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宵更カシ
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Novelas de 宵更カシ

血がマズすぎて追放された私が吸血姫の眷属になれた訳

血がマズすぎて追放された私が吸血姫の眷属になれた訳

――あなたの血、不味いのよ 仕事は完璧、けれど血の味で捨てられ続けた七見光莉は、母のような吸血鬼の眷属になることを夢見ていた。 夢破れ、絶望に打ちひしがれながら実家へ帰ろうとする途中、奇妙な旅烏の吸血鬼『クリスカ・アルタリィ』と出会う。 「あなたの街を案内しなさい」 そんな言葉から始まった小さな冒険。それはやがて彼女の秘密を巻き込む真夜中の壮大な旅になるのだが――?!
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Chapter: 第三十八話 ようこそ『湯楽屋』へ
美喜恵さんが得意げな様子で案内する古風な趣のこの旅館は何を隠そう彼女が統べるお屋敷でした。クリスカさんは以前から存じていて、よく通っていたとかで、気づけば彼女が抑えていた日当たりの悪い角部屋へ籠っていました。「あの子はいつもそうなのよ。朝来て、すぐ部屋に籠るの。私が居てもそうだから、いいの。寝る子はよく育つ。あの子はほんの五十余年前から成長する兆しがないけれど」 全く気にする素振りのない美喜恵さん。熟知していて呆気なのと私以上にクリスカさんの事を気に掛けたり、知っていることが少し悔しい気もしました。これが嫉妬でしょうか。「お昼の間はお二人とお話しようと思ってたから」 「私達がいることもご承知だったのですね」 「久々に連絡が来たと思ったら、今日は三人だって聞いていたから興奮していろいろ考えちゃったのよ。それで遠路遥々、北陸まで足を伸ばしてくれたこともあるし、せっかくだから地元のお魚とかお野菜で作ったご馳走を囲みながら」 名案です。私は屈託のない笑みで頷いて後を追いました。「けど、いいのか? 旅館の朝と言えば、旅行者のチェックアウトでごった返す忙しい時間帯じゃ?」 「お客様の事なら頼れるスタッフのみんながいるから心配ないの。むしろ、一線を退いた老人が混ざっても変に気を遣ってしまうから迷惑でしょうし」 「そういうものなのか」 「えぇ。旦那にも先立たれ、仕事も勇退したんだから長閑な田舎で一人死ぬまで隠居したいわね。もう十二分に尽したから」 遠い、果てぬ空を見上げるような寂しい瞳で語ります。「もう身体も無理が効かなくなってきたからさっさと誰かに預けようと思っていたのだけど」 「でも、凄くお若くてお元気そうに見受けられますけど」 「そう? 嬉しいこと言ってくれるじゃない光莉ちゃん。でもね、こう見えても私、九十越えのおばあちゃんなのよ?」 「きゅ、九十!?」 「全然、そうは見えない」 「よく言われる」 華奢で老いも感じられないその出で立ちに半分冗談だと思ってしまいます。いえ、多分冗談でしょう。「本当?」 「本当。後でクリスカに聞いてみるといいわ。歳の近い人間の友達って言うと、もう私くらいなものじゃないかしら」 啖呵を切るのならきっと嘘ではなく真実だと確信します。 そして、廊下を歩き切った旅館の奥深く。襖で仕切られた角部屋に、割烹着姿
Última actualización: 2026-06-29
Chapter: 第三十七話 クリスカの初恋
