスクで顔がほとんど隠れていたせいか、英孝は私に気づいていないようだった。

胸元の名札にも目をやらないまま、英孝は焦った声で聞いてきた。

「先生、赤ちゃんは無事なんですか?」

喉がひどく乾いて、しばらく言葉が出なかった。

そばにいた看護師が、私の代わりに答えた。

「赤ちゃんはいま保育器で様子を見ています。このまま落ち着いていれば、数日後には退院できる見込みです」

その言葉を聞いて、英孝はようやくほっと息をついた。

彼はもう一度結愛に口づけると、申し訳なさそうに言った。

「結愛、ごめんな。今回は全部、俺が悪かった」

結愛は笑って首を横に振った。

「そんなに責任を感じないでよ。あなたが私のこと好きすぎて、つい止まらなくなっちゃっただけなんだから。

それより、今回は相原先生のおかげで、私も赤ちゃんも助かったの。あとでちゃんとお礼を言ってね」

「相原先生」と聞いて、英孝はそこで初めて、私の胸元の名札に目を落とした。

名札にある名前と顔写真を見た瞬間、英孝は一瞬、目を見開いた。

私はマスクを外し、ただ黙って英孝を見た。

私が口を開くより先に、そばにいた看護師が尋ねた。

「鳴海結愛さんのご主人でいらっしゃいますか?」

英孝は一瞬返事に詰まり、気まずそうに私を見た。

それでも最後には、小さくうなずいた。

「はい」

胸がぎゅっと痛み、私は白衣のポケットの中で手を握りしめた。

私と英孝は、見合いで知り合った。

出会った瞬間から惹かれ合い、3日目にはもう付き合っていた。

3か月目には、英孝からプロポーズされた。

英孝は驚くほど優しく、私の家族のことまで大切にしてくれた。

ただ一つだけ気になることがあるとすれば、英孝が「修行中だから、3年間はそういうことをしない」と言っていたことだった。

その話を打ち明けたとき、英孝は本当に申し訳なさそうだった。

彼は私を抱き寄せ、真剣な声で言った。

「莉都、俺は本気でお前と一緒になりたい。でも、こんなの俺の勝手だってこともわかってる。

だから先に式だけ挙げよう。籍を入れるのは3年後でいい。その間にお前が無理だと思ったら、いつでも離れていい。そうすれば、お前に離婚歴も残らない」

あの日の私は、胸がいっぱいになるほど感動していた。

だからこそ今、その自分が馬鹿みたいに思えた。

目の奥が熱くなった。こんな顔を見られたくなくて、私はもう一度マスクをつけた。

看護師が英孝に、会計と入院手続きの案内を渡した。

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asmr
asmr
SNSで愛人医者って大騒ぎされたって、双方の親は事情分かってるだろ 何も説明しないのか?
2026-07-10 12:45:01
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松坂 美枝
松坂 美枝
なんだったんだあの男…何をしに来たんだ… 最後まで読んだらこんな男の子供を産んだ方が負けな気がした 主人公の操を守ってくれてありがとうと言うべきかもしれない…
2026-07-10 11:02:27
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10 Bab
第1話
夜勤中、緊急オペの連絡が入った。私、相原莉都(あいはら りと)のもとに運ばれてきたのは、若い女性だった。夫との行為が激しすぎたせいで胎児に負担がかかり、大量出血を起こしていた。手術中、彼女は怖いからと、どうしても私と話したがった。「先生、結婚してるんですか?」私は小さく頷いただけで、何も言わなかった。「先生は知らないと思いますけど、うちの人、肌が触れていないと落ち着かないんです。私だけが落ち着かせてあげられるから、毎日どうしてもって求めてくるんですよ。正直、体はかなりきついです。でも嬉しいんです。だって、それだけあの人が私しか見てないってことじゃないですか。先生の旦那さんも、先生のことを強く求めてくれますか?」その言葉に、欲とはいちばん縁遠そうな顔が、ふと頭に浮かんだ。私はやはり何も答えなかった。手術が終わり、私は彼女を乗せたストレッチャーを押して、手術室の外へ向かった。「鳴海結愛(なるみ ゆあ)さんのご家族はいらっしゃいますか?」「俺です」その声を聞いた瞬間、私はその場で凍りついた。