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八街ヒサシ
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Novels by 八街ヒサシ

追いかけないで旦那様 〜奥様はお仕事中だよ!〜

追いかけないで旦那様 〜奥様はお仕事中だよ!〜

日立みやびは典型的な虐げられ妻。 夫の初恋が帰ってくることを知った彼女は自ら身を引くために偽装死して”本業”に復帰する。 しかし夫は彼女への愛に目覚めて彼女を追いかけ始めて…… 竿強な妻と最弱な夫による追いかけっこが、今、始まる
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Chapter: 初めて知る妻の真の姿
16;54 作戦は始まる。みやびは超小型インカムを耳の中に押し込み、掃除道具を積んだカートを押して、会場の入り口がよく見える階段の手すりを磨き始めた。まもなくインカムに駐車場に潜んでいた武装警備員部隊から報告が入る。「闖入者十五人、鈍器を所持、制圧完了!」「了解、こちらは入場者を目視にて確認中」霞ヶ浦家と日立家の顔合わせパーティーとあって、招待客の客層は広い。経済誌やテレビで見かける有名な大富豪から、そうした富豪に近づきたい起業家まで、実にさまざまな身分の者がパーティー会場に入ってゆく。みやびはすでに昨日のうちに全員の顔写真を入手して記憶してあるため、本来招待されていないはずの人間をここでチェックしているのだ。しかし、本日のパーティーの主催は、警備計画の大穴と呼ばれる美鶴だ。飛び入り参加を希望する者の入場を無計画に許可してしまうため、現場はたちまち混乱に陥った。「今入った生え際ハゲのおじさん、チェックして!」みやびが指示を出せば、給仕に扮した特殊警備員が慌てて駆け寄る。「そこの、青いスーツを着たてっぺんハゲのおじさんも!」ピアニストに扮した特殊警備員が、演奏をやめて駆け寄る。「そっち、そっちの完全ハゲのおじさんもよ!」宿泊中のカップルに扮していた特殊警備員が、状況的には不自然なのも忘れて駆け寄る。もう、しっちゃかめっちゃか。17:32 インカムに緊急通信が入る。「裏をかかれました! 正面から5名が突破! 全員銃器を所持っ!」来訪者のチェックに右往左往していた特殊警備員たちに緊張が走る。みやびは掃除道具の積み上がったカートを押し除け、インカム越しに鋭く指令を出した。「プランBに移行! 私も会場内に入る、人的被害を出さぬように最善を尽くせ!」箒とモップの間に隠してあったハンドガンを引き出し、迷うことなくパーティー会場へと飛び込む。40代のおばさんに変装していても、その動きは機敏で無駄のない熟練兵士のそれだ。みやびは迷うことなく寿子に駆け寄り、その身を庇うように傍に立った。「おばあさま」寿子は夫に先立たれてから当主代理として命の危険があるような状況に何度も身を置いたことのある女傑だ。少しも慌てず、静かな声で答える。「その声は、みやびだね」「申し訳ありません、敵の侵入を許してしまいました、しかし相手は素人です、まっ
ปรับปรุงล่าสุด: 2026-06-30
Chapter: 私、主婦に向いていなかったみたい
パーティー当日、祐市はこの上なく不機嫌であった。みやびは家を出た後完全に足取りが途絶え、その行方はようとして知れない。そんな状況にありながら、たいして意味も名目もないパーティーを開こうとしている母の無神経さに苛立っているのである。パーティー会場の片隅で、祐市は母美鶴に文句を言う。「俺の妻が行方不明なのに、不謹慎じゃないですかねえ」美鶴は素知らぬ顔で手にしたワイングラスを揺らしている。「もう妻じゃないでしょ」「まだ妻です」「だってあなた、離婚協議書も作ったそうじゃない」「それでもまだ、話し合いすらできていない!」「つまり離婚のための話し合いがしたくてあの女を探している、そういうことね」「まあ、それもあるけど……」「心配しなくても、あっちの方からこのパーティに来るでしょ」「これ、実際、なんのパーティーなんです?」「ふふっ、なんと! あなたの新しい婚約者のお披露目よ!」「だから、離婚もしてないのに……」その時、桃色のドレスを着た史緒里が軽やかな足取りで近寄ってきた。「ねー、ゆーいちー、どう? 綺麗でしょ」オフショルダーで肩と鎖骨を大胆に見せるドレスは、見た目清楚な史緒里にはとてもよく似合う。例えていうなら清純系アイドル、ちょっとえっちな格好をしてもエロすぎない可愛らしさ。