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第8話

Auteur: 雪中の手紙
碧山ホテルの結婚式会場。

鏡の前に静かに腰を下ろした京奈の姿は息を呑むほどに美しかった。

純白のウェディングドレスが彼女の華奢な腰のラインにぴったりと寄り添い、ベールに散りばめられた無数のダイヤモンドが照明の光を受けて煌めいている。それはまるで銀河のようだった。

「青柳さん、私、これまでの人生でこんなに美しい花嫁さんを見たことがありません!」メイクアップアーティストが感嘆の声を漏らす。

京奈はふっと口角を上げ、手元で輝く指輪へと視線を落とした。

かつて千輝が彼女に数十億円を超える指輪を贈ったと聞きつけた祐吏が、すぐさまより高価で豪奢なものを特注してくれた。

その時、控え室のドアがそっと押し開けられた。

アシスタントが戻ってきたのだと思った京奈は、振り返ることなく声をかけた。「どうしたの?」

だが、返ってきたのは不気味な沈黙だけだった。

不審に思って勢いよく振り返った瞬間――京奈は驚愕に大きく目を見開いた。

ドアの前に立っていたのは千輝だった。着ているスーツはボロ布のようにシワだらけで、目は血走り、見る影もないほど憔悴しきっている。

「京奈……」その声はひどく掠れていた。

メイクアップアーティストが弾かれたように立ち上がり、警戒心を露わにする。「お客さん、ここは新婦の控え室です。今すぐ出て行ってください!」

「お前が消えろ!」千輝が殺気立った声で咆哮する。

京奈を見るメイクアップアーティストに、京奈は深呼吸をしてから、大丈夫だと頷いてみせた。

メイクアップアーティストが退出して2人きりになった控え室は、息が詰まるほど重苦しい空気に支配されていた。

京奈がゆっくりと立ち上がると、ウェディングドレスの長い裾が、まるで大輪の花が咲き誇るように床いっぱいに広がる。

「何をしに来たの?」彼女の声は一切の波風も立たないほど平坦だったが、有無を言わさず相手を拒絶するような冷たさを孕んでいた。

千輝は勢いよく一歩踏み出し、絞り出すように言った。「今日は俺とお前の結婚式になるはずだったじゃないか!どうしてこんなことになったんだ!」

「千輝、私たちはとっくに完全に終わってるの。もう付きまとわないでちょうだい!」

「京奈!」千輝は突然狂ったように彼女の手首を強く掴み取った。「あいつに嫁ぐな!俺が悪かった、彩緒とはもう完全に縁を切ったんだ!誓うよ、これからはお前以外の女は絶対にそばに置かないから!」

その白々しい言葉を聞き、京奈の胸の奥底から激しい嫌悪感と吐き気が込み上げてきた。

「離して!」彼女は鋭く一喝した。

しかし千輝はさらに力を込め、骨がきしむほどの強さでその手首を握りしめる。「京奈、覚えてるか?お前の両親が亡くなった時、墓前で手を合わせ、泣きながら約束しただろう?一生俺と一緒に、幸せに生きるって!」

京奈はきつく目を閉じた。胸を締め付けるような過去の記憶が、濁流となって脳裏に押し寄せてくる。

そう。18歳の頃の千輝は、墓前で泣き崩れる彼女の隣に優しく寄り添い、一生愛し抜くと固く誓ってくれた。だが、そんな誓いはとっくの昔に無惨に砕け散り、灰となって消え去っている。

「千輝。あなたが彩緒の一線を越えたわがままを許容したその瞬間から、私たち2人は完全に終わっていたのよ!」京奈は渾身の力で彼の手を振り払い、一切の未練もない決然とした瞳で彼を射抜いた。「私はこれから結婚するの。どうかご自身の立場を弁えてちょうだい!」

千輝はよろめくように一歩後ずさった。その目は血の涙が滴り落ちそうなほど真っ赤に充血している。「京奈、頼む……もう一度だけ、俺にチャンスをくれ……一度だけでいいから……!」

