LOGIN18回目の離婚に失敗した後、神崎蒼介(かんざき そうすけ)はぱったりと離婚を口にしなくなった。 これまで毎回、あれほど酷い修羅場を演じてきたというのに。 私、柊琴音(ひいらぎ ことね)は手首を切り、ビルから飛び降りようとし、さらには彼と女性アシスタントのベッド写真を会社のロビー一面に貼り出したりもした。 記者会見の場では衆人環視の中、そのアシスタント、星野莉乃(ほしの りの)の服を剥ぎ取り、彼女をPTSDにまで追い込んだ。 彼は私を憎んで当然だった。 それなのに、彼は二度と離婚のことを口にしなくなった。 毎日定時に帰宅し、スマホを私に預ける。 1時間おきに行動予定を報告し、出張中であっても24時間私とビデオ通話を繋ぎっぱなしにしている。 だが、私の心はどうしても落ち着かなかった。 なぜ離婚しないのかと、毎日彼にまとわりついては問い詰めた。 すると彼は逆に問い返してきた。 「俺のどこが不満なんだ?」 不満などない。 現実とは思えないほど、すべてが完璧すぎるのだ。 再び彼を尾行して見つかった時、彼はひどく疲れた目をして、ついに本当のことを話した。 「10年後の自分から電話がかかってきたんだ。離婚したら後悔するって」
View More私は眉をひそめ、目の前に立つ蒼介を見据えた。かつてビジネス界を席巻し、冷徹に決断を下していた面影など微塵も残っていない。今の蒼介は、アルコールに理性を飲み込まれたただの酔っ払いに過ぎなかった。私は一歩下がり、彼との距離を置いた。「神崎社長、何か他に御用でも?」「行かないでくれ!俺のそばに戻ってきてくれ!俺が悪かった、俺が全部間違ってたんだ!会社もお前に渡す、なんだってお前にくれてやる!だから、お願いだ……!」周囲の社員たちが好奇の目で私たちを遠巻きに見つめ、ヒソヒソと囁き合っていた。彼らは皆、神崎グループが最近採用した新人たちだ。「元社長夫人」である私の過去など知る由もない。私は眉をひそめ、顔に僅かな苛立ちを浮かべた。「道を空けなさい。私たちは今、ただの取引相手ですよ。仕事の話ならともかく、それ以外の私事は結構です」「いやだ!絶対に退かない!」蒼介は意地になって私の前に立ちはだかった。「琴音、お前はまだ俺を恨んでいるのか?殴っても、罵ってもいい。なんだって受け入れる!だから二度と俺から離れないでくれ!」その時、慌てた様子で莉乃が駆けつけてきた。蒼介がこれほどまでに卑屈になり、私が冷たく突き放しているのを見て、彼女の心に嫉妬の炎が燃え上がった。彼女は駆け寄って蒼介の腕にすがりつき、私に向かって挑発的な顔で言い放った。「柊琴音、いい加減にして!蒼ちゃんは今でさえこんなに苦しんでるのに、これ以上どう痛めつける気?そもそも自分から出て行ったくせに、今になって会社を買収しにしゃしゃり出てくるなんて、一体何の魂胆よ!」私は彼女を一瞥だにせず、鬱陶しそうに顔を背けた。「もう一度言うわ。私と神崎グループは今、ただの取引相手。あなたたちの家庭の事情は家に帰って自分たちで解決しなさい。私を巻き込まないで」一方の蒼介は莉乃を見ると、救世主を見たような、あるいは親の仇でも見るような目をした。彼は乱暴に莉乃の手を振り払い、凶悪な目で彼女を睨みつけた。「お前のせいだ!全部お前が悪いんだ!お前さえいなけりゃ、琴音は俺から離れていかなかった!会社だってこんなことにはならなかったんだ!失せろ!俺の目の前から消えろ!」感情を爆発させた彼は、なんと莉乃を力任せに突き飛ばした。彼女はよろめき、あわや転倒しそうになっ
南の島を去った後、蒼介は事あるごとにあの10年後からの電話を思い出していた。もう一度、かけ直してみたいと思った。もしあれが本物なら、10年後の自分に問い質したかった。一体、莉乃が琴音に焼き殺されたから後悔するのか、それとも琴音を失うからこそ生きていけないほど苦しむのか。彼にその答えは見つけられなかった。帰宅し、琴音のいなくなった家を見ると、そこはひどくガランとして冷ややかだった。かつて琴音がここで、手料理を振る舞ってくれたことを思い出す。毎朝朝食を用意し、深夜まで仕事をしている時にはコーヒーを淹れてくれた。重要なプロジェクトを獲得した時には、一緒に酒を飲んで祝ってくれた。ここには、二人の思い出が数え切れないほど詰まっているというのに。彼女がまだここにいた頃、彼は常に彼女を鬱陶しく思っていた。彼女がいなくなって初めて、自分の心にぽっかりと穴が空いていることに気づいたのだ。蒼介は憑かれたように仕事に没頭し、忙しさで自分を麻痺させようとした。だが、忙しくすればするほど、琴音の姿が鮮明に脳裏に浮かび上がってくるのだった。彼は酒に溺れるようになり、常に泥酔するまで飲み明かした。ガランとした部屋に向かってぶつぶつとつぶやき、琴音の名前を呼び続けた。莉乃は当初、蒼介がわざわざ自分のために用意してくれたケアセンターのあの部屋で彼を待ち続けていた。だがその後、彼女は蒼介の家に直接転がり込んできた。当初、蒼介は琴音が去った苛立ちを彼女にぶつけ、冷たい言葉を浴びせていた。しかしアルコールが回ると、彼は時折莉乃を琴音と見間違えることがあった。彼女を抱きしめて号泣し、己の悔恨を切々と訴えかけるのだ。莉乃は内心では歯軋りするほど憎んでいたが、蒼介は結局のところ彼女に対して気前が良かった。彼女を琴音扱いした後には、必ず狂ったように金品を与え、償おうとした。ほんの一瞬、彼女は昔の琴音の気持ちが少し理解できた気がした。こんなにも蔑ろに扱われるということが、どれほど辛いことなのかを。だが、蒼介が正気を保っている時間はどんどん短くなっていった。ついに、神崎グループは限界を迎えた。激しい買収競争の末、神崎グループの中核資産は強大な資本力を持つ海外の投資会社に買収されてしまった。蒼介が抜け殻のよう