だがその姿も、今日に限っては祐市の神経を逆撫でするものだった。「みやびが行方不明だっていうのに、どうして浮かれていられるんだ、君は!」「えー、みやびちゃんが行方不明なのって、私と関係ないじゃーん」「そんな冷たい話があるか!」あの日、火傷の手当てをして家に帰ると、みやびはもう居なかった。クズだが常識ある祐市は、もちろんVIP個室を借り切ってーとか、病院中の医者を呼びつけてーなんて非常識なことはしない。普通に救急外来に行って、普通に軟膏を処方されて、1時間ほど家を空けただけだ。なのにその1時間で、みやびは行方不明になってしまった。「みやびちゃんだっていい大人だし、それに自分で出て行ったんでしょー、私、あの人に出てけとか言ったわけじゃないし、関係なくない?」「そうだ、出てけって言ったのは俺の方だった……」この言葉に、美鶴は大喜びだ。「まあ! まあまあ! ビシッと言ってやったのね! さすが祐市、やればできる男!」しょんぼりとへこんでいる祐市の腕をグ
ปรับปรุงล่าสุด: 2026-06-29
Chapter: そして奥様は家を出る
パーティーの開催は一週間後。どうしても警備計画を対面で詰める必要があった。みやびは変装してカフェに向かう。みやびの変装は完璧だ。化粧で顔相を変え、さらに大きなメガネをかけて素顔の印象をぼやかす。背丈はフラットなシューズを履いたうえに常時膝を軽く曲げることによって5センチほど低く見せている。これに制服を着れば、奥手で地味な女子高生にしか見えない。待ち合わせをしていた慎也でさえ、その変装のあまりの完璧さに惑わされた。「え、だれ?」「しっ、私よ」「ああ、先輩……だから俺、この格好を指定されたんですね」慎也は銀縁の眼鏡をかけて、ちょっとチャラい大学生風。側から見ればチャラい家庭教師とウブな教え子がカフェでお勉強デートしているようにしか見えない。「じゃあ、早速始めましょうか」慎也はノートを広げる風を装って、今回のパーティー会場となる遠ヶ谷ホテルの見取り図を広げた。そのころ祐市は、笠間が運転するマイバッハの後部座席にて、イライラと爪を噛んでいた。「社長、ご機嫌斜めですか」ご機嫌斜めどころか垂直だ。ここ数日、みやびは「仕事が終わらないから」と言って帰ってこない。代わりに史緒里が出迎えてくれるが、エプロンをつけているくせに飯を作ってはくれない。勢い外食に出る羽目になるのだが、史緒里は高級で脂っこいものばかり食べたがる。祐市は、毎食バランスよく整えられたみやびの料理を懐かしく感じていた。だけどそれはみやびに未練があるみたいで不快だった。だから自分の気持ちに蓋をした。「疲れているんだ、離婚の話がなかなか進まなくてな」「奥様は、あの条件では不服だと?」「いや、話し合いすらできていない。仕事が忙しいらしくて、帰ってこないんだ」「奥様って、事務方のお仕事をなさっているんですよね、なのに泊まりがけでするようなお仕事があるんでしょうか」「さあ、帳簿の総ざらえとか監査対策とか? まあ、何かそういうものだろうよ」言った端から違和感を覚える祐市。「ん? あんな大きな会社の、末端部署の、末端社員に、そんなに仕事があるものか?」笠間は祐市を宥めようとヘラヘラ笑う。「まあまあ、末端社員だからこそ仕事を押し付けられるってこともあるんじゃないですかね」ちょうど通り道に、カフェの看板が見えた。「社長、コーヒーでも飲みませんか、イライラしてる時こ
ปรับปรุงล่าสุด: 2026-06-28
Chapter: 離婚準備 祐市の場合とおまけで史緒里
笠間に離婚協議書を作らせた祐一は、足取りも軽く帰宅の途についた。玄関を開けると、出迎えてくれたのは妻ではなく、エプロン姿の史緒里だった。「お帰りなさい、あなた、なんちゃって、きゃっ」「ああ」祐一はコートを脱ぎ、それを史緒里に手渡そうとした。しかし手を差し出すタイミングが合わず、コートは床に落ちてバサリと音を立てる。祐一はみやびの出迎えを懐かしく思った。彼女ならばコートを取り落とすなんてミスは絶対にしない。まるで祐市の帰宅がわかっていたかのように静かに玄関先にいて、コートを脱ぐよりも早く手を差し出してくれる。自分でコート掛けにかけるよりも手早く快適に。しかし史緒里にはそうした気遣いがない。落ちたコートを拾ってさえくれない。祐市は仕方なく、自分でコートを拾い上げた。「そういえば、みやびは?」史緒里はあざとく小首を傾げて答えた。「お仕事だって出掛けて行ったけれど、でも、本当にお仕事だったのかしら?」「どういう意味だ?」「会社から呼び出しの電話を受けていたけど、相手は若い男の人だったみたい」「若い男だと?」ここで引っかからないのがさすがはクズだが常識のある男。「まあ、会社なんだから若い男の社員ぐらいいるだろう」「そうじゃない、そうじゃないのよ! なんていうの、すっごい親しげで〜」「まあ、一緒に働いていればそうだろうな」