声の主は、「修行中だから、3年間はそういうことをしない」と言い続けていた、私の夫――鳴海英孝(なるみ ひでたか)だった。……「結愛、つらかったな」英孝はそう言って、結愛の額にそっと口づけた。あんなに必死で、あんなに大切そうに誰かを見つめる英孝を、私は一度も見たことがなかった。結愛が落ち着いたのを確かめてから、英孝はやっとこちらを向いた。手術帽とマスクで顔がほとんど隠れていたせいか、英孝は私に気づいていないようだった。胸元の名札にも目をやらないまま、英孝は焦った声で聞いてきた。「先生、赤ちゃんは無事なんですか?」喉がひどく乾いて、しばらく言葉が出なかった。そばにいた看護師が、私の代わりに答えた。「赤ちゃんはいま保育器で様子を見ています。このまま落ち着いていれば、数日後には退院できる見込みです」その言葉を聞いて、英孝はようやくほっと息をついた。彼はもう一度結愛に口づけると、申し訳なさそうに言った。「結愛、ごめんな。今回は全部、俺が悪かった」結愛は笑って首を横に振った。「そんなに責任を感じないでよ。あなたが私のこと好きすぎて、つい止まらなくなっちゃっただけなんだから。
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第2話
「緊急手術になりましたので、このあと救急受付で入院の手続きをお願いします」そこで看護師は一度言葉を切った。それでも、やはり黙ってはいられなかったのだろう。「それと、妊娠中の性行為にはくれぐれも気をつけてください。今日、相原先生がいなかったら、お母さんも赤ちゃんも危ないところでした」英孝の顔が、また固まった。少し間を置いてから、ようやく口を開く。「……相原先生、ありがとうございました」本当なら、その場で英孝を平手打ちしてやりたかった。そしてみんなの前で、その嘘を暴いてやりたかった。けれど、そんな姿だけは見せたくなかった。私のプライドが、それを許さなかった。私は必死に感情を押し殺し、やっとのことで答えた。「……いえ」そのあと、医師として必要な注意事項だけを伝えた。背を向けようとしたそのとき、結愛が私を呼び止めた。結愛は英孝に甘えるような視線を向けてから、私に申し訳なさそうに笑った。「相原先生、すみません。うちの人、人前だと照れちゃうんです。2人きりになると、あんなに迫ってくるのに。退院して落ち着いたら、家族3人でお礼させてください。ぜひお食事でも」私の声は、少しかすれていた。「お気持ちだけで十分です。医師として当然のことをしただけですから」それ以上2人に何も言わず、私はそのまま診察室へ戻った。診察室の扉が閉まった途端、足から力が抜けた。壁に背を預け、そのまま床に座り込むと、マスクの中で押し殺していた嗚咽が漏れた。そのとき、白衣のポケットの中でスマホが震えた。英孝からのメッセージだった。【莉都、ごめん。夜勤が終わったら、ちゃんと説明させてくれ】……夜勤が明ける少し前、英孝から「駐車場で待っている」とメッセージが届いた。私は返事をせず、1人でタクシーに乗って帰った。玄関のドアを開けるなり、そこに飾ってあった2人の写真をゴミ箱に放り込んだ。それから大きなゴミ袋を引っ張り出し、英孝の物を1つずつ中へ放り込んでいった。英孝と過ごした、この半年余り。籍を入れていないことと、体の関係を持っていないことを除けば、私たちは普通の新婚夫婦と何も変わらなかった。けれど今思えば、おかしなところはいくつもあった。英孝は一度も、私の職場まで迎えに来たことがない。
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第3話
「ごめん、莉都」その声から、本気で謝っているのは伝わってきた。だからこそ、余計に吐き気がした。帰りのタクシーの中で、私はずっと考えていた。もう一度英孝の顔を見たら、その場で何度も叩いてしまうかもしれない。喉が潰れるまで、出ていけと叫んでしまうかもしれない。けれど、先に泣くだけ泣いたせいだろうか。いざ英孝を目の前にすると、不思議なくらい冷静だった。私はゴミ袋を英孝の足元に投げ出した。「あなたの物よ。持って出ていって」けれど英孝は、ゴミ袋には見向きもしなかった。そのまま私のところへ来て、手首をつかむ。「莉都、頼む。話を聞いてくれ」私は英孝を見た。自分でも驚くくらい、冷たい声だった。「聞くって、何を?あの人はあなたの妻なんでしょう。あの赤ちゃんだって、あなたの子なんでしょう。違うって言うなら、今すぐ病院に戻ろう。本人の前で確かめるから」英孝は何も言えなくなった。