母は、異例の若さで気象予報部門の幹部になった、国内でも名の知れた気象の専門家だった。72時間先の台風の進路すら正確に予測し、豪雨の警戒情報を町名単位で出せるほどだ。それなのに、私の27年の人生で、母が私のつらさをちゃんと見てくれたことは一度もなかった。婚約パーティーの夜でさえ、母は3時間も遅れてきた。理由は、妹のライブ配信画面で顔がむくんで見えるからと、照明の調整に付き合っていたのだ。母はいつも私に言っていた。「美幸はお姉さんなんだから、もっとお姉さんらしく振る舞いなさい」そして、私の結婚式の日。外は記録的な豪雨だった。私は雨を吸って重くなったウエディングドレスを握りしめ、母に7回目の電話をかけた。「お母さん、雨風がいちばん弱まる時間を見てもらえない?結婚式を2時間遅らせることになってもいいから」電話の向こうでは、キーボードを打つ音が止まらなかった。母の声は淡々としていた。「わがままを言わないで。天気予報チームは、あなた1人の都合で動かせるものじゃない。みんな忙しいの。あなたの結婚式だけに構っていられないでしょう」けれど、その30分後。母は妹が初めて商品を販売するライブ配信のために、天気予報チームのスタッフ全員を呼び戻していた。足首まで水につかったホテルの入口で、私の婚約者の佐伯浩二(さえき こうじ)が傘を差し、妹の桐谷望(きりたに のぞみ)をかばうようにして車から降ろすところを、私は見てしまった。望は目を赤くして言った。「お姉ちゃん、ごめんね。結婚式の日なのに、浩二さんに迎えに来てもらって……お母さんが、雨でびしょ濡れになったら、私の初めてのライブコマースが台なしになるって言うから……」浩二はうつむき、望のまつげについた雨粒を拭った。それから私を振り返り、笑った。「美幸はいつも分かってくれるよね。今日も少しだけ我慢してくれ」その瞬間、雷鳴が轟いた。私はふいに、もう結婚したくないと思った。天気予報で誰の目にも留まらない雲のように、いつまでも見過ごされる生き方も、もうやめようと思った。……控室のドアが強風で開いたとき、ヘアメイクの人は床にしゃがみ込み、私のドレスの裾から水を絞っていた。彼女の手は震えていた。「桐谷さん、式場のほうにも水が入っています。音響さんも、メインの音響卓が
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