京奈は早足でドアへ向かうと、勢いよくそれを開け放った。「今すぐ出て行って!」

千輝はその場に立ち尽くしたまま、狂気と執着が入り混じった眼差しで京奈をじっと睨みつけた。

その声には、ねっとりとした怨念がこもっている。「後悔するぞ……絶対に後悔させてやる!」

京奈は何も答えず、ただ彼が無様に立ち去るのを冷ややかな目で見送った。

メイクアップアーティストが恐る恐る顔を覗かせた。「青柳さん、お怪我はありませんか?」

「ええ、大丈夫よ」京奈は鏡に向き直ると、ウェディングドレスのシワをそっと手で伸ばした。「メイクの続きをお願い。もうすぐ式が始まるわ」

……

純白のウェディングドレスに身を包んだ京奈は、一歩一歩、確かな足取りで祐吏のもとへと歩み寄った。

祐吏は彼女の手をしっかりと引き寄せ、互いの指を深く絡ませる。まるで2人の魂を1つに溶け合わせるかのように。

「青柳京奈さん。あなたは私を夫とし、共に手を取り合ってこれからの人生を歩むことを誓いますか?」

祐吏の真摯な言葉に、京奈の目からぽろぽろと涙が溢れ出した。彼女は愛おしそうに頷いた。

「はい、誓いま――」

「その結婚、認めない!」純白のタキシードに着替えた千輝が、傲慢な態度で式場へと乱入してきた。

どす黒い執念を宿したその眼差しは、まるで獲物を狙う毒蛇のように京奈へと釘付けになっている。

「京奈、お前は俺の婚約者だろう?なんで祐吏と結婚するんだ!約束を忘れたのか?俺以外の男とは絶対に結婚しないって、お前自身が言ったんだぞ!」

京奈は氷のような視線を向け、冷徹に言い放った。「千輝、いい加減にしてちょうだい」

祐吏がすかさず京奈を背後に庇い、凄まじい威圧感を放ちながら言い返す。「彼女が俺の妻にならないからといって、お前みたいな見る目のないクズ男を選ぶとでも思ったか?」

しかし、千輝は耳を貸そうともせず、力任せに彼女の手首を掴み取った。「京奈、7年前、お前の両親の墓前で泣き崩れながら約束したはずだ!一生、俺のそばにいるって!」

「離しなさい!」京奈は激しい怒りを込めて必死に抗う。

その様子に祐吏は目に冷徹な光を宿し、一歩踏み出すなり、千輝の腹を目がけて容赦のない一蹴りを見舞った。「失せろ」

激しく床に転がった千輝だったが、まだ諦める気配はない。ふらつきながらも必死に立ち上がって京奈に向き直ると、プライドをかなぐり捨ててその場にどさりと膝をつき、必死に懇願し始めた。

「京奈、俺が悪かった……!今回だけは許してくれ、なあ?約束する、これからはお前を大切にするから!」

だが、京奈はもうこれ以上千輝と関わり合うつもりは毛頭なかった。

「千輝。あなたが彩緒のために私にあんな仕打ちをしておいて、今さら許してもらえると思っているの?冗談じゃないわ」そう言い捨てると、京奈は声を張り上げて警備員を呼び、千輝を今すぐ外へ引きずり出すよう命じた。

だがその刹那、千輝は懐から拳銃を取り出した。銃口をまっすぐ祐吏へと向けた。

「京奈……」かすれた声で呟く千輝の顔には、もはや隠そうともしない強烈な殺意が張り付いていた。「お前、本当に……こいつと結婚する気か?」

京奈は全身の血が瞬時に凍りつくような感覚に襲われ、激しい恐怖で体の震えが止まらなくなった。

「正気なの?あなた、自分が何をしてるか分かっているの?」

「千輝、たとえ俺をここで殺したところで、彼女がお前を選ぶわけがないだろう」祐吏は微塵も怯むことなく、冷徹に言い放った。

だが千輝は聞く耳を持たず、狂気に染まった目で京奈を凝視している。

「京奈、俺と来い!来ないなら、今すぐこいつを殺してやる!」

会場にいた招待客たちから悲鳴が湧き起こり、数人が止めに入ろうとするが、無差別に向けられる銃口に怯み、ジリジリと後退を余儀なくされる。

「応じるな、京奈!」祐吏は毅然とした態度で首を横に振った。その瞳には、いささかの揺らぎもない強い意志が宿っている。

千輝の顔は醜く歪み、口元に不気味な笑みを浮かべ、目にどす黒い狂気と憎悪を渦巻かせながら、獣のように咆哮した。「全部、お前が俺を追い詰めたんだ!」

バァン!

鼓膜を引き裂くような銃声が轟き、放たれた凶弾が猛烈な勢いで空気を切り裂く。

一瞬にして鮮血が激しく飛び散り、壁や床を真っ赤に染め上げた。

見るも無惨な光景の中、弾丸は寸分の狂いもなく、祐吏の心臓を貫いていた。

京奈の視界が一瞬にして鮮血の色に染まる。心臓を素手で握り潰されたかのような激痛が走り、彼女は喉が引き裂けんばかりの悲鳴をあげた。「祐吏!」

生臭い血の臭いが立ち込める空間に、彼女の恐怖と絶望に満ちた叫びが虚しくこだました。

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