出てきたのは初老の女性。サラリと靡く白髪に柴犬のような細くもくっきりとした眉。厚手のコートと変哲もないジーパンを召した見た目はごく普通の叔母様が見かけに外れて走ってやってきます。 言葉でこそ過酷さを訴えていますが裏腹に顔は満更でもない開き切ったひまわりのような満開の笑顔が咲いていました。「久しぶりねぇ。今度はどこの帰り? 大阪? 京都? あら九州かしら」 「残念だったわね美喜恵。全部外れよ。北海道」 「まぁ随分と遠くから来たのねぇ。っと、この方々は?」 「旅のお供。最近知り合った人たち」 「あらまぁこれは失礼を。私ったら年甲斐にもなくついはしゃいじゃって、自己紹介が遅れちゃったわ」 「いやまぁ、大丈夫だ……あっです」 「堅苦しいのは無しでいいの。茂木 美喜恵よ」 「薫、佐伯 薫」 「七見 光莉です! えっと、クリスカさんと旅をさせていただいてます!」 頭を垂れて一礼。「元気がある子大好き! ささ、外じゃ寒いし中でゆっくりお話しいたしましょう」 背中を押されて車内へ。その勢いに気圧され、私と薫さんはもはや為すがままです。 中には冷蔵庫やテレビ等々、誰の手向けなのかと首を傾げるほどの至れり尽くせりぶり。「でもバスってなんか物々しくないでしょうか?」 「クリスカはド派手な演出が好きなの。もうとびっきりのね」 「もう卒業したわよとっくの昔に」 「あらーそうだったかしら? その割に巷では豪華と謳われる寝台列車を乗り回してるって聞くけど?」 ぐぅの音も出ないと言った渋い表情。けれど嫌な気はしていないようで、バスに乗り込むと真っ先に美喜恵を隣に呼んで座らせると——「意地悪は止してよもう」 語尾が薄れていきます。顔を覗こうとするとそっぽを向かれてしまい、そんな様子を見る薫さんはあっけらかんとしていました。「照れちゃってねぇ。若いって良いわねぇ」 「美喜恵は、その大分変ったわね。皺が深くなったって言うか」 「これでもお若いって言われるのよ人間の間では」 「人間? あの差し支えなければで良いんですけど」 「私、茂木美喜恵は人間じゃないんですか? って質問でしょう?」 「は、はい。読まれてた」 暫し黙って含み笑い。「そうねぇ。謎の女、というのはありきたりかしら。んー即興で何か考えるのはやっぱり苦手ね」 苦悶しつつ、考え出され
Última actualización: 2026-06-28
Chapter: 第三十六話 金沢の朝
 寝台列車の終着は目覚めて間もない北陸の中心駅『金沢』。新幹線の建設でブルシートが目立つ高架駅に停車した列車の扉を降りたクリスカさんに続いて、私と薫さんもプラットホームの黒に色を付けます。 まだ目的地というわけではなく、けれど次の電車までは時間があるというので小休止を挟むことになりました。 駅前に出ると、一際巨大な鳥居のような門が現れます。「よくテレビで見るアレですね!」 名前が出てきません。 二本の大木に絡んだ幾本の柱に均一な升目が掘られた天井。まずその荘厳な門構えに圧倒されて、どこまで行けば私のファインダーに収まるか、想像もできませんでした。 しかしこの門、その姿形には既視感があるのですが、多分ほとんどの日本人はよくテレビに出てくる門としか認識していないのではないかと心で秘かに抱いています。「鼓門ね。能楽で使われる鼓をイメージして建設された現代アートで、恐らく駅前であるモニュメントとしては東京駅の次くらいに大きい建造物よ」 「やはり、日本の駅というのはとてもユニークな物が多いな」 「薫にしては意外な反応ね。てっきりこういう建築物とかは創作の種にするから見慣れているかと思ってたけど」 私は走って天井に目を凝らしてはしゃいでました。「どちらかと言えば西洋風の館とかを参考にするんだ。