しばらく黙ったあと、低い声で答えた。「……俺の子だ」「じゃあ、籍も入れてるの?」英孝はうなずいた。「結愛の妊娠がわかったときに、籍を入れた」思わず笑ってしまった。自分でも嫌になるくらい、乾いた笑いだった。「私たちが付き合ってまだ半年。なのに、あの人はもう妊娠9か月。つまり、あなたが私と見合いしたときには、あの人のお腹にはもう3か月の子がいたってことよね。修行だから待ってほしいなんて、よくそんな都合のいい嘘をつけたわね。結愛がいたから、私を抱こうとしなかったんでしょう?そんなにあの人が大事なら、どうして私に近づいたの!」最後はもう、叫ぶような声になっていた。私が振りほどこうとしても、英孝は構わず、力ずくで私を抱き寄せた。「ごめん。本当にごめん、莉都。最初に見合いを受けたのは、確かに親を納得させるためだった。親が結愛の実家のことを気にして、どうしても俺たちの結婚を認めてくれなかったんだ。でも、お前に惹かれたのは嘘じゃない。好きになったのも、本当なんだ。最低なことをしてるって、自分でもわかってた。いつかお前を傷つけることになるのもわかってた。だから、結愛とのことに区切りをつけるまでは、お前に手を出しちゃいけないと思って、ずっと我慢してた」私は全身の力を振り絞って英孝を押しのけ
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第4話
結愛だけは、妙に嬉しそうだった。「相原先生、やっと来てくださったんですね。ほら、見てください。うちの子、うちの人にそっくりでしょう?」視線を落とすと、おくるみに包まれた小さな顔には、悔しいくらい英孝の面影があった。また目の奥が熱くなった。それでも、結愛と研修医の前でだけは取り乱すまいと、必死にこらえた。結愛の状態を確認し終えると、私は1秒でも長くそこにいたくなくて、逃げるように病室を出た。けれど、私が自分の診察室に戻るとすぐ、英孝も追いかけてきた。止める間もなく、英孝は内側からドアの鍵をかけた。「何をするつもり?ここは病院よ。あなたの奥さんと赤ちゃんは、まだ病室にいる。これ以上近づかないで。変な噂を立てられたら迷惑だから」けれど英孝は、まるで聞いていないようだった。「莉都、この数日は休みを取れ」その言葉に、呆れて笑いが漏れた。「本気で私を愛人扱いするつもり?奥さんと顔を合わせないように、私に隠れてろってこと?」「そういう意味じゃないって、わかるだろ」返事をする気にもなれなかった。私は英孝の横を通り過ぎ、彼がかけた鍵を開けた。英孝はしばらく私を見ていたが、やがて諦めたように息を吐いた。「莉都、結愛は産んだばかりだ。今、離婚の話なんてできるわけがない。でも、俺にとって妻はお前だけだ。親たちも、お前を鳴海家の嫁だと認めている。紙一枚に、そこまでこだわる必要があるのか?籍を入れないと言ってるんじゃない。少し時間が欲しいだけだ。子どもがもう少し大きくなったら、必ず結愛とは別れる」私はそれでも黙っていた。とうとう英孝も我慢の限界だったのだろう。さっきまでの柔らかさが、声から消えた。「莉都、忘れるな。相原家はいまも鳴海家の世話になってる。お前が何不自由なく医者を続けていられるのも、俺がお前の親に数億円の仕事を紹介してやったからだ。親に話したところで同じだ。きっと『少しくらい我慢しなさい』と言われるだけだろうな。俺がお前を好きだから、ここまで黙って聞いているんだ。勘違いするな。今回の件は俺が悪かった。休みたくないなら、結愛は転院させる。それでいいだろ。だが、これ以上騒ぐな」そう言い捨てて、英孝は部屋を出ていった。私はソファに崩れるように座り込んだ。怒り
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第5話
結愛はそう言いながら、ベビーコットの中の赤ん坊をあやしていた。その声は、何でもない世間話をしているみたいに落ち着いていた。「うちの人、外にもう一人女がいるんです。しかも、産婦人科の先生なんですよ」私は息をのんだ。あのメッセージは、結愛が送ってきたものだった。「相原先生なら、誰のことかわかりますよね?」そう尋ねてはきたものの、最初から決めつけているような口ぶりだった。私が黙っていると、結愛は鼻で笑った。「本当は、こんなに早く言うつもりはなかったんです。でも相原先生、なかなかやりますね。うちの人に、私を転院させるよう仕向けるなんて」否定しようと口を開いた。けれど、うまく声にならなかった。