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小鳥遊梓
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小鳥遊梓の小説

フロムホライゾン 〜水天と白いレイス〜

フロムホライゾン 〜水天と白いレイス〜

アクション一人称異世界ファンタジー騎士人外超能力化け物
かつて魔法という奇跡があった。 魔法は人智を超越した現象を起こし、栄えた。しかしそれは、人々の技術の発達により神秘性を失っていき、影を潜めるものとなっていた。 時は流れ鉄と電気の時代。 一人の少女がいた。 名前はエメ。白髪という理由で迫害される、意思の希薄な兵士だった。敵国の王を殺したという不可解な罪で左遷されることとなった彼女は、騎士という称号を得て辺境の村を守護する命を受ける。 彼女はそこで様々な想いと、そして自分の愚かさについて知っていく。自分の無知さと後悔、そして贖罪を。 ※髪色に対して差別表現がありますが、決してそれらを助長するものではありません。
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Chapter: episode7 「別にお前らが要らなくなったわけじゃねぇ」
 その前に。 拳が全力で放たれるより前に、疾走を開始した。攻撃を躱してその隙を狙う。当初はその方針でいたが、そもそも全力で拳を放つに至らせなければいいのではないかと。彼の全力の一撃は大振りである。振るうにはどうしても時間を要し、且つ軌道も読みやすい。ならこちらから距離を詰めて拳を放つタイミングも縛ることが出来れば、優位性を持てるはずだ。「何ぃ……?」 実際に私から動いたことに効果はあった。彼の中では自分から攻め入ることを想定していただろう。その程度で狼狽えるわけではないだろうが、腰を据えた全力の一撃。それを以て攻め入る前に私から距離を詰められてしまったことで、それに対応せざるを得なくなってしまった。 反撃の一撃は分かりやすい顔面への拳だった。カウンターとしては定番の部位。相手の勢いを利用するに当たって、顔面への一撃ほど強力な返しはない。返された威力によっては、戦闘不能にすら出来る。間違えなく、彼の腕力で顔へカウンターが決まれば私は気を失うだろう。 ただ、それは成功していればの話だ。カウンターされる部位は分かりきっている。私の顔へ放たれた左拳は、その威力を発揮する前に潰させてもらう。「なんだと!?」 私が痛みに対して鈍いことに加え、攻撃される部位が分かりきっていたからこそ出来たことだった。その表情からは明らかに混乱が見え、予想の範囲外だったことが窺える。ざわざわと林が揺れるように雑多な言葉が周囲に渦巻いた。 放たれた拳を、そのまま鷲掴みにして受け止める。掌から感じられるひりつきがその代償。ざわめくほど特別なことをしたわけではない。できることを行った、ただそれだけだ。 拳を掴むことで一瞬だけ生じた隙を見計らい、彼の体に背負うような形で懐に潜り込むと、投げ技でそのまま地面に叩きつけた。抵抗がなかったからこそ、出来た投げである。大木が折れたかのような地鳴り。地面が石畳なことも要因だろう。叩きつけられた彼はその痛みで悶え、今度こそ致命的な隙を生んだ。ただ、仰向けになっているとはいえ油断はできない。怯んでいる間に、彼の両肘を押さえる。もしその腕で掴まれたならば、私の腕など簡単に折られてしまうだろう。そうなる前に、先に丸太の
最終更新日: 2026-07-19
Chapter: episode6 「だがな、オレらにだって意地がある」