こういう、あまりにスケールが大きすぎる建物は内部が複雑で迷うわ、外観のイメージとは掛け離れた近未来的な内装であまり参考にならないんだ。人にもよるが私はね」 「作家も複雑ね」 難義な境遇に腕を組んで同情の言葉を掛けるクリスカさん。「まぁ、クリスカほどじゃないさ」 私から少し離れたところで内容は聞き取れませんが二人は談笑に盛り上がっているようでした。 すると遠雷のように低く野太い鐘が鳴りました。その音源を探すように眼を走査すると、大通りの手前に聳える大時計を見つけます。「あっそうです。クリスカさん、太陽が出るまであと一時間程しかありません! ホテルに急がないと」 午前五時を指す針に私は慌てふためきました。けれど当の本人はとても冷静で、むしろ太陽なんてクソ喰らえと言うような余裕の表情です。「心配ないわよ。多分、そろそろだから」 「そろそろ?」 含み笑いでロータリーに目をやると、一台の大型バスが交差点を曲がってきます。夜行の長距離バスにしては派手な銀のエ
Última actualización: 2026-06-27
Chapter: 第三十五話 朧げな終着
走り出せばいずれ終着は訪れる。列車がそうであるように人生も例外じゃない。三段ベットの一番下で徐に呟きました。 クリスカさんは人の生きる道をよく列車に喩えられます。漠然として哲学的ながらも、万物が持つ死という概念を謳うそれは、私もはっきりと感じられました。「藪から棒にどうしたんだ?」 「ぼんやりと浮かんできたのよ。他意はないわよ?」 「その一言で人生の深みを味わえる素敵な詩です!」 「光莉ってクリスカに結構毒されているんだな」 毒されているというのは心外です。大判焼きにかぶりついていた私は手を止めてムッと頬に膨らませますが、最上階なので誰も気づくことはなく、スルーされます。「家族ぐるみの付き合い、というよりは実家の屋敷に代々従えてる使用人の長女なの。敬語が常だったり、気遣いに長けてたりするのも、もはや遺伝子レベルで刷り込まれてるからなのかもね」 「気遣い……なのか」 「えぇ。そうよね?」 「何を——本心ですよ」 三段寝台で繰り広げられるやり取り。勿論、クリスカさんのポエムに感無量なのは疑いようのない本心です。「でも、そろそろ敬語は卒業してほしいかもね」 とクリスカさん。「敬語を卒業?」 「耳にタコができるほど聞かされているとは思うけど、私達は対等よ。歳の差とか家系とか、そういうシガラミはこの際全部なし」 「シガラミ……ですか」 これがシガラミだなんて思いもせず、いざ払ってしまえと言われると言葉に詰まりました。 私からすれば、クリスカさんは仕えるべき吸血鬼なわけで、今もその関係性、概念に変わりはありません。 口を紡いで熟考します。果たして彼女が望む平等とは一体なんなのでしょうか。その答を掴めないことに焦燥感で一杯になりそうでした。「まぁ、難しいのならいいの。私のわがままだから」 「左様ですか……」 「貴方らしく生きればいい。そうだ、ねぇどうして使用人を目指そうと思ったか教えてよ」 やる瀬ない気持ちが霧散し一点、私の声に活力が漲りました。「母の姿を視て、後を追いかけようって思ったんです。淑やかで凛々しくて、それでいて主様であるクリスカさんのお父様に尽くす姿が、私の脳裏から未だに離れない。あとは、給仕で着る給仕の服がとても可愛らしくてっていうのもありますね」 脳裏に過る幼少期の記憶、お仕えする吸血鬼の方のお屋敷へ遊びに行
Última actualización: 2026-06-26
Chapter: 第三十四話……?