「そんなこと、してません」少しして、ようやく続けた。「英孝があなたと籍を入れていたことも、知りませんでした」「知らなかったで済むと思ってるんですか?あなたが不倫相手だったことに変わりはないでしょう」結愛の声が荒くなった。それでも、医師として見過ごすわけにはいかなかった。「出産直後です。あまり興奮しないでください」けれど、私が言い終える前に、結愛は突然、赤ん坊を抱いたままベッドから転がり落ちた。そしてよろめきながら私の前まで来ると、その場に膝をついた。赤ん坊の甲高い泣き声が耳に刺さる。その瞬間、嫌な予感がした。案の定、すぐに看護師が勢いよく病室のドアを開けた。その途端、結愛は私に向かって土下座し、何度も頭を下げ始めた。「相原先生、お願いします。主人を取らないでください。この子はまだ生まれたばかりなんです。この子から父親を奪わないでください。先生は若くてきれいで、仕事だってあるじゃないですか。相手なんていくらでも見つかりますよね?それなのにどうして、わざわざ人の家庭を壊してまで、うちの人を奪おうとするんですか!」頭の中が真っ白になった。そのあと、周りで何が起きたのか、ほとんど覚えていない。ただ、いつも親しくしてくれていた同僚たちの目が、いつの間にか冷たくなっていたことだけは覚えている。私を買ってくれていた上司にも、しばらく休んだほうがいいと言われた。私の説明を聞いてもらえることはなかった。けれど、それで終わりではなかった。結愛が赤ん坊を抱いたまま私に土下座する動
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第6話
20数時間のフライトと2度の乗り継ぎを経て、私はようやく目的地に着いた。迎えに来てくれたのは、今回の医療支援チームの副リーダー、梓川渉(あずさがわ わたる)だった。私を見ると、渉はぱっと明るく笑った。「相原先生のことは聞いています。来てくださって、本当に助かります。ただ、ここは国内とは勝手が違います。環境もかなり厳しいですし、慣れるまでは大変だと思います」私も笑って答えた。「こちらこそ、受け入れていただけてありがたいです。大丈夫です。少しくらい大変なほうが、今の私にはちょうどいいので」どれほど厳しい場所でも、あの街に残って、すべての人から後ろ指をさされるよりはずっとよかった。あの男の顔が頭をよぎっただけで、少し笑えなくなった。幸い、渉はよく話す人で、移動中の空気が重くなることはなかった。ここは医療体制が整っていないのに、患者の数は多かった。覚悟はしていたつもりだった。それでも実際に来てみると、想像以上に厳しかった。ここでは、軽い病気なら近くで採れた薬草を煎じて飲む。重い病気になっても、診療所まで来られず、家で寝ているしかない人も多い。毎日の食事にも困っている人たちに、病院へ行くお金などあるはずがなかった。だから、この地域の平均寿命は40代にとどまっている。幼い子どもたちにとっては、無事に大きくなることさえ、決して当たり前ではなかった。私は隊員たちとゆっくり打ち解ける暇もないまま、慌ただしい現場に放り込まれた。けれど、その慌ただしさに救われた部分もあった。過去のことを思い出して、沈み込んでいる暇がなかったからだ。現地に着いて1か月も経たないうちに、厳しい環境に耐えきれず、若い医師が何人も去っていった。正直、最初のころは食事も合わず、硬いベッドにもなかなか慣れなかった。蚊に刺されただけでも、高熱につながる危険がある。だから私にも、ここを離れたいと思った瞬間はあった。それでも、お金がないだけで治療を諦める人たちの顔を見ていると、逃げ出すわけにはいかなかった。ここは不便で過酷だ。けれど、ここで出会う人たちは驚くほど素朴で、まっすぐだった。少しだけ息をつける時間ができたとき、渉が冗談めかして聞いてきた。「相原先生は、いつ帰るつもりなんですか?」私は頭上に広が
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第7話