「じゃあ遠慮なくいくぞ」 どうぞ、そう返事する必要はないだろう。なぜなら私が返答するその前に、拳による攻撃が振るわれていたのだから。振るうと同時に巻き起こった風の音が、受け止めるのではなく避けたほうが得策だと知覚させる。 振るわれた拳を屈んで避けると、辺りに烈風が吹きすさんだ。斧でも振るわれたような一撃は、当たれば骨くらいは砕かれるだろう。体幹から、射手の彼のような体崩しが通る相手でもない。 すぐさま放たれる第二打目。私の顔面を狙って的確に穿たれた膝蹴りを、真上へ跳びあがることで躱す。着地点は突き出されたままの彼の肩。一般的な体格の人間では着地するには狭すぎるため不向きな場所だが、恰幅の良い彼の肩であれば着地点として機能する。そのまま顔面へ蹴りを叩き込むと、ゆらゆらと水の上を漂うようによろめいた。鼻から血が口から顎を伝って石畳の地面を汚す。「ってえな畜生」 なんとか足取りを取り戻した彼は憎々しげにそう呟いた。滴る鼻血を手で拭うと、いま一度拳を握り構えの姿勢を取る。どうやら彼の灯火はまだ消えていないらしい。「一応降参を推奨しますが」「するわけねぇだろ」 そうだろうとは予想していた。両足を据えて立ち、負傷らしい負傷は鼻からの出血のみ。私も同じ立場であれば、問題なく戦闘を続行するだろう。 踏み込むと同時に飛んでくる大振りの左フック。相変わらずに顔面を狙ってくるところを見るに、精度は衰えていない。おぼつかない足取りから復帰した一撃としては、誇っていい練度と精神力だ。惜しい点を挙げるとすれば、大振りになったことで点ではなく線の攻撃になったところか。前への攻撃よりも横への攻撃は軌道が読みやすく、回避しやすい。 そうやって一打目の拳を避けると、すぐさま彼は右腕での攻撃動作へ移行する。下から突き上げる、私の顔を狙ったアッパーカットはしかし、彼のサイドへ移動することで躱す。そして拳を下からえぐって鳩尾に入れた。硬い壁を殴りつけたような感触。支えをなくした巨躯の彼の体は、前のめりになり崩れ落ちそうになるが、なんとか片足を付き出すことで踏ん張った。彼の腹筋が強固なのも要因の内の一つだろうが、恐らく倒れなかったのは彼の意地によるものだろう。
最終更新日: 2026-07-17
Chapter: episode5 「だが信用したわけじゃない」
「ちょっとちょっと、待ってよ二人共」 再びロラが私たちの間に入る。だが、今回ばかりは仲裁に入る意味がないと思う。私が実力の表明を提案し、彼はそれを受け入れた。事が進むだけで解決へ向かうのだ、終わる気配のない話し合いよりよっぽど合理的である。 「ロラ、これが一番早い解決手段です。どうか許してください」 「いやいや見過ごせないよ、喧嘩は駄目だって」 「騎士も俺もそれで納得してるんだ、口を挟まないでくれロラ」 「いやでも」そう言ってロラは口をつぐんだ。吐きたい言葉があったのだろうが、最終的に諦めて飲み込んだという風だった。奥様は気が気でなさそうに胸の前で手を組んでいる。口を挟む余裕がないのだろう、なんとかして戦闘は阻止しようと口を挟んでいたロラとは違い割と小心者なのかもしれない。 経緯に聞き耳を立てていたのか、広場には既にまばらに村人が円を描くように集まっていた。 「見たところ射手のようですが、武器は使用しますか」 「ナイフがあるからそれを使う。安心しろ、寸止めしてやる」 ある程度の距離を取って向かい合うと、その瞬間から独特な雰囲気が辺りを支配し始める。こうして向かい合って一対一の決闘をするのは初めてだった。 「そっちこそ、その背中のデカブツは使うのか」 「いいえ」 手加減すると思われたのか、彼は不機嫌そうに舌打ちした。決して手を抜くわけでない。殺すために戦うわけではないのだ、であれば背中の大剣を抜く必要はないだろう。彼の実力が分からないとは言え、抜いてしまうと最悪の場合殺してしまいかねない。 「先手は譲ってやるよ」 「いえ、お構いなく」 「そうかい」そう呟きながら彼は腰に差してあったナイフを抜くと、中段に構えた。それと同時に、周囲を取り囲んでいる村人たちのざわめきが落ち着きを取り戻していく。 彼の疾走が始まる。 しなやかな、なかなかに速度のある疾走だ。 一瞬で私の目の前まで距離を詰めると、そのまま首筋目掛けて刃を突き出す。急所を突くことに躊躇のない、狩人のような一撃。私はそれを左に体を傾けることで躱すが、間髪入れずに右足が顔目掛けて飛んでくる。 「鎮め!」 否。 それは手のひらで防御する。専門的な鍛錬を受けていないにも関わらず、今まで村を守ってきた一人という実績に偽りない練度だ。すぐさま足を戻すと