ปรับปรุงล่าสุด: 2026-06-26
Chapter: 離婚準備 みやびの場合
ここは霞ヶ浦警備保障の訓練場、畳を敷き詰めた立派な道場である。そこに集められたのは道着を着た新人50名。指導員として彼らの前に立つのは、ピシッと凛々しく道着を着こなしたみやびである。実はみやび、表向きは”霞ヶ浦警備保障の事務員”ということになっているが、実際には新人の育成と指導が主な業務である。「強さとは"心技体"三つが揃ってこそ成り立つもの、いずれもおろそかにするべからず!」指導前のこの薫陶を、最前列で聞いていたムキムキマッチョな若者が笑った。「それは普通の肉体しか持たない奴の場合でしょ、見てくださいよ俺を、心も技も凌駕するこの肉体!」確かに見事な筋肉だ。肩だけでなく胸にも太ももにもちっちゃいダンプ載せてんのかいみたいな、ムッキムキの筋肉。肩幅も鍛え抜かれて肩パット10枚くらい入れているみたいな盛り上がりっぷり。おまけに身長が高い、おそらく二メートルは超えているであろう大男である。「人を守るなんて簡単簡単、弾除けになればいいんでしょ」毎年一人くらいは、こうした力自慢の勘違い野郎が混ざっている。これを徹底的に”折る”のもみやびの仕事のうちだ。「人を守るということは、肉盾になることとは違うわ。あなた、そのご自慢の筋肉で弾丸が防げると思う?」「少なくとも貫通はしねえだろ」「甘いわね」みやびは彼を挑発するかのように、くいくいと手招きした。「特別指導をしてあげるわ、かかってらっしゃい」若造はまだみやびを侮っている。すけべったらしい目つきでみやびの体を
ปรับปรุงล่าสุด: 2026-06-25
Chapter: それぞれの思惑
史緒里は手土産を持って、祐市の実家へと訪問した。「おばさま、お久しぶりですぅー」祐市の母、美鶴と史緒里はよく見知った仲だ。祐市と恋人だった頃、史緒里はよくこの家に遊びにきていたし、有名な霞ヶ浦家のお嬢様だということもあって、美鶴は史緒里のことを可愛がっていた。「まあまあ、史緒里ちゃん、本当に久しぶりねえ」「これ、お土産です」「そんなの、気にしなくていいのに」美鶴は史緒里を茶室に通し、歓迎のための茶を自らたてて出した。「海外に行っていたんですって?」「そのことなんですけど、おばさま、理由はなんて聞いています?」「自分探しと語学の研鑽のためってきいているけど?」「実はそれ、嘘なんですぅ」史緒里はよよと泣き崩れる。「実は2年前、胃がんが見つかって、幸いに初期段階ではあったんですけどぉ、国内では治療が難しいってことで海外で治療を受けていたんですぅ」「あらあら、まあまあ、大変だったのねえ」史緒里は抗がん剤の副作用がいかに苦しかったか、知る人もいない海外の病院で弱ってゆく病気の自分がいかに哀れだったかを延々と語って美鶴の同情を散々に引いた。「そんな日々を耐えられたのは、ただ、もう一度だけ祐市さんに会いたいという、愛のためだったんですぅ」「ううっ、なんて美しい愛なのかしら」美鶴がハンカチで目を抑えている隙に史緒里はペロリと舌を出す。これみんな嘘だから。「なのに、ようやく体が治って帰ってきたら、祐市さんには妻がいる、この絶望、わかります?」「わかる、わかるわよ、史緒里ちゃん、でもね、あの2人は別に愛し合って結婚したわけじゃないの」「だけど、私……祐市さんのお嫁さんになりたかった……」「ううっ、じおりぢゃん〜」美鶴は持っていたハンカチで涙を拭い、ついでにブビーと鼻をかんだ。「私が離婚するように言ってあげるわ、あの二人が別れたら、あなたが新しい花嫁さんよ!」「えー、でもそれって、なんか割り込むみたいで申し訳ないですぅ」「何を言っているの、先に割り込んだのはあの女の方よ! それにね、あんな生まれも素性もわからない女なんて。私は一度も嫁として認めたことはないわ!」みやびが祐市のボディガードだということは、美鶴には特に絶対知られないように配慮されている。ちょっと世間知らずで思慮の足りないこの義母に知られれば、警護計画に大きな穴が開き
ปรับปรุงล่าสุด: 2026-06-25
キズモノのシェフ 〜フレンチからファミレスへ、再起のレシピ〜

キズモノのシェフ 〜フレンチからファミレスへ、再起のレシピ〜

