INICIAR SESIÓN「お酒を楽しむのは構わないわよ。でも、酔った勢いで行動するのは良くない場合もあるわ」
水琴の言葉通り、酒の楽しみ方にも限度はあるのだと言うことは、星奈自身分かってはいる。それでも彼女は成人したばかりでまだまだ未熟。付き合いも気の合う仲間同士のものが多いため、酒の席で失敗したという経験自体が乏しい。
「でも、お母さん以外には迷惑掛けてないんだし、反省してるからいいじゃない」
反省しているというのは言葉だけなのだろうか。胸の前で両手を合わせてそう訴えた星奈の態度から薄れるしおらしさ。一見すると、謝ればこの場を逃れられると軽く考えている様に見え、それが益々水琴を不機嫌にさせる。
「あなたねぇ」
小さく舌を出して許して欲しいと訴える彼女に、どう叱って良いのかと悩む水琴は、海亜の目にはしっかりとした母親の姿として映る。水琴自身はというと言っても聞こうとしない娘に対し、次の言葉を探しながら眉間を押さえ瞼を伏せる。
「まさか……普段から外で、そんな風にしてるんじゃないでしょうね
気持ちが変わると世界の見え方が変わるとは、よく言ったものだ。 賑やかな鳥の声が耳に届く。白い障子に透ける穏やかな光。空に広がる濃紺が少しずつ薄れ曙へと変化すると、緩やかに時が動き出す。 もう少し惰眠を貪りたい。 そんな風に起きるという行動を躊躇うのは、人の本能がそうさせるからなのだろうか。柔らかな布団の感触に思わず摑んだ厚み。それを手放したくないと強く握り込んだが、意識の覚醒が促されたことで少しずつ働き始めるのが脳の機能である。(いま……なん……じ……だっ……け……?) 静かに辿るのは意識を失う直前までの記憶だ。(……えっと……ここ……は……?) 酷く重い瞼。それが光を感知したことで軽く痙攣を起こし、その違和感から薄らと視界が開けていく。「……ぅ……」 突然襲われた光の洪水。視界を閉ざしていた幕が無くなったことで、遮られていた刺激が一気に瞳の中へと飛び込んでくる。それが僅かな痛みを引き起こし感じたのは軽い頭痛。眼の奥が痛い。そのせいで無意識に呻き声が零れてしまった。「……あ……さ……?」 怠さを訴える身体は非常に重く、起き上がることすら億劫だ。それでも脳が覚醒してしまった以上、これ以上の惰眠を貪ることは躊躇ってしまう。仕方なく上体を起こし柔らかな布団の上に座る。「…………」 始めに感じたのは見慣れない空間に対する違和感だった。「……あ」 しかしそれは、直ぐに昨日の記憶と結びつくことで解決する問題である。「すばるさんの実家……に……来た……んだった……わね」 寝起きのせいで舌の動きも鈍い。そのため吐き出される言葉の速度は非常に遅いのだが、耳が音を捕らえる度身体がゆっくりと動き始める。手元に視線を落とすと目にとまるのは白い指先。握ったり開いたりを繰り返しながら徐々に動かすという行為に意識を向け、改めて部屋の中を見渡す。「和室……」 普段生活している空間には存在しない内装。機会に恵まれない限り味わうことの無い空気がどうにも馴染まない。決してこの雰囲気が嫌いと言うわけでは無いのだが、違和感を感じる度に気持ちを切り替えるまでに時間が掛かってしまう。「はぁ」 溜息を一つ。無意識に視界を閉ざし深く息を吸い込むことで気持ちを落ち着かせる。再び眼を開けると改めて見える非日常な光景。耳が捕らえた音に視線を向ければ、隣で丸くなって寝息を立てる