最終更新日: 2026-07-14
Chapter: episode4 「この村は騎士に用なんてねぇんだよ」
「ここが村長の家だよ」「感謝致します」 彼女に感謝の念を示すのは至極真っ当のことである。見知らぬ私に声を掛け、さらには案内までしてもらった。ロラがいなければ、村を延々と彷徨っていただろう。「いいよ、こういうのお互い様だし」 そう言いながら、家の扉をこつこつと叩く。 何か厚意を受け取ったなら、それ相応に報わなければならないのではないか。少なくとも、首都ルユではそんな成り立ちだったはず。だとするなら、私もそれに則り恩を返すべきなのだろう。ただ生憎、提供出来るものが戦闘力しかないため、その恩返しはしばらく先の話になると思うが。 思いながら、家から現れた女性と会釈を交わす。ロラと親しげに会話しているところを見ると、どうやら親しい間柄らしい。「騎士様、遙々ようこそおいでくださいました。あいにく主人は留守にしておりまして」「そうですか。奥様、どちらへ行かれたか教えて頂いてもよろしいでしょうか」「もうじき帰ってくると思いますので、家の中でお待ちください」 そう言って彼女は深くお辞儀した。頬から離れたもみあげが、力なく垂れる。村長の妻というには些か若い、娘と言っていい奥方だった。三つ編みにした髪を左肩に流し、しめっぽい瞳を輝かせている。肌の艶も良く、首筋の皺も少ない。 それに比較的茶髪が多く見られた中、金髪というのは珍しかった。どこか近隣から嫁いできたのだろうか。 最も、国内を見ればそれほど珍しい髪色ではない。素性の分からない私の白い髪よりよっぽど鮮明で綺麗な色だ。「騎士様? どうかしたの」 奥様の風貌を見つめていた私にロラが呼びかけた。「いえ、村長の奥様というにはお若いなと思いまして」「あら、お世辞がお上手なのですね。騎士様」 そう言いながら、きちんと整った薄い唇が優しい笑みを作る。世辞など言えないので正直に言ったつもりなのだが、一歩引いた態度で微笑むところを見るに慎ましい女性なのだろう。「若いよねぇ。でもこう見えて、オレリアさんは村長と三つしか違わないんだから」「ちょっと、ロラ……
最終更新日: 2026-07-13
Chapter: episode3 「ホントに来たんだ」
 彼女が降りた駅からさらに列車に揺られること四時間。そこから駅を離れ三十分。早朝の始発駅に乗ったにも関わらず、すでに時刻は昼を過ぎていた。付近には家などなく、ただ田園に囲まれた未舗装の畦道が続く。ところどころ顔を覗わせる野花や蝶が郊外の雰囲気を漂わせる。戦場としてはたびたびこういった自然豊かな場所へ訪れる経験はあったが、そもそも戦以外で王都以外を訪れる機会がなかった私は、なんとなく気が落ち着かない。木立や背の高い野草に隠れて、斥候や狙撃手が隠れているのではないだろうか、そんな感覚がある。来た経験のない場所であるため、警戒心を巡らせると共に周囲の状況は常に心内で整理していこう。 列車を降りてから四十五分ほど歩いたが、ひと一人見当たらない。同じ国に住んでいるというのに、どこか異邦人のような孤独さを感じる。その中を、がしゃりがしゃりという金属が揺れる音。私が持ってきた大荷物が揺れる音だ。騎士という称号を賜るにあたり、それ相応の鎧を授かることになった。今は洋服を着ているため鎧は入れ物に入れ、背負うことでそれを持ち運んでいる。それに加え日用品を入れたアタッシュケース。当初は最低限の物だけの予定だったが、必要のない華美な洋服を何着も持たされてしまったため、こちらもなかなかの重量になってしまった。最早訓練の域だろう。これからカルム辿り着くまでどれくらい時間を要するのかは不明だが、余計な体力を使うことだけは分かる。 そして鎧の入れ物に括り付けられた大剣。身軽とは正反対の武装だが、今まで影響を感じたことはない。一振りさえすれば勝負を決定づけることが出来るのだ、これほど簡単な武器はない。今の私が身軽かというと、また別の話だが。 村の騎士という任務にどれほどの戦闘力が必要なのか分からないため、一介の兵士である私が持ち出せる物は可能な限り持ち込んだつもりだ。村に隊を組んで攻め込んでくるようなことがなければ、十分に制圧が可能だろう。 自分の所持品をいま一度確かめ終えると、外套のフードを直しながら周囲を見渡した。敵意も、そして装備の不備もない。先ほどから一向に変わらない草原だけがそこにある。 装備を担いだまま長距離を移動する経験は、これまでに何度もあった。流石に雨の中湿地帯を行く任務には及ばないが、この長い長い畦道を