閑話休題。連絡船を降りて数週間、青森で滞在した後の事。列車が光拒む宵闇に発つ直前のお話です。「あっ今川焼」 駅構内のメインストリート。地元のお土産屋台がずらりと軒を連ねる中に、クリスカさんが一際異彩を放つお店を見つけて袖を引っ張り呼びました。 何枚もの円盤状の鉄板が並んだガス台で焼かれるきつね色のお菓子。あんこやカスタードを中へ入れて食べる今川焼です。 けれど私がすかさず、「いえ、アレは今川焼ではなく大判焼きです」 「そうとも言うな」 「買っていかれます? 大判焼き」 「今川焼じゃないの?」 「大判焼きです」 訂正して頑なに譲りません。紅い暖簾には黒い文字でしかと大判焼きと書かれています。 世の中には名称や好みの争いが付きません。犬か猫か、ケチャップかマヨネーズか、あんこかカスタードか、半熟か固焼きか、きのこかタケノコかなどなど。数えていてはキリがないほど。 かくいうこの目の前で次々と焼かれるコレも例外ではなく、しかも二者択一ではないのでした。 足を止めて私と眇めた瞳で微笑するクリスカさんの視線が交錯しました。「光莉は、そう呼んでいるんだ」 「大判焼きでしかないです。むしろ他の呼び方は初耳です」 「でも今川焼がしっくりこないかしら?」 「そうでしょうか?」 「ちなみに地域で呼び方が違いみたいだ。関東圏は今川焼で通用している」 「我が家では大判焼きと呼んでいるんです。関東ですけど」 「珍しいな。するとご両親のルーツは関東圏外か」 割って薫がその差違を説き解くと、「なるほど」と私は納得していました。「まぁ、どっちでもいいわ」 そう言って、クリスカさんが屋台に寄って行き、私達も背中を追うように遅れてやってきます。「カスタードを三枚」 「はいよ、回転焼きカスタード三枚!」 私とクリスカさんは思いっきりずっこけました。それはもう、建物も揺らす勢いで、足を滑らせて。
Última actualización: 2026-06-25
Chapter: 第三十三話 旅は多い方が楽しい
「ちょっと声が大きいわよ」 顔を真っ赤にしながら、思わず大声で聞き返してしまいました。意外も意外、まさしく晴天の霹靂が如く言い放ったクリスカさんですが、そこには微塵も恥じらいもなく、むしろ哀愁すら漂っていて、表情も懐古に想い耽る微笑みが現れています。「失恋したんだけどね。次の旅は件のその人に会いに一路日本海を伝って南へってところかしら」「クリスカさんを射止めた方……ぜひお会いしてみたいです」 「……物凄くハードル上がるなぁ」 上げたのは私ではありませんよ多分。「まぁ話を戻すんだけども」 「無理やりですね」 「意外と恥ずかしいのよもう。光莉の心配は杞憂よ。あらかじめ言っておくわ」 「杞憂?」 「まだ薫との糸は切れていないという事よ。まぁ離れていても秒速で伝えたい言葉や想いが伝播する現代だと、離れ離れってことの実感が薄いけれど」 それでもやはり、と食い下がりそうになりました。もはや戻る術などなく、いくらクリスカさんに弁じていても何も伝わらない。 理解しつつも煮え切らず、言葉だけが込み上げてきます。けれどそれを伝えるためだけに私が泳いで戻るとかは不可能で、船を差し戻すということも考えましたが一個人の願いの為だけに周りを巻き沿いにするのは尚更無茶な発想でした。 下唇を噛みながら、私は遠ざかる北の大地に目を向けます。あの雄大な大地に大切な何かを置き忘れた気分で。「言いたいことがあるなら、叫んでみるといい」 「叫ぶ?」 「心を持つということは時に不思議でね。離れていても言葉が通じ合うことだってあるの。以心伝心という奴かな?」 まさか、とも思いましたが気晴らしには丁度良いかもしれないと、私は腹に息を溜め込みます。「薫さぁぁぁん! 酷い事言ってしまってごめんなさぁぁぁい!」 「そう叫ばなくとも聞こえているぞ、光莉」 不思議です。手に取る様に薫さんの声が耳に残り、「って、え?」 「さっきから見ていたぞ。クリスカも少し悪戯が過ぎるんじゃないか?」 「人の驚いた表情とか、愕然と立ち尽くす様を見るのが私の好物の一つよ。覚えておくといいわ」 「いつ……から?」 「階段のところでずっと出番を待っていた」 「じゃ、じゃあ、さっきまでクリスカさんに打ち明けてたことも全部」 「聞こえていた。それに関しては、何か悪いことをしたかな?」 顔全体が
Última actualización: 2026-06-24
繋がったのは彼との鎖――大海原で全てを失った私の奪還——

繋がったのは彼との鎖――大海原で全てを失った私の奪還——

大海原を往く豪華客船……その真ん中で、私は棄てられた。 婚約者の純と日野内グループが主催するクルーズに参加していた香織だったが、突然起こった経営する会社の株の大暴落で失墜してしまう。 そして船から大海原へと放り出された彼女を見つめていたのは、元婚約者の彼とその隣に居座る令嬢『田沢湖 海未』だった。 冷たい海と絶え間ない孤独。しかし悲しみと憎しみに震える彼女に光が差し込む。 「取り戻してみせる。会社も幸せも」 ※ブックマーク、コメント、レビュー、いいねが創作の励みになりますのでぜひ!