その傷は、私から美しい人生を奪っ た——。 フレンチレストランのシェフだった紗希は、 夫に店を奪われ、離婚とともにすべてを失う。 行き場をなくした彼女を拾ったのは、 大手ファミレスチェーンを率いる若きCEO。 商品開発部に配属された紗希は、 一流フレンチで培った技術と、 新たに学ぶ“大衆料理”の現実を武器に、 次々とヒット商品を生み出していく。 傷だらけになった人生でも、 料理があれば、もう一度立ち上がれる。 これは、キズモノのシェフが フレンチからファミレスへと舞台を移し、 再起の一皿を生み出す物語。
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Chapter: 暖かい厨房
まさか、こんなに苦戦するとはーー咲希からの電話を受けた弁護士たちは、訴訟の相手が海斗だと知ると、一様に断りの言葉を口にした。「相手が悪すぎます、畠山さんのところの法務部は……ちょっと」海斗の会社は大きく、きちんとした法務部がある。利益がらみでギリギリの駆け引きをすることも多い海斗は、特にこの部署に優秀で狡猾な人材を集めており、そこらの真っ当な弁護士事務所では太刀打ちできない。咲希は八件目の電話を丁寧に切った後、天井を見上げてため息をついた。咲希は小娘ではないのだから、「困ったことがあったら頼りなさい」というのが、社交辞令の一つであることも、それでもわずかばかりの情が含まれていることも、知っている。——それでもこの結果か。咲希はスマホを置いて立ち上がった。開店の時間まで1時間、立ち上げが始まる。最初に出勤してきたのは村上だった。彼は咲希自らが引き抜いてきた人材であり、一番弟子といって過言ない。厨房着に着替え、固く一つに結んだ髪の上にコック帽を被った彼は、厨房に入ってすぐに咲希を気遣った。「先生、大丈夫ですか」この店の従業員たちは咲希と海斗の関係がすでに破綻していることを知っている。もちろん、咲希が夫からこの店を守ろうと抵抗していることも知っているのだ。だが、彼らは若くて後ろ盾もない。せいぜい咲希を気遣う程度のことしかできない。「先生、立ち上げは俺がやりますよ、よかったら少し休んでてください」「ありがとう、今日の前菜《オードブル》は白身魚とホタテの刺身にするわ、とてもいいヒラメが届いているから、下処理をお願いね」「カルパッチョですか?」「いいえ、刺身よ。ソースは醤油とワサビをベースに、私が作るわ」「刺身ですか、フレンチなのに」「フレンチだから刺身を出しちゃいけないなんてルールはないでしょ」「また……オーナーに怒られますよ」「そうね、怒られるでしょうね」村上は軽く首をすくめて、それ以上は何も言わなかった。彼は黙って、まな板いっぱいに横たわるヒラメを捌き始める。彼の手元は繊細ではないが誠実だ。ゆっくりとした包丁さばきで、皮を引いてゆく。次に出勤してきたのはギャルソンの時下。彼はソムリエの資格も持っており、ヒラメを見るとすぐに目を輝かせた。「白身魚ですか、となると白ですね」咲希は頷く。「甘口のものを中心に準
ปรับปรุงล่าสุด: 2026-06-18
Chapter: この店だけが私の存在証明
微かに冷蔵庫のモーター音が聞こえる。海斗は厨房の入り口にもたれたまま、不機嫌そうに腕を組んでいる。彼の靴先がコツコツと地面を叩く音が、その苛立ちを無言のうちに語っていた。咲希はレシピ帳から顔も上げずに答える。「考えてみたわ」床を叩いていた音がふいに止まる。咲希はさらに静かな声で続けた。「離婚には応じる」海斗の顔に喜色が浮かんだ。だが、その喜びが形になるよりも早く、咲希は顔を上げて強い眼差しを海斗に向けた。「だけど、この店は渡さない」海斗の表情が一気に落胆に変わる。「そんなことを、まだ言うのか」「慰謝料はこの店だけでいい、そうすれば離婚には応じる」「咲希、よく聞け……」「入らないで!」厨房の中へと足を踏み出す海斗を、咲希は声だけで押し留めた。「ここは関係者以外立ち入り禁止よ、話があるならそのままどうぞ」「俺は君の夫で、ここの出資者だが、それでも関係者じゃないというのか」咲希は鼻先で笑って答えない。今や彼女にとってこの男は、他人よりもよそよそしい存在だ。そして海斗にとっても、咲希はもはや尊重する必要のない相手であった。「君の手腕ではこの店の経営を維持することはできないだろう、たかが料理に、君はこだわりすぎなんだ」「それがあなたに何の関係があるというのかしら」「関係はあるだろう、出資した以上、利益は戻してもらわなきゃならない」「利益ね、あなたにとって大事なのは、それだけなのね」この店——ラ・ベラ・ヴィータの店舗自体の資産価値はさほどでもない。