最終更新日: 2026-07-11
Chapter: episode2 「そうやって、後ろから罵倒するだけなら」
 白いシャツに茶色のロングベスト、短く切りそろえられた茶髪に無精ひげを生やしたその男。フリストレールの市民だろうか、彼女の髪を見るなり露骨に顔を歪めた。白髪はこの国はおいて侮蔑の対象である。 その昔、フリストレールという国はとある北国に歴史的敗戦をした。そこから建て直し今に至るわけだが、その北国の民というのが銀色の髪を持っていたのである。かくして白銀は嫌悪され、国内においてその髪色は排他された。別にこの歴史のことを学んだわけではない。ただ私が差別される理由として学んだだけ。私がこの国にいられるのは孤児だからであり、それでも敵意は変わらずに向けられてきた。もはや私にはただの雑音に等しいが、彼女はどうだろう。 焦点を合わせるように何度か瞬きをする。「幽霊?」 分からないという風に彼女は聞き返した。自分のことを幽霊だと言ってくる赤の他人に、思考の針が狂わされているのだろう。幽霊だと誹ってくるということは、まだ列車は首都に近い位置を走っている。ということは、彼女は首都から一つ先の駅から乗ってきたということか。「はっ、観光客か?」 そう毒の針を含ませながら、彼女の長い髪を掴んだ。「……随分と、この国の歓迎は野蛮なのね」 その口調には、明らかに不愉快そうな心持ちが滲んでいた。「いいか、その髪色をこの国で見せるな。無事に帰りたいのならな!」 短刀を一突きするような大胆に物言いと共に、自分の目の前に顔を引き寄せるためぐっと力を籠める。が、彼女の頭部は動かない。それどころか、その表情には冷たい落ち着きが広がりっており涼しげですらあった。 まるで「何かしたか」 そう言わんばかりに。「動かない……?」 男は鳥のように目を見開いた。全く予想していなかったという面もち。私も心の内側に小さな波が立つ。淑女と思っていた彼女が、まさか男に引っ張られてなお動かない身体の持ち主だとは。 行き場のない苛立ちに、男は手の甲に筋が出来るほど拳を作っていた。「お待ちください。彼女は観光の方です、それ以上は…&hel
最終更新日: 2026-07-09
琥珀色とフランメ

琥珀色とフランメ

一人称現代百合(GL)OL高校生年の差
バンドのドラマーとして活動する火原沙綺は、姉が死んでからモノクロのような日々を送っていた。機械のように会社に行き、息をするが如くドラムを叩く。そんな生活。しかし、ある日突然姉に似た何かが目の前に現れてから、生活に彩りが加えられていく。
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Chapter: 第5話
 ホールの鏡壁に映るもう一人の自分。 鏡は己の容貌を整えるものと同時に、自分への自惚れをなくす消毒液だ。姿勢、腕の角度、演奏している自分の所作をはっきりと客観的に見せてくれる。楽器を演奏している自らに自信がある時、鏡を見る以上に薬になることはない。 相変わらずの仏頂面でドラムを叩く私と、高校時代の軽音部で組んだ他三人のバンドメンバー。部員の中で余っていたパート同士が組んだバンドだが、こうしてもう何年も続いている。私もまさかここまで続くとは思っていなかったが、こんなにも不出来な火原沙紀という存在に長い間居場所を与えてくれているだけでも有り難いとは思いつつ。そんなことを吐露する予定もない。 昨日の蟠りも問題なく正確に叩けていた。あるとすれば、シャワーを浴びた後もしばらく叩いていたのが原因で、仕事終わりということも相まって上げる腕が少し重いということだろうか。 