思っていた痛みはなかった。誰かに抱きとめられた感覚だけが、ぼんやり残っていた。「莉都、莉都、どうした?おい、しっかりしろ!」意識が途切れる直前、英孝の声が聞こえた気がした。……次に目を覚ましたとき、私はキャンプのテントで横になっていた。手の甲には点滴の針が入っていた。顔を横に向けると、そこにいたのは、1か月半ぶりに見る英孝だった。こんな遠い場所まで、本当に私を捜しに来るとは思っていなかった。驚きはあった。けれど、それだけだった。胸が痛むことも、気持ちが揺れることもなかった。英孝はもう、私にとって遠い人になっていた。起き上がろうとした途端、椅子にもたれていた英孝がはっと目を開けた。目の下には濃い隈があり、目もひどく充血していた。ろくに眠っていなかったのだろう。英孝は慌てて私の肩を押さえ、ベッドに戻した。「動くな。やっと入った点滴なんだ」それ以上、無理に起き上がるのはやめた。英孝の言葉に従ったわけではない。ここの医療物資がどれだけ貴重か、私のほうがよく知っていたからだ。「どうしてここにいるの?」声は少しかすれていた。英孝は私を見つめ、苛立ちを隠さない声で言った。「お前、自分が何をしてるかわかってるのか。40度の熱があるのにオペに入るなんて、無茶にもほどがあるだろ。向こうにいれば、何不自由なく働けたはずだ。それなのに、どうしてわざわざこんな場所まで来たんだ。いくら俺に腹を立てていたからって、何も言わずに消えるのは違うだろ。お前が急にいなくなって、俺がどれだけ――」言い終える前に、私は英孝の言葉を遮った。「英孝、私たちはもう関係ないの。私がどこで何をしようと、あなたに口を出される筋合いはない。奥さんと子どものところへ戻ったら?」英孝の眉間にしわが寄った。言い返そうとした英孝は、ふと何かに気づいたように、口元を緩めた。「莉都、まだ妬いてるんだな。もう意地を張るな。あとで荷物をまとめて、俺と一緒に帰ろう。安心しろ。向こうのことは全部片づけてきた。ネットの記事も消したし、病院にも俺から説明してある。戻って大丈夫だ」あまりに自分勝手な言い方に、呆れてものも言えなかった。私は英孝を1度だけ見て、すぐに顔を背けた。「あなたとは帰らない。
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第8話
「だいたい、あの子ができていなければ、俺は結愛と結婚なんてしていない」私はしばらく英孝を見つめ、それからテントの外を指さした。「もう帰って。これ以上いるなら、人を呼ぶから」英孝は信じられないものでも見るように私を見たまま、動こうとしなかった。そのまましばらくにらみ合っていると、知らせを聞いた渉が駆け込んできた。「相原先生、大丈夫ですか?無理しないでって言ったでしょう。休めるときに休まないと、本当に体がもちませんよ」渉は英孝には目もくれず、まっすぐ私のそばまで来た。渉は私の顔色を見るなり、眉をひそめた。その顔を見て、私はようやく少しだけ笑みをこぼした。「もう大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」それでも渉は安心できないようで、ベッド脇のカルテに目を通した。ひとまず問題なさそうだとわかって、ようやく息をついた。「大丈夫そうに見えても、油断しないでください。ここで高熱を出すのは本当に危ないんです。少し対応が遅れただけで、命に関わることもありますから」「わかりました。先生って、意外と心配性なんですね」私と渉が話している間、英孝は黙ったまま渉を見ていた。私が渉には笑顔を見せるのに、自分にはまともに顔も向けないことが、よほど気に入らなかったのだろう。やがて英孝は、皮肉っぽく口を開いた。「莉都、俺と帰らない理由はこいつか?少し見ない間に、もう次の相手を見つけたのか」私のことなら、何を言われても構わなかった。でも、渉までそんなふうに言われるのは我慢できなかった。「英孝、自分がそういう目でしか見ていないからって、ほかの人まで一緒にしないで。梓川先生は同じチームの仲間よ。くだらない言い方はやめて」渉はそこでようやく英孝に目を向け、怪訝そうに私を見た。「相原先生、この方はお知り合いですか?」私が答えるより先に、英孝が口を挟んだ。「俺は莉都の夫です。迎えに――」言い終える前に、私は遮った。「梓川先生、こんな人、知りません」渉はすぐに察したようにうなずいた。「わかりました」それから英孝に向き直った。「ここは患者さんを診る場所です。関係者でない方は外へお願いします」それを聞いた瞬間、英孝の顔が険しくなった。英孝は私を見て、低い声で言った。「莉
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第9話