1日5組に限定して、原価を考えず高級食材をふんだんに使うスタイルだから、売り上げもほとんどない。それでも利益至上主義の海斗が、なぜこの店の所有権にこだわるのか。それは、この店の知名度が十分に価値あるものだからだ。「俺ならば、この店をもっと大きくすることができる」「大きくするつもりはないわ」「それだよ、そのこだわりがこの店を潰す、だから君にこの店は渡せない」咲希は黙ってレシピ帳を閉じ、立ち上がった。「仕込みがあるの、どうぞお帰りください」「咲希、あまり頑固だと、後悔することになるぞ」海斗は大袈裟に踵を返して立ち去る。遠ざかってゆくその足音を聴きながら、咲希は無意識のうちにコック服の襟元を指先でなぞった。そこには古い傷痕がある。首元を起点に、胸を通って脇腹まで
ปรับปรุงล่าสุด: 2026-06-18
Chapter: その店の名は“ラ・ベラ・ヴィータ”
凶刃は私の体に傷を刻んだ。それは私の“美しい人生”をも切り裂いた。私に残されたのは、料理だけだった。照明は暖色系、黄色みを帯びた柔らかい光が店内を暖かく照らして明るい。テーブルには真っ白いクロスがかけられ、並ベラれた銀のカトラリーは丁寧に磨き上げられて曇り一つない。テーブルについているのは畠山海斗と、その愛人である向坂淳美、そして本日海斗が取引を持ちかけようとしている海道物産の社長、海道恒吉であった。本日のアミューズが並ベラれ、ワインが注がれる。海道はワイングラスを揺らしながら満足そうに言った。「ここが噂の“ラ・ベラ・ヴィータ”……いい店ですな」海斗がにっこりと笑う。それは営業用の胡散臭い笑顔ではあったのだけれど、海道は気にする風もなかった。「しかし、私は他の連中とは違いますよ、胃袋で商売に手心を加えるようなことはしない、どんな料理を出されても、契約なんかしませんよ」「ははは、その話は後で、まずは料理を楽しんでください」アミューズは小さなパンにアボカドとエビを乗せて軽く炙りをかけたもの。アボカドの優しい緑とエビの赤が美しい目にも美味しい一品だ。サクッと音を立ててそれを齧った海道は、軽く目を見開いた。「ほう、これは……」パンはトーストされてカリカリとした歯応えが楽しい。作り置きなどせず、食べる直前に組み上げたからこその歯応えだ。えびには少し強めの下味がつけられ、口中でアボカドと合わさった瞬間の味がきちんと計算されている。海道の口元が静かに綻ぶ。これを見た向坂淳美は、満足そうに微笑んだ。「いかがですか、いい店でしょ、うちの海斗はこの店の出資者だからいつでも予約が取れるんです、お気に召したなら、またご招待しますよ」まるで海斗の妻であるかのような態度だが、この場の誰もそれを咎めない。海斗自身が彼女のそうした振る舞いを普段から許容しているからであり、世間ではこの向坂淳美こそが彼の妻だと思われているのである。その頃、畠山海斗の本当の妻である畠山咲希は、この店の厨房にいた。「村上、オードブルを出してきてちょうだい、宮下はスープの仕上げをはじめて、時島、次のワインを用意して」二人の弟子とギャルソンに指示を出しながら、咲希は本日の“メインディッシュ”の鍋をかき混ぜている。弟子が恐る恐る首をすくめながら聞く。「あの、シェフ、本
ปรับปรุงล่าสุด: 2026-06-18
離婚互助会カウントダウンクラブ

離婚互助会カウントダウンクラブ

離婚するほど不幸なわけじゃない—— そう思って飲み込んだ言葉に、薔薇を一本。 九十九本目までは、あなたの物語。 百本目からは、私たちの出番。 ようこそ、離婚互助会カウントダウンクラブへ。
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Chapter: 第七話
「極端な話をすると、例えば目玉焼きにソースをかけるか、醤油をかけるか、たったそれだけのことからリコーンってなることもまあ、あるかもしれないねって話なのよ」これは美沙の言葉だ。それは水口夫妻の“面談“のためのブリーフィングの場でのことだった。水口夫妻の詳しいプロフィールが書かれた書類をめくりながら、沙月は戸惑いの言葉を返す。「この水口さんご夫妻も、目玉焼きで離婚するんですか?」「違う違う、あくまでも例え話。いや、"目玉焼きでリコーン"の調停を担当したことあるけどね」「そんなことで離婚できるんですか?」「できる。マジでできる。