「そんなことは無いと思うけれど」「いいえ! 絶対にそうだと思います」◆ そこから暫くは、女同士。他愛ない話で盛り上がった。 家のことに始まり、学校のこと、地域の交流、会社の事や噂話まで。会話というものがこんなにも楽しいものなのかと驚きたくなるほど、沢山の言葉が次々に出てくる。 まるで、ぎこちなかった時間を埋め合わせるように、少しずつ知っていく互いの形。今まではどう距離をとれば良かったのかが分からなかった境界。それを基準に勝手に線引きを行いう向き合うことから逃げていたのだが、今日という日を境に様々なことが変化していくのだろう。元々、義妹の海亜に対する反応は非常に好意的なものだったのは間違い無い。より親密な関係の構築を望んでいること。それを改めて再確認出来た事も喜ばしいし、それと同じくらい義母の想いを知れた事大きな収穫の一つだろう。「それでね、海亜ちゃんってば、慈乃さんにね……」 他人から見た《私と母》という存在。その話題に関してだけは恥ずかしい部分も曝け出すことにも繋がったのわけだが、不思議とこの二人に知られる事に対し不快だとは感じていない。「えー! 海亜さんって、ちっちゃい頃はそんな感じだったの!?」 様々な話で盛り上がる度に見せられる星奈の大げさなリアクションも、実に可愛らしくて、強固に絡まり他者を寄せ付けることを拒んでいた海亜の心を解していく。「そうよ。ものすっごく可愛かったんだから」 こうやって、忘れていた記憶を取り戻しながらも、新たな関係を築けることが何よりも嬉しくて仕方が無い。海亜は漸く自分が居ても良い居場所を得られたことに、心から喜び笑みを浮かべる事ができた。 ここに来るまで、こんなにも楽しい時間が訪れるのは想像していなかったと、海亜はふと思う。「あっ! じゃあさぁ……」 今日でさらに距離が縮まった義姉に対し、嬉しさを隠すこと無く星奈は話かけ続けている。「今度、お母さんと海亜お姉ちゃんと私の三人で、ショッピングに行かない?」 『お姉ちゃん』。その言葉に感じるのは未だ慣れることの無い小さなむず痒さだ。『さん』で呼ぶのは距離を感じて嫌だからと、先程強制的に変えられてしまったのだから、馴染まないのは無理も無いだろう。ただ、そうやって躊躇うこと無く距離を縮めてくれる優しさは純粋に心地好いと思ってしまう。「そ
「お酒を楽しむのは構わないわよ。でも、酔った勢いで行動するのは良くない場合もあるわ」 水琴の言葉通り、酒の楽しみ方にも限度はあるのだと言うことは、星奈自身分かってはいる。それでも彼女は成人したばかりでまだまだ未熟。付き合いも気の合う仲間同士のものが多いため、酒の席で失敗したという経験自体が乏しい。「でも、お母さん以外には迷惑掛けてないんだし、反省してるからいいじゃない」 反省しているというのは言葉だけなのだろうか。胸の前で両手を合わせてそう訴えた星奈の態度から薄れるしおらしさ。一見すると、謝ればこの場を逃れられると軽く考えている様に見え、それが益々水琴を不機嫌にさせる。「あなたねぇ」 小さく舌を出して許して欲しいと訴える彼女に、どう叱って良いのかと悩む水琴は、海亜の目にはしっかりとした母親の姿として映る。水琴自身はというと言っても聞こうとしない娘に対し、次の言葉を探しながら眉間を押さえ瞼を伏せる。「まさか……普段から外で、そんな風にしてるんじゃないでしょうね?」 ふと過ぎったのは良くない考え。迷惑を掛けるような子に育てたつもりはないのだが、子育てについては正解なんてものは無い。何人産み育てたとしても、子供自体は一人一人性格が違い、接し方も異なってくる。だからこそ常に手探りで、出来なかったことも多いと自覚しているからこそ、考えすぎた最悪に不安を強く感じてしまう。 それなりに我が子がまっとうな人間になるよう努力してきた。 それでも、娘は自分とは異なる人間なのだ。 だからこそ、予想しなかった言葉を吐き、行動を起こしてしまうこともしばしばある。 羽目を外しすぎなければ多めに見るつもりではあったが、自分の預かり知らぬところで娘が大きな失敗をするかもしれない。そんな思いから聞いた質問は、娘を疑うような一言で。「そんなんだったらお母さん、どうしたら良いのか……」 星奈が本当の意味で親の手を離れるまではもう少し時間が掛かる以上、親の責任は非常に重く水琴の肩にのしかかる。「そ、そんなわけ無いじゃん!」