「あの町を出るって決めた時点で、向こうのことは全部置いてきたの。人も、家も、何もかも」母が亡くなり、父が再婚してから、あの家での私は、家の都合でどうにでもされる存在でしかなかった。私があれほど早く英孝との交際を受け入れたのも、父にそう迫られていたからだ。英孝とうまくいかなければ、私は家のために、妻に三度先立たれた50歳の成金に嫁がされるところだった。あのころの私は、英孝こそが救いだと思っていた。馬鹿みたいに、本気で。けれど結局、父も英孝も大差なかった。いや、英孝のほうがたちが悪い。父は最初から、自分勝手な人間だった。英孝は優しい夫の顔をして、私を騙していただけだった。銃を携えた大柄な警備員が本当に入ってくると、英孝は険しい顔のままテントを出ていった。あれだけはっきり言ったのだから、怒ってそのまま飛行機で帰るだろうと思っていた。ところが翌日、私はまたキャンプの入口で英孝を見かけた。今度は入口で警備員に止められていた。私の姿を見るなり、英孝は大声で叫んだ。「莉都、たぶん何かにあたった。腹が痛くてたまらないんだ。それなのに警備員が中に入れてくれない。ここは具合の悪い人間まで追い返すのか?」正直、関わりたくなかった。けれど英孝はひどく顔色が悪く、額には汗がびっしりにじんでいた。仕方なく、私は警備員に英孝を通してもらった。「腹痛なら、内科のテントはあちらです。ご自分でどうぞ」そう言って背を向けると、英孝は当然のように私のあとをついてきた。「莉都、診てくれないのか?」私はうんざりしながら振り返った。「私は産婦人科医です。鳴海さん、診てほしいのは婦人科ですか?それとも産科ですか?」私の声は小さくなかった。近くにいたボランティアが、こらえきれずに吹き出した。英孝の顔が一瞬こわばった。しばらく黙ったあと、英孝はふいに言った。「莉都、向こうでどうしても片づけなきゃいけない用がある。このあと発つ」私はただうなずいた。「そう。じゃあ、もう来なくていいから」少し間を置いて、私は続けた。「鳴海さんみたいなお坊ちゃんには、ここは向いてないわ。次からは無理しないで」けれど英孝は、私の言葉など聞いていないようだった。「莉都、向こうの用が片づいたら、また来る。今度こそ
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第10話
渉の少し不安そうな目を見て、私はようやく気づいた。帰りの飛行機でどこか落ち着かなかったのは、私がもうチームに戻らないのではないかと心配していたからなのだろう。私は思わず笑った。「もちろんです。あのチームが、今の私の居場所みたいなものですから」それを聞いて、渉はようやくほっとしたように笑った。私は空港からタクシーに乗り、予約していたホテルへ向かった。窓の外に流れる街並みは、記憶の中とほとんど変わっていなかった。変わってしまったのは、きっと私のほうだ。しばらくして、タクシーはホテルの前に停まった。キャリーケースを引いてホテルに入り、チェックインしようとしたそのとき、背後から聞き覚えのある声がした。「相原先生」私を呼び止めたのが結愛だとは、思ってもみなかった。1年余り会わないうちに、結愛は相変わらずきれいなままだった。けれど、目元には以前にはなかった疲れが見えた。腕には、1歳を少し過ぎたくらいの子どもを抱いている。再会すれば、また責められるのだと思っていた。けれど結愛は、妙に落ち着いた様子で近づいてきた。「相原先生、お久しぶりです。海外で医療支援をされていたんですよね」結愛が何を考えているのかわからず、私はただうなずいた。「大変そうですけど、きっと意味のあるお仕事ですよね」その言葉を最後に、私たちの間に妙な沈黙が流れた。このままチェックインしてしまおうかと思ったとき、結愛がふたたび口を開いた。「あなたも巻き込まれただけだったんだってことは、わかっています。でも、1年前のことを謝るつもりはありません。あなたが私の夫のそばにいたことは、事実ですから」私は何も返さなかった。結愛も返事を求めているわけではないようで、そのまま話を続けた。「でも、今になって思うんです。女同士で傷つけ合うほど、あの人に価値なんてあったのかなって。……私、英孝と離婚したんです。知らなかったでしょう?」私は思わず結愛を見た。「離婚したの?」結愛はうなずいた。「英孝はあちらから戻ってきてから、どうしても私と別れると言って聞きませんでした。財産の半分を渡してでも、です。離婚したら、すぐにでもあなたを捜しに行くつもりだったみたいです。でもそのころ、鳴海グループが危なくなって。会社を
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