離婚理由として一番多いのが"性格の不一致”ってやつなんだけど、これって便利な言葉でね、目玉焼きに何をかけるかっていう些細な問題から、子どもの教育方針や夫婦生活の価値観、嫁姑問題から金銭のやり取りに至るまで、意見の相違ってのを何でもかんでもひっくるめて"性格の不一致”として扱うことができるわけよ」「はあ、なるほど?」「で、ここからが大事、離婚理由として一番ポピュラーなのが"性格の不一致"だけど、これ、裁判にまで持ち込むとまず離婚理由として認められないことが多すぎるのよ」美沙は書類の束をばさっと投げ出し、得意げに顎を上げる。「ふふん、ここで目玉焼きの例えが効いてくるわけですよ。裁判では"目玉焼きには何をかけるか、意見が合わないので離婚します"なんて絶対に認められないでしょ、そう、これも例えなんですが、別々の調味料を用意すればいいでしょうとか、そもそも目玉焼きを食卓に出さなければ争いは起きないでしょうとか、そういう流れになるわけですよ」「それはまあ、そうでしょうね」「そこで、私たちの出番ですよ! 目玉焼きに何をかけるのか、それはネットでも度々論争を起こす重要な選択問題であり、人生哲学であるってことをきっちりはっきり主張して、確実に離婚をもぎ取る、そういうお手伝いをするのが、このカウントダウンクラブ……」そこへ、ドアを押し開けて瑶子がふわりと入ってきた。「先生ったら、また言ってる」遥子は楽しそうに笑って、沙月の隣の椅子に腰を下ろした。「先生の目玉焼きの例えは、とてもわかりやすいわ、だけど私たちが目指しているのは確実な離婚ではなくて、"納得"なのよ」遥子は薔薇を一本取り出し、それをクルクルと手の中で弄んだ。「そうね、逆
ปรับปรุงล่าสุด: 2026-06-28
Chapter: 第六話
カシュー塗りのセンターテーブルの上には白い生クリームのケーキ。添えられた紅茶はコクの強いアッサム。向かいに座るのは黙って紅茶を飲みながら話を聞いてくれるマダムと、ケーキに夢中ではあるが優秀そうな弁護士先生。沙月の口も軽くなる。「それで、私のいないところで私の体の話を、勝手に話されていたのが嫌だなって、そう思ったんだと思います」親戚の集まりでのできごとを話し終えた沙月は、冷めた紅茶を一息に飲み干した。クセの強い香りが鼻腔から抜けて、思考が冷やされる。途端に恥ずかしさと後悔が込み上げてきた。「あの、でも、私が気にしすぎてるってのもあるんです、“結婚したら赤ちゃん”って、親戚なら普通にする話題だと思うし……」ケーキを食べ終えた美沙が、ふっと口をひらく。「いや、それ、セクハラですね」沙月はますます萎縮する。「そんな大袈裟な話じゃないんです」「や、別にセクハラだから訴えろとか言ってないですよ、定義としてはセクハラにあたりますってだけで」遥子がふんわりと嗜める。「先生、言い方」「イヤ、だって、そのおじさんの言葉は性的な発言にあたるでしょ」「今は法律の話をしているんじゃないわ、そうね……あなたはどう思ったの?」急に話を向けられて、沙月は少し戸惑った。「え、わ、私……多分、嫌だった?」「おじさんの言葉が?」「違う……ような気もします」「じゃあ、旦那さん?」「それも、違うような……」沙月はしばらく考え込んだ後、静かにつぶやいた。「嫌な気持ちになったことは確かですが、だからって、“原因はこれ”って言葉にできるようなものは何もなくて……」「でも、嫌な気持ちになったのでしょう?」「こんなの、ただのわがままですよね」「そんなことはないわ、場の空気を壊さないために、その気持ちを飲み込んで穏便に済ませたのでしょう?」「そんなの、大人として当たり前のことですよ」「ええ、その通りよ、でも……」遥子が片手をあげると、美沙は部屋の隅から花瓶を引っ張り出してきた。そこには色とりどりのバラが。「飲み込んでしまった言葉の代わりに薔薇を。それがここのルール」美沙が花瓶から何本かの薔薇を引き抜いた。「何色にします〜? 私のおすすめは怒りの赤! キモいおっさんなんかぶっ飛ばせですよ!」「先生、それを決めるのは彼女自身、それもここのルールでしょ
ปรับปรุงล่าสุด: 2026-06-24
Chapter: 第五話