家に戻ると、父はすでに蒼介が私の前に現れたことを耳にしていた。彼は眉をひそめ、普段は穏やかなその瞳に怒りを湛えていた。「聞いたぞ。あの神崎の若造、お前に手を上げようとしたそうじゃないか」私は笑って首を振った。「そんな大げさなことじゃないわ。離婚協議書の話をしに来ただけよ。それに、ボディガードが追い払ってくれたしね。もう、そんなに怒らないで」蒼介の出現は、私にとってほんの些細なアクシデントに過ぎなかった。彼に二度と居場所を知られないよう、私と父は念には念を入れて住まいを移した。私は相変わらず毎日、降り注ぐ太陽と美しいビーチで心の傷を癒していた。次第に、私のPTSD症状も和らいでいった。母の死について口にしても、感情を乱すことなく向き合えるようになっていた。父の体調も日に日に良くなっていた。何度かの定期検査を経ても、がん細胞の再発は見られなかった。だが父は、もう第一線からは退きたいと言い出した。そして、自分の全事業を私に引き継ぐよう強引に押し付けてきたのだ。最初は戸惑いもあった。しかし父の根気強い指導の下、私も次第に経営者としての軌道に乗り始めた。……3年後、私はもう蒼介の顔色を窺い、愛情に飢えて思い悩むようなか弱い女ではなくなっていた。天性のビジネスセンスと果断な意思決定力を武器に、私はビジネス界で頭角を現した。まずは父が海外で展開していた一部の事業を引き継ぎ、それらを完璧に立て直した。その後、自身で投資会社を設立した。独自の投資眼によって見出したいくつかのプロジェクトは、いずれも大成功を収めた。わずか数年の間に、柊琴音という名は国際ビジネス界で一目置かれる存在となっていた。父は人前で私の話をするたび、自慢げな顔を隠そうとしなかった。「さすが私の娘だ!ビジネスの腕前は超一流だよ!」私を褒めそやすだけでなく、彼は私の反対を押し切って、次から次へと優秀な若きエリートを紹介してきた。今は事業に専念したいと再三伝えているにもかかわらず、彼はお見合い話を勧めるのを楽しんでいるようだった。私も仕方なく、そのたびに適当に話を合わせてやり過ごしていた。平穏無事な日々が過ぎていく。神崎蒼介という人間のことなど、私はもうすっかり忘却の彼方に追いやっていた。そんな
一瞬呆然とした後、私は弾かれたように立ち上がり、その場を離れようとした。だが蒼介は私の腕を掴み、強引に自分の腕の中へ引き込もうとしてきた。必死にもがいて、ようやく彼の腕から逃れることができた。「神崎蒼介!私たちもう離婚したはずよ、一体何のつもり!?」彼はどこから取り出したのか、かつて私が突きつけたあの離婚協議書を手にしていた。そして再び私の目の前で、それを粉々に引き裂いた。「離婚が正式に成立していない以上、俺たちはまだ夫婦だ」私は眉をひそめ、あからさまな嫌悪感を顔に滲ませて彼を睨んだ。「破っても無駄よ。絶対に法的に離婚は成立させるわ。あなたは一体、何が目的なの?」彼は一歩踏み出して再び私に触れようとしたが、私は咄嗟に後ろへ飛びのいた。宙を彷徨っていた彼の手は、やがて力なく下ろされた。「俺が来たのは……あの電話は、本当にお前の仕業なのかと聞くためだ」私は鼻で笑った。「私がかけたかどうか、今更そんなこと重要?」「重要だ!」彼の瞳には、焦燥と苛立ちが満ちていた。「どうしても知らなきゃならないんだ!」私は首を横に振った。「私じゃないわ。でも安心して、莉乃を焼き殺したりなんかしないから」「なぜだ?」私は訳が分からず彼を見返した。「なぜって?私が彼女を焼き殺せばよかったとでも?」彼は目を伏せ、何かを悟られまいとするように視線を揺らした。「なぜ……あんな嘘をついたのかと聞いているんだ」私は少し間を置いた。「あなたたちの望みを叶えてあげようと思ったからよ」蒼介は全身を震わせた。それは彼がずっと望んでいたことのはずだ。だがこの瞬間、私の口から直接それを聞かされ、彼の胸は締め付けられるように痛んでいるようだった。「聞きたいことはそれだけ?用が済んだなら、もう行くわ」「待ってくれ!」彼は突然、再び私を呼び止めた。「琴音」その声はかすれ、わずかに震えていた。「本当に……少しも未練はないのか?俺たちが共に過ごした日々を、お前はもう何とも思っていないのか?」私は彼を見つめた。その眼差しは波一つ立たず、まるで赤の他人を見ているかのようだった。「蒼介、あなた何か勘違いしてない?何とも思っていなかったのはあなたの方でしょう?これまでの絆を自分の手で壊