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Chapter: 第14話 スパイの末路
 石橋は凄まじい剣幕で机を叩く。「適当な事を言わないでくれるかしら? 私はそんな指示していない」 冷たく言い放つと、「これは工藤部長の独断で進めたこと。何度も言うけど、貴方に指示した記憶はないわ。それに、そのデータだって、きっとそこの女が金で偽装させたに違いないわよ」 慎ちゃんの言いたいことを察したようだ。「では、うちの社員が買収されたと?」「そう考えるのが自然でしょう。ほんっと、迷惑な方ですよね社長」 嫌みったらしく、しかし嘲笑して言った。「じゃあこれはどういうことかな?」 慎ちゃんの胸から取り出されたのはボイスレコーダー。 再生ボタンを押すと、「日野内の株を十六時に購入なさい」「取引が終わる間際にですか? 当日の朝に言われましても」「先方には話をつけておく。頼むわよ部長」 この場にいる誰もが声の主の正体を理解し、一点に集中する。「な、何よ! こ、これがなんだっていうの!」「君は買収を指示してないと言ったね。これは、どういうことかな?」「え、えっと・・・・・・あっ! あぁ! 忙しくてつい忘れていたかもしれません! そう、きっと指示したに違いありません」 石橋はさっきまでの態度を一転。 ボイスレコーダーの声まで突きつけられたら、言い逃れはできないと思ったのだろう。「でも・・・・・・どうして当日に?」「何よあんた! 社員でもない癖に言いたいことでもあるの?!」 私が尋ねると、威圧的な声色で返ってくる。 でも、当日の取引終了間近に頼むのは変だ。 大金が動くし、何よりも前情報なしにやるのは証券会社だって注文を受けるのを渋る。 大企業同士の買収ならば尚更。 社長を通さない株の取引。時間指定付き。 そして買収は株価の暴落を的確に狙い、実行された。 私はもう一度、その時の株価のグラフをスマホに出す。「十六時・・・・・・やっぱり」 やってくれたわね。このおばさん。 つまりこれは、「インサイダー取引・・・・・・」「香織の言うとおり。買収の判断は見事だった。しかし、法を犯してしまっては元も子もない。あぁ石橋君、君に聞きたいことはもうないよ」 慎ちゃんの顔は笑っていた。でも―― 手にしたボイスレコーダーは嘘をつかない。 右手でゆっくりと操作し、会話の内容が変わる。「買収情報をありがとう。これでまた一つ私の評価が
Última actualización: 2026-06-29
Chapter: 第13話 次があれば――
「ちょっと来なさい」 仕切り直しとなった会議の後、『石橋 文香』の声で足が止まった。「なんでしょう?」「貴方に興味があるの。専務室でちょっと話さない?」 一見すれば仲の良い場面かもしれない。 けれど薄ら笑う顔には、何か裏があると直感する。 上に階を跨ぐと、社長室と同じ階に専務室が並ぶ。 通されたデスクは質素で飾り気がない、モノクロの家具や雑貨が置かれている。「早速だけど、社長にどうやって取り入ったの?」「取り入った?」「えぇ。日野内と言えば、今や世間を大騒ぎさせている会社じゃない。その社長様が、清き綱島グループに入れるなんておかしな話よ」 会議の時から薄らと気づいてはいた。 私はその意味を考える素振りをした。「分からない? なら単刀直入に言うわ。社長の隣にいるなんて生意気よ」 笑みが一瞬で凍りつき、軽蔑の目へと変わる。(やっぱりね。不正の話が嘘だと知ったら、改めるかもしれない。でも) 弁明をしたところで、現状じゃ証拠が出せない。 それではただの推測や憶測、下手な言い分に過ぎないことは分かっていた。 