それからしばらく、沙月は穏やかに暮らしていた。「沙月〜、ちょっときてー」陽介に呼ばれて洗い物の手を止める。リビングに行くと、陽介はソファーのクッションをどけて何かを探している様子だった。「あれさあ、テレビのリモコン、どこに置いた?」沙月は濡れた手を拭いて、テレビ台の端に置いたリモコンをとってやる。「使ったらここに戻そうって、こないだ決めたでしょ」「あー、そうだった、ごめんごめん」リモコンを受け取った陽介はソファにごろりと寝そべる。「あ、洗い物の途中だった? 手を止めさせてごめんな」そう言いながら野球中継をつける陽介を見て、沙月の中に小さな棘が生まれる。だけど、薔薇一本に値するほどの痛みはない――ある日、沙月は陽介の親族の集まりに連れてこられた。名目は“陽介の曽祖母の13回忌”。沙月にとっては一度も会ったことのない人物だし、集まるのも親戚のごく一部だけという、こじんまりとした食事会だったのだが。食事会の間中、沙月は“子供の頃から陽介を可愛がっているおじちゃん”にずっと絡まれていた。「何、陽介ちゃん、こんな美人さんのお嫁さんもらったの!」酒も入って上機嫌な“おじちゃん”は、大喜びで小さい頃の陽介がいかに可愛かったかを、沙月に延々と語って聞かせた。それ自体は不快ではない。むしろ沙月は、陽介がおねしょがなかなか治らなかったことや、初めてカエル取りに行って田んぼに落ちた話などを、微笑ましい気持ちで聞いていた。さらに酒が進んだおじちゃんは、馴れ馴れしく沙月の肩を叩いて、上機嫌で言った。「俺から見ても陽介はいいやつでさ、優しいでしょ」「まあ、そうですね」「浮気はしない、変な遊びもしない、嫁さんを大事にする男だと思うよ、俺が保証する!」親戚が集まる宴席で、しかも酔っ払い相手に小さな不満を告げ口しない程度の分別が、沙月にはある。「そうですね、大事にしてもらっています」「そうでしょうそうでしょう、どう、ちゃんと仲良くやってるの?」「ええ、まあ」「そっか、じゃあ、赤ちゃんも、もうすぐかな」ちくり。言語化する必要すらないほどの、小さな小さな棘が沙月の中に生まれる。「陽介はねー、あれはいいお父さんになるタイプだと思うよー、ほら、今時の親って子供を虐待して死なせちゃったりするじゃない、ああいうことは、うちの陽介は絶対にしないね!」
ปรับปรุงล่าสุด: 2026-06-21
Chapter: 第四話
“相談室”の奥にある扉を開けると、そこは相変わらず、バラで埋め尽くされていた。誰かの激しい怒りを吸い上げたような真紅の薔薇。恋を弔う祭壇に似た白い薔薇。深い悲しみを抱え込んだみたいに俯く黄色の薔薇。この深い感情の中に、曖昧で不確かなピンクのバラを、果たして置いてもいいものなのか——手の中のバラをくるりと捻りながら佇む沙月に、遥子は静かな声で聞いた。「どうしたの?」「私なんかが、バラを置く資格があるのかなって……」「どうして?」「冷静に考えてみると、夫は別に悪いことなんか一つもしていないんです、私が勝手に苛立っただけで……」「そう、あなたはそう思ったのね」沙月は、ふと目についた花瓶をじっと見つめた。そこには赤いバラがこぼれ落ちそうなほどにいけられている。「……私の結婚は……恵まれている方だと思うんです、だから……」遥子は少しだけ首を傾げる。「それ、誰に言われたの?」「何を……ですか?」「恵まれた結婚生活だって、誰かに言われたんでしょ」「……母に、私の母の方です」「なるほどね、それに、あなた、旦那さんの愚痴を誰かに聞いてもらうと『惚気ですか』って嫌味言われることが多いんじゃなくて?」「なんでわかるんですか」「ふふふ、経験則よ」遥子は、茶目っ気たっぷりにパチンとウインクする。「ねえ、気づいてる? あなた、“不幸じゃない”っていうけれど、“幸せだ”って一回も言っていないのよ」沙月は答えを返すことができなかった。ただ喉の奥で「あっ」と驚きの声をあげるのが精一杯。「それに、不幸じゃないからって痛みがないわけじゃないでしょ?」バラを握る手がわずかに震える。「そうですね……」「じゃあ、バラを置く資格はあるわ、さあ」遥子は空の花瓶の前に、沙月を押しやった。沙月は手の中のバラをキュッと握りしめる。小さな——だが確かな痛みが手のひらの中にあった。「なあに? その痛み、まだ無視するつもり?」言われて沙月は、バラを握りしめていた手をそっと開いた。中指の付け根近く、手のひらの端に小さな傷がついている。「無視しちゃ、ダメですか、やっぱり」「いいえ、そんなことはないわ、それを選ぶのはあなた。自分がしんどくないのならば、無視し続けるのも一つの選択よ」沙月は、ぽろりと涙を一つこぼした。「しんどい……しんどいです。喧嘩をせず
ปรับปรุงล่าสุด: 2026-06-18
Chapter: 第三話