情けない。みっともない。 でも、それ以上に嬉しくて仕方ない。 強い力を込めれば直ぐにでも折れてしまいそうなほど細い腕なのに、とても強く大きく感じる安心感。忘れていた温もりに縋るように身を預ければ、水琴がそれに応えるようにして海亜の頬を撫でた。「大丈夫よ。あなたのことは、私が守ってあげるわ」 意識しなければ聞こえない程の小さな音。それは海亜の耳に届くこと無く、空気に混ざり静かに消えていった。◆ どれくらいの時間が経ったのだろうか。「…………あれぇ?」 間の抜けたような声が耳に届いたことで引き戻された現実。慌てて身を起こし水琴と距離を取ると、直ぐ隣に座る星奈が不思議そうに首を傾げながらこちらを見ている事に気が付き驚いてしまう。「海亜さん、泣いてる?」「え? いや、その……」 泣いていない。と、言うには群れた頬を誤魔化す事が難しい状況。見られたくないと顔を逸らすのに、お酒が入り酔っている星奈は遠慮を知らず、感じた疑問を追求しようと距離を詰めてくる。「もしかして、お母さんに泣かされちゃった?」 自らの言葉に勝手に納得をしてしまったのだろうか。見当違いの正義感で己の意見を正当かさせようと動く星奈は、鋭い視線で母親である水琴の事を睨み付ける。「な、何を言ってるの! 星奈!」 当然、その言葉を真っ向から否定するのは水琴だ。「私が海亜ちゃんを泣かせたなんて誤解よ!」 そんな事実は存在しない。相必死に訴えるのだが、いまいち噛み合わない会話は平行線を辿るばかり。「でも、お母さん。海亜さんは泣いてるじゃない。誤解って言っても説得力なんて無いわよ」 何があったのかの経緯を知らない星奈からしてみれば、今ある結果だけが全てである。星奈の言葉通り、海亜の目は赤く腫れ、ずっと潤んだ状態のまま。時折啜る鼻の音も手伝い、全ての要素が彼女が泣いていることを指し示しているのだから、勘違いするなというのが無理な話である。 このままでは、水琴の立場は益々悪くなってしまうだろう。それだけは何としても回避したいと。水琴の名誉の為に動いた海亜が慌てて口に出だす言葉。「私が泣いてしまったのは、水琴さんから私のお母さんの話を聞いたからなのよ!」一瞬だけ固まった空気。何とも言えない気不味さが場を満たす。「どういう……こと……?」何を言われたか分からず面食らった星奈が見せ
「考えてみれば、あの頃からあなたは昴のことを好きで居てくれたのよね」 改めてそう言われると、恥ずかしくてむず痒いと感じ真っ赤に染まる海亜の顔。 水琴が言うとおり、海亜の初恋は昴だ。それは彼女自身もしっかり自覚している。 仕事の付き合いで一条家の人間と初めて顔を合わせた時、海亜が真っ先に興味を持ったのが歳が近い幼馴染みの存在だった。 あの頃の一条に居た子供は二人の息子のみだったのだが、上の昇はと言うと既に学校に通っており歳が離れていることもあって、少しばかり距離を感じる事が多かった。そのため、彼に対しては兄のような存在以上の印象を持ったことがない。 逆に、昴に対してはというと、友達よりも少しだけ近い距離。初対面の相手に人見知りをしてしまう海亜に対しても始めからフランクに話しかけ、彼女の手を取り率先して行動を起こす。紳士的な態度と少年特有の活発さはとても輝いて見え、無意識に抱くのは強い憧れで。それが大きくなるにつれ、昴に対して少しずつ別の感情を覚え始める。