世間様と同じで。「弁明の一つもできないのね。情けない。恥を知りなさい」(辱めるためだけに呼んだのね) 石橋 文香は言いたい放題言うと、半ば追い出すように私を専務室から退場させた。「恥を知れ・・・・・・ね」「慎ちゃん?!」 扉一枚挟んで、廊下の壁に寄りかかっていたのは慎ちゃんだった。「ここで待っていたの?」「石橋君と歩いて行くのが見えてね。どんな話をしてたの?」「ちょっとした世間話よ。何でも無い」 私は誤魔化して会議室に戻ろうとするが、「ちゃんと話さなきゃダメ。じゃないとここは通れない」 抱擁で通せんぼされてしまう。「恥を知れっていうのが、日野内での世間話だったの?」「そんなわけないじゃない。でも、ここだとちょっと話づらいから後でも良い?」「うん。でも」 慎ちゃんがコクリと頷いて、「後があればだけど、ね?」 ボソリと呟いた。 再び会議は幕を開ける。 しかし会議室の椅子と人の数が休憩前よりも増えていた。「早速だが、我が社に潜り込んだスパイの件で進展があった」 どよめきの中、慎ちゃんは話を続けた。「これは先日の日野内グループの株価暴落とも関係している。株式部『工藤』部長、うちが買った日野内の株は
Última actualización: 2026-06-26
Chapter: 第12話 影を撃つ銛
 綱島グループの本社に着くと、ビルのガードマンが車の扉を開けてくれた。 エントランスの案内図にはズラリと綱島グループの関連会社が並び、テナントは一切入っていない。(これを慎ちゃんが?) 驚かされてばかりだった。「細道。すぐにうちの製品とこのメモ通りに作ったツナを用意しろ」「かしこまりました」 走り書きしたメモが細道に渡り、彼が忍びのように消えていく。 ・・・・・・これで本当に合ってるかは分からない。 薄れていく記憶を必死に引っ張り出して出した答えは、食べてみないと分からない。 一抹の不安は残る。それを察してか、慎ちゃんは手をぎゅっと握って、「少し散歩しよっか」「散歩?」 尋ねる間もなく、慎ちゃんは興奮した足取りで引かれ、エレベーターに乗せられた。(みんな目も暮れずに働いてる) 慎ちゃんに気づかないままの社員さんもいれば、「お疲れ様です社長」 と、声を掛けられたりもする。「先日の案件、上手くまとまりました。頂いた助言が大変助かりました」 そう言って、飴ちゃんを渡してくる社員もいる。 けど偉ぶる素振りも見せず、「みんなの頑張りのおかげだよ。ありがとう」 仏のような笑みと優しい言葉で労っている。 だけど、私に見せるような甘さはない。(敏腕社長って感じ。ちょっと寂しいかな) 格好いいと思う反面、寂しさも感じる。 フロアを一通り回った後に、社長室へ到着する。「緊張、解れたかな?」「うん。気を遣わせちゃったかな」「全然! お仕事するにも、緊張は取った方がいいから。それに」 一拍置いて、彼は耳元で囁く。「怖い顔より笑っていた方が素敵だから」 ポッと耳が赤くなる気がした。 ・・・・・・やっぱり、この子が慎ちゃんっていうのが信じられない。「香織のデスクを用意しないとね。秘書だから、ここで仕事して貰った方が都合良いな。あっパソコンも新しくしないと。今度のパーティーで会うからそのときに」 固まっている思考が舞い戻ってくる。 そして慎ちゃんに微笑んでいた。(格好いいお兄さんになったんだね) 甘えん坊を見る瞳が、急に一人の男を見る瞳に変わった。 社内の電話でデスクや椅子を頼むと、すぐに用意が始まった。 まるで用意していたかのように、私の仕事場が整っていく。「魔法みたい」「香織のためならどんな魔法でも起こしてあ
Última actualización: 2026-06-25