いいや、私なんかよりも今朝起きてきた彼女が発する声の底に、まだ眠気がたゆたっていたことのほうが本当に申し訳ないとは思う。わざわざ今まで接点なんてない私のところまでやってきて疲れただろうに。加えて慣れない環境だ、ぐっすり眠れたとは言いづらい。とても後ろめたいが、予め言っておいたことだ。それに明日は休日で、早くに起きる必要性はない。なので、一日くらい我慢してほしいところだ。まあ、平日だろうと休日だろうと、私の起床時間は大して変わらないのだが。 そういえば、バンドメンバー以外に料理を振る舞ったのは、同僚が泊まったとき以来だ。と言っても少しだけ炊いたご飯と目玉焼き、それに具の少ない味噌汁と昨日コンビニで買っておいたサラダを出しただけなのだが。私としてはすべてコンビニ弁当でもいいのだが、まさか育ち盛りの高校生に添加物まみれのものを食べさせるわけにもいかない。味噌汁を作ることなど酔っ払ったバンドメンバーが押しかけて来た時以外にはないので、簡単な料理のはずなのに妙に気を引き締めてしまった自分がいた。 目玉焼きには醤油を掛けるだとか、寝起きは少しふらふらしているだとか、そんな細かいところまで姉に似ている。そういう下らない事まで気になる自分に辟易しながら、私より少し家を出る時間が早い彼女を見送った。今日は少し遅くなると言ってあるので
最終更新日: 2026-07-20
Chapter: 第4話
「……感心しないわ、人の部屋に勝手に入ってくるのは」「ごめんなさい、ノックはしたんです」 眉間に皺を寄せ、彼女は困り顔でそう言った。ノックをし、恐らく声もかけただろう。音もせず、ひたすら振動だけ伝わってくる部屋なんてわざわざ声をかけなくても責める者などいないだろうに。少なくとも私はそう思う。それに、これはどちらかと言えば、他の音を聞くなど全くなかった私に非がある。 ただ、何日かこの部屋で生活するなら、この居室のことは説明しておいたほうがいいため、あちらからやって来てくれたのは都合が良い。「あの、シャワーありがとうございます」 律儀に軽く頭を下げながら。明日も使うはずなのに。きっと初日だからだろう。「それで、その」 言い淀む。そしてそこに亡と立ち尽くしたまま、部屋をぐるりと見渡した。この部屋は何なのかと言いたげな目で。当然だ。それを裏付けるように、目線は最終的にドラムセットへと吸い寄せられている。「ドラム……」 肺から最後の空気を送り出すようなか細さで呟く。「珍しいかしら」 彼女は複雑な形に頭を動かした。それは首を横に振っているようでもあり、肯定しているようでもある。恐らく両方の動作をいっぺんにやろうとしたのだろう。意味は分からなかったが、その気持ちはなんとなく理解出来る。「……住んでいた家を整理しているときに、ベースが出てきたのを思い出しました」「そう、ごめんなさい。心当たりはないの」 言いながら、記憶を掘り起こす。姉のものではない。どうせできるのだろうけど、しかし少なくともベースをやっているという覚えはなかった。 対して、「そうですか」と言いながら、彼女はどこか腑に落ちない様子である。即答したことにわざとらしさを感じたのだろうか。それに素っ気なさも内包していたことだろう。納得のいかない、という風ではあるが、それ以上は追及してこない。 だが答えを持っていないのだから、それ以上に答えようがない。「…
最終更新日: 2026-07-18
Chapter: 第3話
 防音の1LDK。私が暮らす居住空間は、そんな至って普通の部屋だ。 以前終電を逃した同僚を一度だけ泊めたことがある。別にそこまで人を拒絶しているわけでもないし、交友関係の狭い私にも気さくに話しかけてくれる人物であったことから、そのときは二つ返事で了承した。流石に忘年会の二次会後、一時間半かけて帰宅させるのは酷だろう、と。ただその際に、一人で住むに少し広いのでは、なんて言われ、初めてここが一人暮らしには余りある空間なのだと気づいた。恐らくは物がないゆえ、そういう印象を与えたのだと思われるが。もちろん、訳あって少し広めのダイニングと居室がついている部屋を借りているのであって、別に贅沢をしたくて借りているわけではない。 