定年退職した元教師・高橋裕子(たかはし ゆうこ)が、あるトーク番組に出演した。教え子には大企業の社長や有名な研究者が名を連ねる名物教師だ。「最も印象に残っている生徒は?」そう尋ねられると、先生は唇を噛みしめて、苦々しく笑った。「一番、手がかかった女の子です。学年一位だったのに、札付きの不良と付き合っていました。その子の将来を思って、彼女が書いたラブレターを保護者に渡したんです。そうして、二人は別れることになりました。でも結局、その子は大学受験に失敗してしまいました。逆にその男の子は一流大学に合格して、今では金融界の大物になっています。人生って、本当に何が起こるかわからないものですね」司会者も感慨深げにうなずいてから尋ねる。「その教え子に、今伝えたいことはありますか?」先生は小さくため息をついて、目にはうっすら涙を浮かべる。「伝えたくても、もう届かないんです。その子は白血病を患っていたんですが、治療費を工面できなくて……3年前に亡くなりました」このシーンだけが切り取られて、SNSで瞬く間に拡散されてトレンド入りを果たした。しかし、この物語のもう一人の主人公・一ノ瀬蓮(いちのせ れん)は、そのことをまだ何ひとつ知らない。国際的な金融カンファレンスを終えたばかりの彼は、婚約者・柚木瑞穂(ゆのき みずほ)に贈るピンクダイヤのネックレスを買うため、オークションへと急いでいる。スマホの画面に、瑞穂の花がほころぶような笑顔が映し出されている。「ちゃんと早めに行ってね。買えなかったら本気で怒るんだから」その笑顔を見た瞬間、蓮の疲れは半分ほど吹き飛んだ。その眼差しには優しさが満ちている。「必ず手に入れてみせるよ。家で待ってて。瑞穂の好きな老舗料亭の鯛茶漬けを家政婦に用意させたんだ。最近あまり食欲がないみたいだから、ちゃんと食べるんだぞ」瑞穂は目を細めて笑いながら、茶碗を持ち上げて見せる。「はーい。ほんと、元カノさんには感謝しなきゃね。彼女が育ててくれたおかげで、私がこんなに素敵な彼氏ができたんだから」その言葉に、蓮の表情がぴたりと固まる。困ったようにまばたきをしてから苦笑する。「何度も言ってるだろ。俺は瑞穂以外、誰とも付き合ったことなんてない」幽霊になった私・花沢栞(はなざわ しおり)
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