Chapter: 第11話 慎ちゃんの『足りない物』
 日本の景色をまたこの目で見れるとは思わなかった。 それも慎ちゃんが手配したプレイベートジェットでだ。 広大な大海原を彷徨っていた私が、今度は空飛ぶ妖精になって舞い戻ってきた。「長旅お疲れ様です」 コクピットから出てきたのは細道。 飛行機を操縦できるコンシェルジュなんて聞いたことはなかったけど、「素敵な部下をお持ちで」「香織には敵わないさ」「左様でございますか」「いいや比べるのはナンセンスか。細道はうちの優秀な部下だよ」 クスっと笑った。 ここでも慎ちゃんは特別なオーラを放っていて、「あの人ヤバくない?」「超イケメン・・・・・・しかも連れてる人も綺麗」「どこかの富豪さんかな?」 と道行く女性陣からは黄色い声が聞こえてくる。「人気ね」「まぁね」 小さい頃だったら、人見知りで私の後ろに隠れていたと思う。 そんな幼い男の子が私、今はの手をぎゅっと握って堂々と歩いているのだ。 その成長がどことなく嬉しい。「お車を手配しております」「助かる。すぐに取締役会を開きたい」 空港の出口で黒塗りのリムジンが待っていた。 豪奢な内装で一際目立っている。「乗って乗ってー」 るんるんな慎ちゃんだけど、私の驚きはそれを差し置いていた。 日野内グループでも社用車はあったし運転手もいた。 けれどリムジンのような豪華さはなく、移動のための質素な車だった。 私が知らない間に、慎ちゃんは桁外れのお金持ちになってしまったのかもしれない。「あぁそれと、例の物は?」「ご用意しております」 乗り込む直前に慎ちゃんが聞いていた。 例の物って? 私は疑問を抱いたまま、中へ乗り込むと、「・・・・・・ツナ?」 シャンパンの横に置かれていたのはツナの缶詰。 しかもフォークまで用意されていた。 私は唖然とした。「これは綱島グループが売ってるツナ缶。品質、価格、全て申し分ない」 車のシートに身を預けながら、慎ちゃんはビジネスモードの口調で教えてくれる。「中身のマグロはサマリア産。香織を迎えに行った船で加工して日本へ輸出してるんだけど」 彼はツナ缶を開け、一欠片を口に運ぶ。「問題は味だ。役員やお客様には美味しいと評判なんだけど、何かが足りない」「何かって?」「それが分からないんだ」 なんとも不思議な話ではある。 今までの慎ちゃんか
Última actualización: 2026-06-24
Chapter: 第10話 約束は阿修羅への道筋
「どぉして行っちゃうの?!」「遠くへ引っ越すの。お父さんの仕事の都合で」 そんな理不尽を跳ね返すように僕は叫んだ。 激しく動く機械の音の中で――。 大好きな人が遠くへ行ってしまわないように、必死に手を掴んだ。 その子は困惑しながら、「ごめんなさい。私にはどうすることもできないの」 大人びた口調で宥めるように言い、掴んだ手を両手で包んでくれる。 温かいこの手も、今日でお別れなんて、そんなの嫌だ。「嫌だ嫌だ! 香織が行くなら僕も行く!」「わがまま言っちゃダメよ? ご両親が困るわ」「お別れなんて嫌だよ!」 もう、と彼女――『香織』はため息をつく。「ねぇ慎ちゃん。遠くへ離れても遊びに来るし、ずっとってわけじゃないの。分かる?」「うん」「それに私たちは見えなくても繋がってるの。だから、泣かないで」 ぎゅっと抱きしめられて、僕はいっぱい泣いた。 初めて顔を見たときから、落ち着いたお姉さんって感じだった。 美人で綺麗だし、見つめられると不思議と照れてしまう。人見知りなところもあって、最初はちょっぴり怖かった。 一緒に過ごしていくうちに、香織は強くて優しくて、僕の事をずっと見てくれている。そんな一面がたまらなく好きで嬉しかった。 