そうやって幾度となく互いの時間を共有していくと、段々、兄以上の存在として意識をすることも多くなった。始めは気が付かなかった小さな小さな感情の芽。いつしかそれは、淡い恋心へと緩やかに育っていく。「海亜ちゃんはよく、慈乃さんにこう言っていたのよ。大きくなったら絶対に、昴と結婚するのって」「え!?」「昴も満更でもなかったみたいでね。いつの間にか二人とも、左手の薬指にお花で作ったお揃いの指輪をはめていたりしてね」「あっ……」「それどうしたの? って聞いたら昴ったら、海亜ちゃんに作って貰ったのって嬉しそうにはしゃいじゃって。海亜ちゃんのは僕が作ったんだってほっぺたにキスなんかしちゃって。二人ともとっても可愛かったわ」 小さなカップルが見せたのは将来のヴィジョン。それが今、確かに現実のものとなった。それを喜んでいるのは自分だけだと思い込んでいたのは海亜の勘違いで、どうやら水琴も海亜と家族になれたことを嬉しいと感じてくれていたらしい。「それを見たときに思ったわ。将来、絶対に海亜ちゃんを昴のお嫁さんに欲しいって。だから慈乃さんにお願いしたのよ。大人になったら海亜ちゃんを私の娘として迎えてもいいかしらってね」 水琴はすっかり過去の記憶を辿ることに夢中になってしまっている。ただ、海亜にしてみたら自分の
その言葉から分かる事とは、水琴も一条の家にとっては他人に近い立ち位置にあると言うこと。「結局の所、嫁に来た人間というものは、血の繋がった家族にはなり得ないのよね」「お義母さん……?」「だって、育ってきた環境が異なるでしょう? 価値観や常識というものは、周りの環境で変わっていくものよ。よく見てご覧なさい」 息子や孫たちから持ち上げられて上機嫌となった喜代子は、すっかり自分の話に夢中なようだ。先程までの不機嫌は何処へやら。上機嫌に語る自分語りは実に饒舌で、今までの苦労や人生観を事細かく言葉にし相手に伝えることで悦に浸る。それを冷ややかに見ている者が居ることなど彼女はきっと気が付かないだろう。「一条の家の人間には、喜代子さんという君主の言葉が絶対なの。勿論、それが悪いと言うことでは無いわ。でも、私たちのように外部から来た人間にとって喜代子さんの考え方は、全てが素直に受け入れられるようなものではないのよ」「……それは……何となく理解出来る気がします」「ええ」 この場に居る人間のうち、酒で気分が高揚しているのは亨や昇、昴といった男性陣と星奈の四人。彼等は耳障りの良い言葉に酔い、場の空気に流されるように喜代子の言葉に耳を傾けている。そこに冷静さは皆無で、まるで精神を支配されているかのように絶対的君主の言葉を信じて疑わない。「子供……ああ……。お祖母さんの場合は曾孫になるんだったわね。あの人があなたたちの子供を早く抱きたいと思うのは、実に自然なことだとは思うわ。海亜さんには悪いんだけれど、私だって、あなたたちの子供を楽しみにしている一人には違いないの。でもね、子供を作る事を催促したって、それが思った通りの結果に繋がる訳ではない事も理解しているつもりよ。私だって、昇を妊娠するまで色々と苦労はしたし、お婆さまに結構言われて、悔しくて泣いたことも多いの」 隣に座る義母の顔に浮かぶ疲れに、彼女の言葉が決して嘘ではないと感じ取る。海亜が引きこもるようになってから薄れてしまった付き合いのせいで、一度真っ新になった関係性。今は姑と嫁の立場になったのだが、この三年間、彼女とどう向き合えば良いのかが分からず考えがまとまることは無かった。それでもこの姑は不甲斐ない嫁に寄り添おうと手を差し伸べてくれる。きっかけはあまり気分の良い話では無かったが、こうやって理解してくれる人が居る







