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来ない春は、もう待たない

来ない春は、もう待たない

前撮り当日、カメラマンにふと言われた。「笑うと、お姉さんによく似てますね」 そのひと言を聞いた近藤拓也(こんどう たくや)は、すぐに私の姉、芳賀可奈(はが かな)にもウェディングドレスを勧めた。 せっかくだから、記念に何枚か撮ってもらおう、と。 写真を選ぶ段になると、家族そろって可奈の写った一枚に見入り、口々に褒めちぎった。 「可奈は生まれつき、ドレスが映えるプロポーションなのよね」と母が言った。 「花嫁のお前より、よほど華があるじゃないか」と父も言った。 拓也は画面から目を離さず、いつまでも眺めていた。指先が止まったのは、可奈が振り返った瞬間を捉えた一枚だった。 「これ、披露宴の受付に飾ろう。よく撮れてる」 私は尋ねた。じゃあ、私の写真はどこに飾るの、と。 そこで初めて、彼は私の存在を思い出したような顔をした。 「お前と可奈は顔立ちが似てるから、招待客だって見分けはつかないさ。それに、可奈は結婚する予定もないんだ。一度くらいドレスを着る機会を作ってやるのも悪くないだろう」 思わず、笑いがこぼれた。 物心ついたときから、いつだってそうだった。可奈は苦労してきたのだから、私が譲る。可奈が欲しがれば、私が差し出す。可奈の持たないものを、私が持ってはいけない。 自分の結婚式さえ、可奈の夢を叶えるための舞台になってしまうのか。 アルバムの中から、拓也とふたりだけで写った、たった1枚の写真を、そっと抜き取った。 写っている私は、彼の隣で、精一杯の笑みを浮かべている。 けれど今こうして見返すと、まるで見知らぬ誰かのように見えた。 春が私のもとへ来なかったわけではない。ただ私はずっと、誰かの影の中に立ち、そこで春を待ち続けていただけだったのだ。 今度こそ、もう待つのはやめよう。
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冷めた花火、掴めぬその温もり

冷めた花火、掴めぬその温もり

森本博一(もりもと ひろかず)が、七人目となる身重の愛人を私のもとへ連れてきた。 彼女の出産に私を立ち会わせるためだ。 彼の親友は、私が何秒で泣き叫び始めるかを賭けていた。 だが、分娩室から赤ん坊の産声が響くまで、私の取り乱した声が聞こえることはなかった。 「博一、これで七人目だぞ。奥さん、今度こそ本気で怒って口をきいてくれなくなるんじゃ?」 博一は、どこ吹く風といった様子で答えた。 「あいつは子供を産めない体だし、うちはこれだけの大企業を経営してるからな。 どうせ遅かれ早かれ、跡継ぎのために他の女に産ませることになる。今のうちにたくさん産ませて、あいつを慣れさせておいたほうがいい」 その言葉が終わると同時に、私は赤ん坊を抱いて部屋を出た。 そして、助産師として告げた。 「おめでとうございます。体重は3700グラムで、母子ともに健康です」 博一は満足げに笑みを浮かべて子供を受け取ると、離婚届と離婚協議書を私に差し出した。 「サインしてくれ。あの子をなだめるための芝居だ。離婚してくれないと二人目は産まないなんて、聞き分けのないことを言うもんだから。 二人目が産まれれば、子供は全部で八人になる。そうなれば、もう誰もお前が森本家の妻にふさわしくないなんて言わなくなるさ」 こんな茶番に、私はこれまでに七回も付き合ってきた。 けれど今回は、迷うことなく書類に名前を書き入れた。 そして、ある人からのプロポーズを受け入れることにした。 博一は大きな勘違いをしている。私は産めないのではない。彼との遺伝子の相性が、致命的に悪いだけなのだ。 子供が欲しいなら、相手を変えればいいだけの話。 森本家の妻という肩書きのために、私が他人の子を育てるはずだと、彼は一体なぜ思い込めるのだろう。
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クズ夫との決別、新しい人生へ

クズ夫との決別、新しい人生へ

夫である獅堂宗介(しどう そうすけ)が初恋の女に未練を残していると知って以来、私は娘の結衣(ゆい)に、彼のことを「宗介おじさん」と呼ぶよう言い聞かせるようになった。 結衣が学校で足首を捻挫した日の夜。真夜中に宗介のスマートフォンが鳴った。電話の向こうでは桜井玲奈(さくらい れな)が泣きじゃくっていた。 娘の凛(りん)が悪夢にうなされ、お父さんが欲しいと泣き叫んでやまないらしい。宗介は一言も残さず家を出て行った。私は結衣の赤く腫れた足首に氷嚢を当てながら、「宗介おじさんに、さよならって言うのよ」と耳元で囁いた。 宗介は結衣の運動会に参加すると約束していた。しかし、またしても玲奈から電話がかかってきた。凛には二人三脚を一緒に走る父親がいないのだと、彼女はむせび泣いていた。宗介は少しの躊躇もなく、私たちを残して立ち去った。 私は結衣に自分のスマートフォンを持たせ、担任の先生にこう伝えるよう促した。「宗介おじさんは来られなくなった、って」 その度に、結衣は戸惑いを見せた。なぜ母親がこんなことをさせるのか、幼い彼女には理解できなかったのだ。 しかしある日、宗介はようやく自分がどれほど私たちを蔑ろにしてきたかに気がついた。結衣のピアノの発表会の日、彼は仕事をすべて投げ打ち、今度こそ絶対に欠席しないと誓ったのだ。 結衣が他の子供たちと一緒に舞台裏で待機している時のことだ。宗介のスマートフォンが着信を知らせた。玲奈からだった。通話越しに何を言っているのかは聞こえなかったが、容易に想像はついた。 凛が泣いている。凛が彼を必要としている。凛には父親がいないからだ。 通話を終えた宗介が戻ってきた。しかし、彼が言い訳を口にするより先に、舞台の上から結衣の声が響き渡った。 「いいよ、宗介おじさん。彼女のところに行ってあげて。お母さんが見ててくれるから、私はもう平気だよ」
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