でも、それが今日で終わってしまう。 擦り傷に絆創膏を貼ってくれたり、いじめっ子から守ってくれる人がいなくなってしまう。 辛くて、哀しくて、そして怖い。「いじめられたら、僕どうしたら良いかわかんないよ」 服に埋もれた口はそんな不安を漏らしていた。 すると香織は僕の目を真っ直ぐと見て。「立ち向かいなさい。慎ちゃんは強い男の子でしょ。遠くからでも、ずっと見てるから」 立ち向かう。 そんな勇気が僕に持てるんだろうか。 意気地無しで弱腰の僕に。「じゃあさ・・・・・・」「なーに?」「立ち向かって大人になったら、香織と結婚する。約束だから!」 一瞬、香織の頬が赤くなったように思う。 でもすぐに居直って、「頑張ってね」 肩を叩いて、長い髪を振り回した。 ゆっくりと離れていく背中を、あのときの僕は見ていることしか出来なかった。 それが二十年前の記憶。 暑かった夏の港街で交わした小さな約束だった。「慎太郎様。一条グループの工場で動きが」 エルアリナイトのオフィスで、僕はタブレットに目を向ける。
Última actualización: 2026-06-24
Chapter: 第9話 汚れた名声
 なんで島に入れなかったんだ! 俺は船のスイートルームで地団駄を踏んでいた。 『エルアリナイト』は一流企業の社長や財界の重鎮、ハリウッドスターなんかのセレブが訪れる高級リゾートで、一条の名では入ることも許されない。 しかし日野内は違う。 国内でも利用権を持っているリストに名前を連ねている。 だからそれを利用して、こうやって客も集めた。 日野内を乗っ取って、俺達一条がエルアリナイトに正体した。その名声を得られるはずだった。 なのに・・・・・・!「ねぇ純。こんな汚いところぉ、嫌なんだけどぉ」 羽海は機嫌を損ね、事あるごとに文句をつけてくる。 苛立って仕方がない。「うるせぇ! 文句言う暇があったら、何か考えろ!」「いやぁ怖ぁい。でもぉ」 羽海が耳を近づけ、「あんまり私を怒らせないでね? 株価操作が犯罪だってこと、分かってるよね?」 その言葉に俺は慌てて、「あ、あぁすまねぇ。ちょっと焦ってた」「分かってくれたなら嬉し。純大好き」「俺もだよ羽海」 間一髪というところだった。 俺は内心ヒヤつきながら、言葉を継ぐ。(だんだんと烏滸がましくなってきやがった) そんなぼやきすら、言葉には出せない。「それよりもぉ、ちょっと散歩しましょ。ずっと海の上でつまらなかったし」「あぁ? 一人で行けよ。外に出る気分じゃない」「こんな危険な国をか弱い女一人で回らせる気? あーあ、純の意地悪ぅ」 羽海が不満を溢し、「じゃあぁ、私も意地悪しちゃおっかなぁ」 また脅しを掛けてくる。「あぁもう分かった。行くよ」「やったぁ」 俺は完全に手玉に取られていた。 渋々、船から港に下りた。 桟橋にはゴミと血の跡、得も言えぬ生臭さ。(致し方なしとは言え、こんな汚い国に来るとはな) 港の傍の市場は、昼下がりというのに閑散としていて何もない。「ひっでぇ国だな」「やぁね。ここに元恋人がいるんでしょう」 そうだったな。あんまり悪く言うのも良くない。 だってここは、もう香織の母国なんだ。 俺を扱き下ろした男の娘にはお似合いの場所だ。 庶民的で見窄らしい。「エルアリナイトで買えなかった分、ここでたんと買ってやる」「こんなとこにお前を満足させられるだけの店があるかよ」 大声でそんな話をしていると、通りかかる人々の視線が集まる。 その目はまるで
Última actualización: 2026-06-23
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