沙月は、持ち帰った薔薇を100円均一で買ったそっけない一輪挿しにいけて、出窓に飾った。夫である陽介は、「へえ、珍しいことをするね」と笑った。悪意からではない。単なる夫婦のコミュニケーションとしての、さりげない会話のつもりだろう。それは沙月もわかっているのだが……「君もようやく女性らしい情緒というものを理解したんだね」「大袈裟ね、花を一輪飾っただけじゃない?」「いやいや、君さあ、花なんて食べられるわけでもないし、資産価値があるわけでもないし、買うだけ無駄だって言ってたじゃない」「ああ、言ったこと、あったかも……」沙月はそっと薔薇に触れる。たった一本残された、あの棘を指先で探す。ちくりと小さな痛みが走った。だが、血が流れるほどじゃない。思えば結婚生活は“お互い様”。時には沙月が彼の棘になることだってあるはずだ。だけど彼も、そうした小さな棘を飲み込んでくれている。円満な家庭とは、そうした思いやりで出来上がってゆくもの――沙月がふと顔を上げると、夫は邪気のない笑みを浮かべていた。「なんか疲れた顔してるなあ、いいよ、今日は手伝うよ、何をすればいい?」そう言ってくれる夫は優しいと思う。ルックスも整っているし、仕事だって大手企業のエリート社員という将来を約束された立場であり、収入も安定している。身持ちが固くて真面目だから、浮気をするようなこともないだろう。だから沙月は、自分は幸せな結婚をしたのだと、常日頃から思っている。少なくとも、世間で見るような“離婚するほど不幸な結婚”をした女性よりもよほど幸せなのだと。だから、多少の痛みは……「そうね、とりあえずお風呂を洗ってきてくれると、助かるかなあ」「よし、任せてくれ、ピカピカにしてやるよ!」陽介は張り切って腕を捲り上げると、風呂場に向かった。沙月はその間に洗濯を取り込み、天日でカラッと乾いた足拭きマットを持って脱衣所に向かう。浴室の扉越しに、少し調子のはずれた鼻歌とシャワーの音が聞こえた。「ねえ、足拭き、持ってきてないでしょ」「ん、あー、忘れた」「ここに置いておくから、ちゃんと足拭いて上がってきてね」「わかったー」この間に食事の支度を済ませてしまおうと、沙月はキッチンに立つ。「豆腐があったわね、麻婆豆腐にしようかしら」レトルト調味料を取り出したところで、お風呂場か
ปรับปรุงล่าสุด: 2026-06-06
Chapter: 第二話
沙月が案内されたのはビルの二階、『相談室』と呼ばれる応接室だった。壁は落ち着きのあるアイボリー、窓は広くて部屋の中は明るい。座り心地を重視した座面の広い応接ソファと、それに揃いの小さなテーブル。観葉植物もいくつか置かれて癒しを意識した空間だ。だがソファに座った沙月は、少しも癒されることなどなかった。手にした薄桃色のバラを所在なく撫で回しながら、ポツリと呟く。「これ、生花ではないんですね」手触りでわかる。その薔薇は防腐処理をされたプリザーブドフラワーだ。沙月の対面に座る遥子は、相変わらず落ち着きのある笑みを浮かべて答える。「そうね、誰にも言えずに飲み込んだ言葉は枯れるわけじゃない、ただ日常という花束に紛れて誤魔化されてしまうだけ、だから」「飲み込んだ言葉、ですか」「あるでしょ、一つくらい。例えば『お皿くらい洗って』とか、『靴下を裏返しで出さないで』とか」「いえ、うちの夫は家事は手伝ってくれますし、きちんとした性格なので靴下は表に返して脱ぎますから」「んもう、そうじゃなくって、例え話よ、これ。そういう、小さい不満を飲み込んで我慢したことがあるでしょって話よ」「小さな不満……」沙月は手の中にあるバラに視線を落とす。思い浮かぶのは、今朝の出来事――沙月の夫、早坂陽介はトーストを齧りながらなにげなく言った。「仕事、いつ辞めるんだ」まるで辞めることが決定事項であるような言い様に、わずかな苛立ちが心中に湧く。それでも沙月は、(彼に悪気はないんだから)と苛立ちを飲み込んで、にっこりと微笑んだ。「それは、この間も話したでしょう、辞めるつもりは、今のところないって」陽介と結婚して二年目、義母からも「赤ちゃんはまだなの」と何度も聞かれている。生活も落ち着いたし、そろそろ子供を持つことを考え始めてはいるが、だからといって仕事を辞めようとまでは考えていない。「うちの事務所は小さいけれど、産休制度もしっかりしているし、もし辞めるにしても実際に妊娠してから様子を見て、って話だったでしょ?」「そうだっけ? あー、そうだったかも」夫に悪気があるわけではないことはわかっている。わかってはいるが、真剣味のかけらもなくヘラヘラと笑っている様子に、沙月の苛立ちはさらに募ってゆく。「でも、どうせ辞めるなら遅いか早いかだけの問題だろ、ウチの母がいうにはさ
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