知り合いがよくこの部屋へやってくるが、部屋の大きさについて一度も言われたことがなかったため、同僚にそう言われたときは少し驚いた覚えがある。 しかし今日ほど、部屋が少し広いことに感謝したことはないだろう。なにせこれから最低三日間、姉と似た顔の見ず知らずの少女と暮らさねばならないのだ。ただでさえずっと顔を合わせているには気まずい関係性である。あちらが後ろめたい姿勢なのもあり、普通のワンルームではお互いに気が滅入ってしまったことだろう。 元々籠るための居室である。三日ほどならなんとかなるはずだ。 そういえば、記憶の中の姉の部屋は結構散らかっていたことが多かった気がする。そのたびに母か私が言うのだが、本人はどこ吹く風という感じだった。 というのも、私は物が散らかっていると気になってしまう人間だ。そのため整理整頓はしているほうだと自負しているのだが、自分以外の者が部屋に上がるとなるとどうしても気になってしまう。この部屋にやってくる人物というと母か知り合いたち、ということになるのだが、母はそんな頻繁にこちらに来るわけではないし、その他何人かは散らかっていてもあまり気にしない者のほうが多い。 ほとんど初対面のような自分の部屋を散らかすような人物は然う然ういないとは思うのだが、親である姉がそうだったため、彼女も部屋は散らかすような人物なのだろうかと少し気になってしまった。「差し支えないなら端のベッドを使って頂戴、私は部屋で寝るから」
最終更新日: 2026-07-16
Chapter: 第2話
琥珀色の瞳が、私を見つめている。 とりあえず真実だというていで話を進めると、彼女は自分の名前を白幡燈と名乗った。そもそもの話、故人である姉の名前を知っている時点で筋は通っている。これで全てシナリオだというなら、若輩者の会社員一人騙すのに随分と手間のかかった詐欺だなと思う。 名字が火原でないことを鑑みるに、父方の姓だろうか。金髪なのは父親の血筋か、それにしては日本の姓であるのはどういった経緯なのだろうか、なんて考える。姉が結婚していたかどうかなんてこの際どっちだっていい。旅立つその寸前まで連絡を取り合っていた身としては、まさか裏で子供を設けていたなんて想像もつかなかった。 もしや私にだけ知らされていなかったのだろうか、そう思い実家に連絡を取る。結論だけ言えば、両親も知らなかった。何なら報告して開口一番「病院へは行ったか」という旨の言葉を吐き捨てられた。その話は三十分ほど掛けて説得して、三日後こちらに来ることで決着したのだが、恐らく信じてはいないだろう。無理もない、私だって彼女の顔が姉に似ているという点を除いたら、きっと相手にすらしていない。それくらい、私の記憶の中の姉と彼女が纏う雰囲気は重なっていた。 そうして母への連絡を終えたところで、目の前のペペロンチーノの大盛りサイズ二皿へと視線を戻した。ガーリックの焼けた香ばしさが、仕事終わりだったことを思い出させるように唾液腺を刺激する。始めに断っておくのだが、二皿とも私が注文したものである。 運ばれてきたミラノ風ドリアを遠慮しながら口に運んでいるところを見て、「心配しなくても奢りよ」なんて言ってみる。ありがとうございますなんて、そんな言葉が聞きたいわけでもないのに。一皿目のペペロンチーノを食べ終わり二皿目へ手を伸ばすと、彼女の目がこちらを見つめていることに気づいた。なんだろうと目線で返すと、目の前のドリアを再び口に運び始める。もしかして、食べ過ぎだなんて思われているのだろうか。 私だって、目の前に現れた暗黒に飲み込まれまいと、食事をすることで誤魔化しているのだ。大盛りのパスタ二皿程度多めに見てほしいどころか、もう一度店員を呼ぶことも許してほしい。 「驚いたわ、姉は娘がいるなんて言っていなかったから」 「私には母の記憶なんてこれっぽっちもないんです、物心ついたときには父と二人でした」 彼女が高
最終更新日: 2026-07-14
Chapter: 第1話
 なんとか終業時刻ぎりぎりで残りの作業を終わらせ、帰路に着いた。寄り道などせずに真っすぐに、何も考えずとも身体に染み付いた動作が勝手に私を家へと導いていく。電車に乗り、外を眺めていると、見慣れた街の佇まいが連続して飛び去って行くが、最早視線上をただ流れて通ったとしか感じない。 そうして何駅かスルーすると、目的の場所へたどり着く。 退社して四十分程度で帰宅できるのは立派な利点だろう。遅くなったとしてもタクシーを利用すればなんとかなるし、電車を経由する必要があるため終電を逃した者の宿屋として使われることもほとんどない。 住んでいるのはよくある普通のマンションだ。特に高級というわけではないが、防音もしっかりしており、エントランスも立派で明るい。最寄り駅から見上げてもしっかりと視認できることから、まあまあ良いところに住めていると思う。 しかしそんなこと、いまはどうでもよくて。 エントランスの前で、キャリーケースの上に腰掛けながら中空を眺めている少女がいた。制服を着ているところを見るに、中高生だろうか。淡く光る金髪と、人形めいた顔立ちはそこにいるだけで彫刻のような存在感を放っている。 夜中、とまではいかないが、こうして社会人が帰宅する時間に学生がマンションの前で何をしているのだろうとは思う。キャリーケースを持っていることから、面倒臭い件であることはたしかだ。 厄介事に巻き込まれたくはないのだが、自宅マンションの前なので通らないわけにもいかず、出来るだけ気がついていないフリをして彼女の前を通る。万が一、いや億が一、話しかけられない可能性に賭けて。 しかし、「あの」 琥珀色の目は、しっかりと私を見据えている。 そんな期待はするものではないのだ。昔から、嫌な予感だけは当たるのだから。「火原沙綺さんですか」 そのハスキーな声色に、驚かずにはいられなかった。まるで背中に氷水でも流し込まれたのではないかと錯覚する、それくらいの驚き。 沙綺という名前は私の名前だ。このマンションのどこかに違う沙綺という名前の者がいる可能性もなくはないが、それよりも驚いたのは、その声色があまりにも記憶の姉に似ていたからだった。「ち、違うわ」 思わず、そんなことを口走る。それは目の前の彼女が、姉の関係者であることを否定したいがための言葉だった。「いえ、お父さんが探偵に調べてもら
最終更新日: 2026-06-05
Chapter: 第0話
 果たして、その憧れがいつからのものだったのか。 姉は私にないものを全部持っていて、私は何も持っていなかった。 届くはずのないものを見て、それでもただ後ろをついていく。 ただ「すごいね」と言われたくて。 姉は色々なことに挑戦し、できるようになっては捨てていく。 私はそんなことはできなくて、ただただ置いていかれるばかり。 例えば習い事、例えばスポーツ。 姉は一か月くらいでもう別のことに乗り換えていたっけ。 初めはそんな姉と同じように色々なことに挑戦したけど、次第に劣等感が降り積もっていくだけになった。 そんな中、私はドラムを叩くだけになった。 姉が疾うの昔に捨てたもの。 見てもらうと、姉は褒めてくれた。 その唇は、私にとって心地よい言葉を紡いだ。 褒められたくて、熱中した。 そんな姉が、突然天国に旅立った。 頭が真っ白になる。 私は、これから何の為にスティックを握ればいいのか分からなくなった。 ◆ ふう、と一つ息を吐く。 ようやく仕事に区切りが着いて時計を見上げると、既に針は二時を指していた。一つの事に集中すると時間を気にしなくなるのは昔からだ。 一端昼休憩に入ろうと他の職員に声を掛けると、まだ食べてなかったの、なんて驚かれる。七時が定時であることを考えると、今日想定している残りの作業量的にはあまり昼食に時間は費やせない。 ただ、意識してしまうと空腹というのは厄介で、常にお腹を風が通っているかのような感覚に襲われる。仕方ないので、私はオフィスを出て休憩室へとやってきた。 誰もいない一室に、ポットとゴミ箱だけが置いてある。 そこは幾つも白いテーブルが置かれた部屋で、個人的には食べ物を持ち込んで用を済ます、というだけのスペースという認識だ。誰も利用してない際には軽い会
最終更新日: 2026-06-05
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